西暦1841年(天保12年)は、ジョン万次郎を含む筆之丞ら5名が宇佐浦を出港したのち難破し、伊豆諸島の鳥島に漂着してアホウドリを食べて生き延びた年である。5名は、ウィリアム・ホイットフィールド船長率いるアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助され、ホノルルを経て、万次郎はホイットフィールドの故郷フェアヘイヴンへ渡ることを願い出た。ジョン・ハウランド号はホイットフィールドとウォーレン・デラノ・ジュニアが共同で船主を務め、メイフラワー号の乗組員ジョン・ハウランドの子孫ハウランド家が所有していた。日本では、蟄居中の渡辺崋山が田原藩主三宅康直に累が及ぶのを恐れ、「餓死るとも二君に仕ふべからず」との遺書を残して切腹した。アメリカ名誉領事に就いたウォーレン・デラノ・ジュニアは、ラッセル商会の船を用いて清でアヘンの密輸を続けつつ伍秉鑑の家族を助け、オーガスト・ベルモントはエドワード・レイト・ヘイワードとの決闘で太腿を撃たれて重傷を負った。フェルディナント・アドルフ・ランゲは修行の旅を終えてドレスデンに戻り、アルフレッド・ノーベルはこの頃唯一の学校教育として聖ヤコブ学校に通った。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,841 マカオにいた原田庄蔵と寿三郎が九州の家族へ向けた書簡をオランダ人に託して送って貰う。主に以下の内容であった。
①西暦1,835年12月20日に天草から長崎へ船で向かっている途中で悪天候で漂流開始。
②西暦1,836年1月10日に米・水を切らし苦しい日々を過ごす。
③西暦1,836年1月24日にルソン島に漂着。
④マカオに送られ、尾張の漂流民3名と出会い、帰国の為日本に向けて出航したが、江戸・薩摩で砲撃を受け、岩吉が危うく命を落とす所であった。
⑤現在はマカオに住んでいる。
1,841 フェルディナント・アドルフ・ランゲが時計職人修行の旅を終え、ドレスデン(現在のドイツのザクゼン州)に戻る。
1,841 イマヌエル・ノーベルの参男アルフレッド・ノーベルが、本年から翌年にかけて18ヶ月間、ストックホルムの聖ヤコブ学校に通う。ノーベルが学校教育を受けたのは、此の時が唯一であった。
1,841 ウォーレン・デラノ・ジュニアが、アメリカの名誉領事に就任する。清寄りの態度を取り、イギリス軍による攻撃情報を伍秉鑑の家族に警告する事で、避難を助けたり、貨物の損失を防いだりした。又、アヘン戦争中は、ラッセル商会の船をアヘン倉庫とし、其の船を清政府の管轄外である香港沖や珠江デルタに停泊させ、取り締まりの緩い清船にアヘンを引き渡し、清側のアヘン禁輸措置を回避して密輸を継続しつつ、清産の茶・絹等の合法貨物のアメリカやヨーロッパへの輸出を強化し、リスク分散を図った。
1,841 1 27 早朝、以下5名が足摺岬(現在の高知県土佐清水市)での鯵・鯖を対象とした漁の為、宇佐浦(現在の高知県土佐市宇佐町宇佐)を出港する。
①筆之丞(船頭)
②筆之丞の弟重助(漁撈係)
③五右衛門(櫓係)
④寅右衛門(櫓係)
⑤ジョン万次郎(炊係)
1,841 1 30 以下5名の乗った漁船が、強風により難破する。
①筆之丞
②重助
③五右衛門
④寅右衛門
⑤ジョン万次郎
1,841 2 4 以下5名の乗った漁船が鳥島(現在の東京都伊豆諸島)に漂着する。
①筆之丞
②重助
③五右衛門
④寅右衛門
⑤ジョン万次郎
その日の内に洞窟を発見し、寒さを凌ぎ、以降その洞窟を住居とした。鳥島は火山島の為、岩から水が染み出してくる場所があり、そこで水分を摂り、海藻を食べた。また、鳥島はアホウドリの繁殖地あり、アホウドリを捕まえて天日干しで食したりもした。
1,841 6 27 鳥島に居た以下5名が、海亀を食糧として捕獲する為に鳥島に立ち寄った、船長ウィリアム・ホイットフィールド率いるアメリカの捕鯨船「ジョン・ハウランド号」の乗組員に発見され、鳥島から救助される。海亀のスープがアメリカ人にとって珍味であった。
①筆之丞
②重助
③五右衛門
④寅右衛門
⑤ジョン万次郎
ジョン・ハウランド号は、ホイットフィールドと親友ウォーレン・デラノ・ジュニアが共同で船主を務め、西暦1,620年11月21日にプリマス(現在のイギリスのデヴォン州)からプロビンスタウン(アメリカのマサチューセッツ州)に上陸したメイフラワー号の乗組員の一人であったジョン・ハウランドの子孫に当たるハウランド家がオーナーを務めた船であった。飢えていた5名は以下の食糧を与えられた。
①麦の粉と油
②塩を入れて蒸した餅
1,841 7 ニブロズ・ガーデン(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン)にて、オーガスト・ベルモントが、自身の不倫相手である既婚女性をニューヨーク市とサリバンズアイランド(アメリカのサウスカロライナ州)で二拠点生活をしていたエドワード・レイト・ヘイワードに侮辱され、ベルモントが抗議する。するとヘイワードはベルモントを殴った。ベルモントは、ヘイワードに決闘を申し入れた。
1,841 7 3 鳥島にて救助された以下5名の体力が回復してくる。其れに連れて、ウィリアム・ホイットフィールドを始めとする船員達の働きぶりを目の当たりにした。
①筆之丞
②重助
③五右衛門
④寅右衛門
⑤ジョン万次郎
また5名はこの頃から、以下の食糧を与えられる様になった。
①白飯
②野菜の煮付け
③肉
5名の中で唯一万次郎だけが、貪欲に英語を覚えようとした。これを見たポールという船員が、万次郎に英語を教え始めた。ポールは船内を案内して器具等の名前を教えて、万次郎は貰ったノートに名前を記していった。
1,841 9 以下2名が、ブラデンスバーグ(アメリカのメリーランド州)にて決闘を行う。
①オーガスト・ベルモント
②エドワード・レイト・ヘイワード
結果、ヘイワードは無傷であったが、ベルモントは太腿への被弾で重傷を負い、以降ベルモントは杖無しでは歩けなくなった。
1,841 10 ジョン・ハウランド号が、鯨漁の季節が終わった為、ホノルルへと向かう。
1,841 11 20 ジョン・ハウランド号がハワイ王国のホノルル(現在のアメリカのハワイ州)の港に寄港する。此の航海で15頭の鯨を捕獲した。ウィリアム・ホイットフィールドは役所へ行き、以下5名を連れて事情を説明した。
①筆之丞
②重助
③五右衛門
④寅右衛門
⑤ジョン万次郎
ホイットフィールドは、当面の生活が出来る様、各々に対し以下を与えた。
①洋服1着
②50セント銀貨
又、他の船員達もお金を出し合い、外套を与えた。ホイットフィールドは、万次郎の聡明さを見抜き、筆之丞に対し、万次郎を北米大陸に連れて行き、教育を受けさせたい旨を伝えた。筆之丞は、万次郎に判断を委ねさせた。ホイットフィールドは、自身の故郷であるフェアヘイヴン(アメリカのマサチューセッツ州)へと誘った。万次郎は、ホイットフィールドから世界地図を見せられ、日本が如何に小さいかを自覚し、好奇心から同行させて欲しいと願い出た。
1,841 11 23 渡辺崋山が、第11代田原藩主三宅康直に罪が降りかかるのを恐れ「餓死るとも二君に仕ふべからず」という遺書を残し切腹する。田原藩の池ノ原屋敷で蟄居中の渡辺崋山の一家の貧窮ぶりを憂慮した渡辺の高弟福田半香等の計らいで渡辺の絵を売る義会を始めていた。以下の作品等を描くが「罪人身を慎まず」と悪評が起こり、此れを田原藩は問題視していた。
①于公高門図
②千山万水図
③月下鳴機図
④虫魚帖
⑤黄粱一炊図
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