西暦1,838年は、高野長英が戊戌夢物語で打払令を批判し、清でアヘン厳禁論が高まった年である。12月7日、高野長英が著書「戊戌夢物語」を公表した。具体的なデータでイギリスの国力を示し、清に於けるイギリスの立場やイギリスの勢力が日本近海の島々に及んでいる事を明らかにして、例えどの様な口実であっても漂流民を送り届けるという人道的な意図を明らかにしている以上、打ち払いを行えば日本は不仁の国と見なされるとし、妄りに打ち払いなどすべきでは無いとして異国船打払令を否定し幕政批判を行ったものである。此れに先立つ11月21日には、辰ノ口評定所記録方芳賀市三郎が「尚歯会」の集まりの席上で、モリソン号の来航についての評議書の写しを、南蛮学同好会の「蛮社」の渡辺崋山・高野長英・小関三英・鈴木春山に見せていた。モリソン号事件の後始末を巡っては、7月に水野忠邦がオランダ商館長によって齎されたオランダ風説書を第95代長崎奉行久世広正経由で受け取り、モリソン号が日本人漂流民を送り届けに来た事や通商を求めて来た事を知った。水野は昌平坂学問所大学頭林述斎等の幕閣に意見を求めて評議を行い、評定所に答申を命じたが、評定所は漂流民受け取りの必要無し、モリソン号再来の場合は再び打ち払うべしと答申した。しかし水野は強硬策には危惧の念を抱いて再度の上書を促し、結果として穏健策を採用し、漂流民を引き取る政策を実行している。清のアヘン政策では、6月2日に鴻臚寺卿黄爵滋がアヘン吸煙者の死刑を道光帝に上奏し、6月28日に林則徐が此れに賛成上奏を行った。10月には道光帝がアヘン禁止令の強化を意図し、穆彰阿郭佳にアヘン禁止令の綱領を纏める様命じている。金融と企業では、パリでロスチャイルド&カンパニーが設立され、ジョージ・ピーボディが銀行会社「ピーボディ,リグス&カンパニー」を設立した。イマヌエル・ノーベルは、建築資材を積んだ艀船の損失による事業の失敗で破産していたが、家族をストックホルムに残して単身サンクトペテルブルクに移り、工作機械と爆薬の製造会社を設立して事業に成功し、貧しかったノーベル家は此の成功により裕福になった。ノーベルは現代の合板の製造を可能にするベニヤ旋盤を発明し、海軍の地雷の開発にも取り組んでいる。ジャーディン・マセソン商会はロスチャイルド家と契約を締結し、以降アジアに於けるロスチャイルド家の代理人として活動した。又、ウィリアム・ラッセルがニューヘブン大学商業研究所を経営する傍らエール大学医学部を卒業して医学博士号を取得し、ブルース兄弟による最初のアッサム茶の選別品がロンドンへ向けて出港している。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,838 パリにロスチャイルド&カンパニーが設立される。
1,838 ジョージ・ピーボディが銀行会社「ピーボディ,リグス&カンパニー」を設立する。
1,838 清のアヘン密輸入量は60kg/箱で40,000箱以上となり、対西暦1,835年比約1.33倍となった。以下の通り大幅なスペイン銀貨の国外流出が常態化していた。
①歳入
茶葉の輸出:20,000,000スペインドル
②歳出
アヘンの密輸入:20,000,000スペインドル
綿花の輸入:10,000,000スペインドル
1,838 ウィリアム・ラッセルが、ニューヘブン大学商業研究所を経営する傍ら、エール大学医学部を卒業し、医学博士号を取得する。
1,838 イマヌエル・ノーベルが、家族をストックホルムに残し、単身サンクトペテルブルクに移る。建築資材を積んだ艀船の損失による様々な事業の失敗の結果、ノーベルは破産していた。サンクトペテルブルクでは、工作機械と爆薬の製造会社を設立し事業に成功した。ノーベル家は貧しかったが、此の成功により裕福になった。ノーベルは、現代の合板の製造を可能にするベニヤ旋盤を発明し、海軍の地雷の開発に取り組んだ。
1,838 ジャーディン・マセソン商会が、ロスチャイルド家と契約を締結する。其の後ジャーディン・マセソン商会は、アジアに於けるロスチャイルド家の代理人として活動した。
1,838 5 8 ブルース兄弟による最初のアッサム茶の選別品がロンドンに向けて出港する。
1,838 6 2 鴻臚寺卿黄爵滋がアヘン吸煙者の死刑を道光帝に上奏する。
1,838 6 28 林則徐が黄爵滋のアヘン吸煙者の死刑に対する賛成上奏を行う。
1,838 7 水野忠邦がオランダ商館長によって齎されたオランダ風説書を第95代長崎奉行久世広正経由で受け取り、モリソン号が日本人漂流民を送り届けに来た事、通商を求めて来た事を知った。水野は昌平坂学問所大学頭林述斎等の幕閣に意見を求め、評議を行った。又、異国船に日本人漂流民がいた場合の対策について、評定所に答申を出すように命じた。評定所は「漂流民受け取りの必要無し。モリソン号再来の場合は再び打ち払うべし」と答申した。しかし水野は強硬策には危惧の念を抱き、評定所に対しては再度の上書を促し、勘定奉行所等の諸機関へも独自の上書を提出する様に命じた。結果、水野は穏健策を採用し、漂流民を引き取る政策を実行した。
1,838 10 道光帝がアヘン禁止令の強化を意図し、穆彰阿郭佳にアヘン禁止令の綱領を纏める様命じる。
1,838 11 21 辰ノ口評定所(現在の東京都千代田区丸の内)記録方芳賀市三郎が「尚歯会」の集まりの席上で、モリソン号の来航についての評議書の写しを以下の南蛮学同好会の「蛮社」の人々に見せる。
①渡辺崋山
②高野長英
③小関三英
④鈴木春山
1,838 12 7 高野長英が著書「戊戌夢物語」を公表する。具体的なデータでイギリスの国力を示し、清に於けるイギリスの立場、イギリスの勢力が日本近海の島々に及んでいる事を明らかにした。また、例えどの様な口実であっても漂流民を送り届けるという人道的な意図を明らかにしている以上、打ち払いを行えば日本は不仁の国と見なされる。妄りに打ち払いなどすべきでは無いとし、異国船打払令を否定、幕政批判を行った。
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