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≈は「頃」を意味しています。
皇室献上品 高級トイレットペーパー
| 年月日 | 出来事 | |||
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| 1,834 |
オーガスト・ベルモントが、ドイツ・ロスチャイルド商会のパートナーの1人の秘書兼旅行随行員となる。此れが切っ掛けでベルモントはドイツ国外へ初めて出る事となり、以下を旅した。 ①パリ ②ナポリ ③バチカン |
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| 1,834 | 1 |
宝順丸が14ヶ月の漂流の末、アメリカのワシントン州ケープ・アラバ付近に漂着する。生存者は以下の3名であった。他の乗組員は壊血病により死亡した。3名はインディアンのマカ族に捕らえられ、奴隷同然に使役された。 ①山本音吉 ②久吉 ③岩吉 |
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| 1,834 | 5 | 31 | 徳川斉昭一行が江戸へ向けて水戸を出発する。長岡で昼食を摂り、府中に宿泊した。 | |
| 1,834 | 6 | 1 | 徳川斉昭一行が中村で昼食を摂り、牛久に宿泊した。 | |
| 1,834 | 6 | 2 | 徳川斉昭一行が取手で昼食を摂り、小金に宿泊した。 | |
| 1,834 | 6 | 3 | 徳川斉昭一行が千住で昼食を摂り、江戸の水戸藩邸に到着した。 | |
| 1,834 | 7 | 24 | 夜、ウィリアム・ジョン・ネイピア卿が、西暦1,816年のウィリアム・アマーストに続き3人目の対清全権使節として、軍艦を率い、貿易収支の改善を意図し広州に上陸し、商館を設置して直接交渉英国旗を掲げる。第19代イギリス外相ヘンリー・ジョン・テンプル(第3代パーマストン子爵)、ジャーディン・マセソン商会の強い要求が背景にあった。ネイピア卿は第38代両広総督盧坤との直接交渉を申し込んだが、盧坤は、広東十三公行を通してでなければ貿易を受け付けないとし、退去を命じた。ネイピア卿はこれに応じなかった為、盧坤は商館を武力で閉鎖し、食糧の供給を絶った。ネイピアは報復として虎門寨の砲台を砲撃させた。しかし、ネイピア卿がマラリアにかかった為、これ以上は交戦せず、退却した。 | |
| ≈ | 1,834 | 8 |
年に1、2度獣皮類の取引の為にインディアンを訪れるハドソン湾会社の商船「ラーマ号」の船長ウイリアム・マックネルによってアメリカのワシントン州で以下の3名が発見される。マックネルは3名を買い取り救出、コロンビア川を遡行しハドソン湾会社の毛皮工場へと向かった。 ①山本音吉 ②久吉 ③岩吉 |
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| 1,834 | 8 | 1 | 宣教師ロバート・モリソンが死去する。モリソン号の由来となる。日本へのプロテスタント伝道を目指していた。此の志はカール・ギュツラフへと引き継がれた。 | |
| 1,834 | 8 | 4 |
オランダ船が長崎に来航する。オランダ船長が語った内容を、ヤン・ヴィレム・フレデリック・ファン・シッタースと、次期オランダ商館長ヨハネス・エルデウィン・ニーマンが聞き、長崎奉行所によって風説書として、以下の主旨の内容が和訳され、老中宛に発送された。 ①当年渡来のオランダ船1隻は、西暦1,834年7月1日バタヴィアを出港したが、台湾付近より風向きが悪く、既に7〜8日前より日本の陸地を見て居たが、海上を漂い、事故無く本日到着した。此の1隻以外仲間船は無し。昨年当地より出港した船は海上事故なく西暦1,834年1月2日にバタヴィアに到着した。 ②昨年、フランス王国内のブラバントをオランダの支配下に置いたが、国法に背いた為に断絶した事は申し上げた。初代ベルギー国王レオポルド1世が、此の独立したブラバントの王となるので、条約を作成した。レオポルド1世は、ブラバントの王に即位し、初代オルレアン朝フランス国王ルイ・フィリップ1世の長女ルイーズ・マリー・ドルレアンと再婚した。 ③初代ボルボン朝(第1次復古)国王フェルナンド7世崩御後、フェルナンド7世の遺言により、イサベル2世を第2代ボルボン朝(第1次復古)国王とし、フェルナンド7世の王妃マリア・クリスティーナ・デ・ボルボンをイサベル2世の後見とした。しかし、フェルナンド7世の弟カルロス・マリア・イシドロ・デ・ボルボーンが王位を継ぐべきという勢力が有り、争いが起こり、国中が混乱している。 ④ペドロ1世が、自身の娘マリア2世にブラガンサ王朝ポルトガル国王の座を譲位し、マリア2世は、ペドロ1世の後見を請うて、リスボンにて第10代ブラガンサ王朝ポルトガル国王に即位した。しかし、ペドロ1世の弟ミゲル1世が、ブラガンサ王朝ポルトガル国王の座を主張し、ポルトガル国内が混乱している。 ⑤イギリスでは、ブリストル(イギリスのサウス・ウェスト・イングランド)を始め、所々で騒動が起こっており、此れは制度を改革しようと、支配者に逆らっているので、今専ら対策を評議中である。 ⑥第11代ロマノフ朝ロシアツァーリのニコライ1世が、ポーランドを併合するが、ポーランドの有力者達が反旗を翻したので、軍を出動させ、ロシア帝国の支配下に置く。多くのポーランド人がシベリアに流刑となった。 ⑦初代ムハンマド・アリー朝ワーリーのムハンマド・アリーが、マフムト2世との和睦の交渉に際して、無理押しをしたがオスマン帝国はアリーをエジプトの支配者として据え置いた。 ⑧ジャワ近辺のインド諸国で昨年激しい地震が有り、津波も発生し、多くの人命が失われた。 ⑨昨年報告したバタヴィアよりオランダ本国への往来の航海中止は解除となり、元通りとなった。 ⑩此度台湾付近で清船を見掛けた。 ⑪昨年バタヴィアに帰還したヨハネス・エルデウィン・ニーマンが、此度新オランダ商館長に就任する。 |
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| 1,834 | 10 | イギリス政府が、イギリス東インド会社による清との貿易独占権が廃止される。 | ||
| 1,834 | 11 |
フォート・バンクーバー(現在のアメリカのワシントン州)にいるハドソン湾会社の太平洋岸総責任者のジョン・マクローリンの下を訪れていた以下の宝順丸の漂流民3名が、ダービー船長率いるブリッグ型帆船「イーグル号」にてロンドンへ向けて出港する。 ①山本音吉 ②久吉 ③岩吉 |
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| 1,834 | 12 | イーグル号がオアフ島(現在のハワイ州ホノルル郡)に寄港する。 | ||