西暦1831年は、詩人ハインリヒ・ハイネがドイツからパリへと拠点を移した年である。ハイネはコッタの発行する新聞のフランス特派員を務めるとともに、ジェームス・ド・ロスチャイルドの下で働き始めた。同年には、ロスチャイルド家からローマ教皇庁への40万ポンドの融資が正式に調印された。

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年月日 出来事
1,831 ハインリヒ・ハイネが、拠点をドイツからパリに移す。其の後は、ヨハン・フリードリヒ・コッタの新聞社の1つである「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」のフランス特派員として勤務すると同時に、ジェームス・ド・ロスチャイルドの下で働き始めた。
1,831 11 30 ロスチャイルド家による400,000ポンドのローマ教皇庁への融資が正式に調印される。以下2名が借款契約の条件の交渉に当たった。
①ジェームス・ド・ロスチャイルド
②アレッサンドロ・トルロニア
又、以下が反対の声を上げたが、押し切った形となった。
①大司教でパリのローマ教皇庁臨時代理大使のピエトロ・アントニオ・ガリバルディ
②ローマ教皇庁
ローマ教皇領がウィーン会議で主権を回復した西暦1,815年以降、ローマ教皇庁の財政は悪化していた。ローマ教皇庁がロスチャイルド家に融資を求めるという噂が立つと、カール・メイヤー・フォン・ロスチャイルドとジェームスは融資を躊躇したが、以下の人間が繰り返し問題を提起した。
①初代オーストリア帝国国家宰相クレメンス・フォン・メッテルニヒ
②西暦1,820〜1,826年迄ローマ教皇領に駐在した外交官のアンタル・アポニー伯爵
③第12代フランス首相カジミール・ピエール・ペリエ
④第86代フランス外務大臣オラース・フランソワ・バスティアン・セバスティアーニ・デ・ラ・ポルタ
ジェームスは、ローマ教皇の公式な銀行家となった。
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