西暦1818年は、ロスチャイルド家が五兄弟による国際的な金融体制を整えた年である。メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの五人の息子には総額で四千万フランを超える資本が配分され、彼らはフランクフルト・ロンドン・パリの共同商事会社を一つの包括的な合同会社とするパートナーシップ協定を結んだ。なかでもネイサン・メイヤー・ロスチャイルドはプロイセン王国国債を500万ポンド起債して外国国債発行市場へ本格参入し、以後ロンドンの外債発行を主導していく足掛かりとした。ロンドンでは、ジョージ4世が構想した宮殿建設こそ取り止めとなったものの北部の再開発が進み、メリルボーン・パークはリージェンツ・パークへ、大通りはリージェント・ストリートへと姿を変え、西側のメイフェアと東側のソーホーという階級ごとの棲み分けが生まれた。また5月には、エドワード・オーガスタスとヴィクトリア・オブ・サクス・コバーグ・ザールフィールドがアモールバッハで結婚し、この縁組にもロスチャイルド家の資金が用いられた。

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年月日 出来事
1,818 メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの以下5名の息子の資本金配分は以下であった。
①アムシェル・メイヤー・フォン・ロスチャイルド:7,776,000フラン
②ソロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド:7,776,000フラン
③ネイサン・メイヤー・ロスチャイルド:12,000,000フラン
④カール・メイヤー・フォン・ロスチャイルド:7,488,000フラン
⑤ジェームス・ド・ロスチャイルド:7,488,000フラン
1,818 ネイサン・メイヤー・ロスチャイルドが、プロイセン王国国債を5,000,000ポンド起債し、外国国債発行市場に本格参入する。此れを皮切りに、この年から西暦1,832年迄にロンドンで26本の外国国債(総額37,600,000ポンド)が調印されるが、内7本はロスチャイルドが起債したものだった。イギリス・ロスチャイルド商会は西暦1,859年迄に50本の外国国債(総額250,000,000ポンド)を起債するが、ライバルのベアリング・ブラザーズは14本(総額66,000,000ポンド)と、他を圧倒した。
1,818 以下の5名がパートナーシップ協定を結ぶ。パートナーシップの形態としては、5名の共同責任に基づく、フランクフルト・ロンドン・パリの共同商事会社で、其れを1つの包括的な合同会社を形成するとした。
①アムシェル・メイヤー・フォン・ロスチャイルド
②ソロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド
③ネイサン・メイヤー・ロスチャイルド
④カール・メイヤー・フォン・ロスチャイルド
⑤ジェームス・ド・ロスチャイルド
1,818 ロンドン北部の再開発計画が実行に移される。当初ジョージ4世が構想していた宮殿建設は取り止めとなり、建築する邸宅の数も減らされた。ジョージ4世が狩りを終えて一本道でカールトン・ハウスに帰れる様設計された大通りに面した建物に、生活感の有る住居を置く事を許さず、高級なショッピングストリート作りを目指した。しかし、ショッピングストリート建設に関し、イギリス王室は一切資金提供をせず、民間に投資させた。にも拘らずメリルボーン・パークは「リージェンツ・パーク」に改名され、此の大通りも「リージェント・ストリート」と呼ばれる様になった。又、リージェント・ストリートの西側は貴族や上流階級が住むメイフェア、東側は労働者階級が暮らすソーホー(現在のイギリスのロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスター)に棲み分けが為された。リージェンツ・パークは西暦1,845年に完成し、当初は週に2日間だけ一般に公開されていた。
1,818 5 29 以下2名が、アモールバッハ(ドイツのバイエルン州ミルテンベルク郡)にて結婚する。
①エドワード・オーガスタス
②ヴィクトリア・オブ・サクス・コバーグ・ザールフィールド
此の結婚に於いてオーガスタスは、ロスチャイルド家から資金提供を受けていた。
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