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≈は「頃」を意味しています。
ロスチャイルド5兄弟で一番の商才の持ち主。
| 年月日 | 出来事 | |||
|---|---|---|---|---|
| 1,783 | フリードリヒ2世(プロイセン王)がブラウンシュヴァイク(現在のドイツのニーダーザクセン州)でフリーメイソンに加入する。 | |||
| 1,783 | 北アメリカ銀行の年間配当率は前年比6%増の14%であった。 | |||
| 1,783 | アダム・ヴァイスハウプトとアドルフ・クニッゲの間に不和が生じ始める。 | |||
| 1,783 | ジョージ4世が、ブライトン(イギリスのイースト・サセックス州ブライトン・アンド・ホヴ)の浜辺を気に入り、農園の館を別荘として借りる。 | |||
| 1,783 | ジョージ4世が、カールトン・ハウス(現在のイギリスのロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスターのセント・ジェームズ地区ペル・メル)の所有権と改修費用60,000ポンドを与えられる。ジョージ4世は、建築家ヘンリー・ホランドに、カールトン・ハウスの大幅な改築を依頼した。此の工事は西暦1,796年迄続いた。カールトン・ハウスは、当時の他のロンドンの邸宅や宮殿と異なり、訪問者がメインフロアから入場するという珍しい設計であった。訪問者は、コリント式柱の六柱式ポルチコを通って入場し、左右に控室がある玄関ホールに進み、イオニア式の黄色い大理石で装飾された二層の採光付きエントランスホールに入るというルートであった。 | |||
| 1,783 | アドルフ・クニッゲが「専制主義・蒙昧・迷信・不正・不実・怠惰に対する6の説教」と題した著作を発表する。同書でクニッゲは「我々の聖なる宗教は、真面な理性を備えた人間が納得出来ない様な掟、自然宗教に反する様な掟は1つたりとも我々に教えていない」とし、理神論を押し出した。 | |||
| 1,783 | フランツ・ヴィルヘルム・フォン・ディトフルトが、様々なフリーメイソン流派の緩やかな結合体である「折衷同盟」を設立する。折衷同盟は、ヨハネ3位階は同一の形式で活動するが、他は、高位階を承認する事や他の秘密結社に属する事も個々のロッジの裁量に委ねるという方針を採った。 | |||
| 1,783 | 1 | 1 | 北アメリカ銀行が主たる業務を連合会議への貸付からフィラデルフィアの貿易商人への手形割引にシフトする。 | |
| 1,783 | 1 | 11 | アダム・ヴァイスハウプトが、フランツ・クサーヴァー・フォン・ツヴァックに対し「我々の最大の関心はフリーメイソンに折衷同盟を導入する事だ。此れが成就すれば、我々は全てを思いの儘にする事が出来る」として、フランツ・ヴィルヘルム・フォン・ディトフルトを称賛した。アドルフ・クニッゲは、斯うした動きに対し、ストリクト・オブザーバンツの指導者達を引き入れる事で、折衷同盟をバイエルン啓明結社の傘下に収めようとした。 | |
| 1,783 | 1 | アドルフ・クニッゲが、ストリクト・オブザーバンツの財務長官であったヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデをバイエルン啓明結社に引き入れる。ボーデは其の後フランスで活動し、レザミ・レユニとグラントリアンのメンバーをイルミナティに引き入れる事に成功した。 | ||
| 1,783 | 2 | 10 | ザクセン・ヴァイマル・アイゼナハ大公カール・アウグストが、バイエルン啓明結社員となる。 | |
| 1,783 | 2 | 11 | ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが、ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデを通じて、バイエルン啓明結社員となる。 | |
| 1,783 | 3 | ハイム・サロモンが手形を販売していたフィラデルフィアのフランス病院の院長のサロモンに対する債務不履行及び手形の存在を否定した刑事事件に関し、院長と其の財務代理人に有罪判決が下される。後に債務に弁護士費用を加えた3,500ポンドがサロモンに支払われた。 | ||
| 1,783 | 6 | ダニエル・ビッセルが、スパイとしてイギリス軍の作戦展開や防御方法についての情報を集め、アメリカに齎した功績を讃えられ、功労軍章を授与される。 | ||
| 1,783 | 7 | 1 | ドイツの哲学者ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが、バイエルン啓明結社員となる。 | |
| 1,783 | 9 | 3 |
アメリカとイギリスの間で「パリ講和条約」が締結される。イギリスは、ミシシッピ川(現在のアメリカのミネソタ州・ウィスコンシン州・アイオワ州・イリノイ州・ミズーリ州・ケンタッキー州・テネシー州・ミシシッピ州・ルイジアナ州)より東側をアメリカの領土として認め、アメリカは、独立・自由・主権を得、アメリカ独立戦争は終結した。此の際ピエール・サミュエル・デュポンは、外交官として和平交渉に当たった。此の頃にデュポンは、以下2名と知己を得た。 ①ベンジャミン・フランクリン ②トーマス・ジェファーソン |
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| 1,783 | 11 | 7 | ジョージ4世が、バッキンガム・ハウスから、自身の弟フレデリックに対し「カールトン・ハウスの改修は進んでおり、西暦1,783年12月3日若しくは4日に入居出来る事を期待しています。唯、まだ完成には程遠く、拡張工事は此れからも続きますが、来年貴方が戻って来た時に、私に対する心証が悪くならない事を願っています」という主旨の書簡を送る。 | |