西暦1734年は、酒匂川の水害に永く苦しんできた人々に取って、大きな転機となった年である。9月5日の未明、岩流瀬・大口・鬼柳村の3堤が相次いで決壊し、濁流は此れ迄無事だった東岸にまで溢れ出して、70名程度の犠牲者を出した。岩流瀬と大口の両堤は西暦1726年に大岡忠相の命で田中休愚が築き直したばかりであり、僅か八年で切れた事になる。鬼柳村は西暦1732年に代知を受けぬ儘上知された9村の一つでもあった。此の惨事の後、治水に尽くした田中休愚の娘の夫である蓑正高が、堅固な堤防を築き上げた。其の効果は大きく、以後西暦1757年迄水害が発生する事は無かった。西暦1707年12月16日の噴火が残した傷が、二十七年を経て漸く癒え始めた瞬間であった。西暦1708年8月8日、西暦1711年9月11日と切れ続けた堤は、此処で漸く水を抑える形を得た。

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年月日 出来事
1,734 9 5 未明、以下3堤が決壊する。
①岩流瀬
②大口
③鬼柳村の堤
今回は東岸にも氾濫し、70名程度の犠牲者を出した。其の後、田中休愚の娘の夫蓑正高により、堅固な堤防が築かれた。結果、水害が激減し、西暦1,757年迄水害が発生する事は無かった。
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