西暦1272年は、後嵯峨天皇が崩御し、持明院統と大覚寺統の後継者争いが起きた年である。3月17日の崩御以降、後深草天皇(持明院統)と亀山天皇(大覚寺統)が後継を争い、鎌倉幕府は北条時宗が調停に乗り出した。調停案は、大覚寺統の後宇多天皇が践祚する際、次期天皇に持明院統の伏見天皇を定めるというものであった。

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年月日 出来事
1,272 3 17 後嵯峨天皇が崩御する。以降以下2名による後継者争いが起きた。
①後深草天皇(持明院統)
②亀山天皇(大覚寺統)
自体を重く見た鎌倉幕府は北条時宗が調停に乗り出した。調停案としては、大覚寺統の後宇多天皇が践祚する際、次期天皇に持明院統の伏見天皇を定めるというものであった。