ダマスカス包囲戦一元化
前哨戦・包囲・奇襲・陥落・追撃──
ダマスカス包囲戦の全過程を一本の時系列に貫く。
JPY 200(税込)
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本書について
西暦634年4月、ハーリド・イブン・アル・ワリード率いる騎兵隊がマルジュ・ラーヒトでガッサーン朝を破った時から、西暦634年9月、停戦期間終了後にアンティオキア近郊でトーマスを追撃し殺害する迄。本書は、ダマスカス包囲戦の全過程を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
西暦634年4月、ワリードはガッサーン朝をマルジュ・ラーヒトで撃破し、グータへの急襲部隊を派遣した。7月にはヤクサでトーマスが差し向けた東ローマ帝国軍を短時間で敗北させ、8月にはマルジュ・アル・サファールでトーマス率いる東ローマ帝国軍を撃破した。この戦いではウム・ハキーム・ビント・アル・ハターリス・イブン・ヒシャームがテントポールで単独7名の東ローマ帝国兵を殺害する活躍を見せた。
西暦634年8月21日、ワリードはダマスカスを孤立させた上で包囲を命じ、6つの門に指揮官を配置した。ディラール・ビン・アル・アズワルの機動警備隊2,000名が夜間巡回を行い、ワリード自身は東門近くの修道院に本部を置いた。9月9日にはヘラクレイオスが12,000名の救援軍を派遣したが、ワリードはウカブ峠で迎撃しこれを退けた。
西暦634年9月18日、司祭ヨナからダマスカスで祭りが行われるとの情報を得たワリードは、城壁の防御が薄くなる機を捉え奇襲を計画した。ワリードはカーカ・イブン・アムル・アル・タミミ、マズル・イブン・アディと共に手を繋いで城壁を登り、100名の兵をロープで引き上げた後、東門の内側で警備兵を殺害して門を開放した。一方トーマスはジャビヤ門のアブー・ウバイダに降伏を申し出、ウバイダはこれを受け入れた。和平協定では3日間の停戦が定められ、停戦期間終了後、ワリードはヨナの提案によりアラブ人の服装で騎兵連隊を率いてトーマスを追撃し、4方面からの攻撃で東ローマ帝国軍を包囲、決闘でトーマスを殺害した。
登場人物
- ワリード ハーリド・イブン・アル・ワリード。ダマスカス包囲戦の最高司令官。ダマスカスを孤立させて包囲し、城壁をロープで登る奇襲により東門を開放した。停戦期間終了後にトーマスを追撃し決闘で殺害した。
- トーマス ヘラクレイオスの義理の息子。ワリードのダマスカス進軍を遅らせる為に東ローマ帝国軍を差し向けた。包囲戦中にジャビヤ門でウバイダに降伏を申し出たが、停戦期間終了後にワリードに追撃され決闘で殺害された。
- アブー・ウバイダ ムハンマドの教友。ダマスカス包囲戦ではジャビヤ門の副司令官を務めた。トーマスの降伏申し出を受け入れ、和平合意によるダマスカス降伏を主張した。
- ヘラクレイオス 東ローマ帝国皇帝。包囲されたダマスカスの守備隊を救援する為に兵を差し向け、12,000名の救援軍も派遣したが、何れもワリードに阻止された。
- ヨナ シリアの単性論者の司祭。ダマスカスの祭りの情報や城壁の弱点をワリードに提供した。アンティオキアへの近道やアラブ人の服装での偽装も提案した。イスラム教に改宗した事で婚約者に婚約を破棄された。
- ディラール・ビン・アル・アズワル 機動警備隊の指揮官。騎兵2,000名に夜間の門の間の巡回を命じた。トーマス追撃戦では南から1,000名の騎兵連隊を率い東ローマ帝国軍を後方から急襲した。
- シュラビル・イブン・ハサナ ダマスカス包囲戦でトーマスの門の指揮官を務めた。
- アムル・イブン・アル・アース ダマスカス包囲戦でファラディの門の指揮官を務めた。
- ヤズィード・イブン・アビ・スフィアン ダマスカス包囲戦でケイサン門と小さな門の指揮官を務めた。
- ラファイ・ビン・ウマイル ダマスカス包囲戦で東門の主要部隊を指揮した。ヘラクレイオスの救援軍に対し5,000名を率いウカブ峠で合流したが、包囲された。
- カーカ・イブン・アムル・アル・タミミ ワリードと共に城壁を登った人物。東門奇襲の際にワリードと勢い良く門を開けた。
- マズル・イブン・アディ ワリード、タミミと共に手を繋いで城壁を登った人物。
- ウム・ハキーム ウム・ハキーム・ビント・アル・ハターリス・イブン・ヒシャーム。マルジュ・アル・サファールの戦いで、後に「ウム・ハキーム橋」と名付けられる橋の近くでテントポールを使い単独で7名の東ローマ帝国兵を殺害した。
- アブドゥルラフマン・イブン・アブー・バクル アブー・バクルの息子。トーマス追撃戦では北から1,000名の騎兵連隊を率い東ローマ帝国軍の左翼を攻撃した。
- ラーフェ・ビン・ウメール トーマス追撃戦では東から1,000名の騎兵連隊を率い東ローマ帝国軍の右翼を攻撃した。
主要な地名・拠点
- ダマスカス 現在のシリアの首都。6つの門を持つ城壁都市。ワリードが孤立させた上で包囲し、東門からの奇襲により陥落させた。
- マルジュ・ラーヒト 現在のシリアのダマスカス県。西暦634年4月24日、ワリードがガッサーン朝と交戦し撃破した戦場。
- グータ 現在のシリアのダマスカス県。ワリードが急襲部隊を派遣した地。包囲戦中はワリード軍への物資供給地点として機能した。
- ヤクサ 現在のイスラエル。ヤルムーク川北岸のティベリアス湖付近。トーマスがワリードの進軍を遅らせる為に差し向けた東ローマ帝国軍と遭遇した地。
- マルジュ・アル・サファール 現在のシリア。西暦634年8月19日、ワリードがトーマス率いる東ローマ帝国軍を破った戦場。
- ウカブ峠 ダマスカス近郊の峠。ヘラクレイオスの救援軍12,000名をワリードが迎撃した地点。
- マリアミテ大聖堂 ダマスカス中心部の大聖堂。陥落後にウバイダとワリードがそれぞれ入り、和平交渉が行われた場所。
- ジャバル・アンサリヤ山脈 現在のシリアのラタキア県。停戦期間終了後、ワリードがアラブ人の服装で騎兵連隊を率いて越えた山脈。
- エメサ 現在のシリアのホムス県。トーマスがヘラクレイオスに援軍を求める書簡を送った先。ダマスカスへの救援軍の出発地。
前哨戦・包囲・奇襲・陥落・追撃──
ダマスカス包囲戦の全記録を一冊に。
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