アブー・バクル一元化
啓示・聖遷・後継者選出・背教戦争・征服──
初代正統カリフ アブー・バクルの全記録を一本の時系列に貫く。
JPY 200(税込)
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本書について
西暦610年8月、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフがヒラー山の洞窟にて天使ジブリールより唯一神アッラーの啓示を受け、友人のアブー・バクルに教えを説いた時から、西暦634年8月にアブー・バクルが病の為死去する迄。本書は、初代正統カリフ アブー・バクルの全過程を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
西暦622年、クライシュ族からの迫害を受け、ムハンマドとアブー・バクルはメッカからヤスリブへ聖遷した。西暦623年にはムハンマドがアブー・バクルの娘アーイシャと再婚し、両者の関係は更に深まった。西暦628年のフダイビーヤの和約ではウマル・イブン・ハッターブが不満を示す中、アブー・バクルはムハンマドの決定に従った。
西暦630年のフナインの戦いでは、ムスリム軍が先制攻撃を受け混乱する中、アブー・バクルはムハージルーンの一人としてムハンマドを擁護し戦った。西暦632年6月にムハンマドが死去すると、ウマル・イブン・ハッターブが動揺する中、アブー・バクルはハッターブにムハンマドの遺体を見せて落ち着かせ、サキファの集会ではクライシュ族以外の者を指導者に据える事の危険性を訴え、初代正統カリフに選出された。
カリフ即位後、アブー・バクルは直ちにウサーマ・ビン・ザイドに出撃命令を出す一方、アサド族のトゥライハ率いる背教軍をドゥ・フッサで撃退した。西暦632年8月にはドゥ・キッサを占領し、ハーリド・イブン・アル・ワリードを各地の背教軍征伐に派遣した。西暦633年にはメソポタミア地方のササン朝ペルシアとの戦いを開始し、シリア征服の為に4名の司令官を派遣した。西暦634年1月に東ローマ帝国へ宣戦布告し、ボスラ郊外の戦いでワリードが東ローマ帝国軍を撃破した後、西暦634年8月23日に死去し、生前に指名したウマル・イブン・ハッターブが第2代正統カリフに即位した。
登場人物
- アブー・バクル ムハンマドの友人。最初期のイスラム教徒の一人。ムハンマドと共にヤスリブへ聖遷した。ムハンマドの死後、初代正統カリフに選出され、リッダ戦争を指揮し、ササン朝ペルシア・東ローマ帝国との戦いを開始した。西暦634年8月23日に死去。
- ムハンマド ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフ。イスラム教の預言者。西暦610年にヒラー山の洞窟で天使ジブリールより啓示を受け、イスラム教を始めた。西暦632年6月8日に遺言を残し死去。
- ウマル・イブン・ハッターブ ムハンマドの教友。ムハンマドの死後、アブー・バクルを後継者として推薦した。アブー・バクルの死後、第2代正統カリフに即位。
- ハーリド・イブン・アル・ワリード イスラムの名将。アブー・バクルの命を受け、背教軍の征伐やムサイリマ討伐を指揮。ササン朝ペルシアとの戦いでは司令官としてアル・ヒラへ進軍し、ボスラ郊外の戦いでは東ローマ帝国軍を撃破した。
- アリー・イブン・アビー・ターリブ ムハンマドの従兄弟。フナインの戦いではムハンマドの傍で戦った。アブー・バクルのマディーナ防衛では司令官の一人に任命された。
- アーイシャ・ビント・アブー・バクル アブー・バクルの娘。西暦623年にムハンマドと再婚した。
- ウスマーン・イブン・アッファーン フダイビーヤの和約の際、ムハンマドの使者としてクライシュ族との交渉に臨み、一時監禁された。
- ウサーマ・ビン・ザイド ザイド・イブン・ハリータの子。ムハンマドの死の直前にバルカ遠征の司令官に任命され、アブー・バクルの即位後に出撃命令を受けた。
- イクリマ・イブン・アビー・ジャハル アブー・バクルの命を受けアル・ヤママに派遣されたが、待機命令に反して兵を動かし、ムサイリマに敗北した。
- シュラビル・イブン・ハサナ イスラム教改宗者でサハーバ。アル・ヤママに留まりワリードの指揮下に入った。シリア征服の為の4名の司令官の一人に任命された。
- アル・マタナ・イブン・ハリタ ササン朝ペルシアとの国境付近のアル・ヒラの部族長。メソポタミア地方のササン朝の町を襲撃し、アブー・バクルから司令官に任命された。
- イヤド・イブン・ガンム アブー・バクルの命を受けドゥマット・アル・ジャンダルへ派遣されたが、カルブ族との戦闘で膠着状態に陥り、ワリードに援軍を要請した。
- アブー・ウバイダ ムハンマドの教友。アブー・バクルを後継者として推薦した一人。シリア征服の為の4名の司令官の一人に任命された。ボスラ郊外の戦いではムハンマドの黄色い旗をワリードに渡した。
- ムサイリマ 自らを預言者と名乗った人物。アル・ヤママを拠点とし、イクリマ・イブン・アビー・ジャハルを撃退した。
- トゥライハ・イブン・クウェイリード アサド族の長。マディーナへの攻撃を準備したが、アブー・バクルの軍に撃退された。
- タルハ・イブン・ウバイドゥラ アブー・バクルのマディーナ防衛において司令官の一人に任命された。
- ズバイル・イブン・アウワーム アブー・バクルのマディーナ防衛において司令官の一人に任命された。
- ディラール・ビン・アル・アズワル ボスラ郊外の戦いでワリードの右翼司令官を務めた。鎖帷子とシャツを脱いだ半裸の状態で一騎討ちに臨み、東ローマ帝国兵を全て破った。
- ハバブ・イブン・ムンドヒール ムハンマドの死後の後継者問題で、クライシュ族とアンサール族の共同統治を提案した。
- サード・イブン・ウバダ マディーナを拠点とするハズラジ族サイダ一族の長。アブー・バクルのカリフ選出に反発した。
主要な地名・拠点
- メッカ 現在のサウジアラビアのマッカ州。ムハンマドが啓示を受け、イスラム教の宣教を始めた地。カアバ神殿が所在する。
- マディーナ 現在のサウジアラビアのマディーナ州。ムハンマドとアブー・バクルが聖遷した先。イスラム教の拠点であり、アブー・バクルのカリフ政権の中心地。
- フダイビーヤ 現在のサウジアラビアのマッカ州。西暦628年にムハンマドとクライシュ族の間で10年間の休戦を含む和約が成立した場所。
- フナイン 現在のサウジアラビアのマッカ州。西暦630年にムハンマド軍がハワジン族・タキフ族連合軍と交戦した戦場。
- サキファ 現在のサウジアラビアのマディーナ州。ムハンマドの死後、アンサールの集会が開かれ、アブー・バクルが初代正統カリフに選出された場所。
- ドゥ・フッサ アブー・バクルが背教軍を撃退した戦場。劣悪な荷物駱駝での出撃を余儀なくされ、一度は退却したが、夜間奇襲により背教軍を撃破した。
- ドゥ・キッサ ドゥ・フッサから退却した背教軍が拠点とした地。西暦632年8月にアブー・バクルの軍が占領した。
- アル・ヤママ 現在のサウジアラビアのリヤード州。自称預言者ムサイリマの拠点。イクリマが敗北した後、ワリードが征伐を命じられた。
- アル・ヒラ 現在のイラクのナジャフ県付近。ササン朝ペルシアとの国境付近に位置し、アル・マタナ・イブン・ハリタの拠点。ワリードが司令官として派遣された。
- ドゥマット・アル・ジャンダル 現在のサウジアラビアのジャウフ州。中央アラビア・イラク・シリアからの経路が集合するアラビアの大規模商業都市。
- ボスラ シリアの都市。西暦634年6月にワリードが東ローマ帝国軍を撃破した戦場。
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初代正統カリフ アブー・バクルの全記録を一冊に。
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