足利義澄一元化
伊豆国堀越での生誕・天龍寺香厳院入り・足利茶々丸による母弟殺害・明応の政変での擁立・北条早雲への茶々丸征伐命令・第11代征夷大将軍就任・隠居と細川5ヶ条伊勢7ヶ条要求・足利義忠殺害・義稙の死を願う願文奉納・大内義興軍に追われての京都脱出と水茎岡山城入り・義稙暗殺未遂・雲龍軒軍の敗死・嫡男義晴と義維の播磨阿波送致・水茎岡山城客死──
応仁の乱後の畿内政治の中心に立ち続けた将軍の30年8箇月を一本の時系列に貫く。
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本書について
西暦1481年1月15日、伊豆国堀越にて初代堀越公方足利政知と武者小路隆光の娘で側室の円満院との間に足利義澄が生誕した日から、西暦1511年9月6日、義澄が水茎岡山城にて死去した日まで。本書は、応仁の乱の余燼覚めやらぬ時代に、堀越公方の弐男として僧籍に入る筈であった一人の少年が、異母兄足利茶々丸の手で母と弟を殺され、明応の政変によって細川政元に擁立されて第11代室町幕府征夷大将軍となり、以後管領との確執・隠居宣言・足利義稙との将軍位争い・大内義興軍に追われての京都脱出を経て、近江国の城で30歳の若さで客死するまでの30年8箇月を、月日単位で時系列に一元化した電子書籍です。応仁の乱が生み出した将軍家分裂の象徴として擁立され、其の擁立構造ゆえに常に細川政元に振り回され、最後は京都すら追われた将軍の生涯を、一冊の書として束ねます。
西暦1481年1月15日の生誕に始まり、西暦1485年に異母兄足利茶々丸が堀越公方家の継承者と決まっていた為、義澄は天龍寺香厳院の跡取りとなる事が決定。西暦1487年4月に上洛の為伊豆国を出発し、6月19日に300名の従者と共に京都に到着。西暦1490年5月16日には日野富子が小川殿を義澄に与える事を決定し、日野が細川政元と内談して義澄を将軍に擁立しようとしているとの噂が立ちます。西暦1491年2月15日の足利義視死去で義稙が後ろ盾を失い擁立工作が本格化、同年8月6日には足利茶々丸が円満院・足利潤童子を殺害して武力で堀越公方家督を奪いました。西暦1493年3月3日の足利義稙による畠山義豊征伐の後、5月7日夜に細川政元が遊初軒に義澄を迎え入れて挙兵、義澄を将軍として擁立し畠山政長の河内国守護職を罷免する明応の政変が起こり、5月13日に義澄は還俗、7月には茶々丸の近くに城を持つ北条早雲に円満院・潤童子の敵討ちとして茶々丸征伐を命じました。西暦1495年1月23日、5時に元服の儀が執り行われ朝廷からの将軍宣下により義澄が第11代征夷大将軍に就任、細川政元が第29代管領に就任して伊勢貞宗と共に若年の義澄に代わり政務を担いました。
西暦1496年5月の文庫修繕費捻出失敗、西暦1497年11月2日の畠山尚順による高屋城落城と河内国大半奪回、西暦1499年12月の足利義稙の越前国府中からの出陣を経て、西暦1501年2月17日には細川政元との不和が表面化、5月10日に槇島城を訪ねて隠居を撤回させます。西暦1502年8月14日に従四位下・参議兼左近衛中将に叙任されるも細川の反対で拝賀は実現せず、9月5日に義澄は隠居宣言して金龍寺に逐電、9月6日に細川に5ヶ条・伊勢に7ヶ条の要求を突き付け、其の中の足利義忠殺害要求は9月7日に細川によって実行されました。西暦1503年1月23日には足利義稙の死を願う願文を石清水八幡宮に奉納し、義稙を「今出川」と呼んで分裂した足利家を認めない姿勢を貫きます。西暦1504年5月2日には細川による薬師寺元一の摂津国守護代職罷免を阻止、西暦1507年8月16日に細川澄之を、9月8日に細川澄元を順に京兆家当主として承認、西暦1508年5月15日夜には大内義興軍に対抗する軍事力が無く近臣18名と共に京都を脱出して水茎岡山城に入りました。西暦1509年12月7日に和田円珍を頭とする義稙暗殺未遂、西暦1510年3月29日〜30日の雲龍軒軍の守山布陣・敗死を経て、西暦1511年4月2日に水茎岡山城にて正室日野阿子との間に嫡男足利義晴を儲け、7月に義晴を播磨国の赤松義村・足利義維を阿波国の細川澄元に預けた直後の同年9月6日、水茎岡山城にて30歳で死去します。京都の支配権を巡って二人の将軍が並び立った時代の悲劇の主役の全貌を一冊に束ねた書です。
主要登場人物
- 足利義澄 第11代室町幕府征夷大将軍。1481年1月15日に伊豆国堀越にて足利政知と円満院の間に生誕。1485年に天龍寺香厳院の跡取り決定、1487年6月19日に上洛、1493年5月7日の細川政元による明応の政変で擁立され、1495年1月23日に元服と征夷大将軍就任。1502年9月5日に隠居宣言・金龍寺逐電と細川5ヶ条・伊勢7ヶ条を要求、1508年5月15日に大内義興軍に追われて京都を脱出し水茎岡山城に入り、1511年9月6日に同城にて30歳で死去した、本書の主人公。
- 足利政知 初代堀越公方。足利義澄の父。1481年1月15日に円満院との間に義澄を儲け、1491年2月15日の足利義視死去後は細川政元と共に義澄を将軍に擁立すべく動き始めた、義澄の擁立を準備した父。
- 円満院 武者小路隆光の娘。足利政知の側室。1481年1月15日に義澄を産んだ義澄の母。1491年8月6日、足利茶々丸によって弐子潤童子と共に殺害された、本書冒頭の悲劇の犠牲者。
- 足利茶々丸 第2代堀越公方。足利政知の正室の子で義澄の異母兄。1491年8月6日、武力で堀越公方家督を奪う為に円満院・足利潤童子を殺害した。1493年7月には義澄から命じられた北条早雲によって征伐される対象となった、義澄一家の悲劇の元凶。
- 足利潤童子 足利政知と円満院の子で義澄の弟。1491年8月6日、足利茶々丸によって母円満院と共に殺害された、本書冒頭の悲劇のもう一人の犠牲者。
- 足利義稙 第10代室町幕府征夷大将軍。義澄の従兄弟。1493年5月7日の明応の政変で細川政元の襲撃を受けて将軍位を失い、1494年10月20日に放生津城に移り挙兵して義澄・細川政元の打倒を宣言、1499年12月に越前国府中から出陣して上洛を狙った。1503年1月23日には義澄から死を願う願文を石清水八幡宮に奉納され「今出川」と呼ばれた、義澄が生涯を通じて対峙し続けた将軍位の競合者。
- 細川政元 第29代室町幕府管領。1493年5月7日の明応の政変で義澄を擁立した、本書の真の権力者。1495年1月16日には義澄の元服の加冠役を務めるのを嫌がり1日中花の御所で待たせた。義澄とは隠居宣言・5ヶ条要求等で度々衝突しつつも、1502年9月7日には義澄の要求に従って足利義忠を殺害させ、1504年5月8日には和歌会で饗応された、義澄を擁立しながら政元を振り回した管領。
- 日野富子 足利義政の正室。1490年5月16日に小川殿を義澄に与える事を決定し、細川政元と内談して義澄の将軍擁立を画策する噂を立てた。1493年5月8日には細川支持を表明した、義澄擁立工作の朝廷側の要。
- 北条早雲 伊豆国の戦国大名。1493年7月、義澄から円満院・足利潤童子の敵討ちとして足利茶々丸征伐を命じられた。下調べで茶々丸の横暴と堀越公方重臣との対立、領民の疲弊、堀越御所の内情を掴み内部工作を行なった、義澄の敵討ちを実行した戦国の風雲児。
- 伊勢貞宗 室町幕府政所執事。1493年5月8日の明応の政変では義稙に付いていた諸将に義澄に従う様記した密書を送り、1495年1月23日の義澄就任後は細川政元と共に若年の義澄に代わり政務を担った。1502年9月6日に金龍寺の義澄から7ヶ条の要求を突き付けられた、義澄擁立体制の運営者。
- 大内義興 周防国の大内館当主。1508年5月15日、彼の率いる軍に対抗する軍事力を持たない義澄が近臣18名と共に京都を脱出するきっかけを作った、義澄を京都から追放した張本人。義稙派として上洛軍を組織した。
- 細川澄元 細川義春の子。1507年9月8日に義澄に拝謁し細川京兆家の家督を承認された。1511年7月、義澄は弐男足利義維を阿波国の澄元に預けた、義澄の二人の息子のうち一人を託された京兆家当主。
- 足利義忠 足利義稙の異母弟。1502年9月7日、義澄の見舞いの為に金龍寺を訪れたが面会を拒否され、其の後細川政元に屋敷へ呼び出されて捕縛、柳本家家臣と香西元長等によって斬殺された、義澄の隠居要求の一項目として命を奪われた人物。
- 九里信隆 水茎岡山城の城主。1508年5月15日に京都を脱出した義澄を受け入れ、義澄が1511年9月6日に死去するまでの3年4箇月間に亙って城主として彼を支え続けた、義澄の最晩年の保護者。
- 足利義晴 足利義澄の嫡男。1511年4月2日、水茎岡山城にて義澄と日野阿子との間に生誕。同年7月、僅か3箇月で播磨国の赤松義村に預けられ、其の2箇月後の9月6日に父義澄が死去した、父の死の直前に未来を託された嫡男。
- 日野阿子 足利義澄の正室。1511年4月2日に水茎岡山城にて義澄との間に嫡男義晴を儲けた、本書の最終局面で義澄の血を未来に繋いだ正室。
伊豆国堀越での生誕・天龍寺香厳院入り・足利茶々丸による母弟殺害・明応の政変での擁立・北条早雲への茶々丸征伐命令・第11代征夷大将軍就任・隠居と細川5ヶ条伊勢7ヶ条要求・足利義忠殺害・義稙の死を願う願文奉納・大内義興軍に追われての京都脱出と水茎岡山城入り・義稙暗殺未遂・雲龍軒軍の敗死・嫡男義晴と義維の播磨阿波送致・水茎岡山城客死──
応仁の乱後の畿内政治の中心に立ち続けた将軍の30年8箇月を一冊に。
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