電子書籍「朝倉孝景と甲斐敏光が繰り広げた殿下・桶田・波着寺・半助谷の戦い、足利義政に反発し国領を渡さない北畠政郷・細川成之に対する一色義春の反撃一元化」の表紙

朝倉孝景と甲斐敏光が繰り広げた
殿下・桶田・波着寺・半助谷の戦い、
足利義政に反発し国領を渡さない
北畠政郷・細川成之に対する
一色義春の反撃一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,474年2月頃〜1,484年9月23日
※旧暦は全て西暦に変換しています
ページ数
7ページ
最新更新日
西暦2,026年8月13日

西暦1,474年、日野川の岸で越前国の帰趨が動いた──
殿下・桶田・波着寺・半助谷の激闘と、一色義春の領国奪還の十年七ヶ月を一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,474年2月頃、朝倉孝景は日野川(現在の福井県)の合戦で、斯波義廉の家臣・増沢祐徳を破った。更に、杣山城(現在の福井県南条郡南越前町社谷)に籠城していた越前国守護代・甲斐敏光をも撃破する。杣山城は其の後、河合宗清の居城となり、朝倉の支配下に入った。応仁の乱が終息へ向かう頃、京都の外では、守護代が守護の国を実力で奪い取る動きが始まっていた——本書は、此の日野川の合戦を起点として、西暦1,484年9月23日の一色義春の病死に至るまでの十年七ヶ月を、年月日単位で一元化した記録である。越前国を巡る朝倉孝景と甲斐敏光の争奪と、父祖の領国を取り戻そうとする一色義春の反撃という、二本の線が並走する。

同年4月19日、細川政元と山名政豊が単独で和睦した。仲介を務めたのは武田国信である。武田が突き付けた和睦の条件の一つに、一色義直と戦って奪った丹後国の所領を返還し、丹後国守護職を一色義春へ返付する、というものが有った。同じ日、細川家と山名家を隔てる空堀には橋が架けられ、東陣(現在の京都府京都市上京区上小川町付近)から山名の陣を通って北野天満宮へ参詣する者や、西軍の勢力下であった下京から東陣へ物を売る商人等が、往来を始めている。堀を埋めたのではなく、橋を架けた——戦の記録の中に、京都の日常が戻り始めた一日が挟まっている。

一方の越前国では、5月31日、甲斐敏光率いる軍が、坂井郡や甲斐国に逃れた牢人と合流し、九頭竜川(現在の福井県)を超えて岡保(現在の福井県福井市河水町)へ進軍、朝倉孝景率いる軍を攻撃して戦闘が始まった。激戦が繰り広げられたのは殿下(現在の福井県福井市)と桶田(現在の福井県福井市河増町)であり、此処で朝倉氏景が敵を多数討ち取っている。6月15日頃、足利義政が一色義春を引見した。同じ頃、甲斐敏光勢と朝倉孝景勢の戦闘は、波着寺(現在の福井県福井市成願寺町)周辺へと移っていく。

6月21日、足利義視が、一色氏の知行していた領国を其々の忠誠に応じて分配する決定を下す。三河国は讃州細川家へ、伊勢国と丹後国は一色義春へ、若狭国は武田国信へ。此れにより一色義春は第22代室町幕府丹後国守護に就任した。又、同年、足利義政は第26代室町幕府伊勢国守護・北畠政郷に、伊勢国半国を一色へ返付する様命じたが、北畠は此れを拒否している。書面の上で領国が動いても、現地の主が首を縦に振らなければ何も動かない。6月29日には、丹後国守護職の返付に抵抗する武田国信・細川政国の家臣が、一色勢と丹後国で交戦した。此の時点で、武田・細川は丹後国を掌握していた。

同じ6月29日、越前国では朝倉孝景が、西軍方の富樫成春の弐男・富樫幸千代と連携し、波着寺周辺で甲斐敏光率いる軍と激戦を繰り広げる。波着寺の周辺には半助谷と呼ばれる場所が在り、其処には甲斐と親しい武将の館が在った。此処で敗れれば本拠地へ攻め込まれかねない——追い詰められた朝倉は必死の防戦で、甲斐氏・千福中書増沢・甲斐法花院舎弟を悉く討ち、勝利した。平泉寺(現在の福井県勝山市平泉寺町平泉寺)の衆にも多くの損害が出ている。甲斐敏光方が多く討たれた事を知った真盛は、卒塔婆を大畔縄手(現在の福井県福井市岡西谷町付近)に建て、岡ノ西光寺(現在の福井県福井市次郎丸町)で百万遍の回向を行なった。7月頃、斎藤妙椿が数千騎を率いて越前国に入り、朝倉孝景と甲斐敏光の間を調定の末に和解させる。此の頃、西軍諸将も和睦しようとしたが、斎藤の反対により実現しなかった。

西暦1,476年、足利義政が一色氏の三河国の旧領を改めて一色義春に与えた。然し第11代室町幕府三河国守護・細川成之は此れを拒み、国領を渡さない。同年9月、一色義直と一色義春は三河国へ出陣し、三河国守護代・東条国氏を自害に追い込んだ。西暦1,477年6月頃には、室町幕府が伊勢国北半国守護職を一色義春に与える。然し同職は北畠政郷が補任されていたにもかかわらず、罷免しない儘に一色へ与えられた為、現地の代官同士が揉め、奪還を意図して現地入りした一色との間で合戦に発展した。勝ったのは北畠であり、北畠は伊勢国北半国守護職に再任される。周囲は北畠が畠山義就に味方するのではないかと警戒したが、其れは杞憂に終わった。西暦1,479年9月頃、北畠政郷は上意を違えたという理由で伊勢国守護職を罷免され、伊勢国は漸く一色義春の手に戻る。そして西暦1,484年9月23日、一色義春は病死した——本書が記録する最後の一日である。


登場人物

  • 朝倉孝景 本書の中心人物の一人。西暦1,474年2月頃、日野川の合戦で斯波義廉の家臣・増沢祐徳を破り、杣山城に籠城していた越前国守護代・甲斐敏光をも撃破した。同年5月31日には岡保へ進軍した甲斐勢と交戦し、6月29日には富樫幸千代と連携して波着寺周辺の半助谷で必死の防戦を行い、甲斐氏・千福中書増沢・甲斐法花院舎弟を悉く討って勝利した。
  • 甲斐敏光 越前国守護代。西暦1,474年2月頃、杣山城に籠城していた所を朝倉孝景に撃破された。同年5月31日には坂井郡や甲斐国へ逃れた牢人と合流し、九頭竜川を超えて岡保へ進軍して朝倉勢を攻撃、殿下・桶田で激戦となる。6月29日の半助谷での敗戦を経て、7月頃、斎藤妙椿の調定により朝倉孝景と和解した。
  • 朝倉氏景 朝倉方の武将。西暦1,474年5月31日、殿下・桶田での激戦において、敵を多数討ち取った。
  • 一色義春 本書のもう一人の中心人物。西暦1,474年4月19日の細川政元・山名政豊の和睦条件により丹後国守護職を返付され、6月21日の足利義視の裁定で伊勢国・丹後国を得て第22代室町幕府丹後国守護に就任した。以後、三河国・伊勢国の旧領を巡って細川成之・北畠政郷と争い、西暦1,479年9月頃に伊勢国を手中に収めたが、西暦1,484年9月23日に病死した。
  • 一色義直 一色氏の武将。丹後国の所領を巡って戦った相手から、其の返還が和睦の条件として突き付けられた人物。西暦1,476年9月には一色義春と共に三河国へ出陣し、三河国守護代・東条国氏を自害に追い込んだ。
  • 北畠政郷 第26代室町幕府伊勢国守護。西暦1,474年、足利義政から伊勢国半国を一色へ返付する様命じられたが、此れを拒否した。西暦1,477年6月頃、罷免されない儘に伊勢国北半国守護職を一色義春へ与えられた事から合戦に発展し、勝利して同職に再任される。然し西暦1,479年9月頃、上意を違えたという理由で伊勢国守護職を罷免された。
  • 細川成之 第11代室町幕府三河国守護。西暦1,476年、足利義政が一色氏の三河国の旧領を改めて一色義春に与えた際、此れを拒んで国領を渡さなかった。
  • 足利義政 室町幕府将軍。西暦1,474年6月15日頃に一色義春を引見し、同年、北畠政郷に伊勢国半国の返付を命じた。西暦1,476年には一色氏の三河国の旧領を改めて一色義春に与えている。いずれの命も、現地の守護に拒まれた。
  • 足利義視 西暦1,474年6月21日、一色氏の知行していた領国を其々の忠誠に応じて分配する決定を下した人物。三河国を讃州細川家、伊勢国・丹後国を一色義春、若狭国を武田国信へ充て、一色義春の丹後国守護就任の直接の契機となった。
  • 細川政元 西暦1,474年4月19日、武田国信の仲介により山名政豊と単独で和睦した。此の和睦の条件の一つが、丹後国守護職の一色義春への返付であった。
  • 山名政豊 西暦1,474年4月19日、細川政元と単独で和睦した。同日、細川家と山名家を隔てる空堀には橋が架けられ、参詣者や商人の往来が始まっている。
  • 武田国信 細川政元と山名政豊の和睦の仲介役。丹後国守護職の一色義春への返付を和睦の条件として突き付けた。西暦1,474年6月21日の分配では若狭国を得たが、同月29日には其の家臣が丹後国守護職の返付に抵抗し、一色勢と交戦している。
  • 細川政国 西暦1,474年6月29日、丹後国守護職が一色義春に返付された事に抵抗し、其の家臣が一色勢と丹後国で交戦した。此の時点で、武田・細川は丹後国を掌握していた。
  • 斎藤妙椿 西暦1,474年7月頃、数千騎を率いて越前国に入り、朝倉孝景と甲斐敏光の間を調定の末に和解させた。同じ頃、西軍諸将が和睦しようとしたが、其れは斎藤の反対により実現しなかった。
  • 富樫幸千代 西軍方・富樫成春の弐男。西暦1,474年6月29日、朝倉孝景と連携し、波着寺周辺で甲斐敏光率いる軍と激戦を繰り広げた。
  • 真盛 西暦1,474年6月29日、甲斐敏光方が多く討たれた事を知り、卒塔婆を大畔縄手に建設した。岡ノ西光寺では百万遍の回向を行なっている。合戦の記録の中で、死者を弔う側から関わった人物。
  • 東条国氏 三河国守護代。西暦1,476年9月、三河国へ出陣した一色義直・一色義春によって自害に追い込まれた。
  • 増沢祐徳 斯波義廉の家臣。西暦1,474年2月頃、日野川の合戦で朝倉孝景に破られた、本書の戦いの発端に立つ武将。

本書が記録する戦いと裁定

  • 日野川の合戦と杣山城 西暦1,474年2月頃、本書の起点。朝倉孝景が日野川(現在の福井県)の合戦で斯波義廉の家臣・増沢祐徳を破り、更に杣山城(現在の福井県南条郡南越前町社谷)に籠城していた越前国守護代・甲斐敏光を撃破した。杣山城は其の後、河合宗清の居城となり、朝倉の支配下に入った。
  • 細川政元と山名政豊の単独和睦 西暦1,474年4月19日、武田国信の仲介により成立。丹後国の所領の返還と、丹後国守護職の一色義春への返付が条件の一つに含まれた。同日、細川家と山名家を隔てる空堀に橋が架けられ、東陣から北野天満宮への参詣者や、下京から東陣へ物を売る商人等の往来が始まった。
  • 岡保・殿下・桶田の激戦 西暦1,474年5月31日、甲斐敏光率いる軍が坂井郡や甲斐国へ逃れた牢人と合流し、九頭竜川を超えて岡保(現在の福井県福井市河水町)へ進軍、朝倉勢を攻撃した。殿下(現在の福井県福井市)と桶田(現在の福井県福井市河増町)で激戦となり、朝倉氏景が敵を多数討ち取った。
  • 足利義政による一色義春の引見 西暦1,474年6月15日頃、足利義政が一色義春を引見した。旧領の返付を巡る一連の裁定の起点に位置する一日。
  • 波着寺周辺への戦線移動 西暦1,474年6月15日頃、甲斐敏光勢と朝倉孝景勢の戦闘が、波着寺(現在の福井県福井市成願寺町)周辺へ移った。以後、越前国の争奪は此の一帯を軸に展開する。
  • 足利義視による領国の分配 西暦1,474年6月21日、一色氏の知行していた領国が忠誠に応じて分配された。三河国は讃州細川家、伊勢国・丹後国は一色義春、若狭国は武田国信。此れにより一色義春は第22代室町幕府丹後国守護に就任した。同年、足利義政は北畠政郷に伊勢国半国の一色への返付を命じたが、北畠は拒否した。
  • 丹後国での交戦 西暦1,474年6月29日、丹後国守護職が一色義春に返付された事に抵抗する武田国信・細川政国の家臣が、一色勢と丹後国で交戦した。此の時点で、武田・細川は丹後国を掌握していた。
  • 半助谷の決戦 西暦1,474年6月29日、朝倉孝景が富樫幸千代と連携し、波着寺周辺で甲斐敏光率いる軍と激戦を繰り広げた。周辺には半助谷と呼ばれる場所が在り、甲斐と親しい武将の館が在った。敗れれば本拠地へ攻め込まれかねない状況で、朝倉は必死の防戦により甲斐氏・千福中書増沢・甲斐法花院舎弟を悉く討ち、勝利した。平泉寺の衆にも多くの損害が出ている。
  • 大畔縄手の卒塔婆と百万遍の回向 西暦1,474年6月29日、甲斐敏光方が多く討たれた事を知った真盛が、卒塔婆を大畔縄手(現在の福井県福井市岡西谷町付近)に建設し、岡ノ西光寺(現在の福井県福井市次郎丸町)で百万遍の回向を行なった。
  • 斎藤妙椿の調定 西暦1,474年7月頃、斎藤妙椿が数千騎を率いて越前国に入り、朝倉孝景と甲斐敏光を調定の末に和解させた。同じ頃、西軍諸将も和睦しようとしたが、斎藤の反対により実現しなかった。
  • 三河国の旧領と東条国氏の自害 西暦1,476年、足利義政が一色氏の三河国の旧領を改めて一色義春に与えたが、第11代室町幕府三河国守護・細川成之は此れを拒み国領を渡さなかった。同年9月、一色義直・一色義春が三河国へ出陣し、三河国守護代・東条国氏を自害に追い込んだ。
  • 伊勢国北半国守護職を巡る合戦 西暦1,477年6月頃、室町幕府が伊勢国北半国守護職を一色義春に与えた。同職は北畠政郷が補任されていたが罷免しない儘の授与であった為、現地の代官同士が揉め、奪還を意図した一色との合戦に発展する。勝利した北畠は同職に再任された。周囲は北畠が畠山義就に味方する事を警戒したが、杞憂に終わった。
  • 北畠政郷の罷免と伊勢国の帰属 西暦1,479年9月頃、北畠政郷が上意を違えたという理由により伊勢国守護職を罷免され、伊勢国が一色義春の手に戻った。
  • 一色義春の病死 西暦1,484年9月23日、一色義春が病死した。本書が記録する最後の一日であり、領国奪還に費やされた十年余りの終着点。

日野川・杣山城から半助谷へ、丹後国・三河国から伊勢国へ──
越前国の争奪と一色義春の反撃の全過程を一冊に。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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