電子書籍「西岡被官衆を率いる野田泰忠一元化」の表紙

西岡被官衆を率いる
野田泰忠一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,468年〜1,471年8月9日
※旧暦は全て西暦に変換しています
最新更新日
西暦2,025年12月31日

寺戸城・鶏冠井城・谷ヶ堂・丸岡城・山崎城・勝龍寺城・粟生──
京都南西部を駆け抜けた西岡被官衆の戦いを一本の時系列に貫く。

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本書について

西暦1468年、野田泰忠が京都から出て行く西軍を攻撃するため上植野城に布陣した日から、西暦1471年8月9日、勝龍寺城にて東軍と西軍が交戦し、山名是豊も東軍として参戦した日まで。本書は、応仁の乱における山城国西岡(現在の京都府乙訓郡大山崎町周辺)を本領とする在地国人衆の頭目として、東軍方で寺戸城・鶏冠井城・谷ヶ堂・丸岡城・山崎城・勝龍寺城・粟生を転戦した野田泰忠の戦闘の軌跡を、月日単位で時系列に一元化した電子書籍です。応仁の乱本戦が京都市街に集中する裏で、京都南西部の山城国・摂津国・丹波国を舞台として、畠山義就・大内政弘・山名是豊・鶏冠井政益・薬師寺長忠・四宮長能ら諸将と交錯しながら、地縁に根差した被官衆を率いて転戦し続けた、地域戦線の指揮官の物語です。

西暦1468年の上植野城布陣に始まり、同年11月6日の野田泰忠率いる山城国西岡被官衆による寺戸城布陣と鶏冠井城攻撃を経て、西暦1469年5月30日には谷ヶ堂を本拠とする西岡被官衆が西軍鶏冠井政益率いる軍の籠城する鶏冠井城を再襲撃。然し同年6月2日、畠山義就率いる軍の谷ヶ堂攻略により西岡被官衆は丹波国へ逃亡を余儀なくされます。同年7月24日の西軍による摂津国・丹波国侵攻、同年7月28日の野田泰忠と細川勝元方安富又次郎による丸岡城防備で野田は反撃の足場を再構築。同年8月18日の安照寺城陥落により薬師寺長忠・四宮長能の抱える忍頂寺城苦戦の報告が野田の下に入り、同年9月2日の大内政弘率いる軍による池田氏池田城落城、同年11月25日の大内政弘の池田城出発時点でも野田は丹波国に居て情報を収集する立場にありました。被官衆を率いる野田泰忠の戦線が、地縁を超えて摂津国の戦況にも関与していく過程です。

西暦1470年1月14日、野田泰忠率いる軍が山名是豊に合流して神呪寺・山田荘・三宅館を転戦、同年2月1日に西軍の山崎出陣の報を受けて山名是豊と共に三宅氏陣営を出発し山崎へ向かい山崎城に砦を構築。同年2月15日の山崎城合戦、同年3月の畠山義就による勝龍寺城陣城化と同年3月7日の山崎での東西軍交戦、同年5月14日の勝龍寺城搦手北の門での合戦と安富又次郎による馬場・古市焼き打ち、同年5月16日の山名是豊勝龍寺城出陣に呼応して野田泰忠率いる西岡被官衆が東軍布陣の上里館・石見城・井内館に放火し向日河原での合戦に展開、同年6月3日の山城国淀での交戦、同年6月19日の摂津国茨木での交戦と、勝龍寺城を巡る攻防の核心地で野田は地縁を活かした放火戦術を展開しました。西暦1471年1月14日に山名是豊の備後国帰国条件として山崎城守衛を命じられた後、同年3月・7月の粟生での連続交戦、同年8月9日の勝龍寺城合戦と、山名是豊が東軍として参戦し続けた粟生・勝龍寺城戦線の展開で本書は閉じられます。京都の主戦場から離れた京都南西部で、家郷の地縁を頼りに戦い抜いた野田泰忠と西岡被官衆の3年8箇月を、一本の時系列に束ねた書です。


主要登場人物

  • 野田泰忠 山城国西岡被官衆の頭目。1468年に上植野城布陣、同年11月6日に寺戸城布陣と鶏冠井城攻撃、1469年5月30日に谷ヶ堂を本拠として鶏冠井政益を再襲撃、同年6月2日の谷ヶ堂陥落後は丹波国へ逃亡。同年7月28日に丸岡城防備で安富又次郎と連携し、1470年1月以降は山名是豊と合流して神呪寺・山田荘・山崎城・勝龍寺城周辺を転戦、同年5月16日には上里館・石見城・井内館への放火と向日河原合戦を主導した、本書の主人公。
  • 山名是豊 山名一族で東軍。1470年1月14日に野田泰忠と合流して神呪寺・山田荘・三宅館を転戦、同年2月から山崎城を拠点に勝龍寺城周辺で西軍と戦闘。1471年1月14日に備後国帰国条件として山崎城の守衛を命じられた後も、同年3月・7月の粟生、8月9日の勝龍寺城に東軍として参戦し続けた、本書を通じて野田泰忠の主たる連携相手となった人物。
  • 畠山義就 西軍の主力。1469年6月2日に野田泰忠の本拠である谷ヶ堂を攻め落とし、西岡被官衆を丹波国へ逃亡させた。1470年3月には勝龍寺城に入って陣城とし、京都南西部での西軍の橋頭堡を築いた、野田泰忠と西岡被官衆を圧迫し続けた最大の敵。
  • 鶏冠井政益 西軍。鶏冠井城に籠城し、1468年11月6日と1469年5月30日の2度に亙り野田泰忠率いる西岡被官衆の攻撃を受けた、本書の戦闘の発端を成す敵将。
  • 大内政弘 西軍の主力。1469年9月2日に東軍に帰順した池田氏の居城池田城を落城させ、同年11月25日に池田城を出発した。野田泰忠が丹波国に居た時期、摂津国の戦況を大きく動かしていた。
  • 薬師寺長忠 東軍。四宮長能と共に忍頂寺城を抱えていたが、1469年8月18日の安照寺城陥落により苦戦に陥り、丹波国の野田泰忠の下に苦戦の報告が入った。
  • 四宮長能 東軍。薬師寺長忠と共に忍頂寺城を抱え、安照寺城陥落の余波を受けた。
  • 安富又次郎 細川勝元方の武将。1469年7月28日に野田泰忠と共に丸岡城の防備に当たり、1470年5月14日には勝龍寺城搦手北の門での合戦でお供を連れて馬場・古市を焼き払った、本書を通じて野田の戦友として連携した人物。
  • 細川勝元 東軍総大将。管領。野田泰忠は東軍方として位置し、細川方の安富又次郎と連携して京都南西部の戦線を担った。
  • 池田氏 摂津国池田城主。東軍に帰順したが、1469年9月2日に大内政弘率いる軍に池田城を落城させられた、京都南西部の戦線の構図を変えた一族。
  • 三宅氏 摂津国吹田の三宅館の主。1470年初頭、野田泰忠と山名是豊が転戦の拠点として陣営を提供し、同年2月1日の山崎出陣の起点となった。

寺戸城・鶏冠井城・谷ヶ堂・丸岡城・山崎城・勝龍寺城・粟生──
京都南西部を駆け抜けた西岡被官衆の戦いを一冊に。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。