武田信虎に反発して躑躅ヶ崎館を去った
栗原信友・大井信達・今井信是
一元化
西暦1,520年、躑躅ヶ崎館の城下町から三名の国人領主が去った──
武田信虎の被官化に抗った栗原信友・大井信達・今井信是の二十四年余を一元化。
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本書について
西暦1,519年9月8日、甲斐国の国府移転に伴い、躑躅ヶ崎館(現在の山梨県甲府市古府中町)の建設の鍬立式が催された。翌9日には武田信虎自らが建設地の見分を行っている。そして西暦1,520年1月10日、武田信虎と大井の方が、川田館から躑躅ヶ崎館へと移り住んだ。此の時には既に、躑躅ヶ崎館は政庁としての機能を備えるまでに至っていた——本書は、此の新しい政庁の完成を起点として、其処へ集められる事を拒んだ三名の国人領主の二十四年余を、年月日単位で一元化した記録である。
武田信虎が城下町への移住を命じた相手は、家臣だけではなかった。有力な国人領主にも同じ命が下されている。狙いは明白であった。直臣ではない国人領主を自領から切り離し、被官化する為である。此れにより、栗原信友・大井信達・今井信是の三名も、移住を余儀無くされた。土地に根を張って自立していた領主達を、館の膝下へ移して家臣の列に組み入れる——躑躅ヶ崎館の建設とは、石垣と堀を築く事であると同時に、甲斐国の権力の形を組み替える事でもあった。
もっとも、軋轢は館の完成を待たずに表面化していた。西暦1,519年2月頃、今井信是が武田信虎に対して反乱を起こし、諏訪頼満と共に、甲斐国と信濃国の国境で武田と交戦している。此の時の今井は、同年5月頃には降伏した。だが、火種は消えていなかった。
西暦1,520年4月頃、躑躅ヶ崎館の落慶法会が執り行われる。其の二ヶ月後——同年6月頃、兼ねてから武田信虎から距離を置いていた栗原信友・大井信達・今井信是の三名が、公然と武田に反発する姿勢を示し、自領へ帰還した。移住命令に対する、行動による拒絶である。此れを受けて武田は、配下の板垣信方と曽根昌長に鎮圧を命じ、兵を三手に分けて征伐に向かわせた。
同年6月22日、三手に分かれた武田信虎軍の内の一手が都塚(現在の山梨県笛吹市一宮町)に進軍し、栗原信友の居館である栗原氏館(現在の山梨県山梨市上栗原)を焼き討ちにする。栗原は秩父へ逃亡し、後に武田へ許しを請うた。武田は之を了承し、栗原は甲斐国に帰参している。続く6月24日、別の一手が今諏訪(現在の山梨県南アルプス市)にて大井信達・今井信是と交戦し、大勝した。しかし武田軍も無傷ではなく、曽根大学助が戦死している。信達と今井は降伏し、信達は武田から隠居・出家を命じられ、家督は信達の嫡男・大井信業が継いだ。
反発した三名の其の後も、本書は追っている。西暦1,529年12月5日、栗原信友が死去した。西暦1,537年には、冷泉為和が武田信虎から和歌会に招待され、其の席に大井信達も同席している。以降、大井は数度に亘って同席した。かつて兵を交えた相手と、同じ座で歌を詠む関係へ——そして西暦1,543年8月頃、大井信達が死去する。反乱から降伏、隠居、和歌の座、そして死去まで、武田信虎に反発して躑躅ヶ崎館を去った三名の軌跡を、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- 武田信虎 本書の中心人物。甲斐国の国府移転に伴い躑躅ヶ崎館(現在の山梨県甲府市古府中町)を建設し、西暦1,519年9月9日には自ら建設地の見分を行った。西暦1,520年1月10日に川田館から移り住み、家臣のみならず有力国人領主にも城下町への移住を命じて被官化を図った。反発した三名に対しては板垣信方・曽根昌長に鎮圧を命じ、兵を三手に分けて征伐に向かわせた。
- 栗原信友 武田信虎に移住を命じられた国人領主の一人。西暦1,520年6月頃、公然と武田に反発して自領へ帰還した。同月22日、居館である栗原氏館(現在の山梨県山梨市上栗原)を焼き討ちにされて秩父へ逃亡し、後に武田へ許しを請うて甲斐国に帰参した。西暦1,529年12月5日に死去。
- 大井信達 武田信虎に移住を命じられた国人領主の一人。西暦1,520年6月頃に自領へ帰還し、同月24日、今諏訪(現在の山梨県南アルプス市)で武田軍と交戦して降伏した。武田から隠居・出家を命じられ、家督は嫡男の大井信業が継いだ。西暦1,537年には冷泉為和を招いた和歌会に同席し、以降数度に亘って同席している。西暦1,543年8月頃に死去。
- 今井信是 武田信虎に移住を命じられた国人領主の一人。西暦1,519年2月頃には既に武田に対して反乱を起こし、諏訪頼満と共に甲斐国と信濃国の国境で交戦した後、同年5月頃に降伏している。西暦1,520年6月頃に再び自領へ帰還し、同月24日、今諏訪で大井信達と共に交戦して降伏した。
- 大井の方 西暦1,520年1月10日、武田信虎と共に川田館から躑躅ヶ崎館へ移住した。
- 板垣信方 武田信虎の配下。西暦1,520年6月頃、自領へ帰還した栗原信友・大井信達・今井信是の鎮圧を命じられた二名の内の一人。
- 曽根昌長 武田信虎の配下。西暦1,520年6月頃、板垣信方と共に三名の鎮圧を命じられた。
- 曽根大学助 武田信虎軍の武将。西暦1,520年6月24日、今諏訪での大井信達・今井信是との戦いで戦死した。武田軍は此の戦いに大勝したが、其の代償として失われた将である。
- 大井信業 大井信達の嫡男。西暦1,520年6月24日の敗戦により父・信達が武田信虎から隠居・出家を命じられた為、家督を継いだ。
- 諏訪頼満 西暦1,519年2月頃、今井信是と共に、甲斐国と信濃国の国境で武田信虎と交戦した。
- 冷泉為和 歌人。西暦1,537年、武田信虎から和歌会に招待された。其の席には大井信達も同席し、以降大井は数度に亘って同席している。
主要な地名・拠点
- 躑躅ヶ崎館 現在の山梨県甲府市古府中町。甲斐国の国府移転に伴って建設された武田信虎の新たな居館。西暦1,519年9月8日に建設の鍬立式が催され、翌9日には信虎が建設地の見分を行った。西暦1,520年1月10日の信虎の移住時には既に政庁としての機能を備え、同年4月頃には落慶法会が執り行われた。
- 川田館 躑躅ヶ崎館へ移る前の武田信虎の居館。西暦1,520年1月10日、武田信虎と大井の方が此処から躑躅ヶ崎館へ移住した。
- 躑躅ヶ崎館の城下町 武田信虎が家臣のみならず有力国人領主にも移住を命じた地。直臣ではない国人領主を自領から切り離して被官化する為の措置であり、栗原信友・大井信達・今井信是の三名も移住を余儀無くされた。
- 甲斐国と信濃国の国境 西暦1,519年2月頃、武田信虎に対し反乱を起こした今井信是が、諏訪頼満と共に武田と交戦した地。
- 都塚 現在の山梨県笛吹市一宮町。西暦1,520年6月22日、三手に分かれた武田信虎軍の内の一手が進軍した地。
- 栗原氏館 現在の山梨県山梨市上栗原。栗原信友の居館。西暦1,520年6月22日、都塚に進軍した武田信虎軍の一手によって焼き討ちにされた。
- 秩父 栗原氏館を焼き討ちにされた栗原信友が逃亡した先。栗原は後に武田信虎へ許しを請い、了承を得て甲斐国に帰参した。
- 今諏訪 現在の山梨県南アルプス市。西暦1,520年6月24日、三手に分かれた武田信虎軍の内の一手が、大井信達・今井信是と交戦して大勝した地。武田軍は此の戦いで曽根大学助を失った。
主要な事件・出来事
- 今井信是の反乱 西暦1,519年2月頃、今井信是が武田信虎に対して反乱を起こし、諏訪頼満と共に甲斐国と信濃国の国境で武田と交戦した。今井は同年5月頃に降伏している。
- 躑躅ヶ崎館の鍬立式と建設地の見分 西暦1,519年9月8日、甲斐国の国府移転に伴う躑躅ヶ崎館の建設の鍬立式が催され、翌9日には武田信虎が建設地の見分を行った。
- 躑躅ヶ崎館への移住と国人領主への移住命令 西暦1,520年1月10日、武田信虎と大井の方が川田館から躑躅ヶ崎館へ移住した。此の時、館は既に政庁としての機能を備えており、武田は家臣のみならず有力国人領主にも城下町への移住を命じた。直臣ではない国人領主を自領から切り離して被官化する為であり、栗原信友・大井信達・今井信是の三名も移住を余儀無くされた。
- 躑躅ヶ崎館の落慶法会 西暦1,520年4月頃、躑躅ヶ崎館の落慶法会が執り行われた。
- 三名の自領帰還と征伐の発動 西暦1,520年6月頃、兼ねてから武田信虎から距離を置いていた栗原信友・大井信達・今井信是が、公然と武田に反発する姿勢を示して自領へ帰還した。武田は板垣信方・曽根昌長に鎮圧を命じ、兵を三手に分けて征伐に向かわせた。
- 栗原氏館の焼き討ちと栗原信友の逃亡・帰参 西暦1,520年6月22日、三手に分かれた武田信虎軍の内の一手が都塚(現在の山梨県笛吹市一宮町)に進軍し、栗原信友の居館である栗原氏館(現在の山梨県山梨市上栗原)を焼き討ちにした。栗原は秩父へ逃亡した後、武田へ許しを請い、了承を得て甲斐国に帰参した。
- 今諏訪の戦い 西暦1,520年6月24日、三手に分かれた武田信虎軍の内の一手が今諏訪(現在の山梨県南アルプス市)にて大井信達・今井信是と交戦し、大勝した。しかし武田軍は曽根大学助が戦死している。信達と今井は降伏し、信達は武田から隠居・出家を命じられ、嫡男の大井信業が家督を継いだ。
- 冷泉為和を招いた和歌会 西暦1,537年、冷泉為和が武田信虎から和歌会に招待された。大井信達も同席し、以降大井は数度に亘って同席している。かつて兵を交えた両者が、同じ座に列した出来事。
移住命令から征伐、そして帰参と和歌の座へ──
武田信虎に反発した三名の国人領主の軌跡を一元化。
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