壬生家と大宮家による官務の奪い合い・官文庫修繕・領地を巡る相論一元化
大宮長興の左大史任命と壬生家独占・壬生晨照の左大史兼官務補任・四度に亙る官務奪い合い・大宮家文庫造営訴え・畠山持国への管理委託・播磨国丹波国守護請負・尾張国段銭500貫文到着・領地相論訴人壬生論人大宮・飯尾貞有余酔欠席・足利義政壬生方勝訴裁許・斯波義廉西軍御判御教書発給難渋・広慶院日野富子口添え──
官務職を巡る公家間抗争36年を一本の時系列に貫く。
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西暦1,431年、大宮長興が左大史に任命された日から、西暦1,467年6月14日、領地相論に於ける足利義政による御判御教書が発給された日まで。本書は、室町期公家社会に於ける官務職・官文庫・領地を巡る壬生家と大宮家の抗争——大宮長興の左大史任命と壬生家による官務独占、壬生晨照の左大史・官務任命、大宮長興の室町幕府への訴えによる官務任命、壬生晨照による官務奪還と大宮長興の近衛家・一条家への家司仕官、大宮長興の官務奪還、大宮家文庫造営の朝廷申入れと室町幕府への命令要請、第17代管領畠山持国への管理委託、播磨国・丹波国守護職による費用請負、尾張国からの段銭500貫文到着、壬生晨照の再度の官務奪還、領地相論に於ける訴人壬生晨照と論人大宮長興の証文提出、担当奉行飯尾貞有の余酔称による欠席、足利義政による壬生方勝訴の裁許、斯波義廉の西軍帰属による御判御教書発給難渋、御判奉行伊勢貞藤への直接発給、広慶院の日野富子への口添え依頼による発給迄の約36年間を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
西暦1,431年、大宮長興が左大史に任命された。しかし、官務の地位は壬生家が握り、大宮は官務には任命されなかった。1,435年、壬生晨照が左大史に任命され、加えて官務にも任ぜられた。1,445年3月、大宮長興が官務に任命された。此れは大宮が室町幕府に訴えた結果であった。同年12月、壬生晨照が官務に任命され、大宮長興から官務の地位を奪い返した。大宮は、近衛家と一条家に家司として仕え、室町幕府との関係を維持する事で壬生家に対抗しようとした。1,449年11月、大宮長興が再び官務に任命され、壬生晨照から官務の地位を奪還した。
西暦1,450年1月13日、大宮長興は大宮家の文庫を造営する事を朝廷に申し入れ、朝廷から室町幕府に文庫造営を命じて貰う様訴えた。同年6月30日、大宮長興は、自身の文庫の修繕や宿所を整備する為の費用として、前年公家が請け負っていた徴収金を武家から出す様にとの命令が有り、其の管理を第17代管領畠山持国に委ねる旨の御教書が出された事、播磨国と丹波国に就いては守護職が請け負い執り仕切る様指示が有り、播磨国の費用として本日100疋が届いた事、此れを担当するのは飯尾之種と飯尾之清の両名である事、今回は初回である為先ず130貫文が直接送られ本日到着した事を喜ぶ主旨の発言をした。同年9月14日時点では、文庫の修理及び宿所の上層部の移住の為の費用として、諸国の段銭を目安に徴収する事が命じられる予定であった。大宮長興だけでなく壬生晨照からも官文庫修繕の申請が出ており、足利義政自身が畠山持国に管理を委ねた。しかし、使者が尾張国へまだ下向していなかった。同年11月25日、官文庫の修繕費用として、段銭500貫文が尾張国から届けられた。
西暦1,465年、壬生晨照が官務に就任し、大宮長興から官務の地位を奪い返した。1,467年6月4日、領地を巡って相論を起こしていた訴人壬生晨照(担当奉行:諏訪忠郷)と論人大宮長興(担当奉行:飯尾貞有)の2名が、担当奉行を通じて足利義政に証文等を提出した。同年6月5日、前日の諏訪忠郷の提出した証文に理が有ると考えた飯尾貞有が、余酔と称し、花の御所での証文提出を欠席した。同年6月8日、飯尾貞有が足利義政に大宮長興の証文を提出した。しかし足利は、飯尾の対応を不快とし、壬生晨照の支証に分が有るとして、壬生方の勝訴の裁許を下した。同年6月10日、2日前の裁許により、足利義政による御判御教書の発給が決定された。此の当時、斯波義廉が西軍に属していた為、御判御教書の発給に難渋し、前年から発給されていなかった。管領を介さず、御判奉行伊勢貞藤に直接下される事となった。同年6月14日、足利義政による御判御教書が発給された。広慶院が日野富子に口添えを依頼し、日野が諏訪忠郷に言い付け、発給に至った、本書の終結点。
登場人物
- 大宮長興 大宮家の当主。西暦1,431年に左大史に任命されるも官務は壬生家の独占に阻まれ任命されず、1,445年3月に室町幕府への訴えの結果官務に初任命された。同年12月に壬生晨照に官務の地位を奪い返され、近衛家・一条家の家司として仕え室町幕府との関係を維持する事で壬生家に対抗した。1,449年11月に官務を奪還、1,450年1月13日には大宮家文庫造営を朝廷に申し入れ、同年の段銭500貫文獲得に成功した。1,465年に壬生晨照に再び官務を奪われ、1,467年6月4日には領地相論の論人となり、同月8日に足利義政から壬生方勝訴の裁許を下された、本書の大宮家側の主人公。
- 壬生晨照 壬生家の当主。西暦1,435年に左大史に任命され、加えて官務にも任ぜられた。1,445年12月、大宮長興から官務の地位を奪い返し、1,449年11月に大宮に奪還されるも、1,465年に再び官務に就任し大宮から奪い返した。1,450年には大宮長興と同様に官文庫修繕を申請し、1,467年6月4日には領地相論の訴人として足利義政に証文を提出、同月8日に勝訴の裁許を得て同月14日に御判御教書が発給された、本書の壬生家側の主人公。
- 足利義政 室町幕府第8代将軍。西暦1,450年9月14日、大宮長興と壬生晨照の双方から出された官文庫修繕の申請に関し、自身で畠山持国に管理を委ねた。1,467年6月8日の領地相論では、担当奉行飯尾貞有の対応を不快とし、壬生晨照の支証に分が有るとして壬生方勝訴の裁許を下した。同月14日には広慶院の口添え工作を経て御判御教書を発給した、本書の裁定者。
- 日野富子 足利義政の正室。西暦1,467年6月14日、広慶院からの口添え依頼を受けて諏訪忠郷に言い付け、御判御教書の発給に至らせた、本書の御判御教書発給を仲介した御台所。
- 畠山持国 第17代管領。西暦1,450年6月30日、大宮長興の文庫修繕や宿所整備の費用として武家から徴収される徴収金の管理を委ねる御教書を受けた人物。同年9月14日、足利義政自身が畠山に官文庫修繕の管理を委ねた、本書の官文庫修繕費管理の責任者。
- 斯波義廉 西暦1,467年6月10日時点で、西軍に属していた人物。此の為御判御教書の発給に難渋し前年から発給されていなかったが、此の相論では管領を介さず御判奉行伊勢貞藤に直接下される事となった、本書の御判御教書発給難渋の背景となった管領。
- 伊勢貞藤 御判奉行。西暦1,467年6月10日、斯波義廉の西軍帰属により御判御教書が前年から発給されない状況下で、管領を介さず直接御判御教書が下される事となった人物、本書の御判御教書発給ルートを担った奉行。
- 諏訪忠郷 壬生晨照の担当奉行。西暦1,467年6月4日に領地相論の証文を足利義政に提出した。其の内容は翌5日、相手方奉行飯尾貞有に「理が有る」と判断された。同月14日には日野富子から御判御教書発給の言い付けを受けた、本書の壬生方勝訴を下支えした奉行。
- 飯尾貞有 大宮長興の担当奉行。西暦1,467年6月5日、前日の諏訪忠郷の提出した証文に理が有ると考え、余酔と称し花の御所での証文提出を欠席した。同月8日に大宮の証文を提出したが、足利義政は其の対応を不快とし壬生方勝訴の裁許を下した、本書の大宮方敗訴を招いた奉行。
- 飯尾之種・飯尾之清 西暦1,450年6月30日、大宮長興の文庫修繕・宿所整備の費用に関し、播磨国守護職請負による100疋の費用到着を担当した2名、本書の官文庫修繕費徴収の実務担当。
- 広慶院 西暦1,467年6月14日、日野富子に御判御教書発給の口添えを依頼した人物。此の口添えを受けて日野が諏訪忠郷に言い付け、発給に至った、本書の御判御教書発給工作の発起人。
主要な職・権門・拠点
- 官務 壬生家と大宮家が西暦1,431年から1,465年迄の約34年間に亙って奪い合った地位。1,431年は壬生家が独占、1,435年は壬生晨照、1,445年3月は大宮長興、同年12月は壬生晨照、1,449年11月は大宮長興、1,465年は壬生晨照と、四度に亙って持ち主が入れ替わった、本書の抗争の核心となる職。
- 左大史 西暦1,431年に大宮長興が、1,435年に壬生晨照が任命された地位。大宮は此の任命時に官務には任じられず、壬生家の官務独占を前提とした叙任となった、本書の官務の前段となる地位。
- 近衛家・一条家 西暦1,445年12月、壬生晨照に官務を奪い返された大宮長興が、家司として仕えて室町幕府との関係を維持し壬生家に対抗しようとした2つの公家、本書の大宮家の後ろ盾となった権門。
- 大宮家文庫 西暦1,450年1月13日、大宮長興が造営を朝廷に申し入れ、朝廷から室町幕府に造営を命じて貰う様訴えた建物。同年6月30日の大宮の発言では修繕・宿所整備の費用徴収が武家に命じられた事が語られ、同年11月25日には其の費用として段銭500貫文が尾張国から届けられた、本書の費用獲得闘争の対象。
- 官文庫 西暦1,450年9月14日時点で、修理及び宿所の上層部の移住の為の費用として諸国の段銭を目安に徴収する事が命じられる予定であった建物。大宮長興だけでなく壬生晨照からも修繕の申請が出ており、足利義政自身が畠山持国に管理を委ねた、本書の修繕費を巡って両家が競合した対象。
- 花の御所 西暦1,467年6月5日、壬生晨照と大宮長興の領地相論に於ける証文提出の場。此の日、飯尾貞有が余酔と称して欠席した、本書の領地相論の舞台。
- 播磨国・丹波国 西暦1,450年6月30日、大宮長興の文庫修繕・宿所整備費用に就き、守護職が請け負い執り仕切る様指示が出された国。播磨国の費用として同日100疋が届き、飯尾之種と飯尾之清の両名が担当した、本書の守護職請負制による費用供出国。
- 尾張国 西暦1,450年9月14日時点で使者がまだ下向していなかった国。同年11月25日、官文庫の修繕費用として段銭500貫文が此の国から届けられた、本書の最大の費用供出国。
主要な事件・出来事
- 大宮長興の左大史任命と壬生家の官務独占 西暦1,431年、大宮長興が左大史に任命された。しかし、官務の地位は壬生家が握っており、大宮は官務には任命されなかった、本書の発端。
- 壬生晨照の左大史・官務兼任 西暦1,435年、壬生晨照が左大史に任命され、加えて官務にも任ぜられた、本書の壬生家による左大史・官務兼任の確立。
- 大宮長興の官務初任命(室町幕府訴訟の結果) 西暦1,445年3月、大宮長興が官務に任命された。此れは大宮が室町幕府に訴えた結果であった、本書の壬生家独占打破の第一歩。
- 壬生晨照の官務奪還と大宮長興の近衛家・一条家仕官 西暦1,445年12月、壬生晨照が官務に任命され大宮長興から地位を奪い返した。大宮は近衛家と一条家に家司として仕え、室町幕府との関係を維持する事で壬生家に対抗しようとした、本書の大宮家対抗策の成立。
- 大宮長興の官務再奪還 西暦1,449年11月、大宮長興が官務に任命され、壬生晨照から官務の地位を奪還した、本書の大宮家による二度目の奪還。
- 大宮家文庫造営の朝廷申入れ 西暦1,450年1月13日、大宮長興が大宮家の文庫を造営する事を朝廷に申し入れ、朝廷から室町幕府に文庫造営を命じて貰う様訴えた、本書の費用獲得闘争の起点。
- 畠山持国管理と播磨国100疋・130貫文到着 西暦1,450年6月30日、大宮長興は、自身の文庫修繕・宿所整備の費用として、前年公家が請け負っていた徴収金を武家から出す様にとの命令が有り、其の管理を第17代管領畠山持国に委ねる旨の御教書が出された事、播磨国と丹波国に就いては守護職が請け負い執り仕切る様指示が有り、播磨国の費用として本日100疋が届いた事、担当者が飯尾之種と飯尾之清の両名である事、今回は初回である為先ず130貫文が直接送られ本日到着した事を喜ぶ旨の発言をした、本書の費用徴収制度の具体化と初回受領。
- 足利義政自身による畠山持国への管理委託 西暦1,450年9月14日時点で、文庫の修理及び宿所の上層部の移住の為の費用として、諸国の段銭を目安に徴収する事が命じられる予定であった。大宮長興だけでなく壬生晨照からも官文庫修繕が出ており、足利義政自身が畠山持国に管理を委ねた。しかし、使者が尾張国へまだ下向していなかった、本書の義政による直接介入と両家競合の併存。
- 尾張国からの段銭500貫文到着 西暦1,450年11月25日、官文庫の修繕費用として、段銭500貫文が尾張国から届けられた、本書の費用獲得闘争の最大成果。
- 壬生晨照の官務再奪還 西暦1,465年、壬生晨照が官務に就任し、大宮長興から官務の地位を奪い返した、本書の四度目にして最後の官務交替。
- 領地相論の証文提出 西暦1,467年6月4日、領地を巡って相論を起こしていた訴人壬生晨照(担当奉行:諏訪忠郷)と論人大宮長興(担当奉行:飯尾貞有)の2名が、担当奉行を通じて足利義政に証文等を提出した、本書の応仁期領地相論の開始。
- 飯尾貞有の余酔称欠席事件 西暦1,467年6月5日、前日の諏訪忠郷の提出した証文に理が有ると考えた飯尾貞有が、余酔と称し、花の御所での証文提出を欠席した、本書の相論の転機となった奉行側の醜態。
- 足利義政による壬生方勝訴の裁許 西暦1,467年6月8日、飯尾貞有が足利義政に大宮長興の証文を提出した。しかし足利は、飯尾の対応を不快とし、壬生晨照の支証に分が有るとして、壬生方の勝訴の裁許を下した、本書の領地相論の決定打。
- 斯波義廉西軍帰属による御判御教書発給難渋と伊勢貞藤への直接発給 西暦1,467年6月10日、2日前の裁許により足利義政による御判御教書の発給が決定された。此の当時、斯波義廉が西軍に属していた為、御判御教書の発給に難渋し前年から発給されていなかった。管領を介さず、御判奉行伊勢貞藤に直接下される事となった、本書の応仁期幕府発給体制の変容。
- 広慶院・日野富子口添えによる御判御教書発給 西暦1,467年6月14日、足利義政による御判御教書が発給された。広慶院が日野富子に口添えを依頼し、日野が諏訪忠郷に言い付け、発給に至った、本書の終結点。
大宮長興の左大史任命と壬生家の官務独占・壬生晨照の左大史兼官務補任・大宮の室町幕府訴訟による官務初任命・大宮の近衛家一条家仕官・大宮家文庫造営訴え・畠山持国管理・播磨国丹波国守護請負・尾張国段銭500貫文到着・壬生晨照再奪還・領地相論訴人壬生論人大宮の証文提出・飯尾貞有余酔欠席・足利義政壬生方勝訴裁許・斯波義廉西軍御判御教書発給難渋・広慶院日野富子口添え──
公家社会の官務職を巡る36年の抗争を一冊に。
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