電子書籍「北条早雲の伊豆討ち入り、神国大和の荘園が畠山尚順に切り取られ怒りを露わにする尋尊一元化」の表紙

北条早雲の伊豆討ち入り、
神国大和の荘園が
畠山尚順に切り取られ
怒りを露わにする尋尊一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,487年頃〜1,498年9月頃
※旧暦は全て西暦に変換しています
最新更新日
西暦2,026年1月7日

足利茶々丸の廃嫡と土牢幽閉・茶々丸の脱出と母弟殺害・北条早雲への茶々丸征伐命令・古市澄胤の山城国侵攻と稲八妻城陥落・堀越御所夜襲と韮山城居城化・細川義春の山城国守護職争奪と病死・遊佐弥六の南山城進駐・赤沢朝経の南山城派遣・畠山尚順の河内国奪回挙兵と高屋城落城・越智家栄の壷阪寺逃亡・万歳氏所領の馬廻衆下賜と尋尊の前代未聞激怒・南海トラフの明応地震・足利茶々丸の深根城切腹──
関東と畿内で同時並行に進行した二つの地殻変動の11年を一本の時系列に貫く。

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本書について

西暦1487年、初代堀越公方足利政知が嫡男足利茶々丸を素行不良を理由に廃嫡し土牢に幽閉した日から、西暦1498年9月、北条早雲が下田を攻撃して足利茶々丸が深根城にて切腹した日まで。本書は、応仁の乱の終結後、関東と畿内で同時並行に進行した二つの地殻変動——伊豆国における北条早雲の堀越公方家簒奪(関東戦国時代の幕開け)と、大和国における畠山尚順の万歳氏所領奪取と馬廻衆下賜という「神国大和に武家の家臣が領地を持つなど前代未聞」と興福寺第20世大乗院門主尋尊が怒りを込めて記録した荘園秩序崩壊——という、戦国の本質を象徴する11年間を、月日単位で時系列に一元化した電子書籍です。一方では関東に新興大名が現れ、もう一方では中世の不可侵聖域であった寺社本所領が武家の家臣の恩賞として切り取られていく。一つの時代が二つの場所で同時に終わり、別の時代が同時に始まった瞬間を、一冊の書として束ねます。終幕に位置する明応地震という南海トラフ巨大地震は、其の天変地異までもが、まるで時代の交代を象徴するかの様に、両国の物語を同時に締め括ります。

西暦1487年の足利政知による足利茶々丸廃嫡と土牢幽閉・足利潤童子後嗣決定に始まり、西暦1491年5月11日の足利政知病死と其のどさくさに紛れた茶々丸の土牢脱出、同年8月6日の茶々丸による円満院・足利潤童子殺害と第2代堀越公方宣言を経て、西暦1493年7月、足利義澄が円満院・潤童子の敵討ちとして北条早雲に茶々丸征伐を命じます。北条は伊豆の内情を綿密に調査し、茶々丸が横暴を振るい堀越公方の重臣達と上手くいっておらず領民が疲弊している事を掴み内部工作を行ないました。同年10月、北条は興国寺城にて作戦を練り、今川氏親・葛山氏・上杉定正からの援軍を得て足利潤童子を支持していた伊豆国人を味方に付け500名の軍勢で出陣、同年11月19日に伊豆国の兵が手薄になるタイミングを計って堀越御所を夜襲します。茶々丸は上杉顕定や上杉支持の伊豆国人と応戦するも、堀越御所を捨てて守山方面に逃亡し、北条は韮山城を居城に定めました。一方、畿内では同年4月に伊勢貞陸が第31代山城国守護に就任、10月17日に古市澄胤を綴喜郡・相楽郡守護代に任命して山城国攻撃の大義名分を与え、10月21日の古市の山城国侵攻、10月27日の稲八妻城陥落と、惣国の解体と守護による統治への反対を貫いた山城国人衆の抵抗が押し潰されていきました。

西暦1494年11月の細川義春の山城国守護職争奪と細川政元による阻止、西暦1495年1月17日の細川義春病死、同年12月の遊佐弥六の南山城進駐、西暦1496年9月の赤沢朝経の南山城派遣と11月の畠山氏・古市氏撤退を経て、西暦1497年8月、畠山義豊の家臣団遊佐氏・誉田氏に内紛が発生します。畠山尚順は此れに乗じ10月に河内国奪回の為挙兵、11月2日に高屋城を落城させて河内国の大半を奪回、足利義澄は湯河氏・玉置氏・山本氏に尚順攻撃の御内書を発するも湯河氏は無視。同日成身院順盛が越智郷に侵攻し、越智家栄・家令は壷阪寺に逃れ越智郷は戦火に包まれます。同年12月、十市遠治の壷阪寺攻撃に応じた畠山尚順が河内国から万歳平城に入り、万歳氏の所領を奪取して其れを自身の馬廻衆に恩賞として与えました。**大和国の荘園が他国の衆に与えられたのは此れが初めてで興福寺は大変な衝撃を受けます。** 西暦1498年3月の興福寺学侶・六方衆の集会で此の件が議題に挙がると、尋尊は「神国大和に武家の家臣が領地を持つなど前代未聞だ」と怒りを込めて記しました。同年9月11日、南海トラフを震源とする明応地震が発生、推定マグニチュード8.2〜8.4の巨大地震が会津から京都まで広範囲を襲い東海道一帯で5,000名以上の死者の大半は津波によるものでした。北条早雲は救済の為駿河国清水から西伊豆へ向かい、同年9月、其の儘下田を攻撃して武田方から身柄を引き渡された足利茶々丸を深根城にて切腹に追い込みました。関東と畿内、二つの地殻変動が天変地異と共に締め括られた11年の全貌を一冊に束ねた書です。


主要登場人物

  • 北条早雲 伊豆国の戦国の風雲児。1493年7月に足利義澄から円満院・足利潤童子の敵討ちとして足利茶々丸征伐を命じられ、興国寺城で内情調査と内部工作を行ない、10月に今川氏親・葛山氏・上杉定正からの援軍を得て500名で出陣、11月19日に堀越御所を夜襲して茶々丸を守山に逃亡させ、韮山城を居城に定めた。1498年9月11日の明応地震では救済の為駿河国清水から西伊豆へ向かい、其の儘下田を攻撃して茶々丸を深根城で切腹に追い込んだ、本書関東側の主人公にして関東戦国時代の幕開けを告げた風雲児。
  • 尋尊 興福寺第20世大乗院門主。1495年12月に遊佐弥六の南山城進駐を古市氏援護のためと推測した。1498年3月の興福寺学侶・六方衆の集会で、畠山尚順が万歳氏所領を自身の馬廻衆に下賜した件について「神国大和に武家の家臣が領地を持つなど前代未聞だ」と怒りを込めて記した、本書畿内側の語り手にして中世荘園秩序崩壊の証言者。
  • 畠山尚順 畠山政長の嫡男。1497年8月の遊佐氏・誉田氏内紛に乗じ、10月に河内国奪回の為挙兵、11月2日に高屋城を落城させて河内国の大半を奪回、12月には十市遠治の要請で河内国から万歳平城に入り、万歳氏の所領を奪取して其れを自身の馬廻衆に恩賞として下賜した、本書畿内側で「神国大和の荘園を切り取った」中世秩序破壊者。
  • 足利茶々丸 第2代堀越公方。足利政知の正室の子。1487年に父政知に素行不良を理由に廃嫡され土牢に幽閉されたが、1491年5月11日の政知病死のどさくさに紛れて土牢から脱出、同年8月6日に円満院・足利潤童子を殺害して武力で家督を奪い第2代堀越公方を宣言した。1493年11月19日に北条早雲の堀越御所夜襲で守山に逃亡、1498年9月に深根城にて切腹した、本書関東側の悲劇的当事者。
  • 足利政知 初代堀越公方。1487年に嫡男足利茶々丸を素行不良を理由に廃嫡し土牢に幽閉、参男足利潤童子を後嗣とした。1491年5月11日に病死し、其のどさくさに紛れて茶々丸が脱出する隙を作った、本書関東側の悲劇の起点を作った父。
  • 足利潤童子 足利政知の参男で円満院の子。1487年に異母兄茶々丸の廃嫡を受けて堀越公方の後嗣となったが、1491年8月6日に異母兄茶々丸によって母円満院と共に殺害された、本書関東側の若き犠牲者。
  • 円満院 武者小路隆光の娘。足利政知の側室で足利義澄・足利潤童子の母。1491年8月6日に足利茶々丸によって参男潤童子と共に殺害された、本書関東側の母の犠牲者。
  • 足利義澄 第11代室町幕府征夷大将軍。足利政知と円満院の弐男。1493年7月、母円満院と弟足利潤童子の敵討ちとして北条早雲に足利茶々丸征伐を命じた。1497年11月2日には湯河氏・玉置氏・山本氏に畠山尚順攻撃の御内書を発するも湯河氏に無視された、本書を通じて関東と畿内の双方に御内書を発しながら其の権威の限界を晒した将軍。
  • 伊勢貞陸 第31代室町幕府山城国守護。1493年4月に守護就任、10月17日に古市澄胤を綴喜郡・相楽郡守護代に任命して山城国攻撃の大義名分を与え、惣国の解体と守護による統治への反対を貫いた山城国人衆の抵抗を潰した、本書畿内側の山城国国一揆解体の責任者。
  • 古市澄胤 畿内の武将。1493年10月17日に伊勢貞陸から綴喜郡・相楽郡守護代に任命され、10月21日に山城国侵攻を開始、10月27日に稲八妻城を陥落させた。1497年10月には赤沢朝経に守護代職を取って代わられ、同年11月に越智氏と共に敗退した、本書畿内側で山城国を制圧しながらも其の地位を細川政元の手で更迭された武将。
  • 越智家栄 大和国の武将。1493年7月に細川政元方に味方した功により伊賀守に任じられ、1494年に修理大夫に任じられた。然し1497年11月2日に成身院順盛の越智郷侵攻を受けて嫡男越智家令と共に壷阪寺に逃れ、12月の十市遠治の攻撃と畠山尚順の万歳平城入りを受けて吉野に逃亡した、本書畿内側で栄達と没落を駆け抜けた武将。
  • 成身院順盛 筒井の後見人。1497年8月の遊佐氏・誉田氏内紛に乗じて筒井順賢と共に大和国に帰還して挙兵、11月2日に越智郷に侵攻して越智家栄・家令を壷阪寺に追いやった、本書畿内側の筒井党の擁立者。
  • 十市遠治 大和国の武将。1497年12月、壷阪寺に逃れていた越智家栄・家令を攻撃するも撃退され、成身院順盛と畠山尚順に援軍を要請した。畠山が万歳平城に入り万歳氏所領を馬廻衆に下賜する事となった、本書畿内側の援軍要請の起点となった人物。
  • 細川政元 細川京兆家当主。1494年12月25日に細川義春の山城国守護職就任を阻んで阿波国へ追いやり、1496年9月に赤沢朝経を南山城へ派遣して畠山氏・古市氏に圧力を掛けて11月に撤退させ、1497年10月に再び赤沢を派遣して古市澄胤に代わる守護代とした、本書畿内側の山城国を巡る政治の最終決定者。
  • 細川義春 第10代室町幕府阿波国守護。1494年11月に山城国人衆を味方に付け伊勢貞陸を山城国守護職から追い落とそうとするも細川政元に阻まれ、12月25日に怒って阿波国に向けて京都を出発、1495年1月17日に病死した、本書畿内側の山城国守護職争奪に敗れて命を落とした阿波国守護。
  • 赤沢朝経 細川政元の家臣。1496年9月に細川政元から南山城へ派遣されて畠山氏・古市氏に圧力を掛け、1497年10月には再び南山城に派遣されて古市澄胤に代わる守護代となった、本書畿内側で南山城を細川支配下に組み込んだ実行者。
  • 今川氏親 駿河国の戦国大名。1493年10月の北条早雲の足利茶々丸征伐出陣に際して援軍を派遣した、本書関東側で北条早雲の伊豆討ち入りを支えた最大の援軍提供者。

足利茶々丸の廃嫡と土牢幽閉・茶々丸の脱出と母弟殺害・北条早雲への茶々丸征伐命令・古市澄胤の山城国侵攻と稲八妻城陥落・堀越御所夜襲と韮山城居城化・細川義春の山城国守護職争奪と病死・遊佐弥六の南山城進駐・赤沢朝経の南山城派遣・畠山尚順の河内国奪回挙兵と高屋城落城・越智家栄の壷阪寺逃亡・万歳氏所領の馬廻衆下賜と尋尊の前代未聞激怒・南海トラフの明応地震・足利茶々丸の深根城切腹──
関東と畿内で同時並行に進行した二つの地殻変動の11年を一冊に。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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