電子書籍「大友親繁一元化」の表紙

大友親繁一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,411年〜1,493年12月22日
※旧暦は全て西暦に変換しています
ページ数
14ページ
文字数
1,615字
最新更新日
西暦2,026年10月2日

婚姻を条件に、両統迭立に終止符を打った──
大友親繁の82年を一元化。

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本書について

西暦1,411年、大友親著の四男として大友親繁が生まれた。氏継系であった親繁は、西暦1,444年、親世系であった第14代大友家当主大友親隆の娘を正室として迎える事を条件に、第9代室町幕府豊後国守護職に補任され、第15代大友家当主となる。此れにより、西暦1,368年以降続いた大友家の両統迭立に終止符が打たれた。同じ年、親繁と親隆の娘の間に大友政親が産まれている。本書は、此の親繁の生誕から、西暦1,493年12月22日に親繁が死去する迄を一元化した記録である。

西暦1,451年、日明貿易の一環で第11次遣明船10隻が出発し、其の6号船は親繁が仕立てたものであった。西暦1,461年9月頃、親繁は、河野教通の要求を退けて豊後国臼杵荘の領知を認める様、室町幕府に訴える。西暦1,468年11月頃には、細川勝元が、大内政弘の分国及び与力の知行の在所を打ち取り次第、注進によって充て行う旨のお触れを出し、親繁・政親父子は豊前国・筑前国・肥前国への侵攻を開始した。足利義政は親繁に、長門国・周防国にも侵入する様命じている。

西暦1,469年、親繁は第12代室町幕府筑後国守護に就任し、豊後国守護職との兼任となった。西暦1,470年3月頃、足利義政は、備後国・安芸国・周防国の討伐を命じられた大内教幸の援助を、親繁と益田兼堯に命じる。同年4月11日には、第186世興福寺別当経覚が、親繁に、長野宗雄を田川郡糸田荘(現在の福岡県)と田川郡田原荘(現在の福岡県田川郡川崎町)の代官職に任命させた。此の頃、大内氏と不和になって大友氏の被官となっていた長野は、両荘で合わせて進納500貫文・補任料50貫文・奉行分25貫文を納めさせられている。

西暦1,473年、親繁は隠居し、嫡男の政親に家督を譲った。此れにより、大友家の両統迭立の廃止はより強固なものとなる。政親は足利義政から偏諱を賜り、第16代大友家当主に就任した。西暦1,474年12月10日には、親繁の京都郡奉行2名が、佐田河内守に京都郡吉田荘(現在の福岡県行橋市上稗田付近)内の70町を譲っている。

西暦1,476年4月21日、佐田忠景を始めとする宇佐郡(現在の大分県豊後高田市・宇佐市)衆が、周防国から豊前国へ渡った。其の後、宇佐郡衆は瀧池山に布陣し、馬ヶ岳城(現在の福岡県行橋市大谷・西谷)と岩石城(現在の福岡県田川郡赤村・添田町添田)に籠城する親繁・少弐政資等の征伐を開始する。此の時、豊前国守護代の杉弘勝が京都に居た為、大内政弘は宇佐郡衆の中から大将を出す様佐田忠景に求め、佐田は此れに応じた。西暦1,478年12月26日、親繁に与えられていた豊前国守護職は、大内教幸に与えられる。しかし少弐氏が競望した為、大内家と少弐家の対立は継続した。又此の頃、少弐政資を支援した大友氏は、少弐氏と不仲になった。

西暦1,489年、政親の異母弟である日田親胤が、肥後国にて謀反を起こす。此の時政親は上洛中であり、謀反は親繁の五男大友親治によって鎮圧された。親治は政親・大友義右を助けたが、間も無くして大聖院宗心が義右の下にやって来て「日田殿の謀反は政親殿の差し金である」と讒言する。此れを信じた義右は激怒し、政親と再び対立した。そして西暦1,493年12月22日、大友親繁は死去する——其の全過程を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • 大友親繁 本書の中心人物。大友親著の四男で、氏継系。西暦1,444年、親世系の第14代大友家当主大友親隆の娘を正室に迎える事を条件に、第9代室町幕府豊後国守護職に補任されて第15代大友家当主となり、両統迭立に終止符を打った。第11次遣明船の6号船を仕立て、1,469年には筑後国守護を兼任した。1,473年に隠居し、1,493年12月22日に死去した。
  • 大友親著 大友親繁の父。親繁は其の四男として、西暦1,411年に生まれた。
  • 大友親隆 親世系の第14代大友家当主。西暦1,444年、其の娘を正室として迎える事が、大友親繁の豊後国守護職補任と第15代大友家当主就任の条件となった。
  • 大友政親 大友親繁と大友親隆の娘の間に、西暦1,444年に産まれた。1,468年11月頃、親繁と共に豊前国・筑前国・肥前国への侵攻を開始する。1,473年、隠居した親繁から家督を譲られ、足利義政から偏諱を賜って第16代大友家当主に就任した。1,489年、讒言を信じた大友義右と再び対立した。
  • 大友親治 大友親繁の五男。西暦1,489年、日田親胤が肥後国で起こした謀反を鎮圧し、大友政親・大友義右を助けた。
  • 大友義右 西暦1,489年、大友親治に助けられた。間も無くして、大聖院宗心が義右の下にやって来て「日田殿の謀反は政親殿の差し金である」と讒言した。義右は此れを信じて激怒し、大友政親と再び対立した。
  • 日田親胤 大友政親の異母弟。西暦1,489年、政親の上洛中に肥後国にて謀反を起こしたが、大友親治に鎮圧された。
  • 足利義政 西暦1,468年11月頃、大友親繁に長門国・周防国にも侵入する様命じた。1,470年3月頃には、親繁と益田兼堯に大内教幸の援助を命じている。1,473年、家督を継いだ大友政親に偏諱を与えた。
  • 細川勝元 西暦1,468年11月頃、大内政弘の分国及び与力の知行の在所を打ち取り次第、注進によって充て行う旨のお触れを出した。
  • 大内政弘 西暦1,468年11月頃、細川勝元が、政弘の分国及び与力の知行の在所を打ち取り次第、注進によって充て行う旨のお触れを出した。1,476年、豊前国守護代の杉弘勝が京都に居た為、政弘は宇佐郡衆の中から大将を出す様、佐田忠景に求めた。
  • 大内教幸 西暦1,470年3月頃、足利義政は、備後国・安芸国・周防国の討伐を命じられた教幸の援助を、大友親繁と益田兼堯に命じた。1,478年12月26日には、教幸が、親繁に与えられていた豊前国守護職を与えられた。
  • 少弐政資 西暦1,476年、大友親繁と共に馬ヶ岳城・岩石城に籠城し、宇佐郡衆の征伐を受けた。
  • 河野教通 西暦1,461年9月頃、大友親繁が、此の河野教通の要求を退けて豊後国臼杵荘の領知を認める様、室町幕府に訴えた。
  • 経覚 第186世興福寺別当。西暦1,470年4月11日、大友親繁に、長野宗雄を田川郡糸田荘・田川郡田原荘の代官職に任命させた。
  • 長野宗雄 西暦1,470年4月11日、経覚が大友親繁に任命させる形で、田川郡糸田荘・田川郡田原荘の代官職に就いた。此の頃、大内氏と不和になって大友氏の被官となっており、両荘で合わせて進納500貫文・補任料50貫文・奉行分25貫文を納めさせられた。
  • 益田兼堯 西暦1,470年3月頃、大友親繁と共に、足利義政から大内教幸の援助を命じられた。
  • 佐田忠景 宇佐郡衆の一人。西暦1,476年4月21日、宇佐郡衆と共に周防国から豊前国へ渡り、其の後瀧池山に布陣して、馬ヶ岳城・岩石城に籠城する大友親繁・少弐政資等の征伐を開始した。大内政弘に宇佐郡衆の中から大将を出す様求められ、此れに応じた。
  • 佐田河内守 西暦1,474年12月10日、大友親繁の京都郡奉行2名から、京都郡吉田荘(現在の福岡県行橋市上稗田付近)内の70町を譲られた。
  • 杉弘勝 豊前国守護代。西暦1,476年4月、宇佐郡衆が豊前国へ渡った時は京都に居た。其の為、大内政弘は宇佐郡衆の中から大将を出す様、佐田忠景に求めた。
  • 大聖院宗心 西暦1,489年、大友義右の下にやって来て「日田殿の謀反は政親殿の差し金である」と讒言した。此れを信じた義右は激怒し、大友政親と再び対立した。

本書が記録する出来事

  • 大友親繁の生誕(1,411年) 大友親著の四男として、大友親繁が生まれる。
  • 第15代大友家当主就任(1,444年) 大友親隆の娘を正室に迎える事を条件に、大友親繁が豊後国守護職に補任されて第15代大友家当主となり、両統迭立に終止符が打たれる。同年、大友政親が産まれる。
  • 第11次遣明船の出発(1,451年) 日明貿易の一環で10隻が出発し、其の6号船は大友親繁が仕立てたものであった。
  • 臼杵荘の訴え(1,461年9月頃) 大友親繁が、河野教通の要求を退けて豊後国臼杵荘の領知を認める様、室町幕府に訴える。
  • 細川勝元のお触れ(1,468年11月頃) 細川勝元がお触れを出し、大友親繁・政親父子が豊前国・筑前国・肥前国への侵攻を開始する。
  • 筑後国守護の兼任(1,469年) 大友親繁が第12代室町幕府筑後国守護に就任し、豊後国守護職との兼任となる。
  • 大内教幸の援助命令(1,470年3月頃) 足利義政が、大友親繁と益田兼堯に大内教幸の援助を命じる。
  • 糸田荘・田原荘の代官任命(1,470年4月11日) 経覚が大友親繁に、長野宗雄を両荘の代官職に任命させる。
  • 隠居と家督の譲渡(1,473年) 大友親繁が隠居し、嫡男の大友政親が第16代大友家当主に就任する。
  • 吉田荘70町の譲渡(1,474年12月10日) 大友親繁の京都郡奉行2名が、佐田河内守に京都郡吉田荘内の70町を譲る。
  • 宇佐郡衆による征伐(1,476年4月21日) 佐田忠景等の宇佐郡衆が周防国から豊前国へ渡り、其の後瀧池山に布陣して、馬ヶ岳城・岩石城に籠城する大友親繁・少弐政資等の征伐を開始する。
  • 豊前国守護職の剥奪(1,478年12月26日) 大友親繁に与えられていた豊前国守護職が大内教幸に与えられ、少弐氏の競望により大内家と少弐家の対立が続く。又此の頃、少弐政資を支援した大友氏が、少弐氏と不仲になる。
  • 日田親胤の謀反(1,489年) 大友親治が謀反を鎮圧するが、大聖院宗心の讒言を信じた大友義右が、大友政親と再び対立する。
  • 大友親繁の死去(1,493年12月22日) 大友親繁が死去する。

遣明船の仕立てから、豊前国守護職の剥奪へ──
第15代大友家当主の生涯を一元化。

132円(税込)

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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