電子書籍「黄巾の乱一元化」の表紙

黄巾の乱一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦184年2月29日頃〜184年12月頃
※中国の旧暦は全て西暦に変換しています
最新更新日
西暦2,025年12月13日

蜂起・密告・鎮圧・讒言・壊滅──
太平道の挙兵から黄巾軍の全滅までを一本の時系列に貫く。

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本書について

西暦184年2月、道教の一派である太平道の指導者張角が後漢政府打倒の為の挙兵準備を開始してから、同年12月に皇甫嵩が張宝を殺害し黄巾軍が指導者を失う迄。本書は、黄巾の乱の全過程を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。

西暦184年3月、張角の弟子唐周が蜂起計画を後漢政府に密告した事により、張角は予定を繰り上げて挙兵した。自らを天公将軍と称し、弟の張宝を地公将軍、張梁を人公将軍に据えた。黄巾軍は各地で蜂起し、南陽では張曼成が太守褚貢を殺害して宛城を占拠、幽州では黄巾軍が刺史郭勲と太守劉衛を殺害した。

後漢政府は盧植・皇甫嵩・朱儁の三将を派遣して鎮圧に当たらせた。皇甫嵩は長社にて強風を利用した火攻めで黄巾軍を破り、曹操・孫堅も此の戦いに加わった。しかし冀州では、盧植が広宗の張角を包囲しながらも、監察使者左豊への賄賂を拒否した為に讒言を受け罷免された。後任の董卓も成果を挙げられず罷免された。

南陽では朱儁が趙弘・韓忠・孫夏と続く黄巾軍の指揮官を次々に破り、10月に南陽の黄巾軍を消滅させた。冀州では皇甫嵩が11月に広宗にて張梁率いる軍を撃破し、30,000名の死者と50,000名の川への投身者を出した。既に病死していた張角の遺体は棺から引き摺り出され晒された。12月には皇甫嵩が曲陽にて張宝を殺害し、100,000名以上を殺害して京観を築いた。黄巾軍は指導者の悉くを失い壊滅した。


登場人物

  • 張角 太平道の指導者。天公将軍を自称し黄巾の乱を起こした。冀州にて後漢政府軍と戦い、広宗に退却した後、病死した。遺体は棺から引き摺り出され晒された。
  • 張宝 張角の弟。地公将軍。下曲陽県に拠ったが、西暦184年12月に皇甫嵩・郭典の軍に敗れ殺害された。
  • 張梁 張宝の弟。人公将軍。広宗にて皇甫嵩の軍と交戦し、30,000名の死者を出して敗れ、斬殺された。
  • 馬元義 張角の腹心。洛陽に送り込まれ、荊州・揚州に対し挙兵準備を通達した。後漢政府側に捕らえられ、西暦184年6月7日に車裂きにて処刑された。
  • 霊帝 第12代後漢皇帝。何進を大将軍に任命し洛陽の守備を行わせた。盧植・皇甫嵩・朱儁等を派遣して黄巾軍の鎮圧に当たらせた。
  • 皇甫嵩 左中郎将。長社にて火攻めで黄巾軍を破り、兖州・冀州を平定した。広宗にて張梁を、曲陽にて張宝を殺害し、黄巾軍を壊滅させた。武功により左車騎将軍に任命されたが、十常侍の讒言により罷免された。
  • 朱儁 右中郎将。颍川にて波才に敗れ長社に逃れたが、皇甫嵩・曹操と共に反撃に成功した。南陽にて趙弘・韓忠・孫夏を次々に破り、南陽の黄巾軍を消滅させた。
  • 盧植 北中郎将。冀州にて張角率いる黄巾軍を連破し広宗を包囲したが、監察使者左豊への賄賂を拒否した為に讒言を受け罷免された。後に皇甫嵩の報告により尚書に復職した。
  • 董卓 盧植の後任として東中郎将に任命され、下曲陽県の攻撃を担当した。2ヶ月以上成果を挙げられず罷免された。
  • 何進 霊帝により大将軍に任命され、兵を都亭に駐屯させ洛陽の守備を行った。
  • 曹操 長社にて皇甫嵩・朱儁に加わり、黄巾軍を破った。
  • 孫堅 朱儁の配下。皇甫嵩・朱儁に加わり波才を破った。南陽では自ら先頭に立って城壁を登り、勝利を収めた。
  • 波才 黄巾軍の将。颍川にて朱儁を破り、長社を包囲したが、皇甫嵩の火攻めにより敗れた。䧈翟にて再度敗れた。
  • 張曼成 南陽にて挙兵し、太守褚貢を殺害して宛城を居城とした。自らを「神上使」と名乗ったが、新太守秦頡に斬殺された。
  • 趙弘 張曼成の後継者。宛城に籠城したが、朱儁の攻勢により殺害された。
  • 韓忠 趙弘の後を受けて黄巾軍の指揮官となった。朱儁に降伏を願い出たが拒否され、逃亡後に秦頡によって斬首された。
  • 孫夏 韓忠の後任として黄巾軍の指揮官となったが、朱儁に敗れ戦死した。此れにより南陽の黄巾軍が消滅した。
  • 唐周 張角の弟子。後漢政府に張角の蜂起計画を密告した。此の密告により張角は予定を繰り上げて挙兵した。
  • 左豊 霊帝が広宗に送り込んだ軍の監察使者。盧植に賄賂を要求し、拒否された為に霊帝に讒言した。
  • 秦頡 南陽太守。張曼成を斬殺し、後に韓忠も斬首した。
  • 張温 大司農。朱儁の更迭論に対し「秦の白起や燕の楽毅は敵に打ち勝つまで何年も掛かった」と答え、霊帝も同調した。
  • 郭典 鉅鹿太守。皇甫嵩と共に曲陽にて張宝率いる黄巾軍を破った。
  • 王允 豫州刺史。侍中荀爽・孔融等を迎え、黄巾軍を撃破した。
  • 彭脱 西華の黄巾軍司令官。皇甫嵩・朱儁の後漢政府軍に敗れた。

主要な地名・拠点

  • 洛陽 後漢の首都。現在の中国河南省。何進が大将軍として守備を行い、馬元義が車裂きにて処刑された場所。
  • 冀州 現在の中国河北省衡水市。張角が兵を集め、盧植・皇甫嵩が黄巾軍と戦った主戦場。
  • 颍川 現在の中国河南省禹州市。皇甫嵩・朱儁が派遣され、波才率いる黄巾軍と交戦した地。
  • 長社 現在の中国河南省許昌市。朱儁が逃れ籠城した城。皇甫嵩が火攻めで黄巾軍を破った場所。
  • 広宗 現在の中国河北省邢台市。張角が退却し、盧植が包囲した城。後に皇甫嵩が張梁を破り、張角の遺体を晒した場所。
  • 南陽 現在の中国河南省。張曼成が挙兵し宛城を占拠した地。趙弘・韓忠・孫夏と続く黄巾軍の指揮官が朱儁に破られた。
  • 宛城 南陽の中心拠点。張曼成が居城とし、以後趙弘・韓忠が籠城した城。朱儁が包囲・攻略した。
  • 下曲陽県 現在の中国河北省石家庄市晋州市鼓城村。張宝が拠った城。董卓が攻略に失敗し、後に皇甫嵩が破った。
  • 曲陽 現在の中国河北省保定市。皇甫嵩が郭典と共に張宝を殺害し、100,000名以上を殺害して京観を築いた場所。
  • 涼州 現在の中国甘粛省・寧夏回族自治区。黄巾の乱と同時期に羌族等が反乱を起こした地。

蜂起・密告・鎮圧・讒言・壊滅──
後漢末期を揺るがした黄巾の乱の全記録を一冊に。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。