電子書籍「毒殺して毒殺された何皇后一元化」の表紙

毒殺して毒殺された何皇后一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦181年4月2日〜189年9月30日
※中国の旧暦は全て西暦に変換しています
最新更新日
西暦2,025年12月13日

毒殺・嫉妬・廃立・暗殺・滅亡──
王栄を毒殺し、自らも毒殺された何皇后の全記録を一本の時系列に貫く。

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本書について

西暦181年、第12代後漢皇帝霊帝の側室王栄が献帝を産んだ時から、西暦189年に何皇后が董卓の命令で毒殺されるまで。本書は、王栄を毒殺し自らも毒殺された何皇后を軸に、後漢末期の宮廷闘争を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。

西暦181年4月、献帝が誕生すると、何皇后は嫉妬から王栄に刺客を送り毒酒で毒殺した。霊帝は何皇后を退位させようとしたが、宦官達の取り成しによって阻止された。母を亡くした献帝は「暴室」で養育され、後に董太后に引き取られた。

西暦189年5月、霊帝が後継者を定めぬ儘崩御すると、何皇后と外戚の何進によって少帝弁が即位した。しかし宦官排除を巡って何進と十常侍が対立し、袁紹は地方の諸将を洛陽に呼び寄せる事を提案した。何進が長楽宮で宦官に殺害されると、袁術・董卓・盧植・呉匡等が蜂起し宮中に乱入、何皇后を捕縛した。

張譲・段珪等は少帝弁・献帝を擁して城外に脱出したが、董卓が北邙山で迎え、少帝弁よりも献帝の方が聡明であると感じた。董卓は宮中会議で廃立を提案し、献帝が第14代後漢皇帝に即位した。其の直後、董卓は何皇后を永安宮に幽閉し、西暦189年9月30日、李儒によって何皇后は毒殺された。嘗て王栄を毒殺した何皇后が、自らも毒殺されるという結末を迎えた。


登場人物

  • 何皇后 第12代後漢皇帝霊帝の皇后。献帝の誕生に嫉妬し、側室の王栄を毒殺した。霊帝崩御後は摂政皇太后として少帝弁を擁立。董卓による廃立の後、永安宮に幽閉され、李儒によって毒殺された。
  • 霊帝 第12代後漢皇帝。何皇后による王栄毒殺を知り退位させようとしたが、宦官に阻止された。献帝を不憫に思い韻文を詠んだ。後継者を定めない儘崩御した。
  • 献帝 霊帝の弐男。母の王栄を何皇后に毒殺され、暴室で養育された後、董太后に引き取られた。董卓の廃立により第14代後漢皇帝に即位した。
  • 少帝弁 霊帝の長男。何皇后と何進によって第13代後漢皇帝に即位したが、董卓により廃位された。
  • 王栄 霊帝の側室。献帝を産んだ事で何皇后の嫉妬を買い、刺客に毒酒で毒殺された。
  • 何進 何皇后の母方の伯父で大将軍。少帝弁を擁立し、宦官排除に乗り出したが、長楽宮で段珪に殺害された。
  • 董卓 地方の将軍。何進の命で洛陽に呼び寄せられた。北邙山で少帝弁・献帝を迎え、献帝の聡明さを見て廃立を決意。何皇后を永安宮に幽閉し、李儒に毒殺を命じた。
  • 董太后 霊帝の実母。朱直から献帝を引き取り養育した。蹇碩と親しく献帝の即位を支持したが、何進によって河間で暗殺された。
  • 袁紹 何進の幕僚。地方の諸将を洛陽に呼び寄せる事を提案した。何進殺害後は叔父の袁隗や盧植と共に宦官を殺害した。廃立に反対した。
  • 張譲 十常侍の一人。何皇后や何苗に賄賂を渡して宦官を擁護させた。嘉徳殿の前で何進を罵倒した。少帝弁・献帝を擁して城外に脱出したが、閔貢に叱責され入水自殺した。
  • 段珪 十常侍の一人。畢嵐と共に何進を包囲し殺害した。少帝弁・献帝を擁して脱出したが、盧植・呉匡の追撃を受け入水自殺した。
  • 蹇碩 宦官。董太后と親しく、献帝を皇帝に立てる為に何進の殺害を図ったが、司馬の潘隐が何進に仄めかした為に失敗した。
  • 李儒 董卓の命令を受け、永安宮に幽閉されていた何皇后を毒殺した人物。
  • 盧植 朝臣。袁紹の地方諸将呼び寄せに反対した。何進殺害後に何皇后を救出した。廃立に反対し、董卓に殺害されかけたが蔡邕の制止で救われ、逃亡した。
  • 閔貢 尚書の掾。黄河の畔で張譲・段珪一行を迎え、張を激しく叱責した。空腹の少帝弁に羊を与え、蛍の光を追って少帝弁・献帝と共に洛舍まで辿り着いた。
  • 袁術 何進殺害後に蜂起し、宮中に乱入した人物の1人。
  • 呉匡 何進の部下。何進殺害後に蜂起した。段珪の追撃にも参加。董旻と共に何苗を殺害した。
  • 何苗 何皇后の一族。張譲から賄賂を受けて宦官を擁護し、何進と対立した。呉匡と董旻に殺害された。
  • 曹操 袁紹の地方諸将呼び寄せに反対した人物の1人。又、何進の命で兵士や兵糧を集めた人物の1人。
  • 蔡邕 廃立に反対した盧植を殺害しようとした董卓を制止した人物。

主要な地名・拠点

  • 洛陽 後漢の首都。霊帝崩御後の宮廷闘争の舞台。何進殺害・宦官掃討・廃立の儀式が行われた。何皇后は永安宮に幽閉され毒殺された。
  • 長楽宮 何皇后の居住する宮殿。何進が宦官皆殺しの許可を得る為に訪れ、段珪・畢嵐に殺害された場所。
  • 永安宮 洛陽に在る宮殿。董卓によって何皇后が幽閉され、李儒に毒殺された場所。
  • 崇徳殿 廃立の儀式が行われた殿堂。太傅袁隗が少帝弁から玉玺と印綬を外し、献帝に渡した場所。
  • 嘉徳殿 張譲が何進を罵倒した場所。
  • 北邙山 現在の中国河南省洛陽市。董卓が少帝弁を迎えた場所。此処で献帝の聡明さを知り、廃立を思い付いた。
  • 小平津 現在の中国河南省洛陽市孟津区。張譲・段珪等が少帝弁・献帝を擁して夜に到着した場所。
  • 河間 現在の中国河北省滄州市。董太后が何進によって暗殺された地。
  • 舞陽 現在の河南省。何皇后の父何真に舞陽侯が追贈された地。

毒殺・嫉妬・廃立・暗殺・滅亡──
後漢末期の宮廷闘争の全記録を一冊に。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。