電子書籍「由比ヶ浜に遺棄された静御前の赤子一元化」の表紙

由比ヶ浜に遺棄された
静御前の赤子一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,185年12月10日〜1,186年10月29日
※旧暦は全て西暦に変換しています
ページ数
4ページ
文字数
2,644字
最新更新日
西暦2,026年9月30日

財宝を奪われ、峯雪の中に捨て置かれた──
捕らえられた静御前の十箇月を一元化。

153円(税込)

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,185年12月10日、源義経が大和国吉野山(現在の奈良県吉野郡吉野町)に潜伏しているという噂を聞き付けた吉野山の執行僧兵が捜索したが、義経は見付からなかった。22時、藤尾坂を下って金峯山寺本堂(現在の奈良県吉野郡吉野町)に辿り着いた女を不審に思った衆徒達が問い質すと、女は義経の妾静御前と名乗る。義経は5日間此の山に逗留したが、衆徒蜂起の噂を聞いて山伏の姿で逐電した。自分に金銀を与え、雑色達に京都へ送らせようとしたが、彼らは財宝を奪い、深い峯雪の中に自分を捨て置いて行った——静御前は其の儘捕らえられた。本書は、此の捕縛から、1,186年10月29日に静御前が京都へ向けて鎌倉を発つ迄を一元化した記録である。

翌日の捜索でも義経は見付からず、執行僧兵は静御前を十分に労ってから鎌倉に差し出す事にした。15日、義経は多武峰(現在の奈良県桜井市にある談山神社)に到着する。18日、義経に源頼朝追討の院宣を出した朝廷への頼朝の不満を伝える為に北条時政が上洛し、31日、静御前は時政の居る京都の屋敷へ送られた。1,186年1月7日、時政が鎌倉へ送った書簡には静御前の証言が記されていた。義経と共に大物浜に着いたが船が難破して海を渡れず、天王寺で待つ様言い残して姿を隠した義経が寄越した馬で吉野山に着き、5日間逗留して別れた、其の後の行方は知らない、と。義経の行方が掴めぬ儘、2月20日、時政は鎌倉から静御前を差し出す様催促された。

3月23日、静御前は母の磯禅師と共に鎌倉に着き、安達清経の屋敷に拘留される。28日、問注所の役人の取り調べに、義経は僧坊から山伏の姿で大峰山(現在の奈良県吉野郡天川村洞川)に入り、跡を慕った自分は一の鳥居の辺りで女人は入るべからずと叱られて引き返したと答えたが、送った僧の名は忘れたと言う。京都での申し立てと食い違う為、重ねて取り調べる様命じられた。4月13日の2度目の取り調べでも行方は知らないと答えた静御前は、義経の子を身籠っており、鎌倉は出産の後に京都へ帰す事を決める。其の間に義経は伊勢神宮を参拝し、戦で身に付けていた金製の剣を奉納していた。

4月28日、源頼朝と北条政子が鶴岡八幡宮寺(現在の神奈川県鎌倉市雪ノ下)に参拝した。義経の妾として晴れの場に出るのは恥辱だと舞を拒み続けていた静御前は、八幡大菩薩に供えるのだからという政子の説得と再三の命に折れ、白拍子の舞を舞う。だが義経を慕う歌を唄って頼朝を激怒させ、「私が静御前の立場であってもあの様に歌うでしょう」と政子が取り成して助命された。頼朝は、生まれる子が女子なら助けるが、男子なら殺す様にと命じる。6月3日、宿所で宴会を催した御家人の内、酔った梶原景茂が艶言を投げ掛けると、静御前は、義経は頼朝の兄弟で自分は其の妾である、義経が落ちぶれなければ対面する事さえ出来ない筈だと言って大泣きした。16日の夜には、頼朝の長女大姫の依頼で勝長寿院で舞い、禄を賜っている。

9月14日、静御前は義経の男子を産んだ。頼朝の命に従い、赤子は由比ヶ浜(現在の神奈川県鎌倉市)に遺棄される事となる。受け取ろうとする安達清経を静御前は拒んで泣き叫んだが、恐縮した磯禅師が赤子を取り上げて安達に渡した。政子も頼朝に助命を嘆願したが、叶わなかった。10月29日、静御前は京都へ向けて鎌倉を発つ。哀れんだ政子と大姫は、多くの重宝を持たせた——其の全過程を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • 静御前 本書の中心人物。源義経の妾で、天下の舞の名手と称された白拍子。吉野山で義経と別れ、金峯山寺本堂で捕らえられた。京都を経て鎌倉に送られて問注所の取り調べを受け、鶴岡八幡宮寺では義経を慕う歌を唄って頼朝を激怒させた。産んだ男子は由比ヶ浜に遺棄された。
  • 源義経 静御前と吉野山に5日間逗留したが、衆徒蜂起の噂を聞いて山伏の姿で逐電した。多武峰に着き、伊勢神宮を参拝して、戦で身に付けていた金製の剣を奉納した。
  • 磯禅師 静御前の母。静御前と共に鎌倉に着き、宿所の宴会で舞を披露した。赤子を渡すまいとする静御前から男子を取り上げ、安達清経に渡した。
  • 源頼朝 鶴岡八幡宮寺で静御前に舞を命じ、義経を慕う歌に激怒した。生まれる子が女子なら助けるが、男子なら殺す様に命じた。
  • 北条政子 頼朝の御台所。静御前の舞を見たいと頼朝に勧め、八幡大菩薩に供えるのだからと静御前を説得した。激怒した頼朝を取り成して静御前を助け、赤子の助命も嘆願した。京都へ帰る静御前に、大姫と共に多くの重宝を持たせた。
  • 大姫 頼朝の長女。静御前に勝長寿院での舞を依頼し、京都へ帰る静御前に政子と共に重宝を持たせた。
  • 北条時政 朝廷の行状への頼朝の不満を伝える為に上洛した。京都の屋敷に送られた静御前の証言を鎌倉に書き送り、催促を受けて静御前を鎌倉に送った。
  • 安達清経 鎌倉に着いた静御前を屋敷に拘留した。頼朝の命に従い、静御前の産んだ男子を受け取った。
  • 吉野山の執行僧兵 義経を捜したが見付からず、捕らえた静御前を十分に労ってから、京都の北条時政の屋敷に送った。
  • 問注所の役人 静御前に義経の行方を2度問い質した。京都での申し立てと食い違う為、重ねて取り調べる様命じられた。
  • 梶原景茂 静御前の宿所の宴会で、酔って静御前に艶言を投げ掛け、大泣きされた。
  • 工藤祐経 千葉常秀・八田朝重・藤原邦通・梶原景茂らと共に、静御前の宿所で宴会を催した御家人。

主要な地名・拠点

  • 吉野山 現在の奈良県吉野郡吉野町。義経が5日間逗留した山。静御前は此処で義経と別れ、雪の中を彷徨った。
  • 金峯山寺本堂 現在の奈良県吉野郡吉野町。藤尾坂を下って辿り着いた静御前が、衆徒達に問い質されて捕らえられた。
  • 大物浜 義経と静御前が辿り着いた浜。船が難破し、海を渡る事が出来なかった。
  • 天王寺 大物浜の後に泊まった寺。義経は迎えを寄越すと約束して、此処から姿を隠した。
  • 大峰山 現在の奈良県吉野郡天川村洞川。義経が山伏の姿で入ったと静御前が証言した山。静御前は一の鳥居の辺りで、女人は入るべからずと叱られた。
  • 多武峰 現在の奈良県桜井市にある談山神社。義経が1,185年12月15日に到着した。問注所の取り調べでは、義経は多武峰に向かった後に隠れたという噂も取り上げられた。
  • 伊勢神宮 現在の三重県伊勢市宇治館町。義経が参拝し、戦で身に付けていた金製の剣を奉納した。
  • 安達清経の屋敷 鎌倉に着いた静御前の拘留先。
  • 問注所 静御前が、義経の行方に就いて2度取り調べを受けた所。
  • 鶴岡八幡宮寺 現在の神奈川県鎌倉市雪ノ下。静御前が白拍子の舞を舞い、義経を慕う歌で頼朝を激怒させた。
  • 勝長寿院 大姫の依頼で、静御前が夜に舞った寺。
  • 由比ヶ浜 現在の神奈川県鎌倉市。頼朝の命に従い、静御前の産んだ男子が遺棄された浜。

主要な事件・出来事

  • 金峯山寺本堂での捕縛(1,185年12月10日) 雪の中を彷徨って辿り着いた静御前が、義経の妾と名乗って捕らえられる。
  • 義経の多武峰到着(1,185年12月15日) 吉野山から逃れた義経が、多武峰に到着する。
  • 北条時政の上洛(1,185年12月18日) 朝廷の行状への頼朝の不満を伝える為、時政が上洛する。
  • 京都への送致(1,185年12月31日) 吉野山の執行僧兵が、静御前を時政の居る京都の屋敷に送る。
  • 京都での証言(1,186年1月7日) 静御前が、大物浜・天王寺を経て吉野山で義経と別れたと証言する。
  • 鎌倉の催促(1,186年2月20日〜3月5日) 義経の行方が掴めず、鎌倉が静御前を差し出す様催促し、時政が送ると返書する。
  • 鎌倉到着(1,186年3月23日) 静御前が母の磯禅師と共に鎌倉に着き、安達清経の屋敷に拘留される。
  • 1度目の取り調べ(1,186年3月28日) 問注所で義経の大峰山入りを語るが、京都での申し立てと食い違い、重ねて取り調べる様命じられる。
  • 2度目の取り調べ(1,186年4月13日) 行方は知らないと答え、身籠っていた為に、出産の後に京都へ帰す事が決まる。
  • 鶴岡八幡宮寺の舞(1,186年4月28日) 義経を慕う歌を唄って頼朝を激怒させ、政子の取り成しで助命される。頼朝は男子なら殺す様に命じる。
  • 宿所の宴会(1,186年6月3日) 酔った梶原景茂の艶言に、静御前が大泣きする。
  • 勝長寿院の舞(1,186年6月16日) 大姫の依頼で舞い、禄を賜る。
  • 男子の出産と遺棄(1,186年9月14日) 静御前が義経の男子を産み、頼朝の命に従って赤子は由比ヶ浜に遺棄される。
  • 京都への出発(1,186年10月29日) 哀れんだ政子と大姫が、多くの重宝を持たせる。

女子なら助けるが、男子なら殺す様に──
由比ヶ浜に遺棄された静御前の赤子を一元化。

153円(税込)

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。