日本臨済宗の開祖栄西一元化
本書について
西暦1141年5月、備中国賀陽郡宮内村に吉備津神社の社家・賀陽氏の子として生を享けた時から、西暦1215年8月、建仁寺にて75歳で示寂する迄。本書は、日本臨済宗の開祖・明菴栄西の全生涯を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
西暦1151年、11歳で備中の安養寺の静心に師事した栄西は、西暦1154年に14歳で比叡山延暦寺に登り出家得度した。以後、延暦寺、吉備安養寺、伯耆大山寺などで天台宗の教学と密教を学び、葉上流を興した。西暦1168年、28歳で第一回の入宋を果たし、天台山・阿育王山などに学んで同年に帰国した。この入宋行の際には俊乗房重源と面識を得た。帰国後は故郷方面で6年間巡錫し、西暦1175年頃から筑前今津の誓願寺などに10年滞在して密教と禅の研究に努めた。
西暦1187年、47歳で第二回の入宋を実現した。仏跡巡礼のため天竺への渡航を志したが宋の朝廷に許されず、天台山万年寺で虚庵懐敞に師事し、師に随って天童山に移って臨済宗黄龍派の禅を受けた。日本の入宋僧のなかで直接にこの派を受けたのは栄西のみである。西暦1191年、虚庵から印可を得て帰国し、肥前平戸を経て九州各地に弘法した。この時に宋よりもたらした茶種を筑前・肥前の境にある脊振山に植えたが、これが日本の茶の栽培・普及の発祥地とされている。西暦1195年、博多に日本初の本格的禅宗寺院である聖福寺を建立した。西暦1198年、『興禅護国論』を著し、禅が既存宗派を否定するものではなく仏法復興に重要であることを説いた。
西暦1199年、鎌倉に下向し、北条政子・源頼家らの帰依を受けた。翌西暦1200年、北条政子建立の寿福寺の開山に請ぜられた。西暦1202年、2代将軍源頼家の寺域寄進により京都に建仁寺を創建し、宋の百丈山を模して伽藍を造営した。建仁寺は天台・真言・禅の三宗兼学の寺として構えられ、京都における臨済宗の拠点となった。西暦1205年には建仁寺が官寺とされた。西暦1206年、重源の後を受けて東大寺勧進職に任じられ、西暦1209年には法勝寺九重塔再建を命じられた。西暦1214年、二日酔いで臥せっていた3代将軍源実朝に『喫茶養生記』を献上して茶の効用を説いた。西暦1215年8月、建仁寺にて75歳で示寂した。
登場人物
- 栄西 明菴栄西。本書の主人公。日本臨済宗の開祖、建仁寺の開山。天台密教葉上流の流祖。備中国賀陽郡の吉備津神社社家・賀陽氏の出身。二度の入宋を果たし、虚庵懐敞から臨済宗黄龍派の禅を受けた。茶種を日本に将来し、茶祖としても尊崇されている。
- 静心 備中の安養寺の僧。栄西が11歳で師事した最初の師。天台宗寺門派の僧であった。
- 虚庵懐敞 南宋の天台山万年寺、のち天童山の住持。臨済宗黄龍派の禅僧。第二回入宋時に栄西が師事し、5年間の修行の末に印可を授けた。栄西は師に密教を伝えたという。
- 俊乗房重源 東大寺の勧進職を務めた僧。栄西が第一回入宋時に宋で面識を得た。後に栄西は重源の後を受けて東大寺勧進職に就任した。
- 北条政子 源頼朝の正室。頼朝の菩提を弔うため鎌倉に寿福寺を建立し、栄西を開山に招聘した。
- 源頼家 鎌倉幕府第2代将軍。西暦1202年に京都の建仁寺に寺域を寄進し、栄西を開山とした。建仁寺の開基である。
- 源実朝 鎌倉幕府第3代将軍。源頼家の弟。西暦1214年に二日酔いで臥せっていた際、栄西から『喫茶養生記』を献上された。
- 大日能忍 栄西と同時代に京都で「達磨宗」を説いて禅を鼓吹した僧。西暦1194年に栄西と共に朝廷から禅停止の宣旨を下された。
- 明恵 華厳宗中興の祖。栄西と親交があり、栄西から贈られた茶種を栂尾や宇治に植えた。これが宇治茶の起源とされる。
- 平頼盛 平清盛の異母弟。栄西の第一回入宋の際に外護があったと伝えられる。
- 栄朝 栄西の主要な門弟の一人。その門下から円爾が出た。
- 行勇 栄西の主要な門弟の一人。その門下から覚心が出た。
- 明全 栄西の主要な門弟の一人。その門下から曹洞宗の開祖・道元が出た。
- 慈円 天台座主。栄西の権僧正への昇進と生前の大師号の希望を非難した貴族僧の一人。
主要な地名・拠点
- 吉備津神社 備中国賀陽郡宮内村に所在。栄西の生家である賀陽氏が社家を務めた神社。現在の岡山県岡山市北区吉備津。
- 安養寺 備中国の寺院。栄西が11歳で静心に師事し、14歳で比叡山に登る前の最初の修学の地。現在は臨済宗建仁寺派。
- 比叡山延暦寺 天台宗の総本山。栄西が西暦1154年に14歳で出家得度した地。のちに栄西は延暦寺の衆徒から禅布教の妨害を受け、禅停止の宣旨が下される原因ともなった。
- 伯耆大山寺 天台宗の山岳寺院。栄西が天台教学と密教を学んだ地の一つ。現在の鳥取県西伯郡大山町。
- 天台山 南宋の浙江省に所在。中国天台宗の本山。栄西は第一回・第二回の両入宋で訪れ、第二回入宋では万年寺で虚庵懐敞に師事した。
- 天童山 南宋の浙江省に所在。景徳禅寺のある禅の名刹。虚庵懐敞が天台山万年寺から移った際、栄西も師に随って移り、臨済宗黄龍派の禅を受けた。
- 誓願寺 筑前国今津に所在する寺院。栄西が西暦1175年頃から約10年間滞在し、密教と禅の研究に努めた地。現在の福岡市西区。栄西の肉筆文書『誓願寺盂蘭盆縁起』は国宝。
- 脊振山 筑前・肥前の境に所在する山。栄西が第二回入宋からの帰国後、宋より将来した茶種を植えた地。日本の茶の栽培・普及の発祥地とされる。
- 聖福寺 博多に所在。西暦1195年に栄西が創建した日本初の本格的禅宗寺院。山号は安国山。
- 寿福寺 鎌倉に所在。西暦1200年、北条政子が源頼朝の菩提を弔うため建立し、栄西を開山に請じた。鎌倉五山第三位。山号は亀谷山。
- 建仁寺 京都東山に所在。西暦1202年、源頼家の寺域寄進により栄西が創建した禅寺。宋の百丈山を模して造営された。創建当初は天台・真言・禅の三宗兼学。のち京都五山第三位となった。栄西の示寂の地。
- 東大寺 奈良に所在する華厳宗大本山。栄西は西暦1206年、重源の後を受けて大勧進職に任命され、復興事業に手腕をふるった。
- 法勝寺 京都白河に所在した天台宗寺院。西暦1209年、栄西は法勝寺九重塔の再建を命じられ、西暦1213年にその完成の功により権僧正となった。
主要な著作
- 興禅護国論 西暦1198年に著した3巻の書。禅が既存宗派を否定するものではなく、鎮護国家に有用であることを説いた栄西の主著。比叡山の攻撃に対する反論と、禅宗勅許の要請を兼ねた。
- 喫茶養生記 上下2巻の日本初の茶の専門書。上巻では茶の種類・抹茶の製法・茶の効用を、下巻では桑の効用を説く。西暦1214年、二日酔いで臥せっていた源実朝に献上されたとされる。茶桑経とも呼ばれる。
- 誓願寺盂蘭盆縁起 栄西の肉筆文書で国宝。筑前国今津の誓願寺に滞在した折に書かれたとされ、現在も同寺が所蔵(九州国立博物館寄託)。
- 日本仏法中興願文 西暦1204年に著した願文。密教の門弟と道心者に斎戒実践の署名を募り、戒律実践を軸に日本仏法の中興を主唱した。暗に建仁寺に対する朝廷のいっそうの保護を要請する意図があった。