電子書籍「エリヤ一元化」の表紙

エリヤ一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
紀元前861年頃〜紀元前847年頃
※ユダヤ暦は全て西暦に変換しています
ページ数
8ページ
最新更新日
西暦2,026年8月4日

紀元前861年頃、預言者は王に飢饉を宣告した──
カルメル山の炎からホレブ山の啓示まで、エリヤの14年間を一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

紀元前861年頃、1人の預言者がイスラエル王国国王アハブの前に立ち「私の仕えているヤハウェは生きておられます。私の言葉が無い内は、数年雨の露も無いでしょう。又、植物も育たないだろう」と告げた。エリヤである。宣告の通り、首都サマリアは飢饉に襲われた。エリヤはケリテ川(現在のヨルダンのイルビド県・アジュルン県付近)に身を隠し、其の水を飲んで凌いだが、軈て川そのものが枯れた。次に向かったのは、皮肉にも王妃イゼベルの出身地シドン(現在のレバノンの南レバノン県)に属するザレパテであった。本書は、此の飢饉の宣告を起点として、預言者エリヤが歩んだ14年間を年単位で一元化した記録である。

ザレパテの門で、エリヤは薪を拾う寡女に水と一口のパンを求めた。寡女は「私はパンを持っていません。只甕に一握りの小麦粉と瓶に少しの油が有るだけです。薪を拾い其れを調理し私と子供は其れを食べて死のうとしているのです」と答えた。最後の食事を作ろうとしていた女に、エリヤは「先ず、私の為に小さいパンを1つ作って持って来なさい。其の後貴方と子供の為に作りなさい」と言い、雨が地表に降る日迄、甕の小麦粉は尽きず瓶の油は絶えないというヤハウェの言葉を伝えた。寡女は其の通りに行い、エリヤと寡女の家族は久しく食べる事が出来た。飢饉の底で、最も持たざる者が預言者を養ったのである。

紀元前857年頃、警告から3年6ヶ月が過ぎた頃、エリヤは再びアハブの前に姿を現す。仲介したのは宮廷長オバデヤであった。オバデヤは、イゼベルがヤハウェの預言者達を殺害した際に100名を救い出し、50名ずつ洞窟に匿ってパンと水で養った人物である。アハブは「イスラエル王国を悩ます者よ」とエリヤを罵ったが、エリヤは「私がイスラエル王国を悩ますのではありません。貴方とオムリが悩ましたのです」と返し、全てのイスラエル王国民・バアルの預言者450名・アシェラの預言者400名をカルメル山に集める様命じた。此処に、後世まで語り継がれる対決の場が整えられた。

カルメル山でエリヤは「貴方方はいつまで2つのものの間で迷っているのですか」と問うたが、人々は無言であった。2頭の雄牛が用意され、火を以って答える神を神とする、という条件が定められた。バアルの預言者達は朝から昼まで名を呼び、祭壇の周りで踊り、遂には刀と槍で我が身を傷付けて血を流したが、何の声も無かった。エリヤは破損したヤハウェの祭壇を修繕し、イスラエルの12部族に因んだ12の石で祭壇を築き、溝を掘り、薪と雄牛の上に4つの甕の水を3度も注がせた。そして祈ると、火が降り、雄牛も薪も石も焼き尽くされ、溝の水にまで及んだ。人々は平伏して「ヤハウェが神である」と叫び、バアルの預言者達はキション川(現在のイスラエル北部地区)で剣に掛けられた。山頂で7度目に僕が「海から人の手程の小さな雲が発生しています」と報告すると、空は黒く覆われ、3年半ぶりの大雨が降った。

だが勝利は安息を齎さなかった。エズレル平野(現在のイスラエル北部地区)の宮殿でアハブから報告を受けたイゼベルは怒り狂い、24時間以内にエリヤを殺すと使者に告げさせる。恐れたエリヤは南西へ約150km逃亡してベエルシェバ(現在のイスラエル南部地区)に至り、従者を残して1人荒野へ入った。日の沈む頃、力尽きてエニシダの木の下に座り、死を願って「私は父祖達に勝っていません」と呟く。御使いが2度、焼き立てのパンと水を差し出して彼を起こし、其の力で40日間何も食べずに約300kmを歩き、ホレブ山(現在のエジプトの南シナイ県)に到着した。洞穴で受けた言葉は、ハザエル・エフー・エリシャへの油注ぎの指示と、バアルに膝を屈めなかった7,000名が残されているという告知であった。エリヤはアベル・メホラで12頭の軛の牛の側に立つエリシャに外套を掛け、後継者を得る。

紀元前853年頃、アハズヤがサマリアの屋上の部屋の欄干から転落して重体となり、エクロンの神ベルゼブブに病の行方を尋ねようとした時、エリヤは「貴方は上った寝台から降りる事は無い。貴方は必ず死ぬ」と預言する。差し向けられた五十人隊長と部下50名は二度までも天からの火に焼き尽くされ、三人目の懇願に応じてエリヤは自ら王の前に降りて行った。紀元前851年頃、預言の通りアハズヤは崩御し、アハブの弐男ヨラムが即位する。そして紀元前847年頃、エリヤは1通の書簡をユダ王国国王ヨラムに送り、悪性の内臓の病を預言した。飢饉の宣告に始まり、書簡による最後の預言に至るまで──孤高の預言者が歩んだ道の全てを、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • エリヤ 本書の中心人物。ヤハウェの預言者。紀元前861年頃、アハブに飢饉の到来を警告した。ケリテ川とザレパテに身を隠し、カルメル山でバアルの預言者450名と対決して天からの火を呼び降ろした。イゼベルの脅迫を逃れてベエルシェバから荒野へ入り、40日間の旅の末にホレブ山で言葉を受け、エリシャを後継者に指名した。
  • アハブ イスラエル王国国王。エリヤから飢饉の到来を警告された。3年6ヶ月の飢饉の中で泉と渓谷を探して家畜を生かそうとし、エリヤと再会すると「イスラエル王国を悩ます者よ」と呼んだ。カルメル山の対決ではエリヤの求めに従って人々を集め、大雨の中を車でエズレル平野へ向かった。
  • イゼベル アハブの妻。ヤハウェの預言者達を殺害した。カルメル山の対決の後、アハブから報告を受けて怒り狂い、エズレル平野で眠るエリヤの下へ使者を遣わせ、24時間以内に命を奪うと脅迫した。其の出身地シドンに属するザレパテこそ、エリヤが飢饉を凌いだ地であった。
  • オバデヤ アハブの宮廷長。イゼベルがヤハウェの預言者達を殺害した際、100名の預言者を救い出し、50名ずつ洞窟に匿ってパンと水で養った。飢饉の中で草を求めて巡っていた所にエリヤと出会い、殺される事を恐れながらも、エリヤの居場所をアハブに告げた。
  • ザレパテの寡女 シドンに属するザレパテに住んでいた女性。甕の一握りの小麦粉と瓶の僅かな油で子供と最後の食事を摂ろうとしていたが、エリヤの為に先にパンを作った。ヤハウェの言葉の通り、甕の小麦粉は尽きず、瓶の油は絶えなかった。
  • エリシャ シャファテの子。アベル・メホラの出。12頭の軛の牛を前に行かせて畑を耕していた所、通り掛かったエリヤに外套を掛けられ、後継者となった。軛の牛を屠って家族に振る舞った後、エリヤに付いて行って仕えた。後にモアブ征伐の陣中で、水と勝利を預言した。
  • アハズヤ イスラエル王国国王。紀元前853年頃、サマリアの屋上の部屋の欄干から転落して重体となり、エクロンの神ベルゼブブに病の行方を尋ねようと使者を遣わせた。エリヤから死の預言を告げられ、五十人隊長と部下を三度差し向けた末、紀元前851年頃に預言の通り崩御した。
  • ヨラム(イスラエル王国国王) 第9代イスラエル王国国王。アハブの弐男。子の無いアハズヤの崩御を受けて即位した。離反したモアブを討つ為にヨシャファトを誘い、エドムの王と共に南方から出陣したが、迂回に7日を費やして水が底を突き、エリシャに預言を求める事となった。
  • ヨラム(ユダ王国国王) ユダ王国国王。紀元前847年頃、エリヤから預言の書かれた書簡を受け取った。ヨシャファトの道にもアサの道にも歩まず、イスラエル王国国王の道に歩んで自らの兄弟達を殺害した事を糾弾され、悪性の内臓の病を預言された。
  • ヨシャファト ユダ王国国王。モアブ征伐の遠征に誘われて同意し、エドムの王と合流して南方から出陣した。水が底を突いた際、ヤハウェの預言者に頼る事を勧め、エリシャの下を訪ねる契機を作った。
  • メシャ モアブの王。100,000匹の子羊と雄羊100,000匹分の羊毛を貢物としてイスラエル王国に納めていたが、紀元前851年頃に離反し、反旗を翻した。

本書が記録する出来事

  • 飢饉の宣告とケリテ川への潜伏 紀元前861年頃、本書が記録する全ての起点。エリヤがアハブに数年の旱魃を警告すると、サマリアで飢饉が始まった。エリヤはケリテ川(現在のヨルダンのイルビド県・アジュルン県付近)に身を隠して其の水を飲んだが、軈て川は枯れた。
  • ザレパテの寡女と尽きぬ小麦粉 紀元前861年頃、エリヤはイゼベルの出身地シドンに属するザレパテ(現在のレバノンの南レバノン県)へ向かった。門で出会った寡女は、最後の食材でエリヤの為のパンを先に作り、雨が降る日迄、甕の小麦粉と瓶の油は絶えなかった。
  • オバデヤの仲介とアハブとの再会 紀元前857年頃、飢饉が3年6ヶ月に及んだ頃、草を求めて巡っていた宮廷長オバデヤがエリヤと出会う。100名の預言者を洞窟に匿った経歴を持つオバデヤは、殺される危険を訴えながらも、エリヤの居場所をアハブに告げた。
  • カルメル山の対決 紀元前857年頃、本書の頂点を成す場面。バアルの預言者450名・アシェラの預言者400名が集められ、火を以って答える神を神とする条件が定められた。バアルの預言者達は身を傷付けて呼び続けたが応答は無く、12の石で築かれたエリヤの祭壇には火が降り、雄牛も薪も石も溝の水も焼き尽くされた。
  • キション川の処刑と3年半ぶりの大雨 紀元前857年頃、対決の後、バアルの預言者達はキション川(現在のイスラエル北部地区)で剣に掛けられた。エリヤがカルメル山の頂上で顔を膝の間に入れ、7度目に僕が「海から人の手程の小さな雲」を報告すると、空は黒く覆われて大雨となった。
  • イゼベルの脅迫とベエルシェバへの逃亡 紀元前857年頃、エズレル平野(現在のイスラエル北部地区)で嵐の夜に眠るエリヤの下へイゼベルの使者が到着し、24時間以内の殺害を告げた。エリヤは南西へ約150km逃亡してベエルシェバ(現在のイスラエル南部地区)に至り、従者を残して荒野へ入り、エニシダの木の下で死を願った。
  • ホレブ山での啓示 紀元前857年頃、御使いのパンと水で力を得たエリヤは、40日間何も食べずに約300kmを歩き、ホレブ山(現在のエジプトの南シナイ県)に到着した。洞穴で、ハザエル・エフー・エリシャへの油注ぎの指示と、バアルに膝を屈めなかった7,000名が残されているという言葉を受けた。
  • アベル・メホラでのエリシャ継承 紀元前857年頃、アベル・メホラ(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区トゥーバース県付近)で、12頭の軛の牛の側で畑を耕していたエリシャに、エリヤは自身の外套を掛けた。エリシャは軛の牛を屠って家族に振る舞い、エリヤに付いて行って仕えた。
  • エクロンのベルゼブブとアハズヤへの預言 紀元前853年頃、屋上の部屋の欄干から転落したアハズヤが、エクロン(現在のイスラエル中央地区・エルサレム地区・南部地区の境付近)の神ベルゼブブに使者を遣わせた。エリヤは其の使者を途中で迎え「貴方は上った寝台から降りる事は無い」と告げた。
  • 天からの火と三度の五十人隊長 紀元前853年頃、アハズヤが差し向けた五十人隊長と部下50名は、二度までも天から降った火に焼き尽くされた。三人目の五十人隊長が跪いて命乞いをすると、エリヤは御使いの言葉に従って共に降りて行き、王に直接死の預言を告げた。
  • モアブの離反とエリシャの預言 紀元前851年頃、貢物を納めていたモアブの王メシャが離反する。討伐に向かったヨラム・ヨシャファト・エドムの王は迂回に7日を費やして水を失い、「エリヤの手に水を注いだ者」エリシャを訪ねた。エリシャは竪琴の音の中で、涸れた谷に水が溢れる事とモアブへの勝利を預言した。
  • ユダ王国国王ヨラムへの書簡 紀元前847年頃、本書が記録する最後の預言。エリヤは書簡を以ってヨラムに、ユダ王国とエルサレムの住民に淫行を行わせ兄弟達を殺害した事を糾弾し、民と子と妻と全財産を打つ災害、そして日に日に内臓が外に出て来る悪性の病を告げた。

飢饉の宣告、カルメル山の炎、荒野での絶望、ホレブ山の啓示──
孤高の預言者エリヤが歩んだ14年間の全過程を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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