電子書籍「北山王国一元化」の表紙

北山王国一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,260年〜1,415年10月頃
※旧暦は全て西暦に変換しています
ページ数
35ページ
文字数
3,989字
最新更新日
西暦2,026年9月16日

英祖王統が傾く中、今帰仁城に新たな王国が生まれた──
北山王国の建国と明への16度の進貢を一元化。

180円(税込)

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,260年、伊祖城主で伊祖按司の恵祖の息子英祖が、初代英祖王統王に即位し、浦添城(現在の沖縄県浦添市仲間)を築いた。英祖は巡行と諸法の改定を行い、1,264年には西北諸島から朝貢を受ける。1,265年頃には禅鑑が現在の沖縄に漂着して仏教を広め、英祖の帰依を受けて浦添城の西に極楽寺を開山した。1,291年には元が攻め込んだが、英祖王統軍は之を撃退している。本書は、此の英祖王統の興りから、北山王国の建国と三山の鼎立を経て、北山王国が明への16度目の進貢を果たした1,415年迄を、年月日単位で一元化した記録である。

1,299年8月31日に英祖が死去すると、長男大成が第2代英祖王統王に即位し、其の五男は勝連按司に封じられた。1,309年1月19日に大成が死去すると弐男英慈が、1,313年10月10日に英慈が死去すると参男で玉城城主の玉城が王位を継ぐ。然し玉城は酒に溺れ、狩猟を好み、政務を疎かにして道楽三昧の生活を送った為、人心は離れていった。そして1,322年、第2代湧川按司の息子で羽地按司の怕尼芝が、叔父今帰仁仲宗根若按司を破り、今帰仁城を本拠として「北山王国」を建国し、初代北山王国国王に即位する。

1,336年4月22日に玉城が死去し、翌1,337年に長男西威が第5代英祖王統王に即位したが、幼かった為に母が実権を握り、失った国威を回復する事は出来なかった。同じ頃、大里按司承察度が周囲の按司を纏めて「南山王国」を建国する。1,349年4月30日に西威が病死すると、5歳の子を後継に擁立する動きも実現せず、1,350年、勝連按司の娘婿察度が群臣に推されて「中山王国」を建国し、英祖王統は滅亡した。斯うして、北山・南山・中山の3つの王国が並び立つ事となる。

1,382年11月、察度・承察度・怕尼芝は、其々の使者亜蘭砲・師惹・模結習を、進貢の為に明へ向けて送り出した。亜蘭砲の乗った船は一度宮古島に漂着したものの、翌1,383年2月3日、3名は揃って明への進貢を果たす。北山王国にとって初めての進貢であり、此の際師惹は文綺紗羅を賜った。以後3名は、11月頃に出港し、年が明けて進貢を行い、6月頃に帰還する往復を重ね、1,385年2月10日の進貢では、初代明皇帝朱元璋から、亜蘭砲に海船1隻、師惹に駝紐鍍金銀印と海船1隻、模結習に駝紐鍍金銀印が下賜された。

1,387年11月には、察度の使者亜蘭砲の船に怕尼芝自身も同乗し、翌1,388年2月21日に北山王国として4度目、同年10月16日には5度目の進貢を行った。1,389年11月には怕尼芝の使者李仲が亜蘭砲と共に出港し、1,390年2月11日に6度目の進貢を果たす。其の後、北山王国の使者を送り出す王の名は珉、そして攀安知へと移り、使者善佳古耶は1,395年1月22日に7度目、1,396年2月19日に8度目、1,397年1月14日に9度目の進貢を担った。1,397年3月2日には攀安知の使者恰宣斯耶が10度目、1,398年1月3日には11度目の進貢を行い、此の際恰宣斯耶は中山王国の使者友賛結致と共に、各々海船1隻を賜っている。

1,398年11月に出港した攀安知の使者は、戦乱の為に応天府へ行く事が出来ず、翌年4月頃に帰還した。次に記録される進貢は1,403年3月31日、善佳古耶による12度目で、此の時善佳古耶は冠服を請い、下賜されている。1,404年4月25日には亜都結致が13度目、1,405年4月29日には赤佳結致が14度目、1,406年1月16日には再び亜都結致が15度目の進貢を行った。1,405年には明王朝が、琉球からの使節に対応する為、泉州に市舶提挙司付属の「来遠駅」を設けている。そして1,415年、尚思紹王の使者南風原大親の船に同乗した攀安知の使者リュウインは、永楽帝の居る北京へ出向いて北山王国として16度目の進貢を果たし、海船を賜って10月頃に帰還した。英祖の即位から三山の鼎立、そして明の皇帝の下へ幾度も海を渡った使者達の足跡を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • 怕尼芝 第2代湧川按司の息子で羽地按司。1,322年、叔父今帰仁仲宗根若按司を破り、今帰仁城を本拠として北山王国を建国し、初代北山王国国王に即位した。1,382年に使者模結習を明へ送って進貢を始め、1,387年と1,388年には察度の使者亜蘭砲の船に自ら同乗し、北山王国として4度目・5度目の進貢を行った。帕尼芝とも書かれる。
  • 珉 北山王国の王。1,394年11月、使者善佳古耶を察度の使者亜蘭砲と共に明へ送り出し、翌1,395年1月22日、北山王国として7度目の進貢を行わせた。
  • 攀安知 北山王国の王。1,395年以降、使者善佳古耶・恰宣斯耶・亜都結致・赤佳結致・リュウインらを明へ送り、北山王国として8度目から16度目迄の進貢を重ねた。1,415年には、使者リュウインが永楽帝の居る北京へ出向いた。
  • 英祖 伊祖城主で伊祖按司の恵祖の息子。1,260年に初代英祖王統王に即位し、浦添城を築城した。巡行と諸法の改定を行い、西北諸島から朝貢を受け、漂着した禅鑑に帰依した。1,291年には元の侵攻を撃退し、1,299年8月31日に死去した。
  • 大成 英祖の長男。1,299年に第2代英祖王統王に即位し、其の五男は勝連按司に封じられた。1,309年1月19日に死去した。
  • 英慈 大成の弐男。1,309年に第3代英祖王統王に即位し、1,313年10月10日に死去した。
  • 玉城 英慈の参男で玉城城主。1,313年に第4代英祖王統王に即位し、弟を玉城城主・玉城按司として拡張修築工事を行わせた。酒に溺れ、狩猟を好み、政務を疎かにした道楽三昧の生活で人心を離れさせ、1,336年4月22日に死去した。
  • 西威 玉城の長男。1,337年に第5代英祖王統王に即位したが、幼かった為に母が実権を握り、失った国威を回復出来なかった。1,349年4月30日に病死し、5歳の子を後継に擁立する動きも実現しなかった。
  • 承察度 大里按司。周囲の按司を纏めて南山王国を建国し、初代南山王国国王に即位した。1,382年から使者師惹を明へ送り、進貢を行った。
  • 察度 勝連按司の娘婿。1,350年、群臣に推されて中山王国を建国し、初代中山王国国王に即位した。此れにより英祖王統は滅亡した。使者亜蘭砲・程復・友賛結致を明へ送り、其の船には北山王国の使者も度々同乗した。
  • 禅鑑 1,265年頃、現在の沖縄に漂着した人物。仏教を広めて英祖の帰依を受け、浦添城の西に極楽寺を開山した。
  • 亜蘭砲 察度の使者。1,382年から中山王国の進貢を担い、最初の渡航では乗った船が一度宮古島に漂着した。1,385年には朱元璋から海船1隻を賜り、1,387年からは北山王国の怕尼芝や其の使者李仲を船に同乗させた。
  • 師惹 承察度の使者。南山王国の進貢を担い、1,383年には文綺紗羅を、1,385年には朱元璋から駝紐鍍金銀印と海船1隻を賜った。
  • 模結習 怕尼芝の使者。1,383年2月3日、北山王国として初めて明への進貢を行い、1,385年には朱元璋から駝紐鍍金銀印を賜った。
  • 李仲 怕尼芝の使者。1,389年11月に亜蘭砲と共に出港し、1,390年2月11日に北山王国として6度目の進貢を行った。
  • 善佳古耶 北山王国の使者。珉と攀安知の下で、北山王国として7度目・8度目・9度目・12度目の進貢を担った。1,403年には冠服を請い、下賜された。
  • 恰宣斯耶 攀安知の使者。北山王国として10度目・11度目の進貢を担い、1,398年には中山王国の使者友賛結致と共に、各々海船1隻を賜った。
  • 亜都結致 攀安知の使者。1,404年4月25日に北山王国として13度目、1,406年1月16日に15度目の進貢を行った。
  • 赤佳結致 攀安知の使者。1,405年4月29日、北山王国として14度目の進貢を行った。
  • リュウイン 攀安知の使者。1,415年、尚思紹王の使者南風原大親の船に同乗し、永楽帝の居る北京へ出向いて北山王国として16度目の進貢を行い、海船を賜った。
  • 朱元璋 初代明皇帝。1,385年の進貢に際し、亜蘭砲に海船1隻、師惹に駝紐鍍金銀印と海船1隻、模結習に駝紐鍍金銀印を下賜した。
  • 永楽帝 明の皇帝。1,415年、北京に出向いた中山王国の南風原大親と北山王国のリュウインから進貢を受けた。

主要な地名・拠点

  • 今帰仁城 1,322年、怕尼芝が叔父今帰仁仲宗根若按司を破り、北山王国の本拠とした城。
  • 浦添城 現在の沖縄県浦添市仲間。1,260年に初代英祖王統王に即位した英祖が築城した城。
  • 極楽寺 現在の沖縄県浦添市仲間。英祖の帰依を受けた禅鑑が、浦添城の西に開山した寺。
  • 宮古島 1,382年11月、進貢の為に明へ向けて出港した亜蘭砲の船が、一度漂着した島。
  • 応天府 1,398年11月に出港した攀安知の使者が、戦乱の為に行く事が出来ず、引き返す事となった地。
  • 泉州 1,405年、明王朝が琉球からの使節に対応する為、市舶提挙司付属の「来遠駅」を設立した地。
  • 北京 1,415年、永楽帝の居る此の地へ南風原大親とリュウインが出向き、明への進貢を行った。

三山が並び立ち、使者達は海を渡った──
英祖の即位から1,415年までの北山王国を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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