イルミナティを刷新し
バイエルン啓明結社を設立した
アダム・ヴァイスハウプト一元化
インゴルシュタット大学、インゴルシュタット近くの森、ヴィルヘルムスバート──
イルミナティを刷新しバイエルン啓明結社を設立した男の生涯を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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本書について
西暦1,748年2月6日、バイエルン選帝侯領インゴルシュタット(現在のドイツのバイエルン州)にて、キリスト教に改宗したユダヤ人の血を引くアダム・ヴァイスハウプトが生誕した。本書は、此のバイエルン啓明結社主導者の生誕から、西暦1,788年のアドルフ・クニッゲによる自己弁護文書「啓明結社との関わりに就いて為された様々な要求や質疑に対するフィロの最終的説明と回答」発表迄、40年に亘る生涯と結社活動の全過程を、一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
幼少期に孤児となったヴァイスハウプトは、学者である叔父によってイエズス会の学校に入学させられ、西暦1,755年から教育を受け始めた。叔父の蔵書であった最新のフランスの啓蒙思想家達の本を熱心に読み漁ったヴァイスハウプトは、王政と教会が思想の自由を抑圧していると考え、宗教的な考え方は最早現代社会を統治する為の十分な信念体系では無いと結論した。当初フリーメイソンのロッジに参加しようと考えたが、其の多くの考えに幻滅し、メンフィスの七賢者の秘儀やカバラ等の秘教的なテーマを扱った本に夢中になり、独自の新しい秘密結社の設立を決意した。西暦1,770年、メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドがタルムードの教えに基づいた秘密結社「イルミナティ」の設立計画を立案し、表向きはカトリックであったヴァイスハウプトに其の設立と発展を託した。
西暦1,773年8月、ヴァイスハウプトは、ヨハン・アダム・フライヘル・フォン・イックシュタットの推薦により、ドイツ語圏で唯一のカトリック総合大学であるインゴルシュタット大学のカノン法の教授となり、90年間略全ての講座がイエズス会士によって独占されていた同大学で、非神学者として初の教授となった。西暦1,775年には「自由と平等を誰もが享受出来る世界の建設」を名目に「完全論者の教団」を結成した。そして西暦1,776年5月1日夜、インゴルシュタット近くの森で、メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの指示及び資金提供により、松明の明かりの中、ヴァイスハウプトはインゴルシュタット大学の学生4名と共にイルミナティを刷新し、完全論者の教団を「バイエルン啓明結社」に改称した。同日ヴァイスハウプトは著書「ノヴス・オルド・セクロールム」を出版し、全ての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界単一政府の樹立、私有財産と遺産相続の撤廃、愛国心と民族意識の根絶、家族制度と結婚制度の撤廃、全ての宗教の撤廃という5つの行動綱領を掲げた。
西暦1,777年6月29日、ヴァイスハウプトは財政赤字で苦しむルイ16世に対し、財政の専門家としてジャック・ネッケルを売り込み、ネッケルを第55代フランス財務長官に就任させた。西暦1,780年7月1日、フランクフルトのロッジでバイエルン啓明結社員のコンスタンティン・フォン・コスタンツォと出会ったアドルフ・クニッゲがバイエルン啓明結社に入会し、プロイセン王国北部のプロテスタント地域への勧誘を担い、500名もの新規結社員を獲得して、瞬く間にヴァイスハウプトに次ぐNo2の地位に上り詰めた。此れによりイルミナティはフリーメイソンの結社となった。西暦1,782年7月16日から始まったヴィルヘルムスバートの国際フリーメイソン会議では、フランツ・ヴィルヘルム・フォン・ディトフルトとクニッゲがバイエルン啓明結社の活動を展開し、ストリクト・オブザーバンツの知られざる上位者の存在は公式に否定された。西暦1,783年にはヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテとヨハン・ゴットフリート・ヘルダーがバイエルン啓明結社員となった。
西暦1,784年、ヴァイスハウプトは仲間のザビエル・ツワックにフランス革命実行の命令を一冊の書物に仕立てさせ、特使を使ってマクシミリアン・ロベスピエール宛にフランクフルトからパリへ送ろうとした。しかし其の途上で特使が馬車ごと雷に打たれて死亡し、書物は警察官に発見されバイエルン選帝侯領政府の手に渡った。又ヴァイスハウプトは、フランス革命実行の為にメイヤー・アムシェル・ロスチャイルドから数百万フランの資金提供を受け、30,000名の革命分子を雇った。同年7月1日にはクニッゲがバイエルン啓明結社を脱会し、西暦1,785年にはヴァイスハウプトがインゴルシュタット大学の教授職を剥奪され、バイエルン選帝侯領から追放された。西暦1,786年、バイエルン選帝侯領政府は押収した書物を「イルミナティ教団及び其の宗派の原文」と題して一般公開し、「啓明結社原典資料集」「啓明結社原典資料集補遺」を出版し、ヨーロッパ諸国の国家指導者及びキリスト教会に警告書を発した。本書は、此の40年に亘るバイエルン啓明結社の構築と崩壊の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- アダム・ヴァイスハウプト バイエルン啓明結社の主導者。西暦1,748年2月6日にバイエルン選帝侯領インゴルシュタットにて生誕。キリスト教に改宗したユダヤ人の血を引いていた。西暦1,773年8月にインゴルシュタット大学のカノン法の教授となり、西暦1,776年5月1日にバイエルン啓明結社を設立した。秘密の名は「スパルタクス」。
- メイヤー・アムシェル・ロスチャイルド ロスチャイルド家の祖。西暦1,770年にタルムードの教えに基づいた秘密結社「イルミナティ」の設立計画を立案し、表向きはカトリックであったヴァイスハウプトに設立と発展を託した。西暦1,784年にはヴァイスハウプトに数百万フランの資金を提供しフランス革命実行を支援した。
- ヨハン・アダム・フライヘル・フォン・イックシュタット インゴルシュタット大学学長。バイエルンに於ける啓蒙思想の主要な支持者の1人で、第5代バイエルン選帝侯マクシミリアン3世ヨーゼフの下で啓蒙主義的改革に着手していた。西暦1,773年8月にヴァイスハウプトをインゴルシュタット大学の非神学者として初の教授に推薦した。
- ヨハン・ゲオルク・ハインリッヒ・フェーダー ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンの哲学教授。西暦1,775年にヴァイスハウプトに経験論哲学を紹介し、共にイマヌエル・カントの観念論の反対論者となった。ヴァイスハウプトに実践哲学に就いて講義を行う様委託した。
- アドルフ・クニッゲ 元フリーメイソンの貴族。秘密の名は「フィロ」。西暦1,780年7月1日にバイエルン啓明結社に入会し、プロイセン王国北部で500名もの新規結社員を獲得してヴァイスハウプトに次ぐNo2の地位に上り詰めた。西暦1,784年7月1日に脱会し、西暦1,788年に自己弁護文書を発表した。
- バロン・アドルフ・カネガ バイエルン啓明結社の初期メンバーで支配評議会「アレオパゴス」の創設者の1人。フリーメイソンの儀式に似たものを採用しようとし、元フリーメイソンであったクニッゲの賛成を得て採用された。
- フランツ・クサーヴァー・フォン・ツヴァック ヴァイスハウプトの右腕。インゴルシュタット大学の法学博士号を取得し、西暦1,776年5月にバイエルン啓明結社に加入した。バイエルン王国の宮廷官僚を次々に勧誘した。西暦1,786年から翌年に掛けて自宅を家宅捜索され、押収された文書がイルミナティ関連の証拠となった。
- ルイ16世 フランス王。財政赤字で苦しんでいた為、西暦1,777年6月29日にヴァイスハウプトの売り込みを受け、ジャック・ネッケルを第55代フランス財務長官に任命した。
- ジャック・ネッケル プロテスタントのフランス財務長官。西暦1,777年6月29日にヴァイスハウプトの売り込みでルイ16世により任命された。職務は事実上の財務総監であったが、プロテスタントであった為名目上は在任中一貫して財務長官であった。給与を拒否し、外国銀行からの借入金の削減・500以上の官職の廃止等の政策を実行した。
- コンスタンティン・フォン・コスタンツォ ヴァイスハウプトの部下のバイエルン啓明結社員。西暦1,780年7月1日にフランクフルトのロッジでクニッゲと出会い、バイエルン啓明結社への入会を勧誘した。プロイセン王国のプロテスタント地域への活動範囲拡大を担っていた。
- フランツ・ヴィルヘルム・フォン・ディトフルト ヴェッツラーの帝室裁判所司法官試補。秘密の名は「ミノス」。西暦1,782年7月16日のヴィルヘルムスバートのフリーメイソン会議に派遣され、ヴァイスハウプトの支持を背景にストリクト・オブザーバンツの擬似宗教的要素を攻撃する演説を行ったが、参加資格を剥奪された。
- カール・ヴィルヘルム・フェルディナント ヴィルヘルムスバートのフリーメイソン会議を号令により招集した人物。クニッゲの改革案を評価し、フリーメイソン会議への正式参加を要請した。西暦1,782年以降クニッゲとボーデの勧誘によりバイエルン啓明結社員となった。
- カール・フォン・ヘッセン・カッセル ヘッセン・カッセル方伯家の人物。西暦1,782年以降クニッゲとボーデの勧誘によりバイエルン啓明結社員となった。クニッゲがフェルディナントと共に勧誘した此の人物の入会が、ヴァイスハウプトのクニッゲ排除決意の切っ掛けとなった。
- ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデ ザクセン・ゴータ・アルテンブルク公エルンスト2世の代理でヴィルヘルムスバート会議に参加。以降クニッゲと並んで北ドイツ・中部ドイツに於いて熱心なバイエルン啓明結社の活動家となった。西暦1,783年2月11日にゲーテをバイエルン啓明結社員に勧誘し、西暦1,785年のヴァイスハウプト追放後は最高責任者となった。
- ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ ドイツの文豪。西暦1,783年2月11日にヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデを通じてバイエルン啓明結社員となった。
- ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー ドイツの哲学者。西暦1,783年7月1日にバイエルン啓明結社員となった。
- ザビエル・ツワック ヴァイスハウプトの仲間。西暦1,784年にヴァイスハウプトからフランス革命実行の命令を一冊の書物に仕立てる仕事を任された。書物を運ぶ特使が雷に打たれ書物がバイエルン選帝侯領政府に渡る切っ掛けとなった。西暦1,786年10月11日に自宅を家宅捜索された。
- マクシミリアン・ロベスピエール フランス革命の指導者。西暦1,784年にヴァイスハウプトからフランクフルト経由でフランス革命実行の命令書が送られる宛先となった。書物は途中で警察に押収された為、ロベスピエールには届かなかった。
- トーマス・フライヘア・フォン・バッスス バイエルン啓明結社の中核メンバーの1人。西暦1,786年から翌年に掛けて自宅を家宅捜索され、押収された文書から「啓明結社原典資料集」「啓明結社原典資料集補遺」が出版された。クニッゲの秘密の名「フィロ」を暴露した。
- カール・フリードリヒ・バールト 啓蒙思想家・神学者。西暦1,788年頃クニッゲが自己弁護文書発表の頃から接触を開始した相手。
主要な概念・組織
- イルミナティ タルムードの教えに基づいた秘密結社。西暦1,770年にメイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが設立計画を立案し、表向きはカトリックであったヴァイスハウプトに設立と発展を託した。目的は政治的・経済的・社会的・宗教的手段を通じて、ゴイムを分断する事にあった。
- インゴルシュタット大学 ドイツ語圏で唯一のカトリック総合大学(現在のドイツのバイエルン州ミュンヘン)。90年間略全ての講座がイエズス会士によって独占されていた。西暦1,773年8月にヴァイスハウプトがカノン法の非神学者として初の教授となった。西暦1,785年にヴァイスハウプトは此の教授職を剥奪された。
- 完全論者の教団 西暦1,775年にヴァイスハウプトが「自由と平等を誰もが享受出来る世界の建設」を名目に結成した、哲学・政治理論に関して知的な議論を行う私的サークル。人間は誰もが王になれる素質を潜在的に有しているとし、王政に反発した。西暦1,776年5月1日にバイエルン啓明結社に改称された。
- バイエルン啓明結社 西暦1,776年5月1日夜、インゴルシュタット近くの森で、メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの指示及び資金提供により、ヴァイスハウプトがインゴルシュタット大学の学生4名と共にイルミナティを刷新した秘密結社。「啓蒙されたミネルヴァル」「ミネルヴァル」「見習い」の3つの位階を持つフリーメイソン組織に改組された。
- ノヴス・オルド・セクロールム 西暦1,776年5月1日にヴァイスハウプトが出版した著書。①全ての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界単一政府の樹立、②私有財産と遺産相続の撤廃、③愛国心と民族意識の根絶、④家族制度と結婚制度の撤廃と子供のコミューン教育の実現、⑤全ての宗教の撤廃、という5つの行動綱領を掲げた。
- アレオパゴス バイエルン啓明結社の支配評議会。西暦1,776年5月1日にアドルフ・クニッゲ・バロン・アドルフ・カネガを含む初期メンバーが設立した。西暦1,779年にミュンヘンのアレオパゴスメンバーが正式に「最高委員会」として承認された。
- グランドロッジ ヴァイスハウプトがイルミナティの教義をフリーメイソン騎士団に持ち込み設立した、バイエルン啓明結社の秘密本部。芸術・文学・教育・科学・金融・産業の6分野に長けた2,000名の有給のイルミナティの信奉者が募集された。
- フリーメイソン ヨーロッパ全土で着実に広がっていた秘密結社。ヴァイスハウプトは当初参加を考えたが幻滅し、独自の結社設立を決意した。西暦1,777年に「テオドール・ツム・グーテン・ラート」のロッジに加入し、西暦1,780年のクニッゲ加入後はバイエルン啓明結社と一体化した。
- ストリクト・オブザーバンツ プロイセン王国北部のロッジの大半を傘下に収めていたフリーメイソンの高位階制。知られざる上位者の詐欺行為により会員から失望されていた。西暦1,782年7月16日のヴィルヘルムスバート会議で知られざる上位者の存在は公式に否定された。
- ヴィルヘルムスバート国際フリーメイソン会議 西暦1,782年7月16日から同年9月1日に掛けて開催された国際フリーメイソン会議。カール・ヴィルヘルム・フェルディナントの号令により招集された。バイエルン啓明結社からはディトフルトとクニッゲが派遣され、ストリクト・オブザーバンツの知られざる上位者の存在が公式に否定された。
- 新たに採用される監督啓明士に告ぐ 西暦1,782年にヴァイスハウプトが起草した、バイエルン啓明結社の政治的・社会的・宗教的な最終目標を記した文書。多くのバイエルン啓明結社員によって、啓蒙主義精神の神髄であるとして称賛された。後にバイエルン選帝侯領政府により、君主国家に対する謀反を企てる啓明主義の動かぬ証拠であると見做された。
- 折衷同盟 西暦1,783年1月11日にヴァイスハウプトがツヴァックへの書簡で「我々の最大の関心はフリーメイソンに折衷同盟を導入する事だ。此れが成就すれば、我々は全てを思いの儘にする事が出来る」と称賛した同盟。クニッゲはストリクト・オブザーバンツの指導者達を引き入れ、バイエルン啓明結社の傘下に収めようとした。
- フランス革命実行命令書 西暦1,784年にヴァイスハウプトがザビエル・ツワックに仕立てさせ、特使を使ってマクシミリアン・ロベスピエール宛にフランクフルトからパリへ送ろうとした書物。其の途上で特使が馬車ごと雷に打たれて死亡し、書物は警察官に発見されバイエルン選帝侯領政府の手に渡った。
- 啓明結社原典資料集 西暦1,786年から翌年に掛けてバイエルン選帝侯領政府がツヴァックとバッススの自宅から押収した、クニッゲの署名の入った書簡や論文を含む大量のイルミナティ関連文書を出版した資料集。「啓明結社原典資料集補遺」も翌年出版された。
- 啓明結社員達の弁明 西暦1,786年にヴァイスハウプトが匿名で発表した文書。バイエルン選帝侯領政府による嫌疑を晴らそうとした。
- フィロの最終的説明と回答 西暦1,788年にクニッゲが発表した自己弁護文書(正式名称「啓明結社との関わりに就いて為された様々な要求や質疑に対するフィロの最終的説明と回答」)。バッススが秘密の名「フィロ」がクニッゲ自身であると暴露した為、西暦1,784年7月1日のイルミナティに関し発言しないという誓いを破って執筆された。
インゴルシュタット大学カノン法教授からバイエルン選帝侯領追放迄──
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