電子書籍「イルミナティを刷新し、バイエルン啓明結社を設立したアダム・ヴァイスハウプト一元化」の表紙

イルミナティを刷新し、
バイエルン啓明結社を設立した
アダム・ヴァイスハウプト一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,748年2月6日〜1,788年
ページ数
22ページ
最新更新日
西暦2,026年8月3日

松明の灯る森で、五人の男が結社を刷新した──
アダム・ヴァイスハウプトとバイエルン啓明結社の40年を一元化。

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本書について

西暦1,748年2月6日、アダム・ヴァイスハウプトがバイエルン選帝侯領インゴルシュタット(現在のドイツのバイエルン州)で生誕した。キリスト教に改宗したユダヤ人の血を引いていた。幼少期に孤児となった彼の教育を引き受けたのは学者である叔父で、西暦1,755年からイエズス会の学校に通わせている。ヴァイスハウプトは叔父の蔵書であった最新のフランスの啓蒙思想家達の本を熱心に読み漁った。当時のバイエルン選帝侯領はカトリックの影響が強く保守的であり、彼は王政と教会が思想の自由を抑圧していると考えるに至る。宗教的な考え方は最早現代社会を統治する為の十分な信念体系ではない——其の結論から、ヨーロッパの国家運営を根本的に変える新しい啓蒙の形を身に付ける事を決意した。当時フリーメイソンはヨーロッパ全土で着実に広がり、自由思想家達に魅力的な選択肢を提供していた。ヴァイスハウプトも当初はロッジへの参加を考えたが、其の多くの考えに幻滅し、メンフィスの七賢者の秘儀やカバラ等の秘教的なテーマを扱った本に夢中になり、独自の新しい秘密結社を設立する事を決意する。本書は、此処から始まる40年間を年月日単位で一元化した記録である。

西暦1,770年、メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが、タルムードの教えに基づいた秘密結社「イルミナティ」の設立計画を立案する。そして、表向きはカトリックであったヴァイスハウプトに、其の設立と発展を託した。西暦1,773年8月頃、ヴァイスハウプトはドイツ語圏で唯一のカトリック総合大学であるインゴルシュタット大学の「カノン法」の教授となる。90年間、略全ての講座がイエズス会士によって独占されてきた同大学で、非神学者として初の教授となったのは、学長であり、バイエルンにおける啓蒙思想の主要な支持者の一人で、第5代バイエルン選帝侯マクシミリアン3世ヨーゼフの下で啓蒙主義的改革に着手していたヨハン・アダム・フライヘル・フォン・イックシュタットの推薦によるものであった。之は、イックシュタットが元イエズス会士に対抗する事を意味していた。西暦1,775年、ヴァイスハウプトはゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンの哲学教授ヨハン・ゲオルク・ハインリッヒ・フェーダーから経験論哲学を紹介され、共にイマヌエル・カントの観念論の反対論者となる。同年、「自由と平等を誰もが享受出来る世界の建設」を名目に、哲学・政治理論に関して知的な議論を行う私的サークル「完全論者の教団」を結成した。人間は誰もが王になれる素質を潜在的に有しているとし、王政に反発したのである。

西暦1,776年5月1日の夜、インゴルシュタット近くの森で、メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの指示及び資金提供により、松明の明かりの中、ヴァイスハウプトはインゴルシュタット大学の学生4名と共にイルミナティを刷新し、完全論者の教団を「バイエルン啓明結社」へ改称した。更に、啓蒙されたミネルヴァル・ミネルヴァル・見習いという3つの位階を持つフリーメイソン組織へ改組する。ミネルヴァルはローマ神話の知恵の女神ミネルヴァに因み、社会や国家をどの様に再形成出来るかについての真の知識、即ち啓蒙を広めるという目標を反映していた。アドルフ・クニッゲとバロン・アドルフ・カネガを含む初期メンバーは、支配評議会「アレオパゴス」を設立する。同じ日、ヴァイスハウプトは著書「ノヴス・オルド・セクロールム」を出版し、全ての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界単一政府の樹立、私有財産と遺産相続の撤廃、愛国心と民族意識の根絶、家族制度と結婚制度の撤廃と子供のコミューン教育の実現、全ての宗教の撤廃という五つの行動綱領を掲げた。彼は人間学を、内面に巣食う偏見を認識し封じ込める事によって人間を完成へ導く手段とし、同時にメンバーの動向を管理して秘密の漏洩を防ぎ意の儘に操る手段と位置付ける。一人一人が他者のスパイにならなければならないとし、メンバーには毎月、部下についての観察記録や、性格・出自・経済状況・友人関係・愛読書といった調査票の提出、半生記の執筆を課した。同月中には、彼の下で学んで法学博士号を取得したフランツ・クサーヴァー・フォン・ツヴァックが加入し、右腕となる。だがツヴァックの加入後、バイエルン王国の宮廷官僚が次々と加入して初期メンバーの学生を数で上回ると、ツヴァックとミュンヘンのアレオパゴスメンバーの間に齟齬が生じ始めた。アレオパゴスメンバーはクニッゲに対し、ヴァイスハウプトは自身を全人類中で1番の人間、第2のメシアと思い込んでいて、自身に阿る者の言う事しか取り合わないと不満を漏らしている。

同じ西暦1,776年、ヴァイスハウプトはイルミナティの教義をフリーメイソン騎士団に持ち込み、グランドロッジを設立して秘密本部とした。更に芸術・文学・教育・科学・金融・産業に長けた2,000名の有給の信奉者を募集し、三つの指示を与える。第一に政府転覆——全ての政府及び其の他の分野における高い地位の男達の支配権を得る為に金銭及びセックスによる贈収賄を利用し、一旦嘘・欺瞞・誘惑に陥った有力者は、脅迫・経済的破壊・公衆の面前での暴露、更には自身や家族の死を脅す事により束縛される。第二に教育の破壊——裕福な家庭の並外れた精神力を持つ学部生に奨学金を与え、繰り返される戦争に終止符を打てるのは一つの世界政府だけだという考え方を刷り込み、倫理・政策・措置・宗教・政府・銀行を破壊する様訓練する。彼等はエージェントとして全ての政府の裏側に配置され、任命された政府や宗教の破壊を齎す政策をトップに助言する。第三に報道の破壊——大衆に情報を配信する唯一のメディアである報道機関を支配し、全てのニュースを、ワンワールド政府が唯一の解決策であると信じ込ませる様に偏向する。西暦1,777年にはフリーメイソンロッジ「テオドール・ツム・グーテン・ラート」へ加入し、同年6月29日には、財政赤字で苦しむルイ16世に財政の専門家としてジャック・ネッケルを売り込み、第55代フランス財務長官への任命を実現させた。

西暦1,779年、ヴァイスハウプトはミュンヘンのアレオパゴスメンバーを正式に、共同指導に当たる「最高委員会」として承認する。西暦1,780年7月1日、アドルフ・クニッゲがフランクフルトのロッジで、ヴァイスハウプトの部下コンスタンティン・フォン・コスタンツォと出会った。ヴィルヘルムスバートのフリーメイソン会議に期待する事を止め、自身で新たな結社の設立を考えていたクニッゲに、コスタンツォは、何故新しい結社を設立しようと無益な労力を費やすのか、貴方の知識欲や有益な活動を望む意欲を全て満たす結社が既に存在しているのだと勧誘する。クニッゲは直ちに入会を決意し、当日中に入会した。ヴァイスハウプトは程無くして書簡を送り、クニッゲをアレオパゴスメンバーに迎え入れ、忠誠心の証として勧誘を行う様指示する。クニッゲはプロイセン王国北部のプロテスタント地域へ出向き、持ち前の落ち着きと巧みな組織力で、ストリクト・オブザーバンツの知られざる上位者の詐欺行為に失望していたフリーメイソン会員を中心に、貴族・政治家・医師・弁護士・法学者・知識人らから成る500名もの新規結社員を獲得し、瞬く間にNo2の地位へ上り詰めた。斯うして多くのフリーメイソン会員が加入した結果、両者は一体化し、イルミナティはフリーメイソンの結社となる。会員には古代から取られた象徴的な秘密の名が与えられ、ヴァイスハウプトは「スパルタクス」、クニッゲは「フィロ」であった。階級も複雑になり、クニッゲの提案により、王・魔術師・王子・司祭から成る「王」の階層、イルミナトゥス・ディリゲンス以下の階層、イルミナトゥス・マイナー以下の階層という13の階級と3つの階層に分かれた。

西暦1,781年、クニッゲは結社の内情を明かす様書簡を送る。元フリーメイソン会員の結社員から上位の位階を与える様迫られていたからである。ヴァイスハウプトの回答は、結社はまだ私の頭の中に存在しているだけであり、下部級である養成級が2、3のカトリック地域で設立されているに過ぎない、というものであった。同年7月9日、ヴァイスハウプトとアレオパゴスメンバーは「結社の目的・手段・組織に関するアレオパゴス共同決議」に署名し、目的は学校制度の改革と有用な知識の普及を通じた啓蒙主義の促進であるとした。ヴァイスハウプトはクニッゲこそが探し求めていた協力者であると称賛し、上位位階を設立して組織を完成させる様依頼する。同年12月20日、クニッゲは「アレオパゴスメンバー間の相互契約」を報告した。内容は、ヴァイスハウプトの権限に制限を加え、クニッゲを含めた三者による合議制で運営するというものであった。西暦1,782年、ヴァイスハウプトは政治的・社会的・宗教的な最終目標を記した「新たに採用される監督啓明士に告ぐ」を起草する。同年7月16日から9月1日にかけて、ヴィルヘルムスバートで延期となっていた国際フリーメイソン会議が全36回にわたって開催された。結社が派遣したフランツ・ヴィルヘルム・フォン・ディトフルトは、ストリクト・オブザーバンツの擬似宗教的要素を攻撃する演説を行い、反キリスト的・扇動的であると非難され、撤回を拒否して会議参加資格を剥奪される。一方クニッゲは会議其の物には出席せず、フランクフルトのイングランド・ロッジで決議に失望した会員を個別に勧誘する手法を採り、ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデの協力を得て、カール・ヴィルヘルム・フェルディナントとカール・フォン・ヘッセン・カッセルの勧誘に成功した。だが之に対しヴァイスハウプトは、君主と国家が不要な体制を掲げる理念に反するとして、君侯の入会は極力避けるべきと批判し、クニッゲへの批判を強めてゆく。

西暦1,783年2月11日にヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが、7月1日にヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが結社員となる。西暦1,784年、ヴァイスハウプトは仲間の一人であるザビエル・ツワックにフランス革命実行の命令を一冊の書物に仕立てさせ、特使を使ってマクシミリアン・ロベスピエール宛にフランクフルトからパリへ送ろうとした。しかし其の途上で特使が馬車ごと雷に打たれて死亡した為、書物は警察官に発見されバイエルン選帝侯領政府へ渡る。政府は、有力者の私的グループが戦争や革命を利用して政治的目的を達成しようとしていると確信し、グラントリアンのフリーメイソンのロッジと仲間の有力者達の自宅を家宅捜査する様命じた。ヴァイスハウプトはフランス革命実行の為にメイヤー・アムシェル・ロスチャイルドから数百万フランの資金提供を受け、30,000名の革命分子を雇っていた。同年7月1日、クニッゲはボーデの仲介により結社を脱会する。イエズス会総長の命令に盲目的に従うつもりは無い、又インゴルシュタットの一教授に学生扱いされるつもりも無い——其れが最後の言葉であった。西暦1,785年、ヴァイスハウプトはインゴルシュタット大学の教授職を剥奪され、バイエルン選帝侯領から追放される。最高責任者の座はボーデが継ぎ、ヴァイスハウプトはザクセン・ゴータ・アルテンブルク公国ゴータで余生を過ごした。西暦1,786年、政府は例の書物を「イルミナティ教団及び其の宗派の原文」として一般公開し、ヨーロッパ諸国の国家指導者及びキリスト教会へ警告書を発したが、此の警告は無視され、ロスチャイルド家はフランクフルトで安全に暮らしていた。同年から翌年にかけてツヴァックとトーマス・フライヘア・フォン・バッススが家宅捜索を受け、押収文書は「啓明結社原典資料集」等として出版される。ヴァイスハウプトは匿名で「啓明結社員達の弁明」を発表して嫌疑を晴らそうとした。そして西暦1,788年、クニッゲは「啓明結社との関わりに就いて為された様々な要求や質疑に対するフィロの最終的説明と回答」を発表し、凡ゆる秘密結社から手を引いた事を明言する。一つの結社が生まれ、膨れ上がり、暴かれるまでの全過程を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • アダム・ヴァイスハウプト 本書の中心人物。西暦1,748年2月6日、バイエルン選帝侯領インゴルシュタットで生誕し、キリスト教に改宗したユダヤ人の血を引いていた。西暦1,773年8月頃にインゴルシュタット大学のカノン法教授となり、西暦1,775年に完全論者の教団を結成。西暦1,776年5月1日の夜、イルミナティを刷新して「バイエルン啓明結社」へ改称し、秘密の名を「スパルタクス」とした。西暦1,785年に教授職を剥奪されてバイエルン選帝侯領から追放され、ザクセン・ゴータ・アルテンブルク公国ゴータで余生を過ごした。
  • メイヤー・アムシェル・ロスチャイルド 西暦1,770年、タルムードの教えに基づいた秘密結社「イルミナティ」の設立計画を立案し、表向きはカトリックであったアダム・ヴァイスハウプトに其の設立と発展を託した人物。西暦1,776年5月1日の刷新は、彼の指示及び資金提供によるものであり、西暦1,784年にはフランス革命実行の為に数百万フランを提供している。
  • アドルフ・クニッゲ 秘密の名は「フィロ」。西暦1,776年5月1日の初期メンバーとしてアレオパゴスを設立した一人であり、西暦1,780年7月1日にコンスタンティン・フォン・コスタンツォの勧誘を受けて正式に入会した。プロイセン王国北部で500名もの新規結社員を獲得してNo2の地位へ上り詰め、13の階級と3つの階層から成る位階制を提案した。西暦1,784年7月1日に脱会し、西暦1,788年には「フィロの最終的説明と回答」を発表している。
  • フランツ・クサーヴァー・フォン・ツヴァック アダム・ヴァイスハウプトの下で学び、インゴルシュタット大学の法学博士号を取得した人物。西暦1,776年5月中に加入してヴァイスハウプトの右腕となった。其の加入後、バイエルン王国の宮廷官僚が次々に加入し、ミュンヘンのアレオパゴスメンバーとの間に齟齬が生じ始める。西暦1,786年から翌年にかけて、イルミナティの中核として家宅捜索を受けた。
  • ヨハン・アダム・フライヘル・フォン・イックシュタット インゴルシュタット大学学長であり、バイエルンにおける啓蒙思想の主要な支持者の一人。第5代バイエルン選帝侯マクシミリアン3世ヨーゼフの下で啓蒙主義的改革に着手していた。90年間略全ての講座がイエズス会士に独占されてきた同大学で、ヴァイスハウプトが非神学者として初の教授となったのは彼の推薦によるもので、之は元イエズス会士に対抗する事を意味していた。
  • ヨハン・ゲオルク・ハインリッヒ・フェーダー ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンの哲学教授。西暦1,775年、アダム・ヴァイスハウプトに経験論哲学を紹介し、両名は共にイマヌエル・カントの観念論の反対論者となった。ヴァイスハウプトは彼から実践哲学についての講義を委託され、人間研究と実践的思考法を開始している。
  • バロン・アドルフ・カネガ 西暦1,776年5月1日の初期メンバーの一人で、アレオパゴスを設立した。西暦1,780年、フリーメイソンの儀式に似たものを採用しようとし、元フリーメイソンであったアドルフ・クニッゲの賛成を得て採用された。
  • コンスタンティン・フォン・コスタンツォ アダム・ヴァイスハウプトの部下である結社員。当初ヴァイスハウプトの弟子に限られていた活動範囲を、フリーメイソンを取り込んでプロイセン王国のプロテスタント地域へ拡大させる為、結社員獲得の旅に出ていた。西暦1,780年7月1日、フランクフルトのロッジでアドルフ・クニッゲを勧誘し、当日中の入会を実現させた。
  • フランツ・ヴィルヘルム・フォン・ディトフルト 秘密の名は「ミノス」。ヴェッツラーの帝室裁判所司法官試補。西暦1,782年7月16日からのヴィルヘルムスバート国際フリーメイソン会議に派遣され、ヴァイスハウプトの支持を背景にストリクト・オブザーバンツの擬似宗教的要素を攻撃する演説を行った。反キリスト的・扇動的であると非難され、撤回と信仰告白の提出を要求されたが拒否し、会議参加資格を剥奪されて会期途中で去った。
  • カール・ヴィルヘルム・フェルディナント ヴィルヘルムスバート国際フリーメイソン会議を号令により招集した人物。アドルフ・クニッゲの改革案を評価して会議への正式参加を要請した。西暦1,782年、クニッゲとヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデの勧誘により結社員となる。ヴァイスハウプトは、将来的に彼の支配下となる事を警戒し、クニッゲの排除を決意した。
  • カール・フォン・ヘッセン・カッセル 西暦1,782年、カール・ヴィルヘルム・フェルディナントと共にアドルフ・クニッゲの勧誘により結社員となった人物。此の二名の勧誘を、アダム・ヴァイスハウプトは結社がストリクト・オブザーバンツに売り飛ばされたも同然と見做し、クニッゲの脱会の背景となった。
  • ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデ ザクセン・ゴータ・アルテンブルク公エルンスト2世の代理としてヴィルヘルムスバート国際フリーメイソン会議に参加した人物。以降、アドルフ・クニッゲと並んで北ドイツ・中部ドイツにおける熱心な活動家となった。西暦1,783年にはゲーテの入会を仲介し、西暦1,784年7月1日にはクニッゲの脱会を仲介する。西暦1,785年、ヴァイスハウプトの追放によりバイエルン啓明結社の最高責任者となった。
  • ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ ドイツの文豪。西暦1,783年2月11日、ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデを通じてバイエルン啓明結社員となった。
  • ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー ドイツの哲学者。西暦1,783年7月1日、バイエルン啓明結社員となった。
  • ザビエル・ツワック アダム・ヴァイスハウプトの仲間の一人。西暦1,784年、ヴァイスハウプトの命によりフランス革命実行の命令を一冊の書物に仕立てた。西暦1,786年10月11日にはバイエルン選帝侯領政府の家宅捜索を受け、倉庫にあった文書が押収される。其の中には、西暦1,776年5月1日にヴァイスハウプトが掲げた行動綱領や、イルミナティの儀式に関する文書が含まれていた。
  • マクシミリアン・ロベスピエール 西暦1,784年、フランス革命実行の命令を仕立てた書物の宛先とされた人物。書物はフランクフルトからパリへ送られる途上、特使が馬車ごと雷に打たれて死亡した為に届かず、警察官に発見されてバイエルン選帝侯領政府へ渡った。
  • トーマス・フライヘア・フォン・バッスス イルミナティの中核の一人。西暦1,786年から翌年にかけて、フランツ・クサーヴァー・フォン・ツヴァックと共に家宅捜索を受けた。また、アドルフ・クニッゲの秘密の名である「フィロ」が本人である事を暴露し、西暦1,788年のクニッゲによる自己弁護文書の発表と、発言しないという誓いの破棄を招いた。
  • ルイ16世 西暦1,777年6月29日、ジャック・ネッケルを第55代フランス財務長官に任命した国王。財政赤字で苦しむ彼に対し、アダム・ヴァイスハウプトが財政の専門家としてネッケルを売り込む事で実現した人事であった。
  • ジャック・ネッケル 西暦1,777年6月29日に第55代フランス財務長官へ任命された人物。職務は事実上の財務総監であったが、プロテスタントであった為、名目上は在任中一貫して財務長官であった。給与を拒否したが最高国務会議には入れず、外国銀行からの借入金の削減、500以上の官職の廃止、土地税と人頭税の均等分配、質屋「モン・ド・ピエテ」の設置等を実行し、妻シュザンヌ・ネッケルと共に病院や刑務所を訪問して人気を得た。
  • カール・フリードリヒ・バールト 啓蒙思想家で神学者。西暦1,788年、凡ゆる秘密結社から手を引いた事を明言した文書を発表した頃のアドルフ・クニッゲが、接触を開始していた相手である。

主要な概念・組織

  • イルミナティ 西暦1,770年、メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドがタルムードの教えに基づいて設立を計画した秘密結社。其の目的は、政治的・経済的・社会的・宗教的手段を通じてゴイムを分断する事にあった。西暦1,776年5月1日、アダム・ヴァイスハウプトによって刷新される。
  • インゴルシュタット大学 ドイツ語圏で唯一のカトリック総合大学。90年間、略全ての講座がイエズス会士によって独占されていた。西暦1,773年8月頃、アダム・ヴァイスハウプトが学長イックシュタットの推薦により、非神学者として初のカノン法教授となる。西暦1,785年、ヴァイスハウプトは此の教授職を剥奪された。
  • 完全論者の教団 西暦1,775年、アダム・ヴァイスハウプトが「自由と平等を誰もが享受出来る世界の建設」を名目に結成した私的サークル。哲学・政治理論に関して知的な議論を行い、人間は誰もが王になれる素質を潜在的に有しているとして王政に反発した。西暦1,776年5月1日にバイエルン啓明結社へ改称される。
  • バイエルン啓明結社 西暦1,776年5月1日の夜、インゴルシュタット近くの森で、松明の明かりの中、アダム・ヴァイスハウプトが大学の学生4名と共に完全論者の教団を改称して生まれた結社。啓蒙されたミネルヴァル・ミネルヴァル・見習いの3位階を持つフリーメイソン組織へ改組された。ミネルヴァルはローマ神話の知恵の女神ミネルヴァに因み、社会や国家をどの様に再形成出来るかについての真の知識を広める目標を反映していた。
  • ノヴス・オルド・セクロールム 西暦1,776年5月1日にアダム・ヴァイスハウプトが出版した著書。全ての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界単一政府の樹立、私有財産と遺産相続の撤廃、愛国心と民族意識の根絶、家族制度と結婚制度の撤廃と子供のコミューン教育の実現、全ての宗教の撤廃という五つの行動綱領を掲げた。西暦1,786年10月11日、ザビエル・ツワック宅の家宅捜索で押収された文書に此の綱領が含まれていた。
  • アレオパゴス アドルフ・クニッゲとバロン・アドルフ・カネガを含む初期メンバーが設立した支配評議会。西暦1,779年、ミュンヘンのアレオパゴスメンバーは正式に、共同指導に当たる「最高委員会」として承認された。ヴァイスハウプトの専制的指導と批判的性格を巡り、ツヴァック加入後は対立が続いた。
  • 相互監視と人間学 アダム・ヴァイスハウプトが結社の理論的・精神的支柱とした手法。人間学を、内面に巣食う偏見を認識し封じ込める事で人間を完成へ導く手段とし、同時にメンバーの動向を管理して秘密の漏洩を防ぎ意の儘に操る手段と位置付けた。一人一人が他者のスパイにならなければならないとし、毎月、部下の観察記録や、性格・出自・経済状況・友人関係・愛読書といった調査票の提出、半生記の執筆を課している。
  • グランドロッジと2,000名の信奉者 西暦1,776年、アダム・ヴァイスハウプトがイルミナティの教義をフリーメイソン騎士団へ持ち込んで設立した秘密本部と、芸術・文学・教育・科学・金融・産業に長けた有給の信奉者。信奉者には、贈収賄と脅迫による政府転覆、奨学金とエージェント配置による教育の破壊、報道機関の支配による報道の破壊という三つの指示が与えられた。
  • フリーメイソンとの一体化 西暦1,780年、アドルフ・クニッゲが500名もの新規結社員を獲得した結果、多くのフリーメイソン会員が加入して両者が一体化し、イルミナティがフリーメイソンの結社となった事。会員には古代から取られた象徴的な秘密の名が与えられ、ヴァイスハウプトは「スパルタクス」、クニッゲは「フィロ」であった。階級もクニッゲの提案により、13の階級と3つの階層に分かれた。
  • ストリクト・オブザーバンツ プロイセン王国北部のロッジの大半を傘下に収めていた組織。知られざる上位者の詐欺行為により失望していた会員が、アドルフ・クニッゲの勧誘の主な対象となった。西暦1,782年のヴィルヘルムスバート国際フリーメイソン会議では、知られざる上位者の存在が公式に否定されている。
  • アレオパゴス共同決議と位階制の整備 西暦1,781年7月9日に署名された「結社の目的・手段・組織に関するアレオパゴス共同決議」と、同年12月20日にアドルフ・クニッゲが報告した「アレオパゴスメンバー間の相互契約」。前者は目的を学校制度の改革と有用な知識の普及を通じた啓蒙主義の促進とし、後者はヴァイスハウプトの権限に制限を加え、クニッゲを含めた三者による合議制での運営を定めた。
  • 新たに採用される監督啓明士に告ぐ 西暦1,782年、アダム・ヴァイスハウプトが結社の政治的・社会的・宗教的な最終目標を記して起草した文書。多くの結社員から啓蒙主義精神の神髄であるとして称賛された。後に啓明結社原典資料集補遺へ収録され、君主国家に対する謀反を企てる啓明主義の動かぬ証拠と見做される。
  • ヴィルヘルムスバート国際フリーメイソン会議 西暦1,782年7月16日から9月1日にかけて全36回にわたり開催された会議。カール・ヴィルヘルム・フェルディナントの号令により招集された。結社の真の起源と目標、ストリクト・オブザーバンツの聖堂騎士団伝説と知られざる上位者の検証等が議題となり、知られざる上位者の存在は公式に否定された。延命策として「聖都市の善き騎士」の高位階制の採用が決議されたが、採用するロッジは急激に減少し、本来の役割を果たせなかった。
  • 折衷同盟 西暦1,783年1月11日、アダム・ヴァイスハウプトがフランツ・クサーヴァー・フォン・ツヴァックへの書簡で、我々の最大の関心はフリーメイソンに之を導入する事だと述べた構想。之が成就すれば全てを思いの儘に出来るとした。アドルフ・クニッゲは、ストリクト・オブザーバンツの指導者達を引き入れる事で、折衷同盟を結社の傘下に収めようとした。
  • フランス革命実行命令書 西暦1,784年、アダム・ヴァイスハウプトがザビエル・ツワックに仕立てさせ、マクシミリアン・ロベスピエール宛にフランクフルトからパリへ送ろうとした書物。特使が途上で馬車ごと雷に打たれて死亡した為、警察官に発見されバイエルン選帝侯領政府へ渡った。政府は有力者の私的グループが戦争や革命を利用して政治的目的を達成しようとしていると確信し、家宅捜査を命じている。西暦1,786年、「イルミナティ教団及び其の宗派の原文」として一般公開された。
  • 啓明結社原典資料集 西暦1,786年から翌年にかけて、バイエルン選帝侯領政府がフランツ・クサーヴァー・フォン・ツヴァックとトーマス・フライヘア・フォン・バッススの家宅捜索で押収した文書を出版したもの。アドルフ・クニッゲの署名の入った書簡や論文が数多く含まれ、翌年出版の補遺には「新たに採用される監督啓明士に告ぐ」が収録された。フランス革命勃発後は、ジャコバン派を準備する思想であると反革命陣営によって位置付けられる。
  • 啓明結社員達の弁明 西暦1,786年、アダム・ヴァイスハウプトが匿名で発表した文書。嫌疑を晴らそうとしたものである。
  • フィロの最終的説明と回答 西暦1,788年にアドルフ・クニッゲが発表した自己弁護の文書。正式には「啓明結社との関わりに就いて為された様々な要求や質疑に対するフィロの最終的説明と回答」。結社の目的とイデオロギーは主張される様な危険なものではないとし、上層部による専制主義と結社員の道具化を批判して脱会を正当化した。凡ゆる秘密結社から手を引いた事を明言し、秘密結社の有益性を否定している。

結社の誕生から、押収された文書の公開まで──
アダム・ヴァイスハウプトとイルミナティの全過程を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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