アーネスト・カッセルが手引きした
ロスチャイルド系軍需企業「ヴィッカース社」に
日本海軍が発注した戦艦
富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島一元化
西暦1,828年、義父の製鋼会社から始まった──
ヴィッカース社と日本海軍の九十一年を年月日単位で一元化。
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本書について
西暦1,828年、エドワード・ヴィッカースが義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得し、「ネイラー・ヴィッカース&カンパニー」へ社名を変更した。同社は其の後、ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴーの兵器工場、シェフィールド・エリスの工場、ウォルニー島の海軍造船所を買収して巨大企業へと成長してゆく。西暦1,867年には株式会社化して「ヴィッカース・サンズ&カンパニー」となり、西暦1,885年、シェフィールドに大型船舶向けの作業を可能にする鍛造プレスを設置すると、程無くして戦艦用の装甲板の製造を開始した。本書は、此処から西暦1,919年に至る九十一年を、年月日単位で一元化した記録である。
日本側の事情も動いていた。西暦1,891年11月26日の第2回帝国議会で、富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算が否決される。翌西暦1,892年5月6日の第3回帝国議会でも、11月29日の第4回帝国議会でも結果は同じであった。此れを受けて明治天皇は、自らの宮中費を節約する建艦詔勅を発し、議会を通過させる。西暦1,894年8月1日、日本政府がヴィッカース・サンズ&カンパニーへ発注した最初の戦艦「富士」がロンドンのテームズ社で起工され、12月28日には富士型戦艦「八島」が、サー・ウィリアム・アームストロング・ミッチェル有限責任会社のエルジック造船所で起工された。翌西暦1,895年7月、西郷隆盛の弟で初代海軍大臣の西郷従道は、200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として、一等甲鉄戦艦4隻を筆頭とする「海軍拡張計画」を閣議へ提出し、承認を得る。
西暦1,897年、大株主がN・M・ロスチャイルド&サンズで軍用機器や造船の製造を行う「ヴィッカース社」が、バロー・イン・ファーネスのバロー造船会社を買収し、同時に其の子会社となっていたマキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社も買収して「ヴィッカース・サンズ&マキシム社」が設立される。此の買収を担ったのが、アーネスト・カッセルであった。設立に際してN・M・ロスチャイルド&サンズは1,900,000ポンドの新株発行を実施し、ロスチャイルド家は相当数の株式を保有して経営に直接関与する。買収により同社は、高精度な600発/分の発射性能を持つマキシム機関銃を手中に収めた。バジル・ザハロフは、イギリス・ドイツ・ロシア帝国・オスマン帝国・ギリシャ・スペイン・日本・アメリカ等へ軍需品を販売していった。同年、デュポン社・ノーベル・ケルン・コットワイラーの4社による国際的な権力トラストが形成され、世界は4つの販売地域に分割される。
海軍拡張計画の一環として、日本政府はヴィッカース・サンズ&マキシム社へ敷島型戦艦を次々と発注した。西暦1,897年3月29日に、日本の美称を冠した「敷島」がイギリスのテムズ鉄工造船工業社で、8月18日に「朝日」がスコットランドのジョン・ブラウン&カンパニーで、西暦1,898年1月10日に「初瀬」がアームストロング・ホイットワース社のエルジック造船所で起工される。同年9月26日には「三笠」が発注された——日本政府が同社へ戦艦を発注するのは、此れで6隻目であった。其の間、同社の製品は、J&Wセリグマン社がキューバの砂糖を手に入れる為に引き起こした西暦1,898年の米西戦争で試され、西暦1,899年の第二次ボーア戦争では、ボーア人へ37mm機関砲「QF 1ポンド砲」が販売されている。
西暦1,904年、日本政府は香取型戦艦「鹿島」と「香取」を発注する。香取は、日本海軍の戦艦としては最後の日本国外で建造された戦艦となった。同年5月14日の夜、ロシア帝国海軍の敷設艦アムールが老鉄山沖へ機雷50個を敷設する。翌15日11時頃、旅順港閉塞作戦中の初瀬が其の機雷を左舷艦底に受けて舵機が故障し、航行不能となった。晴天で、乗組員達は全く警戒していなかったという。左舷傾斜して艦後部が沈下し、12時33分の2度目の触雷で後部火薬庫が爆発、艦後部より沈没する。同じ頃、初瀬の救援に向かった八島も触雷し、夕方に戦没した。
西暦1,905年9月4日、ポーツマスで講和条約が結ばれ、樺太が北緯50度線を境に北はロシア帝国・南は日本へ分割され、南満洲鉄道の権益がロシア帝国から日本へ譲渡された。エドワード・ヘンリー・ハリマンは南満洲鉄道を買収して合弁会社とすべく動き、ジェイコブ・シフが其れを支援して日本へ売却を働き掛ける。此の買収計画を練ったのは、駐韓アメリカ公使秘書兼副領事のウィラード・ストレートであった。ハリマンは、日本政府が日露戦争の戦費調達の為に発行した外国借款の返済に苦労するだろうと見越していたが、実際に日本は賠償金を取れず、相場よりも高い利回りで公債を発行した事が災いして多額の債務に苦しめられる事となる。ヴィッカース・サンズ&マキシム社は両陣営へ様々な兵器を供給し、ロシア帝国にもバルチック艦隊壊滅後の海軍再建の為に190,000,000ポンドの高利融資が為された。西暦1,911年、同社は航空機部門を新設して「ヴィッカース・リミテッド社」へ社名を変更し、キャメル・レアード社・ホワイトヘッド社・チルワース火薬社・ハーヴェイ装甲板社の取締役に名を連ねる。兵器生産の全領域がロスチャイルド家等との複雑な利害関係を生じ、非合法な極秘のカルテルを形成していた。西暦1,919年9月8日、メトロポリタン・キャリッジ・ワゴン社の買収とウェスティングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーの支配権獲得により「メトロポリタン・ヴィッカース電気社」が設立される——本書は、此の一連の流れを一冊に束ねている。
登場人物
- エドワード・ヴィッカース 西暦1,828年、義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得し、「ネイラー・ヴィッカース&カンパニー」へ社名を変更した人物。同社は其の後、ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴーの兵器工場、シェフィールド・エリスの工場、ウォルニー島の海軍造船所を買収して巨大企業へと成長した。
- アーネスト・カッセル 西暦1,897年、ヴィッカース社によるバロー造船会社と、其の子会社であったマキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社の買収を担った人物。此の買収によってヴィッカース・サンズ&マキシム社が設立され、同社は高精度な600発/分の発射性能を持つマキシム機関銃を手中に収めた。
- バジル・ザハロフ ヴィッカース・サンズ&マキシム社の軍需品販売を担った人物。イギリス・ドイツ・ロシア帝国・オスマン帝国・ギリシャ・スペイン・日本・アメリカ等へ販売していった。日露戦争で日本に敗北したロシア帝国が新しい装備を必要とすると、ツァリーツィンに兵器生産複合施設を建設する事で対応している。
- 西郷従道 西郷隆盛の弟で、初代海軍大臣。西暦1,895年7月、200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として、一等甲鉄戦艦4隻・一等巡洋艦4隻等から成る「海軍拡張計画」を閣議へ提出し、承認を得た。敷島・朝日・初瀬・三笠は、此の計画の一環として発注される。
- 明治天皇 富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算が、第2回から第4回の帝国議会で三度に渡り否決された事を受け、自らの宮中費を節約する建艦詔勅を発し、予算を議会に通過させた。
- エドワード・ヘンリー・ハリマン 西暦1,905年のポーツマス講和条約後、南満洲鉄道を買収して合弁会社とすべく動いた人物。日本政府が日露戦争の戦費調達の為に発行した外国借款の返済に苦労するだろうと見越し、其の買収を申し込んだ。
- ジェイコブ・シフ ハリマンの南満洲鉄道買収を支援し、日本へ売却を働き掛けた人物。清に並々ならぬ関心を寄せていた為、ウィラード・ストレートから此の計画の話を通された。
- ウィラード・ストレート 駐韓アメリカ公使秘書兼副領事。南満洲鉄道の買収計画を練った人物で、ハリマンがシベリア横断鉄道の買収を図っていた頃にソウルを訪れた際、其の計画を話した。
本書が記録する八隻の戦艦
- 富士 日本政府がヴィッカース・サンズ&カンパニーへ発注した最初の戦艦。西暦1,894年8月1日にロンドンのテームズ社で起工され、西暦1,896年3月31日に進水、西暦1,897年8月10日に竣工した。艦名は富士山に因む。日露戦争では三笠を旗艦とする第一艦隊第一戦隊に所属し、旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加した。
- 八島 富士型戦艦。西暦1,894年12月28日にサー・ウィリアム・アームストロング・ミッチェル有限責任会社のエルジック造船所で起工され、西暦1,896年2月28日に進水、西暦1,897年9月9日に竣工した。艦名は、イザナギとイザナミが産み出した大八洲に由来する。日露戦争では第一艦隊第一戦隊の4番艦として戦い、西暦1,904年5月15日、初瀬の救援中に触雷して夕方に戦没した。
- 敷島 敷島型戦艦。西暦1,897年3月29日にイギリスのテムズ鉄工造船工業社で起工され、西暦1,898年11月1日に進水、西暦1,900年1月26日に竣工した。艦名は日本の美称を冠したもの。日露戦争では旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加し、西暦1,920年の尼港事件では沿海州の警備を担当した。
- 朝日 敷島型戦艦。西暦1,897年8月18日にスコットランドの造船会社ジョン・ブラウン&カンパニーによって起工され、西暦1,899年3月13日に進水、西暦1,900年7月31日に竣工した。日露戦争では旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加し、第一次世界大戦では西暦1,918年に第三艦隊第五戦隊の旗艦として、ウラジオストク方面の警備を担当した。
- 初瀬 敷島型戦艦。西暦1,898年1月10日にアームストロング・ホイットワース社のエルジック造船所で起工され、西暦1,899年6月27日に進水、西暦1,901年1月18日に竣工した。艦名は初瀬川に由来する。日露戦争では第一艦隊第一戦隊の3番艦として戦い、西暦1,904年5月15日、旅順港閉塞作戦中に老鉄山沖で触雷、2度目の触雷による後部火薬庫の爆発で艦後部より沈没した。
- 三笠 敷島型戦艦。西暦1,898年9月26日に発注され、日本政府がヴィッカース社へ戦艦を発注するのは此れで6隻目であった。西暦1,899年1月24日にバロー・イン・ファーネスの造船所で起工され、西暦1,900年11月8日に進水、西暦1,902年3月1日に竣工。艦名は三笠山(現在の若草山)に因む。竣工後は連合艦隊に編入され、第2代旗艦となった。
- 香取 香取型戦艦。西暦1,904年4月27日にヴィッカース・サンズ&マキシム社のバロー・イン・ファーネス造船所で起工され、西暦1,905年7月4日に進水、西暦1,906年5月20日に竣工した。日本海軍の戦艦としては、最後の日本国外で建造された戦艦である。艦名は香取神宮に由来し、日露戦争後は主力艦として活躍して、皇太子時代の大正天皇・昭和天皇の御召艦として度々使用された。
- 鹿島 香取型戦艦。西暦1,904年2月29日にアームストロング・ホイットワース社エルジック造船所で起工され、西暦1,905年3月22日に進水、西暦1,906年5月23日に竣工した。艦名は鹿島神宮に由来する。竣工後は、供奉艦としての役割を担った。
主要な企業・組織
- ネイラー・ヴィッカース&カンパニー 西暦1,828年、エドワード・ヴィッカースが義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得して改称した会社。ロスチャイルド家等の投資を受けて買収を重ね、西暦1,867年に株式会社化して「ヴィッカース・サンズ&カンパニー」となった。西暦1,885年には戦艦用の装甲板の製造を開始している。
- ヴィッカース・サンズ&マキシム社 西暦1,897年、ヴィッカース社がバロー造船会社と、其の子会社であったマキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社を買収して設立された会社。買収を担ったのはアーネスト・カッセルで、N・M・ロスチャイルド&サンズは1,900,000ポンドの新株発行を実施し、ロスチャイルド家は相当数の株式を保有して経営に直接関与した。西暦1,902年には、ライバルであるウィリアム・ベアードモア&カンパニーの株式の半数も取得している。
- N・M・ロスチャイルド&サンズ 軍用機器や造船の製造を行うヴィッカース社の大株主。ヴィッカース・サンズ&マキシム社の設立に際しては、1,900,000ポンドの新株発行を実施した。
- 海軍拡張計画 西暦1,895年7月、西郷従道が200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として閣議へ提出し、承認を得たもの。一等甲鉄戦艦4隻、一等巡洋艦4隻、二等巡洋艦3隻、三等巡洋艦2隻、水雷砲艦3隻、水雷母艦兼工作船1隻、水雷駆逐艇12隻、一等水雷艇16隻、二等水雷艇37隻、三等水雷艇10隻から成る。
- 海軍軍艦及び水雷艇類別標準 西暦1,898年3月21日に日本海軍が制定した基準。10,000t以上の戦艦が一等戦艦と定義され、富士・八島・朝日・敷島が一等戦艦となった。
- 権力トラストと極秘のカルテル 西暦1,897年に形成された、デュポン社・ノーベル・ケルン・コットワイラーの4社による国際的な権力トラスト。世界は4つの販売地域に分割された。更に西暦1,911年、ヴィッカース・リミテッド社はキャメル・レアード社・ホワイトヘッド社・チルワース火薬社・ハーヴェイ装甲板社の取締役に名を連ね、兵器生産の全領域がロスチャイルド家等との複雑な利害関係を生じて、非合法な極秘のカルテルを形成していた。
- ヴィッカース・テルニ社 西暦1,905年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社がテルニ製鉄所を含むイタリアの3社と連携して設立した合弁会社。第二次世界大戦では、自動砲「40mmヴィッカース・テルニ」をイタリア海軍へ供給した。
- ヴィッカース・リミテッド社 西暦1,911年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社が航空機部門を新設して社名を変更した会社。航空機製造に乗り出した。
- メトロポリタン・ヴィッカース電気社 西暦1,919年9月8日、ヴィッカース・リミテッド社がメトロポリタン・キャリッジ・ワゴン社を買収し、ウェスティングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーの株式を取得して支配権を獲得し、設立した会社。当初は発電機を主に扱っていたが、後に蒸気タービン・開閉装置・変圧器・電子機器・鉄道牽引装置の製造を行い、多角化していった。
- 米西戦争と第二次ボーア戦争 西暦1,898年4月21日の米西戦争は、J&Wセリグマン社がキューバの砂糖を手に入れる為に引き起こしたもので、此の戦争でヴィッカース・サンズ&マキシム社の製品が試された。西暦1,899年10月11日の第二次ボーア戦争は、セシル・ローズの支援を受けたアルフレッド・ミルナー等によって引き起こされ、狙いはトランスヴァール共和国ウィットウォーターズランドの金とダイヤモンド鉱山であった。同社はボーア人へ37mm機関砲「QF 1ポンド砲」を販売している。
富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島──
八隻の戦艦を巡る全経緯を一元化。
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