電子書籍「アーネスト・カッセルが手引きしたロスチャイルド系軍需企業『ヴィッカース社』に日本海軍が発注した戦艦富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島一元化」の表紙

アーネスト・カッセルが手引きした
ロスチャイルド系軍需企業「ヴィッカース社」に
日本海軍が発注した戦艦
富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,828年〜1,919年9月8日
最新更新日
西暦2,026年1月17日

シェフィールドの鍛造プレス、テームズ社の造船所、エルジック造船所、バロー・イン・ファーネスのドック、第2回・第3回・第4回帝国議会の議場、明治天皇の建艦詔勅、老鉄山沖の機雷50個、旅順港の閉塞作戦、日本海海戦、ポーツマスの講和会議──
エドワード・ヴィッカースのネイラー&サンダーソン社経営権取得から、ロスチャイルド家投資による巨大企業化、アーネスト・カッセルが手引きしたヴィッカース・サンズ&マキシム社設立、日本海軍が発注した8隻の戦艦(富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島)の起工・進水・竣工、日露戦争での老鉄山沖機雷による初瀬・八島の戦没、ポーツマス条約後のロシア帝国海軍再建への190,000,000ポンド高利融資、メトロポリタン・ヴィッカース電気社設立迄、ロスチャイルド家の代理人カッセルとヴィッカース社が日本海軍の戦艦を製造した91年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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本書について

西暦1,828年、エドワード・ヴィッカースが、義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得し「ネイラー・ヴィッカース&カンパニー」に社名変更した。其の後は、ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴー(イギリスのスコットランド)の兵器工場、シェフィールド(イギリス)・エリス(イギリスのロンドン)の工場、ウォルニー島(イギリス)の海軍造船所の買収を通じて、巨大企業へと成長していった。西暦1,867年、ネイラー・ヴィッカース&カンパニーが株式会社化し「ヴィッカース・サンズ&カンパニー」となった。西暦1,885年、ヴィッカース・サンズ&カンパニーが、シェフィールドにて、大型船舶向けの作業を可能にする鍛造プレスを設置し、程無くして同社は、戦艦用の装甲板の製造を開始した。本書は、此のヴィッカース社の発祥から、アーネスト・カッセルが手引きしたヴィッカース・サンズ&マキシム社の設立、日本海軍が発注した8隻の戦艦(富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島)の起工・進水・竣工、日露戦争での運用、ポーツマス条約後のロスチャイルド・ネットワークによる戦後処理、メトロポリタン・ヴィッカース電気社設立迄、91年間に亘る系譜を、一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。

西暦1,891年11月26日、第2回帝国議会が開会された。此の議会で富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算が否決された。西暦1,892年5月6日に開会された第3回帝国議会でも、同年11月29日に開会された第4回帝国議会でも、富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算は否決された。此れを受けて明治天皇は、自らの宮中費を節約する建艦詔勅を発し、議会を通過させた。西暦1,894年8月1日、日本政府がヴィッカース・サンズ&カンパニーに発注した最初の戦艦「富士」が、ロンドンのテームズ社で起工された。同年12月28日、富士型戦艦「八島」が、サー・ウィリアム・アームストロング・ミッチェル有限責任会社のエルジック造船所(イギリスのニューカッスル・アポン・タイン)にて起工された。西暦1,895年7月、西郷隆盛の弟で初代海軍大臣の西郷従道が、200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として、一等甲鉄戦艦4隻、一等巡洋艦4隻、二等巡洋艦3隻、三等巡洋艦2隻、水雷砲艦3隻、水雷母艦兼工作船1隻、水雷駆逐艇12隻、一等水雷艇16隻、二等水雷艇37隻、三等水雷艇10隻を建造する「海軍拡張計画」を閣議に提出し、承認を得た。

西暦1,896年2月28日に八島が、同年3月31日に富士が進水した。西暦1,897年、大株主がN・M・ロスチャイルド&サンズで軍用機器や造船の製造を行う「ヴィッカース社」が、バロー・イン・ファーネス(イギリスのカンブリア州)の造船会社である「バロー造船会社」を買収し、同時にバロー造船会社の子会社となっていたマキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社を買収して「ヴィッカース・サンズ&マキシム社」が設立された。此の買収を担ったのは、アーネスト・カッセルであった。設立に際し、N・M・ロスチャイルド&サンズは、1,900,000ポンドの新株発行を実施した。ロスチャイルド家は、相当数の株式を保有し、経営に直接関与した。マキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社の買収により、ヴィッカース・サンズ&マキシム社は、高精度な600発/分の発射性能を持つマキシム機関銃を手中に収めた。又、バジル・ザハロフは、イギリス・ドイツ・ロシア帝国・オスマン帝国・ギリシャ・スペイン・日本・アメリカに軍需品を販売していった。同年、デュポン社・ノーベル・ケルン・コットワイラーの4社による国際的な権力トラストが形成され、世界が4つの販売地域に分割された。

西暦1,897年3月29日、海軍拡張計画の一環で日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した、日本の美称を冠した敷島型戦艦「敷島」が、イギリスのテムズ鉄工造船工業社にて起工された。同年8月10日、富士が竣工し、其の後の日露戦争で富士は、三笠を旗艦とする第一艦隊第一戦隊に所属し、旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加した。同年8月18日、海軍拡張計画の一環で日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した敷島型戦艦「朝日」が、スコットランドの造船会社ジョン・ブラウン&カンパニーによって起工された。同年9月9日、八島が竣工し、其の後の日露戦争では第一艦隊第一戦隊の4番艦として戦闘に参加した。西暦1,898年1月10日、海軍拡張計画の一環で日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した敷島型戦艦「初瀬」が、アームストロング・ホイットワース社のエルジック造船所で起工された。艦名は初瀬川(現在の奈良県)に由来する。

西暦1,898年3月21日、日本海軍が海軍軍艦及び水雷艇類別標準を制定し、10,000t以上の戦艦が一等戦艦と定義され、富士・八島・朝日・敷島が一等戦艦となった。同年4月21日、米西戦争が勃発した。J&Wセリグマン社がキューバの砂糖を手に入れる為に引き起こした戦争で、ヴィッカース・サンズ&マキシム社の製品が試された。同年9月26日、海軍拡張計画の一環で日本海軍がヴィッカース・サンズ&マキシム社に敷島型戦艦「三笠」を発注した。日本政府が同社に戦艦を発注するのは此れで6隻目であった。同年11月1日、敷島が進水した。西暦1,899年1月24日、日本海軍がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した三笠が、同社のバロー・イン・ファーネス(現在のイギリスのカンブリア州)の造船所にて起工された。艦名は三笠山(現在の奈良県奈良市雑司町の若草山)に因んでいる。同年3月13日に朝日が、同年6月27日に初瀬が進水した。同年10月11日、第二次ボーア戦争が勃発した。セシル・ローズの支援を受けたアルフレッド・ミルナー等によって引き起こされ、狙いはトランスヴァール共和国ウィットウォーターズランド(現在の南アフリカのハウテン州)の金とダイヤモンド鉱山であった。此の戦争で、ヴィッカース・サンズ&マキシム社は、ボーア人に37mm機関砲「QF 1ポンド砲」を販売した。

西暦1,900年1月26日、敷島が竣工した。其の後の日露戦争では、旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加した。又、西暦1,920年の尼港事件では、沿海州(現在のロシアの沿海地方)の警備を担当した。同年7月31日、朝日がジョン・ブラウン&カンパニーによって竣工した。其の後の日露戦争では、旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加した。又、第一次世界大戦では、西暦1,918年に第三艦隊第五戦隊の旗艦として、ウラジオストク方面の警備を担当した。同年11月8日、三笠が進水した。西暦1,901年1月18日、初瀬が竣工し、其の後の日露戦争では第一艦隊第一戦隊の3番艦として戦闘に参加した。西暦1,902年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社が、ライバルである造船・エンジニアリング会社のウィリアム・ベアードモア&カンパニーの株式の半数を取得した。同年3月1日、三笠が竣工し、其の後三笠は連合艦隊に編入され、第2代旗艦となった。

西暦1,904年2月29日、日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した香取型戦艦「鹿島」が、アームストロング・ホイットワース社エルジック造船所にて起工された。艦名は鹿島神宮(現在の茨城県鹿嶋市宮中)に由来する。同年4月27日、日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した香取型戦艦「香取」が、同社バロー・イン・ファーネス造船所にて起工された。日本海軍の戦艦としては、最後の日本国外で建造された戦艦となった。艦名は香取神宮(現在の千葉県香取市香取)に由来する。同年5月14日夜、ロシア帝国海軍の敷設艦アムールが、老鉄山(現在の中国大連市旅順口区)沖に機雷50個を敷設した。翌5月15日11時頃、初瀬が、旅順港閉塞作戦中に、老鉄山沖にて、前夜にアムールが敷設した機雷を左舷艦底に受け、舵機が故障し、航行不能となった。晴天で、乗組員達は全く警戒していなかった。左舷傾斜し、艦後部が沈下した。12:33、2度目の触雷を受け、後部火薬庫が爆発し、艦後部より沈没した。同日11時頃、八島が、初瀬救援中に、老鉄山沖にて、前夜にアムールが敷設した機雷に触雷し、夕方戦没した。

西暦1,905年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社が、テルニ製鉄所を含むイタリアの3社と連携し合弁会社「ヴィッカース・テルニ社」を設立した。第二次世界大戦では自動砲「40mmヴィッカース・テルニ」をイタリア海軍に供給した。同年3月22日に鹿島が、同年7月4日に香取が進水した。同年9月4日、ポーツマス(アメリカのニューハンプシャー州)で講和条約が結ばれ、樺太が北緯50度線を境に北はロシア帝国、南は日本に分割され、南満洲鉄道の権益がロシア帝国から日本に譲渡された。エドワード・ヘンリー・ハリマンは、南満洲鉄道を買収し、合弁会社とすべく動いた。其の際ジェイコブ・シフは支援し、日本に売却を働き掛けた。此の南満洲鉄道買収計画は、駐韓アメリカ公使秘書兼副領事を務めていたウィラード・ストレートが練ったもので、ハリマンがシベリア横断鉄道を買収しようとしていた頃にソウルを訪れた際、ストレートはハリマンに此の計画を話した。又、ロシア帝国海軍は、日本に敗北した事で新しい装備を必要としたが、バジル・ザハロフはツァリーツィン(現在のロシアのヴォルゴグラード)に兵器生産複合施設を建設する事で対応した。ハリマンは、今後日本政府が、日露戦争の戦費調達の為に発行した外国借款の返済に苦労するだろうと見越し、其の買収を申し込んだ。実際日本は其の後、賠償金を取れず、且つ相場よりも高い利回りで公債発行した事が災いし、多額の債務に苦しめられる事となった。又、ヴィッカース・サンズ&マキシム社は両陣営に様々な兵器を供給し、日本は同社のイギリスの造船所で建造された高価な戦艦や兵器を購入した事で重荷を背負った。ロシア帝国にも、バルチック艦隊壊滅後の海軍再建の為に190,000,000ポンドの高利融資が為され、再建の為の作業は同社の工場・造船所で行われた。

西暦1,906年5月20日、香取が竣工した。其の後香取は、日露戦争後の日本海軍の主力艦として活躍し、皇太子時代の大正天皇・昭和天皇の御召艦として度々使用された。同年5月23日、鹿島が竣工し、其の後は供奉艦としての役割を担った。西暦1,911年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社が、航空機部門を新設して「ヴィッカース・リミテッド社」に社名変更し、航空機製造に乗り出した。又同社は、造船会社のキャメル・レアード社、魚雷製造会社のホワイトヘッド社(ヴィッカース・サンズ&マキシム社とアームストロング・ホイットワース社が株式の大半を所有)、チルワース火薬社、ハーヴェイ装甲板社の取締役に名を連ねた。此れ等の会社は其々関連子会社の株式を保有しており、兵器生産の全領域が、ロスチャイルド家等との複雑な利害関係を生じ、非合法な極秘のカルテルを形成していた。西暦1,919年9月8日、ヴィッカース・リミテッド社が、メトロポリタン・キャリッジ・ワゴン社を買収し、ウェスティングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーの株式を取得して支配権を獲得し「メトロポリタン・ヴィッカース電気社」を設立した。当初は発電機を主に扱っていたが、後に蒸気タービン・開閉装置・変圧器・電子機器・鉄道牽引装置の製造を行い、多角化していった。本書は、此の91年に亘る、エドワード・ヴィッカースの製鋼会社経営権取得から、ロスチャイルド家投資による巨大企業化、アーネスト・カッセルが手引きしたヴィッカース・サンズ&マキシム社の設立、日本海軍が発注した8隻の戦艦の起工・進水・竣工、日露戦争での運用、メトロポリタン・ヴィッカース電気社設立迄、ロスチャイルド家の代理人カッセルとヴィッカース社が日本海軍の戦艦を製造した系譜の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • エドワード・ヴィッカース 西暦1,828年、義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得し「ネイラー・ヴィッカース&カンパニー」に社名変更した人物。ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴーの兵器工場、シェフィールド・エリスの工場、ウォルニー島の海軍造船所の買収を通じて、巨大企業へと成長させた。
  • アーネスト・カッセル ロスチャイルド家の代理人として活動した銀行家。西暦1,897年、ヴィッカース社によるバロー造船会社とマキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社の買収を担い、ヴィッカース・サンズ&マキシム社の設立を手引きした。此の設立に際し、N・M・ロスチャイルド&サンズは、1,900,000ポンドの新株発行を実施した。
  • ネイサン・メイヤー・ロスチャイルド N・M・ロスチャイルド&サンズの当主。ヴィッカース社の大株主。西暦1,897年のヴィッカース・サンズ&マキシム社設立に際し、N・M・ロスチャイルド&サンズは1,900,000ポンドの新株発行を実施し、ロスチャイルド家は相当数の株式を保有し、経営に直接関与した。
  • バジル・ザハロフ 武器商人。ヴィッカース・サンズ&マキシム社の販売代理人として、イギリス・ドイツ・ロシア帝国・オスマン帝国・ギリシャ・スペイン・日本・アメリカに軍需品を販売した。西暦1,905年、日露戦争で日本に敗北したロシア帝国海軍の新しい装備の必要に対し、ツァリーツィン(現在のロシアのヴォルゴグラード)に兵器生産複合施設を建設する事で対応した。
  • 明治天皇 第122代天皇。西暦1,891年11月26日の第2回帝国議会、西暦1,892年5月6日の第3回帝国議会、同年11月29日の第4回帝国議会で連続して富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算が否決されたのを受け、自らの宮中費を節約する建艦詔勅を発し、議会を通過させた。
  • 西郷従道 西郷隆盛の弟で、初代海軍大臣。西暦1,895年7月、200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として、一等甲鉄戦艦4隻・一等巡洋艦4隻・二等巡洋艦3隻・三等巡洋艦2隻・水雷砲艦3隻・水雷母艦兼工作船1隻・水雷駆逐艇12隻・一等水雷艇16隻・二等水雷艇37隻・三等水雷艇10隻を建造する「海軍拡張計画」を閣議に提出し、承認を得た。
  • 西郷隆盛 幕末・明治の政治家。初代海軍大臣西郷従道の兄。
  • セシル・ローズ イギリスの実業家・政治家。西暦1,899年10月11日勃発の第二次ボーア戦争において、アルフレッド・ミルナー等を支援した。狙いはトランスヴァール共和国ウィットウォーターズランド(現在の南アフリカのハウテン州)の金とダイヤモンド鉱山であった。
  • アルフレッド・ミルナー イギリスの政治家。セシル・ローズの支援を受け、西暦1,899年10月11日勃発の第二次ボーア戦争を引き起こした。
  • エドワード・ヘンリー・ハリマン アメリカの鉄道王。西暦1,905年9月4日のポーツマス条約後、ロシア帝国から日本に譲渡された南満洲鉄道を買収し合弁会社とすべく動いた。ジェイコブ・シフの支援を受け、日本に売却を働き掛けた。ハリマンは、今後日本政府が日露戦争の戦費調達の為に発行した外国借款の返済に苦労するだろうと見越し、買収を申し込んだ。シベリア横断鉄道の買収も画策していた。
  • ジェイコブ・シフ アメリカの銀行家。清に並々ならぬ関心を寄せていた。西暦1,905年9月4日のポーツマス条約後、エドワード・ヘンリー・ハリマンの南満洲鉄道買収計画を支援し、日本に売却を働き掛けた。ウィラード・ストレートが練った計画を、ハリマンを通じて聞かされた。
  • ウィラード・ストレート 駐韓アメリカ公使秘書兼副領事。南満洲鉄道買収計画を練った人物。エドワード・ヘンリー・ハリマンがシベリア横断鉄道を買収しようとしていた頃にソウルを訪れた際、ハリマンに此の計画を話した。
  • 大正天皇 第123代天皇。皇太子時代、西暦1,906年5月20日竣工の戦艦香取を御召艦として度々使用された。
  • 昭和天皇 第124代天皇。皇太子時代、西暦1,906年5月20日竣工の戦艦香取を御召艦として度々使用された。

主要な概念・組織

  • ネイラー・ヴィッカース&カンパニー 西暦1,828年、エドワード・ヴィッカースが義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得して社名変更した会社。ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴーの兵器工場、シェフィールド・エリスの工場、ウォルニー島の海軍造船所の買収を通じて、巨大企業へと成長していった。
  • ヴィッカース・サンズ&カンパニー 西暦1,867年、ネイラー・ヴィッカース&カンパニーが株式会社化して改称した会社。西暦1,885年、シェフィールドにて大型船舶向けの作業を可能にする鍛造プレスを設置し、程無く戦艦用の装甲板の製造を開始した。西暦1,894年8月1日に戦艦富士、同年12月28日に八島が、同社への発注により起工された。
  • ヴィッカース・サンズ&マキシム社 西暦1,897年、大株主がN・M・ロスチャイルド&サンズで軍用機器や造船の製造を行う「ヴィッカース社」が、バロー・イン・ファーネスの造船会社バロー造船会社と、其の子会社マキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社を買収して設立された会社。買収を担ったのはアーネスト・カッセル。N・M・ロスチャイルド&サンズは1,900,000ポンドの新株発行を実施し、相当数の株式を保有して経営に直接関与した。マキシム機関銃を手中に収めた。日本海軍からは、敷島・朝日・初瀬・三笠・鹿島・香取の6隻の戦艦の発注を受けた。
  • マキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社 バロー造船会社の子会社。西暦1,897年、ヴィッカース社がバロー造船会社と共に買収し、ヴィッカース・サンズ&マキシム社の一部となった。高精度な600発/分の発射性能を持つマキシム機関銃を製造していた。
  • 建艦詔勅 西暦1,891年11月26日の第2回帝国議会、西暦1,892年5月6日の第3回帝国議会、同年11月29日の第4回帝国議会で連続して富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算が否決されたのを受け、明治天皇が自らの宮中費を節約する旨を発した詔勅。此れにより、議会を通過させた。
  • 海軍拡張計画 西暦1,895年7月、初代海軍大臣西郷従道が200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として閣議に提出し、承認を得た計画。一等甲鉄戦艦4隻・一等巡洋艦4隻・二等巡洋艦3隻・三等巡洋艦2隻・水雷砲艦3隻・水雷母艦兼工作船1隻・水雷駆逐艇12隻・一等水雷艇16隻・二等水雷艇37隻・三等水雷艇10隻の建造を内容とした。此の計画の一環で、敷島・朝日・初瀬・三笠がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注された。
  • 戦艦富士 日本政府がヴィッカース・サンズ&カンパニーに発注した最初の戦艦。富士山に因む艦名。西暦1,894年8月1日にロンドンのテームズ社にて起工、西暦1,896年3月31日進水、西暦1,895年8月18日命名、西暦1,897年8月10日竣工。日露戦争で、三笠を旗艦とする第一艦隊第一戦隊に所属し、旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加した。
  • 戦艦八島 日本政府がヴィッカース・サンズ&カンパニーに発注した富士型戦艦。イザナギとイザナミの産み出した大八洲(現在の日本)に由来する艦名。西暦1,894年12月28日、サー・ウィリアム・アームストロング・ミッチェル有限責任会社のエルジック造船所(イギリスのニューカッスル・アポン・タイン)にて起工、西暦1,896年2月28日進水、西暦1,895年8月18日命名、西暦1,897年9月9日竣工。日露戦争では第一艦隊第一戦隊の4番艦として戦闘に参加した。西暦1,904年5月15日11時頃、初瀬救援中に老鉄山沖にてロシア帝国海軍敷設艦アムールが敷設した機雷に触雷し、夕方戦没した。
  • 戦艦敷島 海軍拡張計画の一環で日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した敷島型戦艦。日本の美称を冠した艦名。西暦1,897年3月29日、イギリスのテムズ鉄工造船工業社にて起工、西暦1,898年11月1日進水、西暦1,900年1月26日竣工。日露戦争では旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加し、西暦1,920年の尼港事件では沿海州(現在のロシアの沿海地方)の警備を担当した。
  • 戦艦朝日 海軍拡張計画の一環で日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した敷島型戦艦。西暦1,897年8月18日、スコットランドの造船会社ジョン・ブラウン&カンパニーによって起工、西暦1,899年3月13日進水、西暦1,900年7月31日竣工。日露戦争では旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加した。第一次世界大戦では、西暦1,918年に第三艦隊第五戦隊の旗艦として、ウラジオストク方面の警備を担当した。
  • 戦艦初瀬 海軍拡張計画の一環で日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した敷島型戦艦。初瀬川(現在の奈良県)に由来する艦名。西暦1,898年1月10日、アームストロング・ホイットワース社のエルジック造船所で起工、西暦1,899年6月27日進水、西暦1,901年1月18日竣工。日露戦争では第一艦隊第一戦隊の3番艦として戦闘に参加した。西暦1,904年5月15日11時頃、旅順港閉塞作戦中に老鉄山沖にてロシア帝国海軍敷設艦アムールが前夜に敷設した機雷を左舷艦底に受け、舵機が故障し航行不能となり、12:33の2度目の触雷で後部火薬庫が爆発し、艦後部より沈没した。
  • 戦艦三笠 海軍拡張計画の一環で日本海軍がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した敷島型戦艦。三笠山(現在の奈良県奈良市雑司町の若草山)に因む艦名。西暦1,898年9月26日に発注され(同社への戦艦発注の6隻目)、西暦1,899年1月24日、同社のバロー・イン・ファーネス(現在のイギリスのカンブリア州)の造船所にて起工、西暦1,900年11月8日進水、西暦1,902年3月1日竣工。連合艦隊に編入され、第2代旗艦となった。
  • 戦艦香取 日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した香取型戦艦。香取神宮(現在の千葉県香取市香取)に由来する艦名。西暦1,904年4月27日、同社バロー・イン・ファーネス造船所にて起工、西暦1,905年7月4日進水、西暦1,906年5月20日竣工。日本海軍の戦艦としては、最後の日本国外で建造された戦艦となった。其の後は日露戦争後の日本海軍の主力艦として活躍し、皇太子時代の大正天皇・昭和天皇の御召艦として度々使用された。
  • 戦艦鹿島 日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した香取型戦艦。鹿島神宮(現在の茨城県鹿嶋市宮中)に由来する艦名。西暦1,904年2月29日、アームストロング・ホイットワース社エルジック造船所にて起工、西暦1,905年3月22日進水、西暦1,906年5月23日竣工。其の後は供奉艦としての役割を担った。
  • 海軍軍艦及び水雷艇類別標準 西暦1,898年3月21日に日本海軍が制定した類別標準。10,000t以上の戦艦が一等戦艦と定義され、富士・八島・朝日・敷島が一等戦艦となった。
  • 米西戦争 西暦1,898年4月21日に勃発したアメリカとスペインの戦争。J&Wセリグマン社がキューバの砂糖を手に入れる為に引き起こしたとされる。此の戦争で、ヴィッカース・サンズ&マキシム社の製品が試された。
  • 第二次ボーア戦争 西暦1,899年10月11日に勃発した戦争。セシル・ローズの支援を受けたアルフレッド・ミルナー等によって引き起こされた。狙いはトランスヴァール共和国ウィットウォーターズランド(現在の南アフリカのハウテン州)の金とダイヤモンド鉱山であった。此の戦争で、ヴィッカース・サンズ&マキシム社は、ボーア人に37mm機関砲「QF 1ポンド砲」を販売した。
  • 老鉄山沖の機雷敷設 西暦1,904年5月14日夜、ロシア帝国海軍の敷設艦アムールが、老鉄山(現在の中国大連市旅順口区)沖に敷設した50個の機雷。翌5月15日の旅順港閉塞作戦中、此の機雷により戦艦初瀬と八島が戦没した。
  • ポーツマス条約 西暦1,905年9月4日、ポーツマス(アメリカのニューハンプシャー州)で結ばれた日露戦争の講和条約。樺太が北緯50度線を境に北はロシア帝国・南は日本に分割され、南満洲鉄道の権益がロシア帝国から日本に譲渡された。条約後、エドワード・ヘンリー・ハリマンとジェイコブ・シフが南満洲鉄道買収を画策、バジル・ザハロフはツァリーツィンに兵器生産複合施設を建設し、ロシア帝国へはバルチック艦隊壊滅後の海軍再建の為に190,000,000ポンドの高利融資が為された。
  • 国際的な権力トラスト 西暦1,897年に形成された、デュポン社・ノーベル・ケルン・コットワイラーの4社による国際的な権力トラスト。世界が4つの販売地域に分割された。
  • ヴィッカース・テルニ社 西暦1,905年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社が、テルニ製鉄所を含むイタリアの3社と連携して設立した合弁会社。第二次世界大戦では自動砲「40mmヴィッカース・テルニ」をイタリア海軍に供給した。
  • ヴィッカース・リミテッド社 西暦1,911年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社が航空機部門を新設して改称した会社。航空機製造に乗り出した。同社は、造船会社のキャメル・レアード社、魚雷製造会社のホワイトヘッド社、チルワース火薬社、ハーヴェイ装甲板社の取締役に名を連ねた。此れ等の会社は其々関連子会社の株式を保有しており、兵器生産の全領域が、ロスチャイルド家等との複雑な利害関係を生じ、非合法な極秘のカルテルを形成していた。
  • 非合法な極秘のカルテル 西暦1,911年のヴィッカース・リミテッド社改称以降、同社が取締役に名を連ねたキャメル・レアード社・ホワイトヘッド社・チルワース火薬社・ハーヴェイ装甲板社及び其々の関連子会社が、ロスチャイルド家等との複雑な利害関係を生じる形で形成した、兵器生産の全領域に亘るカルテル。
  • メトロポリタン・ヴィッカース電気社 西暦1,919年9月8日、ヴィッカース・リミテッド社がメトロポリタン・キャリッジ・ワゴン社を買収し、ウェスティングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーの株式を取得して支配権を獲得して設立した会社。当初は発電機を主に扱っていたが、後に蒸気タービン・開閉装置・変圧器・電子機器・鉄道牽引装置の製造を行い、多角化していった。

エドワード・ヴィッカースの製鋼会社経営権取得から、ロスチャイルド家投資による巨大企業化、アーネスト・カッセルが手引きしたヴィッカース・サンズ&マキシム社の設立、日本海軍が発注した8隻の戦艦(富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島)の起工・進水・竣工、日露戦争での老鉄山沖機雷による初瀬・八島の戦没、ポーツマス条約後のロシア帝国海軍再建への190,000,000ポンド高利融資、メトロポリタン・ヴィッカース電気社設立迄──
ロスチャイルド家の代理人カッセルとヴィッカース社が日本海軍の戦艦を製造した91年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。