電子書籍「アーネスト・カッセルが手引きしたロスチャイルド系軍需企業「ヴィッカース社」に日本海軍が発注した戦艦富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島一元化」の表紙

アーネスト・カッセルが手引きした
ロスチャイルド系軍需企業「ヴィッカース社」に
日本海軍が発注した戦艦
富士・八島・初瀬・朝日・敷島・三笠・香取・鹿島一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,828年〜1,919年9月8日
ページ数
20ページ
最新更新日
西暦2,026年7月30日

シェフィールドの製鋼所が、連合艦隊の旗艦を造った──
ロスチャイルド系軍需企業と日本海軍を結んだ91年間を一元化。

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本書について

西暦1,828年、エドワード・ヴィッカースが義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得し、社名を「ネイラー・ヴィッカース&カンパニー」へ改めた。此の会社は其の後、ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴー(イギリスのスコットランド)の兵器工場、シェフィールド(イギリス)とエリス(イギリスのロンドン)の工場、ウォルニー島(イギリス)の海軍造船所を次々と買収し、巨大企業へと成長してゆく。西暦1,867年には株式会社化して「ヴィッカース・サンズ&カンパニー」となり、西暦1,885年、シェフィールドに大型船舶向けの作業を可能にする鍛造プレスを設置すると、程無くして戦艦用の装甲板の製造を開始した。本書は、此の製鋼会社を起点として、日本海軍が発注した八隻の戦艦が生まれ、そして沈むまでの91年間を、年月日単位で一元化した記録である。

一方の日本では、軍艦を造る金が無かった。西暦1,891年11月26日に開会された第2回帝国議会で、富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算は否決される。翌西暦1,892年5月6日の第3回帝国議会でも、同年11月29日の第4回帝国議会でも、結果は同じであった。三度の否決を受けて明治天皇は、自らの宮中費を節約する建艦詔勅を発し、予算を議会に通過させる。八隻の戦艦の物語は、此の詔勅から動き出した。

西暦1,894年8月1日、日本政府がヴィッカース・サンズ&カンパニーに発注した最初の戦艦「富士」が、ロンドンのテームズ社で起工される。艦名は富士山に因み、翌年8月18日に命名された。同年12月28日には富士型戦艦「八島」が、サー・ウィリアム・アームストロング・ミッチェル有限責任会社のエルジック造船所(イギリスのニューカッスル・アポン・タイン)で起工される。八島の名は、イザナギとイザナミの産み出した大八洲(現在の日本)に由来した。西暦1,895年7月、西郷隆盛の弟で初代海軍大臣の西郷従道は、200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として、一等甲鉄戦艦4隻・一等巡洋艦4隻をはじめとする「海軍拡張計画」を閣議に提出し、承認を得る。西暦1,896年2月28日に八島が、3月31日に富士が進水した。

西暦1,897年、企業の側にも大きな転換が訪れる。大株主がN・M・ロスチャイルド&サンズであり、軍用機器や造船の製造を行う「ヴィッカース社」が、バロー・イン・ファーネス(イギリスのカンブリア州)の「バロー造船会社」を買収し、同時に其の子会社であったマキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社をも買収して、「ヴィッカース・サンズ&マキシム社」が設立された。此の買収を担ったのがアーネスト・カッセルである。設立に際してN・M・ロスチャイルド&サンズは1,900,000ポンドの新株発行を実施し、ロスチャイルド家は相当数の株式を保有して経営に直接関与した。買収により同社は、高精度な600発/分の発射性能を持つマキシム機関銃を手中に収める。バジル・ザハロフはイギリス・ドイツ・ロシア帝国・オスマン帝国・ギリシャ・スペイン・日本・アメリカ等へ軍需品を売り歩き、同年にはデュポン社・ノーベル・ケルン・コットワイラーの4社による国際的な権力トラストが形成され、世界は四つの販売地域に分割された。日本向けの建艦も進み、3月29日に敷島型戦艦「敷島」がイギリスのテムズ鉄工造船工業社で、8月18日に敷島型戦艦「朝日」がスコットランドのジョン・ブラウン&カンパニーによって起工される。8月10日には富士が、9月9日には八島が竣工した。

西暦1,898年1月10日、敷島型戦艦「初瀬」がアームストロング・ホイットワース社のエルジック造船所で起工される。艦名は初瀬川(現在の奈良県)に由来した。3月21日、日本海軍は海軍軍艦及び水雷艇類別標準を制定し、10,000t以上の戦艦を一等戦艦と定義する。富士・八島・朝日・敷島が之に該当した。4月21日には米西戦争が勃発する。J&Wセリグマン社がキューバの砂糖を手に入れる為に引き起こした戦争であり、此処でヴィッカース・サンズ&マキシム社の製品が試された。9月26日、日本海軍は敷島型戦艦「三笠」を発注する。同社への戦艦の発注は、之で6隻目であった。11月1日に敷島が進水し、西暦1,899年1月24日には三笠がバロー・イン・ファーネスの造船所で起工される。艦名は三笠山(現在の奈良県奈良市雑司町の若草山)に因んだ。3月13日に朝日、6月27日に初瀬が進水する。同年10月11日には第二次ボーア戦争が勃発した。セシル・ローズの支援を受けたアルフレッド・ミルナー等が引き起こした戦争で、狙いはトランスヴァール共和国ウィットウォーターズランド(現在の南アフリカのハウテン州)の金とダイヤモンド鉱山である。此処でも同社は、ボーア人に37mm機関砲「QF 1ポンド砲」を販売した。

西暦1,900年1月26日に敷島が、7月31日にジョン・ブラウン&カンパニーによって朝日が竣工し、11月8日には三笠が進水する。西暦1,901年1月18日に初瀬が竣工。西暦1,902年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社はライバルであるウィリアム・ベアードモア&カンパニーの株式の半数を取得し、3月1日に三笠が竣工した。三笠は連合艦隊に編入され、第2代旗艦となる。西暦1,904年2月29日には香取型戦艦「鹿島」がアームストロング・ホイットワース社エルジック造船所で、4月27日には香取型戦艦「香取」が同社バロー・イン・ファーネス造船所で起工された。香取は、日本海軍の戦艦としては最後の日本国外で建造された戦艦となる。だが同年5月14日の夜、ロシア帝国海軍の敷設艦アムールが老鉄山(現在の中国大連市旅順口区)沖に機雷50個を敷設した。翌15日11時頃、旅順港閉塞作戦中の初瀬が左舷艦底に触雷して航行不能となり、12時33分の二度目の触雷で後部火薬庫が爆発し、艦後部より沈没する。晴天で、乗組員達は全く警戒していなかった。同じ11時頃、初瀬の救援に向かった八島も触雷し、夕方に戦没した。

西暦1,905年9月4日、ポーツマス(アメリカのニューハンプシャー州)で講和条約が結ばれ、樺太は北緯50度線を境に南北へ分割され、南満洲鉄道の権益がロシア帝国から日本へ譲渡される。エドワード・ヘンリー・ハリマンは、駐韓アメリカ公使秘書兼副領事ウィラード・ストレートが練った計画に基づき南満洲鉄道の買収に動き、ジェイコブ・シフが之を支援して日本への売却を働き掛けた。ハリマンは、日本が戦費調達の為に発行した外国借款の返済に苦労するだろうと見越していたが、実際に日本は賠償金を取れず、相場より高い利回りで公債を発行した事も災いして多額の債務に苦しむ事となる。ヴィッカース・サンズ&マキシム社は両陣営へ兵器を供給し、日本は同社のイギリスの造船所で建造された高価な戦艦を購入して重荷を背負い、ロシア帝国もまたバルチック艦隊壊滅後の海軍再建の為に190,000,000ポンドの高利融資を受け、其の作業は同社の工場と造船所で行われた。バジル・ザハロフは、ツァリーツィン(現在のロシアのヴォルゴグラード)に兵器生産複合施設を建設して之に応じている。同年、同社はテルニ製鉄所を含むイタリアの3社と合弁会社「ヴィッカース・テルニ社」を設立した。

西暦1,905年3月22日に鹿島が、7月4日に香取が進水し、西暦1,906年5月20日に香取が、5月23日に鹿島が竣工する。香取は日露戦争後の日本海軍の主力艦として活躍し、皇太子時代の大正天皇と昭和天皇の御召艦として度々使用された。鹿島は供奉艦としての役割を担う。企業の側は更に膨れ上がり、西暦1,911年、航空機部門を新設して「ヴィッカース・リミテッド社」へ社名を変更した。同社はキャメル・レアード社、ホワイトヘッド社、チルワース火薬社、ハーヴェイ装甲板社の取締役に名を連ね、其々が関連子会社の株式を保有する事で、兵器生産の全領域がロスチャイルド家等との複雑な利害関係を生じ、非合法な極秘のカルテルを形成していた。西暦1,919年9月8日、同社はメトロポリタン・キャリッジ・ワゴン社を買収し、ウェスティングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーの株式を取得して支配権を獲得し、「メトロポリタン・ヴィッカース電気社」を設立する。一つの製鋼会社が軍需と電力を握るまでの全過程を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • エドワード・ヴィッカース 本書の起点に立つ人物。西暦1,828年、義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得し、「ネイラー・ヴィッカース&カンパニー」へ社名変更した。同社は其の後、ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴーの兵器工場、シェフィールドとエリスの工場、ウォルニー島の海軍造船所を買収して巨大企業へ成長してゆく。
  • アーネスト・カッセル 本書の題名に冠された人物。西暦1,897年、ヴィッカース社によるバロー造船会社の買収と、其の子会社であったマキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社の買収を担い、「ヴィッカース・サンズ&マキシム社」の設立を手引きした。此の買収により、同社は600発/分のマキシム機関銃を手中に収める事となる。
  • バジル・ザハロフ ヴィッカース・サンズ&マキシム社の軍需品販売を担った人物。西暦1,897年以降、イギリス・ドイツ・ロシア帝国・オスマン帝国・ギリシャ・スペイン・日本・アメリカ等へ軍需品を販売した。西暦1,905年、日本に敗北したロシア帝国海軍が新しい装備を必要とすると、ツァリーツィン(現在のロシアのヴォルゴグラード)に兵器生産複合施設を建設して之に応じている。
  • 明治天皇 西暦1,892年、第2回から第4回までの帝国議会で富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算が三度否決された事を受け、自らの宮中費を節約する建艦詔勅を発し、予算を議会に通過させた。本書が記録する八隻の戦艦は、此の詔勅から動き出している。
  • 西郷従道 西郷隆盛の弟で、初代海軍大臣。西暦1,895年7月、200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として、一等甲鉄戦艦4隻・一等巡洋艦4隻・二等巡洋艦3隻・三等巡洋艦2隻・水雷砲艦3隻・水雷母艦兼工作船1隻・水雷駆逐艇12隻・一等水雷艇16隻・二等水雷艇37隻・三等水雷艇10隻を建造する「海軍拡張計画」を閣議に提出し、承認を得た。敷島・朝日・初瀬・三笠は、此の計画の一環として発注されている。
  • セシル・ローズ 西暦1,899年10月11日に勃発した第二次ボーア戦争において、アルフレッド・ミルナー等を支援した人物。狙いはトランスヴァール共和国ウィットウォーターズランド(現在の南アフリカのハウテン州)の金とダイヤモンド鉱山であった。
  • アルフレッド・ミルナー セシル・ローズの支援を受け、西暦1,899年10月11日に第二次ボーア戦争を引き起こした人物。此の戦争で、ヴィッカース・サンズ&マキシム社はボーア人に37mm機関砲「QF 1ポンド砲」を販売した。
  • エドワード・ヘンリー・ハリマン 西暦1,905年のポーツマス講和条約で日本へ譲渡された南満洲鉄道を買収し、合弁会社とすべく動いた実業家。日本が日露戦争の戦費調達の為に発行した外国借款の返済に苦労するだろうと見越して買収を申し込んだ。実際に日本は賠償金を取れず、相場よりも高い利回りで公債を発行した事も災いし、多額の債務に苦しめられる事となる。
  • ジェイコブ・シフ エドワード・ヘンリー・ハリマンによる南満洲鉄道の買収計画を支援し、日本に売却を働き掛けた人物。清に並々ならぬ関心を寄せていた為、ウィラード・ストレートから此の計画の話が通された。
  • ウィラード・ストレート 駐韓アメリカ公使秘書兼副領事。南満洲鉄道の買収計画を練った人物である。ハリマンがシベリア横断鉄道を買収しようとしていた頃にソウルを訪れた際、此の計画を話し、関心を寄せたハリマンの為にジェイコブ・シフへ話を通した。
  • 大正天皇 皇太子時代、日露戦争後の日本海軍の主力艦として活躍した香取を、御召艦として度々使用した。
  • 昭和天皇 大正天皇と同じく、皇太子時代に香取を御召艦として度々使用した。

本書が記録する八隻の戦艦

  • 富士 日本政府がヴィッカース・サンズ&カンパニーに発注した最初の戦艦。西暦1,894年8月1日にロンドンのテームズ社で起工され、西暦1,895年8月18日に富士山に因んで命名、西暦1,896年3月31日に進水、西暦1,897年8月10日に竣工した。日露戦争では三笠を旗艦とする第一艦隊第一戦隊に所属し、旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加している。
  • 八島 富士型戦艦。西暦1,894年12月28日、サー・ウィリアム・アームストロング・ミッチェル有限責任会社のエルジック造船所(イギリスのニューカッスル・アポン・タイン)で起工。艦名はイザナギとイザナミの産み出した大八洲(現在の日本)に由来し、西暦1,895年8月18日に命名された。西暦1,896年2月28日進水、西暦1,897年9月9日竣工。日露戦争では第一艦隊第一戦隊の4番艦として戦い、西暦1,904年5月15日、初瀬の救援中に老鉄山沖で触雷し、夕方に戦没した。
  • 敷島 海軍拡張計画の一環で日本政府がヴィッカース・サンズ&マキシム社に発注した、日本の美称を冠した敷島型戦艦。西暦1,897年3月29日にイギリスのテムズ鉄工造船工業社で起工、西暦1,898年11月1日進水、西暦1,900年1月26日竣工。日露戦争では旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加し、西暦1,920年の尼港事件では沿海州(現在のロシアの沿海地方)の警備を担当した。
  • 朝日 海軍拡張計画の一環で発注された敷島型戦艦。西暦1,897年8月18日、スコットランドの造船会社ジョン・ブラウン&カンパニーによって起工され、西暦1,899年3月13日進水、西暦1,900年7月31日に同社によって竣工した。日露戦争では旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦・黄海海戦・日本海海戦に参加し、第一次世界大戦では西暦1,918年に第三艦隊第五戦隊の旗艦としてウラジオストク方面の警備を担当している。
  • 初瀬 海軍拡張計画の一環で発注された敷島型戦艦。西暦1,898年1月10日、アームストロング・ホイットワース社のエルジック造船所で起工。艦名は初瀬川(現在の奈良県)に由来する。西暦1,899年6月27日進水、西暦1,901年1月18日竣工。日露戦争では第一艦隊第一戦隊の3番艦として戦ったが、西暦1,904年5月15日11時頃、旅順港閉塞作戦中に老鉄山沖で前夜に敷設された機雷を左舷艦底に受けて航行不能となり、12時33分の二度目の触雷で後部火薬庫が爆発し、艦後部より沈没した。
  • 三笠 西暦1,898年9月26日に日本海軍がヴィッカース・サンズ&マキシム社へ発注した敷島型戦艦で、同社への戦艦発注としては6隻目にあたる。西暦1,899年1月24日にバロー・イン・ファーネスの造船所で起工され、艦名は三笠山(現在の奈良県奈良市雑司町の若草山)に因む。西暦1,900年11月8日進水、西暦1,902年3月1日竣工。連合艦隊に編入され、第2代旗艦となった。
  • 香取 香取型戦艦。西暦1,904年4月27日、ヴィッカース・サンズ&マキシム社のバロー・イン・ファーネス造船所で起工された。日本海軍の戦艦としては、最後の日本国外で建造された戦艦である。艦名は香取神宮(現在の千葉県香取市香取)に由来する。西暦1,905年7月4日進水、西暦1,906年5月20日竣工。日露戦争後の日本海軍の主力艦として活躍し、皇太子時代の大正天皇と昭和天皇の御召艦として度々使用された。
  • 鹿島 香取型戦艦。西暦1,904年2月29日にアームストロング・ホイットワース社エルジック造船所で起工され、艦名は鹿島神宮(現在の茨城県鹿嶋市宮中)に由来する。西暦1,905年3月22日進水、西暦1,906年5月23日竣工。其の後は供奉艦としての役割を担った。

主要な企業・組織

  • ネイラー・ヴィッカース&カンパニー 西暦1,828年、エドワード・ヴィッカースが義父の製鋼会社ネイラー&サンダーソン社の経営権を取得して改称した会社。ロスチャイルド家等の投資を受け、グラスゴーの兵器工場、シェフィールドとエリスの工場、ウォルニー島の海軍造船所の買収を通じて巨大企業へ成長した。
  • ヴィッカース・サンズ&カンパニー 西暦1,867年、ネイラー・ヴィッカース&カンパニーが株式会社化して誕生した会社。西暦1,885年にシェフィールドで大型船舶向けの鍛造プレスを設置し、程無くして戦艦用の装甲板の製造を開始した。日本政府が発注した富士と八島は、此の社名の時代の受注である。
  • ヴィッカース・サンズ&マキシム社 西暦1,897年、大株主をN・M・ロスチャイルド&サンズとするヴィッカース社が、バロー造船会社と其の子会社マキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社を買収して設立した企業。買収を担ったのはアーネスト・カッセルで、設立に際しN・M・ロスチャイルド&サンズが1,900,000ポンドの新株発行を実施し、ロスチャイルド家は相当数の株式を保有して経営に直接関与した。敷島・朝日・初瀬・三笠・香取・鹿島は、此の社名の時代の受注である。
  • マキシム・ノルデンフェルト銃器弾薬会社 バロー造船会社の子会社であった銃器弾薬会社。西暦1,897年の買収により、ヴィッカース・サンズ&マキシム社は高精度な600発/分の発射性能を持つマキシム機関銃を手中に収めた。
  • 建艦詔勅 西暦1,892年、第2回・第3回・第4回の帝国議会で富士型戦艦2隻を含む軍艦建造予算が三度否決された事を受け、明治天皇が自らの宮中費を節約する形で発した詔勅。之により予算は議会を通過した。
  • 海軍拡張計画 西暦1,895年7月、初代海軍大臣の西郷従道が200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として閣議に提出し、承認を得た計画。一等甲鉄戦艦4隻・一等巡洋艦4隻・二等巡洋艦3隻・三等巡洋艦2隻・水雷砲艦3隻・水雷母艦兼工作船1隻・水雷駆逐艇12隻・一等水雷艇16隻・二等水雷艇37隻・三等水雷艇10隻から成る。
  • 海軍軍艦及び水雷艇類別標準 西暦1,898年3月21日に日本海軍が制定した基準。10,000t以上の戦艦が一等戦艦と定義され、富士・八島・朝日・敷島が一等戦艦となった。
  • 米西戦争 西暦1,898年4月21日に勃発した戦争。J&Wセリグマン社がキューバの砂糖を手に入れる為に引き起こしたものであり、此の戦争でヴィッカース・サンズ&マキシム社の製品が試された。
  • 第二次ボーア戦争 西暦1,899年10月11日に勃発した戦争。セシル・ローズの支援を受けたアルフレッド・ミルナー等によって引き起こされ、狙いはトランスヴァール共和国ウィットウォーターズランド(現在の南アフリカのハウテン州)の金とダイヤモンド鉱山であった。ヴィッカース・サンズ&マキシム社は、此の戦争でボーア人に37mm機関砲「QF 1ポンド砲」を販売している。
  • 国際的な権力トラスト 西暦1,897年に形成された、デュポン社・ノーベル・ケルン・コットワイラーの4社による国際的なトラスト。之により世界は四つの販売地域に分割された。
  • 老鉄山沖の機雷敷設 西暦1,904年5月14日の夜、ロシア帝国海軍の敷設艦アムールが老鉄山(現在の中国大連市旅順口区)沖に機雷50個を敷設した作戦。翌15日、旅順港閉塞作戦中の初瀬と、其の救援に向かった八島が此の機雷に触れ、二隻ともに失われた。
  • ポーツマス講和条約と南満洲鉄道 西暦1,905年9月4日、ポーツマス(アメリカのニューハンプシャー州)で結ばれた講和条約。樺太が北緯50度線を境に南北へ分割され、南満洲鉄道の権益がロシア帝国から日本へ譲渡された。エドワード・ヘンリー・ハリマンは、ウィラード・ストレートが練りジェイコブ・シフが支援した計画に基づき、此の鉄道の買収に動いた。
  • 両陣営への兵器供給 日露戦争においてヴィッカース・サンズ&マキシム社が取った姿勢。日本は同社のイギリスの造船所で建造された高価な戦艦や兵器を購入して重荷を背負い、ロシア帝国もまたバルチック艦隊壊滅後の海軍再建の為に190,000,000ポンドの高利融資を受け、再建作業は同社の工場・造船所で行われた。
  • ヴィッカース・テルニ社 西暦1,905年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社がテルニ製鉄所を含むイタリアの3社と連携して設立した合弁会社。第二次世界大戦では自動砲「40mmヴィッカース・テルニ」をイタリア海軍に供給した。
  • ヴィッカース・リミテッド社と極秘のカルテル 西暦1,911年、ヴィッカース・サンズ&マキシム社が航空機部門を新設して改称した社名。同社は造船会社キャメル・レアード社、魚雷製造会社ホワイトヘッド社、チルワース火薬社、ハーヴェイ装甲板社の取締役に名を連ね、其々が関連子会社の株式を保有する事で、兵器生産の全領域がロスチャイルド家等との複雑な利害関係を生じ、非合法な極秘のカルテルを形成していた。
  • メトロポリタン・ヴィッカース電気社 西暦1,919年9月8日、ヴィッカース・リミテッド社がメトロポリタン・キャリッジ・ワゴン社を買収し、ウェスティングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーの株式を取得して支配権を獲得し設立した会社。当初は発電機を主に扱ったが、後に蒸気タービン・開閉装置・変圧器・電子機器・鉄道牽引装置の製造へ多角化していった。本書の系譜の到達点である。

起工から触雷まで、八隻の戦艦の一生を追う──
アーネスト・カッセルが手引きした軍需企業と日本海軍の全過程を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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