パウロ6世とミケーレ・シンドーナによる
バチカンマネーの資金洗浄
一元化
西暦1,929年、教皇領を手放した代償は750,000,000リラ──
バチカンマネーが国外へ流れ出す四十年を一元化。
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本書について
西暦1,929年2月11日、ラテラノ条約がローマ教皇庁とイタリアの間で締結され、ローマ教皇庁の在るバチカン一帯が、バチカン市国としてイタリア政府から政治的に独立した区域となる事が認められた。ベニート・ムッソリーニは、ローマ教皇領の権利放棄と引き換えに、バチカン市国の主権国家としての地位とイタリアに対する免税特権を保証し、輸入商品への関税免除も条約に盛り込む。領地を放棄する代償として支払われたのは750,000,000リラ(現金40%、債券60%の割合)であった。第259代ローマ教皇ピウス11世は財産管理局を新設し、其の管理をベルナルディーノ・ノガーラへ任せる。ノガーラ家はユダヤ教からカトリックに改宗しており、兄は神父として教皇に仕えていた。本書は、此処から西暦1,969年に至る四十年を、年月日単位で一元化した記録である。
西暦1,942年6月27日、第260代ローマ教皇ピウス12世が宗務委員会を改組し、ラテラノ条約締結後にイタリアから支払われたローマ教皇領の没収に係る補償金を資本として「IOR(宗教事業協会)」を設立する。此のIORの設立はロスチャイルド家の肝入りであった。IORはやがて麻薬資金等のマネーロンダリング装置として悪用される様になり、資金洗浄額の10%以上を手数料として取り、得た利益を東欧や中南米の反共組織へ送金していた。
ミケーレ・シンドーナがミラノへ移ったのは西暦1,946年である。彼は、CIAがイタリア共産党の拡大を阻止する為にバチカン市国とキリスト民主党へ資金提供した際の仲介役を務め、其れが切っ掛けでパウロ6世と知己を得た。西暦1,952年、イタリアのマフィアであるコーサ・ノストラの最高幹部ラッキー・ルチアーノの依頼でアメリカへ渡り、アメリカのマフィアや金融機関等との関係を構築する。ニューヨークの5大マフィアの1つガンビーノ一家の資金洗浄を行い、同家の為に持株会社を設立した——此れが、シンドーナにとって最初のマネーロンダリングであった。西暦1,956年には、コーサ・ノストラの幹部ジョー・アドニスの依頼で、ヘロイン密輸の収益の資金洗浄を手掛けている。
西暦1,959年頃、シンドーナはIOR秘書官を務めるスパーダ家当主のマッシモ・スパーダと知己を得る。同年、スパーダは老人ホーム「マンドニーナ」を設立しようとしていたパウロ6世に対し、用地と2,400,000ドルの資金提供を行った。西暦1,960年、シンドーナはスパーダの仲介により、リヒテンシュタインを本拠とする金融会社ファスコAGを通じて、ミラノに拠点を置くプライベート・ファイナンス銀行の株の過半数を取得する。少数株主として名を連ねたのは、IORとイタリアのウニオネ銀行であった。そして西暦1,968年6月25日、ジョヴァンニ・レオーネが第22代イタリア首相に就任すると、ローマ教皇庁への課税に踏み切り、莫大な投資額に対する追徴金が課せられる事となる。
西暦1,969年4月頃の或る夜、シンドーナは第262代ローマ教皇となっていたパウロ6世に、ローマ教皇庁へ招かれた。パウロ6世は儀礼的な指輪への接吻を勧める代わりに握手を交わし、イタリア政府がバチカン市国の投資に課税する予定である事を告げる。最初に影響を受ける金額は700,000,000ドルと見積もられたが、パウロ6世が最も懸念していたのは其の額では無く、他の国々が同様の措置を取る事でノガーラが長年に渡って築き上げた金融構造が崩壊してしまう可能性、そして保守派・進歩派の双方から批判が寄せられる中で、IORを通じて管理される莫大な財産が危機に晒されている事が公になる事であった。シンドーナの提案は、欧米のタックスヘイブンに設立された企業へ資産を分散させるというもの——嘗て自身がガンビーノ一家に行った手法と同じで、唯一異なるのは、今回は公然と行う事であった。パウロ6世は、IORの資金管理を行う略無制限の権限を持つローマ教皇庁の銀行家にシンドーナを任命する書類を手渡す。以後シンドーナは、ポール・マルチンクス、聖座財産管理局秘書ジュゼッペ・カプリオ、バチカン行政庁長官(暫定)セルジオ・ゲッリと協力し、バチカン市国の保有資産を次々とイタリア国外へ移して名義を変え、イタリア国税庁を煙に巻いた。ウニオネ銀行のバチカン市国名義の口座からは預金を引き上げ、約250,000,000ドルを着服して残りをチューリッヒのアミンコル銀行へ移している。此の頃、彼は11ヶ国の少なくとも5銀行・125以上の企業を支配していた——本書は、此の一連の流れを一冊に束ねている。
登場人物
- パウロ6世 第262代ローマ教皇。西暦1,946年、CIAの資金提供の仲介役を務めたミケーレ・シンドーナと知己を得た。西暦1,959年には、老人ホーム「マンドニーナ」の設立に際してマッシモ・スパーダから用地と2,400,000ドルの提供を受けている。西暦1,969年4月頃、イタリア政府の課税を前に、IORの資金管理を行う略無制限の権限を持つローマ教皇庁の銀行家として、シンドーナを任命した。
- ミケーレ・シンドーナ 本書のもう一方の中心人物。西暦1,946年にミラノへ移り、CIAがバチカン市国とキリスト民主党へ資金提供した際の仲介役を務めた。西暦1,952年にラッキー・ルチアーノの依頼で渡米してガンビーノ一家の資金洗浄を手掛け、西暦1,956年にはヘロイン密輸収益の洗浄も行う。西暦1,969年にローマ教皇庁の銀行家となり、バチカン市国の資産をイタリア国外へ移した。
- ベニート・ムッソリーニ 西暦1,929年2月11日のラテラノ条約で、ローマ教皇領の権利放棄と引き換えに、バチカン市国の主権国家としての地位とイタリアに対する免税特権を保証した人物。領地を放棄する代償として、750,000,000リラ(現金40%、債券60%の割合)を支払う事にも合意した。
- ピウス11世 第259代ローマ教皇。ラテラノ条約の締結に際して財産管理局を新設し、其の管理をベルナルディーノ・ノガーラへ任せた。
- ベルナルディーノ・ノガーラ ピウス11世に財産管理局の管理を任された人物。ノガーラ家はユダヤ教からカトリックに改宗しており、兄は神父として教皇に仕えていた。西暦1,969年、イタリア政府の課税を前にパウロ6世が最も懸念したのは、彼が長年に渡って築き上げた金融構造の崩壊であった。
- ピウス12世 第260代ローマ教皇。西暦1,942年6月27日、宗務委員会を改組し、ラテラノ条約締結後にイタリアから支払われた補償金を資本として、ロスチャイルド家の肝入りでIORを設立した。
- マッシモ・スパーダ IOR秘書官を務めたスパーダ家当主。西暦1,959年頃にシンドーナと知己を得、同年、老人ホーム「マンドニーナ」を設立しようとしていたパウロ6世へ用地と2,400,000ドルを提供した。翌年には、シンドーナによるプライベート・ファイナンス銀行株の取得を仲介している。
- ラッキー・ルチアーノ イタリアのマフィアであるコーサ・ノストラの最高幹部。西暦1,952年、シンドーナへアメリカ行きを依頼し、其の渡米が、ガンビーノ一家の資金洗浄という最初のマネーロンダリングへ繋がった。
- ジョー・アドニス コーサ・ノストラの幹部。西暦1,956年、シンドーナにヘロイン密輸の収益のマネーロンダリングを依頼した。
- ジョヴァンニ・レオーネ 第22代イタリア首相。西暦1,968年6月25日の就任後、ローマ教皇庁への課税に踏み切り、莫大な投資額に対する追徴金を課した。此の措置が、パウロ6世をシンドーナへ頼らせる直接の契機となる。
- ポール・マルチンクス・ジュゼッペ・カプリオ・セルジオ・ゲッリ シンドーナがローマ教皇庁の銀行家に任命された後、バチカン市国がイタリアに保有する株式を、イタリア政府に気付かれない様スイス銀行の地下金庫へ移送する任務で協力した3名。カプリオは聖座財産管理局秘書、ゲッリはバチカン行政庁長官(暫定)であった。
主要な概念・組織
- ラテラノ条約 西暦1,929年2月11日にローマ教皇庁とイタリアの間で締結された条約。バチカン一帯がバチカン市国としてイタリア政府から政治的に独立した区域となる事が認められ、主権国家としての地位、イタリアに対する免税特権、バチカン市国へ輸入される商品に対する関税の免除が保証された。
- IOR(宗教事業協会) 西暦1,942年6月27日、ピウス12世が宗務委員会を改組して設立した機関。ローマ教皇領の没収に係る補償金を資本とし、設立はロスチャイルド家の肝入りであった。麻薬資金等のマネーロンダリング装置として悪用される様になり、資金洗浄額の10%以上を手数料として取り、得た利益を東欧や中南米の反共組織へ送金していた。
- 財産管理局 ラテラノ条約に際してピウス11世が新設し、ベルナルディーノ・ノガーラへ管理を任せた部局。彼が長年に渡って築いた金融構造は、後にイタリア政府の課税政策によって崩壊の危機に晒される事となる。
- コーサ・ノストラとガンビーノ一家 シンドーナの資金洗浄の出発点。西暦1,952年、コーサ・ノストラ最高幹部ラッキー・ルチアーノの依頼で渡米したシンドーナは、ニューヨークの5大マフィアの1つガンビーノ一家の資金洗浄を行い、同家の為に持株会社を設立した。西暦1,956年には、幹部ジョー・アドニスの依頼でヘロイン密輸収益の洗浄も手掛けている。
- ファスコAGとプライベート・ファイナンス銀行 西暦1,960年、シンドーナがマッシモ・スパーダの仲介により、リヒテンシュタインを本拠とする金融会社ファスコAGを通じて株の過半数を取得したのが、ミラノに拠点を置くプライベート・ファイナンス銀行である。少数株主にはIORとイタリアのウニオネ銀行が名を連ね、同行はミラノとローマの2つの店舗のみで運営される小規模な金融機関であった。
- ローマ教皇庁への課税 西暦1,968年6月25日に第22代イタリア首相へ就任したジョヴァンニ・レオーネが踏み切った措置。莫大な投資額に対する追徴金が課せられ、最初に影響を受ける金額は700,000,000ドルと見積もられた。
- タックスヘイブンへの資産分散 シンドーナがパウロ6世へ示した提案。欧米のタックスヘイブンに設立された企業へ資産を分散させるというもので、嘗てガンビーノ一家に行った手法と同じであり、唯一異なるのは公然と行う点であった。バチカン市国が主権国家である以上、好きな所に投資対象を移す権利が有るとして、イタリアの立法者達への警告と、バチカン市国の投資に課税しようとする他国への牽制を狙った。
- ローマ教皇庁の銀行家 西暦1,969年4月頃、パウロ6世がシンドーナに与えた地位。IORの資金管理を行う略無制限の権限を持つもので、任命後のシンドーナは、イタリアの大手デベロッパーであるジェネラーレ不動産の株式を売却し、其の利益でルクセンブルクの金融機関株を取得する等、バチカン市国の保有資産を次々とイタリア国外へ移して名義を変え、イタリア国税庁を煙に巻いた。
- ウニオネ銀行とアミンコル銀行 シンドーナは、バチカン市国名義のウニオネ銀行の口座から預金を引き上げ、約250,000,000ドルを着服した上で、残りをチューリッヒのアミンコル銀行へ移した。此の頃彼は、11ヶ国の少なくとも5銀行・125以上の企業を支配しており、IORが株式を保有する金融機関と、プリバータ・イタリアーナ銀行に在るローマ教皇庁の口座を利用して、マフィアのマネーロンダリングに手を貸していた。
マフィアの手法が、ローマ教皇庁の財務になった──
パウロ6世とミケーレ・シンドーナの全経緯を一元化。
158円(税込)
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購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。