国連人口基金一元化
西暦1,967年、人口は管理すべき「数」になった──
国連人口基金の五十八年を年月日単位で一元化。
487円(税込)
購入する →
お支払いはカード情報の入力だけで完了します
購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。
本書について
西暦1,967年7月1日、人口爆発に対する国際的な懸念の高まりと、ピル(経口避妊薬)・IUD(子宮内避妊具)の登場を背景に、第3代国連事務総長ウ・タントの下に「UNFPA(国連人口活動信託基金)」が設立された。二年後の西暦1,969年7月24日、第16代フィリピン官房長官ラファエル・M・サラスが、第10代フィリピン大統領フェルディナンド・マルコスとの対立により官房長官職を辞任する。8月1日、彼はウ・タントの招聘によりUNFPAへ加入し、10月1日、初代UNFPA事務局長に就任した。本書は、此の設立から西暦2,025年に至る国連人口基金の歩みを、年月日単位で一元化した記録である。
西暦1,970年4月3日、ECOSOC(経済社会理事会)が「第3回世界人口会議」の開催を決定する。①基本的な人口問題、②社会経済開発との関係、③人間の福祉と開発——此の3点を促進する為に必要な人口政策と行動プログラムを検討する事となった。同時にECOSOCは、国連総会に対して西暦1,974年を世界人口年として宣言する様勧告し、サラスを其の組織責任者に指名する様ウ・タントへ要請している。西暦1,972年6月2日、決議1672号によりサラスに世界人口年の準備の責任が与えられ、第50代メキシコ財務大臣・第31代メキシコ外務大臣を務めたアントニオ・カリジョ・フローレスが第3回世界人口会議事務局長に任命された。西暦1,973年からは、カイロ「人口と開発」、ホノルル「人口と家族」、ストックホルム「人口・資源・環境」、翌年1月のハーグ「人口と人権」と、国連経済社会局人口部門が主催する技術シンポジウムが四度開かれる。
西暦1,974年8月19日、ブカレストにて第3回国連世界人口会議が開催される。136ヶ国の政府代表や国連関連機関の代表等1,400名以上が参集した、3回目にして初の政府間レベルの人口会議であった。アメリカは、途上国に対し西暦1,985年迄に出生率を1,000人当たり10人引き下げる事等を目標として提案する。然し、第10代インド保健・家族計画大臣でインド代表団団長のカラン・シングは「先進国の『人口が増え過ぎているから避妊薬を配れ』というアプローチは、原因と結果を取り違えている。人口増加は、経済的・社会的な低開発の原因では無く、其の結果である。経済的・社会的な発展こそが最善の避妊薬だ」と反論した。途上国の反発により、採択されたWPPA(世界人口行動計画)に各国の人口抑制の数値目標は定められず、人口政策の策定・実施が各国の主権的権利である事と、全てのカップルと個人が子供の数と間隔を自由且つ責任を持って決定する権利を有する事が、主要原則として据えられた。
其の四ヶ月後、西暦1,974年12月10日、ヘンリー・キッシンジャーが「世界的な人口増加が米国の安全保障と海外利益に与える影響」——アメリカ安全保障研究メモランダム200(NSSM-200)を発表する。本書は、此の文書の内容を項目ごとに一元化している。インド・バングラデシュ・パキスタン・ナイジェリア・メキシコ・インドネシア・ブラジル・フィリピン・タイ・エジプト・トルコ・エチオピア・コロンビアの13ヶ国を人口削減支援の第一の重点とする事、西暦2,000年頃迄に子供2人世帯を平均とし成長率を1.1%へ低下させる事、既に80ヶ国でプロジェクトを展開しているUNFPAへ捻出金を積み増しする事。そして、急速な人口増加がアメリカの関心を持つ国々の内的安定と国際関係に損害を与え、政治的或いは国家安全保障上の問題を引き起こすという認識が、其の全体を貫いている。
西暦1,984年8月6日、メキシコシティにて国際人口会議が開かれる。サラスが会議事務局長を務め、国連加盟国157ヶ国中147ヶ国の代表が参加した。前回の会議から世界人口は20%増加し、其の増加の90%が開発途上地域で起きていた。合意された88の勧告は、開発に於ける女性の役割、個人の権利を尊重した上での家族計画、健康・死亡率改善の措置を強調し、「中絶は如何なる場合も家族計画の方法として推進されるべきでは無い」と明記する。西暦1,987年12月11日、UNFPAは名称を国連人口活動基金から国連人口基金へ改称した(略称の変更は無かった)。そして西暦1,994年9月5日、カイロの国際人口開発会議では「人口の数の管理」から「個人の権利と尊厳」へのパラダイムシフトが議論され、リプロダクティブ・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ、女性のエンパワーメントが国際政策文書の中で正式に定義される。最大の論争は中絶を巡る攻防であり、ローマ教皇庁は留保を付して行動計画への部分的参加を宣言した。
会議の時代の後に来たのは、財団の時代である。西暦1,997年、デビッド&ルシール・パッカード財団が109のプロジェクトへ資金提供を行い、其の中にはプランド・ペアレントフッド、USAID人口局・UNFPA・IPPFの設立に資金提供したPAI、避妊と中絶に関する法と政策を監視するアラン・ガットマッハー研究所が含まれていた。西暦2,000年4月4日、UNFPAはビル&メリンダ・ゲイツ財団からの57,000,000ドルの助成金を発表する。以後、母子破傷風撲滅イニシアチブ、PMNCH、子宮頸癌ワクチンのガイダンスノート、H8、SDG3グローバル行動計画と保健分野の枠組みが次々に組まれ、西暦2,021年にはUNFPAチャレンジファンドが計50,000,000ドルの資金提供を得て設立された。西暦2,023年9月20日、メリンダ・ゲイツはUNFPA Suppliesへ最大100,000,000ドル、ユニットエイドへ100,000,000ドルの資金コミットメントを発表し、西暦2,025年1月21日、UNFPAとビル&メリンダ・ゲイツ財団は資金パートナーシップの拡大を発表する——設立から五十八年、人口を巡る国際政治の全軌跡を、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- ウ・タント 第3代国連事務総長。西暦1,967年7月1日、人口爆発への懸念とピル・IUDの登場を背景に、其の下にUNFPA(国連人口活動信託基金)が設立された。西暦1,969年8月、ラファエル・M・サラスを招聘してUNFPAへ加え、同年10月1日に初代事務局長へ据えている。西暦1,970年には、サラスを世界人口年の組織責任者として指名する様、ECOSOCから要請を受けた。
- ラファエル・M・サラス 初代UNFPA事務局長。第16代フィリピン官房長官であったが、西暦1,969年7月24日、第10代フィリピン大統領フェルディナンド・マルコスとの対立により辞任し、ウ・タントの招聘で国連へ移った。西暦1,972年に世界人口年全体の企画・調整を担い、第3回国連世界人口会議ではUNFPAを率いて準備と関連プログラムを支え、西暦1,984年のメキシコシティ国際人口会議では会議事務局長を務めた。
- フェルディナンド・マルコス 第10代フィリピン大統領。西暦1,969年、官房長官ラファエル・M・サラスと対立し、其の辞任を招いた。結果として、サラスが国連へ渡りUNFPA初代事務局長となる契機を作った人物である。
- アントニオ・カリジョ・フローレス 第50代メキシコ財務大臣・第31代メキシコ外務大臣を歴任した人物。西暦1,972年9月20日、ECOSOCにより正式に第3回世界人口会議事務局長へ任命された。翌年3月の準備委員会には、シンポジウムの計画と準備状況を扱う報告書(E/CN.9/275)と、国家主権の尊重・NGOの参加形態・開催地問題を扱う報告書(E/CN.9/278)の2本を提出している。
- クルト・ヴァルトハイム 第4代国連事務総長。西暦1,974年3月の準備委員会で審査されたWPPA(世界人口行動計画)の草案を、専門家パネルの助力を得て作成した。此の最終版は、同年5月30日迄に各国政府へ送付される事となっていた。
- カラン・シング 第10代インド保健・家族計画大臣で、第3回国連世界人口会議のインド代表団団長。避妊薬を配れば人口が減るという先進国のアプローチは原因と結果を取り違えていると批判し、人口増加は低開発の原因では無く結果であり、経済的・社会的な発展こそが最善の避妊薬であって、貧困が解消されれば人々は自然と産む子供を少なくすると反論した。
- ヘンリー・キッシンジャー 西暦1,974年12月10日、「世界的な人口増加が米国の安全保障と海外利益に与える影響」(アメリカ安全保障研究メモランダム200)を発表した人物。インドを筆頭とする13ヶ国を人口削減支援の第一の重点と定め、西暦2,000年頃迄に子供2人世帯を平均とする目標を掲げ、UNFPAへの捻出金の積み増しをアメリカの利益として位置付けた。
- ナタリア・ヴォディアノヴァ UNFPA親善大使。西暦2,021年9月25日、グローバル・シチズン主催のチャリティ型フェスティバル「グローバル・シチズン・ライブ」のステージ上で、「UNFPAチャレンジファンド」の設立を発表した。
- メリンダ・ゲイツ 西暦2,023年9月20日、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の年次イベント「ゴールキーパーズ」にて、UNFPA Suppliesへ最大100,000,000ドル、ユニットエイドへ100,000,000ドルの長期的な資金コミットメントを発表した。前者は避妊具の直接調達の支援を、後者は産後出血の治療薬パッケージや出生前コルチコステロイド等の導入・普及の加速を意図していた。
主要な会議・組織
- UNFPA(国連人口基金) 西暦1,967年7月1日、ウ・タントの下に「国連人口活動信託基金」として設立。西暦1,987年12月11日に国連人口基金へ改称したが、略称の変更は無かった。西暦1,974年の時点で既に80ヶ国でプロジェクトを展開しており、以後も母子破傷風撲滅イニシアチブ・PMNCH・H8・SDG3グローバル行動計画と、保健分野の国際的な枠組みへ常に名を連ねている。
- ECOSOC(経済社会理事会)と人口委員会 西暦1,970年4月3日に第3回世界人口会議の開催を決定し、西暦1,972年の決議1672号でサラスへ世界人口年の準備責任を与えた機関。下部機関の人口委員会は、西暦1,972年8月・西暦1,973年3月・西暦1,974年3月と準備委員会を重ね、会議の枠組みとWPPAの最終版を取り纏めた。
- 4回の技術シンポジウム 第3回世界人口会議に向け、国連経済社会局人口部門が主催した会合。西暦1,973年6月4日カイロ「人口と開発」、8月6日ホノルル「人口と家族」、9月24日ストックホルム「人口・資源・環境」、西暦1,974年1月ハーグ「人口と人権」の4つで、最後の回では西暦1,968年のテヘラン国際人権会議で認められた「親となる事を自由に選択する権利」との関係が議論された。
- 第3回国連世界人口会議(ブカレスト) 西暦1,974年8月19日から12日間、ルーマニアのブカレストで開催。136ヶ国の政府代表や国連関連機関の代表等1,400名以上が参集した、初の政府間レベルの人口会議である。富のより公平な分配、各国が自国に最適な人口政策を決定する主権的権利、開発に於ける女性の役割等が論点となり、避妊薬を配れば経済発展に繋がるという家族計画は開発プロセスを加速させるエンジンでは無いとされた。
- WPPA(世界人口行動計画) ブカレストで採択された行動計画。各国の人口抑制の目標は定められず、人口政策の策定・実施が各国の主権的権利である事、全てのカップルと個人が子供の数と間隔を自由且つ責任を持って決定する権利を有する事を主要原則とした。行動計画としては、死亡率・乳児死亡率の削減、家族計画教育とサービスの提供、地方・農村開発の推進、人口統計の改善、女性の法的・教育的・雇用上の平等の促進を勧告している。
- NSSM-200(アメリカ安全保障研究メモランダム200) 西暦1,974年12月10日にヘンリー・キッシンジャーが発表した文書。人口増加が食糧・資源・経済発展・都市への流入・政治的安定へ及ぼす影響を三十余りの項目に渡って論じ、LDCs(後発開発途上国)の指導者自身が家族計画と人口安定化を率先して推進する様仕向ける事、其れが先進国の政策と思われない様注意する事迄を戦略として記した。
- 国際人口会議(メキシコシティ) 西暦1,984年8月6日から9日間開催。国連加盟国157ヶ国中147ヶ国の代表が参加し、ラファエル・M・サラスが会議事務局長を務めた。88の勧告が合意され、開発過程への女性の完全な統合、平均寿命と乳児死亡率の数値目標、家族計画サービスの配分、人口分布と国内移動、国際移動、先進国の高齢化等が扱われた。
- 国際人口開発会議(カイロ) 西暦1,994年9月5日から9日間開催。179の政府代表団と約11,000名の登録参加者が集い、子供の数・間隔を決める権利、リプロダクティブ・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ、女性のエンパワーメントが正式に定義された。中絶を巡ってはローマ教皇庁が用語自体に強く反対し、最終的に「中絶が法律に違反しない状況に於いて、其の様な中絶は安全であるべきである」という文言が加えられた。
- 母子破傷風撲滅イニシアチブ 西暦1,999年、ユニセフ・WHO・UNFPAが、西暦1,989年の第42回WHA(世界保健総会)で決議された新生児破傷風撲滅の取り組みを再編成したもの。妊婦への破傷風トキソイド含有ワクチンの定期接種、高リスク地域での補足的予防接種活動、清潔な分娩と臍帯ケアの推進、サーベイランスの強化という4本柱を持つ。
- デビッド&ルシール・パッカード財団 西暦1,997年に109のプロジェクトへ資金提供を行った財団。プランド・ペアレントフッド、USAID人口局・UNFPA・IPPFの設立の際に資金提供を行ったPAI(ポピュレーション・アクション・インターナショナル)、アラン・ガットマッハー研究所が対象に含まれ、エチオピア・ウガンダでの中絶トレーニング支援やベトナムでの経口避妊薬配布にも資金が流れた。
- ビル&メリンダ・ゲイツ財団 西暦2,000年4月4日の57,000,000ドルの助成金を皮切りに、UNFPAと長く連携した財団。H8の一員であり、西暦2,021年にはCIFF(チルドレンズ・インベストメント・ファンド財団)等と共にUNFPAチャレンジファンドへ計50,000,000ドル、西暦2,022年には事前認証プログラムへ400,000ドル、西暦2,025年には7,000,000ドルの追加資金を投じている。
- PMNCH・H8・SDG3グローバル行動計画 UNFPAが加わった保健分野の連携枠組み。西暦2,005年9月12日にWHO本部で設立されたPMNCH(母子・新生児・子どもの健康の為のパートナーシップ)、西暦2,007年7月に8機関で発足したH8(ヘルス8)、西暦2,019年9月24日の第74回国連総会で発足し11機関が参加したSDG3グローバル行動計画と、断片化・重複していた支援を束ねる枠組みが重ねられてきた。
- UNFPAチャレンジファンドとUNFPA Supplies UNFPA Suppliesは、48の低所得国に近代的避妊具と母体救命薬を供給するUNFPAの旗艦プログラム。其の資金不足を緊急に埋める為、西暦2,021年9月25日、親善大使ナタリア・ヴォディアノヴァがUNFPAチャレンジファンドの設立を発表した。西暦2,023年にはメリンダ・ゲイツがUNFPA Suppliesへ最大100,000,000ドルのコミットメントを表明している。
ブカレストからカイロ、そしてゲイツ財団へ──
人口を巡る国際政治の全軌跡を一元化。
487円(税込)
購入する →
お支払いはカード情報の入力だけで完了します
購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。