国連人口基金一元化
人口を数える機関は、やがて人口を動かす機関になった──
国連人口基金の五十八年を年月日単位で一元化。
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本書について
西暦1,967年7月1日、第3代国連事務総長ウ・タントの下に「UNFPA(国連人口活動信託基金)」が設立された。背景に有ったのは、人口爆発に対する国際的な懸念の高まりと、ピル(経口避妊薬)・IUD(子宮内避妊具)という二つの技術の登場である。人が増える事が問題として語られ始め、其れを扱う為の器が国連の中に置かれた。西暦1,969年7月24日、第16代フィリピン官房長官ラファエル・M・サラスが、第10代フィリピン大統領フェルディナンド・マルコスとの対立により官房長官職を辞任する。同年8月1日、彼はウ・タントの招聘でUNFPAに加入し、10月1日に初代事務局長へ就任した。本書は、此の設立と人事を起点として、国連人口基金の五十八年を年月日単位で一元化した記録である。
西暦1,970年4月3日、ECOSOC(経済社会理事会)が「第3回世界人口会議」の開催を決定する。基本的な人口問題、社会経済開発との関係、人間の福祉と開発——此れ等を促進する為に必要な人口政策と行動プログラムを検討する事となった。同時にECOSOCは、国連総会に対して西暦1,974年を世界人口年と宣言する様勧告し、サラスを其の組織責任者に指名する様ウ・タントへ要請している。西暦1,972年6月2日、ECOSOC決議1672号によりサラスへ世界人口年の準備の責任が与えられ、同時に、第50代メキシコ財務大臣・第31代メキシコ外務大臣を務めたアントニオ・カリジョ・フローレスを会議事務局長に任命する事が決まった。同年8月にはECOSOC下部機関の人口委員会が準備委員会を開いて会議の枠組みを定め、9月20日にカリジョ・フローレスが正式に任命される。翌西暦1,973年3月19日からの準備委員会に、彼は進捗を伝える二本の報告書(E/CN.9/275・E/CN.9/278)を提出した。後者には、国際協力における国家主権の尊重、人口政策は開発政策の代替では無く其の不可欠な一部であるべき事、NGOの参加形態、開催地問題が並んでいる。
会議へ向けて、国連経済社会局人口部門が四回の技術シンポジウムを開いた。西暦1,973年6月4日からカイロで「人口と開発」、8月6日からホノルルで「人口と家族」、9月24日からストックホルムで「人口・資源・環境」——最後の一つは、前年のストックホルム国連人間環境会議の勧告を受けて環境面に特別な注意が払われた。そして西暦1,974年1月、ハーグで「人口と人権」が議論される。西暦1,968年のテヘラン国際人権会議で認められた「親となる事を自由に選択する権利」との関係、家族計画の情報と手段へのアクセスの権利、女性の地位——人口を扱う議論が、権利の言葉へ接続されてゆく段階である。同年3月、人口委員会はWPPA(世界人口行動計画)の草案を審査し、第4代国連事務総長クルト・ヴァルトハイムが専門家パネルの助力を得て作成した最終版を、5月30日迄に各国政府へ送付する事を取り纏めた。
西暦1,974年8月19日から12日間、ブカレスト(ルーマニア)にて第3回国連世界人口会議が開催される。136ヶ国の政府代表や国連関連機関の代表等1,400名以上が参集した、三回目にして初の政府間レベルの人口会議であった。サラス率いるUNFPAは、国連内で人口プログラムの推進を担う中核機関として、会議の準備と関連プログラムを支援している。アメリカは、途上国に対し西暦1,985年迄に出生率を1,000人当たり10人引き下げ、置換水準である合計特殊出生率約2.1の達成を、先進国に対しては同年迄の置換水準達成と其の後可能な限り早い人口の静止状態への移行を、目標として提案した。之に対し、第10代インド保健・家族計画大臣でインド代表団団長のカラン・シングは反論する。先進国の「人口が増え過ぎているから避妊薬を配れ」というアプローチは原因と結果を取り違えている、人口増加は経済的・社会的な低開発の原因では無く其の結果である、経済的・社会的な発展こそが最善の避妊薬だ、貧困そのものが解消されれば人々は自然と産む子供を少なくする様になる——と。途上国の反発により、採択されたWPPAに各国の人口抑制の数値目標は定められなかった。残ったのは、人口政策の策定・実施は各国の主権的権利であるという原則と、全てのカップルと個人が子供の数と間隔を自由且つ責任を持って決定する権利を有するという原則である。
同年12月10日、ヘンリー・キッシンジャーが「世界的な人口増加が米国の安全保障と海外利益に与える影響」——アメリカ安全保障研究メモランダム200(NSSM-200)を発表した。人口増加率が2%に近付き豊かな国と貧しい国とで差が顕著になっている事、対策の効果が現れるのは数十年後である為に西暦1,970年代から1,980年代に着手する事が急務である事、アメリカの予測では西暦2,075年の総人口が12,000,000,000人に達する事、人口増加がLDCs(後発開発途上国)の食糧危機や政治的不安定、国家安全保障上の問題を引き起こす事が並ぶ。支援はインド、バングラデシュ、パキスタン、ナイジェリア、メキシコ、インドネシア、ブラジル、フィリピン、タイ、エジプト、トルコ、エチオピア、コロンビアの13ヶ国に第一の重点を置くべきとされ、此れ等の国の増加人口の総計が全体の47%を占めると記された。既に80ヶ国でプロジェクトを展開しているUNFPAへ期待して捻出金を積み増す事、大統領と国務長官が人口増加抑制を最重要課題として扱う事、西暦1,980年度迄に年35,000,000〜50,000,000ドルの予算要求を議会へ行う事も挙げられている。同時に文書は、此の活動がLDCsに対する先進国の政策の押し付けと見られない様注意すべきであり、第三世界の指導者が最前線に立って成功したプログラムの手柄を得るべきである、とも記していた。
西暦1,984年8月6日から9日間、メキシコシティで国連主催の国際人口会議が開かれ、加盟国157ヶ国中147ヶ国の代表が参加、サラスが会議事務局長を務めた。ブカレストからの十年で世界人口は20%増え、其の増加の90%は開発途上地域で起きている。中国は西暦1,979年に一人っ子政策を導入していた。合意された88の勧告は、開発における女性の役割、個人の権利を尊重した上での家族計画、健康と死亡率の改善を強調したが、数値目標はやはり設定されなかった。西暦1,987年12月11日、UNFPAは名称を国連人口活動基金から国連人口基金へ改称する(略称の変更は無い)。西暦1,994年9月5日から9日間、カイロで国際人口開発会議が開かれ、179の政府代表団と約11,000名が参加した。「人口の数の管理」から「個人の権利と尊厳」へのパラダイムシフトが議論され、リプロダクティブ・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ、女性のエンパワーメントが国際政策文書の中で正式に定義される。最大の論争は中絶を巡るもので、ローマ教皇庁は用語自体が中絶の権利を暗に承認するものだと主張し、一部のカトリック・イスラム諸国と共に強く反対、最終文言に留保を付して部分的参加を宣言した。以後、UNFPAの活動は資金の側から形を変えてゆく。西暦1,997年のデビッド&ルシール・パッカード財団による109プロジェクトへの資金提供、西暦1,999年のユニセフ・WHOとの母子破傷風撲滅イニシアチブ、西暦2,000年4月4日のビル&メリンダ・ゲイツ財団による57,000,000ドルの助成、西暦2,005年のPMNCH設立、西暦2,006年のWHOとのHPVワクチン技術協議、西暦2,007年7月のH8結成、西暦2,019年のSDG3グローバル行動計画発足、西暦2,021年のUNFPAチャレンジファンド設立、西暦2,023年のメリンダ・ゲイツによるUNFPA Suppliesへの最大100,000,000ドルのコミットメント、そして西暦2,025年1月21日の資金パートナーシップ拡大と7,000,000ドルの追加提供——本書は、設立から此処に至る五十八年の全過程を一冊に束ねている。
登場人物
- ウ・タント 第3代国連事務総長。西暦1,967年7月1日、人口爆発に対する国際的な懸念の高まりと、ピル・IUDの登場を背景に、自身の下に「UNFPA(国連人口活動信託基金)」を設立した。西暦1,969年8月にラファエル・M・サラスをUNFPAへ招聘し、同年10月に初代事務局長へ就けている。西暦1,970年にはECOSOCから、サラスを世界人口年の組織責任者として指名する様要請を受けた。
- ラファエル・M・サラス 本書の中心人物の一人。第16代フィリピン官房長官であったが、西暦1,969年7月24日、第10代フィリピン大統領フェルディナンド・マルコスとの対立により辞任した。同年8月1日にウ・タントの招聘でUNFPAへ加入し、10月1日に初代UNFPA事務局長へ就任する。西暦1,970年に世界人口年の組織責任者として指名され、西暦1,972年6月2日のECOSOC決議1672号で世界人口年の準備の責任を与えられて、全体の企画・調整を担った。西暦1,974年のブカレストでの第3回国連世界人口会議ではUNFPAを率いて会議を支援し、西暦1,984年のメキシコシティでの国際人口会議では自ら会議事務局長を務めた。
- フェルディナンド・マルコス 第10代フィリピン大統領。西暦1,969年7月24日、官房長官であったラファエル・M・サラスが此の人物との対立により職を辞し、其の一ヶ月余り後にUNFPAへ加入する契機となった。
- アントニオ・カリジョ・フローレス 第50代メキシコ財務大臣・第31代メキシコ外務大臣を務めた人物。西暦1,972年6月2日のECOSOC決議1672号により第3回世界人口会議事務局長への任命が決定され、同年9月20日に正式に任命された。西暦1,973年3月19日からの準備委員会には、シンポジウムの計画と準備状況を伝える第1の報告書(E/CN.9/275)と、国家主権の尊重・人口政策の位置付け・NGOの参加形態・開催地問題を扱う第2の報告書(E/CN.9/278)を提出している。
- クルト・ヴァルトハイム 第4代国連事務総長。西暦1,974年3月の人口委員会準備委員会に際し、専門家パネルの助力を得てWPPA(世界人口行動計画)を作成した。此の最終版は同年5月30日迄に各国政府へ送付される事となっていた。
- カラン・シング 第10代インド保健・家族計画大臣であり、第3回国連世界人口会議のインド代表団団長。先進国の「人口が増え過ぎているから避妊薬を配れ」というアプローチは原因と結果を取り違えている、人口増加は経済的・社会的な低開発の原因では無く其の結果である、経済的・社会的な発展こそが最善の避妊薬だ、貧困そのものが解消されれば人々は自然と産む子供を少なくする様になる、という主旨の反論を行った。途上国側の立場を代表した人物。
- ヘンリー・キッシンジャー 西暦1,974年12月10日、「世界的な人口増加が米国の安全保障と海外利益に与える影響」というアメリカ安全保障研究メモランダム200(NSSM-200)を発表した。人口増加をLDCsの食糧危機や政治的不安定・国家安全保障上の問題と結び付け、13ヶ国への重点支援、UNFPAへの捻出金の積み増し、大統領と国務長官による人口増加抑制の最重要課題化を提言した。一方で、活動が先進国の政策の押し付けと見られない様注意すべきであり、第三世界の指導者が最前線に立つべきであるとも記している。
- ナタリア・ヴォディアノヴァ UNFPA親善大使。西暦2,021年9月25日、国際支援団体グローバル・シチズン主催のチャリティ型フェスティバル「グローバル・シチズン・ライブ」のステージ上で、「UNFPAチャレンジファンド」の設立を発表した。
- メリンダ・ゲイツ 西暦2,023年9月20日、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の年次イベント「ゴールキーパーズ」にて、避妊具の直接調達を支援するUNFPA Suppliesへの最大100,000,000ドルと、低・中所得国での新しい救命的保健製品の導入・普及を加速させるユニットエイドへの100,000,000ドルという、長期的な資金コミットメントを発表した。
主要な会議・組織
- UNFPA(国連人口基金) 本書の中心となる組織。西暦1,967年7月1日、人口爆発への国際的な懸念の高まりと、ピル・IUDの登場を背景に、第3代国連事務総長ウ・タントの下に「UNFPA(国連人口活動信託基金)」として設立された。ブカレスト・メキシコシティ・カイロの各人口会議で人口プログラム推進の中核機関を担い、西暦1,987年12月11日に国連人口基金へ改称。西暦2,000年以降はビル&メリンダ・ゲイツ財団との連携を深め、PMNCH・H8・SDG3グローバル行動計画といった保健連携枠組みにも加わった。
- ECOSOC(経済社会理事会)と人口委員会 西暦1,970年4月3日に「第3回世界人口会議」の開催を決定した国連機関と、其の下部機関。基本的な人口問題、社会経済開発との関係、人間の福祉と開発を促進する為に必要な人口政策と行動プログラムを検討する事とされた。ECOSOCは国連総会に西暦1,974年を世界人口年と宣言する様勧告し、西暦1,972年6月2日の決議1672号でラファエル・M・サラスへ準備の責任を与えた。人口委員会は西暦1,972年8月・1,973年3月19日・1,974年3月に準備委員会を開き、会議の枠組みとWPPAの最終版を取り纏めた。
- 四回の技術シンポジウム 第3回世界人口会議に向けて国連経済社会局人口部門が主催した準備会合。西暦1,973年6月4日からカイロで「人口と開発」、8月6日からホノルルで「人口と家族」、9月24日からストックホルムで「人口・資源・環境」、西暦1,974年1月にハーグで「人口と人権」が議論された。ストックホルムでは前年の国連人間環境会議の勧告を受けて環境面に特別な注意が払われ、ハーグでは西暦1,968年のテヘラン国際人権会議で認められた「親となる事を自由に選択する権利」との関係が論じられた。
- 第3回国連世界人口会議(ブカレスト) 西暦1,974年8月19日からブカレスト(ルーマニア)で12日間開催された会議。136ヶ国の政府代表や国連関連機関の代表等1,400名以上が参集した、三回目にして初の政府間レベルの人口会議である。アメリカは途上国に西暦1,985年迄の出生率引き下げと置換水準の達成を、先進国には其の後の人口静止状態への移行を提案したが、カラン・シングをはじめとする途上国の反発を受けた。主な論点は、富のより公平な分配の必要性、人口増加と社会経済的変数の相互関係、各国が自国に最適な人口政策を決定する主権的権利、家族計画は開発を加速させるエンジンでは無いという指摘、開発における女性の役割であった。
- WPPA(世界人口行動計画) 第3回国連世界人口会議で採択された行動計画。途上国の反発により各国の人口抑制の数値目標は定められなかった。主要原則は、人口政策の策定・実施が各国の主権的権利である事と、全てのカップルと個人が子供の数と間隔を自由且つ責任を持って決定し、其の為の情報・教育・手段を得る権利を有する事の二つ。具体的な勧告としては、各国への人口政策策定の奨励、死亡率・乳児死亡率の削減、家族計画教育・サービスの提供と他の保健サービスとの統合、地方・農村開発による都市への負荷軽減、人口統計の収集手続きの改善、女性の法的・教育的・雇用上の平等の促進が盛り込まれた。
- NSSM-200(アメリカ安全保障研究メモランダム200) 西暦1,974年12月10日、ヘンリー・キッシンジャーが発表した「世界的な人口増加が米国の安全保障と海外利益に与える影響」と題する文書。人口増加率の推移、豊かな国と貧しい国との増加率の差、対策の効果が数十年後にしか現れない事、アメリカの予測で西暦2,075年の総人口が12,000,000,000人に達する事、LDCsの食糧・資源・経済発展への影響、都市への人口流入が政治的安定を脅かす可能性、人口問題が暴力的紛争の要因となる事が論じられた。支援はインド・バングラデシュ・パキスタン・ナイジェリア・メキシコ・インドネシア・ブラジル・フィリピン・タイ・エジプト・トルコ・エチオピア・コロンビアの13ヶ国に第一の重点を置くべきとされ、此れ等の増加人口の総計が全体の47%を占めると記された。UNFPAへの捻出金の積み増し、大統領と国務長官による最重要課題化、西暦1,980年度迄の年35,000,000〜50,000,000ドルの予算要求も挙げられている。
- 国際人口会議(メキシコシティ) 西暦1,984年8月6日からメキシコシティで9日間開催された国連主催の会議。国連加盟国157ヶ国中147ヶ国の代表が参加し、ラファエル・M・サラスが会議事務局長を務めた。ブカレストからの十年で世界人口は20%増加し、其の90%が開発途上地域で起こっていた。合意された88の勧告は、社会経済開発・環境と人口、女性の役割と地位、人口政策の策定、人口目標と政策、人口分布と国内移動、国際移動、人口構造、知識と政策の推進、実施の各分野に及び、女性の開発における役割の重要性、個人の権利を尊重した上での家族計画の優先、健康・死亡率改善の為の措置が強調された。数値目標は設定されなかった。
- 国連人口基金への改称 西暦1,987年12月11日、UNFPAが名称を国連人口活動基金から国連人口基金へ改めた出来事。略称の変更は無かった。
- 国際人口開発会議(カイロ) 西暦1,994年9月5日からカイロで9日間開催された国連主催の会議。179の政府代表団と登録参加者約11,000名、政府・国連専門機関、政府間組織、NGO、メディアが参加した。「人口の数の管理」から「個人の権利と尊厳」へのパラダイムシフトが議論された背景には、西暦1,960年代から1,980年代の途上国における強制不妊手術、中国の一人っ子政策への批判、国際的な女性運動の台頭、HIV/AIDS危機の深刻化が有った。最大の論争は中絶を巡るもので、ローマ教皇庁は用語自体が中絶の権利を暗に承認するものだと主張して一部のカトリック・イスラム諸国と共に強く反対し、最終文言に留保を付して行動計画への部分的参加を宣言した。
- リプロダクティブ・ヘルス/リプロダクティブ・ライツ 西暦1,994年のカイロ国際人口開発会議で国際政策文書の中に正式に定義された概念。リプロダクティブ・ヘルスは、家族計画、安全な妊娠・出産、合法の場合の中絶、性感染症の予防・治療、有害な慣行の排除を含む包括的なケアとして定義された。リプロダクティブ・ライツには、子供の数と間隔を決める権利に加え、「満足のいく安全な性生活を送る権利」が明記された。併せて女性のエンパワーメントが、人口政策の手段としてだけで無く其れ自体が目的であると位置付けられた。
- デビッド&ルシール・パッカード財団 西暦1,997年に109のプロジェクトへ資金提供を行った財団。其の中には、プランド・ペアレントフッド、USAID人口局・UNFPA・IPPFの設立の際に資金提供を行ったPAI(ポピュレーション・アクション・インターナショナル)、プランド・ペアレントフッドによって設立され避妊と中絶に関するアメリカの州法・国の法律と政策を継続的に監視するアラン・ガットマッハー研究所が含まれていた。エチオピア・ウガンダでの中絶トレーニング支援に約240,000ドル、ベトナムでの経口避妊薬配布に100,000ドル、ワシントン州での緊急避妊薬促進に500,000ドルが充てられている。
- 母子破傷風撲滅イニシアチブ 西暦1,999年、ユニセフ・WHO・UNFPAが、西暦1,989年の第42回WHA(世界保健総会)で決議された新生児破傷風撲滅の取り組みを再編成したもの。実施の遅れから目標年は西暦1,995年から2,000年へ延期されていた。戦略は四本柱から成り、妊婦への破傷風トキソイド含有ワクチン(TTCV)の定期接種、高リスク地域での補足的予防接種活動(SIAs)、清潔な分娩と臍帯ケアの推進、サーベイランスの強化が挙げられた。
- ビル&メリンダ・ゲイツ財団 西暦2,000年以降のUNFPAの主要な資金パートナー。西暦2,000年4月4日に57,000,000ドルを助成し、ボツワナ・ガーナ・ウガンダ・タンザニアの4ヶ国のHIV/エイズ対策を強化した。H8の構成組織でもあり、西暦2,021年のUNFPAチャレンジファンド設立にはCIFF等と共に計50,000,000ドル、西暦2,022年3月には事前認証プログラムへ400,000ドルを提供している。西暦2,023年9月20日にはメリンダ・ゲイツがUNFPA Suppliesへ最大100,000,000ドルをコミットし、西暦2,025年1月21日にはUNFPAへ7,000,000ドルの追加資金提供を発表した。
- PMNCH(母子・新生児・子どもの健康の為のパートナーシップ) 西暦2,005年9月12日、UNAIDS・UNFPA・UNICEF・WHO・世界銀行が、GAVIや世界エイズ・結核・マラリア対策基金等と連携し、子供の死亡率削減と妊産婦の健康改善を目的としてWHO本部に設立した枠組み。
- HPVワクチンに関する技術協議 西暦2,006年3月14日から3日間、モントルー(スイスのヴォー州)にてUNFPAとWHOにより開催された「性及び生殖に関する健康プログラムとHPVワクチンに関する技術相談」。性と生殖に関する健康、予防接種、子供・青少年の健康、癌対策プログラムといった幅広い関係者に向けた、子宮頸癌ワクチン導入に関するガイダンスノートが策定された。
- H8(ヘルス8) 西暦2,007年7月、保健関連MDGs(ミレニアム開発目標)の達成に向けた緊急性を高める事を目的として設立された枠組み。WHO、ユニセフ、UNFPA、UNAIDS(国連エイズ合同計画)、世界銀行、グローバルファンド、GAVI、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の8つの保健関連組織から構成された。
- SDG3グローバル行動計画 西暦2,019年9月24日、ニューヨークで開かれた第74回国連総会にて発足した計画。グローバルヘルス分野の多数の機関が断片化・重複して活動していた状況を改善し、各国の国家計画に沿った協調支援によって保健関連SDGsの達成を加速させる事を意図した。WHO、ユニセフ、UNFPA、UNAIDS、UNDP(国連開発計画)、UNウィメン、世界銀行、GAVI、世界エイズ・結核・マラリア対策基金、GFF(グローバル・ファイナンシング・ファシリティ)、ユニットエイドの11機関が参加した。
- UNFPAチャレンジファンド 西暦2,021年9月25日、グローバル・シチズン主催のチャリティ型フェスティバル「グローバル・シチズン・ライブ」のステージ上で、UNFPA親善大使ナタリア・ヴォディアノヴァが設立を発表した基金。ビル&メリンダ・ゲイツ財団はCIFF(チルドレンズ・インベストメント・ファンド財団)等と共に計50,000,000ドルを提供した。背景には、48の低所得国へ近代的避妊具と母体救命薬を供給するUNFPA Suppliesパートナーシップの資金不足を緊急に埋める必要が有った。
- 事前認証プログラム WHOとUNFPAによる製品の品質基準の審査・認証システムの運営を支える技術支援。西暦2,022年3月、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が400,000ドルの資金提供を行った。対象は男性用ラテックスコンドーム、女性用コンドーム、銅付きIUD(型番:TCu380A)の3製品である。
- UNFPA Supplies 48の低所得国に近代的避妊具と母体救命薬を供給するUNFPAの旗艦プログラム。西暦2,021年には資金不足がUNFPAチャレンジファンド設立の背景となり、西暦2,023年9月20日にはメリンダ・ゲイツが避妊具の直接調達支援として最大100,000,000ドルの長期的な資金コミットメントを発表した。西暦2,025年1月21日には、UNFPAとビル&メリンダ・ゲイツ財団がリプロダクティブ・ヘルス製品の供給体制強化を意図した資金パートナーシップの拡大を発表し、財団は7,000,000ドルを追加提供して今後4年間のサプライチェーンのイノベーションを推進する事となった。
ブカレスト、メキシコシティ、カイロ、そしてNSSM-200へ──
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