検察庁の調査活動費の裏金問題を実名告発しようとした三井環一元化
西暦1,970年の三井環の司法試験合格・司法修習(第24期)入り、西暦1,972年の検事任官と京都・福岡・神戸・鹿児島・大阪各地検検事歴任、西暦1,988年の高知地検次席検事就任、西暦1,994年の加納駿亮の京都医学部事件捜査指揮批判と人事冷遇・荒川洋二への転出願いと名古屋高検総務部長就任、検察庁の調査活動費の357,048,000円から552,600,000円ピーク及び78,700,000円までの推移、西暦1,998年の原田明夫の第19代法務事務次官就任と東京高検検事長則定衛の銀座クラブ通い・西暦1,999年の噂の眞相の則定スキャンダル朝日新聞スクープ、三井環の大阪高検公安部長就任と検事3号俸据え置き冷遇、西暦2,000年の噂の眞相2001年1月号への西岡研介取材の匿名裏金告発、西暦2,001年3月の三井環の四国タイムズ社社長川上道大を告発人とした加納駿亮への虚偽公文書作成・虚偽公文書行使・私文書偽造・私文書行使・詐欺の5罪名による最高検察庁刑事告発と高松高検検事長内示見送り、逢坂貞夫の田中森一を引き合いに出した脅し、朝日新聞記者落合博実の実名告発勧奨、原田明夫・松尾邦弘・古田佑紀の後藤田正晴事務所訪問と原田明夫の小泉純一郎への直談判による加納駿亮福岡高検検事長就任承認・不起訴処分条件・内閣への借り、西暦2,002年の三井環と野中広務の都ホテル会談、検察審査会審議申し立てによる告発の公然化、週刊朝日山口一臣の電話の検察筒抜けとザ・スクープ実名告発収録3時間前の大阪地検特捜部による詐欺罪・電磁的公正証書原本不実記録罪での三井環逮捕、収賄罪・公務員職権濫用罪での再逮捕と懲戒免職迄──
三井環の検事任官を起点に、検察庁の調査活動費の裏金問題、加納駿亮への最高検察庁刑事告発、原田明夫らによる加納駿亮の福岡高検検事長人事と不起訴処分・内閣への借り、検察審査会審議申し立てによる告発の公然化、ザ・スクープ実名告発収録3時間前の大阪地検特捜部による三井環逮捕に至った系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,970年、三井環が、司法試験に合格し、司法修習(第24期)に入った。西暦1,972年、三井環が、検事に任官された。以降三井は、京都・福岡・神戸・鹿児島・大阪の各地検検事を歴任した。西暦1,988年4月、三井環が、高知地検次席検事に就任した。其の後三井は、高松地検次席検事を務めた。
西暦1,994年、大阪高検検事であった三井環が、加納駿亮の京都医学部事件の捜査指揮を批判した。以後加納は、人事権者として三井を冷遇した。此れを受けて三井は、大阪高検検事長荒川洋二に対し「関西に居れんので東に行かせて欲しい」という主旨の、大阪高検刑事部からの転出の願い出をした。そして三井は名古屋高検総務部長に就任した。同年6月23日、本年度の一般会計予算が参議院で可決され成立した。本年の検察庁の調査活動費は357,048,000円であった。
西暦1,995年3月22日成立の予算では、検察庁の調査活動費は395,832,000円(前年比約1.11倍)であった。以降、西暦1,996年5月10日成立分は427,513,000円(同約1.08倍)、西暦1,997年3月28日成立分は491,192,000円(同約1.15倍)と増加を続け、西暦1,998年4月8日成立分は552,600,000円(同約1.13倍)となりピークを迎えた。同年6月23日、原田明夫が第19代法務事務次官に就任した。以降原田は、東京高裁検事長則定衛と共に銀座のクラブ等に頻繁に通った。則定は、法務省の裏金事件に深く関与していた。
西暦1,999年3月17日成立の予算では、検察庁の調査活動費は322,320,000円(前年比約0.58倍)となり、減少に転じた。同年4月9日、朝日新聞が朝刊一面で、翌日発売の噂の真相社の月刊誌「噂の眞相」1999年5月号の記事を素っ破抜いた。則定衛が、愛人ホステスを公費出張に同伴し偽名で宿泊、愛人と別れる際には慰謝料をパチンコ業者に肩代わりさせた、という内容であった。翌10日、噂の眞相1999年5月号が発売された。同年7月、三井環が、大阪高等検察庁公安部長に就任した。大阪高検公安部長は検事2号俸であるが、三井は検事3号俸の儘据え置かれ、同じ業務をしているのに本来貰える筈の給料が貰えない状況となり、冷遇された。西暦2,000年3月17日成立分の調査活動費は225,850,000円(前年比約0.7倍)であった。同年12月10日、噂の眞相2001年1月号が発売され、噂の真相社記者西岡研介の取材を三井環が匿名で受けた際の、検察庁の調査活動費の裏金化を扱った記事が掲載された。
西暦2,001年3月26日成立分の調査活動費は158,570,000円(前年比約0.7倍)であった。同月31日、三井環が、神戸地検検事正となっていた加納駿亮に対し、四国タイムズ社社長川上道大を表向きの告発人として、①虚偽公文書作成②虚偽公文書行使③私文書偽造④私文書行使⑤詐欺の罪名で、高知地検検事正時代の4,000,000円と神戸地検検事正時代の10,000,000円の裏金作りに関し、最高検察庁に刑事告発した。加納は此の時、高松高検検事長となる事が事実上内定していたが、法務省は、第70代法務大臣高村正彦には此の告発の件を伏せていた。三井は、同年5月にも同様の刑事告発を行った。同年4月22日、川上道大が告発状を全て持参して高村正彦の秘書官の下を訪れ、川上の刑事告発が高村に知られ、翌日に控えていた加納駿亮の高松高検検事長の内示は見送りとなった。同年5月7日、法務省が第71代法務大臣森山真弓に交渉していた加納駿亮の高松高検検事長就任も、見送りとなった。
西暦2,001年6月1日、三井環が、弁護士で大阪高検検事長を務めた逢坂貞夫から呼び出され、北新地の料亭での食事に誘われた。逢坂は、第20代法務事務次官松尾邦弘から三井を心配して何度も電話が掛かって来た旨を三井に話し、1時間程経ってから自身の弁護士事務所に弁護士として来る様三井を誘った。三井が断ると逢坂は、西暦2,000年3月7日に石橋産業から約17,900,000円の手形を詐取したとして逮捕された弁護士田中森一の様になると脅した。検察は、川上道大の刑事告発以降、四国タイムズを読んだり公安調査庁から情報を聞き出す等して、三井が高松地検次席検事だった際に川上から情報を貰って独自捜査をした事を突き止めていた。同年7月、朝日新聞記者落合博実が、三井環に対し、検察庁の調査活動費の裏金流用問題の実名告発を勧めた。
西暦2,001年10月、法務省が、定年退職する第4代福岡高検検事長飯田英男の後継として加納駿亮を福岡高検検事長にすべく、第71代法務大臣森山真弓に上申したが、森山は加納が裏金絡みで最高検察庁に刑事告発されている事を理由に難色を示した。同月26日、①第21代検事総長原田明夫②松尾邦弘③法務省刑事局長古田佑紀の3名が、後藤田正晴の麹町の事務所を訪問し、加納駿亮を福岡高検検事長にしないと検察の裏金問題が表沙汰になると訴えた。後藤田は首相秘書官飯島勲に電話をした。又、第19代検事総長を務めた土肥孝治と逢坂貞夫も加納の就任実現に動いた。翌27日、原田明夫が小泉純一郎に加納駿亮の福岡高検検事長就任を直談判し、小泉は此れを承認した。小泉内閣は条件として加納を不起訴処分とする事を検察側に突き付けて協力させ、検察は内閣に借りを作り、内閣を構成する政治家を事件に出来ない状態を作ってしまった。其の後森山真弓は態度を軟化させ、記者会見を開いて検察の裏金疑惑を否定した。同年11月13日、大阪高検が、加納駿亮の裏金に関し嫌疑無しとして不起訴処分とした。原田明夫は略捜査をせずに幕引きを図った。同日、小泉純一郎内閣が加納駿亮の福岡高検検事長就任を承認した。
西暦2,002年3月27日成立分の調査活動費は78,700,000円(前年比約0.5倍)であった。同月31日、三井環と野中広務が、都ホテル(京都府京都市南区西九条院町)にて会談し、検察庁の裏金問題と、前年に加納駿亮の人事で検察が内閣に借りを作った件に就いて話した。同年4月3日、三井環が、西暦2,001年11月13日の大阪高検による加納駿亮の不起訴処分を不服とし、高松高検捜査分を検察審査会への審議申し立てを行った。三井が証人となり川上道大が証人申請書を提出した事で、三井が検察庁の調査活動費の裏金問題を告発した事が公となった。同月17日、週刊朝日副編集長山口一臣が大阪高等検察庁公安部長室に電話を掛け、テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」キャスター鳥越俊太郎が同月22日昼からの取材収録を申し込む旨を伝え、三井は了承した。然し此の通話は転送を経て検察側に筒抜けとなった。同月18日、三井環と落合博実がホテル日航大阪(大阪府大阪市中央区西心斎橋)で会談し、ゴールデンウィーク明けに朝日新聞東京本社が裏金問題を一面トップで報道し、社会面で三井が実名のまま一問一答形式で答える事が了承された。三井は、其の朝日新聞の記事を持って菅直人が法務委員会で追及し、自身が参考人招致されて証言、其の後国会で記者会見をして検事を辞職するという流れを描いていた。同日15時頃、山口組二次団体佐藤組六甲連合会会長亀谷直人から荒川洋二を経由して大阪高検次席検事大塚清明に渡っていた、三井環が住む競売物件マンションの買い戻し交渉のメモが、大阪地検の手に渡った。亀谷は、三井の逮捕に協力したら第3代山健組組長桑田兼吉を保釈すると検察から言われており、検察は三井が亀谷から接待を受けていた事実を明らかにしようとしていた。同月21日、三井環が菅直人に検察の裏金疑惑に関して相談し、菅が法務委員会で裏金問題を追及する事の了承を得た。同日夕方、検事水沼裕治が、大阪地検の三井環の逮捕を目的として編成された捜査チームに招集された。主任検事大仲土和が大阪地裁にて令状請求し、深夜に許可が下りた。大阪地検検事正佐々木茂夫は三井の逮捕に反対したが、原田明夫が主導した。
西暦2,002年4月22日8時30分頃、三井環が、自身の自宅の玄関先で大阪地検特捜部の検察事務官から任意同行を求められた。9時頃、三井は、①詐欺罪──神戸市の競売マンションを暴力団組長の親族名義で落札した際、居住の実態が無いのに住宅用家屋証明書を区役所から詐取し、登録免許税約480,000円相当の納付を免れた容疑②電磁的公正証書原本不実記録罪──同マンションに居住している様に装って虚偽の転入届を区役所に提出し、住民基本台帳の電磁データに不実の記載をさせた容疑により、大阪地検特捜部によって逮捕された。同じ庁舎内に居る上司に当たる組織の幹部を被疑者として逮捕するという異例のものであった。三井は、テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」での検察裏金問題の実名告発を3時間後に控えた中で逮捕された。同年5月10日、三井環が、収賄罪・公務員職権濫用罪で再逮捕され、懲戒免職となった。
本書は、此の約32年に亘る、三井環の司法試験合格・司法修習(第24期)入りと検事任官を起点とする、京都・福岡・神戸・鹿児島・大阪各地検歴任、加納駿亮の京都医学部事件捜査指揮批判と人事冷遇・名古屋高検総務部長就任、検察庁の調査活動費の357,048,000円から552,600,000円ピーク及び78,700,000円までの推移、原田明夫の第19代法務事務次官就任と則定衛の銀座クラブ通い、噂の眞相の則定スキャンダル朝日新聞スクープ、三井環の大阪高検公安部長就任と検事3号俸据え置き冷遇、西岡研介取材の匿名裏金告発、三井環の川上道大を告発人とした加納駿亮への虚偽公文書作成等5罪名による最高検察庁刑事告発と高松高検検事長内示見送り、逢坂貞夫の田中森一を引き合いに出した脅し、落合博実の実名告発勧奨、原田明夫・松尾邦弘・古田佑紀の後藤田正晴事務所訪問と原田明夫の小泉純一郎への直談判による加納駿亮福岡高検検事長就任承認・不起訴処分条件・内閣への借り、大阪高検の嫌疑無し不起訴処分、三井環と野中広務の都ホテル会談、検察審査会審議申し立てによる告発の公然化、週刊朝日山口一臣の電話の検察筒抜けとザ・スクープ実名告発収録3時間前の大阪地検特捜部による詐欺罪・電磁的公正証書原本不実記録罪での三井環逮捕、収賄罪・公務員職権濫用罪での再逮捕と懲戒免職に至るまで、検察庁の調査活動費の裏金問題を実名告発しようとした三井環の内部告発の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- 三井環 本書の中心人物。西暦1,970年に司法試験合格・司法修習(第24期)入り、西暦1,972年に検事任官し、京都・福岡・神戸・鹿児島・大阪各地検検事、高知・高松地検次席検事を歴任。西暦1,994年の加納駿亮の京都医学部事件捜査指揮批判以後、人事権者の加納から冷遇され、名古屋高検総務部長を経て西暦1,999年7月に大阪高検公安部長に就任するも検事3号俸に据え置かれた。西暦2,000年に噂の眞相へ匿名で、西暦2,001年3月に川上道大を表向きの告発人として加納駿亮の裏金作りを最高検察庁に刑事告発。検察審査会への審議申し立てとテレビ朝日「ザ・スクープ」での実名告発を計画したが、収録3時間前の西暦2,002年4月22日に大阪地検特捜部に逮捕され、同年5月10日に再逮捕・懲戒免職となった。
- 加納駿亮 高知地検検事正・神戸地検検事正・福岡高検検事長を歴任した検察幹部。西暦1,994年に三井環から京都医学部事件の捜査指揮を批判され、以後人事権者として三井を冷遇した。西暦2,001年3月、高知地検検事正時代の4,000,000円と神戸地検検事正時代の10,000,000円の裏金作りに関し、三井環により最高検察庁に刑事告発された。高松高検検事長の内示は見送られたが、同年11月13日、大阪高検により嫌疑無しとして不起訴処分とされ、小泉純一郎内閣の承認を得て福岡高検検事長に就任した。
- 原田明夫 西暦1,998年6月23日、第19代法務事務次官に就任。以降、東京高裁検事長則定衛と共に銀座のクラブ等に頻繁に通った。第21代検事総長として、西暦2,001年10月26日に松尾邦弘・古田佑紀と後藤田正晴の事務所を訪問、翌27日に小泉純一郎へ加納駿亮の福岡高検検事長就任を直談判。同年11月13日の大阪高検による加納の不起訴処分では略捜査をせずに幕引きを図り、西暦2,002年4月の三井環逮捕も主導した。
- 則定衛 東京高裁検事長。原田明夫と共に銀座のクラブ等に頻繁に通い、法務省の裏金事件に深く関与していた。西暦1,999年4月、愛人ホステスを公費出張に偽名で同伴し、別れる際の慰謝料をパチンコ業者に肩代わりさせたという内容が、朝日新聞のスクープと月刊誌「噂の眞相」1999年5月号で報じられた。
- 川上道大 四国タイムズ社社長。西暦2,001年3月31日、三井環の加納駿亮への裏金作りの刑事告発において、表向きの告発人を務めた。同年4月22日には告発状を全て持参して第70代法務大臣高村正彦の秘書官を訪れ、加納の高松高検検事長内示の見送りに繋げた。西暦2,002年4月の検察審査会への審議申し立てでは証人申請書を提出した。三井が高松地検次席検事だった際に独自捜査の情報源となっていた。
- 落合博実 朝日新聞記者。西暦2,001年7月、三井環に対し検察庁の調査活動費の裏金流用問題の実名告発を勧めた。西暦2,002年4月18日、ホテル日航大阪で三井と会談し、ゴールデンウィーク明けに朝日新聞東京本社が裏金問題を一面トップで報じ、社会面で三井が実名のまま一問一答形式で答える事を了承した。
- 逢坂貞夫 弁護士で、大阪高検検事長を務めた人物。西暦2,001年6月1日、三井環を北新地の料亭に呼び出し、第20代法務事務次官松尾邦弘から心配して何度も電話が来た旨を伝え、自身の弁護士事務所への移籍を誘った。三井が断ると、石橋産業からの手形詐取で逮捕された弁護士田中森一の様になると脅した。後藤田正晴への働きかけにも動いた。
- 松尾邦弘 第20代法務事務次官。三井環を心配して逢坂貞夫に何度も電話を掛けた。西暦2,001年10月26日、原田明夫・古田佑紀と共に後藤田正晴の麹町の事務所を訪問し、加納駿亮を福岡高検検事長にしないと検察の裏金問題が表沙汰になると訴えた。
- 後藤田正晴 第6代警察庁長官・第55代法務大臣等を務めた人物。西暦2,001年10月26日、原田明夫・松尾邦弘・古田佑紀の訪問を受け、加納駿亮の福岡高検検事長就任に関し、首相秘書官飯島勲に電話をした。
- 小泉純一郎 内閣総理大臣。西暦2,001年10月27日、原田明夫から加納駿亮の福岡高検検事長就任を直談判され承認した。小泉内閣は条件として加納を不起訴処分とする事を検察側に突き付け、検察は内閣に借りを作る結果となった。同年11月13日、小泉内閣は加納の福岡高検検事長就任を承認した。
- 森山真弓 第71代法務大臣。西暦2,001年、加納駿亮が裏金絡みで刑事告発されている事を理由に、その高松高検検事長・福岡高検検事長就任に難色を示した。其の後、加納の不起訴処分を巡る経緯の中で態度を軟化させ、記者会見を開いて検察の裏金疑惑を否定した。
- 野中広務 政治家。西暦2,002年3月31日、自身の京都の事務所の秘書青木氏を通じて三井環にコンタクトを取り、都ホテル(京都府京都市南区)にて会談。検察庁の裏金問題と、前年に加納駿亮の人事で検察が内閣に借りを作った件に就いて話した。
- 菅直人 政治家。西暦2,002年4月21日、三井環から検察の裏金疑惑に関して相談を受け、法務委員会で裏金問題を追及する事を了承した。三井は、朝日新聞の記事を受けて菅が法務委員会で追及し、自身が参考人招致されて証言する流れを描いていた。
- 鳥越俊太郎 テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」のキャスター。西暦2,002年4月22日昼からの三井環への取材収録を申し込んだ。三井はこの実名告発の収録を3時間後に控えた中で、大阪地検特捜部に逮捕された。
主要な概念・組織
- 検察庁の調査活動費の裏金問題 本書の主題。検察庁の調査活動費は、西暦1,994年度の357,048,000円から、395,832,000円・427,513,000円・491,192,000円と増加を続け、西暦1,998年度に552,600,000円でピークを迎えた後、322,320,000円・225,850,000円・158,570,000円・78,700,000円と減少に転じた。三井環は、この調査活動費が裏金化されているとして、匿名・刑事告発・実名告発を通じて問題化を試みた。
- 京都医学部事件と三井環への冷遇 西暦1,994年、大阪高検検事であった三井環が、加納駿亮の京都医学部事件の捜査指揮を批判した事に端を発する。以後、人事権者となった加納は三井を冷遇し、三井は大阪高検検事長荒川洋二に転出を願い出て名古屋高検総務部長に就任。西暦1,999年7月の大阪高検公安部長就任後も、本来検事2号俸の職にありながら検事3号俸に据え置かれた。
- 噂の眞相・西岡研介への匿名告発 月刊誌「噂の眞相」(噂の真相社)。西暦1,999年5月号では則定衛のスキャンダルが報じられた。西暦2,000年12月10日発売の2001年1月号には、記者西岡研介の取材を三井環が匿名で受けた、検察庁の調査活動費の裏金化を扱った記事が掲載された。
- 加納駿亮への刑事告発 西暦2,001年3月31日、三井環が、四国タイムズ社社長川上道大を表向きの告発人として、加納駿亮を①虚偽公文書作成②虚偽公文書行使③私文書偽造④私文書行使⑤詐欺の罪名で最高検察庁に刑事告発したもの。高知地検検事正時代の4,000,000円と神戸地検検事正時代の10,000,000円の裏金作りが対象で、三井は同年5月にも同様の刑事告発を行った。これにより加納の高松高検検事長内示が見送られた。
- 加納駿亮の不起訴処分と内閣への借り 西暦2,001年10月27日、原田明夫が小泉純一郎に加納駿亮の福岡高検検事長就任を直談判し承認を得た経緯。小泉内閣は条件として加納を不起訴処分とする事を検察側に突き付け、検察は内閣に借りを作り、内閣を構成する政治家を事件に出来ない状態を作った。同年11月13日、大阪高検が加納を嫌疑無しとして不起訴処分とし、同日小泉内閣が加納の福岡高検検事長就任を承認した。
- ザ・スクープ実名告発直前の三井環逮捕 西暦2,002年4月22日9時頃、三井環が、①詐欺罪(競売マンションを暴力団組長の親族名義で落札し住宅用家屋証明書を詐取、登録免許税約480,000円の納付を免れた容疑)②電磁的公正証書原本不実記録罪(虚偽の転入届で住民基本台帳に不実の記載をさせた容疑)により、大阪地検特捜部に逮捕された。テレビ朝日「ザ・スクープ」での検察裏金問題の実名告発収録を3時間後に控えた中での、同じ庁舎内の上司を逮捕する異例の事態であった。同年5月10日、収賄罪・公務員職権濫用罪で再逮捕され懲戒免職となった。
西暦1,970年の三井環の司法試験合格・司法修習(第24期)入り、西暦1,972年の検事任官と京都・福岡・神戸・鹿児島・大阪各地検検事歴任、西暦1,988年の高知地検次席検事就任、西暦1,994年の加納駿亮の京都医学部事件捜査指揮批判と人事冷遇・名古屋高検総務部長就任、検察庁の調査活動費の357,048,000円から552,600,000円ピーク及び78,700,000円までの推移、西暦1,998年の原田明夫の第19代法務事務次官就任と東京高検検事長則定衛の銀座クラブ通い・西暦1,999年の噂の眞相の則定スキャンダル朝日新聞スクープ、三井環の大阪高検公安部長就任と検事3号俸据え置き冷遇、西暦2,000年の噂の眞相2001年1月号への西岡研介取材の匿名裏金告発、西暦2,001年3月の三井環の四国タイムズ社社長川上道大を告発人とした加納駿亮への虚偽公文書作成・虚偽公文書行使・私文書偽造・私文書行使・詐欺の5罪名による最高検察庁刑事告発と高松高検検事長内示見送り、逢坂貞夫の田中森一を引き合いに出した脅し、朝日新聞記者落合博実の実名告発勧奨、原田明夫・松尾邦弘・古田佑紀の後藤田正晴事務所訪問と原田明夫の小泉純一郎への直談判による加納駿亮福岡高検検事長就任承認・不起訴処分条件・内閣への借り・大阪高検の嫌疑無し不起訴処分、西暦2,002年の三井環と野中広務の都ホテル会談、検察審査会審議申し立てによる告発の公然化、週刊朝日山口一臣の電話の検察筒抜けとザ・スクープ実名告発収録3時間前の大阪地検特捜部による詐欺罪・電磁的公正証書原本不実記録罪での三井環逮捕、収賄罪・公務員職権濫用罪での再逮捕と懲戒免職迄──
三井環の検事任官を起点に、検察庁の調査活動費の裏金問題、加納駿亮への最高検察庁刑事告発、原田明夫らによる加納駿亮の福岡高検検事長人事と不起訴処分・内閣への借り、検察審査会審議申し立てによる告発の公然化、ザ・スクープ実名告発収録3時間前の大阪地検特捜部による三井環逮捕に至った、検察庁の調査活動費の裏金問題を実名告発しようとした三井環の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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