タリバン政権は
芥子の栽培を禁止した為
打倒された一元化
芥子を禁じた政権は、其の翌年に打倒された──
アフガニスタンの芥子の年間生産量の推移を軸に、三十一年を一元化。
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本書について
西暦1,977年11月、第10代国家安全保障問題担当大統領補佐官ズビグネフ・ブレジンスキーが、アフガニスタンとパキスタンのムジャーヒディーンの諸組織に対し、ソ連を挑発する為の軍事訓練を施す資金を提供した。西暦1,979年7月には、第39代アメリカ大統領ジミー・カーターが、CIAに対し695,000ドルのアフガニスタンへの非軍事支援の秘密命令に署名する。此の資金は、ムジャーヒディーンによる、アフガニスタン政府を標的にした宣伝活動に使われた。CIAは、サウジアラビアと、パキスタンの諜報機関であるISI(軍統合情報局)の協力を得てパキスタンに訓練キャンプを設置し、西暦1,989年迄、対ソ連のアドバイザー派遣や武器・資金の提供を続けた。武装組織HIG(ヒズベ・イスラミ・ヘクマティアル派)の創設者グルブッディーン・ヘクマティヤールは、CIA・ISI等から600,000,000ドルの資金提供を受けていた。本書は、此処を起点として、アフガニスタンの芥子を巡る三十一年の全過程を、年月日単位で一元化した記録である。
西暦1,980年、アフガニスタンの芥子の年間生産量は200tであった。ムジャーヒディーンの武器購入資金に充てる為、此の年から生産が活発化する。芥子の栽培は主にジャラーラーバード(アフガニスタンのナンガルハール州)で行われ、抽出されたアヘンはパキスタンに密輸され、カイバル・パクトゥンクワ州にあるISIの運営する研究所に持ち込まれてヘロインに加工された。又、アフガニスタンの国境付近の、新疆ウイグル自治区の人民解放軍の工場でも、アフガニスタン産アヘンからヘロインが製造されていた。西暦1,984年、芥子の年間生産量は41tへ、西暦1,980年比0.21倍に減少する。然し此の時既に、アフガニスタン産アヘンから製造されたヘロインは、アメリカ市場の60%、ヨーロッパ市場の80%を占めており、製造元のパキスタンでも1,300,000名のヘロイン中毒者が発生していた。生産量の増減とは無関係に、市場は既に出来上がっていたのである。
芥子の年間生産量は、西暦1,989年に650t、西暦1,993年に2,330tと増加を続けた。そして西暦1,994年12月、タリバンが、カンダハール州・ニームルーズ州を始めとするアフガニスタン南部の幾つかの州で芥子畑を一掃し、真のイスラム価値への麻薬活動の不一致を宣言する。禁じる側が現れたのは、此処からである。
西暦1,996年12月2日、初代タリバン最高指導者ムハンマド・オマルが、アフガニスタンの国営ラジオ放送「シャリアート」にて、麻薬の生産・使用・取引が癌の様に広がり、人類にとって潜在的な脅威且つ致死的な危険となったと述べ、タリバン政権が領土に於ける麻薬の生産・使用・取引を断固として追及する事を誓う声明を発表した。同声明では、アフガニスタン外務省が同年10月31日付の国連覚書に於いて反麻薬キャンペーンへの協力と支持を表明した事に触れ、国連麻薬監督プログラムに対し、タリバン政権への財政及び技術援助に関する有効な措置が取られる事を期待する旨も述べられている。同年末の芥子の年間生産量は2,300tであった。此の頃、アフガニスタンで製造されたヘロインは、バダフシャーンやマザーリシャリーフを起点に、タジキスタン・キルギス・アゼルバイジャン・ロシア・トルコ等を経由して西欧やアメリカへ至る、七系統の密輸ルートを形成していた。
西暦1,997年12月、タリバン政権が芥子の栽培を禁止する。然し効力は無く、同年末の生産量は2,800tと前年比1.22倍に増加した。西暦1,999年10月、ムハンマド・オマルが、全てのアフガニスタンの農民は芥子畑を1/3削減しなければならず、違反した者は処罰するとの命令を下す。同年11月15日には、国連安保理が決議第1267号を採択し、前年8月7日のケニア・タンザニアのアメリカ大使館爆破の実行犯と断定されたウサーマ・ビン・ラーディンと其の関係者がタリバン政権の下に隠れたとして、アメリカ政府がタリバン政権に身柄引渡しを要求したが、ムハンマド・オマルは此れに従わなかった。同年末の生産量は4,565tに達している。
西暦2,000年7月、ムハンマド・オマルがアフガニスタンでの芥子の栽培を全面的に禁止する。結果、芥子の年間生産量は3,276tと前年比0.72倍に減少した。同年10月12日には、給油の為アデン(イエメン)に停泊中のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「コール」が、小型ボートによるアルカーイダの自爆攻撃を受け、船の左舷に直径約12.19mの穴が開き、乗組員17名が死亡、39名が負傷する。此れを受けてアメリカ政府は、攻撃の首謀者がウサーマ・ビン・ラーディンと特定された場合はアフガニスタンを攻撃すると警告した。同年12月、アメリカとロシアは国連安保理を利用し、ターリバーン職員のアフガニスタンからの出国を禁止させている。
西暦2,001年10月7日、アメリカが、ウサーマ・ビン・ラーディンを匿っている事を名目にアフガニスタン侵攻を開始する。前年7月に禁止された芥子の栽培の解禁を意図しての事であった。B-2・B-52等の戦略爆撃機を使った空爆と、潜水艦を用いた巡航ミサイルの発射が行われた。同年12月22日、パキスタン国境沿いでヘロインの密輸を行なっていたパシュトゥーン軍閥の一員であるハーミド・カルザイが、アフガニスタン暫定行政機構議長に就任する。カルザイの後ろ盾はCIAであった。又、弟のアフマド・ワリー・カルザイもCIAの資金提供を受けてヘロイン取引に従事し、ヘルマンド川に架かる橋を支配して、ヘロインの密売人のトラックが橋を渡る際に通行料を請求した。前年の芥子栽培禁止の影響で、同年末の生産量は185tに留まっている。
タリバン政権の崩壊後、芥子の年間生産量は急増する。西暦2,005年には4,100tと西暦2,001年比22.16倍に達し、西暦2,008年には8,200tとピークを迎えた。200tから始まり、禁止令によって185tまで落ち込み、政権の崩壊と共に8,200tへ跳ね上がる——此の推移こそが本書の軸である。芥子を禁じた政権が打倒され、其の後に何が起きたのかを、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- ムハンマド・オマル 本書の中心人物。初代タリバン最高指導者。西暦1,996年12月2日、国営ラジオ放送「シャリアート」にて麻薬反対の声明を発表した。西暦1,997年12月と西暦2,000年7月に芥子の栽培の禁止令を出し、西暦1,999年10月には全ての農民に芥子畑の1/3削減を命じた。同年、ウサーマ・ビン・ラーディンの身柄引渡し要求には従わなかった。
- ズビグネフ・ブレジンスキー 第10代国家安全保障問題担当大統領補佐官。西暦1,977年11月、ソ連を挑発する為の軍事訓練を施す資金を、アフガニスタンとパキスタンのムジャーヒディーンの諸組織に提供した。本書が記録する三十一年の起点に立つ人物。
- ジミー・カーター 第39代アメリカ大統領。西暦1,979年7月、CIAに対し695,000ドルのアフガニスタンへの非軍事支援の秘密命令に署名した。此の資金は、ムジャーヒディーンによるアフガニスタン政府を標的にした宣伝活動に使われた。
- グルブッディーン・ヘクマティヤール アフガニスタンの武装組織HIG(ヒズベ・イスラミ・ヘクマティアル派)の創設者。CIA・ISI等から600,000,000ドルの資金提供を受けていた。
- ウサーマ・ビン・ラーディン ブッシュ家のビジネスパートナー。西暦1,998年8月7日のケニア・タンザニアのアメリカ大使館爆破の実行犯と断定された。西暦1,999年11月15日の国連安保理決議第1267号では、アメリカ政府がタリバン政権に対し其の身柄引渡しを要求し、西暦2,001年のアメリカによるアフガニスタン侵攻の名目とされた。
- ハーミド・カルザイ パキスタン国境沿いでヘロインの密輸を行なっていたパシュトゥーン軍閥の一員。西暦2,001年12月22日、アフガニスタン暫定行政機構議長に就任した。其の後ろ盾はCIAであった。
- アフマド・ワリー・カルザイ ハーミド・カルザイの弟。CIAの資金提供を受けてヘロイン取引に従事した。ヘルマンド川(アフガニスタンのウルーズガーン州・カンダハール州・ヘルマンド州・ニームルーズ州)に架かる橋を支配し、ヘロインの密売人のトラックが橋を渡る際に通行料を請求した。
主要な概念・組織
- 芥子の年間生産量 本書の軸となる指標。西暦1,980年の200tに始まり、西暦1,984年に41tへ減少した後、西暦1,989年に650t、西暦1,993年に2,330t、西暦1,999年に4,565tと増加。ムハンマド・オマルの全面禁止令により西暦2,001年には185tまで激減したが、タリバン政権の崩壊後は西暦2,005年に4,100t、西暦2,008年に8,200tとピークに達した。
- ムジャーヒディーン アフガニスタンの武装勢力。西暦1,977年以降、ズビグネフ・ブレジンスキーやCIA・ISI・サウジアラビアから、対ソ連のアドバイザー派遣や武器・資金の提供を受けた。其の武器購入資金に充てる為、西暦1,980年から芥子の生産が活発化した。
- CIAとISI CIAはアメリカの中央情報局、ISI(軍統合情報局)はパキスタンの諜報機関。両者はサウジアラビアと協力してパキスタンにムジャーヒディーンの訓練キャンプを設置し、西暦1,989年迄、武器・資金の提供を続けた。ISIはカイバル・パクトゥンクワ州で研究所を運営し、アフガニスタン産アヘンからヘロインを製造した。
- HIG(ヒズベ・イスラミ・ヘクマティアル派) アフガニスタンの武装組織。創設者グルブッディーン・ヘクマティヤールは、CIA・ISI等から600,000,000ドルの資金提供を受けていた。
- ヘロインの密輸ルート 西暦1,996年時点では、バダフシャーンやマザーリシャリーフを起点として、タジキスタン・キルギス・アゼルバイジャン・ロシア・グルジア・トルコ等を経由し、西欧やアメリカへ至る七系統が存在した。西暦2,000年時点では、ペシャーワルからカラチを経て海路でアジア・太平洋地域や欧州へ向かう経路や、ジャラーラーバード・カンダハールからイラン・トルコを経て欧州へ向かう経路など、六系統に組み替えられていた。
- タリバンによる麻薬禁止令 タリバンは西暦1,994年12月に南部諸州で芥子畑を一掃し、西暦1,997年12月と西暦2,000年7月に芥子の栽培を禁止した。西暦1,997年の禁止に効力は無かったが、西暦2,000年7月の全面禁止令は翌年の生産量を185tまで激減させた。
- 国連安保理決議第1267号 西暦1,999年11月15日に採択された決議。前年8月7日のアメリカ大使館爆破の実行犯と断定されたウサーマ・ビン・ラーディンと其の関係者がタリバン政権の下に隠れたとして、アメリカ政府がタリバン政権に身柄引渡しを要求した。
- 駆逐艦「コール」への自爆攻撃 西暦2,000年10月12日、給油の為アデン(イエメン)に停泊中のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「コール」が、小型ボートによるアルカーイダの自爆攻撃を受けた事件。船の左舷に直径約12.19mの穴が開き、乗組員17名が死亡、39名が負傷した。アメリカ政府は、首謀者がウサーマ・ビン・ラーディンと特定された場合はアフガニスタンを攻撃すると警告した。
- アフガニスタン侵攻 西暦2,001年10月7日にアメリカが開始した軍事行動。ウサーマ・ビン・ラーディンを匿っている事が名目とされたが、前年7月に禁止された芥子の栽培の解禁を意図していた。B-2・B-52等の戦略爆撃機による空爆と、潜水艦からの巡航ミサイル発射が行われ、タリバン政権は崩壊した。侵攻後、芥子の年間生産量は急増する。
200tから8,200tへ、そして185tへ、再び8,200tへ──
CIA・ISIの支援とタリバンの禁止令が交錯した芥子の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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