高橋是清は日露戦争の戦費調達でロスチャイルド・シンジケートに取り込まれた一元化
横浜正金銀行副頭取高橋是清の井上馨密命によるイギリス・ドイツ・ベルギー外債募集可能性調査とアレキサンダー・アラン・シャンドとの再会、パース銀行・香港上海銀行を発行銀行とする募集額10,000,000ポンド・金本位制維持約束付き第1回四分利付英貨公債起債、ユーウェン・キャメロンによる10,000,000ポンド年利6%発行価格85ポンド期限10年引き受け案作成、西暦1,904年2月4日御前会議の対ロシア帝国軍事行動決議と松方正義・井上馨・曾禰荒助・松尾臣善・阪谷芳郎による高橋是清欧米派遣財務官決定、ジェイコブ・シフ自宅でのマイアー・グッゲンハイム・イジドー・ストラウス・マーカス・ゴールドマン・エマニュエル・リーマン招集ポグロム協議と日本資金提供諮問、日露戦争勃発とジョージ・ケナンによるロシア帝国民捕虜への革命宣伝文配布及びシフのアシスト、築地料亭での高橋4条件提示と涙の決意並びに金子堅太郎との横浜出発、ニューコートでのナサニエル・ロスチャイルド・アルフレッド・ド・ロスチャイルドとの会談と公債購入拒否及びバクー油田利権に因るロシア帝国敵対回避並びにジェイコブ・シフ代理人擁立、5,000,000ポンド公債発行仮契約調印と発行価格93ポンド・期限7年・年利回り6%条件、スパイヤーズ社アーサー・ヒル晩餐会でのシフ・高橋是清隣席設定とシフによる日本経済・生産・人心・皇室・鉄道・人口・教育質問及び深井英五資料提供、シフによる残額5,000,000ポンドニューヨーク発行引き受け、ロンドン・ニューヨークでの第1回六分利付英貨公債応募開始と30倍・5倍応募、第2回六分利付英貨公債12,000,000ポンド・年利6%発行、煙草専売金担保第1回・第2回四分半利付英貨公債30,000,000ポンド・年利4.5%発行とウォーバーグ商会・ドイツ銀行参加並びにヴィルヘルム2世投資許可とマックス・モリッツ・ウォーバーグ・アーサー・フォン・グウィナー参加、第2回四分利付英貨公債25,000,000ポンド・年利4%無担保発行とN・M・ロスチャイルド&サンズ・ロスチャイルド・フレール銀行参加、AJC設立とジェイコブ・シフ会長就任及び米露通商条約破棄キャンペーン、阪谷芳郎による第2回四分利付英貨公債借り換えロスチャイルド家打診と五分利付英貨公債23,000,000ポンド・年利5%無担保発行迄──
横浜正金銀行副頭取時代の井上馨密命外債調査を起点とし、日露戦争戦費調達の為の英貨公債6回・五分利付英貨公債1回発行を通じて、パース銀行・香港上海銀行・クーン・ローブ商会・ベアリング商会・ロスチャイルド家・ウォーバーグ商会・ドイツ銀行・ロスチャイルド・フレール銀行から成る国際金融シンジケートに取り込まれていく高橋是清の9年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,898年、横浜正金銀行副頭取であった高橋是清が、第6代大蔵大臣であった井上馨から、外債募集の可能性を探る密命を受け、海外支店業務指導点検の名目でイギリス・ドイツ・ベルギーを訪れた。此の際、西暦1,866年にチャータード・マーカンタイル銀行横浜支店支店長代理として勤め、高橋に身の回りの世話をさせ、英語を教えたパース銀行ロンドン支店支店長のアレキサンダー・アラン・シャンドと再会し、支援を取り付けた。西暦1,899年、第1回四分利付英貨公債が、募集額10,000,000ポンドで起債され、其の際日本政府は、パース銀行・香港上海銀行等の発行銀行に対し、金本位制の維持を約束した。西暦1,904年1月、ユーウェン・キャメロンが、香港上海銀行横浜支店長に対し「税収入の担保が得られ、適度な額であれば日本の外債を引き受けるべきである」という内容の電報を送り、同年2月には10,000,000ポンドを年利6%、発行価格85ポンド(額面100ポンド)、期限10年という引き受け案を作成して香港上海銀行横浜支店を通じて日本政府と交渉した。
西暦1,904年2月4日、御前会議が開かれ、日本はロシア帝国との交渉を打ち切り、軍事行動に移る事を決議した。会議終了後、松方正義・井上馨・第10代大蔵大臣曾禰荒助が大蔵大臣官邸へ向かい、松方は呼ばれて来ていた第6代日銀総裁松尾臣善・第7代大蔵次官阪谷芳郎に開戦決議を告げ、戦費調達の為に日本国民に増税を課し、内国債を発行、国外でもロンドン・パリ・ニューヨークの投資家達に国債を販売し、輸入物資の購入や金本位制を維持する為の正貨を確保しなければならないと述べた。井上は三井銀行専務理事早川千吉郎を、松尾・阪谷は日銀副総裁高橋是清を推し、欧米に派遣する財務官は高橋に決定したが、阪谷が初代日本興業銀行総裁添田壽一にも声を掛けた事が高橋の耳に入り、高橋は一旦ロンドン派遣を辞退した。同年2月6日、ジェイコブ・シフが自宅にて、マイアー・グッゲンハイム・第2代メイシーズ社社長イジドー・ストラウス・ゴールドマン・サックス創業者マーカス・ゴールドマン・リーマン・ブラザーズ共同創設者エマニュエル・リーマン等のユダヤ系アメリカ人の商人を集め、前年のロシア帝国でのポグロムを協議し、日本への資金提供を実行した場合のロシア帝国内ユダヤ人への影響を諮問した。同年2月8日、日露戦争が勃発し、ジャーナリストのジョージ・ケナンは日本国内の収容所に収容されているロシア帝国民捕虜に帰国後の蜂起を促す革命の宣伝文を秘かに配布、シフはケナンと連絡を取りアシストした。日本は150,000,000円分の外貨を要したが、此の時点で52,000,000円しか持ち合わせていなかった。
西暦1,904年2月10日、桂太郎・松方正義・井上馨・曾禰荒助・阪谷芳郎・高橋是清が築地の料亭に参集した。高橋は改めて渡欧を拒否したが、他の者が懇願し涙を流した。高橋は引き受けるに当たり、①高橋に十分に権限を与える事、②外交官に対し高橋を十分に援助する様指示する事、③高橋以外に同じ業務を委任しない事、④日本に於いて外国業者から勧誘が有っても相手にしない事、の4条件を出し、井上は此れを承諾した。同日、末松謙澄が対欧世論工作の為、伊藤博文の命で日本を出発した。同月11日、ジェイコブ・シフが毎年恒例のヨーロッパ旅行に出発し、アーネスト・カッセルと共にフランクフルトとロンドンで過ごした。カッセルは第2代レヴェルストーク男爵ジョン・ベアリングとも密に連絡を取り、ベアリングはシフに高橋是清のニューヨークでの公債発行を引き受ける様働き掛けた。同月24日、高橋是清と金子堅太郎がロンドンへ向けて横浜を出発。高橋は公債10,000,000ポンド募集の命を受けており、金子は対米世論工作の使命を帯びていた。同年3月17日、高橋一行はニューヨークのマジェスティック・ホテルに到着したが、横浜正金銀行ロンドン支店長山川勇木から「ロンドンでは、日本がロシア帝国に勝てるとは誰も思っていない。当行は鐚一文の信用も無い。公債の発行は無理だから、是非ニューヨークで資金調達してくれ」という主旨の電報が届いた。同年3月23日、ホワイト・スター・ライン社の「セドリック号」に乗船しニューヨークからリヴァプールに向けて出発、3月31日にリヴァプール到着、横浜正金銀行ロンドン支店でトレーニー中であった長男是賢が迎え、4月1日にロンドン入りした。
西暦1,904年4月13日、高橋是清が、イギリス・ロスチャイルド家の本拠地であるニューコート(現在のイギリスのロンドンのシティ・オブ・ロンドン)にて、ナサニエル・ロスチャイルド及びライオネル・ド・ロスチャイルドの弐男アルフレッド・ド・ロスチャイルドと会談した。ナサニエルとアルフレッドは公債購入を断った上で、高橋に私債購入を打診した。公債購入を断ったのは、ロスチャイルド家がバクー油田利権に関わっていた為、表向きロシア帝国を敵に回す事が出来なかった為であり、ロスチャイルド家は代わりにジェイコブ・シフを代理人として立てた。同月22日、株式仲買人H.R.ビートンが「ユダヤ人は一流の金融家だ。レヴェルストーク男爵・ロスチャイルド家と並ぶ、ロンドンの三大金融家の1人であるアーネスト・カッセルの協力を得てはどうか」と提案し、同日マーカス・サミュエルも「戦後、ロスチャイルドを雇う事が出来る」と告げた。同月23日、高橋がロンドンの銀行家と5,000,000ポンドの公債発行に関する仮契約を、発行価格93ポンド・期限7年・年利回り6%の条件で調印した。当時の公債の年利回りの相場は2~3%であり、此の利回りが後々日本を苦しめる事となった。同月26日、香港上海銀行を引き入れ5,000,000ポンドの公債発行を取り纏めた。同年5月3日夜、高橋の横浜正金銀行時代の旧友で、ニューヨークの商社のスパイヤーズ社ロンドン支店長のアーサー・ヒルが、5,000,000ポンドの公債発行に関する仮契約調印を祝う晩餐会を開催し、シフの席は高橋の隣にセッティングされた。シフは食事中、高橋に日本経済の現状・生産状態・日露戦争開戦後の人心・皇室・鉄道・人口・教育を質問し、高橋は深井英五が持ち歩いている資料を参照しつつ定量的に丁寧な回答をした。同月4日、シャンドが、シフが目標額の残りの5,000,000ポンドを自身が引き受けアメリカで公債発行したいと言っている事を伝え、話は纏まった。同月11日ロンドンで、12日ニューヨークで、第1回六分利付英貨公債(発行価格93.5ポンド・期間7年・実質年利回り6.42%・海関税収入担保)の応募申込が開始され、ロンドンで30倍、ニューヨークで5倍の応募が殺到した。引き受けたのはパース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・クーン・ローブ商会・ナショナル・シティ・バンクであった。
西暦1,904年11月、海関税収入を担保とし軍事費を目的とした第2回六分利付英貨公債(発行額12,000,000ポンド・年利回り6%)が、パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・クーン・ローブ商会・ナショナル・シティ・バンクの引き受けで発行された。西暦1,905年3月、煙草専売金を担保とし軍事費を目的とした第1回四分半利付英貨公債(発行額30,000,000ポンド・年利回り4.5%)が発行され、パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・パンミュア・ゴードン商会・クーン・ローブ商会が引き受けた。同年7月の第2回四分半利付英貨公債(発行額30,000,000ポンド・年利回り4.5%)では、ジェイコブ・シフの紹介により、第9代プロイセン国王兼第3代ドイツ皇帝のヴィルヘルム2世から日本への投資の許可を得たマックス・モリッツ・ウォーバーグと第2代ドイツ銀行頭取アーサー・フォン・グウィナーが、ヴィルヘルム2世のヨットに乗り英貨公債募集に参加し、初めてウォーバーグ商会とドイツ銀行が引受団に加わった。同年11月28日、公債整理を目的とした第2回四分利付英貨公債(発行額25,000,000ポンド・年利回り4%)が無担保で発行され、N・M・ロスチャイルド&サンズがシンジケートを通じて6,500,000ポンド、ロスチャイルド・フレール銀行がシンジケートを通じて12,000,000ポンドを発行した。西暦1,906年11月11日、AJC(アメリカユダヤ人委員会)が、ルイス・マーシャル・ジェイコブ・シフ・メイヤー・サルツバーガー・サイラス・アドラー・ジョセフ・マイヤー・プロスカウアー等を初期メンバーとして設立され、シフは会長として米露通商条約の破棄を求めるキャンペーンを展開し、ユダヤ人を弾圧するロシア帝国を打倒する為日本に肩入れし公債発行に協力した。西暦1,907年、第11代大蔵大臣阪谷芳郎が第2回四分利付英貨公債の借り換えをロスチャイルド家に打診し、同年3月、西暦1,904年の第1・2回六分利付英貨公債の整理を目的とした五分利付英貨公債(発行額23,000,000ポンド・年利回り5%)が無担保で発行され、イギリス・ロスチャイルド商会とフランス・ロスチャイルド商会のシンジケートによってロンドンとパリで調達された。本書は、此の9年に亘る、横浜正金銀行副頭取時代の井上馨密命外債調査を起点とする、パース銀行・香港上海銀行を軸とした第1回四分利付英貨公債起債、御前会議の対ロシア帝国軍事行動決議と高橋是清欧米派遣財務官決定、ニューコートでのナサニエル・ロスチャイルド・アルフレッド・ド・ロスチャイルド会談とバクー油田利権に因るジェイコブ・シフ代理人擁立、第1回六分利付英貨公債10,000,000ポンドから第2回四分利付英貨公債25,000,000ポンド及び五分利付英貨公債23,000,000ポンドに至る公債発行の連鎖、ウォーバーグ商会・ドイツ銀行・N・M・ロスチャイルド&サンズ・ロスチャイルド・フレール銀行の引受団参加、AJC設立とシフ会長就任迄、高橋是清が国際金融シンジケートに取り込まれていく系譜の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- 高橋是清 西暦1,898年時点で横浜正金銀行副頭取、後に日銀副総裁。第6代大蔵大臣井上馨の密命により、海外支店業務指導点検の名目でイギリス・ドイツ・ベルギーを訪れ外債募集の可能性を探った。西暦1,904年2月10日、築地料亭での懇願を受け、4条件を提示した上で日露戦争戦費調達の為の欧米派遣財務官を引き受けた。同年4月13日、ニューコートでナサニエル・ロスチャイルド・アルフレッド・ド・ロスチャイルドと会談し公債購入を断られた後、ジェイコブ・シフを代理人として擁立される形で公債発行を実現させ、西暦1,904年5月の第1回六分利付英貨公債から西暦1,907年3月の五分利付英貨公債迄、計7回の英貨公債発行を主導した。
- 井上馨 第6代大蔵大臣。西暦1,898年、横浜正金銀行副頭取の高橋是清に外債募集の可能性を探る密命を与えた。西暦1,904年2月4日の御前会議後の人選で三井銀行専務理事早川千吉郎を推したが、高橋に決定。築地料亭で阪谷芳郎に「宴席で持ち上げるのだ。彼奴は存外単純なのだ」と指示し、高橋の4条件を承諾した。
- 松方正義 西暦1,904年2月4日の御前会議後、井上馨・第10代大蔵大臣曾禰荒助と共に大蔵大臣官邸に向かい、第6代日銀総裁松尾臣善・第7代大蔵次官阪谷芳郎に開戦決議を告げ、戦費調達の為の増税・内国債発行・ロンドン・パリ・ニューヨークでの国債販売の必要性を述べた。
- 曾禰荒助 第10代大蔵大臣。西暦1,904年2月4日の御前会議後の人選で高橋是清に難色を示したが、井上馨が高橋とする事に同意した為、高橋の欧米派遣財務官就任が決定した。
- 松尾臣善 第6代日銀総裁。西暦1,904年2月4日の御前会議後、阪谷芳郎と共に大蔵大臣官邸に呼ばれ、高橋是清を欧米派遣財務官として推した。
- 阪谷芳郎 第7代大蔵次官、後の第11代大蔵大臣。西暦1,904年2月4日の御前会議後の人選で松尾臣善と共に高橋是清を推した。高橋1人では不安として初代日本興業銀行総裁添田壽一にも声を掛け、此れが高橋の耳に入り一旦ロンドン派遣辞退の原因となった。西暦1,907年、大蔵大臣として第2回四分利付英貨公債の借り換えをロスチャイルド家に打診した。
- 桂太郎 第11代首相。西暦1,904年2月10日、築地料亭での高橋是清主賓の渡欧懇願会に参集し、同月18日には首相官邸にて高橋是清主賓の壮行会を主催した。
- 金子堅太郎 西暦1,904年2月24日、対米世論工作の使命を帯びて、公債10,000,000ポンド募集の命を受けた高橋是清と共にロンドンへ向けて横浜を出発した。同年3月21日、ニューヨーク在留邦人による戦艦三笠を模したケーキの歓迎会では、高橋・深井英五と共に主賓として招かれた。
- 深井英五 高橋是清の同行者。西暦1,904年3月18日、ニューヨーク・タイムズ記者の取材で日本国債の歴史等を説明した。スパイヤーズ社アーサー・ヒルの晩餐会では、ジェイコブ・シフからの日本経済・生産・人心・皇室・鉄道・人口・教育の質問に対し、高橋が定量的回答に詰まった際に資料を参照させ補佐した。
- 末松謙澄 西暦1,904年2月10日、対欧世論工作の為、伊藤博文の命で日本を出発した。同年3月17日時点で、高橋是清の公債発行を絶望視していた人物の1人。
- 高橋是賢 高橋是清の長男。西暦1,904年3月31日、横浜正金銀行ロンドン支店でトレーニー中であり、リヴァプールに到着した父を出迎えた。
- アレキサンダー・アラン・シャンド パース銀行ロンドン支店支店長。西暦1,866年にチャータード・マーカンタイル銀行横浜支店支店長代理として勤め、高橋是清に身の回りの世話をさせ英語を教えた。西暦1,898年の高橋の外債調査出張で再会し支援を取り付けた。西暦1,904年4月、大蔵省証券発行や、ユーウェン・キャメロン・ロスチャイルド家との良好な関係構築の方法について高橋と協議し、5月4日にはジェイコブ・シフが残額5,000,000ポンドを引き受けニューヨークで発行したいと言っている事を高橋に伝えた。
- ユーウェン・キャメロン 香港上海銀行関係者。西暦1,904年1月、香港上海銀行横浜支店長に対し「税収入の担保が得られ、適度な額であれば日本の外債を引き受けるべきである」と電報を送り、同年2月には10,000,000ポンドを年利6%、発行価格85ポンド・期限10年という引き受け案を作成して香港上海銀行横浜支店を通じて日本政府と交渉した。同年3月にはベアリングス銀行代表に「利益の上がるビジネス機会を失うのは不本意」との書簡を送った。
- ジェイコブ・シフ クーン・ローブ商会代表。西暦1,904年2月6日、自宅にマイアー・グッゲンハイム・イジドー・ストラウス・マーカス・ゴールドマン・エマニュエル・リーマンを集めポグロムと日本資金提供を協議。日露戦争開戦後、ジョージ・ケナンの捕虜への革命宣伝文配布をアシスト。同年2月11日からヨーロッパ旅行に出てアーネスト・カッセルと共にフランクフルト・ロンドンで過ごし、第2代レヴェルストーク男爵ジョン・ベアリングから高橋是清のニューヨーク公債発行引き受けを働き掛けられた。同年5月3日のスパイヤーズ社アーサー・ヒル晩餐会で高橋の隣席に座り、5月4日には残額5,000,000ポンドのニューヨーク発行引き受けを表明。ロスチャイルド家のバクー油田利権ゆえの代理人としての役割を果たし、ウォーバーグ商会・ドイツ銀行を高橋に紹介した。西暦1,906年11月11日にはAJC会長として米露通商条約破棄キャンペーンを展開した。
- ナサニエル・ロスチャイルド 西暦1,904年4月13日、ニューコートにて高橋是清と会談。アルフレッド・ド・ロスチャイルドと共に公債購入を断り私債購入を打診したが、シフの記録によれば30,000~50,000ポンドの協力には賛成していた。バクー油田利権の為、表向きロシア帝国を敵に回せず、代わりにジェイコブ・シフを代理人として立てた。
- アルフレッド・ド・ロスチャイルド ライオネル・ド・ロスチャイルドの弐男。西暦1,904年4月13日、ニューコートにて高橋是清と会談し、ナサニエルと共に公債購入を断った。ロシア帝国政府によるポグロムを引き起こす可能性の有る行動は出来ないとして協力に反対した。
- アーネスト・カッセル ロンドンの三大金融家の1人(レヴェルストーク男爵・ロスチャイルド家と並ぶ)。西暦1,904年2月以降、ジェイコブ・シフのヨーロッパ滞在中の調査と相談相手を務め、日本外債のニューヨーク発行に関し日本に好意的な説明をした。第2代レヴェルストーク男爵ジョン・ベアリングとも密に連絡を取った。
- ジョン・ベアリング 第2代レヴェルストーク男爵。西暦1,904年2月以降、アーネスト・カッセルと密に連絡を取り、ジェイコブ・シフに高橋是清のニューヨークでの公債発行を引き受ける様働き掛けた。
- マーカス・サミュエル 西暦1,904年4月22日、高橋是清の下を訪れ「戦後、ロスチャイルドを雇う事が出来る」と告げた。
- アーサー・ヒル 高橋是清の横浜正金銀行時代の旧友で、ニューヨークの商社スパイヤーズ社ロンドン支店長。西暦1,904年5月3日夜、自宅で高橋の5,000,000ポンド公債発行仮契約調印を祝う晩餐会を開催し、ジェイコブ・シフを高橋の隣席にセッティングした。
- マイアー・グッゲンハイム 西暦1,904年2月6日、ジェイコブ・シフ自宅でのユダヤ系アメリカ人の商人の会合に参加。クーン・ローブ商会はグッゲンハイムの鉱山会社への投融資を行なっており、シフとの結び付きは強かった。
- マックス・モリッツ・ウォーバーグ ウォーバーグ商会の人物。西暦1,905年7月の第2回四分半利付英貨公債発行に際し、ジェイコブ・シフの紹介で、第2代ドイツ銀行頭取アーサー・フォン・グウィナーと共に、第9代プロイセン国王兼第3代ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世から日本への投資の許可を得て、ヴィルヘルム2世のヨットに乗り英貨公債募集に参加した。
- アーサー・フォン・グウィナー 第2代ドイツ銀行頭取。西暦1,905年7月の第2回四分半利付英貨公債発行に際し、マックス・モリッツ・ウォーバーグと共にヴィルヘルム2世の許可を得て英貨公債募集に参加した。
- ヴィルヘルム2世 第9代プロイセン国王兼第3代ドイツ皇帝。西暦1,905年7月の第2回四分半利付英貨公債発行に際し、マックス・モリッツ・ウォーバーグとアーサー・フォン・グウィナーに日本への投資の許可を与え、自身のヨットを彼等の英貨公債募集参加に提供した。
- ジョージ・ケナン ジャーナリスト。西暦1,904年2月8日の日露戦争勃発時、日本国内の収容所に収容されているロシア帝国民捕虜に帰国後の蜂起を促す革命の宣伝文を秘かに配布し、ジェイコブ・シフがアシストした。
- ルイス・マーシャル 弁護士。西暦1,906年11月11日のAJC(アメリカユダヤ人委員会)設立時の初期メンバーの1人。ジェイコブ・シフ・メイヤー・サルツバーガー・サイラス・アドラー・ジョセフ・マイヤー・プロスカウアーと共に名を連ねた。
主要な概念・組織
- 第1回四分利付英貨公債 西暦1,899年に募集額10,000,000ポンドで起債された日本最初期の英貨公債。其の際日本政府はパース銀行・香港上海銀行等の発行銀行に対し、金本位制の維持を約束した。西暦1,904年4月13日、高橋是清は此の金本位制維持の約束をロンドン銀行家が疑問視している事を、ロンドン公債引受消極の理由として日記に記した。
- 第1回六分利付英貨公債 西暦1,904年5月11日にロンドンで、同月12日にニューヨークで応募申込が開始された英貨公債。海関税収入を担保とし、公債整理・軍資充実を目的とした。発行価格は額面100ポンド当たり93.5ポンド(但し日本が受け取れるのは90ポンド)、期間7年(満期後に日本が100ポンドを返済)、実質年利回り6.42%で、本年にロンドンで発行された外国政府債の中で最も投資家に有利な条件であった。パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・クーン・ローブ商会・ナショナル・シティ・バンクが引き受け、ロンドンで30倍・即日締切、ニューヨークで5倍・翌日締切の応募が殺到した。
- 第2回六分利付英貨公債 西暦1,904年11月、海関税収入を担保とし軍事費を目的として発行された英貨公債。発行額12,000,000ポンド・年利回り6%。パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・クーン・ローブ商会・ナショナル・シティ・バンクが引き受けた。
- 第1回四分半利付英貨公債 西暦1,905年3月、煙草専売金を担保とし軍事費を目的として発行された英貨公債。発行額30,000,000ポンド・年利回り4.5%。パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・パンミュア・ゴードン商会・クーン・ローブ商会が引き受けた。
- 第2回四分半利付英貨公債 西暦1,905年7月、煙草専売金を担保とし軍事費・公債整理を目的として発行された英貨公債。発行額30,000,000ポンド・年利回り4.5%。パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・クーン・ローブ商会に加え、今回初めてウォーバーグ商会とドイツ銀行が引受団に参加した。マックス・モリッツ・ウォーバーグとアーサー・フォン・グウィナーが、ヴィルヘルム2世の投資許可を得てヴィルヘルム2世のヨットに乗り募集に参加した。
- 第2回四分利付英貨公債 西暦1,905年11月28日、公債整理を目的として無担保で発行された英貨公債。発行額25,000,000ポンド・年利回り4%。パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・クーン・ローブ商会・ウォーバーグ商会・ドイツ銀行に加え、N・M・ロスチャイルド&サンズがシンジケートを通じて6,500,000ポンド、ロスチャイルド・フレール銀行がシンジケートを通じて12,000,000ポンドを発行した。西暦1,907年、第11代大蔵大臣阪谷芳郎が此の借り換えをロスチャイルド家に打診した。
- 五分利付英貨公債 西暦1,907年3月、西暦1,904年の第1・2回六分利付英貨公債の整理を目的として無担保で発行された英貨公債。発行額23,000,000ポンド・年利回り5%。イギリス・ロスチャイルド商会とフランス・ロスチャイルド商会のシンジケートによってロンドンとパリで調達された。パース銀行・香港上海銀行・横浜正金銀行・ロスチャイルド家・ロスチャイルド・フレール銀行が引き受けた。
- 横浜正金銀行 高橋是清が西暦1,898年時点で副頭取を務めていた銀行で、日銀の代理店。西暦1,904年3月17日、ロンドン支店長山川勇木は高橋に「ロンドンでは日本がロシア帝国に勝てるとは誰も思っていない。当行は鐚一文の信用も無い」と公債発行絶望視の電報を送った。日露戦争中の全ての英貨公債発行で引受団に名を連ねた。
- パース銀行 ロンドン支店支店長はアレキサンダー・アラン・シャンド、総支配人はダン。西暦1,899年の第1回四分利付英貨公債起債からの発行銀行で、日露戦争中の全ての英貨公債発行で引受団の中核を成した。西暦1,904年4月の高橋是清と銀行団との交渉でも軸となった。
- 香港上海銀行 ユーウェン・キャメロンが関与した銀行。西暦1,899年の第1回四分利付英貨公債起債からの発行銀行で、西暦1,904年1~2月、ユーウェン・キャメロンが横浜支店長宛電報と引き受け案作成で日本外債引き受けを主導した。同年4月26日の5,000,000ポンド公債発行取り纏めで引き入れられ、日露戦争中の全ての英貨公債発行で引受団の中核を成した。
- クーン・ローブ商会 ジェイコブ・シフを代表とするアメリカの投資銀行。マイアー・グッゲンハイムの鉱山会社への投融資を行なっていた。西暦1,904年5月の第1回六分利付英貨公債発行以降、日露戦争中の全ての英貨公債発行で引受団に名を連ねた。
- ロスチャイルド家 イギリス・ロスチャイルド家(本拠地ニューコート)・フランス・ロスチャイルド商会の総称。西暦1,904年4月13日のナサニエル・ロスチャイルド及びアルフレッド・ド・ロスチャイルドと高橋是清の会談では、バクー油田利権の為、表向きロシア帝国を敵に回せず公債購入を断り、代わりにジェイコブ・シフを代理人として立てた。西暦1,905年11月28日の第2回四分利付英貨公債からN・M・ロスチャイルド&サンズとロスチャイルド・フレール銀行が引受団に正式参加し、西暦1,907年3月の五分利付英貨公債ではロスチャイルド・シンジケートとしてロンドン・パリで調達を主導した。
- ウォーバーグ商会・ドイツ銀行 西暦1,905年7月の第2回四分半利付英貨公債発行で初めて英貨公債引受団に参加したドイツの金融機関。ジェイコブ・シフがウォーバーグ商会とドイツ・アジア銀行を高橋是清に紹介した事が切っ掛けで、マックス・モリッツ・ウォーバーグと第2代ドイツ銀行頭取アーサー・フォン・グウィナーが、第9代プロイセン国王兼第3代ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の投資許可を得てヴィルヘルム2世のヨットに乗り参加した。
- バクー油田 当時ロシア帝国領内に在った油田。ロスチャイルド家が其の利権に関わっていた為、表向きロシア帝国を敵に回す事が出来ず、西暦1,904年4月13日のニューコートでの会談で日本公債購入を断り、代わりにジェイコブ・シフを代理人として立てる結果となった。
- AJC(アメリカユダヤ人委員会) 西暦1,906年11月11日に設立されたアメリカのユダヤ人組織。初期メンバーは弁護士ルイス・マーシャル・ジェイコブ・シフ・裁判官でアメリカユダヤ人出版協会出版委員会委員長のメイヤー・サルツバーガー・前年迄スミソニアン協会本部で司書を務めたサイラス・アドラー・弁護士ジョセフ・マイヤー・プロスカウアー等。シフは会長として、AJCを通じて米露通商条約の破棄を求めるキャンペーンを展開し、ユダヤ人を弾圧するロシア帝国を打倒する為日本に肩入れして公債発行に協力した。
横浜正金銀行副頭取高橋是清の井上馨密命によるイギリス・ドイツ・ベルギー外債募集可能性調査とアレキサンダー・アラン・シャンドとの再会、パース銀行・香港上海銀行を発行銀行とする募集額10,000,000ポンド・金本位制維持約束付き第1回四分利付英貨公債起債、ユーウェン・キャメロンによる10,000,000ポンド年利6%発行価格85ポンド期限10年引き受け案作成、西暦1,904年2月4日御前会議の対ロシア帝国軍事行動決議と松方正義・井上馨・曾禰荒助・松尾臣善・阪谷芳郎による高橋是清欧米派遣財務官決定及び早川千吉郎・添田壽一を巡る人選確執、ジェイコブ・シフ自宅でのマイアー・グッゲンハイム・イジドー・ストラウス・マーカス・ゴールドマン・エマニュエル・リーマン招集ポグロム協議と日本資金提供諮問、日露戦争勃発とジョージ・ケナンによるロシア帝国民捕虜への革命宣伝文配布及びシフのアシスト、築地料亭での桂太郎・松方正義・井上馨・曾禰荒助・阪谷芳郎・高橋是清参集と高橋4条件提示及び涙の決意、末松謙澄対欧世論工作出発と高橋是清・金子堅太郎横浜出発、シフのヨーロッパ旅行とアーネスト・カッセル・第2代レヴェルストーク男爵ジョン・ベアリングとの密接連絡並びにシフへの日本外債ニューヨーク発行働き掛け、高橋是清ニューヨーク到着とマジェスティック・ホテル宿泊及び山川勇木からの公債発行絶望視電報、ニューヨーク・タイムズ記者取材と深井英五同行説明、ベアリング商会駐在員のキャメロン伝言伝達と新井領一郎・高峰譲吉・岩原謙三主催戦艦三笠ケーキ歓迎会、セドリック号によるリヴァプール出航と是賢出迎え並びにロンドン入り、ニューコートでのナサニエル・ロスチャイルド・アルフレッド・ド・ロスチャイルドとの会談と公債購入拒否及びバクー油田利権に因るロシア帝国敵対回避並びにジェイコブ・シフ代理人擁立、ロンドン銀行家の金本位制維持疑問視とロシア帝国勝利予想、パンミュア・ゴードン商会W・M・コッホの大蔵省証券購入打診とH.R.ビートンによるアーネスト・カッセル協力提案及びマーカス・サミュエルの戦後ロスチャイルド雇用言及、5,000,000ポンド公債発行仮契約調印と発行価格93ポンド・期限7年・年利回り6%条件並びに当時相場2~3%との乖離、香港上海銀行引き入れと5,000,000ポンド公債発行取り纏め、スパイヤーズ社アーサー・ヒル晩餐会でのシフ・高橋是清隣席設定とシフによる日本経済・生産・人心・皇室・鉄道・人口・教育質問及び深井英五資料提供、シフによる残額5,000,000ポンドニューヨーク発行引き受け、ロンドン・ニューヨークでの第1回六分利付英貨公債応募開始と30倍・5倍応募及び海関税収入担保、第2回六分利付英貨公債12,000,000ポンド・年利6%発行、煙草専売金担保第1回・第2回四分半利付英貨公債30,000,000ポンド・年利4.5%発行とウォーバーグ商会・ドイツ銀行参加並びにヴィルヘルム2世投資許可とマックス・モリッツ・ウォーバーグ・アーサー・フォン・グウィナー参加、第2回四分利付英貨公債25,000,000ポンド・年利4%無担保発行とN・M・ロスチャイルド&サンズ・ロスチャイルド・フレール銀行参加、AJC設立とジェイコブ・シフ会長就任及び米露通商条約破棄キャンペーン、阪谷芳郎による第2回四分利付英貨公債借り換えロスチャイルド家打診と五分利付英貨公債23,000,000ポンド・年利5%無担保発行迄──
横浜正金銀行副頭取時代の井上馨密命外債調査を起点とし、日露戦争戦費調達の為の英貨公債6回・五分利付英貨公債1回発行を通じて、パース銀行・香港上海銀行・クーン・ローブ商会・ベアリング商会・ロスチャイルド家・ウォーバーグ商会・ドイツ銀行・ロスチャイルド・フレール銀行から成る国際金融シンジケートに取り込まれていく高橋是清の9年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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