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キッシンジャー主催のサマースクール「ハーバード国際セミナー」一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,938年〜1,965年
最新更新日
西暦2,026年1月24日

ヘンリー・キッシンジャーのニューヨーク移住(ナチス政策によるユダヤ系両親の亡命)、フランクリン・ルーズベルトのOCOI(情報調整局)設置とウィリアム・ドノバン・ロバート・シャーウッドによる説得・カーミット・ルーズベルト・ジュニア(セオドア・ルーズベルト孫)のディーン・アチソン特別補佐官配属、ナチス武装親衛隊司令官フリッツ・クレーマーとキッシンジャーの邂逅と戦後ドイツでの地位確保支援及びドイツ国籍取得、アメリカ軍と共にドイツ帰還・第970対敵諜報部隊(CIC)特別捜査官配属・軍曹昇進、クレーフェルト(ノルトライン・ヴェストファーレン州)行政官就任・ハノーファー対諜報活動・ゲシュタポメンバー追跡・ベンスハイム(ヘッセン州ベルクシュトラーセ郡)CIC分遣隊指揮官任命と非ナチ化政策担当、アメリカ帰国とハーバード大学入学・政治学専攻、ハーバード大学政治学学士最優等取得卒業とMI6実地活動責任者ジョン・ウィーラー・ベネット個人指導及び大学院進学・ウィリアム・ヤンデル・エリオット指導、エリオットからH・ゲイツ・ロイドへのサマースクール計画及び国際セミナー設立早期実現促進書簡とCIA初期メンバークリーブランド・クラム提案内容協議記載・キッシンジャーのCIA秘密作戦部門OPC(政策調整局)契約コンサルタント活動記載、聖地に於ける正義と平和の為の委員会のカーミット・ルーズベルト・ジュニア・ドロシー・トンプソン・ハリー・エマーソン・フォスディック・24名教育者神学者作家によるAFME(アメリカ中東友好協会)改組と親アラブ組織活動・イスラエル支援否定、エリオット発案によるキッシンジャー幹事役「ハーバード国際セミナー」立ち上げとヨーロッパアジア外交政策政治文化文学界有望人材招聘・アメリカ外交政策教育及びデイヴィッド・リースマン・アーサー・シュレジンジャー・マクジョージ・バンディ講義並びにCIA資金経由アジア財団・ファーフィールド財団・AFME243,000ドル資金提供・ピエール・トルドー及びヴァレリー・ジスカール・デスタン参加とハーバード大学季刊誌「コンフルエンス」創刊・ロックフェラー財団資金提供及びキッシンジャー在学中FBI自発的接触協力関係構築・参加者郵便物無断開封郵便法違反、クリーブランド・クラムのCIAロンドン副支局長派遣・CIA・MI5・MI6間連絡係就任、中曽根康弘のハーバード国際セミナー参加渡米とロックフェラー財団・フォード財団スポンサー及びカリフォルニア大学バークレー校放射線研究所見学、キッシンジャーのFBI電話報告と特別捜査官インタビュー応答・セミナー参加者40名宛書簡40通到着及び不参加者宛1通「ほんの少しの真実」フライヤー無断開封・アメリカ原爆開発批判文書・ロバート・ブラッドフォード元第57代マサチューセッツ州知事等情報源4つ提示及びFBI強い共感人間自称、イーガル・アロンのハーバード国際セミナー参加、クラウス・シュワブのハーバード大学政府学部及びビジネススクール入学とCIA135,000ドル資金提供セミナー経由人脈構築・ジョン・ケネス・ガルブレイス(ポール・ウォーバーグ冠講座担当・駐インドアメリカ大使)邂逅・キッシンジャー1年指導及び公共行政学修士号取得・ヨーロッパ機関へのアメリカ経営手法導入企図迄──
キッシンジャーのドイツ亡命・アメリカ軍CIC配属を起点に、フリッツ・クレーマー薫陶・ドイツ非ナチ化政策・ハーバード大学進学・ウィリアム・ヤンデル・エリオット及びジョン・ウィーラー・ベネット指導・CIA OPC契約コンサルタント・ハーバード国際セミナー立ち上げ・コンフルエンス創刊・FBI協力・参加者郵便物無断開封・中曽根康弘渡米・イーガル・アロン参加・クラウス・シュワブ指導に至った、キッシンジャー27年間のCIA・FBI・MI6結節点形成とハーバード国際セミナーによる各国指導者リクルーティングの系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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本書について

西暦1,938年9月、ヘンリー・キッシンジャーが、ニューヨークに移住した。キッシンジャーの両親がユダヤ系であった為、ナチスの政策により移住を余儀無くされたのである。西暦1,941年7月11日、①ウィリアム・ドノバン②劇作家ロバート・シャーウッドの2名等の説得により、フランクリン・ルーズベルトが「OCOI(情報調整局)」を設置した。ドノバンは、第26代アメリカ大統領を務めたセオドア・ルーズベルト孫カーミット・ルーズベルト・ジュニアを、ディーン・アチソンの特別補佐官として配属させた。

西暦1,943年、①ナチス武装親衛隊司令官フリッツ・クレーマー②ヘンリー・キッシンジャーの2名が知己を得る。クレーマーは、此の当時一般歩兵であったキッシンジャーが、戦後のドイツで地位を確保出来る様手助けした。其の一環で、キッシンジャーは、同年ドイツ国籍を取得した。西暦1,945年、ヘンリー・キッシンジャーが、アメリカ軍と共にドイツに戻り、第970対敵諜報部隊(CIC)の特別捜査官として配属され、軍曹に昇進した。同年3月、クレーフェルト(現在のドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州)の行政官の任務に就き、同年4月から翌月に掛けてはハノーファーにて対諜報活動に従事しゲシュタポのメンバーを追跡し、同年6月にはベンスハイム(現在のドイツのヘッセン州ベルクシュトラーセ郡)のCIC分遣隊の指揮官に任命され、同地の非ナチ化政策を担った。

西暦1,947年、ヘンリー・キッシンジャーがアメリカに帰国した。其の後キッシンジャーは、ハーバード大学に入学し、政治学を学んだ。西暦1,950年、ヘンリー・キッシンジャーが、ハーバード大学の政治学学士の学位を最優等で取得し、卒業した。此の頃キッシンジャーは、MI6の実地活動の責任者であるジョン・ウィーラー・ベネットから個人的に指導を受けていた。キッシンジャーは其の儘同大学の大学院に進学し、ウィリアム・ヤンデル・エリオットの指導を受ける様になった。同年11月15日、ウィリアム・ヤンデル・エリオットが、H・ゲイツ・ロイドに、ハーバード大学でのサマースクール計画及び国際セミナー設立の早期実現を促す書簡を送った。此の書簡の中には、ヘンリー・キッシンジャー宛の資料も同封され、其の資料には、キッシンジャーとCIA初期メンバーのクリーブランド・クラムが提案内容に就いて協議した事が記載された。又、エリオットの他の文書には、キッシンジャーが、CIAの秘密作戦部門であるOPC(政策調整局)の契約コンサルタントとして活動していた事も記載されていた。クラムは程無くしてエリオット及びキッシンジャーと連絡を取り、サマースクール計画に関わる様になった。又キッシンジャーはロイドに、サマースクールに於ける費用を項目別に記載した書簡を送った。

西暦1,951年、①カーミット・ルーズベルト・ジュニア②ジャーナリストのドロシー・トンプソン③ハリー・エマーソン・フォスディックの3名及び24名のアメリカの教育者・神学者・作家によって、聖地に於ける正義と平和の為の委員会を「AFME(アメリカ中東友好協会)」に改組した。AFMEは、親アラブ組織として活動し、アメリカのイスラエル支援に否定的であった。同年7月、ウィリアム・ヤンデル・エリオットの発案により、ヘンリー・キッシンジャーが、自身が幹事役を務め、ヨーロッパやアジアから外交政策・政治・文化・文学界の有望な人材をハーバード大学に招き、アメリカの外交政策に就いて教育し、国際情勢に於ける講義や議論を行うという名目のサマースクールである「ハーバード国際セミナー」を立ち上げた。パイロットイベント終了後にキッシンジャーはエリオットに「私がセミナーの指導的天才等と形容されているのを聞いて、非常に気恥ずかしく思いました。私は其の様な幻想を一切持っておりません」という主旨の書簡を送った。エリオットは、発案者であるにも拘らず、登壇する事は無く、①シカゴ大学社会科学教授デイヴィッド・リースマン②ハーバード大学准教授アーサー・シュレジンジャー③ハーバード大学政治学教授マクジョージ・バンディ等が講義を行った。此のセミナーには、CIAから資金を受け取った①アジア財団②ファーフィールド財団③カーミット・ルーズベルト・ジュニア率いるAFME(資金提供額が最も多く、243,000ドルを流していた)の3団体を経由した資金提供が行われていた。後に①ピエール・トルドー②ヴァレリー・ジスカール・デスタンの2名も、此のセミナーに参加した。そして同年、キッシンジャーはハーバード大学の季刊誌「コンフルエンス」を創刊した。コンフルエンスは、ロックフェラー財団の資金提供を受け、ハーバード国際セミナーの講師陣・受講生からの寄稿を掲載した。後にキッシンジャーの秘書を務めたアビゲイル・コリンズ・フィクターは、キッシンジャーが「大変だ、此れは酷い。みんな僕がCIAの手先だと思うじゃないか」と言っていたと振り返った。然しキッシンジャーは、ハーバード大学在学中からFBIに自ら接触し、協力関係を築いた。そしてキッシンジャーは、FBIに自発的に情報提供したり、セミナー参加者の郵便物を本人の知らない所で勝手に開封したりした。此れは無論郵便法違反である。

西暦1,953年、クリーブランド・クラムが、CIAのロンドン副支局長として派遣された。クラムは公式にCIA・MI5・MI6間の連絡係となった。同年7月3日、中曽根康弘が、ハーバード国際セミナー参加の為、同年11月迄の日程で渡米した。同セミナーのスポンサーは①ロックフェラー財団②フォード財団であり、又、カリフォルニア大学バークレー校のカリフォルニア大学放射線研究所を見学した。同年7月10日朝、ヘンリー・キッシンジャーが、FBIに電話を掛け、FBIが関心の有る情報を持っている旨を報告し、エージェントに折り返し電話する様依頼した。午後、FBI特別捜査官がキッシンジャーにインタビューした。此れに応じたキッシンジャーは、ハーバード国際セミナーには、自国で経済的・政治的に高い地位にある外国人が参加しており、斯うした人物を通じて、アメリカの政策を彼等の母国に於いて好意的に印象付けたいと考えている、と語った。続けて、セミナー参加者40名に宛てた書簡40通が自身のオフィスに届いたと報告し、届いた数時間後、其の未受領の書簡の内、セミナーに不参加であった人間宛の1通を開封した。内封筒には「ほんの少しの真実」と題された8ページのフライヤーが入っていた。其のフライヤーは、アメリカの原爆開発を批判し、アメリカの戦争準備に対する国民の恥と苦悩を代表するものであるとして、人生を平和的な努力に捧げると固く決意するしか道は無い、と訴えるものであった。キッシンジャーは、此の様な国際的平和を求める訴えがセミナーの目的を損なう可能性が有ると考え、参加者の身元に関する情報を得られる可能性の有る情報源として①セミナーに関するニュースリリースを受け取った新聞社②参加者に演説したゲストスピーカー③第57代マサチューセッツ州知事を務めたロバート・ブラッドフォード④ハーバード大学の学生新聞ハーバード・クリムゾンの編集者4名の4つを挙げた。セミナー中にフライヤーの話題が出ても、動揺していない振りをする積もりだと述べた。最後にキッシンジャーは、セミナーの参加者に此の種の文書を提供しようとする試みが再び有った場合、ボストン支局に追加情報を提供すると約束し、自身を、FBIに強い共感を持っている人間である、と結んだ。

西暦1,957年7月、イーガル・アロンが、ハーバード国際セミナーに参加した。西暦1,965年、クラウス・シュワブが、ハーバード大学の政府学部及びビジネススクールに入学した。シュワブは、CIAから西暦1,960〜1,966年の間に135,000ドルの資金提供を受けていたヘンリー・キッシンジャー主催のハーバード国際セミナーを通じ、円卓会議で紹介され、キッシンジャーと繋がりの有る人間との人脈を築いた。其の中の1人が、此のCIAの息の掛かったセミナーで、ポール・ウォーバーグの名を冠した講座を担当し、ジョン・F・ケネディ政権下で駐インドアメリカ大使を務めたジョン・ケネス・ガルブレイスであった。シュワブは、1年間キッシンジャーの指導を受け、公共行政学の修士号を取得してヨーロッパに戻り、アイビーリーグの経営学部で教えられていたアメリカの経営手法をヨーロッパの機関に取り入れようとした。本書は、此の27年に亘る、ヘンリー・キッシンジャーのニューヨーク移住とフランクリン・ルーズベルトのOCOI設置・カーミット・ルーズベルト・ジュニアのディーン・アチソン特別補佐官配属を起点とする、ナチス武装親衛隊司令官フリッツ・クレーマーとの邂逅及びドイツ国籍取得、アメリカ軍CIC特別捜査官配属とクレーフェルト行政官・ハノーファー対諜報活動・ベンスハイム指揮官非ナチ化政策、アメリカ帰国とハーバード大学入学・政治学学士最優等取得・MI6ジョン・ウィーラー・ベネット個人指導及び大学院進学・ウィリアム・ヤンデル・エリオット指導、エリオットのH・ゲイツ・ロイド宛サマースクール計画及び国際セミナー設立書簡とCIA初期メンバークリーブランド・クラム協議記載・キッシンジャーのCIA OPC契約コンサルタント活動、聖地に於ける正義と平和の為の委員会のAFME改組と親アラブ・イスラエル支援否定、エリオット発案によるハーバード国際セミナー立ち上げとデイヴィッド・リースマン・アーサー・シュレジンジャー・マクジョージ・バンディ講義及びCIA資金経由アジア財団・ファーフィールド財団・AFME243,000ドル資金提供・ピエール・トルドー及びヴァレリー・ジスカール・デスタン参加、季刊誌コンフルエンス創刊とロックフェラー財団資金提供、キッシンジャー在学中からのFBI自発的接触協力関係構築と参加者郵便物無断開封郵便法違反、クリーブランド・クラムのCIAロンドン副支局長派遣・CIA・MI5・MI6間連絡係就任、中曽根康弘のハーバード国際セミナー参加渡米とロックフェラー財団・フォード財団スポンサー及びカリフォルニア大学バークレー校放射線研究所見学、キッシンジャーのFBI電話報告と特別捜査官インタビュー応答・「ほんの少しの真実」フライヤー無断開封・ロバート・ブラッドフォード元第57代マサチューセッツ州知事等情報源4つ提示及びFBI強い共感人間自称、イーガル・アロンのハーバード国際セミナー参加、クラウス・シュワブのハーバード大学政府学部及びビジネススクール入学とCIA135,000ドル資金提供セミナー経由人脈構築・ジョン・ケネス・ガルブレイス(ポール・ウォーバーグ冠講座担当・駐インドアメリカ大使)邂逅・キッシンジャー1年指導及び公共行政学修士号取得・ヨーロッパ機関へのアメリカ経営手法導入企図に至るまで、キッシンジャー27年に亘るCIA・FBI・MI6結節点形成とハーバード国際セミナーによる各国指導者リクルーティングの全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • ヘンリー・キッシンジャー 本書の中心人物。西暦1,938年9月にニューヨーク移住(ナチス政策によるユダヤ系両親の亡命)、西暦1,943年にナチス武装親衛隊司令官フリッツ・クレーマーと邂逅及びドイツ国籍取得、西暦1,945年にアメリカ軍と共にドイツ帰還・第970対敵諜報部隊(CIC)特別捜査官配属・軍曹昇進・クレーフェルト行政官・ハノーファー対諜報活動・ベンスハイムCIC分遣隊指揮官任命と非ナチ化政策担当、西暦1,947年にアメリカ帰国・ハーバード大学入学、西暦1,950年に政治学学士最優等取得卒業・MI6ジョン・ウィーラー・ベネット個人指導及び大学院進学・ウィリアム・ヤンデル・エリオット指導・CIA OPC契約コンサルタント活動、西暦1,951年7月に「ハーバード国際セミナー」立ち上げと幹事役就任・CIA資金経由アジア財団・ファーフィールド財団・AFME243,000ドル資金提供受領・季刊誌コンフルエンス創刊・ロックフェラー財団資金提供・FBI自発的接触協力関係構築・参加者郵便物無断開封郵便法違反、西暦1,953年7月10日のFBI電話報告と特別捜査官インタビュー応答・「ほんの少しの真実」フライヤー無断開封・FBI強い共感人間自称、西暦1,965年のクラウス・シュワブのハーバード大学入学時1年指導及び公共行政学修士号取得指導。
  • フリッツ・クレーマー ナチス武装親衛隊司令官。西暦1,943年、当時一般歩兵であったヘンリー・キッシンジャーと知己を得る。キッシンジャーが戦後のドイツで地位を確保出来る様手助けし、其の一環でキッシンジャーは同年ドイツ国籍を取得した。
  • フランクリン・ルーズベルト 第32代アメリカ大統領。西暦1,941年7月11日、①ウィリアム・ドノバン②劇作家ロバート・シャーウッドの2名等の説得により「OCOI(情報調整局)」を設置した。
  • ウィリアム・ドノバン・ロバート・シャーウッド 西暦1,941年7月11日、フランクリン・ルーズベルトに「OCOI(情報調整局)」設置を説得した2名。ドノバンは其の後、第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルト孫カーミット・ルーズベルト・ジュニアを、ディーン・アチソンの特別補佐官として配属させた。シャーウッドは劇作家。
  • カーミット・ルーズベルト・ジュニア 第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトの孫。ウィリアム・ドノバンによりディーン・アチソンの特別補佐官として配属。西暦1,951年、ドロシー・トンプソン・ハリー・エマーソン・フォスディック・24名のアメリカの教育者・神学者・作家と共に、聖地に於ける正義と平和の為の委員会を「AFME(アメリカ中東友好協会)」に改組し、自ら率いた。AFMEはCIAから資金を受け、ハーバード国際セミナーへの最大資金提供団体として243,000ドルを流した。
  • ジョン・ウィーラー・ベネット MI6(イギリス秘密情報部)の実地活動の責任者。西暦1,950年頃、ハーバード大学卒業後のヘンリー・キッシンジャーに対し、個人的に指導を行った。
  • ウィリアム・ヤンデル・エリオット ハーバード大学大学院でのキッシンジャーの指導教官。西暦1,950年11月15日、H・ゲイツ・ロイドに、ハーバード大学でのサマースクール計画及び国際セミナー設立の早期実現を促す書簡を送った。書簡にはキッシンジャー宛資料も同封され、CIA初期メンバークリーブランド・クラムとの提案内容協議や、キッシンジャーのCIA秘密作戦部門OPC(政策調整局)契約コンサルタント活動が記載された。西暦1,951年7月のハーバード国際セミナーの発案者であるが、自らは登壇しなかった。
  • クリーブランド・クラム CIA初期メンバー。西暦1,950年11月15日のエリオット書簡で、キッシンジャーと提案内容協議の事実が記載され、其の後エリオット・キッシンジャーと連絡を取りサマースクール計画に関わる様になった。西暦1,953年、CIAのロンドン副支局長として派遣され、公式にCIA・MI5・MI6間の連絡係となった。
  • デイヴィッド・リースマン・アーサー・シュレジンジャー・マクジョージ・バンディ 西暦1,951年7月立ち上げのハーバード国際セミナーで講義を行った3名。①シカゴ大学社会科学教授デイヴィッド・リースマン②ハーバード大学准教授アーサー・シュレジンジャー③ハーバード大学政治学教授マクジョージ・バンディ。発案者ウィリアム・ヤンデル・エリオットは登壇しなかった。
  • ピエール・トルドー・ヴァレリー・ジスカール・デスタン 後にハーバード国際セミナーに参加した2名。共に後年、トルドーはカナダ首相、ジスカール・デスタンはフランス大統領となった。
  • 中曽根康弘 西暦1,953年7月3日、ハーバード国際セミナー参加の為、同年11月迄の日程で渡米。同セミナーのスポンサーは①ロックフェラー財団②フォード財団。又、カリフォルニア大学バークレー校のカリフォルニア大学放射線研究所を見学した。後に第71・72・73代日本国内閣総理大臣となった。
  • ロバート・ブラッドフォード 第57代マサチューセッツ州知事。西暦1,953年7月10日、キッシンジャーがFBI特別捜査官に、セミナー参加者の身元に関する情報を得られる可能性の有る情報源4つの中の1つとして名を挙げた。
  • イーガル・アロン 西暦1,957年7月、ハーバード国際セミナーに参加。後にイスラエルの首相代理・副首相等を歴任した。
  • クラウス・シュワブ 西暦1,965年、ハーバード大学の政府学部及びビジネススクールに入学。CIAから西暦1,960〜1,966年の間に135,000ドルの資金提供を受けていたヘンリー・キッシンジャー主催のハーバード国際セミナーを通じ、円卓会議で紹介され、キッシンジャーと繋がりの有る人間との人脈を築いた。1年間キッシンジャーの指導を受け、公共行政学の修士号を取得してヨーロッパに戻り、アイビーリーグの経営学部で教えられていたアメリカの経営手法をヨーロッパの機関に取り入れようとした。後に世界経済フォーラム(WEF)創設者となった。
  • ジョン・ケネス・ガルブレイス CIAの息の掛かったハーバード国際セミナーで、ポール・ウォーバーグの名を冠した講座を担当。ジョン・F・ケネディ政権下で駐インドアメリカ大使を務めた。西暦1,965年、クラウス・シュワブがハーバード国際セミナーを通じて人脈を築いた人間の1人。
  • アビゲイル・コリンズ・フィクター 後にキッシンジャーの秘書を務めた人物。キッシンジャーが「大変だ、此れは酷い。みんな僕がCIAの手先だと思うじゃないか」と言っていた事を振り返って証言した。

主要な概念・組織

  • OCOI(情報調整局) 西暦1,941年7月11日、ウィリアム・ドノバン・劇作家ロバート・シャーウッドの2名等の説得により、フランクリン・ルーズベルトが設置したアメリカの情報機関。其の後ドノバンは、セオドア・ルーズベルト孫カーミット・ルーズベルト・ジュニアをディーン・アチソンの特別補佐官として配属させた。後のCIAの前身組織OSSへと繋がる系譜の起点。
  • 第970対敵諜報部隊(CIC) 西暦1,945年、ヘンリー・キッシンジャーが特別捜査官として配属され、軍曹に昇進したアメリカ軍の対敵諜報部隊。同年3月にキッシンジャーはクレーフェルト(現ノルトライン・ヴェストファーレン州)行政官に就任、4月から翌月に掛けてハノーファーで対諜報活動及びゲシュタポメンバーの追跡、6月にベンスハイム(現ヘッセン州ベルクシュトラーセ郡)のCIC分遣隊指揮官に任命され、非ナチ化政策を担った。
  • OPC(政策調整局) CIAの秘密作戦部門。西暦1,950年11月15日のウィリアム・ヤンデル・エリオット書簡には、キッシンジャーが此のOPCの契約コンサルタントとして活動していた事が記載されていた。
  • AFME(アメリカ中東友好協会) 西暦1,951年、①カーミット・ルーズベルト・ジュニア②ジャーナリストのドロシー・トンプソン③ハリー・エマーソン・フォスディックの3名及び24名のアメリカの教育者・神学者・作家により、聖地に於ける正義と平和の為の委員会を改組して設立された。親アラブ組織として活動し、アメリカのイスラエル支援に否定的であった。CIAから資金を受け取り、ハーバード国際セミナーへの最大資金提供団体として243,000ドルを流した。
  • ハーバード国際セミナー 西暦1,951年7月、ウィリアム・ヤンデル・エリオットの発案により、ヘンリー・キッシンジャーが幹事役を務めて立ち上げたサマースクール。ヨーロッパやアジアから外交政策・政治・文化・文学界の有望な人材をハーバード大学に招き、アメリカの外交政策に就いて教育し、国際情勢に於ける講義や議論を行うという名目。①シカゴ大学社会科学教授デイヴィッド・リースマン②ハーバード大学准教授アーサー・シュレジンジャー③ハーバード大学政治学教授マクジョージ・バンディ等が講義。CIAから資金を受け取った①アジア財団②ファーフィールド財団③カーミット・ルーズベルト・ジュニア率いるAFME(最大243,000ドル)の3団体を経由した資金提供。後に①ピエール・トルドー②ヴァレリー・ジスカール・デスタンも参加。西暦1,953年7月3日には中曽根康弘が参加(ロックフェラー財団・フォード財団スポンサー)、西暦1,957年7月にはイーガル・アロンが参加、西暦1,965年にはクラウス・シュワブがキッシンジャーの指導を受けた。CIAから西暦1,960〜1,966年の間に135,000ドルの資金提供を受けていた。
  • コンフルエンス 西暦1,951年、ヘンリー・キッシンジャーが創刊したハーバード大学の季刊誌。ロックフェラー財団の資金提供を受け、ハーバード国際セミナーの講師陣・受講生からの寄稿を掲載した。
  • FBI協力・郵便物無断開封 キッシンジャーは、ハーバード大学在学中からFBIに自ら接触し、協力関係を築いた。FBIに自発的に情報提供したり、セミナー参加者の郵便物を本人の知らない所で勝手に開封したりした(郵便法違反)。西暦1,953年7月10日、キッシンジャーがFBIに電話を掛けて報告し、午後にFBI特別捜査官のインタビューに応じた。セミナー参加者40名宛の書簡40通の到着と、不参加者宛1通の「ほんの少しの真実」フライヤー(アメリカの原爆開発批判)の無断開封を報告し、参加者の身元情報源として①ニュースリリースを受け取った新聞社②ゲストスピーカー③ロバート・ブラッドフォード元第57代マサチューセッツ州知事④ハーバード・クリムゾン編集者4名を挙げ、自身を「FBIに強い共感を持っている人間」と結んだ。
  • CIA・MI5・MI6連絡係 西暦1,953年、クリーブランド・クラムがCIAのロンドン副支局長として派遣され、公式にCIA・MI5・MI6間の連絡係となった。キッシンジャーは既にハーバード国際セミナーを通じてCIAと、ジョン・ウィーラー・ベネットを通じてMI6と、FBIへの自発的協力を通じて、英米情報機関群の結節点を形成していた。
  • クラウス・シュワブ・ハーバード入学・キッシンジャー指導 西暦1,965年、クラウス・シュワブがハーバード大学の政府学部及びビジネススクールに入学。CIAから西暦1,960〜1,966年の間に135,000ドルの資金提供を受けていたハーバード国際セミナーを通じ、円卓会議で紹介され、キッシンジャーと繋がりの有る人間との人脈を築いた。其の1人がポール・ウォーバーグの名を冠した講座を担当しジョン・F・ケネディ政権下で駐インドアメリカ大使を務めたジョン・ケネス・ガルブレイスであった。シュワブは1年間キッシンジャーの指導を受け、公共行政学の修士号を取得してヨーロッパに戻り、アイビーリーグの経営学部で教えられていたアメリカの経営手法をヨーロッパの機関に取り入れようとした。本書が記録するキッシンジャー27年間のセミナーによる各国指導者リクルーティングの到達点である。

ヘンリー・キッシンジャーのニューヨーク移住(ナチス政策によるユダヤ系両親の亡命)とフランクリン・ルーズベルトのOCOI(情報調整局)設置・ウィリアム・ドノバン・ロバート・シャーウッド説得・カーミット・ルーズベルト・ジュニアのディーン・アチソン特別補佐官配属、ナチス武装親衛隊司令官フリッツ・クレーマーとキッシンジャーの邂逅及びドイツ国籍取得、アメリカ軍と共にドイツ帰還・第970対敵諜報部隊(CIC)特別捜査官配属・軍曹昇進、クレーフェルト行政官・ハノーファー対諜報活動・ゲシュタポ追跡・ベンスハイムCIC分遣隊指揮官任命と非ナチ化政策、アメリカ帰国とハーバード大学入学・政治学学士最優等取得・MI6ジョン・ウィーラー・ベネット個人指導及び大学院進学・ウィリアム・ヤンデル・エリオット指導、エリオットからH・ゲイツ・ロイドへのサマースクール計画書簡とCIA初期メンバークリーブランド・クラム協議記載・キッシンジャーのCIA OPC契約コンサルタント活動、聖地に於ける正義と平和の為の委員会のAFME(アメリカ中東友好協会)改組と親アラブ・イスラエル支援否定、エリオット発案によるハーバード国際セミナー立ち上げとデイヴィッド・リースマン・アーサー・シュレジンジャー・マクジョージ・バンディ講義及びCIA資金経由アジア財団・ファーフィールド財団・AFME243,000ドル資金提供・ピエール・トルドー及びヴァレリー・ジスカール・デスタン参加、季刊誌コンフルエンス創刊とロックフェラー財団資金提供、キッシンジャーのFBI自発的接触協力関係構築と参加者郵便物無断開封郵便法違反、クリーブランド・クラムのCIAロンドン副支局長派遣・CIA・MI5・MI6間連絡係就任、中曽根康弘のハーバード国際セミナー参加渡米とロックフェラー財団・フォード財団スポンサー及びカリフォルニア大学バークレー校放射線研究所見学、キッシンジャーのFBI電話報告・特別捜査官インタビュー応答・「ほんの少しの真実」フライヤー無断開封・ロバート・ブラッドフォード元第57代マサチューセッツ州知事等情報源4つ提示及びFBI強い共感人間自称、イーガル・アロン参加、クラウス・シュワブのハーバード大学政府学部及びビジネススクール入学とCIA135,000ドル資金提供セミナー経由人脈構築・ジョン・ケネス・ガルブレイス(ポール・ウォーバーグ冠講座担当・駐インドアメリカ大使)邂逅・キッシンジャー1年指導及び公共行政学修士号取得・ヨーロッパ機関へのアメリカ経営手法導入企図迄──
キッシンジャーのドイツ亡命・アメリカ軍CIC配属を起点に、フリッツ・クレーマー薫陶・ドイツ非ナチ化政策・ハーバード大学進学・ウィリアム・ヤンデル・エリオット及びジョン・ウィーラー・ベネット指導・CIA OPC契約コンサルタント・ハーバード国際セミナー立ち上げ・コンフルエンス創刊・FBI協力・参加者郵便物無断開封・中曽根康弘渡米・イーガル・アロン参加・クラウス・シュワブ指導に至った、キッシンジャーの27年間のCIA・FBI・MI6結節点形成とハーバード国際セミナーによる各国指導者リクルーティングの系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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