電子書籍「イギリス政府を担保とする事を条件に、ディズレーリ首相のスエズ運河買収を了承したライオネル・ド・ロスチャイルド一元化」の表紙

イギリス政府を担保とする事を条件に、ディズレーリ首相のスエズ運河買収を了承したライオネル・ド・ロスチャイルド一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,854年7月14日〜1,878年8月
最新更新日
西暦2,026年1月19日

サイード・パシャの宮廷とフェルディナン・ド・レセップス、ポートサイドのスエズ運河起工式、150,000名のムハンマド・アリー朝民による無給労働と120,000名の死、ヴェルディの「リゴレット」、ティムサーハ湖の48隻、ヴィクトリア女王の勲章、イスマーイール・パシャの177,000株、ロスチャイルド邸での食事中の召使からの情報、N・M・ロスチャイルド&サンズの4,000,000ポンド、48時間での44%筆頭株主化、グラッドストンの議会承認無き買収への批判、チャールズ・リバーズ・ウィルソンのムハンマド・アリー朝財務大臣任命、パシャの家族の財産担保融資提案──
フェルディナン・ド・レセップスによるサイード・パシャからのスエズ運河建設許可書取得と国際スエズ運河会社設立、150,000名の強制労働と120,000名の主にコレラによる死亡、スエズ運河開通式とヴェルディの「リゴレット」上演、第6代イギリス・ハノーヴァー朝国王ヴィクトリアによるレセップスへの勲章授与、第5代ムハンマド・アリー朝君主イスマーイール・パシャの過剰投資による177,000株売却決定、ロスチャイルド邸でのライオネル・ド・ロスチャイルドと第40代イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリの食事中の情報入手、イギリス政府を担保とする事を条件にしたN・M・ロスチャイルド&サンズの4,000,000ポンド貸付と48時間での国際スエズ運河会社44%筆頭株主化、第41代イギリス首相ウィリアム・グラッドストンの憲法制度毀損批判、イギリス国家債務削減局会計監査官チャールズ・リバーズ・ウィルソンのムハンマド・アリー朝財務大臣任命とパシャの家族の財産担保融資提案迄、フェルディナン・ド・レセップスのスエズ運河建設構想からロスチャイルド家とディズレーリ首相の電撃的買収を経てムハンマド・アリー朝財政掌握に至る24年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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本書について

西暦1,854年7月14日、サイード・パシャが第4代ムハンマド・アリー朝君主に即位した。此れを機に嘗てパシャの家庭教師であったフランスの外交官フェルディナン・ド・レセップスがパシャに接近し、スエズ運河建設を訴え始めた。同年11月30日、フェルディナン・ド・レセップスはサイード・パシャから、①国際スエズ運河会社の99年間の権利期限、②スエズ運河の国際無差別性と自由航路、を内容とするスエズ運河建設の許可書を手にした。更に、土木・鉄道建設技師アロイス・ネグレッリの作成した計画に基づいて全ての国の船舶に開放された運河を建設する会社を設立し、関連する土地をリースする許可も得た。本書は、此のサイード・パシャ即位とフェルディナン・ド・レセップス接近を起点とする、スエズ運河建設構想から、ライオネル・ド・ロスチャイルドのイギリス政府担保によるベンジャミン・ディズレーリ首相のスエズ運河買収了承を経て、チャールズ・リバーズ・ウィルソンによるムハンマド・アリー朝財政掌握に至る、24年間に亘る系譜を、一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。

西暦1,858年12月15日、フェルディナン・ド・レセップスが、資本金200,000,000フランの「国際スエズ運河会社」を設立した。400,000株が公募されたが、其の内207,160株をフランス人が、177,642株をムハンマド・アリー朝が引き受けた。此の頃イギリスは、インドへのルートとして、スエズ-アレクサンドリア間の鉄道建設を始めており、レセップスの運河計画に反対していた為、スエズ運河を重要な貿易ルートと認識していたものの、申込みをしなかった。国際世論は懐疑的で、イギリスの他にもアメリカ・オーストリア帝国・ロシア帝国は国際スエズ運河会社の株を一切購入しなかった。イギリスは、此のフランスのスエズ運河プロジェクトを、自国の地政学的及び財政的利益に対する脅威と見做した。西暦1,859年4月25日、ポートサイド(現在のエジプト)でスエズ運河の起工式が挙げられた。フェルディナン・ド・レセップスは、「貴方方が運ぶものは、単なる土ではない。其れは、貴方方の家庭と此の国に、繁栄を運ぶのだ」と宣言したが、実際の工事は150,000名のムハンマド・アリー朝民による無給労働によって行われた。又、工事中120,000名が主にコレラによって命を落とした。イギリスは、スエズ-アレクサンドリア間の鉄道建設の時はムハンマド・アリー朝の強制労働に頼ったにも拘らず、其れを棚に上げてフランスによる強制労働を非難した。

西暦1,869年11月17日、スエズ運河の開通式が開かれた。招かれたヨーロッパ各国の元首を乗せた48隻の船がポートサイドから、そしてスエズ側からはエジプトの軍艦が運河に入り、中間点のティムサーハ湖(現在のエジプトのイスマイリア県)で合流した。此の日ヴェルディのオペラである「アイーダ」の上演が予定されていたが、完成が間に合わず、代わりに「リゴレット」が上演された。「アイーダ」が披露されるのは後の西暦1,871年となった。工事費用は当初200,000,000フランの予定であったが、結果的に425,000,000フランを要し、差額はムハンマド・アリー朝が負担した。此のスエズ運河の開通は世界貿易に即座に影響を与え、ヨーロッパのアフリカ進出・植民地化を進める上で重要な役割を果たした。西暦1,870年、フェルディナン・ド・レセップスが、第6代イギリス・ハノーヴァー朝国王ヴィクトリアから勲章を受け、スエズ運河建設に反対していたイギリスが態度を一変させた。利用する船も、毎年一番多いのはイギリス船であった。イギリスは、国際スエズ運河会社の株を買い入れる機会を窺う様になった。

西暦1,875年11月14日夕方、ロスチャイルド邸でライオネル・ド・ロスチャイルドと食事をしていた第40代イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリが、召使から第5代ムハンマド・アリー朝君主イスマーイール・パシャが、177,000株(4,000,000ポンド)の国際スエズ運河会社の株を売り出そうとしているという情報を聞き、購入を決めた。パシャは①灌漑事業、②橋梁、③製糖工場、④ドック・港湾、⑤鉄道、⑥スエズ運河、へ出資し、融資を受けて多額の対外債務を重ね、自国の所有する株を売らざるを得なくなっていた。翌11月15日、ベンジャミン・ディズレーリが、国際スエズ運河会社の買収費用をロスチャイルド家から借金する事に決め、閣僚の委任を取り付け「翌日迄に4,000,000ポンドを用立てて欲しい」とライオネル・ド・ロスチャイルドに頼み、イギリス政府を担保とする事を条件に了承された。N・M・ロスチャイルド&サンズが4,000,000ポンドを貸し付け、48時間後には、国際スエズ運河会社の株がムハンマド・アリー朝からイギリスに渡った。此れによりイギリスは国際スエズ運河会社の44%の株を取得し、筆頭株主となった。ディズレーリは5ヶ月以内に債務を履行したものの、イギリス議会の承認を得ずにロスチャイルド家の資金で国際スエズ運河会社の株を購入した事が、イギリスの憲法制度を損なうとして、第41代イギリス首相を務めたウィリアム・グラッドストンから批判された。ムハンマド・アリー朝が国際スエズ運河会社の株を手放したものの、フランスはスエズ運河の主要株主であり続けた。イスマーイール・パシャが得た国際スエズ運河会社株の売却益は、銀行によって、他の多数の銀行に対する負債の清算の一部に充てられた。

西暦1,876年、イギリス国家債務削減局会計監査官チャールズ・リバーズ・ウィルソンが、ムハンマド・アリー朝を訪問し、国際スエズ運河会社の政府取締役に任命された。西暦1,878年、イスマーイール・パシャが、ムハンマド・アリー朝の財政に於いて、外部調査委員会を受け入れた。ヨーロッパの債権者達は、ムハンマド・アリー朝がデフォルトする懸念が有るとし、自国政府に介入を求めていた。副委員長には、チャールズ・リバーズ・ウィルソンが就いた。同年5月、ムハンマド・アリー朝財務大臣に、チャールズ・リバーズ・ウィルソンが任命された。同年8月、イスマーイール・パシャ内閣にフランスの外部調査委員会委員が任命された。此の頃のムハンマド・アリー朝の財政はデフォルト寸前で、統合債務の配当金を支払う資金が不足していた。チャールズ・リバーズ・ウィルソンは、ライオネル・ド・ロスチャイルドに、パシャとパシャの家族の財産を担保にした融資を提案した。ロスチャイルドの統治期間中に、パシャの領地は、ムハンマド・アリー朝の農地の約1/5を占めるまでに拡大した。ウィルソンは、其の領地の収入を、融資の返済に充てる事を提案した。本書は、此の24年に亘る、サイード・パシャ即位とフェルディナン・ド・レセップス接近から、スエズ運河建設許可書取得、国際スエズ運河会社設立、150,000名の強制労働と120,000名の死亡を伴った起工式、スエズ運河開通式とヴェルディの「リゴレット」、ヴィクトリア女王の勲章授与によるイギリスの態度変化、ロスチャイルド邸でのディズレーリへの情報伝達、イギリス政府担保によるN・M・ロスチャイルド&サンズ4,000,000ポンド貸付と48時間での国際スエズ運河会社44%筆頭株主化、グラッドストンの憲法制度毀損批判、チャールズ・リバーズ・ウィルソンの政府取締役・財務大臣任命とパシャの家族の財産担保融資提案によるロスチャイルド家統治期間中の領地拡大迄、ロスチャイルド家とイギリスがスエズ運河とムハンマド・アリー朝財政を掌握する系譜の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • ライオネル・ド・ロスチャイルド N・M・ロスチャイルド&サンズの当主。西暦1,875年11月14日夕方、ロスチャイルド邸でベンジャミン・ディズレーリと食事をしていた際、召使からイスマーイール・パシャの177,000株売却情報がディズレーリに伝えられた。翌11月15日、ディズレーリから「翌日迄に4,000,000ポンドを用立てて欲しい」と頼まれ、イギリス政府を担保とする事を条件に了承し、N・M・ロスチャイルド&サンズが4,000,000ポンドを貸し付けた。西暦1,878年8月には、チャールズ・リバーズ・ウィルソンから、パシャとパシャの家族の財産を担保にした融資を提案され、其の統治期間中にパシャの領地はムハンマド・アリー朝の農地の約1/5を占めるまでに拡大した。
  • ベンジャミン・ディズレーリ 第40代イギリス首相。西暦1,875年11月14日夕方、ロスチャイルド邸でライオネル・ド・ロスチャイルドと食事をしていた際、召使から第5代ムハンマド・アリー朝君主イスマーイール・パシャが177,000株(4,000,000ポンド)の国際スエズ運河会社の株を売り出そうとしているという情報を聞き、購入を決めた。翌11月15日、閣僚の委任を取り付け、ライオネル・ド・ロスチャイルドにイギリス政府を担保とする事を条件に4,000,000ポンドの借金を依頼。48時間後には国際スエズ運河会社の株がムハンマド・アリー朝からイギリスに渡り、イギリスは44%の筆頭株主となった。5ヶ月以内に債務を履行したものの、イギリス議会の承認を得ずに買収を行った事が、ウィリアム・グラッドストンから憲法制度を損なうとして批判された。
  • ウィリアム・グラッドストン 第41代イギリス首相。ベンジャミン・ディズレーリが西暦1,875年11月15日にイギリス議会の承認を得ずにロスチャイルド家の資金で国際スエズ運河会社の株を購入した事を、イギリスの憲法制度を損なうとして批判した。
  • ヴィクトリア 第6代イギリス・ハノーヴァー朝国王。西暦1,870年、フェルディナン・ド・レセップスに勲章を授与した。此れを機に、スエズ運河建設に反対していたイギリスが態度を一変させ、国際スエズ運河会社の株を買い入れる機会を窺う様になった。
  • フェルディナン・ド・レセップス フランスの外交官。嘗てサイード・パシャの家庭教師であった。西暦1,854年7月14日のサイード・パシャの第4代ムハンマド・アリー朝君主即位を機に、サイード・パシャに接近しスエズ運河建設を訴え始め、同年11月30日にスエズ運河建設の許可書を手にした。西暦1,858年12月15日に資本金200,000,000フランの「国際スエズ運河会社」を設立。西暦1,859年4月25日のポートサイドでのスエズ運河起工式では「貴方方が運ぶものは、単なる土ではない。其れは、貴方方の家庭と此の国に、繁栄を運ぶのだ」と宣言した。西暦1,870年、第6代イギリス・ハノーヴァー朝国王ヴィクトリアから勲章を受けた。
  • サイード・パシャ 第4代ムハンマド・アリー朝君主。西暦1,854年7月14日に即位。嘗ての家庭教師フェルディナン・ド・レセップスの接近を受け、同年11月30日にレセップスに、①国際スエズ運河会社の99年間の権利期限、②スエズ運河の国際無差別性と自由航路、を内容とするスエズ運河建設の許可書を付与した。又、土木・鉄道建設技師アロイス・ネグレッリの作成した計画に基づいて全ての国の船舶に開放された運河を建設する会社を設立し、関連する土地をリースする許可も与えた。
  • イスマーイール・パシャ 第5代ムハンマド・アリー朝君主。灌漑事業・橋梁・製糖工場・ドック・港湾・鉄道・スエズ運河に出資し、融資を受けて多額の対外債務を重ね、西暦1,875年11月、自国の所有する177,000株(4,000,000ポンド)の国際スエズ運河会社の株を売却した。売却益は、銀行によって、他の多数の銀行に対する負債の清算の一部に充てられた。西暦1,878年、ムハンマド・アリー朝の財政に於いて、外部調査委員会を受け入れ、同年5月にチャールズ・リバーズ・ウィルソンが財務大臣に任命された。同年8月にはイスマーイール・パシャ内閣にフランスの外部調査委員会委員が任命された。
  • アロイス・ネグレッリ 土木・鉄道建設技師。スエズ運河建設の計画を作成した。西暦1,854年11月30日、サイード・パシャからフェルディナン・ド・レセップスに、ネグレッリの計画に基づいて全ての国の船舶に開放された運河を建設する会社を設立する許可が与えられた。
  • チャールズ・リバーズ・ウィルソン イギリス国家債務削減局会計監査官。西暦1,876年、ムハンマド・アリー朝を訪問し、国際スエズ運河会社の政府取締役に任命された。西暦1,878年、ムハンマド・アリー朝の財政に於ける外部調査委員会の副委員長に就き、同年5月にムハンマド・アリー朝財務大臣に任命された。同年8月には、ライオネル・ド・ロスチャイルドに、パシャとパシャの家族の財産を担保にした融資を提案し、パシャの領地の収入を融資の返済に充てる事を提案した。

主要な概念・組織

  • ムハンマド・アリー朝 エジプトの王朝。第4代君主サイード・パシャの即位後、フェルディナン・ド・レセップスにスエズ運河建設の許可を与え、国際スエズ運河会社設立時には177,642株を引き受けた。スエズ運河起工式時には150,000名の自国民を無給労働に動員し、工事中120,000名が主にコレラによって命を落とした。スエズ運河の最終工事費用425,000,000フランの内、当初予定との差額225,000,000フランを負担した。第5代君主イスマーイール・パシャは多額の対外債務により西暦1,875年に177,000株を売却し、西暦1,878年には外部調査委員会を受け入れ、イギリス国家債務削減局会計監査官チャールズ・リバーズ・ウィルソンを財務大臣に任命するに至った。
  • スエズ運河建設許可書 西暦1,854年11月30日、サイード・パシャからフェルディナン・ド・レセップスに付与された許可書。①国際スエズ運河会社の99年間の権利期限、②スエズ運河の国際無差別性と自由航路、を内容とした。更に、土木・鉄道建設技師アロイス・ネグレッリの作成した計画に基づいて全ての国の船舶に開放された運河を建設する会社を設立し、関連する土地をリースする許可も付随していた。
  • 国際スエズ運河会社 西暦1,858年12月15日、フェルディナン・ド・レセップスが資本金200,000,000フランで設立した会社。400,000株が公募され、其の内207,160株をフランス人が、177,642株をムハンマド・アリー朝が引き受けた。イギリス・アメリカ・オーストリア帝国・ロシア帝国は株を一切購入しなかった。西暦1,875年11月15日、N・M・ロスチャイルド&サンズの4,000,000ポンド融資により、ムハンマド・アリー朝の177,000株がイギリスに移り、イギリスが44%の筆頭株主となった。フランスは引き続き主要株主であり続けた。
  • スエズ運河起工式 西暦1,859年4月25日、ポートサイド(現在のエジプト)で挙げられた式典。フェルディナン・ド・レセップスは「貴方方が運ぶものは、単なる土ではない。其れは、貴方方の家庭と此の国に、繁栄を運ぶのだ」と宣言したが、実際の工事は150,000名のムハンマド・アリー朝民による無給労働によって行われ、工事中120,000名が主にコレラによって命を落とした。イギリスは、スエズ-アレクサンドリア間の鉄道建設の時はムハンマド・アリー朝の強制労働に頼ったにも拘らず、其れを棚に上げてフランスによる強制労働を非難した。
  • スエズ運河開通式 西暦1,869年11月17日に開かれた式典。招かれたヨーロッパ各国の元首を乗せた48隻の船がポートサイドから、そしてスエズ側からはエジプトの軍艦が運河に入り、中間点のティムサーハ湖(現在のエジプトのイスマイリア県)で合流した。此の日ヴェルディのオペラ「アイーダ」の上演が予定されていたが、完成が間に合わず、代わりに「リゴレット」が上演された。「アイーダ」が披露されるのは後の西暦1,871年となった。工事費用は当初200,000,000フランの予定であったが、結果的に425,000,000フランを要し、差額はムハンマド・アリー朝が負担した。此の開通は世界貿易に即座に影響を与え、ヨーロッパのアフリカ進出・植民地化を進める上で重要な役割を果たした。
  • アイーダ ヴェルディのオペラ。西暦1,869年11月17日のスエズ運河開通式での上演が予定されていたが、完成が間に合わず、代わりに「リゴレット」が上演された。披露されるのは後の西暦1,871年となった。
  • リゴレット ヴェルディのオペラ。西暦1,869年11月17日のスエズ運河開通式にて、上演予定であった「アイーダ」の完成が間に合わなかった為、代わりに上演された。
  • ロスチャイルド邸 ライオネル・ド・ロスチャイルドの邸宅。西暦1,875年11月14日夕方、第40代イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリがライオネル・ド・ロスチャイルドと食事をしていた際、召使から第5代ムハンマド・アリー朝君主イスマーイール・パシャが177,000株(4,000,000ポンド)の国際スエズ運河会社の株を売り出そうとしているという情報がもたらされた。
  • N・M・ロスチャイルド&サンズ ロスチャイルド家の銀行。当主はライオネル・ド・ロスチャイルド。西暦1,875年11月15日、第40代イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリの依頼により、イギリス政府を担保とする事を条件に4,000,000ポンドをイギリスに貸し付け、48時間後にはムハンマド・アリー朝の177,000株の国際スエズ運河会社株がイギリスに渡り、イギリスが44%の筆頭株主となった。
  • 4,000,000ポンドの貸付 西暦1,875年11月15日、ベンジャミン・ディズレーリの「翌日迄に4,000,000ポンドを用立てて欲しい」との依頼に対し、ライオネル・ド・ロスチャイルドがイギリス政府を担保とする事を条件に了承し、N・M・ロスチャイルド&サンズがイギリスに貸し付けた額。此れにより国際スエズ運河会社の177,000株がムハンマド・アリー朝からイギリスに渡り、イギリスは44%の筆頭株主となった。ディズレーリは5ヶ月以内に債務を履行したものの、イギリス議会の承認を得ずにロスチャイルド家の資金で株を購入した事が、第41代イギリス首相を務めたウィリアム・グラッドストンから、イギリスの憲法制度を損なうとして批判された。
  • イギリス国家債務削減局 イギリスの政府機関。会計監査官のチャールズ・リバーズ・ウィルソンが西暦1,876年にムハンマド・アリー朝を訪問し、国際スエズ運河会社の政府取締役に任命された。
  • ムハンマド・アリー朝外部調査委員会 西暦1,878年、ムハンマド・アリー朝の財政に於いてイスマーイール・パシャが受け入れた調査委員会。ヨーロッパの債権者達がムハンマド・アリー朝のデフォルト懸念から自国政府に介入を求めていた事を背景とした。副委員長にはチャールズ・リバーズ・ウィルソンが就いた。同年8月にはイスマーイール・パシャ内閣にフランスの外部調査委員会委員が任命された。
  • パシャの家族の財産担保融資 西暦1,878年8月、チャールズ・リバーズ・ウィルソンがライオネル・ド・ロスチャイルドに提案した融資。パシャとパシャの家族の財産を担保とし、其の領地の収入を融資の返済に充てる事を提案した。ロスチャイルドの統治期間中に、パシャの領地はムハンマド・アリー朝の農地の約1/5を占めるまでに拡大した。
  • 統合債務 ムハンマド・アリー朝の対外債務。西暦1,878年8月の時点で、其の配当金を支払う資金が不足し、デフォルト寸前の状態であった。

サイード・パシャの第4代ムハンマド・アリー朝君主即位とフェルディナン・ド・レセップスの接近、スエズ運河建設許可書取得、資本金200,000,000フランの国際スエズ運河会社設立とイギリス・アメリカ・オーストリア帝国・ロシア帝国の株購入拒否、ポートサイドでのスエズ運河起工式と150,000名のムハンマド・アリー朝民による無給労働及び120,000名の主にコレラによる死亡、スエズ運河開通式とヴェルディの「リゴレット」上演及び最終工事費用425,000,000フラン、第6代イギリス・ハノーヴァー朝国王ヴィクトリアによるレセップスへの勲章授与とイギリスの態度変化、第5代ムハンマド・アリー朝君主イスマーイール・パシャの過剰投資による177,000株売却、ロスチャイルド邸でのライオネル・ド・ロスチャイルドと第40代イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリの食事中の情報入手、イギリス政府を担保とする事を条件にしたN・M・ロスチャイルド&サンズの4,000,000ポンド貸付と48時間での国際スエズ運河会社44%筆頭株主化、第41代イギリス首相ウィリアム・グラッドストンの議会承認無き買収への憲法制度毀損批判、イギリス国家債務削減局会計監査官チャールズ・リバーズ・ウィルソンの国際スエズ運河会社政府取締役任命と外部調査委員会副委員長及びムハンマド・アリー朝財務大臣任命、パシャの家族の財産担保融資提案とロスチャイルドの統治期間中のパシャ領地の農地約1/5迄の拡大迄──
フェルディナン・ド・レセップスのスエズ運河建設構想からロスチャイルド家とディズレーリ首相の電撃的買収を経てムハンマド・アリー朝財政掌握に至る24年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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