米英戦争の片棒を担いだ
スティーブン・ジラード銀行
一元化
フィラデルフィアの第一合衆国銀行買収、米英戦争陸軍資金の調達、ヘントの第二合衆国銀行合意──
ネイサン・メイヤー・ロスチャイルドの戦争命令から、アルバート・ギャラティンへの1,000,000ドル融資、5,000,000ドルの戦時公債引き受け、ベアリング商会からの正貨調達迄、ロスチャイルド家のアメリカ戦争を実務面で支えた銀行家の10年間を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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本書について
西暦1,806年、ベアリング商会及びアムステルダムのホープ商会の代理人としてアメリカに渡ったデイヴィッド・パリッシュが、フィラデルフィアに居を構えた。西暦1,808年、パリッシュはオグデンズバーグ(アメリカのニューヨーク州セントローレンス郡)の約809.37㎢の土地を取得し、移住した。西暦1,811年1月24日、第一合衆国銀行の認可が失効した。アメリカ議会にて、憲法違反の恐れやアメリカ国外の影響下に在ると考える議員の懸念から、更新が僅か1票差で否決され、アメリカ国外の投資家に取って好ましくない結果となった。トーマス・ジェファーソンとアンドリュー・ジャクソンの2名は中央銀行に強く反対し、通貨供給は、民間や外国の利益では無く、アメリカ議会を通じてアメリカ国民が決定すべきだと主張していた。此れを受けて、ネイサン・メイヤー・ロスチャイルドは激怒し「第一合衆国銀行の特許状更新の申請が認められなければ、アメリカは最も悲惨な戦争に巻き込まれる事になるだろう。此の生意気なアメリカ人に教訓を与えよ。彼らを植民地の地位に戻せ」と、アメリカに対する戦争を命じた。本書は、此のロスチャイルドの戦争命令から、第一合衆国銀行買収によるスティーブン・ジラード銀行設立、米英戦争陸軍資金の調達、6%利付き16,000,000ドル公債の引き受け、そして西暦1,816年4月10日の第二合衆国銀行設立に当たってのベアリング商会からの正貨調達迄、ロスチャイルド家のアメリカに対する戦争を実務面で支えた銀行家スティーブン・ジラードの10年間を、一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
西暦1,812年3月14日、アメリカ議会が、米英戦争開戦を見越し、11,000,000ドルの借入を承認した。6%利付きの公債を発行したが上手く行かず、アメリカ財務省は他の手段を講じる必要に迫られた。又、アメリカの関税収入は、西暦1,811年の13,300,000ドルから西暦1,812年には9,000,000ドルに落ち込み、本年の支出は22,000,000ドルに膨らんでいた。同年5月9日、第一合衆国銀行の筆頭株主であったスティーブン・ジラードが、第一合衆国銀行の土地・建物・備品・株式の大部分を買い取った。同年5月18日、ジラードは買い取った建物を利用し「スティーブン・ジラード銀行」を設立した。又ジラードは、第一合衆国銀行の出納係であったジョージ・シンプソンを、其の儘スティーブン・ジラード銀行の出納係として雇い入れる等、人材や業務基盤の大部分を第一合衆国銀行から引き継いだ。
西暦1,812年6月1日、第4代アメリカ大統領ジェームズ・マディソンが、アメリカ議会に対し、対英宣戦布告を求める教書を送った。同年6月4日、アメリカ下院が対英宣戦布告に関し賛成79・反対49で可決し、同年6月17日、アメリカ上院が賛成19・反対13で可決した。同年6月18日、マディソンが宣戦布告法案に署名し、イギリスによるフランスへの経済封鎖、イギリス海軍によるアメリカ人船員数千名の強制徴用、五大湖沿岸のアメリカに敵対的なインディアン部族へのイギリスの支援を受けて、イギリスに宣戦布告し、米英戦争が勃発した。イギリスは、ロスチャイルド家から借り入れた資金を使ってアメリカの宣戦布告を誘発し、ネイサン・メイヤー・ロスチャイルドの望み通りに開戦した。スティーブン・ジラードは、スティーブン・ジラード銀行と私財を用いて、アメリカ陸軍の資金を賄った。ジラードの資金提供が無ければ戦えない程、アメリカの財政は逼迫していた。イギリスは、本年だけで10,000,000ドルの費用が掛かるアメリカを破産させようとした。アメリカは、急遽10,000名の兵を増員する必要に迫られ、アメリカ議会の関税の引き上げにより、資金を調達した。
西暦1,812年6月30日、アメリカ議会が、5.4%利付きのアメリカ財務省証券発行を承認した。100ドル券と1,000ドル券が発行され、直ぐに完売した。同年7月24日、第4代アメリカ財務長官アルバート・ギャラティンが、ジョージ・シンプソン経由で、スティーブン・ジラードに対し、書簡でアメリカ政府への500,000ドルの融資を求めた。同日中に融資額は1,000,000ドルに引き上げられ、ギャラティンは「此の融資を行えば、ペンシルベニア州議会がスティーブン・ジラード銀行の活動を阻止する措置を取るのを防げるだろう」と述べた。
西暦1,813年2月8日、アメリカ議会が、アメリカ財務省の、米英戦争の戦費調達を意図した6%利付きの16,000,000ドルの公債発行を承認した。しかし、6,000,000ドルしか売れず、残りの10,000,000ドルを、スティーブン・ジラードが5,000,000ドル、デイヴィッド・パリッシュがジラードからの借入金で3,000,000ドル、ジョン・ジェイコブ・アスターが2,000,000ドル引き受けた。更にジラードは、本年から翌年に掛けて、アメリカ政府の5,000,000ドルの戦時公債の約95%を引き受けた。
西暦1,814年3月14日、アメリカ議会が、アメリカ財務省証券の発行を承認した。額面は100ドル券・200ドル券・1,000ドル券であった。アメリカ財務長官代行ウィリアム・ジョーンズが、西暦1,814年1月にアメリカ議会に対し約30,000,000ドルの赤字を予測する報告を提出した事や、西暦1,813年に購入されたアメリカ財務省証券が西暦1,814年に満期を迎える為、本年の借入には其の償還費用と戦費の両方を含める必要が有った事が背景として有った。アメリカ議会は、25,000,000ドルの公債と、更に10,000,000ドルのアメリカ財務省証券を承認したが、国立銀行の再設立というジョーンズの提案は拒否された。
西暦1,814年9月、米英戦争に於ける両国による協議が、ヘント(ベルギーのオースト・フランデレン州)で開始され、4ヶ月に渡る協議の結果、第二合衆国銀行の設立で合意した。同年12月24日、講和条約「ガン条約」が締結され、第二合衆国銀行の設立が確固たるものとなった。アメリカは此の戦争で大量の国債を発行し、戦争の総費用は158,000,000ドル(内アメリカ陸海軍が90,000,000ドル)に上った。又、借入金の利子の総額は16,000,000ドル、長期的な退役軍人費用は50,000,000ドルに達した。開戦前に45,000,000ドルであった国家債務は、翌年には127,000,000ドルに膨らんだ。ヨーロッパの主要金融都市に拠点を有するロスチャイルド家は、発行された国債を悉く買い占め、発行した政府には当初の発行価格を支払いつつ、ブローカーネットワークに高値で売却した。
西暦1,814年12月26日、アメリカ議会が、10,500,000ドルのアメリカ財務省証券の発行を承認した。しかし、初めて全額が消化されず、実際に発行されたのは8,318,400ドルに留まり、20ドル券と100ドル券のみが印刷された。此の時のアメリカの財政は、米英戦争の長期化によって悪化し、西暦1,814年8月31日にはニューイングランド以外の銀行が、正貨での支払いを停止し、アメリカ財務省証券の価値は正貨を下回り、アメリカ兵の給料は6〜12ヶ月の遅配、スプリングフィールド造兵廠は資金不足で閉鎖、新兵募集の為の報奨金も支払えないという惨状であった。
西暦1,815年2月24日、アメリカ議会が、25,000,000ドルの5.4%利付きのアメリカ財務省証券の発行を承認した。西暦1,814年12月26日承認のアメリカ財務省証券が全額消化されなかった事から、アメリカ下院歳入委員長ジョン・W・エップスが、100ドル未満の小額面で、無記名式・譲渡自由・公的支払に使用可能な流通紙幣を主張した事が背景として有った。此の主張は通り、3ドル券・5ドル券・10ドル券・20ドル券・50ドル券といった小額面の無利息・無記名券が発行された。米英戦争の終結により大量発行する必要が無くなっていた為、100ドル券が4,969,400ドル、3ドル券・5ドル券・10ドル券・20ドル券・50ドル券が3,392,994ドルの発行に留まった。
西暦1,816年4月10日、ジェームズ・マディソンが、第二合衆国銀行の設立法案に署名した。此の時点でアメリカは、米英戦争によって債務の増大、物価の高騰、インフレの進行による通貨価値の下落の状態に陥り、独立戦争と似た状況に置かれており、戦費を賄う為に多額の借入を必要としたが、民間銀行が融資を渋っていた。同行は第一合衆国銀行をモデルとしており、税金の徴収・送金・政府/個人への融資の機能を有した。スティーブン・ジラードは、第二合衆国銀行設立に当たり、ベアリング商会から正貨の調達を行った。第二合衆国銀行の最大の株主はジェームス・ド・ロスチャイルドであった。ロスチャイルド家は其の後も、戦争を誘発して双方に資金を貸し付ける事で、富を拡大していった。本書は、此の10年に亘る、ロスチャイルド家のアメリカに対する戦争を実務面で支えた銀行家の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- スティーブン・ジラード 第一合衆国銀行の筆頭株主であった銀行家。西暦1,812年5月9日に第一合衆国銀行の土地・建物・備品・株式の大部分を買い取り、同年5月18日に「スティーブン・ジラード銀行」を設立。第一合衆国銀行の出納係ジョージ・シンプソンを其の儘雇い入れる等、人材や業務基盤の大部分を引き継いだ。同年6月18日勃発の米英戦争では、スティーブン・ジラード銀行と私財を用いてアメリカ陸軍の資金を賄い、同年7月24日にはアルバート・ギャラティンに1,000,000ドルを融資した。西暦1,813年2月8日承認の6%利付き16,000,000ドル公債のうち5,000,000ドルを引き受け、更に5,000,000ドルの戦時公債の約95%を引き受けた。西暦1,816年4月10日の第二合衆国銀行設立に当たっては、ベアリング商会から正貨の調達を行った。
- デイヴィッド・パリッシュ ベアリング商会及びアムステルダムのホープ商会の代理人。西暦1,806年にアメリカに渡り、フィラデルフィアに居を構えた。西暦1,808年、オグデンズバーグの約809.37㎢の土地を取得し、移住した。西暦1,813年2月8日承認の6%利付き16,000,000ドル公債のうち、スティーブン・ジラードからの借入金で3,000,000ドルを引き受けた。
- ジョージ・シンプソン 第一合衆国銀行の出納係であった人物。西暦1,812年5月18日のスティーブン・ジラード銀行設立に伴い、其の儘同行の出納係として雇い入れられた。西暦1,812年7月24日には、アルバート・ギャラティンからスティーブン・ジラードへの1,000,000ドル融資要請の書簡経路となった。
- ジェームズ・マディソン 第4代アメリカ大統領。西暦1,812年6月1日にアメリカ議会に対し対英宣戦布告を求める教書を送り、同年6月18日に宣戦布告法案に署名し米英戦争を開戦した。西暦1,816年4月10日には第二合衆国銀行の設立法案に署名した。
- アルバート・ギャラティン 第4代アメリカ財務長官。西暦1,812年7月24日、ジョージ・シンプソン経由で、スティーブン・ジラードに対し、書簡でアメリカ政府への500,000ドルの融資を求めた。同日中に融資額は1,000,000ドルに引き上げられ、ギャラティンは「此の融資を行えば、ペンシルベニア州議会がスティーブン・ジラード銀行の活動を阻止する措置を取るのを防げるだろう」と述べた。
- ジョン・ジェイコブ・アスター 西暦1,813年2月8日承認の6%利付き16,000,000ドル公債のうち、2,000,000ドルを引き受けた人物。スティーブン・ジラードの5,000,000ドル、デイヴィッド・パリッシュの3,000,000ドルと併せて10,000,000ドル分の公債を3名で引き受けた。
- ウィリアム・ジョーンズ アメリカ財務長官代行。西暦1,814年1月にアメリカ議会に対し約30,000,000ドルの赤字を予測する報告を提出した。同年3月14日のアメリカ財務省証券発行承認の背景となる役割を果たした。又、国立銀行の再設立を提案したが、アメリカ議会から拒否された。
- ジョン・W・エップス アメリカ下院歳入委員長。西暦1,814年12月26日承認のアメリカ財務省証券が全額消化されなかった事を受け、100ドル未満の小額面で、無記名式・譲渡自由・公的支払に使用可能な流通紙幣を主張した。此の主張は西暦1,815年2月24日に通り、3ドル券・5ドル券・10ドル券・20ドル券・50ドル券といった小額面の無利息・無記名券が発行された。
- ネイサン・メイヤー・ロスチャイルド 初代英ロスチャイルド家当主。西暦1,811年1月24日の第一合衆国銀行認可失効を受けて激怒し「此の生意気なアメリカ人に教訓を与えよ。彼らを植民地の地位に戻せ」とアメリカに対する戦争を命じた。イギリスは、ロスチャイルド家から借り入れた資金を使ってアメリカの宣戦布告を誘発し、ネイサンの望み通りに米英戦争が開戦した。
- ジェームス・ド・ロスチャイルド パリ拠点のロスチャイルド家銀行家。西暦1,816年4月10日にジェームズ・マディソンが署名した第二合衆国銀行の最大の株主となった。ロスチャイルド家は其の後も、戦争を誘発して双方に資金を貸し付ける事で、富を拡大していった。
- トーマス・ジェファーソン 中央銀行に強く反対した人物。通貨供給は、民間や外国の利益では無く、アメリカ議会を通じてアメリカ国民が決定すべきだと主張していた。西暦1,811年1月24日の第一合衆国銀行認可失効に至る議論の主要論者。
- アンドリュー・ジャクソン 中央銀行に強く反対した人物。トーマス・ジェファーソンと共に、通貨供給は、民間や外国の利益では無く、アメリカ議会を通じてアメリカ国民が決定すべきだと主張していた。西暦1,811年1月24日の第一合衆国銀行認可失効に至る議論の主要論者。
主要な概念・組織
- スティーブン・ジラード銀行 西暦1,812年5月18日にスティーブン・ジラードが、買い取った第一合衆国銀行の建物を利用して設立した銀行。第一合衆国銀行の出納係ジョージ・シンプソンを其の儘雇い入れる等、人材や業務基盤の大部分を第一合衆国銀行から引き継いだ。西暦1,812年6月18日勃発の米英戦争では、ジラード私財と共にアメリカ陸軍の資金を賄った。西暦1,812年7月24日にはアメリカ政府に1,000,000ドルを融資した。
- 第一合衆国銀行 アメリカ初の中央銀行。スティーブン・ジラードが筆頭株主であった。西暦1,811年1月24日に認可が失効。アメリカ議会で、憲法違反の恐れやアメリカ国外の影響下に在ると考える議員の懸念から、更新が僅か1票差で否決された。此れを受けてネイサン・メイヤー・ロスチャイルドは激怒し、アメリカに対する戦争を命じた。西暦1,812年5月9日にジラードが土地・建物・備品・株式の大部分を買い取った。
- 第二合衆国銀行 西暦1,816年4月10日にジェームズ・マディソンが設立法案に署名して設立されたアメリカの中央銀行。西暦1,814年9月開始のヘントでの米英戦争協議で設立が合意され、同年12月24日のガン条約締結で確固たるものとなった。第一合衆国銀行をモデルとし、税金の徴収・送金・政府/個人への融資の機能を有した。スティーブン・ジラードは設立に当たり、ベアリング商会から正貨の調達を行った。最大の株主はジェームス・ド・ロスチャイルドであった。
- 米英戦争 西暦1,812年6月18日に勃発したアメリカとイギリスの戦争。第一合衆国銀行の認可失効に激怒したネイサン・メイヤー・ロスチャイルドが命じた戦争。イギリスはロスチャイルド家から借り入れた資金を使ってアメリカの宣戦布告を誘発した。スティーブン・ジラードはスティーブン・ジラード銀行と私財を用いてアメリカ陸軍の資金を賄った。総費用は158,000,000ドル(内アメリカ陸海軍が90,000,000ドル)、借入金の利子の総額は16,000,000ドル、長期的な退役軍人費用は50,000,000ドルに上り、開戦前に45,000,000ドルであった国家債務は翌年には127,000,000ドルに膨らんだ。
- ガン条約 西暦1,814年12月24日に締結された米英戦争の講和条約。西暦1,814年9月からヘント(ベルギーのオースト・フランデレン州)で開始された4ヶ月に渡る協議の結果、第二合衆国銀行の設立で合意した。此れにより、第二合衆国銀行の設立が確固たるものとなった。
- ベアリング商会 イギリスの商会。西暦1,806年にデイヴィッド・パリッシュをアメリカに代理人として派遣した。西暦1,816年4月10日の第二合衆国銀行設立に当たっては、スティーブン・ジラードが同商会から正貨の調達を行った。
- ホープ商会 アムステルダムの商会。西暦1,806年にベアリング商会と共に、デイヴィッド・パリッシュをアメリカに代理人として派遣した。
- アメリカ財務省証券 米英戦争の戦費調達を目的に発行された証券。西暦1,812年6月30日に5.4%利付き(100ドル券・1,000ドル券)が承認され直ぐに完売。西暦1,814年3月14日には100ドル券・200ドル券・1,000ドル券が承認。同年12月26日には10,500,000ドル承認も初めて全額消化されず、実際の発行は8,318,400ドルに留まった。西暦1,815年2月24日には25,000,000ドルの5.4%利付きが承認され、ジョン・W・エップスの主張により小額面券(3〜50ドル券)が発行された。
- 6%利付き16,000,000ドル公債 西暦1,813年2月8日にアメリカ議会が承認した、米英戦争の戦費調達を意図した公債。6,000,000ドルしか売れず、残りの10,000,000ドルをスティーブン・ジラード(5,000,000ドル)、デイヴィッド・パリッシュ(3,000,000ドル/ジラードからの借入金で引き受け)、ジョン・ジェイコブ・アスター(2,000,000ドル)が引き受けた。
- オグデンズバーグの土地 アメリカのニューヨーク州セントローレンス郡に位置する約809.37㎢の土地。西暦1,808年にデイヴィッド・パリッシュが取得し移住した。
- 正貨支払停止 西暦1,814年8月31日、米英戦争の長期化によりニューイングランド以外の銀行が正貨での支払いを停止した事態。アメリカ財務省証券の価値は正貨を下回り、アメリカ兵の給料は6〜12ヶ月の遅配、スプリングフィールド造兵廠は資金不足で閉鎖、新兵募集の為の報奨金も支払えないという惨状であった。
- ペンシルベニア州議会の妨害 西暦1,812年7月24日、アルバート・ギャラティンがスティーブン・ジラードに1,000,000ドル融資を求めた際に言及された懸念。ギャラティンは「此の融資を行えば、ペンシルベニア州議会がスティーブン・ジラード銀行の活動を阻止する措置を取るのを防げるだろう」と述べ、政治的圧力と引き換えに融資を引き出した。
第一合衆国銀行買収から、スティーブン・ジラード銀行設立、米英戦争陸軍資金の調達、6%利付き公債16,000,000ドルのうち10,000,000ドルの引き受け、第二合衆国銀行設立の正貨調達迄──
ロスチャイルド家のアメリカに対する戦争を実務面で支えた銀行家の10年間を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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