電子書籍「ロックフェラー医学研究所が流行らせたスペイン風邪一元化」の表紙

ロックフェラー医学研究所が流行らせたスペイン風邪一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,917年4月〜1,918年11月11日
最新更新日
西暦2,025年11月27日

ロックフェラー医学研究所のイギリス・フランス要望による馬用伯舎即座建設と髄膜炎菌ワクチン製造開始並びにイギリス・フランス・ベルギー・イタリア配布、ウッドロウ・ウィルソンのジョン・パーシングのアメリカ外征軍総司令官任命と同盟国侵略から自由と民主主義を守る為の第一次世界大戦参戦連邦議会訴え並びにアメリカ上院82対6・下院373対50参戦決議及びドイツ帝国宣戦布告、アメリカ徴兵制実施と21~30歳男性対象者4,800,000名内2,800,000名採用2,000,000名ヨーロッパ派遣、フォートライリーの第342野戦砲兵連隊に対するロックフェラー医学研究所中尉ピーター・K・オリツキー製造髄膜炎菌ワクチン人体実験とフレデリック・ラモント・ゲイツ報告書並びに少佐E・H・ショーラー設備提供・中佐J・L・シェパード指導・大佐ニュージェント・少佐ツァーリ・C・ジョンソン・中尉セルジュ・アンドロップ・大尉アルバート・バウアー軍医会議招集及び菌数500,000,000~10,000,000,000/ccグループⅠ~Ⅶ3回接種、髄膜炎菌ワクチン接種研究開始とフォートライリー第89師団約25,000名将校・兵士志願者対象フレデリック・テイラー・ゲイツ・フレデリック・ラモント・ゲイツ関与8~10日間隔3回接種並びにNIHのイギリス・フランス・ベルギー・イタリア抗髄膜炎血清配布、キャンプアプトン軍志願兵12,519名対象ロックフェラー医学研究所髄膜炎菌ワクチン人体実験開始と少なくとも6,131名入院、アメリカ外征軍ブレスト上陸開始と84,000名輸送船大西洋横断及びスペイン風邪感染回復兵士ウイルスヨーロッパ持込、フォートライリーファンストン基地病院兵士アルバート・ギッチェルインフルエンザ症状訴え髄膜炎菌ワクチン人体実験参加者並びにフォートライリースペイン風邪第1波開始と軍医エドワード・R・シュライナー1,000名以上感染48名死亡・解熱免疫抑制アスピリン処方・肺炎球菌・溶血性連鎖球菌・インフルエンザ菌・黄色ブドウ球菌定着菌株エアロゾル化・ロックフェラー医学研究所マスメディア強毒H1N1亜型インフルエンザ喧伝スペイン風邪話すり替え、フレデリック・ラモント・ゲイツ髄膜炎菌ワクチン接種報告書作成、第4代アメリカ公衆衛生局長官ルパート・ブルー・アメリカ海軍・JAMA・アメリカ陸軍アスピリン使用推奨と処方、ドイツと連合国休戦協定締結とアメリカ兵母国・植民地前哨基地帰還スペイン風邪世界中拡散及び50,000,000~100,000,000名死者・遺体92.7%細菌性肺炎判明迄──
ロックフェラー医学研究所による髄膜炎菌ワクチン人体実験を起点に、フォートライリーでのスペイン風邪第1波発生とロックフェラー医学研究所によるマスメディアを使ったH1N1亜型インフルエンザ喧伝、アスピリン処方による被害拡大、休戦協定後の世界拡散と50,000,000~100,000,000名死者並びに遺体92.7%細菌性肺炎判明に至る、髄膜炎菌ワクチンの人体実験から始まったスペイン風邪流行の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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本書について

西暦1,917年4月、ロックフェラー医学研究所がイギリス・フランスの要望により、馬用の伯舎を即座に建て、此れ等の国に向けた髄膜炎菌ワクチンの製造を開始した。又、同研究所は此の髄膜炎菌ワクチンを第一次世界大戦中にイギリス・フランス・ベルギー・イタリア等に配布していた。同月、ウッドロウ・ウィルソンがジョン・パーシングをアメリカ外征軍の総司令官に任命した。同月2日、ウッドロウ・ウィルソンが同盟国(ドイツ帝国・オーストリア・ハンガリー帝国・オスマン帝国)の侵略から、自由と民主主義を守る為に、第一次世界大戦への参戦を認める様連邦議会で訴えた。同月4日、アメリカ上院で82対6で第一次世界大戦参戦が決議され、翌5日にはアメリカ下院でも373対50で参戦が決議された。同月6日、ウッドロウ・ウィルソンがドイツ帝国に対し宣戦布告した。同年5月18日、アメリカで徴兵制が実施され、21~30歳の男性に徴兵登録を要求し、対象者4,800,000名の内2,800,000名が採用され、後に2,000,000名がヨーロッパに派遣される事となった。同年6月7日、ジョン・パーシング率いるアメリカ外征軍がイギリスに到着した。直ちにイギリス・フランスに兵を派遣するのでは無く、充分な訓練を行ってからにすべきだと主張、翌年まで殆ど兵を動かさなかった。同月26日、先遣隊であるアメリカ兵14,000名がイギリスからサン・ナゼール(現在のフランスのロワール・アトランティック県)に到着した。

西暦1,917年10月、本月から翌月に掛けて、フォートライリー(アメリカのカンザス州ライリー郡)のアメリカ軍施設にて、第342野戦砲兵連隊に対し、ロックフェラー医学研究所の中尉ピーター・K・オリツキーによって製造された髄膜炎菌ワクチンの人体実験が行われた。此のワクチンは、フォートライリーに一括で送られ、等張食塩水で標準濃度に希釈され、0.3%のクレゾールで保存された。フレデリック・ラモント・ゲイツは、第342野戦砲兵連隊に対する髄膜炎菌ワクチン接種は、フォートライリーの基地病院の検査部門長である少佐E・H・ショーラーが設備を提供し協力し、ショーラーによって50cc瓶にて連隊軍医に配布され、師団軍医である中佐J・L・シェパードの指導の下、大佐ニュージェント、連隊軍医で少佐のツァーリ・C・ジョンソンの協力により実施された主旨の報告書を記した。此のワクチンは、髄膜炎に罹った人の体液から採取した細菌を加熱して不活化した物であり、注射針はNo.25で、三角筋の起始部に皮下注射された。約50名から成るグループⅠ~Ⅵと、99名から成るグループⅦに分けられ、菌数500,000,000/cc~10,000,000,000/ccの範囲で3回の接種が行われた。途中から接種しなかった者は、咳・下痢・発熱・頭痛等の症状が出た。ジョンソンの指示により、医療部隊の中尉セルジュ・アンドロップは、ワクチン接種翌朝の検査時に、局所及び全身の反応に関する報告を兵士から収集した。連隊軍医とロックフェラー医学研究所との仲介役である師団訓練担当官で大尉のアルバート・バウアーは、軍医会議を招集し、其処でワクチンの投与方法・効果・観察すべき点が説明され、議論された。

西暦1,918年1月15日、髄膜炎菌ワクチン接種の研究が開始された。同月21日、ロックフェラー医学研究所主導で馬で培養された抗髄膜炎血清を含む髄膜炎菌ワクチンの接種がフォートライリーの第89師団の約25,000名の将校・兵士の内、志願者に対して開始された。フレデリック・テイラー・ゲイツ及びフレデリック・ラモント・ゲイツの2名が関与し、アメリカ軍の志願兵に対し、8~10日の間隔を空けて3回の接種が行われ、各回の接種者数は1回目4,792名・2回目4,257名・3回目3,702名であった。NIHは、第一次世界大戦中に此の抗髄膜炎血清を、イギリス・フランス・ベルギー・イタリア等に配布した。同年2月4日、アメリカのニューヨーク州ロングアイランドのサフォーク郡ヤファンクにあるキャンプアプトン(アメリカ陸軍の乗船港)にて、軍の志願兵12,519名を対象にロックフェラー医学研究所の髄膜炎菌ワクチンの人体実験が開始された。又同日以降に3回目の接種が予定されていた第89師団の髄膜炎菌ワクチン接種者の内約半数が、医務官の間で高用量による重度の副反応が数件発生した事を背景に、菌数4,000,000,000/ccで、3回目の接種を受けた。2回目の接種では、略全ての部隊で頭痛・関節痛・吐き気・便の緩みや一過性の下痢の症状を示す者が少数発生し、菌数が減らされる前に3回目の接種を終え、菌数8,000,000,000/ccが投与された部隊の中には、全身及び局所の重度な副反応が数件有った。或る連隊では、誤解により4名の兵士が初回で8,000,000,000/ccが投与されたが、忍容性は良好であったとされた。

西暦1,918年3月、アメリカ外征軍がブレスト(フランスのフィニステール県)に上陸を開始し、此の月からアメリカ外征軍の本格的なヨーロッパ遠征が始まった。本月は84,000名のアメリカ兵が輸送船で大西洋を横断してヨーロッパに渡り、アメリカ外征軍にはスペイン風邪感染から回復した兵士も含まれ、ウイルスをヨーロッパに持ち込んだ。同月4日、フォートライリーのファンストン基地の病院にて兵士アルバート・ギッチェルがインフルエンザの症状を訴えた。ギッチェルは髄膜炎菌ワクチンの人体実験の参加者であった。同月11日、朝、フォートライリーにてスペイン風邪の第1波が始まった。軍医エドワード・R・シュライナーは、正午迄に100名以上の病気に罹った兵士の治療に当たったが、シュライナーの目には、全員が同じ病気に苦しんでいる様に見えた。後に同様の症状を訴える兵士が続出し、1,000名以上が感染、48名が死亡した。此れ等の兵士が第一次世界大戦中のヨーロッパの戦場へ赴き、解熱や免疫を抑制するアスピリンを処方され、多数の犠牲者を出した。感染した宿主は、短期間で①肺炎球菌②溶血性連鎖球菌③インフルエンザ菌④黄色ブドウ球菌等の定着菌株のエアロゾル化を促進させた。髄膜炎菌ワクチンが原因であったが、ロックフェラー医学研究所は、強毒なH1N1亜型インフルエンザが流行したとマスメディアを使って喧伝し、スペイン風邪に話をすり替えた。同月18日、フォートライリーのファンストン基地の病院にて522名のスペイン風邪の感染者が発生した。

西暦1,918年4月、本月118,000名のアメリカ兵が輸送船で大西洋を横断しヨーロッパへ渡った。同月、フランス北部にいたイギリス兵と塹壕で対峙していたドイツ兵がスペイン風邪に感染した。ドイツ軍は、感染した塹壕の兵士を前線から退避させ、健康な兵士と交代させた。此れにより、スペイン風邪は新たな宿主である若く健康な兵士に継続的に接触し、其処で適応・増殖する事により、強毒化していった。同月15日、キャンプアプトンでの軍の志願兵を対象にした髄膜炎菌ワクチンの人体実験が終了した。結果少なくとも6,131名が入院した。同年5月、フランス南部のフランス兵の間でスペイン風邪が流行した。同年6月、ポーツマス(イギリスのハンプシャー州)からムルマンスク(ソ連)に渡ったアメリカ兵によりスペイン風邪が持ち込まれた。同月4日、フォートライリーのアメリカ兵に対する髄膜炎菌ワクチンの接種が終了した。同年7月20日、フレデリック・ラモント・ゲイツが、3,702名のボランティアに対し1週間間隔で3回の皮下注射を行ない、1回目2,000,000,000/cc・2回目4,000,000,000/cc・3回目4,000,000,000/cc又は8,000,000,000/ccの菌数で、極軽度の局所的及び全身的反応以上の反応が現れるケースは稀であったが、例外的に、より重篤な反応が見られワクチンに対する特異的な感受性の存在が示唆されたとし、症状の一部は髄膜刺激症状で髄膜炎の発症を模倣する事も有った旨、ワクチン接種を受けた男性の血清中には正常対照群と比較して髄膜炎菌特異的凝集素が検出された旨、髄膜炎菌の慢性保菌者の血清中にも凝集素が検出され慢性保菌者の流行性髄膜炎に対する相対的な免疫性は血流中に特異的抗体が存在する事による可能性が示唆された旨、副反応として下痢・吐き気と嘔吐・眩暈・全身の関節や筋肉の痛みが発生した旨の主旨の報告書を作成した。

西暦1,918年9月13日、第4代アメリカ公衆衛生局長官ルパート・ブルーがアスピリンの使用を推奨した。同日、キャンプアプトンにてスペイン風邪が発生し38名のアメリカ兵が入院した。翌14日にはキャンプアプトンのアメリカ兵86名が、翌々日の15日には193名がスペイン風邪で入院した。同月26日、アメリカ海軍にアスピリンが処方され始めた。同年10月4日、キャンプアプトンのアメリカ兵483名がスペイン風邪で入院し、ピークに達した。翌5日、アメリカ医師会が発行する臨床雑誌であるJAMAがアスピリンの使用を推奨し、同日アメリカ陸軍にもアスピリンが処方され始めた。同年11月11日、ドイツと連合国の間で休戦協定が締結された。アメリカ兵は、母国や植民地の前哨基地に戻りスペイン風邪を世界中に広めていった。最終的にスペイン風邪により、50,000,000~100,000,000名の死者が発生した。研究者達による遺体の剖検が為されたが、肺培養検査で陰性の遺体は1つも無く、少なくとも遺体の92.7%の死因が細菌性肺炎とされた。本書は、此の1年7ヶ月余りに亘る、ロックフェラー医学研究所による髄膜炎菌ワクチンのイギリス・フランスの要望を受けた製造開始と第一次世界大戦中のイギリス・フランス・ベルギー・イタリア配布を起点とする、フォートライリーの第342野戦砲兵連隊に対する中尉ピーター・K・オリツキー製造ワクチンの人体実験とフレデリック・ラモント・ゲイツの報告書、フォートライリーの第89師団約25,000名・キャンプアプトンの軍志願兵12,519名に対する人体実験を経た、フォートライリーでのスペイン風邪第1波発生とロックフェラー医学研究所によるマスメディアを使った強毒H1N1亜型インフルエンザ喧伝とスペイン風邪への話のすり替え、第4代アメリカ公衆衛生局長官ルパート・ブルー・アメリカ海軍・JAMA・アメリカ陸軍によるアスピリン使用推奨と処方による被害拡大、ドイツと連合国の休戦協定締結後のアメリカ兵母国・植民地前哨基地帰還によるスペイン風邪の世界拡散と50,000,000~100,000,000名死者、研究者達による遺体剖検で肺培養検査陰性遺体1つも無く少なくとも92.7%死因細菌性肺炎判明迄、髄膜炎菌ワクチンの人体実験から始まったスペイン風邪流行の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • ウッドロウ・ウィルソン アメリカ大統領。西暦1,917年4月、ジョン・パーシングをアメリカ外征軍の総司令官に任命。同月2日、同盟国(ドイツ帝国・オーストリア・ハンガリー帝国・オスマン帝国)の侵略から自由と民主主義を守る為に、第一次世界大戦への参戦を認める様連邦議会で訴え、同月6日、ドイツ帝国に対し宣戦布告した。
  • ジョン・パーシング アメリカ外征軍の総司令官。西暦1,917年4月にウッドロウ・ウィルソンによって任命された。同年6月7日、アメリカ外征軍を率いてイギリスに到着し、直ちにイギリス・フランスに兵を派遣するのでは無く、充分な訓練を行ってからにすべきだと主張し、翌年まで殆ど兵を動かさなかった。西暦1,918年3月、アメリカ外征軍はブレストへの上陸を開始し本格的なヨーロッパ遠征を始めた。
  • ピーター・K・オリツキー ロックフェラー医学研究所の中尉。西暦1,917年10月から翌月に掛けて、フォートライリーのアメリカ軍施設にて、第342野戦砲兵連隊に対して人体実験が行われた髄膜炎菌ワクチンを製造した。
  • フレデリック・ラモント・ゲイツ ロックフェラー医学研究所関係者。西暦1,917年10月からのフォートライリー第342野戦砲兵連隊への髄膜炎菌ワクチン人体実験について、ショーラー・シェパード・ニュージェント・ジョンソン等の関与を記した報告書を作成。西暦1,918年1月21日のフォートライリー第89師団約25,000名将校・兵士志願者対象の髄膜炎菌ワクチン接種にも、フレデリック・テイラー・ゲイツと共に関与。西暦1,918年7月20日には、3,702名のボランティアに対する1週間間隔3回の皮下注射(菌数2,000,000,000~8,000,000,000/cc)の接種結果を纏めた髄膜炎菌ワクチン接種報告書を作成した。
  • フレデリック・テイラー・ゲイツ ロックフェラー医学研究所関係者。西暦1,918年1月21日、ロックフェラー医学研究所主導の馬で培養された抗髄膜炎血清を含む髄膜炎菌ワクチンのフォートライリー第89師団約25,000名将校・兵士志願者対象接種に、フレデリック・ラモント・ゲイツと共に関与した。
  • E・H・ショーラー フォートライリーの基地病院の検査部門長で少佐。西暦1,917年10月からの第342野戦砲兵連隊への髄膜炎菌ワクチン接種で設備を提供して協力し、50cc瓶にて連隊軍医にワクチンを配布した。
  • J・L・シェパード 師団軍医で中佐。西暦1,917年10月からの第342野戦砲兵連隊への髄膜炎菌ワクチン接種を指導した。
  • ニュージェント 大佐。西暦1,917年10月からの第342野戦砲兵連隊への髄膜炎菌ワクチン接種に協力した人物の1人。
  • ツァーリ・C・ジョンソン 連隊軍医で少佐。西暦1,917年10月からの第342野戦砲兵連隊への髄膜炎菌ワクチン接種に協力。ワクチン接種翌朝の検査時に局所及び全身の反応に関する報告を兵士から収集する事をセルジュ・アンドロップに指示した。
  • セルジュ・アンドロップ 医療部隊の中尉。西暦1,917年10月からの第342野戦砲兵連隊への髄膜炎菌ワクチン接種で、ジョンソンの指示により、ワクチン接種翌朝の検査時に、局所及び全身の反応に関する報告を兵士から収集した。
  • アルバート・バウアー 師団訓練担当官で大尉。連隊軍医とロックフェラー医学研究所との仲介役。西暦1,917年10月からの第342野戦砲兵連隊への髄膜炎菌ワクチン接種で、軍医会議を招集し、其処でワクチンの投与方法・効果・観察すべき点が説明され、議論された。
  • アルバート・ギッチェル 兵士。髄膜炎菌ワクチンの人体実験の参加者。西暦1,918年3月4日、フォートライリーのファンストン基地の病院にてインフルエンザの症状を訴えた。スペイン風邪の最初期の症例として記録される人物。
  • エドワード・R・シュライナー フォートライリーの軍医。西暦1,918年3月11日朝、フォートライリーにてスペイン風邪の第1波が始まり、正午迄に100名以上の病気に罹った兵士の治療に当たった。シュライナーの目には、全員が同じ病気に苦しんでいる様に見えた。後に同様の症状を訴える兵士が続出し、1,000名以上が感染、48名が死亡した。
  • ルパート・ブルー 第4代アメリカ公衆衛生局長官。西暦1,918年9月13日、アスピリンの使用を推奨した。此れを契機にアメリカ海軍(9月26日)・JAMA(10月5日)・アメリカ陸軍(10月5日)もアスピリンの使用推奨や処方を始め、解熱や免疫を抑制するアスピリンの広範な処方によりスペイン風邪の被害が拡大した。

主要な概念・組織

  • ロックフェラー医学研究所 本書の中心となる研究機関。西暦1,917年4月、イギリス・フランスの要望により、馬用の伯舎を即座に建て、髄膜炎菌ワクチンの製造を開始。第一次世界大戦中にイギリス・フランス・ベルギー・イタリア等に此のワクチンを配布した。西暦1,917年10月から中尉ピーター・K・オリツキー製造の髄膜炎菌ワクチンを用いてフォートライリーの第342野戦砲兵連隊で人体実験を実施。西暦1,918年1月21日からは主導で馬で培養された抗髄膜炎血清を含む髄膜炎菌ワクチンの接種をフォートライリーの第89師団約25,000名の将校・兵士の志願者に対して開始し、同年2月4日からはキャンプアプトンの軍志願兵12,519名を対象に人体実験を開始した。同年3月11日のフォートライリーでのスペイン風邪第1波発生に際しては、髄膜炎菌ワクチンが原因であったにもかかわらず、強毒なH1N1亜型インフルエンザが流行したとマスメディアを使って喧伝し、スペイン風邪に話をすり替えた。
  • 髄膜炎菌ワクチン ロックフェラー医学研究所が製造したワクチン。髄膜炎に罹った人の体液から採取した細菌を加熱して不活化した物。注射針はNo.25で、三角筋の起始部に皮下注射された。フォートライリーの第342野戦砲兵連隊に対する人体実験では、菌数500,000,000/cc~10,000,000,000/ccの範囲で3回の接種が行われ、菌数2,000,000,000/ccで重度の副反応が発生した症例も有った。第89師団約25,000名の志願者に対しては馬で培養された抗髄膜炎血清を含むワクチンが、8~10日の間隔を空けて3回(1回目4,792名・2回目4,257名・3回目3,702名)接種された。後にフォートライリーでのスペイン風邪第1波の原因となった。
  • フォートライリーの第342野戦砲兵連隊での人体実験 西暦1,917年10月から翌月に掛けて、フォートライリー(アメリカのカンザス州ライリー郡)のアメリカ軍施設にて、第342野戦砲兵連隊に対して行われた髄膜炎菌ワクチンの人体実験。ロックフェラー医学研究所の中尉ピーター・K・オリツキー製造のワクチンが、等張食塩水で標準濃度に希釈され、0.3%のクレゾールで保存されて使用された。約50名から成るグループⅠ~Ⅵと、99名から成るグループⅦに分けられ、菌数500,000,000/cc~10,000,000,000/ccの範囲で3回の接種が行われた。少佐E・H・ショーラー設備提供、中佐J・L・シェパード指導、大佐ニュージェント・少佐ツァーリ・C・ジョンソン協力、中尉セルジュ・アンドロップによる局所及び全身反応報告収集、大尉アルバート・バウアーの軍医会議招集で実施され、フレデリック・ラモント・ゲイツが報告書を記した。
  • 第89師団の髄膜炎菌ワクチン接種 西暦1,918年1月21日、ロックフェラー医学研究所主導で馬で培養された抗髄膜炎血清を含む髄膜炎菌ワクチンの接種が、フォートライリーの第89師団の約25,000名の将校・兵士の内、志願者に対して開始された。フレデリック・テイラー・ゲイツ及びフレデリック・ラモント・ゲイツの2名が関与し、8~10日の間隔を空けて3回の接種が行われ、各回の接種者数は1回目4,792名・2回目4,257名・3回目3,702名であった。同年2月4日以降の3回目接種では、医務官の間で高用量による重度の副反応が数件発生した事を背景に、約半数が菌数4,000,000,000/ccに減量して接種を受けた。同年6月4日に接種は終了した。
  • キャンプアプトンでの髄膜炎菌ワクチン人体実験 西暦1,918年2月4日、アメリカのニューヨーク州ロングアイランドのサフォーク郡ヤファンクにあるキャンプアプトン(アメリカ陸軍の乗船港)にて開始された、軍の志願兵12,519名を対象にしたロックフェラー医学研究所の髄膜炎菌ワクチンの人体実験。同年4月15日に終了し、結果少なくとも6,131名が入院した。其の後同年9月13日からスペイン風邪も発生し、9月13日38名・9月14日86名・9月15日193名・10月4日483名(ピーク)のアメリカ兵が入院した。
  • アメリカ外征軍 第一次世界大戦に参戦したアメリカの遠征軍。西暦1,917年4月にジョン・パーシングがウッドロウ・ウィルソンによって総司令官に任命された。同年6月7日にイギリスに到着、同月26日にはアメリカ兵14,000名がサン・ナゼールに到着した。西暦1,918年3月にブレストへの上陸を開始し本格的なヨーロッパ遠征が始まり、本月だけで84,000名のアメリカ兵が輸送船で大西洋を横断、翌4月は118,000名が渡った。アメリカ外征軍にはスペイン風邪感染から回復した兵士も含まれ、ウイルスをヨーロッパに持ち込んだ。
  • スペイン風邪(強毒H1N1亜型インフルエンザ) 西暦1,918年3月11日朝、フォートライリーにて第1波が始まった疾病。軍医エドワード・R・シュライナーは正午迄に100名以上の兵士の治療に当たり、1,000名以上が感染、48名が死亡した。髄膜炎菌ワクチンが原因であったが、ロックフェラー医学研究所は強毒なH1N1亜型インフルエンザが流行したとマスメディアを使って喧伝し話をすり替えた。感染した宿主は短期間で①肺炎球菌②溶血性連鎖球菌③インフルエンザ菌④黄色ブドウ球菌等の定着菌株のエアロゾル化を促進させた。西暦1,918年4月にはフランス北部の塹壕でドイツ兵に感染しドイツ軍は感染兵士を前線退避させ健康な兵士と交代させた事で若く健康な兵士に継続的に接触し適応・増殖により強毒化した。同年11月11日のドイツと連合国の休戦協定締結後にアメリカ兵が母国・植民地前哨基地に戻り世界中に拡散、最終的に50,000,000~100,000,000名の死者を出した。研究者達の遺体剖検で肺培養検査で陰性の遺体は1つも無く、少なくとも遺体の92.7%の死因が細菌性肺炎とされた。
  • アスピリン 解熱や免疫を抑制する作用を持つ薬。西暦1,918年3月11日のフォートライリーでのスペイン風邪第1波で兵士に処方され、多数の犠牲者を出した。西暦1,918年9月13日に第4代アメリカ公衆衛生局長官ルパート・ブルーが使用を推奨し、同月26日にはアメリカ海軍に処方され始め、翌10月5日にはアメリカ医師会が発行する臨床雑誌であるJAMAも使用を推奨し、同日アメリカ陸軍にも処方され始めた。スペイン風邪による被害の拡大に大きく寄与した。
  • NIH アメリカ国立衛生研究所。第一次世界大戦中、ロックフェラー医学研究所主導で馬で培養された抗髄膜炎血清を、イギリス・フランス・ベルギー・イタリア等に配布した。
  • JAMA アメリカ医師会が発行する臨床雑誌。西暦1,918年10月5日にアスピリンの使用を推奨し、同日アメリカ陸軍にもアスピリンが処方され始めた。スペイン風邪の被害拡大に寄与した。

ロックフェラー医学研究所のイギリス・フランス要望による馬用伯舎即座建設と髄膜炎菌ワクチン製造開始並びにイギリス・フランス・ベルギー・イタリア配布、ウッドロウ・ウィルソンのジョン・パーシングのアメリカ外征軍総司令官任命と同盟国侵略から自由と民主主義を守る為の第一次世界大戦参戦連邦議会訴え並びにアメリカ上院82対6・下院373対50参戦決議及びドイツ帝国宣戦布告、アメリカ徴兵制実施と21~30歳男性対象者4,800,000名内2,800,000名採用2,000,000名ヨーロッパ派遣、フォートライリーの第342野戦砲兵連隊に対するロックフェラー医学研究所中尉ピーター・K・オリツキー製造髄膜炎菌ワクチン人体実験とフレデリック・ラモント・ゲイツ報告書並びに少佐E・H・ショーラー設備提供・中佐J・L・シェパード指導・大佐ニュージェント・少佐ツァーリ・C・ジョンソン・中尉セルジュ・アンドロップ・大尉アルバート・バウアー軍医会議招集及び菌数500,000,000~10,000,000,000/ccグループⅠ~Ⅶ3回接種、髄膜炎菌ワクチン接種研究開始とフォートライリー第89師団約25,000名将校・兵士志願者対象フレデリック・テイラー・ゲイツ・フレデリック・ラモント・ゲイツ関与8~10日間隔3回接種並びにNIHのイギリス・フランス・ベルギー・イタリア抗髄膜炎血清配布、キャンプアプトン軍志願兵12,519名対象ロックフェラー医学研究所髄膜炎菌ワクチン人体実験開始と少なくとも6,131名入院、アメリカ外征軍ブレスト上陸開始と84,000名輸送船大西洋横断及びスペイン風邪感染回復兵士ウイルスヨーロッパ持込、フォートライリーファンストン基地病院兵士アルバート・ギッチェルインフルエンザ症状訴え髄膜炎菌ワクチン人体実験参加者並びにフォートライリースペイン風邪第1波開始と軍医エドワード・R・シュライナー1,000名以上感染48名死亡・解熱免疫抑制アスピリン処方・肺炎球菌・溶血性連鎖球菌・インフルエンザ菌・黄色ブドウ球菌定着菌株エアロゾル化・ロックフェラー医学研究所マスメディア強毒H1N1亜型インフルエンザ喧伝スペイン風邪話すり替え、フレデリック・ラモント・ゲイツ髄膜炎菌ワクチン接種報告書作成、第4代アメリカ公衆衛生局長官ルパート・ブルー・アメリカ海軍・JAMA・アメリカ陸軍アスピリン使用推奨と処方、ドイツと連合国休戦協定締結とアメリカ兵母国・植民地前哨基地帰還スペイン風邪世界中拡散及び50,000,000~100,000,000名死者・遺体92.7%細菌性肺炎判明迄──
ロックフェラー医学研究所による髄膜炎菌ワクチン人体実験を起点に、フォートライリーでのスペイン風邪第1波発生とロックフェラー医学研究所によるマスメディアを使ったH1N1亜型インフルエンザ喧伝、アスピリン処方による被害拡大、休戦協定後の世界拡散と50,000,000~100,000,000名死者並びに遺体92.7%細菌性肺炎判明に至る、髄膜炎菌ワクチンの人体実験から始まったスペイン風邪流行の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。