NIHとロックフェラー財団のラットを使った人口動態研究一元化
ロックフェラー財団の資金提供によるウィリアム・H・ウェルチのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院ボルチモア設立、ジョン・B・カルフーンのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院勤務開始とラット使用初期実験、ロックフェラー財団資金提供下での齧歯類個体数管理プロジェクト一環ノルウェー・ラットのコロニー研究とタウソンの隣人家裏使われなくなった森林1011.75㎡キャパ5,000匹以上想定小屋設置及び5匹妊娠中雌投入並びに27ヶ月観察150匹横這い200匹超過無し、ジョン・J・クリスチャンのハンス・セリエストレス概念着目と副腎肥大・リンパ構造萎縮・胃と十二指腸潰瘍化3身体的変化特定、ジョン・B・カルフーンのウォルター・リード陸軍医療センター勤務開始とノルウェー・ラットのコロニー研究打切、NIH傘下NIMH心理学研究所知覚部門常勤雇用とベセスダの上の野原農家納屋天井窓屋根裏観察ローデント・ユニバース構築及び「ラットの理想郷」「マウスの楽園」並びに支配的雄攻撃性・群れ雌赤ちゃん攻撃・交尾妨害・同性愛・パンセクシュアル・ハイパーセクシュアル・マウンティング・母親子供無視・96%赤ちゃん死亡率・死体大人共食い・従属動物心理的萎縮・区域中央空白地帯密集発生、ハインツ・フォン・フェルスターのサイエンス誌1960年号「終末方程式」寄稿と西暦2,026年11月13日迄人口増加率無限予測及びジョン・B・カルフーン採用並びに人口増加ゼロ運動・1組夫婦当たり子供2人制限法律導入合理的結論共有、ジョン・B・カルフーン論文「人口密度と社会病理学」サイエンティフィック・アメリカン誌寄稿と年間150回以上引用、ベセスダのNIHでの縦2.7m・横2.7m・高さ1.4m温度調節器20℃維持・床・トンネル16本・巣箱256個キャパ3,840匹「ユニバース25」雄4匹雌4匹白マウス投入と最初の赤ちゃん誕生・55日毎倍加、ユニバース25個体数620匹到達145日毎倍加減速・成人配偶者発見不能・未婚雌高所巣箱単独・雄食糧近く悶え衰弱攻撃及び個体数2,200匹ピーク到達と最後の死産では無い出産並びに雄達の艶々健康毛並み生存単純行動自閉的不可逆変化、アメリカ上院議員ボブ・パックウッドのアメリカ政府人口増加問題検討要請とジョン・B・カルフーン頼り並びにジョン・B・カルフーン英国王立医学会講演とユニバーシティ・カレッジ・ロンドン解剖学教授ジョン・ザカリー・ヤングマウス人間置換議論警告、ユニバース25生残27匹終了並びに最後のマウス死亡迄──
ロックフェラー財団資金提供によるジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院設立を起点に、ノルウェー・ラットのコロニー研究を経て、NIH傘下NIMHでのローデント・ユニバース及びユニバース25実験に至る、ハインツ・フォン・フェルスターの終末方程式と論文「人口密度と社会病理学」をも含む、ラット・マウスを用いた人口動態研究の57年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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本書について
西暦1,916年6月13日、ロックフェラー財団の資金提供により、ウィリアム・H・ウェルチが「ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院」をボルチモア(アメリカのメリーランド州)に設立した。西暦1,946年、ジョン・B・カルフーンが、ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院に勤務を始めた。カルフーンは、小型哺乳類の捕獲に関する訓練を行ない、此れは西暦1,956年迄に調整する予定であった小型哺乳類の個体数と種を記録する統計調査プロジェクトに活かされた。又、カルフーンはここでラットを使った実験を初めて実施した。西暦1,947年、ジョン・B・カルフーンが、ロックフェラー財団の資金提供を受けて、ジョンズ・ホプキンス大学の齧歯類の個体数管理のプロジェクトの一環として、ノルウェー・ラットのコロニーの研究を開始した。カルフーンは、タウソン(アメリカのメリーランド州)の隣人の家の裏にある使われなくなった森林にラットの小屋を建てる許可を取り付け、面積は約1011.75㎡でキャパは5,000匹以上を想定し、其処に5匹の妊娠中の雌を播種した。カルフーンはラットの繁殖を27ヶ月観察したが、観察終了迄に150匹で横這いとなり、200匹を超える事は無かった。更にカルフーンは、タウソンの小屋とは別にパーソンズ島(アメリカのメリーランド州)のチェサピーク湾でも、齧歯類の個体数管理の研究を行なった。又、カルフーンの同僚のジョン・J・クリスチャンは、西暦1,931年にロックフェラー財団からの奨学金を受けてジョンズ・ホプキンス大学に移ってストレスの研究をしていた生理学者ハンス・セリエのストレスの概念に着目した。戦闘や逃走に於けるアドレナリンは、極端若しくは長期的なストレスの状況下では適応出来ず、身体システムの崩壊に繋がるというものであり、此れは①副腎肥大②リンパ構造の萎縮③胃と十二指腸の潰瘍化の3つの身体的変化で現出された。そして、通常のトンネルを掘る行動を取らず、土を丸めてボールを作る等、奇妙な行動が観察される様になり、個体同士で争いを始めた。クリスチャン達は、人口密集によるストレスの社会的・生理学的・進化的影響を特定し再現する為に、ラットやマウスだけでなく、ハタネズミ・レミング・カンジキウサギ・エゾシカ・サル・ネコにも着目した。
西暦1,951年、ジョン・B・カルフーンが、ベセスダ(アメリカのメリーランド州)にあるウォルター・リード陸軍医療センターに勤務を開始した。ノルウェー・ラットのコロニーの研究は打ち切られたが、人口に関する研究は継続された。西暦1,954年、ジョン・B・カルフーンが、NIH傘下のNIMHの心理学研究所の知覚部門の常勤として雇用された。カルフーンは、ベセスダの上の野原に引っ越し、農家から納屋を借り、天井の窓を通して、屋根裏から観察する事が出来る「ローデント・ユニバース」と呼ばれるフェンスで仕切った部屋を構築し、様々な種類のラット及びマウスを使って実験を繰り返した。カルフーンは、ラットやマウスに食糧・寝具・住居を与え、捕食者がおらず、病気の暴露も最小限に抑えられた環境を作り出し、「ラットの理想郷」「マウスの楽園」と表現した。可視的なニーズを満たし、急速に繁殖していったが、カルフーンが人口に課した唯一の制限はスペースであった。ラットやマウスがフェンスに山積みになると、カルフーンの助手は「ユートピアは地獄になった」と述べた。支配的な雄は攻撃的になり、一部は群れで行動し、雌や赤ちゃんを攻撃した。交尾が妨害されたり、同性愛に走る個体が発生した。又、パンセクシュアルやハイパーセクシュアルとなり、出会ったラットにマウンティングを取る個体も現れた。母親は自分の子供を無視し、適切な巣を作らず、不用意に子供を捨てて、更には攻撃をした。特定の区域では赤ちゃんの死亡率が96%に達し、死体は大人に食べられた。従属動物は心理的に萎縮し、物理的には生き残ったが、大きな心理的代償を払った。其れ等は殆どが成長後期で、区域の中央の空白地帯に密集していた。個体数が激減したが、既に調和して共存する能力を失い、其の変化は永続的に続いた。最終的にカルフーンは、NIMHの別館の112号館に引っ越した。
西暦1,960年、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校電気工学教授ハインツ・フォン・フェルスターが、同僚2名と共に、アメリカ科学振興協会によって発行されている科学学術雑誌である「サイエンス」の1960年号に、人口増加率予測に関する「終末方程式」を寄稿した。此の方程式により、当年の世界人口を2,700,000,000人として、西暦2,026年11月13日迄に人口増加率が無限になるとの予測が導き出された。後にジョン・B・カルフーンは、此の方程式を採用した。カルフーンの研究と総合して考えると、人口増加ゼロ運動や、フェルスターが提唱した1組の夫婦当たりの子供を2人に制限する法律の導入は、合理的な結論として共有された。西暦1,962年、ジョン・B・カルフーンが、NIMHでのラットを使った初期の実験結果を、論文「人口密度と社会病理学」としてアメリカの科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」に寄稿した。此の論文は、其の後年間150回以上引用される様になった。
西暦1,968年7月9日、ジョン・B・カルフーンが、ベセスダにあるNIHにて、過去の実験結果を基にマウスの死亡率抑制を意図し設計した、①温度調節器(20℃に維持)②細断した紙と挽いたトウモロコシの穂軸で出来た緑豊かな床を完備した、縦2.7m・横2.7m・高さ1.4mの小屋に雄4匹と雌4匹の白マウスを投入した。小屋にはメッシュ状の垂直に交差したトンネルが16本存在し、其々の上部に4本の水平通路が有り、各々4つの巣箱に繋がっていた。詰まり巣箱は計256個であり、マウス自身で選択が可能であった。各々のキャパは15匹であった為、小屋全体の個体数のキャパは3,840匹であった。此の実験は「ユニバース25」と呼ばれ、投入された白マウスは、NIHの繁殖用ストックから選ばれた健康的な個体であった。白マウスには食糧・水が与えられ、①ネコが居ない②罠が無い③長い冬が無い④捕食者が存在しない、という点で野生のマウスとは環境が大きく異なっていた。更に、小屋は4~8週間毎に清掃が行われた。同年10月21日、ユニバース25の実験に於いて、最初のマウスの赤ちゃんが誕生した。其の後マウスの個体数は55日毎に倍加した。
西暦1,969年5月19日、ユニバース25の実験に於いて、マウスの個体数が620匹に達した。以降個体数の増加率が減少し、145日毎にしか倍加しなくなった。此れ以降、過去のジョン・B・カルフーンの実験と同じく、急速な個体数の増加がマウスに過度なストレスを与えた。そして、マウスが成人になっても配偶者を見つける事が出来ず、未婚の雌は高所の巣箱に避難し、家族の住む場所から離れて単独で暮らした。雄達は小屋の中心の食糧の近くに集まり、悶え、衰弱し、互いに攻撃し合った。一方、家族を形成していた個体も、嫌な隣人を避ける為巣を移動し始めた。又、子離れの前に子供を巣から追い出したり、移動中に子供を見失う事もあった。西暦1,970年1月19日、ユニバース25の実験に於いて、マウスの個体数が2,200匹となりピークに達した。同年2月28日、ユニバース25の実験に於いて、マウスの最後の死産では無い出産が行われた。此の頃になると雌は繁殖を止め、雄も求愛行動や争いを止め孤独となり、①飲食②睡眠③毛繕いの健康維持行動だけに努める様になった。此の様な雄は、艶々とした傷の無い健康的な毛並みで外見上は美しいものの、生存に適合する最も単純な行動しか出来ず自閉的で、種の存続に適合したより複雑な行動を実行する事が出来なかった。此の変化は不可逆で、元の精神を取り戻す事は無かった。
西暦1,971年、アメリカ上院議員ボブ・パックウッドが、アメリカ政府に人口増加の問題を検討する様求めた。其の際、ジョン・B・カルフーンを頼った。同年、ジョン・B・カルフーンが、英国王立医学会にてマウスの実験に関する講演を行なった。此れを受けて、イギリスの動物学者でユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの解剖学の教授を務めるジョン・ザカリー・ヤングは、マウスを人間に置き換えて議論する事に対して警告を発した。西暦1,972年6月22日、ユニバース25の実験に於いて、此の時点でマウスの個体数は122匹であった。同年8月16日、ユニバース25が終了し、此の時点で生き残ったマウスは27匹であった。西暦1,973年、ユニバース25の実験に於いて、最後のマウスが死亡した。ジョン・B・カルフーンは、以降も同様の実験を繰り返し、計25回実施したが、結果は同じであった。本書は、此の57年に亘る、ロックフェラー財団の資金提供によるウィリアム・H・ウェルチのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院設立を起点とする、ジョン・B・カルフーンのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院でのラット使用初期実験とノルウェー・ラットのコロニー研究、ジョン・J・クリスチャンのハンス・セリエストレス概念着目、ウォルター・リード陸軍医療センター勤務を経た、NIH傘下NIMHでのローデント・ユニバース及びユニバース25実験への展開、ハインツ・フォン・フェルスターの終末方程式と論文「人口密度と社会病理学」の発表、アメリカ上院議員ボブ・パックウッドの政府への人口増加問題検討要請とジョン・ザカリー・ヤングの警告、そしてユニバース25終了と最後のマウス死亡迄、NIHとロックフェラー財団のラットを使った人口動態研究の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- ジョン・B・カルフーン 本書の中心人物。西暦1,946年にジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院に勤務を始めラットを使った実験を初めて実施し、西暦1,947年からロックフェラー財団の資金提供を受けてノルウェー・ラットのコロニーの研究を開始した。タウソンの小屋に5匹の妊娠中の雌を播種し27ヶ月観察したが、150匹で横這いとなった。西暦1,951年にウォルター・リード陸軍医療センターに勤務開始、西暦1,954年にNIH傘下NIMHの心理学研究所の知覚部門の常勤として雇用され「ローデント・ユニバース」を構築、「ラットの理想郷」「マウスの楽園」と表現した。西暦1,960年のハインツ・フォン・フェルスターの「終末方程式」を採用、西暦1,962年に論文「人口密度と社会病理学」をサイエンティフィック・アメリカンに寄稿し年間150回以上引用された。西暦1,968年7月9日にNIHで「ユニバース25」実験を開始し、西暦1,971年にアメリカ上院議員ボブ・パックウッドから人口増加問題で頼られ、英国王立医学会で講演を行なった。西暦1,973年迄に同様の実験を計25回実施したが結果は同じであった。
- ウィリアム・H・ウェルチ 西暦1,916年6月13日、ロックフェラー財団の資金提供により、ボルチモア(アメリカのメリーランド州)に「ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院」を設立した人物。後にジョン・B・カルフーンはこの大学院に勤務する事になる。
- ジョン・J・クリスチャン ジョン・B・カルフーンの同僚。西暦1,931年にロックフェラー財団からの奨学金を受けてジョンズ・ホプキンス大学に移ってストレスの研究をしていた生理学者ハンス・セリエのストレスの概念に着目した。極端若しくは長期的なストレスの状況下で①副腎肥大②リンパ構造の萎縮③胃と十二指腸の潰瘍化の3つの身体的変化が現出される事を特定し、人口密集によるストレスの社会的・生理学的・進化的影響を再現する為に、ラットやマウスだけでなく、ハタネズミ・レミング・カンジキウサギ・エゾシカ・サル・ネコにも着目した。
- ハンス・セリエ 生理学者。西暦1,931年にロックフェラー財団からの奨学金を受けてジョンズ・ホプキンス大学に移り、ストレスの研究を行なった。戦闘や逃走に於けるアドレナリンが、極端若しくは長期的なストレスの状況下では適応出来ず、身体システムの崩壊に繋がるというストレスの概念を提唱した。此の概念はジョン・J・クリスチャンが着目した。
- ハインツ・フォン・フェルスター イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校電気工学教授。西暦1,960年、同僚2名と共に、アメリカ科学振興協会発行の「サイエンス」誌1960年号に、人口増加率予測に関する「終末方程式」を寄稿し、当年の世界人口を2,700,000,000人として西暦2,026年11月13日迄に人口増加率が無限になるとの予測を導き出した。1組の夫婦当たりの子供を2人に制限する法律の導入を提唱し、後にジョン・B・カルフーンが此の方程式を採用した。
- ボブ・パックウッド アメリカ上院議員。西暦1,971年、アメリカ政府に人口増加の問題を検討する様求め、其の際、ジョン・B・カルフーンを頼った。
- ジョン・ザカリー・ヤング イギリスの動物学者で、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの解剖学の教授。西暦1,971年、ジョン・B・カルフーンの英国王立医学会でのマウスの実験に関する講演を受けて、マウスを人間に置き換えて議論する事に対して警告を発した。
主要な概念・組織
- ロックフェラー財団 西暦1,916年6月13日、ウィリアム・H・ウェルチによるボルチモアの「ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院」設立に資金提供した財団。西暦1,931年にはハンス・セリエに奨学金を提供してジョンズ・ホプキンス大学でストレス研究を行わせた。西暦1,947年からはジョン・B・カルフーンによるジョンズ・ホプキンス大学の齧歯類個体数管理プロジェクトの一環であるノルウェー・ラットのコロニーの研究にも資金提供を行なった。
- ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院 西暦1,916年6月13日、ロックフェラー財団の資金提供により、ウィリアム・H・ウェルチがボルチモア(アメリカのメリーランド州)に設立した教育機関。西暦1,946年にジョン・B・カルフーンが勤務を始めラットを使った実験を初めて実施し、西暦1,947年からノルウェー・ラットのコロニーの研究を開始した。ジョン・J・クリスチャンやハンス・セリエもここで研究を行なった。
- ノルウェー・ラットのコロニー研究 西暦1,947年、ジョン・B・カルフーンが、ロックフェラー財団の資金提供を受けて、ジョンズ・ホプキンス大学の齧歯類の個体数管理のプロジェクトの一環として開始した研究。タウソン(アメリカのメリーランド州)の隣人の家の裏にある使われなくなった森林に、面積約1011.75㎡でキャパ5,000匹以上を想定した小屋を建て、5匹の妊娠中の雌を播種した。27ヶ月観察したが、観察終了迄に150匹で横這いとなり、200匹を超える事は無かった。タウソンの小屋とは別にパーソンズ島のチェサピーク湾でも研究が行なわれた。西暦1,951年のカルフーンのウォルター・リード陸軍医療センター勤務開始により打ち切られた。
- ウォルター・リード陸軍医療センター ベセスダ(アメリカのメリーランド州)に所在する陸軍医療機関。西暦1,951年、ジョン・B・カルフーンが勤務を開始した。ノルウェー・ラットのコロニーの研究は打ち切られたが、人口に関する研究は継続された。
- NIH・NIMH(心理学研究所知覚部門) アメリカ国立衛生研究所(NIH)とその傘下の国立精神衛生研究所(NIMH)。西暦1,954年、ジョン・B・カルフーンがNIMHの心理学研究所の知覚部門の常勤として雇用された。カルフーンはベセスダの上の野原に引っ越して農家から納屋を借り「ローデント・ユニバース」を構築、最終的にNIMHの別館の112号館に引っ越した。西暦1,968年7月9日にはNIHにて「ユニバース25」実験が開始された。ユニバース25の白マウスはNIHの繁殖用ストックから選ばれた健康的な個体であった。
- ローデント・ユニバース 西暦1,954年、ジョン・B・カルフーンがベセスダの上の野原で農家から借りた納屋に構築した、天井の窓を通して屋根裏から観察する事が出来るフェンスで仕切った部屋。様々な種類のラット及びマウスを使って実験が繰り返された。食糧・寝具・住居を与え、捕食者がおらず、病気の暴露も最小限に抑えられた環境で「ラットの理想郷」「マウスの楽園」と表現された。唯一の制限はスペースであった。ラットやマウスがフェンスに山積みになると、支配的な雄の攻撃性・群れによる雌や赤ちゃんへの攻撃・交尾の妨害・同性愛・パンセクシュアル・ハイパーセクシュアル・マウンティング・母親の子供無視・96%に達する赤ちゃんの死亡率・死体の大人による共食い・従属動物の心理的萎縮・区域中央空白地帯への密集が発生した。カルフーンの助手は「ユートピアは地獄になった」と述べた。
- 終末方程式 西暦1,960年、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校電気工学教授ハインツ・フォン・フェルスターが、同僚2名と共に、アメリカ科学振興協会発行の「サイエンス」誌1960年号に寄稿した、人口増加率予測に関する方程式。当年の世界人口を2,700,000,000人として、西暦2,026年11月13日迄に人口増加率が無限になるとの予測が導き出された。後にジョン・B・カルフーンが此の方程式を採用し、カルフーンの研究と総合して、人口増加ゼロ運動や、フェルスターが提唱した1組の夫婦当たりの子供を2人に制限する法律の導入が、合理的な結論として共有された。
- 論文「人口密度と社会病理学」 西暦1,962年、ジョン・B・カルフーンが、NIMHでのラットを使った初期の実験結果を纏め、アメリカの科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」に寄稿した論文。其の後年間150回以上引用される様になった。
- ユニバース25 西暦1,968年7月9日、ジョン・B・カルフーンがベセスダのNIHにて開始した実験。過去の実験結果を基にマウスの死亡率抑制を意図し設計された、①温度調節器(20℃に維持)②細断した紙と挽いたトウモロコシの穂軸で出来た緑豊かな床を完備した、縦2.7m・横2.7m・高さ1.4mの小屋に、雄4匹と雌4匹の白マウスが投入された。メッシュ状の垂直に交差したトンネル16本、其々上部に4本の水平通路、各々4つの巣箱、計256個の巣箱が存在し、各々のキャパは15匹で小屋全体のキャパは3,840匹であった。①ネコが居ない②罠が無い③長い冬が無い④捕食者が存在しない、という野生とは異なる環境で、4~8週間毎に小屋は清掃された。西暦1,968年10月21日に最初の赤ちゃんが誕生し55日毎に倍加、西暦1,969年5月19日に620匹に達し以降145日毎にしか倍加しなくなり、西暦1,970年1月19日に2,200匹でピーク、同年2月28日に最後の死産では無い出産、西暦1,972年6月22日に122匹、同年8月16日に生き残り27匹で終了、西暦1,973年に最後のマウスが死亡した。ジョン・B・カルフーンは以降も同様の実験を計25回実施したが、結果は同じであった。
- 英国王立医学会 西暦1,971年、ジョン・B・カルフーンがマウスの実験に関する講演を行なった学会。此れを受けて、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン解剖学教授ジョン・ザカリー・ヤングが、マウスを人間に置き換えて議論する事に対して警告を発した。
ロックフェラー財団の資金提供によるウィリアム・H・ウェルチのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院ボルチモア設立、ジョン・B・カルフーンのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院勤務開始とラット使用初期実験、ロックフェラー財団資金提供下での齧歯類個体数管理プロジェクト一環ノルウェー・ラットのコロニー研究とタウソンの隣人家裏使われなくなった森林1011.75㎡キャパ5,000匹以上想定小屋設置及び5匹妊娠中雌投入並びに27ヶ月観察150匹横這い200匹超過無し、ジョン・J・クリスチャンのハンス・セリエストレス概念着目と副腎肥大・リンパ構造萎縮・胃と十二指腸潰瘍化3身体的変化特定、ジョン・B・カルフーンのウォルター・リード陸軍医療センター勤務開始とノルウェー・ラットのコロニー研究打切、NIH傘下NIMH心理学研究所知覚部門常勤雇用とベセスダの上の野原農家納屋天井窓屋根裏観察ローデント・ユニバース構築及び「ラットの理想郷」「マウスの楽園」並びに支配的雄攻撃性・群れ雌赤ちゃん攻撃・交尾妨害・同性愛・パンセクシュアル・ハイパーセクシュアル・マウンティング・母親子供無視・96%赤ちゃん死亡率・死体大人共食い・従属動物心理的萎縮・区域中央空白地帯密集発生、ハインツ・フォン・フェルスターのサイエンス誌1960年号「終末方程式」寄稿と西暦2,026年11月13日迄人口増加率無限予測及びジョン・B・カルフーン採用並びに人口増加ゼロ運動・1組夫婦当たり子供2人制限法律導入合理的結論共有、ジョン・B・カルフーン論文「人口密度と社会病理学」サイエンティフィック・アメリカン誌寄稿と年間150回以上引用、ベセスダのNIHでの縦2.7m・横2.7m・高さ1.4m温度調節器20℃維持・床・トンネル16本・巣箱256個キャパ3,840匹「ユニバース25」雄4匹雌4匹白マウス投入と最初の赤ちゃん誕生・55日毎倍加、ユニバース25個体数620匹到達145日毎倍加減速・成人配偶者発見不能・未婚雌高所巣箱単独・雄食糧近く悶え衰弱攻撃及び個体数2,200匹ピーク到達と最後の死産では無い出産並びに雄達の艶々健康毛並み生存単純行動自閉的不可逆変化、アメリカ上院議員ボブ・パックウッドのアメリカ政府人口増加問題検討要請とジョン・B・カルフーン頼り並びにジョン・B・カルフーン英国王立医学会講演とユニバーシティ・カレッジ・ロンドン解剖学教授ジョン・ザカリー・ヤングマウス人間置換議論警告、ユニバース25生残27匹終了並びに最後のマウス死亡迄──
ロックフェラー財団資金提供によるジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院設立を起点に、ノルウェー・ラットのコロニー研究を経て、NIH傘下NIMHでのローデント・ユニバース及びユニバース25実験に至る、ハインツ・フォン・フェルスターの終末方程式と論文「人口密度と社会病理学」をも含む、ラット・マウスを用いた人口動態研究の57年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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