ペンタゴンが主導した日本テレビ放送網設立一元化
正力松太郎の警察官退職時上司後藤新平自宅抵当100,000円借入読売新聞社買収と第7代読売新聞社社長就任、GHQの梨本宮守正王・正力松太郎・笹川良一・児玉誉士夫・平沼騏一郎・広田弘毅等戦犯容疑59名逮捕命令、正力松太郎公職追放処分、正力松太郎不起訴巣鴨拘置所釈放とCIAのエージェント約束引き換え釈放、アメリカ上院議員カール・ムントのダグラス・マッカーサーへの反共主義促進世界中テレビ放送ネットワーク建設「ビジョン・オブ・アメリカ」計画日本放送システム提案とマッカーサーの「サンフランシスコ講和会議以後主権取り戻す為日本に所有」拒否、ダグラス・マッカーサーのハリー・S・トルーマンによる連合軍総司令官解任と独自スパイ網CIA引継、正力松太郎公職追放処分解除、カール・ムントのビジョン・オブ・アメリカ一環日本全土総合通信網民間資本建設発表、正力松太郎のカール・ムント同席下1社日本全国直営局東京中央局マイクロ波無線中継伝送網構築計画発表とテレビ放送未使用周波数帯域通信事業利用・アメリカ資金技術援助約束、ヘンリー・ホールシューセンのアメリカ国務省へのアメリカテレビ機器輸入日本企業円買取ドル提供運転資金提供申出、アメリカ国務省申出却下とビジョン・オブ・アメリカ計画興味説明会要望、ヘンリー・ホールシューセンのアメリカ国務省国際放送課・FCC・連邦基準局・大統領通信関連諮問局代表者集結ビジョン・オブ・アメリカ計画説明会開催、正力松太郎電波監理委員会予備免許付与と東京2~3局地方都市1~2局設置方針、ペンタゴン・児玉誉士夫経由CIA資金提供「日本テレビ放送網」設立とアメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー・アメリカ上院外交委員会ジョン・スパークマン・軍事委員会委員エヴァレット・ダークセン3名「アメリカ軍日本本土軍事作戦日本人関心警戒無知継続テレビ娯楽スポーツ番組大量放送日本人気反らす必要」アメリカ議会説得工作並びに正力松太郎ニューヨーク・マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由アメリカ国防総省日本テレビ放送網日本支配アメリカ政策宣伝伝達ペンタゴン協力要請、正力松太郎のヘンリー・ホールシューセン宛吉田茂アメリカ借款電電公社マイクロ回線網建設説得確約書簡並びに吉田茂白洲次郎特任大使派遣力貸書簡、元NHKニュース解説者柴田秀利渡米と元OSS長官弁護士ビル・ダナヴァンマイクロ回線網建設10,000,000ドル借款要請、柴田秀利のアメリカ対日協議会ウィリアム・リチャーズ・キャッスル書簡ウォルター・ロバートソン紹介と正力松太郎日本テレビ放送反共プロパガンダ牽引車・テレビラジオ新聞遥か効果的・賑やか街角大きなテレビ画面設置・広告利用反共番組定期放送発言キャッスル感激、日本テレビ放送網本放送開始、マーフィー・ダイカー・バーウェルのバーク・ヒッケンルーパー宛正力松太郎通信網建設計画日本テレビ放送網延長計画上院外交委員会委員支持ドル借款財政支援依頼とヒッケンルーパー怒り非難、新聞社69社マイクロ中継網反対声明と電電公社専用線貸出方針反対、衆院議員原茂衆議院電気通信委員会マイクロ中継網反対発言3理由(アメリカ借款マイクロ中継網アメリカ軍軍事通信網日本戦争巻込・電電公社公共事業体実施・正力松太郎日本メディア牛耳る個人的野望)、正力松太郎証人喚問とマイクロ回線網完成日本テレビ所有電電公社貸出通信事業せず釈明、衆参両院電気通信委員会民間マイクロ回線業務非認可決議とマイクロ波無線中継伝送網構築計画頓挫迄──
正力松太郎の読売新聞社買収を起点に、GHQ戦犯容疑59名逮捕命令と公職追放、CIAエージェント約束による巣鴨拘置所釈放、カール・ムントのビジョン・オブ・アメリカ計画とマッカーサー拒否、マッカーサー解任後の正力松太郎のマイクロ波無線中継伝送網計画発表、ヘンリー・ホールシューセンのアメリカ国務省説明会、ペンタゴン・児玉誉士夫経由CIA資金提供による日本テレビ放送網設立、柴田秀利のビル・ダナヴァン宛10,000,000ドル借款要請、日本テレビ放送網本放送開始、新聞社69社・電電公社・衆院議員原茂等の反対による衆参両院電気通信委員会民間マイクロ回線業務非認可決議とマイクロ波無線中継伝送網構築計画頓挫に至った、ペンタゴンが主導した日本テレビ放送網設立の30年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,924年2月、正力松太郎が、警察官退職時の上司である後藤新平が自宅を抵当に入れて用立てた100,000円を借り入れ、読売新聞社を買収し、第7代読売新聞社社長に就任した。西暦1,945年12月2日、GHQが、戦犯容疑で梨本宮守正王・正力松太郎・笹川良一・児玉誉士夫・平沼騏一郎・広田弘毅・畑俊六・星野直樹・大川周明・佐藤賢了・鮎川義介・天羽英二・安藤紀三郎・青木一男・有馬頼寧・藤原銀次郎・古野伊之助・郷古潔・後藤文夫・秦彦三郎・本多熊太郎・井田磐楠・池田成彬・赤木桁平・石田乙五郎・石原広一郎・上砂勝七・河辺正三・菊池武夫・木下栄市・小林順一郎・小林躋造・松阪広政・水野錬太郎・牟田口廉也・長友次男・中島知久平・中村明人・西尾寿造・納見敏郎・岡部長景・大倉邦彦・大野広一・太田耕造・太田正孝・桜井兵五郎・下村宏・進藤一馬・塩野季彦・四王天延孝・多田駿・高橋三吉・高地茂都・谷正之・徳富蘇峰・豊田副武・津田信吾・後宮淳・横山雄偉の59名の逮捕を命令した。西暦1,946年1月4日、正力松太郎が公職追放処分となった。西暦1,947年9月、正力松太郎が不起訴となり巣鴨拘置所から釈放された。CIAは正力に、エージェントとして働く事を約束させ、それと引き換えに釈放した。
西暦1,950年7月1日、アメリカ上院議員カール・ムントが、ダグラス・マッカーサーに対し、反共主義の促進を名目に、世界中でテレビ放送ネットワークを建設し、映像メディアを活用する計画「ビジョン・オブ・アメリカ」の一環で、日本に放送システムを作る様提案した。その後、マッカーサーは「日本にその様な放送システムを建設する予定は無い。また、仮に作ったとしても、日本はサンフランシスコ講和会議以後主権を取り戻す為、放送システムは日本に所有される事になるので無駄で有る」と返答した。西暦1,951年4月11日、ダグラス・マッカーサーが、ハリー・S・トルーマンにより連合軍総司令官を解任された。これによりマッカーサーが独自に築いていたスパイ網はCIAに引き継がれた。同年8月6日、正力松太郎の公職追放処分が解除された。同月13日、カール・ムントが、ビジョン・オブ・アメリカの一環で、日本全土に総合通信網を民間資本で建設する事を発表した。同年9月4日、正力松太郎が、カール・ムントの同席の下、1社で日本全国に直営局を置き、東京を中央局として全国にマイクロ波を用いた無線中継伝送網を構築するという計画を発表した。テレビ放送で使用しない周波数帯域は通信事業にも利用するという内容も盛り込まれ、この計画の為にアメリカから資金と技術援助を受ける約束も取り付けていた。
西暦1,952年3月6日、ヘンリー・ホールシューセンが、アメリカ国務省に対し「アメリカからテレビ機器を輸入する日本企業から円を買い取りドルを与え、運転資金を提供すべき」という申し出を行った。同年4月4日、アメリカ国務省が、前月のヘンリー・ホールシューセンの申し出を断った。しかし、ビジョン・オブ・アメリカ計画自体には興味があるとして後日説明会を開いて欲しいと要望した。同月14日、ヘンリー・ホールシューセンが、①アメリカ国務省国際放送課②FCC(連邦通信委員会)③連邦基準局④大統領通信関連諮問局の機関等の代表者を集めてビジョン・オブ・アメリカ計画の説明会を開催した。同年7月31日、正力松太郎が電波監理委員会から予備免許を付与された。免許方針では東京に2~3局、地方都市では1~2局を設置するとした。同年10月28日、ペンタゴンと児玉誉士夫経由でのCIAの資金提供により「日本テレビ放送網」が設立された。①アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー②アメリカ上院外交委員会ジョン・スパークマン③軍事委員会委員エヴァレット・ダークセンの3名が「アメリカ軍が日本本土で行う軍事作戦に関し、日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けて貰う為には、テレビで娯楽・スポーツ番組を大量に放送し、其方の方に、日本人の気を反らす必要が有る」として、アメリカ議会への説得工作を展開していた。更に正力松太郎は、ニューヨークに在る、政界に強力なコネクションを持つマーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由で、アメリカ国防総省に対し、日本テレビ放送網を日本支配とアメリカの政策宣伝として用いる趣旨を伝え、ペンタゴンに協力を要請していた。
西暦1,953年1月15日、正力松太郎が、ヘンリー・ホールシューセンに対し「吉田茂が、アメリカが借款を出せばマイクロ回線網建設を電電公社に説得すると確約した」という主旨の書簡を送った。同月22日、正力松太郎が、ヘンリー・ホールシューセンに対し「私が西暦1,953年1月15日に吉田茂にマイクロ中継網の説明をした所、もし必要なら白洲次郎を特任大使としてアメリカに派遣し力を貸す、と言って貰った」という主旨の書簡を送った。同年3月、元NHKニュース解説者柴田秀利が、日本テレビが緊急に必要とする資金を日本輸出入銀行から引き出す事を目的に渡米し、元OSS長官で弁護士のビル・ダナヴァンにマイクロ回線網建設のための10,000,000ドルの借款を要請した。同年4月15日、柴田秀利が、アメリカ対日協議会のウィリアム・リチャーズ・キャッスルから、書簡でウォルター・ロバートソンを紹介された。柴田はキャッスルと接触した際「正力松太郎は、日本でやるテレビ放送は反共プロパガンダの牽引車にするつもりです。正力は目的達成の為にはテレビがラジオや新聞より遥かに効果的だと信じています。日本テレビは賑やかな街角に大きなテレビ画面を設置するつもりです。広告として利用出来ますし、様々な反共番組を定期的に放送出来るでしょう」と言い、キャッスルを感激させていた。
西暦1,953年6月、マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所のマーフィー・ダイカー・バーウェルが、アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長のバーク・ヒッケンルーパーに対し、正力松太郎の通信網建設計画及び日本テレビ放送網延長計画に関し、上院外交委員会委員の支持を貰い、ドル借款による財政支援を依頼した。ヒッケンルーパーはこれに対し怒り、非難した。同年8月28日11時20分、日本テレビ放送網が本放送を開始した。同年9月、正力松太郎の、東京からの番組をローカル局に送る際のマイクロ回線を放送局で自営するマイクロ中継網に対し、日本テレビ放送網1社で全国放送を行う事に拒否反応を示した新聞社69社が反対声明を出した。さらに、マイクロ回線を専用線として貸し出す方針を示していた電電公社も、正力の構想に反対した。同年11月6日、衆院議員原茂が、衆議院電気通信委員会で、①アメリカの借款によるこのマイクロ中継網はアメリカ軍の軍事通信網として使用に供されるので、日本全土が戦争に巻き込まれる可能性がある②マイクロ中継網を作るならば、電電公社のような公共事業体の手で為されるべきで、日本テレビのような民間企業がすべきではない③正力松太郎がこのようなマイクロ中継網を建設する動機は、彼の日本のメディアを牛耳るという個人的野望にあり、この様な人間に公共性の高い通信事業を任せるべきではない、の3点を理由にマイクロ中継網に反対する発言を行った。同年12月7日、正力松太郎の証人喚問が行われた。正力は「マイクロ回線網が出来た暁には、日本テレビは所有こそするが、それらを全て電電公社に貸し出し、自らが通信事業をする事は無い」と釈明した。
西暦1,954年12月3日、衆参両院の電気通信委員会が、民間へのマイクロ回線業務を認可しないとする決議を行った。これにより、西暦1,951年9月4日に正力松太郎が発表した、アメリカ資本による援助でマイクロ波を用いた無線中継伝送網を構築するという計画は頓挫した。本書は、此の30年に亘る、正力松太郎の警察官退職時上司後藤新平自宅抵当100,000円借入による読売新聞社買収と第7代社長就任を起点とする、GHQによる戦犯容疑59名逮捕命令と正力松太郎の公職追放、CIAのエージェント約束引き換えによる巣鴨拘置所釈放、アメリカ上院議員カール・ムントのダグラス・マッカーサーへのビジョン・オブ・アメリカ計画日本放送システム提案とマッカーサーの拒否、マッカーサーの連合軍総司令官解任と独自スパイ網のCIA引継、正力松太郎の公職追放処分解除とカール・ムント同席下のマイクロ波無線中継伝送網構築計画発表、ヘンリー・ホールシューセンのアメリカ国務省国際放送課・FCC・連邦基準局・大統領通信関連諮問局代表者集結ビジョン・オブ・アメリカ計画説明会開催、ペンタゴンと児玉誉士夫経由でのCIA資金提供による日本テレビ放送網設立とアメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー・ジョン・スパークマン・エヴァレット・ダークセン3名のアメリカ議会説得工作・マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由のペンタゴン協力要請、正力松太郎のヘンリー・ホールシューセン宛吉田茂・白洲次郎関連書簡、柴田秀利の渡米と元OSS長官弁護士ビル・ダナヴァンへの10,000,000ドル借款要請、日本テレビ放送網本放送開始、新聞社69社・電電公社・衆院議員原茂等の反対による衆参両院電気通信委員会民間マイクロ回線業務非認可決議とマイクロ波無線中継伝送網構築計画頓挫迄、ペンタゴンが主導した日本テレビ放送網設立の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- 正力松太郎 本書の中心人物。西暦1,924年2月、警察官退職時の上司である後藤新平が自宅を抵当に入れて用立てた100,000円を借り入れ、読売新聞社を買収し、第7代読売新聞社社長に就任。西暦1,945年12月2日にGHQの戦犯容疑59名逮捕命令の対象となり、西暦1,946年1月4日に公職追放処分。西暦1,947年9月に不起訴で巣鴨拘置所から釈放されたが、CIAはエージェントとして働く事を約束させ引き換えに釈放した。西暦1,951年8月6日に公職追放処分解除、同年9月4日にカール・ムント同席の下、1社で日本全国に直営局を置き、東京を中央局として全国にマイクロ波を用いた無線中継伝送網を構築する計画を発表。西暦1,952年7月31日に電波監理委員会から予備免許付与。同年10月28日にペンタゴンと児玉誉士夫経由のCIA資金提供により「日本テレビ放送網」を設立、ニューヨーク・マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由でペンタゴンに協力要請。西暦1,953年1月にヘンリー・ホールシューセン宛に吉田茂・白洲次郎関連書簡を送付。同年12月7日には証人喚問で「マイクロ回線網が出来た暁には、日本テレビは所有こそするが、それらを全て電電公社に貸し出し、自らが通信事業をする事は無い」と釈明した。
- 後藤新平 正力松太郎の警察官退職時の上司。西暦1,924年2月、自宅を抵当に入れて100,000円を用立て、正力松太郎の読売新聞社買収を支援した。
- ダグラス・マッカーサー 連合軍総司令官。西暦1,950年7月1日、アメリカ上院議員カール・ムントから反共主義の促進を名目とした「ビジョン・オブ・アメリカ」計画の一環で日本に放送システムを作る様提案されたが、「日本にその様な放送システムを建設する予定は無い。また、仮に作ったとしても、日本はサンフランシスコ講和会議以後主権を取り戻す為、放送システムは日本に所有される事になるので無駄で有る」と返答して拒否した。西暦1,951年4月11日、ハリー・S・トルーマンにより連合軍総司令官を解任され、独自に築いていたスパイ網はCIAに引き継がれた。
- カール・ムント アメリカ上院議員。西暦1,950年7月1日にダグラス・マッカーサーに「ビジョン・オブ・アメリカ」計画日本放送システム提案を行ない拒否された。西暦1,951年8月13日にはビジョン・オブ・アメリカの一環で日本全土に総合通信網を民間資本で建設する事を発表、同年9月4日に正力松太郎が発表したマイクロ波無線中継伝送網構築計画に同席した。
- ハリー・S・トルーマン アメリカ大統領。西暦1,951年4月11日、ダグラス・マッカーサーを連合軍総司令官から解任した。
- ヘンリー・ホールシューセン 西暦1,952年3月6日、アメリカ国務省に「アメリカからテレビ機器を輸入する日本企業から円を買い取りドルを与え、運転資金を提供すべき」という申し出を行ない、同年4月4日に却下されたものの、同月14日にアメリカ国務省国際放送課・FCC・連邦基準局・大統領通信関連諮問局の代表者を集めてビジョン・オブ・アメリカ計画の説明会を開催した。西暦1,953年1月15日・22日に正力松太郎から吉田茂・白洲次郎関連書簡を受け取った。
- 児玉誉士夫 西暦1,945年12月2日のGHQの戦犯容疑59名逮捕命令の対象者の1人。西暦1,952年10月28日のペンタゴン・CIAの資金提供による「日本テレビ放送網」設立に於いて、CIAからの資金提供の経由役となった。
- バーク・ヒッケンルーパー アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長。西暦1,952年10月28日の日本テレビ放送網設立に際し、ジョン・スパークマン・エヴァレット・ダークセンと共に「アメリカ軍が日本本土で行う軍事作戦に関し、日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けて貰う為には、テレビで娯楽・スポーツ番組を大量に放送し、其方の方に、日本人の気を反らす必要が有る」としてアメリカ議会への説得工作を展開。西暦1,953年6月、マーフィー・ダイカー・バーウェルから正力松太郎の通信網建設計画及び日本テレビ放送網延長計画への上院外交委員会委員の支持とドル借款による財政支援依頼を受けたが、怒って非難した。
- ジョン・スパークマン アメリカ上院外交委員会委員。西暦1,952年10月28日の日本テレビ放送網設立に際し、バーク・ヒッケンルーパー・エヴァレット・ダークセンと共にアメリカ議会への説得工作を展開した3名の1人。
- エヴァレット・ダークセン 軍事委員会委員。西暦1,952年10月28日の日本テレビ放送網設立に際し、バーク・ヒッケンルーパー・ジョン・スパークマンと共にアメリカ議会への説得工作を展開した3名の1人。
- 吉田茂 内閣総理大臣。西暦1,953年1月15日に正力松太郎からマイクロ中継網の説明を受け、「アメリカが借款を出せばマイクロ回線網建設を電電公社に説得する」と確約、必要なら白洲次郎を特任大使としてアメリカに派遣し力を貸すと述べた。
- 白洲次郎 西暦1,953年1月15日に吉田茂が正力松太郎に対し、マイクロ中継網の建設で必要なら特任大使としてアメリカに派遣して力を貸すと述べた人物。
- 柴田秀利 元NHKニュース解説者。西暦1,953年3月、日本テレビが緊急に必要とする資金を日本輸出入銀行から引き出す事を目的に渡米し、元OSS長官で弁護士のビル・ダナヴァンにマイクロ回線網建設のための10,000,000ドルの借款を要請した。同年4月15日、アメリカ対日協議会のウィリアム・リチャーズ・キャッスルから書簡でウォルター・ロバートソンを紹介された。キャッスルと接触した際「正力松太郎は、日本でやるテレビ放送は反共プロパガンダの牽引車にするつもりです。正力は目的達成の為にはテレビがラジオや新聞より遥かに効果的だと信じています。日本テレビは賑やかな街角に大きなテレビ画面を設置するつもりです。広告として利用出来ますし、様々な反共番組を定期的に放送出来るでしょう」と発言し、キャッスルを感激させていた。
- ビル・ダナヴァン 元OSS長官で弁護士。西暦1,953年3月、柴田秀利からマイクロ回線網建設のための10,000,000ドルの借款を要請された。
- ウィリアム・リチャーズ・キャッスル アメリカ対日協議会の人物。西暦1,953年4月15日、柴田秀利に書簡でウォルター・ロバートソンを紹介した。柴田から正力松太郎の反共プロパガンダ計画を聞かされ感激していた。
- ウォルター・ロバートソン 西暦1,953年4月15日、柴田秀利がアメリカ対日協議会のウィリアム・リチャーズ・キャッスルから書簡で紹介された人物。
- マーフィー・ダイカー・バーウェル マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所の人物。西暦1,953年6月、アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長のバーク・ヒッケンルーパーに対し、正力松太郎の通信網建設計画及び日本テレビ放送網延長計画に関し、上院外交委員会委員の支持を貰い、ドル借款による財政支援を依頼したが、ヒッケンルーパーから怒られ非難された。
- 原茂 衆院議員。西暦1,953年11月6日、衆議院電気通信委員会で、①アメリカの借款によるマイクロ中継網がアメリカ軍の軍事通信網として使用される事による日本全土の戦争巻き込みの可能性②電電公社のような公共事業体の手で為されるべきで日本テレビのような民間企業がすべきではない事③正力松太郎の動機が日本のメディアを牛耳る個人的野望にあり公共性の高い通信事業を任せるべきではない事、の3点を理由にマイクロ中継網に反対する発言を行った。
主要な概念・組織
- 読売新聞社 西暦1,924年2月、正力松太郎が、警察官退職時の上司である後藤新平が自宅を抵当に入れて用立てた100,000円を借り入れ買収した新聞社。正力は第7代読売新聞社社長に就任した。
- GHQ戦犯容疑59名逮捕命令 西暦1,945年12月2日、GHQが戦犯容疑で命令した59名の逮捕。梨本宮守正王・正力松太郎・笹川良一・児玉誉士夫・平沼騏一郎・広田弘毅・畑俊六・星野直樹・大川周明・佐藤賢了・鮎川義介・天羽英二・安藤紀三郎・青木一男・有馬頼寧・藤原銀次郎・古野伊之助・郷古潔・後藤文夫・秦彦三郎・本多熊太郎・井田磐楠・池田成彬・赤木桁平・石田乙五郎・石原広一郎・上砂勝七・河辺正三・菊池武夫・木下栄市・小林順一郎・小林躋造・松阪広政・水野錬太郎・牟田口廉也・長友次男・中島知久平・中村明人・西尾寿造・納見敏郎・岡部長景・大倉邦彦・大野広一・太田耕造・太田正孝・桜井兵五郎・下村宏・進藤一馬・塩野季彦・四王天延孝・多田駿・高橋三吉・高地茂都・谷正之・徳富蘇峰・豊田副武・津田信吾・後宮淳・横山雄偉が対象。
- CIAエージェント約束 西暦1,947年9月、正力松太郎が不起訴となり巣鴨拘置所から釈放された際の取り引き。CIAは正力に、エージェントとして働く事を約束させ、それと引き換えに釈放した。
- ビジョン・オブ・アメリカ アメリカ上院議員カール・ムントが提唱した計画。反共主義の促進を名目に、世界中でテレビ放送ネットワークを建設し、映像メディアを活用する内容。西暦1,950年7月1日、ダグラス・マッカーサーに対し日本に放送システムを作る様提案されたがマッカーサーは「日本はサンフランシスコ講和会議以後主権を取り戻す為、放送システムは日本に所有される事になるので無駄で有る」と返答し拒否した。マッカーサー解任後、西暦1,951年8月13日にカール・ムントが日本全土に総合通信網を民間資本で建設する事を発表、同年9月4日に正力松太郎がカール・ムント同席下で1社で日本全国に直営局を置きマイクロ波無線中継伝送網を構築する計画を発表した。西暦1,952年4月14日には、アメリカ国務省国際放送課・FCC・連邦基準局・大統領通信関連諮問局の代表者を集めた説明会も開催された。
- マイクロ波無線中継伝送網構築計画 西暦1,951年9月4日、正力松太郎がカール・ムント同席の下で発表した計画。1社で日本全国に直営局を置き、東京を中央局として全国にマイクロ波を用いた無線中継伝送網を構築する内容。テレビ放送で使用しない周波数帯域は通信事業にも利用するという内容も盛り込まれ、アメリカから資金と技術援助を受ける約束も取り付けていた。西暦1,953年9月に新聞社69社が反対声明を出し、マイクロ回線を専用線として貸し出す方針を示していた電電公社も反対。同年11月6日に衆院議員原茂が衆議院電気通信委員会で3理由による反対発言、同年12月7日に正力松太郎の証人喚問。西暦1,954年12月3日、衆参両院の電気通信委員会が、民間へのマイクロ回線業務を認可しないとする決議を行ない、計画は頓挫した。
- 日本テレビ放送網 本書の中心となる放送網。西暦1,952年7月31日に正力松太郎が電波監理委員会から予備免許付与(免許方針は東京2~3局・地方都市1~2局設置)。同年10月28日にペンタゴンと児玉誉士夫経由でのCIAの資金提供により設立された。アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー・アメリカ上院外交委員会ジョン・スパークマン・軍事委員会委員エヴァレット・ダークセンの3名が「アメリカ軍が日本本土で行う軍事作戦に関し、日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けて貰う為には、テレビで娯楽・スポーツ番組を大量に放送し、其方の方に、日本人の気を反らす必要が有る」としてアメリカ議会への説得工作を展開していた。又正力松太郎は、ニューヨーク・マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由でアメリカ国防総省に日本テレビ放送網を日本支配とアメリカの政策宣伝として用いる趣旨を伝え、ペンタゴンに協力を要請していた。西暦1,953年8月28日11時20分に本放送を開始した。
- ペンタゴン・アメリカ国防総省 アメリカの軍事中枢。西暦1,952年10月28日の日本テレビ放送網設立では、児玉誉士夫経由のCIAの資金提供と共に主導的役割を果たした。正力松太郎は、ニューヨーク・マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由でアメリカ国防総省に対し、日本テレビ放送網を日本支配とアメリカの政策宣伝として用いる趣旨を伝え、ペンタゴンに協力を要請していた。
- マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所 ニューヨークに在る、政界に強力なコネクションを持つ法律事務所。西暦1,952年10月28日の日本テレビ放送網設立に際し、正力松太郎がアメリカ国防総省への協力要請の経由役として使用した。西暦1,953年6月、同事務所のマーフィー・ダイカー・バーウェルが、アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長のバーク・ヒッケンルーパーに対し、正力松太郎の通信網建設計画及び日本テレビ放送網延長計画に関し上院外交委員会委員の支持とドル借款による財政支援を依頼したが、ヒッケンルーパーから怒られ非難された。
- 柴田秀利の10,000,000ドル借款要請 西暦1,953年3月、元NHKニュース解説者柴田秀利が、日本テレビが緊急に必要とする資金を日本輸出入銀行から引き出す事を目的に渡米し、元OSS長官で弁護士のビル・ダナヴァンにマイクロ回線網建設のための10,000,000ドルの借款を要請した出来事。同年4月15日には、柴田秀利がアメリカ対日協議会のウィリアム・リチャーズ・キャッスルから書簡でウォルター・ロバートソンを紹介された。柴田はキャッスルに正力松太郎の日本テレビ放送を反共プロパガンダの牽引車にする計画(賑やかな街角に大きなテレビ画面を設置・広告として利用・反共番組を定期的に放送)を発言してキャッスルを感激させていた。
- 衆参両院電気通信委員会民間マイクロ回線業務非認可決議 西暦1,954年12月3日、衆参両院の電気通信委員会が行なった、民間へのマイクロ回線業務を認可しないとする決議。これにより、西暦1,951年9月4日に正力松太郎が発表した、アメリカ資本による援助でマイクロ波を用いた無線中継伝送網を構築するという計画は頓挫した。背景には、西暦1,953年9月の新聞社69社の反対声明・電電公社の反対、同年11月6日の衆院議員原茂による衆議院電気通信委員会での3理由(アメリカ借款マイクロ中継網のアメリカ軍軍事通信網化による日本戦争巻込・電電公社のような公共事業体での実施が筋・正力松太郎の日本メディア牛耳る個人的野望)による反対発言が有った。
正力松太郎の警察官退職時上司後藤新平自宅抵当100,000円借入読売新聞社買収と第7代読売新聞社社長就任、GHQの梨本宮守正王・正力松太郎・笹川良一・児玉誉士夫等戦犯容疑59名逮捕命令、正力松太郎公職追放処分、正力松太郎不起訴巣鴨拘置所釈放とCIAのエージェント約束引き換え釈放、アメリカ上院議員カール・ムントのダグラス・マッカーサーへの反共主義促進「ビジョン・オブ・アメリカ」計画日本放送システム提案とマッカーサーの「サンフランシスコ講和会議以後主権取り戻す為日本に所有」拒否、ダグラス・マッカーサーのハリー・S・トルーマンによる連合軍総司令官解任と独自スパイ網CIA引継、正力松太郎公職追放処分解除、カール・ムントのビジョン・オブ・アメリカ一環日本全土総合通信網民間資本建設発表、正力松太郎のカール・ムント同席下1社日本全国直営局東京中央局マイクロ波無線中継伝送網構築計画発表、ヘンリー・ホールシューセンのアメリカ国務省国際放送課・FCC・連邦基準局・大統領通信関連諮問局代表者集結ビジョン・オブ・アメリカ計画説明会開催、正力松太郎電波監理委員会予備免許付与と東京2~3局地方都市1~2局設置方針、ペンタゴン・児玉誉士夫経由CIA資金提供「日本テレビ放送網」設立とアメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー・ジョン・スパークマン・エヴァレット・ダークセン3名アメリカ議会説得工作並びにマーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由ペンタゴン協力要請、正力松太郎のヘンリー・ホールシューセン宛吉田茂・白洲次郎関連書簡、元NHKニュース解説者柴田秀利渡米と元OSS長官弁護士ビル・ダナヴァンマイクロ回線網建設10,000,000ドル借款要請並びにアメリカ対日協議会ウィリアム・リチャーズ・キャッスル経由ウォルター・ロバートソン紹介、日本テレビ放送網本放送開始、マーフィー・ダイカー・バーウェルのバーク・ヒッケンルーパー宛ドル借款財政支援依頼とヒッケンルーパー怒り非難、新聞社69社マイクロ中継網反対声明と電電公社専用線貸出方針反対、衆院議員原茂衆議院電気通信委員会マイクロ中継網反対発言3理由、正力松太郎証人喚問、衆参両院電気通信委員会民間マイクロ回線業務非認可決議とマイクロ波無線中継伝送網構築計画頓挫迄──
正力松太郎の読売新聞社買収を起点に、GHQ戦犯容疑59名逮捕命令と公職追放、CIAエージェント約束による巣鴨拘置所釈放、カール・ムントのビジョン・オブ・アメリカ計画とマッカーサー拒否、マッカーサー解任後の正力松太郎のマイクロ波無線中継伝送網計画発表、ヘンリー・ホールシューセンのアメリカ国務省説明会、ペンタゴン・児玉誉士夫経由CIA資金提供による日本テレビ放送網設立、柴田秀利のビル・ダナヴァン宛10,000,000ドル借款要請、日本テレビ放送網本放送開始、新聞社69社・電電公社・衆院議員原茂等の反対による衆参両院電気通信委員会民間マイクロ回線業務非認可決議とマイクロ波無線中継伝送網構築計画頓挫に至った、ペンタゴンが主導した日本テレビ放送網設立の30年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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