電子書籍「アドルフ・ヒトラーの出自を突き止めたオーストリア首相エンゲルベルト・ドルフースは口封じで消された一元化」の表紙

アドルフ・ヒトラーの出自を突き止めたオーストリア首相エンゲルベルト・ドルフースは口封じで消された一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,930年12月頃〜1,934年7月25日
最新更新日
西暦2,026年1月23日

アドルフ・ヒトラーによる同年9月14日ドイツ国会選挙ナチ党当選ハンス・フランク自宅招集と異母兄ウィリアム・パトリック・ヒトラーの父方祖父ユダヤ人噂公表脅迫・ドイツ高給仕事金銭支援要求書簡新聞記事を背景とした父方系譜調査極秘指示及びアロイス・ヒトラー私生児判明・ウィリアムのドイツ自動車工場銀行業務従事、第8代オーストリア農林大臣エンゲルベルト・ドルフースによるアドルフ・ヒトラー家系調査開始、ウィーン日曜・月曜新聞特別版「ハイル・シックルグルーバー!」見出し記事掲載とハンス・ハーベ執筆・ブラウナウ・アム・イン教区登録調査結果・祖母マリア・アンナ・シックルグルーバーのロスチャイルド家妊娠説及びヒトラー兵役免除遍歴、第3回ドイツ国大統領選決選投票と第2代ドイツ国大統領パウル・フォン・ヒンデンブルク再選・アドルフ・ヒトラー敗北、エンゲルベルト・ドルフース第14代オーストリア首相兼第8代オーストリア外務大臣就任、アドルフ・ヒトラー第15代ドイツ国首相就任とオーストリア・ナチス影響力拡大・ドルフースのオーストリア独立危機視、オーストリア下院鉄道労働者ストライキ激論とカール・レンナー・ルドルフ・ラメク・セップ・シュトラフナー下院議長3名辞任・議会麻痺・ドルフースの議会停止命令及びオーストリア・ナチスの新選挙要求・プロパガンダ・爆撃テロ並びにドルフースの家宅捜索逮捕対処、オーストリア政府の議会麻痺後統治継続宣言、ハンス・フランクのナチス軍武力介入仄めかし演説とオーストリア政府のオーストリア共産党・オーストリア共和国防衛同盟抑圧集中、ハンス・フランクのウィーン入国演説とドルフース政権ユダヤ人公然非難・不服従奨励及びドルフースの2,400名近くオーストリア・ナチス逮捕、ドルフースのオーストリア・ナチス禁止とヒトラーの観光業狙い経済制裁及び突撃隊上級グループリーダーヘルマン・レシュニー指揮下オーストリア軍団逃亡、ドルフースのヒトラー家系調査再開とマリア・アンナ・シックルグルーバーのザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド及び長男アンゼルム・フォン・ロスチャイルド邸宅雇用発見、ウィーン議会外でのナチス党員ルドルフ・デルティルによるドルフース狙撃未遂、154名ナチス親衛隊偽装オーストリア・ナチス党員によるウィーン首相官邸襲撃とオットー・プラネッタのドルフース2発射撃・医療援助拒否2時間放置出血多量死及びヒトラー・ユダヤ系血統書類金庫空き並びにアドルフ・ヒトラーのクーデター支援・ハイムヴェーア鎮圧クーデター失敗迄──
アドルフ・ヒトラーによるウィリアム・パトリック・ヒトラー脅迫を契機とした父方系譜極秘調査・アロイス・ヒトラー私生児判明を起点に、エンゲルベルト・ドルフースのヒトラー家系調査・ウィーン日曜・月曜新聞ハーベ記事・オーストリア首相就任、ドルフース対ヒトラーの敵対化と議会麻痺・ナチス禁止・オーストリア・ナチス2,400名逮捕、マリア・アンナ・シックルグルーバーのロスチャイルド家邸宅勤務発見、ナチス党員ルドルフ・デルティルによる狙撃未遂を経て、オーストリア・ナチスのウィーン首相官邸襲撃・オットー・プラネッタ射撃・ヒトラー・ユダヤ系血統書類入金庫略奪・ドルフース口封じ暗殺に至った、ドルフースの4年間のヒトラー出自追及と暗殺の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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本書について

西暦1,930年12月、アドルフ・ヒトラーが、同年9月14日のドイツ国会選挙にナチ党から出馬し当選したハンス・フランクを自宅に呼び、自身の異母兄ウィリアム・パトリック・ヒトラーからの、アドルフの父方の祖父がユダヤ人であるという噂を公表すると主張し、其れと引き換えにドイツでの高給の仕事や金銭的な支援を要求する書簡及び新聞記事に触れつつ、自身の父方の系譜を調査する様極秘の指示を出した。結果、アロイス・ヒトラーが私生児である事が判明した。最終的にウィリアムは、ドイツの自動車工場・銀行での業務に従事する事が出来た。

西暦1,932年、第8代オーストリア農林大臣エンゲルベルト・ドルフースが、アドルフ・ヒトラーの家系を調査させた。同年4月8日夜、ウィーン日曜・月曜新聞が、特別版にて「ハイル・シックルグルーバー!」という見出しの新聞記事を掲載した。此の日は第3回ドイツ国大統領選の決選投票の2日前であり、エンゲルベルト・ドルフースによる立候補者であるアドルフ・ヒトラーへの攻撃であった。執筆者はハンス・ハーベであった。内容としては、ドルフースがヒトラーの家系の調査を命じた事を背景にブラウナウ・アム・インに派遣されたハーベが、教区登録から確認した調査結果であった。其の記事は、ヒトラーがユダヤ人であるという噂を基にしたもので、ヒトラーの祖母に当たるマリア・アンナ・シックルグルーバーがロスチャイルド家で妊娠したとし、ナチの挨拶「ハイル・ヒトラー」のパロディとしてシックルグルーバー姓を嘲笑するものであった。更に、ヒトラーがブラウナウ・アム・インで目立たない学校生活を送った後、ウィーンで壁紙貼りや画家として働いていた事、西暦1,914年2月に「弱すぎて武器を担ぐのに不適格」として兵役免除され、西暦1,915年に人手不足が深刻になる迄徴兵されなかった事も書かれていた。

西暦1,932年4月10日、第3回ドイツ国大統領選の決選投票が行われ、第2代ドイツ国大統領パウル・フォン・ヒンデンブルクが再選を果たした。アドルフ・ヒトラーは敗北した。同年5月20日、エンゲルベルト・ドルフースが、第14代オーストリア首相兼第8代オーストリア外務大臣に就任した。西暦1,933年1月30日、アドルフ・ヒトラーが第15代ドイツ国首相に就任した。此れにより、オーストリア・ナチスは、ドイツからの支援を受けてオーストリア国内で影響力を高めた。エンゲルベルト・ドルフースは此れを、オーストリアの独立を脅かす存在として危険視した。

西暦1,933年3月4日、オーストリア下院にて、鉄道労働者のストライキに関し激しい議論が行われた。ストライキ中の鉄道労働者に対する措置の採択に関する投票が接戦となる見込みとなると、オーストリア下院議長である①カール・レンナー②ルドルフ・ラメク③セップ・シュトラフナーの3名は、投票に参加する為辞任した。此の行動は議会の議事規則で規定されておらず、議会は手続き上の争いにより事実上麻痺した。議長を欠いた議会は、会期を閉じる事が出来ず、オーストリア下院は行動不能となった。エンゲルベルト・ドルフースは、憲法で定められた、議会制民主主義を回復する為の手段を活用せず、議会の停止を命じた。此れを受けてオーストリア・ナチスは、①新たな選挙の要求②大規模なプロパガンダ③爆撃テロの行動を起こした。ドルフースは此れに対し、家宅捜索や関係者の逮捕等の手段で対処した。同月7日、オーストリア政府が、オーストリア下院の議会麻痺の影響を受けず、引き続き統治を継続すると宣言した。同月8日、ハンス・フランクが演説にて、オーストリア政府に対するナチス軍の武力介入を仄めかした。然しオーストリア政府は、二次的な脅威である、左派勢力の①オーストリア共産党②オーストリア共和国防衛同盟を抑圧する政策に集中した。

西暦1,933年5月15日、ハンス・フランクが、ウィーンでの演説の為、オーストリアに入国した。其の後の演説でフランクは、エンゲルベルト・ドルフース政権とユダヤ人を公然と非難し、オーストリア系ドイツ人にドルフース政権への不服従を奨励した。此れを受けてドルフースは、フランクと他のナチスドイツ人の移送を命じ、オーストリア軍に卵・石・野菜を投げ付けたとして2,400名近くのオーストリア・ナチスを逮捕した。同年6月19日、エンゲルベルト・ドルフースが、オーストリア・ナチスを禁止した。此れにより、ドイツとオーストリアの敵対関係が顕在化し、アドルフ・ヒトラーは、オーストリアの観光業を狙った厳しい経済制裁で対応した。オーストリア・ナチスの党員・支持者の多くはドイツに逃亡し、ナチスの準軍事組織である突撃隊の上級グループリーダーのヘルマン・レシュニーが指揮下に置いているオーストリア軍団に加入した。オーストリアに残った者は、オーストリア国内で地下活動を行った。

西暦1,933年7月、エンゲルベルト・ドルフースが、アドルフ・ヒトラーの家系調査を再開した。そしてドルフースは、マリア・アンナ・シックルグルーバーがアロイス・ヒトラーを身籠った当時、①ザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド②ザーロモンの長男アンゼルム・フォン・ロスチャイルドの2名の邸宅で雇われていた事を突き止めた。同年10月3日、エンゲルベルト・ドルフースが、ウィーンの議会の外で、ナチス党員ルドルフ・デルティルにピストルで狙撃された。ドルフースは、首や肩に重傷を負ったものの、命に別状は無く、未遂に終わった。

西暦1,934年7月25日、154名のナチス親衛隊の制服を着て偽装したオーストリア・ナチス党員が、ウィーンのオーストリア首相官邸を襲撃した。官邸に侵入してエンゲルベルト・ドルフースを孤立させ、オーストリア・ナチス党員オットー・プラネッタが、ドルフースの首を2発撃った。オーストリア・ナチスは、ドルフースの医療援助を拒否し、約2時間放置して、出血多量で死亡させた。又、アドルフ・ヒトラーのユダヤ系の血統に関する書類が入っていたドルフースの金庫が空にされた。ヒトラーは此のクーデターを支援していた。オーストリア・ナチスは他にも、首相官邸以外のオーストリア政府施設・ラジオ局も占拠しようとしたが失敗した。ウィーン以外でも、シュタイアーマルク州等でオーストリア・ナチス支持者が蜂起したが、オーストリア軍やドルフース政権の準軍事組織であるハイムヴェーアが迅速に鎮圧し、クーデター自体は数時間で失敗に終わった。本書は、此の4年に亘る、アドルフ・ヒトラーのウィリアム・パトリック・ヒトラー脅迫を契機とした父方系譜極秘調査とアロイス・ヒトラー私生児判明を起点とする、エンゲルベルト・ドルフースのヒトラー家系調査開始、ウィーン日曜・月曜新聞ハンス・ハーベ執筆「ハイル・シックルグルーバー!」記事、ドルフースの第14代オーストリア首相就任、ヒトラーの第15代ドイツ国首相就任とオーストリア・ナチス影響力拡大、オーストリア下院議長3名辞任による議会麻痺とドルフースの議会停止命令、ハンス・フランクのナチス軍武力介入仄めかし演説、ハンス・フランクのウィーン入国演説とドルフースのオーストリア・ナチス2,400名逮捕、ドルフースのオーストリア・ナチス禁止とヒトラーの観光業狙い経済制裁、ドルフースの家系調査再開によるマリア・アンナ・シックルグルーバーのロスチャイルド家邸宅勤務発見、ナチス党員ルドルフ・デルティルによるドルフース狙撃未遂、154名のナチス親衛隊偽装オーストリア・ナチス党員によるウィーン首相官邸襲撃とオットー・プラネッタのドルフース射撃・2時間放置による出血多量死、ヒトラー・ユダヤ系血統書類入金庫略奪、ヒトラーのクーデター支援、ハイムヴェーアによる鎮圧とクーデター失敗迄、ドルフースの4年に亘るヒトラー出自追及と暗殺の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • アドルフ・ヒトラー 本書の中心人物の1人。西暦1,930年12月、ハンス・フランクを自宅に呼び、異母兄ウィリアム・パトリック・ヒトラーの父方祖父ユダヤ人噂公表脅迫を背景に父方系譜調査を極秘指示し、アロイス・ヒトラー私生児が判明。西暦1,932年4月10日の第3回ドイツ国大統領選決選投票でパウル・フォン・ヒンデンブルクに敗北。西暦1,933年1月30日に第15代ドイツ国首相に就任し、オーストリア・ナチスへのドイツの支援によりオーストリア国内での影響力を高めた。西暦1,933年6月19日のドルフースによるオーストリア・ナチス禁止に対し観光業を狙った厳しい経済制裁で対応。西暦1,934年7月25日のオーストリア・ナチスによる首相官邸襲撃を支援していた。
  • エンゲルベルト・ドルフース 本書の中心人物の1人。西暦1,932年、第8代オーストリア農林大臣としてアドルフ・ヒトラーの家系を調査させ、ハンス・ハーベを通じて同年4月8日のウィーン日曜・月曜新聞「ハイル・シックルグルーバー!」記事に繋げた。同年5月20日に第14代オーストリア首相兼第8代オーストリア外務大臣に就任。西暦1,933年3月4日の議会麻痺で議会停止命令、同年5月15日のハンス・フランクの演説後に2,400名近くのオーストリア・ナチスを逮捕、同年6月19日にオーストリア・ナチス禁止。同年7月の家系調査再開でマリア・アンナ・シックルグルーバーのザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド及び長男アンゼルム・フォン・ロスチャイルド邸宅雇用を突き止めた。同年10月3日にナチス党員ルドルフ・デルティルに狙撃されるも未遂。西暦1,934年7月25日、首相官邸襲撃でオットー・プラネッタに首を2発撃たれ、医療援助を拒否され約2時間放置されて出血多量で死亡、ヒトラー・ユダヤ系血統書類入金庫も空にされた。
  • ハンス・フランク 西暦1,930年9月14日のドイツ国会選挙にナチ党から出馬し当選した人物。同年12月、アドルフ・ヒトラーに自宅に呼ばれ、ウィリアム・パトリック・ヒトラーからの脅迫を背景としたヒトラーの父方系譜調査の極秘指示を受けた。西暦1,933年3月8日にオーストリア政府に対するナチス軍の武力介入を仄めかす演説を行ない、同年5月15日にウィーンに入国してドルフース政権とユダヤ人を公然と非難し、オーストリア系ドイツ人にドルフース政権への不服従を奨励した。
  • ウィリアム・パトリック・ヒトラー アドルフ・ヒトラーの異母兄。アドルフの父方の祖父がユダヤ人であるという噂を公表すると主張し、引き換えにドイツでの高給の仕事や金銭的な支援を要求する書簡及び新聞記事をアドルフに送った。此の脅迫が、西暦1,930年12月のアドルフのハンス・フランク自宅招集と父方系譜調査極秘指示の直接的契機となった。最終的にウィリアムは、ドイツの自動車工場・銀行での業務に従事する事が出来た。
  • アロイス・ヒトラー アドルフ・ヒトラーの父。西暦1,930年12月のアドルフ・ヒトラーの父方系譜調査極秘指示の結果、私生児である事が判明した。母はマリア・アンナ・シックルグルーバー。西暦1,933年7月のドルフースの調査再開で、マリア・アンナがアロイスを身籠った当時、ザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド及び長男アンゼルム・フォン・ロスチャイルドの邸宅で雇われていた事が突き止められた。
  • マリア・アンナ・シックルグルーバー アロイス・ヒトラーの母でアドルフ・ヒトラーの父方祖母。西暦1,932年4月8日のウィーン日曜・月曜新聞「ハイル・シックルグルーバー!」記事で、ロスチャイルド家で妊娠したと書かれた。西暦1,933年7月のドルフースの調査再開で、アロイス・ヒトラーを身籠った当時、ザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド及び長男アンゼルム・フォン・ロスチャイルドの2名の邸宅で雇われていた事が突き止められた。
  • ハンス・ハーベ 西暦1,932年4月8日のウィーン日曜・月曜新聞特別版「ハイル・シックルグルーバー!」記事の執筆者。ドルフースがヒトラーの家系の調査を命じた事を背景に、ブラウナウ・アム・インに派遣され、教区登録から確認した調査結果を記事にした。
  • パウル・フォン・ヒンデンブルク 第2代ドイツ国大統領。西暦1,932年4月10日の第3回ドイツ国大統領選決選投票で、アドルフ・ヒトラーを破って再選を果たした。
  • カール・レンナー・ルドルフ・ラメク・セップ・シュトラフナー オーストリア下院議長3名。西暦1,933年3月4日、オーストリア下院での鉄道労働者ストライキに関する措置の採択投票が接戦となる見込みとなると、投票に参加する為辞任した。此の議事規則に規定されない行動により議会は手続き上の争いで事実上麻痺し、ドルフースの議会停止命令とオーストリア・ナチスの新選挙要求・プロパガンダ・爆撃テロの契機となった。
  • ヘルマン・レシュニー ナチスの準軍事組織である突撃隊の上級グループリーダー。西暦1,933年6月19日のドルフースによるオーストリア・ナチス禁止後、ドイツに逃亡したオーストリア・ナチスの党員・支持者の多くが、其の指揮下に置かれていたオーストリア軍団に加入した。
  • ザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド 西暦1,933年7月のエンゲルベルト・ドルフースのヒトラー家系調査再開で、マリア・アンナ・シックルグルーバーがアロイス・ヒトラーを身籠った当時に邸宅で雇用していた事が突き止められた人物の1人。
  • アンゼルム・フォン・ロスチャイルド ザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルドの長男。西暦1,933年7月のドルフースのヒトラー家系調査再開で、マリア・アンナ・シックルグルーバーがアロイス・ヒトラーを身籠った当時に邸宅で雇用していた事が突き止められたもう1人の人物。
  • ルドルフ・デルティル ナチス党員。西暦1,933年10月3日、ウィーンの議会の外で、エンゲルベルト・ドルフースをピストルで狙撃した。ドルフースは首や肩に重傷を負ったものの、命に別状は無く未遂に終わった。
  • オットー・プラネッタ オーストリア・ナチス党員。西暦1,934年7月25日のウィーン首相官邸襲撃で、孤立させたエンゲルベルト・ドルフースの首を2発撃ち、医療援助を拒否して約2時間放置し、出血多量で死亡させた実行犯。

主要な概念・組織

  • ウィリアム・パトリック・ヒトラー脅迫・父方系譜極秘調査 西暦1,930年12月、アドルフ・ヒトラーの異母兄ウィリアム・パトリック・ヒトラーが、アドルフの父方の祖父がユダヤ人であるという噂を公表すると主張し、引き換えにドイツでの高給の仕事や金銭的な支援を要求する書簡及び新聞記事をアドルフに送った事を契機に、アドルフがハンス・フランクを自宅に呼んで自身の父方の系譜調査を極秘に指示。結果、アロイス・ヒトラーが私生児である事が判明し、ウィリアムは最終的にドイツの自動車工場・銀行での業務に従事する事が出来た。本書全体の出発点である。
  • ウィーン日曜・月曜新聞「ハイル・シックルグルーバー!」記事 西暦1,932年4月8日夜、第3回ドイツ国大統領選決選投票の2日前にウィーン日曜・月曜新聞が特別版で掲載した記事。執筆者はハンス・ハーベ。エンゲルベルト・ドルフースのヒトラー家系調査命令を背景に、ブラウナウ・アム・インに派遣されたハーベが教区登録から確認した調査結果。ヒトラーがユダヤ人であるという噂を基にし、祖母マリア・アンナ・シックルグルーバーがロスチャイルド家で妊娠したとし、ナチの挨拶「ハイル・ヒトラー」のパロディとしてシックルグルーバー姓を嘲笑するもので、ブラウナウ・アム・インでの目立たない学校生活、ウィーンでの壁紙貼り・画家、西暦1,914年2月「弱すぎて武器を担ぐのに不適格」兵役免除、西暦1,915年人手不足深刻化迄徴兵されなかった事も書かれていた。
  • 第3回ドイツ国大統領選決選投票 西暦1,932年4月10日に行われた投票。第2代ドイツ国大統領パウル・フォン・ヒンデンブルクが再選を果たし、アドルフ・ヒトラーは敗北した。此の2日前にウィーン日曜・月曜新聞が「ハイル・シックルグルーバー!」記事を掲載した事から、エンゲルベルト・ドルフースの立候補者ヒトラーへの攻撃であったとされる。
  • 第14代オーストリア首相就任・ヒトラー第15代ドイツ国首相就任 西暦1,932年5月20日、エンゲルベルト・ドルフースが第14代オーストリア首相兼第8代オーストリア外務大臣に就任。西暦1,933年1月30日、アドルフ・ヒトラーが第15代ドイツ国首相に就任。此れによりオーストリア・ナチスがドイツからの支援を受けてオーストリア国内で影響力を高め、ドルフースは此れをオーストリアの独立を脅かす存在として危険視した。
  • オーストリア下院議会麻痺・議会停止命令 西暦1,933年3月4日、オーストリア下院での鉄道労働者ストライキに関する措置の採択投票が接戦となる見込みとなり、下院議長カール・レンナー・ルドルフ・ラメク・セップ・シュトラフナーの3名が投票に参加する為辞任。此の議事規則に規定されない行動により議会は手続き上の争いで事実上麻痺し、議長を欠いた議会は会期を閉じる事が出来ず行動不能となった。エンゲルベルト・ドルフースは憲法で定められた議会制民主主義回復の手段を活用せず議会停止を命令。オーストリア・ナチスは①新たな選挙の要求②大規模なプロパガンダ③爆撃テロで応じ、ドルフースは家宅捜索や関係者の逮捕等で対処した。同月7日、オーストリア政府は議会麻痺の影響を受けず統治継続を宣言した。
  • ハンス・フランクのウィーン入国演説・オーストリア・ナチス2,400名逮捕 西暦1,933年3月8日、ハンス・フランクが演説でオーストリア政府に対するナチス軍の武力介入を仄めかしたが、オーストリア政府はオーストリア共産党・オーストリア共和国防衛同盟の左派勢力抑圧に集中。同年5月15日、ハンス・フランクがウィーンでの演説の為オーストリアに入国し、エンゲルベルト・ドルフース政権とユダヤ人を公然と非難してオーストリア系ドイツ人にドルフース政権への不服従を奨励。ドルフースはフランクと他のナチスドイツ人の移送を命じ、オーストリア軍に卵・石・野菜を投げ付けたとして2,400名近くのオーストリア・ナチスを逮捕した。
  • オーストリア・ナチス禁止・オーストリア軍団 西暦1,933年6月19日、エンゲルベルト・ドルフースがオーストリア・ナチスを禁止。ドイツとオーストリアの敵対関係が顕在化し、アドルフ・ヒトラーはオーストリアの観光業を狙った厳しい経済制裁で対応。オーストリア・ナチスの党員・支持者の多くはドイツに逃亡し、ナチスの準軍事組織である突撃隊の上級グループリーダーヘルマン・レシュニーが指揮下に置いているオーストリア軍団に加入。オーストリアに残った者は地下活動を行った。
  • マリア・アンナ・シックルグルーバーのロスチャイルド家邸宅勤務発見 西暦1,933年7月、エンゲルベルト・ドルフースがアドルフ・ヒトラーの家系調査を再開し、マリア・アンナ・シックルグルーバーがアロイス・ヒトラーを身籠った当時、①ザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド②ザーロモンの長男アンゼルム・フォン・ロスチャイルドの2名の邸宅で雇われていた事を突き止めた。此れにより、ヒトラーの父方祖父がロスチャイルド家の人物である可能性が示唆された。
  • ドルフース狙撃事件 西暦1,933年10月3日、エンゲルベルト・ドルフースがウィーンの議会の外で、ナチス党員ルドルフ・デルティルにピストルで狙撃された事件。ドルフースは首や肩に重傷を負ったものの、命に別状は無く、未遂に終わった。
  • 7月クーデター・ウィーン首相官邸襲撃・ドルフース暗殺 西暦1,934年7月25日、154名のナチス親衛隊の制服を着て偽装したオーストリア・ナチス党員が、ウィーンのオーストリア首相官邸を襲撃。官邸に侵入してエンゲルベルト・ドルフースを孤立させ、オーストリア・ナチス党員オットー・プラネッタがドルフースの首を2発撃った。オーストリア・ナチスはドルフースの医療援助を拒否し、約2時間放置して出血多量で死亡させた。又、アドルフ・ヒトラーのユダヤ系の血統に関する書類が入っていたドルフースの金庫が空にされた。アドルフ・ヒトラーは此のクーデターを支援していた。オーストリア・ナチスは首相官邸以外のオーストリア政府施設・ラジオ局も占拠しようとしたが失敗。シュタイアーマルク州等でもオーストリア・ナチス支持者が蜂起したが、オーストリア軍やドルフース政権の準軍事組織ハイムヴェーアが迅速に鎮圧し、クーデター自体は数時間で失敗に終わった。本書が記録するヒトラー出自追及と口封じの到達点である。

アドルフ・ヒトラーによる同年9月14日ドイツ国会選挙ナチ党当選ハンス・フランク自宅招集と異母兄ウィリアム・パトリック・ヒトラー脅迫を背景とした父方系譜調査極秘指示及びアロイス・ヒトラー私生児判明、第8代オーストリア農林大臣エンゲルベルト・ドルフースによるアドルフ・ヒトラー家系調査開始、ウィーン日曜・月曜新聞特別版「ハイル・シックルグルーバー!」見出し記事掲載とハンス・ハーベ執筆・祖母マリア・アンナ・シックルグルーバーのロスチャイルド家妊娠説、第3回ドイツ国大統領選決選投票でパウル・フォン・ヒンデンブルク再選・アドルフ・ヒトラー敗北、エンゲルベルト・ドルフース第14代オーストリア首相兼第8代オーストリア外務大臣就任、アドルフ・ヒトラー第15代ドイツ国首相就任とオーストリア・ナチス影響力拡大、オーストリア下院鉄道労働者ストライキ激論とカール・レンナー・ルドルフ・ラメク・セップ・シュトラフナー下院議長3名辞任・議会麻痺・ドルフースの議会停止命令、ハンス・フランクのナチス軍武力介入仄めかし演説、ハンス・フランクのウィーン入国演説とドルフース政権ユダヤ人公然非難及びドルフースの2,400名近くオーストリア・ナチス逮捕、ドルフースのオーストリア・ナチス禁止とヒトラーの観光業狙い経済制裁及び突撃隊ヘルマン・レシュニー指揮下オーストリア軍団逃亡、ドルフースのヒトラー家系調査再開とマリア・アンナ・シックルグルーバーのザーロモン・メイヤー・フォン・ロスチャイルド及び長男アンゼルム・フォン・ロスチャイルド邸宅雇用発見、ウィーン議会外でのナチス党員ルドルフ・デルティルによるドルフース狙撃未遂、154名ナチス親衛隊偽装オーストリア・ナチス党員によるウィーン首相官邸襲撃とオットー・プラネッタのドルフース2発射撃・医療援助拒否2時間放置出血多量死及びヒトラー・ユダヤ系血統書類金庫空き並びにアドルフ・ヒトラーのクーデター支援・ハイムヴェーア鎮圧クーデター失敗迄──
アドルフ・ヒトラーによるウィリアム・パトリック・ヒトラー脅迫を契機とした父方系譜極秘調査・アロイス・ヒトラー私生児判明を起点に、エンゲルベルト・ドルフースのヒトラー家系調査・ウィーン日曜・月曜新聞ハーベ記事・オーストリア首相就任、ドルフース対ヒトラーの敵対化と議会麻痺・ナチス禁止・オーストリア・ナチス2,400名逮捕、マリア・アンナ・シックルグルーバーのロスチャイルド家邸宅勤務発見、ナチス党員ルドルフ・デルティルによる狙撃未遂を経て、オーストリア・ナチスのウィーン首相官邸襲撃・オットー・プラネッタ射撃・ヒトラー・ユダヤ系血統書類入金庫略奪・ドルフース口封じ暗殺に至った、ドルフースの4年間のヒトラー出自追及と暗殺の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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