電子書籍「CIAエージェント正力松太郎と中曽根康弘が原子力平和利用の名で兵器用プルトニウム生産目的の東海発電所を運用開始した原発推進一元化」の表紙

CIAエージェント正力松太郎と中曽根康弘が原子力平和利用の名で兵器用プルトニウム生産目的の東海発電所を運用開始した原発推進一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,947年9月1日〜1,966年7月25日
最新更新日
西暦2,026年1月25日

正力松太郎の不起訴釈放と巣鴨拘置所からの解放及びCIAエージェント約束釈放交換、中曽根康弘等72名のMRA(道徳再武装)世界大会コー(スイスのヴォー州)出席と第20代広島市長浜井信三・第17代長崎市長大橋博・第4代東京芝浦電気社長石坂泰三・第8代毎日新聞社社長本田親男同行及びドイツフランスイギリス歴訪・MRA経由ヘンリー・キッシンジャー等CFR会員知己、中曽根のキッシンジャー幹事ハーバード国際セミナー渡米と11月迄日程・ロックフェラー財団フォード財団スポンサー・カリフォルニア大学バークレー校カリフォルニア大学放射線研究所見学、第34代アメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーの第8回国連総会「原子力の平和利用」演説と核軍備削減・国際原子力機関設立提案・主要関係国の標準ウラン核分裂物質供出・農業医療電力平和利用呼掛、焼津港所属遠洋マグロ漁船第五福竜丸のビキニ環礁・エニウェトク環礁15,000,000tアメリカ軍水爆実験放射性降下物被曝乗組員23名、改進党予算委員会筆頭理事中曽根康弘中心の戦後初原子力予算「原子炉築造のための基礎研究費及び調査費」両院議員総会上程と原子力平和的利用研究費補助金235,000,000円(ウラン235因)・ウラニウム資源調査費15,000,000円、第五福竜丸焼津港帰還と船主妻火傷症状東大医学部放射線科電話・東大病院受診、読売新聞焼津通信部記者安部光恭知人被曝情報・社会部連携取材成功・読売新聞朝刊社会面トップ報道(大阪1面トップ)及び乗組員23名原子病1名東大病院重症診断、中曽根原子力予算修正可決、正力松太郎第27回衆院選富山2区出馬初当選、鳩山一郎防衛庁長官入閣要請に正力「原子力をやりたい」断、読売新聞社USIA(アメリカ広報文化交流局)主催日比谷公園「原子力平和利用博覧会」11月22日迄開催と費用全USIA負担及び水爆被曝後原水爆反対世論塗替意図・愛知県美術館中日新聞・京都市美術館朝日新聞大阪本社・大阪アサヒアリーナ朝日新聞大阪本社・広島平和記念資料館中国新聞・福岡スポーツセンター西日本新聞・中島スポーツセンター北海道新聞・仙台市レジャーセンター河北新報・水戸総合体育館茨城新聞・高岡古城公園9箇所1,957年8月迄博覧会開催、正力柴田秀利通アジア原子力センターマニラ非ず日本米国要求、自民党社会党全421議員連名「原子力基本法」成立と中曽根中心作成、「原子力委員会」設置と正力松太郎委員長・初代経団連会長石川一郎常勤・日本物理教育学会会長藤岡由夫常勤・湯川秀樹非常勤森一久後押・東京大学経済学部教授有沢広巳5名就任、湯川秀樹原子力委員辞任意向森一久伝達と正力発電用原子炉米国輸入発言・湯川基礎研究慎重考相反・森「政治家暴走委員必要」説得・湯川辞任思留、正力富山県向車中採算取最初原子力発電所5年以内建設発言・原子力委員会原子力発電5年実現声明、日本原子力研究所土地選定委員会建設候補地武山(神奈川県横須賀市)実験炉動力試験用炉集中・水戸市郊外集中・武山実験炉水戸市郊外動力試験用炉分離・岩鼻村(現群馬県高崎市)実験炉水戸市郊外動力試験用炉分離・高崎市実験炉水戸市郊外動力試験用炉分離5案提示と原子力委員会臨時委員会武山実験炉第一候補地水戸市郊外動力試験用炉決定・武山アメリカ基地430,000坪見込岩鼻村高崎市内陸用水難、「日本原子力研究所法」国会提出と原子力研究所及び原子燃料公社核原料物質核燃料物質採鉱精錬管理規定・原子力委員会日本原子力研究所東海村(茨城県那珂郡)設立決定・正力東海村視察・日本原子力研究所法無修正国会通過公布、「科学技術庁」設置と初代科学技術庁長官正力松太郎就任、日本原子力研究所498,000,000円特殊法人設立と中曽根上程250,000,000円政府出資・民間出資248,000,000円(電力業界150,000,000円負担)、「原子燃料公社」設立、日本IAEA(原子力国際機関)加盟、湯川秀樹神経性胃腸障害理由原子力委員辞任、原子力委員会GCR(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)建設・JPDR動力試験炉原子力研究所設置決定、原子力発電所東海発電所建設工事着工と主目的兵器用プルトニウム生産・発電副次的・炉型GCR・GE社輸入・天然ウラン燃料・黒鉛減速材・二酸化炭素ガス熱交換冷却材・大型低効率・軽水炉発電有望兵器用プルトニウム主目的採用、日本原子力研究所JPDR日本初原子力発電、東海発電所営業開始迄──
正力松太郎のCIAエージェント約束釈放と中曽根康弘のMRA世界大会キッシンジャー知己・ハーバード国際セミナー渡米バークレー放射線研究所見学・アイゼンハワー原子力平和利用演説を起点に、第五福竜丸被曝23名・中曽根原子力予算235,000,000円上程・読売USIA共催原子力平和利用博覧会全国9箇所世論塗替・原子力基本法・原子力委員会5名・湯川辞任意向森説得・科学技術庁初代長官正力・日本原子力研究所東海村設立498,000,000円・原子燃料公社・IAEA加盟・湯川辞任・GCR JPDR決定・GE社輸入兵器用プルトニウム生産主目的東海発電所建設・JPDR日本初原子力発電・東海発電所営業開始に至った、正力松太郎と中曽根康弘19年間に亘る原発推進と兵器用プルトニウム生産路線の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,947年9月1日、正力松太郎が不起訴となり巣鴨拘置所から釈放された。CIAは正力に、エージェントとして働く事を約束させ、其れと引き換えに釈放した。西暦1,950年6月12日、CIAと関係の深いMRA(道徳再武装)でヘンリー・キッシンジャー等のCFR会員と知己を得ていた中曽根康弘を含む国会議員7名等72名が、MRAの本部のあるコー(スイスのヴォー州)で開催のMRA世界大会に出席した。中曽根以外の主な出席者は①第20代広島市長浜井信三②第17代長崎市長大橋博③第4代東京芝浦電気社長石坂泰三④第8代毎日新聞社社長本田親男であった。又、他にもドイツ・フランス・イギリスを歴訪し、同年8月15日に帰国した。西暦1,953年7月3日、中曽根康弘が、ヘンリー・キッシンジャーが幹事役を務める国際情勢について講義や議論を行うサマースクールである「ハーバード国際セミナー」の為、同年11月迄の日程で渡米した。同セミナーのスポンサーは①ロックフェラー財団②フォード財団であった。又、カリフォルニア大学バークレー校のカリフォルニア大学放射線研究所を見学した。

西暦1,953年12月8日、第34代アメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが原子力の平和利用について、第8回国連総会で演説を行った。バミューダ会談(同年12月4〜8日、第63代イギリス首相ウィンストン・チャーチル・第59代イギリス外相アンソニー・イーデン・第141代フランス首相ジョゼフ・ラニエル・第191代フランス外相ジョルジュ・ビドーとの会議)直後の演説で、第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドの招待に応じたものであった。アイゼンハワーは、西暦1,945年7月16日のアメリカ世界最初の核爆発実験以来42回の核爆発実験実施・イギリス・カナダの機密保有・ソ連の少なくとも1回の熱核反応実験を含む一連の核爆弾爆発実験を認め、現在の核爆弾は核時代の幕開けを齎した兵器の25倍以上の威力を持ち、水素爆弾はTNT火薬で数百万t相当の爆発力にまで達していると述べた。其の上で、①現在幾つかの国家によって所有されている知識は最終的に他の国々と共有される事②兵器の数の優勢があっても奇襲攻撃による大規模な物質的被害や人命の犠牲に対する予防策にはならない事を認め、西暦1,953年11月18日の国連総会決議「軍縮委員会」「主要関係大国」小委員会設置検討提案に留意した上で、①主要関係国政府が標準ウランならびに核分裂物質の備蓄から国際的な原子力機関に供出し其れを継続する事②供出の割合・手続き等を個別交渉で適正に定める事を提案した。「国際原子力機関」は供出された核分裂物質の保管・貯蔵・防護を行い、核エネルギーを農業や医療や電力等の平和的活動の為に応用する事を目的として、専門家達を動員する事になるとした。

西暦1,954年3月1日未明、焼津港所属の遠洋マグロ漁船の第五福竜丸が、①ビキニ環礁(現在のマーシャル諸島)②エニウェトク環礁(現在のマーシャル諸島)の2箇所で行われたアメリカ軍の15,000,000tの水爆実験により発生した多量の放射性降下物を浴び、乗組員23名が被曝した。同月3日、改進党で予算委員会の筆頭理事であった中曽根康弘が中心となり「原子炉築造のための基礎研究費及び調査費」として、戦後初の原子力予算が両院議員総会にて①原子力平和的利用研究費補助金235,000,000円(ウラン235に因んでいる)②ウラニウム資源調査費15,000,000円として上程された。同月14日、第五福竜丸が焼津港に帰還し、船主の妻が乗組員の火傷症状について東京大学医学部放射線科に電話した。翌15日、第五福竜丸乗組員が東大病院を受診。同日夕方、読売新聞焼津通信部記者安部光恭が、知人から第五福竜丸乗組員の被曝情報を聞き、東京の社会部と連携して取材を進めた。社会部記者が東大病院に搬送されていた被曝者の取材に成功した。同月16日、読売新聞が朝刊社会面トップ(大阪は1面トップ)で、本月1日のアメリカ軍の水爆実験について報じた。第五福竜丸乗組員23名が原子病で、1名が東大病院で重症と診断されたとした。同年4月、前月上程された、中曽根康弘等による原子力予算案が修正を経て可決された。

西暦1,955年2月27日、正力松太郎が第27回衆院選に富山2区から出馬し、初当選した。同年11月、正力松太郎が、鳩山一郎に防衛庁長官としての入閣を求められるが「原子力をやりたい」と言い断った。同年11月1日、読売新聞社とUSIA(アメリカ広報文化交流局)主催で日比谷公園にて「原子力平和利用博覧会」が開催され、同月22日迄行われた。費用は全てUSIAが負担した。前年アメリカ軍の水爆実験での第五福竜丸の被曝を受けて、原水爆反対に傾いていた世論を塗り替える事を意図していた。其の後USIAは、他の新聞社主催で西暦1,945年に原爆が投下された広島を含む①愛知県美術館(愛知県名古屋市東区東桜、中日新聞共催)②京都市美術館(京都府京都市左京区岡崎、朝日新聞大阪本社共催)③大阪アサヒアリーナ(大阪府大阪市北区中之島、朝日新聞大阪本社共催)④広島平和記念資料館(広島県広島市中区中島町、中国新聞共催)⑤福岡スポーツセンター(福岡県福岡市中央区天神、西日本新聞共催)⑥中島スポーツセンター(北海道札幌市中央区中島公園、北海道新聞共催)⑦仙台市レジャーセンター(宮城県仙台市青葉区本町、河北新報共催)⑧水戸総合体育館(茨城県水戸市、茨城新聞共催)⑨高岡古城公園(富山県高岡市古城)の9箇所で、西暦1,957年8月迄同様の博覧会を開催した。同年12月、正力松太郎が、柴田秀利を通じ、アジアの原子力センターをマニラではなく日本につくる様アメリカに求めた。同月16日、原子力の研究・開発・利用を推進して将来に渡るエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興を図り、人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する事が目的であると謳った自民党・社会党全421議員連名の「原子力基本法」が成立した。同法案は中曽根康弘が中心となって作成された。

西暦1,956年1月1日、「原子力委員会」が設置され、原子力委員に①正力松太郎(委員長)②初代経団連会長石川一郎(常勤)③日本物理教育学会会長藤岡由夫(常勤)④湯川秀樹(非常勤、森一久の後押しにより就任)⑤東京大学経済学部教授有沢広巳が就いた。同月4日昼、湯川秀樹が森一久に原子力委員の辞任の意向を伝えた。理由は、正力松太郎は原子力委員会の発足会見で「発電用原子炉を米国より輸入したい」と発言し、湯川の「動力協定や動力炉導入に関して何等かの決断をするという事は、我が国の原子力開発の将来に対して長期に渡り重大な影響を及ぼすに違いないのであるから、基礎研究を慎重な上にも慎重でなければならない」とする考えと相反する為であった。然し森は「そういった政治家の暴走があるから委員が必要なのです」と言い、湯川は辞任を思い留まった。同日夜、正力松太郎が富山県に向かった。其の車中にて記者団に「採算の取れる最初の原子力発電所を5年以内に建設する」と発言した。同月13日、原子力委員会が「我々は原子力発電を速やかに実現し、我が国の産業経済の興隆に資したいと念願しており、アメリカ・ソ連では既にその実験に成功しているという前例もあり、我々としても今後5年間に原子力発電の実現に成功したい意気込みである」という声明を出した。

西暦1,956年2月8日、日本原子力研究所の土地選定委員会が同研究所の建設候補地に関し、①武山(神奈川県横須賀市)に実験炉・動力試験用炉を集中的に設置②水戸市郊外に実験炉・動力試験用炉を集中的に設置③武山に実験炉、水戸市郊外に動力試験用炉を分離して設置④岩鼻村(現在の群馬県高崎市)に実験炉、水戸市郊外に動力試験用炉を分離して設置⑤高崎市に実験炉、水戸市郊外に動力試験用炉を分離して設置の5案を提示し、原子力委員会に判断を仰いだ。同月15日、原子力委員会が臨時委員会を開き、土地選定委員会の意見を考慮し、武山を実験炉の第一候補地とし、動力試験用炉を水戸市郊外に設置する事を決定した。武山はアメリカが基地として使用中であったが、アメリカ側は「日本が強く要求し且つ代替施設を提供するのであれば返還を検討する」とした。然し、武山の接収地は半分程度の430,000坪と見込まれ、岩鼻村・高崎市も内陸で用水に難があった。同年3月5日、「日本原子力研究所法」が国会に提出された。同年4月、原子力委員会が日本原子力研究所を東海村(茨城県那珂郡)に設立する事を決定した。同月19日、正力松太郎が日本原子力研究所建設地の東海村を視察した。同月30日、日本原子力研究所法が無修正で国会を通過した。同年5月4日、日本原子力研究所法が公布された。同月19日、「科学技術庁」が設置され、初代科学技術庁長官に正力松太郎が就いた。同年6月15日、日本原子力研究所が、財団法人原子力研究所の権利義務・職員・業務を引き継ぎ、資本金498,000,000円で特殊法人として設立された。資本金の内訳は①西暦1,954年3月3日に中曽根康弘が上程した、原子炉築造のための基礎研究費及び調査費250,000,000円②民間出資248,000,000円(政府出資額250,000,000円が上限、内電力業界が150,000,000円を負担)であった。同年8月10日、原子力発電の燃料であるウランを調達する役割を担う「原子燃料公社」が設立された。同年10月26日、日本がIAEA(原子力国際機関)に加盟した。

西暦1,957年3月、湯川秀樹が神経性の胃腸障害を理由に原子力委員を辞任した。西暦1,959年6月、原子力委員会が①GCR(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)の建設②動力試験炉である「JPDR」の原子力研究所への設置を決定した。西暦1,960年1月16日、原子力発電所である東海発電所の建設工事が着工された。主目的は兵器用プルトニウムの生産であり、発電は副次的なものであった。炉型はGCRであり、GE社から輸入した。①燃料:天然ウラン②減速材:黒鉛③熱交換冷却材:二酸化炭素ガスを用いる原子炉であるが、原子炉が大型になり易く、其の割に発電量が小さく効率が悪かった。発電用としては軽水炉の方が遥かに有望である事は自明であったが、兵器用プルトニウムの生産が主目的であった為こちらが採用された。西暦1,963年10月26日、日本原子力研究所にて、アメリカから導入したJPDRを用いて日本初の原子力発電が行われた。西暦1,966年7月25日、東海発電所が営業を開始した。本書は、此の19年に亘る、正力松太郎の不起訴釈放とCIAエージェント約束釈放交換を起点とする、中曽根康弘のMRA世界大会キッシンジャー知己・ハーバード国際セミナー渡米バークレー放射線研究所見学、アイゼンハワー第8回国連総会「原子力の平和利用」演説と国際原子力機関設立提案、第五福竜丸ビキニ・エニウェトク環礁水爆実験被曝23名と中曽根康弘の戦後初原子力予算235,000,000円上程・修正可決、正力松太郎の第27回衆院選初当選と防衛庁長官入閣拒絶「原子力をやりたい」、読売USIA共催日比谷公園「原子力平和利用博覧会」と1,957年8月迄全国9箇所世論塗替、正力柴田秀利通アメリカへの日本原子力センター要求と「原子力基本法」中曽根中心成立、「原子力委員会」5名と湯川秀樹辞任意向森一久説得・思留、正力5年以内発電所建設発言、日本原子力研究所土地選定5案と武山候補地・東海村決定、「科学技術庁」初代長官正力就任、日本原子力研究所498,000,000円特殊法人設立、「原子燃料公社」・IAEA加盟、湯川秀樹辞任、GCR JPDR決定、東海発電所建設着工と主目的兵器用プルトニウム生産・GE社輸入・天然ウラン黒鉛減速二酸化炭素ガス冷却、日本原子力研究所JPDR日本初原子力発電、東海発電所営業開始に至るまで、正力松太郎と中曽根康弘の19年に亘る原発推進と兵器用プルトニウム生産路線の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • 正力松太郎 本書の中心人物の1人。西暦1,947年9月1日に不起訴となり巣鴨拘置所から釈放(CIAエージェント約束釈放交換)。西暦1,955年2月27日に第27回衆院選富山2区初当選、同年11月に鳩山一郎の防衛庁長官入閣要請を「原子力をやりたい」と断り、同年11月1日の読売新聞社・USIA共催「原子力平和利用博覧会」を主導。同年12月に柴田秀利を通じアジアの原子力センターをマニラではなく日本につくる様アメリカに要求。西暦1,956年1月1日に「原子力委員会」委員長就任、「採算の取れる最初の原子力発電所を5年以内に建設する」と発言。同年5月19日「科学技術庁」初代長官就任、同年4月19日に日本原子力研究所建設地の東海村を視察。読売新聞という大手メディアと政治・行政・USIA(米国の宣伝機関)を結節し、第五福竜丸被曝後の原水爆反対世論を「原子力平和利用」へと塗り替えた、本書の中核人物。
  • 中曽根康弘 本書の中心人物の1人。西暦1,950年6月12日にMRA(道徳再武装)世界大会コー(スイスのヴォー州)出席(国会議員7名等72名と共に)で、CFR会員ヘンリー・キッシンジャー等と知己。西暦1,953年7月3日にキッシンジャー幹事ハーバード国際セミナー渡米(ロックフェラー財団・フォード財団スポンサー)、カリフォルニア大学バークレー校放射線研究所見学。西暦1,954年3月3日、改進党予算委員会筆頭理事として、第五福竜丸被曝事件のわずか2日後に戦後初原子力予算「原子炉築造のための基礎研究費及び調査費」(原子力平和的利用研究費補助金235,000,000円〈ウラン235因〉・ウラニウム資源調査費15,000,000円)を両院議員総会に上程。西暦1,955年12月16日の「原子力基本法」も中心となって作成。西暦1,956年6月15日設立の日本原子力研究所の政府出資250,000,000円の上程者。
  • ヘンリー・キッシンジャー CFR会員。西暦1,950年6月12日のMRA世界大会及び西暦1,953年7月3日のハーバード国際セミナーを通じて中曽根康弘と接点を持った人物。後者では中曽根がカリフォルニア大学バークレー校放射線研究所を見学する道筋にも繋がった。日本の原発推進路線における、中曽根の海外人脈構築上の中核存在。
  • ドワイト・D・アイゼンハワー 第34代アメリカ大統領。西暦1,953年12月8日、第8回国連総会で「原子力の平和利用」演説を行った。第63代イギリス首相ウィンストン・チャーチル・第59代イギリス外相アンソニー・イーデン・第141代フランス首相ジョゼフ・ラニエル・第191代フランス外相ジョルジュ・ビドーとのバミューダ会談直後の演説で、第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドの招待に応じたもの。アメリカ42回・ソ連の少なくとも1回の熱核反応実験を含む核実験の現実を認めた上で、主要関係国政府の標準ウラン・核分裂物質の国際原子力機関への供出と、核エネルギーの農業・医療・電力等への平和利用を提案した。本書が記録する戦後日本原発推進の国際的起点。
  • 浜井信三・大橋博・石坂泰三・本田親男 西暦1,950年6月12日のMRA世界大会コー(スイスのヴォー州)出席者4名。①第20代広島市長浜井信三②第17代長崎市長大橋博③第4代東京芝浦電気社長石坂泰三④第8代毎日新聞社社長本田親男。原爆被害都市の市長(広島・長崎)、後の原発関連企業のトップ(東京芝浦電気=東芝)、大手メディアのトップ(毎日新聞社)が、中曽根康弘と共にMRAを通じてCFR会員と知己を得た事を示す重要人物群。
  • 鳩山一郎・柴田秀利 ①鳩山一郎は西暦1,955年11月に正力松太郎を防衛庁長官として入閣を要請した人物。正力が「原子力をやりたい」と断る場面で対峙した相手。②柴田秀利は西暦1,955年12月、正力松太郎がアジアの原子力センターをマニラではなく日本につくる様アメリカに要求した際の経由人物。
  • 石川一郎・藤岡由夫・有沢広巳 西暦1,956年1月1日設置の「原子力委員会」原子力委員(正力・湯川以外)3名。①初代経団連会長石川一郎(常勤)②日本物理教育学会会長藤岡由夫(常勤)③東京大学経済学部教授有沢広巳。経済界(経団連)・物理学界(教育系)・経済学界(東大)を結ぶ原子力委員会の制度的基盤を構成した。
  • 湯川秀樹・森一久 ①湯川秀樹はノーベル物理学賞受賞者。西暦1,956年1月1日に森一久の後押しで原子力委員(非常勤)に就任。同月4日昼、正力松太郎の発足会見「発電用原子炉を米国より輸入したい」発言を、自身の「基礎研究を慎重な上にも慎重でなければならない」とする考えと相反するとして辞任意向を森に伝えるも、森の「政治家の暴走があるから委員が必要」との説得で思い留まった。西暦1,957年3月、最終的に神経性胃腸障害を理由に辞任。②森一久は湯川を引き留めた人物。原子力委員会内部から正力路線をチェックする機能としての委員会の意義を主張した。
  • 安部光恭 読売新聞焼津通信部記者。西暦1,954年3月15日夕方、知人から第五福竜丸乗組員の被曝情報を聞き、東京の社会部と連携して取材を進めた。社会部記者が東大病院に搬送されていた被曝者の取材に成功し、翌16日読売新聞朝刊社会面トップ(大阪1面トップ)報道に繋がった。然し其の同じ読売新聞社が、翌西暦1,955年11月1日にUSIAと共催で日比谷公園「原子力平和利用博覧会」を開催し、自社報道で広めた原水爆反対世論の塗り替えに加担した点が、本書の記録する重要な逆説。

主要な概念・組織

  • MRA(道徳再武装)・コー世界大会 CIAと関係の深い組織。本部はコー(スイスのヴォー州)。西暦1,950年6月12日のMRA世界大会には中曽根康弘を含む国会議員7名等72名が出席し、浜井信三(20代広島市長)・大橋博(17代長崎市長)・石坂泰三(4代東芝社長)・本田親男(8代毎日新聞社長)と共に、ヘンリー・キッシンジャー等CFR会員と知己を得た。中曽根の海外人脈構築の起点であり、日本の原発推進路線の人脈的基盤。
  • ハーバード国際セミナー・バークレー放射線研究所見学 ヘンリー・キッシンジャーが幹事役を務めた国際情勢サマースクール。スポンサーは①ロックフェラー財団②フォード財団。西暦1,953年7月3日から同年11月までの日程で中曽根康弘が渡米参加し、其の中でカリフォルニア大学バークレー校のカリフォルニア大学放射線研究所を見学した。中曽根が翌1,954年に原子力予算を上程する直接的な準備の場として機能。
  • アイゼンハワー「原子力の平和利用」演説・国際原子力機関設立提案 西暦1,953年12月8日、第34代アメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが第8回国連総会で行った演説。アメリカ42回・ソ連の少なくとも1回の熱核反応実験を含む核実験の現実を認めた上で、現在の核爆弾は核時代の幕開けを齎した兵器の25倍以上の威力・水素爆弾はTNT火薬で数百万t相当の爆発力に達するとし、主要関係国政府の標準ウラン・核分裂物質の国際原子力機関への供出と、核エネルギーの農業・医療・電力等への平和利用を提案。西暦1,953年11月18日国連総会決議「軍縮委員会」「主要関係大国」小委員会設置検討提案に留意したもの。戦後日本原発推進の国際的起点。
  • 第五福竜丸被曝事件・15,000,000t水爆実験 西暦1,954年3月1日未明、焼津港所属の遠洋マグロ漁船第五福竜丸が、①ビキニ環礁②エニウェトク環礁(現マーシャル諸島)の2箇所で行われたアメリカ軍の15,000,000tの水爆実験により発生した多量の放射性降下物を浴び、乗組員23名が被曝した事件。同月14日焼津港帰還・15日東大病院受診・15日夕方読売新聞焼津通信部記者安部光恭が知人から被曝情報を入手・東京社会部連携・東大病院搬送被曝者取材成功・16日読売新聞朝刊社会面トップ(大阪1面トップ)報道で乗組員23名原子病・1名重症と公表。本書が記録する原水爆反対世論の起点であり、其の2日後に中曽根が原子力予算を上程した皮肉な構造の中核。
  • 戦後初原子力予算・ウラン235因の235,000,000円 西暦1,954年3月3日、改進党予算委員会筆頭理事中曽根康弘中心で両院議員総会に上程された「原子炉築造のための基礎研究費及び調査費」。①原子力平和的利用研究費補助金235,000,000円(ウラン235に因んだ金額)②ウラニウム資源調査費15,000,000円。第五福竜丸被曝事件のわずか2日後に上程され、同年4月修正可決。後の日本原子力研究所政府出資250,000,000円の原資となり、本書の19年系譜の経費的起点となった予算。
  • 原子力平和利用博覧会・USIA共催・全国9箇所 西暦1,955年11月1日から同月22日迄、読売新聞社とUSIA(アメリカ広報文化交流局)主催で日比谷公園にて開催された博覧会。費用は全てUSIAが負担。前年アメリカ軍水爆実験での第五福竜丸の被曝を受けて原水爆反対に傾いていた世論を塗り替える事を意図。其の後USIAは西暦1,957年8月迄、①愛知県美術館(中日新聞)②京都市美術館(朝日新聞大阪本社)③大阪アサヒアリーナ(朝日新聞大阪本社)④広島平和記念資料館(中国新聞)⑤福岡スポーツセンター(西日本新聞)⑥中島スポーツセンター(北海道新聞)⑦仙台市レジャーセンター(河北新報)⑧水戸総合体育館(茨城新聞)⑨高岡古城公園(富山)の9箇所で同様の博覧会を開催。広島平和記念資料館での開催は、西暦1,945年原爆投下都市での「平和利用」宣伝という象徴的な意味を持つ。本書のタイトル「原子力平和利用の名」の核心。
  • 原子力基本法・自民党社会党全421議員連名 西暦1,955年12月16日成立。原子力の研究・開発・利用を推進して将来に渡るエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興を図り、人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する事が目的であると謳った、自民党・社会党全421議員連名の法案。中曽根康弘が中心となって作成。与野党全会一致での成立は、原発推進が政党対立を超えた構造であった事を示す。
  • 原子力委員会・5名構成・湯川辞任意向 西暦1,956年1月1日設置。原子力委員は①正力松太郎(委員長)②初代経団連会長石川一郎(常勤)③日本物理教育学会会長藤岡由夫(常勤)④湯川秀樹(非常勤、森一久後押)⑤東京大学経済学部教授有沢広巳の5名。同月4日昼、湯川が正力の発足会見「発電用原子炉を米国より輸入したい」発言に対し、自身の「基礎研究を慎重な上にも慎重でなければならない」考えと相反するとして辞任意向を森一久に伝えるも、森の「政治家の暴走があるから委員が必要」との説得で思い留まる。同月13日に5年以内発電所建設声明。西暦1,957年3月、湯川は最終的に神経性胃腸障害を理由に辞任。
  • 日本原子力研究所・東海村設立・498,000,000円 西暦1,956年4月の原子力委員会決定により東海村(茨城県那珂郡)に設立決定。土地選定は当初①武山(神奈川県横須賀市)②水戸市郊外③武山+水戸市郊外分離④岩鼻村+水戸市郊外⑤高崎+水戸市郊外の5案で、同年2月15日に武山実験炉・水戸市郊外動力試験用炉決定。武山はアメリカ基地で430,000坪のみ・岩鼻村高崎市は内陸用水難の為、最終的に東海村採用。同年4月30日「日本原子力研究所法」無修正国会通過・5月4日公布。同年6月15日、財団法人原子力研究所の権利義務を引き継ぎ、資本金498,000,000円で特殊法人として設立。内訳は①西暦1,954年3月3日中曽根上程の250,000,000円政府出資②民間出資248,000,000円(電力業界150,000,000円負担)。
  • 科学技術庁・正力松太郎初代長官 西暦1,956年5月19日設置。初代科学技術庁長官に正力松太郎が就任。原子力委員会委員長と科学技術庁長官を兼ねた正力は、戦後日本の科学技術政策と原子力政策を同時に統括する立場となった。
  • 原子燃料公社・IAEA加盟 ①原子燃料公社は西暦1,956年8月10日設立。原子力発電の燃料であるウランを調達する役割を担う公社。「日本原子力研究所法」で核原料物質及び核燃料物質の採鉱・精錬・管理等を行わしめる為に設置された。②西暦1,956年10月26日、日本がIAEA(原子力国際機関)に加盟。アイゼンハワー「原子力の平和利用」演説で提案された国際原子力機関に日本が組み込まれる転機。
  • 東海発電所・GCR・GE社輸入・兵器用プルトニウム生産 西暦1,959年6月の原子力委員会決定でGCR(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)建設・JPDR動力試験炉原子力研究所設置が決定。西暦1,960年1月16日、東海発電所建設工事着工。主目的は兵器用プルトニウムの生産であり、発電は副次的なものであった。炉型はGCRであり、GE社から輸入。①燃料:天然ウラン②減速材:黒鉛③熱交換冷却材:二酸化炭素ガス。原子炉が大型になり易く、其の割に発電量が小さく効率が悪く、発電用としては軽水炉の方が遥かに有望である事は自明であったが、兵器用プルトニウムの生産が主目的であった為GCRが採用された。西暦1,963年10月26日に日本原子力研究所がアメリカから導入したJPDRで日本初の原子力発電を実施、西暦1,966年7月25日に東海発電所が営業を開始。本書のタイトル「兵器用プルトニウム生産目的の東海発電所を運用開始」の核心であり、本書が記録する19年間の到達点。

正力松太郎不起訴釈放CIAエージェント約束釈放交換、中曽根康弘等72名のMRA世界大会コー出席と浜井信三・大橋博・石坂泰三・本田親男同行及びキッシンジャー等CFR会員知己、中曽根のキッシンジャー幹事ハーバード国際セミナー渡米とロックフェラー・フォード財団スポンサー・バークレー放射線研究所見学、アイゼンハワー第8回国連総会「原子力の平和利用」演説と国際原子力機関設立提案、第五福竜丸ビキニ・エニウェトク環礁15,000,000t水爆実験被曝23名、中曽根中心戦後初原子力予算235,000,000円(ウラン235因)・15,000,000円上程修正可決、第五福竜丸焼津港帰還と読売新聞安部光恭社会面トップ報道、正力第27回衆院選富山2区初当選と鳩山一郎防衛庁長官入閣要請拒絶「原子力をやりたい」、読売USIA共催日比谷公園「原子力平和利用博覧会」とUSIA全費用負担・水爆被曝後原水爆反対世論塗替意図及び中日新聞・朝日新聞・中国新聞・西日本新聞・北海道新聞・河北新報・茨城新聞共催全国9箇所(広島平和記念資料館含)1,957年8月迄博覧会開催、正力柴田秀利通アメリカへの日本原子力センター要求、自民党社会党全421議員連名「原子力基本法」中曽根中心成立、「原子力委員会」設置と正力委員長・石川一郎・藤岡由夫・湯川秀樹・有沢広巳5名就任及び湯川辞任意向森一久説得思留・正力5年以内発電所建設発言・原子力委員会5年実現声明、日本原子力研究所土地選定委員会5案と武山実験炉・水戸郊外動力試験用炉決定及び武山アメリカ基地返還条件・東海村(茨城県那珂郡)設立決定・正力視察・「日本原子力研究所法」無修正通過公布、「科学技術庁」初代長官正力就任、日本原子力研究所498,000,000円特殊法人設立(中曽根上程250,000,000円政府出資・民間248,000,000円電力業界150,000,000円負担)、「原子燃料公社」設立・IAEA加盟、湯川秀樹神経性胃腸障害理由原子力委員辞任、GCR建設・JPDR動力試験炉決定、東海発電所建設着工と主目的兵器用プルトニウム生産・発電副次的・GE社輸入・天然ウラン黒鉛減速二酸化炭素ガス冷却・軽水炉発電有望兵器用プルトニウム主目的採用、日本原子力研究所JPDR日本初原子力発電、東海発電所営業開始迄──
正力松太郎CIAエージェント約束釈放・中曽根康弘MRA世界大会キッシンジャー知己・ハーバード国際セミナー渡米バークレー放射線研究所見学・アイゼンハワー原子力平和利用演説を起点に、第五福竜丸被曝23名・中曽根原子力予算235,000,000円上程・読売USIA共催原子力平和利用博覧会全国9箇所世論塗替・原子力基本法・原子力委員会5名・湯川辞任意向森説得・科学技術庁初代長官正力・日本原子力研究所東海村設立498,000,000円・原子燃料公社・IAEA加盟・湯川辞任・GE社輸入兵器用プルトニウム生産主目的東海発電所建設・JPDR日本初原子力発電・東海発電所営業開始に至った、正力松太郎と中曽根康弘19年間に亘る原発推進と兵器用プルトニウム生産路線の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。