電子書籍「正力松太郎と中曽根康弘の原発推進一元化」の表紙

正力松太郎と中曽根康弘の
原発推進一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,947年9月1日〜1,966年7月25日
ページ数
18ページ
最新更新日
西暦2,026年7月22日

西暦1,947年、巣鴨の門が開いた──
正力松太郎と中曽根康弘が担った原発推進の十九年を一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,947年9月1日、正力松太郎が不起訴となり、巣鴨拘置所から釈放される。CIAは正力にエージェントとして働く事を約束させ、それと引き換えに彼を出したのであった。本書は、この一日を起点として、日本に原子力が根を下ろす迄の十九年を、年月日単位で一元化した記録である。読売新聞社を率いた男と、後に首相となる若い代議士が、それぞれ別の入口から同じ場所へ向かってゆく。

もう一方の入口は、スイスに在った。西暦1,950年6月12日、CIAと関係の深いMRA(道徳再武装)でヘンリー・キッシンジャー等のCFR会員と知己を得ていた中曽根康弘は、国会議員7名等72名と共に、MRA本部の在るコー(スイスのヴォー州)での世界大会に出席する。同行者には、第20代広島市長浜井信三・第17代長崎市長大橋博・第4代東京芝浦電気社長石坂泰三・第8代毎日新聞社社長本田親男といった名が並んだ。一行はドイツ・フランス・イギリスも歴訪して同年8月15日に帰国する。西暦1,953年7月3日、中曽根は、キッシンジャーが幹事役を務める「ハーバード国際セミナー」の為に渡米した。スポンサーはロックフェラー財団とフォード財団であり、滞在中にはカリフォルニア大学放射線研究所も見学している。

同じ年の12月8日、第34代アメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが、第8回国連総会で原子力の平和利用に就いて演説を行なう。核爆弾の威力が第2次世界大戦の全爆撃を超えた事、その機密が既にソ連の知る所となっている事を語った上で、彼はこう提案した——主要関係国政府は標準ウランと核分裂物質を国際的な原子力機関へ供出し、その機関は核分裂物質が農業や医療、そして電力の不足する地域へ向けて使われる方法を工夫する、と。核の軍事用の包装を剥ぎ取り、平和の為に利用する術を知る人々に託さなければならない、という言葉が、そこには置かれていた。

そして西暦1,954年3月、日本では二つの出来事が並走する。3月1日未明、焼津港所属の遠洋マグロ漁船・第五福竜丸が、ビキニ環礁とエニウェトク環礁で行われたアメリカ軍の15,000,000tの水爆実験による多量の放射性降下物を浴び、乗組員23名が被曝した。その2日後の3月3日、改進党で予算委員会の筆頭理事であった中曽根康弘が中心となり、戦後初の原子力予算が両院議員総会に上程される。原子力平和的利用研究費補助金235,000,000円——ウラン235に因んだ額であった——と、ウラニウム資源調査費15,000,000円。3月16日、読売新聞が朝刊社会面トップで水爆実験と乗組員の被曝を報じ、翌4月、原子力予算は修正を経て可決された。

西暦1,955年2月27日、正力松太郎が第27回衆院選に富山2区から出馬して初当選する。同年11月、鳩山一郎から防衛庁長官としての入閣を求められた正力は、「原子力をやりたい」と言って断った。11月1日から22日まで、読売新聞社とUSIA(アメリカ広報文化交流局)の主催で「原子力平和利用博覧会」が日比谷公園にて開かれる。費用は全てUSIAが負担した。前年の第五福竜丸の被曝を受けて原水爆反対へ傾いていた世論を塗り替える事が、その意図であった。USIAはその後、原爆の投下された広島を含む9箇所で、他の新聞社との共催により西暦1,957年8月まで同様の博覧会を続ける。同年12月、正力は柴田秀利を通じ、アジアの原子力センターをマニラではなく日本に作る様アメリカへ求め、12月16日には、中曽根が中心となって作成した「原子力基本法」が自民党・社会党全421議員の連名で成立した。

西暦1,956年1月1日、原子力委員会が設置され、正力松太郎が委員長に就く。委員には初代経団連会長石川一郎、日本物理教育学会会長藤岡由夫、湯川秀樹、東京大学経済学部教授有沢広巳が並んだ。だが1月4日の昼、湯川は森一久に辞任の意向を伝える。正力が発足会見で「発電用原子炉を米国より輸入したい」と述べた事が、基礎研究を慎重の上にも慎重に進めるべきだとする自らの考えと相反したからであった。「そういった政治家の暴走があるから委員が必要なのです」という森の言葉に、湯川は思い留まる。その同じ日の夜、富山へ向かう車中で、正力は記者団に「採算の取れる最初の原子力発電所を5年以内に建設する」と語っていた。同年4月には日本原子力研究所の設立地が東海村(茨城県那珂郡)に決まり、5月19日には科学技術庁が設置されて正力が初代長官に就任。6月15日、日本原子力研究所が資本金498,000,000円で設立される。その内の250,000,000円は、二年前に中曽根が上程した原子炉築造の為の基礎研究費及び調査費であった。

西暦1,957年3月、湯川秀樹は神経性の胃腸障害を理由に原子力委員を辞任する。西暦1,959年6月、原子力委員会はGCR(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)の建設と動力試験炉JPDRの設置を決定し、西暦1,960年1月16日、東海発電所の建設工事が着工された。その主目的は兵器用プルトニウムの生産であり、発電は副次的なものであった。GE社から輸入されたGCRは、天然ウランを燃料とし黒鉛で減速して二酸化炭素ガスで冷却する炉であるが、大型になり易く発電量が小さい。発電用としては軽水炉の方が遥かに有望である事は自明であったにも拘らず、こちらが採られたのである。西暦1,963年10月26日、日本原子力研究所でJPDRを用いた日本初の原子力発電が行われ、西暦1,966年7月25日、東海発電所が営業を開始した。巣鴨からの釈放に始まる十九年の全過程を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • 正力松太郎 本書の中心人物。西暦1,947年9月1日、不起訴となり巣鴨拘置所から釈放されたが、CIAはエージェントとして働く事を約束させ、其れと引き換えに釈放した。西暦1,955年2月27日に第27回衆院選で初当選し、同年11月には鳩山一郎からの入閣要請を「原子力をやりたい」と断る。翌西暦1,956年1月1日に原子力委員会の委員長、5月19日には初代科学技術庁長官に就いた。「採算の取れる最初の原子力発電所を5年以内に建設する」という発言に象徴される推進役であった。
  • 中曽根康弘 CIAと関係の深いMRA(道徳再武装)でヘンリー・キッシンジャー等のCFR会員と知己を得ていた代議士。西暦1,950年6月12日にコー(スイスのヴォー州)でのMRA世界大会へ出席し、西暦1,953年7月3日にはハーバード国際セミナーの為に渡米してカリフォルニア大学放射線研究所を見学した。西暦1,954年3月3日、改進党の予算委員会筆頭理事として戦後初の原子力予算を上程し、西暦1,955年12月16日に成立した原子力基本法の作成でも中心となった。
  • ドワイト・D・アイゼンハワー 第34代アメリカ大統領。西暦1,953年12月8日、第8回国連総会で原子力の平和利用に就いて演説を行なった。主要関係国政府が標準ウランと核分裂物質を国際的な原子力機関へ供出し、其の機関が農業・医療・電力の為の利用法を工夫するという提案を示し、核の軍事用の包装を剥ぎ取って平和の為に利用する術を知る人々へ託さなければならないと述べた。
  • 湯川秀樹 森一久の後押しにより、西暦1,956年1月1日に原子力委員会の非常勤委員へ就任した物理学者。発足会見での正力松太郎の「発電用原子炉を米国より輸入したい」という発言が、基礎研究を慎重の上にも慎重に進めるべきだとする自らの考えと相反した為、就任3日後に辞任の意向を森へ伝えたが、思い留まった。西暦1,957年3月、神経性の胃腸障害を理由に辞任した。
  • 森一久 湯川秀樹の原子力委員就任を後押しした人物。西暦1,956年1月4日、辞任の意向を伝えて来た湯川に対し「そういった政治家の暴走があるから委員が必要なのです」と述べ、思い留まらせた。
  • 柴田秀利 西暦1,955年12月、正力松太郎がアジアの原子力センターをマニラではなく日本に作る様アメリカへ求めた際に、其の仲立ちとなった人物。
  • 鳩山一郎 西暦1,955年11月、正力松太郎に防衛庁長官としての入閣を求めた首相。正力は「原子力をやりたい」と言って此れを断った。
  • 石川一郎 初代経団連会長。西暦1,956年1月1日、正力松太郎を委員長とする原子力委員会の常勤委員に就いた。同じく常勤委員には日本物理教育学会会長藤岡由夫が、非常勤委員には湯川秀樹と東京大学経済学部教授有沢広巳が並んだ。
  • ヘンリー・キッシンジャー 中曽根康弘がMRAで知己を得たCFR会員の1人。西暦1,953年7月3日から11月まで中曽根が参加した「ハーバード国際セミナー」では幹事役を務めた。同セミナーのスポンサーは、ロックフェラー財団とフォード財団であった。
  • 安部光恭 読売新聞焼津通信部の記者。西暦1,954年3月15日夕方、知人から第五福竜丸乗組員の被曝情報を聞き、東京の社会部と連携して取材を進めた。翌16日の読売新聞朝刊社会面トップでの報道に繋がった。

組織と出来事の系譜

  • CIAとの取引と釈放 西暦1,947年9月1日、正力松太郎が不起訴となり巣鴨拘置所から釈放された出来事。CIAは正力にエージェントとして働く事を約束させ、其れと引き換えに釈放した。本書が記録する十九年の起点に当たる。
  • MRA世界大会とハーバード国際セミナー 西暦1,950年6月12日、CIAと関係の深いMRA(道徳再武装)の本部が在るコー(スイスのヴォー州)で開かれた世界大会には、中曽根康弘を含む国会議員7名等72名が出席した。広島市長・長崎市長・東京芝浦電気社長・毎日新聞社社長も名を連ね、一行はドイツ・フランス・イギリスも歴訪している。西暦1,953年7月3日から11月までの「ハーバード国際セミナー」は、ヘンリー・キッシンジャーが幹事役を務め、ロックフェラー財団とフォード財団がスポンサーとなった。
  • アイゼンハワーの国連演説 西暦1,953年12月8日、第8回国連総会で行なわれた原子力の平和利用に関する演説。核爆弾の威力が第2次世界大戦の全爆撃を超えた事と、其の機密が既にソ連の知る所である事を述べた上で、標準ウランと核分裂物質を国際的な原子力機関へ供出する提案が示された。核分裂物質を農業・医療、そして電力の不足する地域へ向けて使う道が語られている。
  • 第五福竜丸の被曝 西暦1,954年3月1日未明、焼津港所属の遠洋マグロ漁船・第五福竜丸が、ビキニ環礁とエニウェトク環礁で行われたアメリカ軍の15,000,000tの水爆実験による多量の放射性降下物を浴び、乗組員23名が被曝した事件。3月14日に焼津港へ帰還し、翌15日に乗組員が東大病院を受診。16日、読売新聞が朝刊社会面トップ(大阪は1面トップ)で報じ、乗組員23名が原子病で1名が重症と診断された事を伝えた。
  • 戦後初の原子力予算 西暦1,954年3月3日、中曽根康弘が中心となり「原子炉築造のための基礎研究費及び調査費」として両院議員総会に上程された予算。内訳は、ウラン235に因んだ原子力平和的利用研究費補助金235,000,000円と、ウラニウム資源調査費15,000,000円。翌4月に修正を経て可決され、後に日本原子力研究所の資本金の一部となった。
  • 原子力平和利用博覧会 西暦1,955年11月1日から22日まで、読売新聞社とUSIA(アメリカ広報文化交流局)の主催により日比谷公園で開かれた博覧会。費用は全てUSIAが負担した。前年の第五福竜丸の被曝を受けて原水爆反対へ傾いていた世論を塗り替える事が意図されており、其の後USIAは、原爆の投下された広島を含む9箇所で、他の新聞社との共催により西暦1,957年8月まで同様の博覧会を開催した。
  • 原子力基本法 西暦1,955年12月16日、自民党・社会党全421議員の連名で成立した法律。原子力の研究・開発・利用を推進して将来に渡るエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興を図り、人類社会の福祉と国民生活の水準向上に寄与する事が目的として謳われた。法案は中曽根康弘が中心となって作成された。
  • 原子力委員会と科学技術庁 西暦1,956年1月1日、正力松太郎を委員長として設置された原子力委員会は、同月13日に「今後5年間に原子力発電の実現に成功したい」とする声明を出した。同年5月19日には科学技術庁が設置され、正力が初代長官に就任する。日本原子力研究所の設立地を巡っては武山(神奈川県横須賀市)等5案が検討された末、4月に東海村(茨城県那珂郡)へ決まった。
  • 日本原子力研究所と東海発電所 西暦1,956年6月15日、資本金498,000,000円で設立された特殊法人。内250,000,000円は中曽根康弘が上程した原子炉築造の為の基礎研究費及び調査費で、民間出資248,000,000円の内150,000,000円は電力業界が負担した。西暦1,960年1月16日に着工された東海発電所は、GE社から輸入したGCR(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)を採り、主目的は兵器用プルトニウムの生産で発電は副次的であった。西暦1,963年10月26日にJPDRで日本初の原子力発電が行われ、西暦1,966年7月25日、東海発電所が営業を開始した。

予算・博覧会・基本法、そして東海発電所へ──
日本に原子力が根を下ろす迄の全過程を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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