全国母体健康委員会に避妊情報を収集させたロバート・ラットウ・ディキンソン一元化
産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョット主導・マーガレット・サンガー協力者産婦人科医ロバート・ラットウ・ディキンソン指導下のニューヨークでのCMH(母体健康委員会)設立とニューヨーク産科協会後援・NYAM・AGS支持・約50名医師会員、ジョン・ロックフェラー・ジュニアのマーガレット・サンガーABCL活動への10,000ドル寄付承認とCRB臨床データCMH提出条件並びにサンガー医療諮問委員会設置・CRBABCL本部建物移転・ディキンソン初代CRB医療責任者女医ハンナ・ストーン記録管理認識態度軟化、ジュネーヴでの6日間「世界人口会議」開催とマーガレット・サンガー資金提供約400名科学者・人口学者・優生学者参加並びにASA会長レイモンド・パール議長・優生学者エドワード・マレー・イースト・第6代ミシガン大学学長クラレンス・クック・リトル・ライス大学生物学助教授ジュリアン・ハクスリー・パドヴァ大学統計学教授コッラド・ジニ・ベルリン人種衛生学会会長エルヴィン・バウアー・人口生物学・食糧供給・人口密度・カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所活動4セクション・ドイツ優生学者オイゲン・フィッシャー人種混合問題演説、ロックフェラー財団資金援助「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」設立とオイゲン・フィッシャー所長就任、ミネアポリスでのAMA年次総会5日間開催と医師約5,000名出席並びにロバート・ラットウ・ディキンソン不妊手術展示・ハリー・ラフリン著書「アメリカに於ける優生学的断種」引用・当時26州法有り約9,000件実施・男性輸精管切除女性卵管結紮等手術種類・知的障害者・精神疾患遺伝者・犯罪傾向者繁殖防止優生学的根拠、マーガレット・サンガーABCL会長辞任とCRBABCL分離独立「BCCRB(避妊臨床研究局)」改称・ディキンソンBCCRB提携模索、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストBCCRBクリニック警察捜査と待合室患者と子供居る所急襲・ニューヨーク州刑法第1142条違反ハンナ・ストーン・博士エリザベス・ピソート・看護師アマリア・ヤコビ・マルチェラ・シデリ・グレース・ハースト5名逮捕・約15,000件カルテ没収・BCCRBとCMH接近・ディキンソン医療界動員捜査公非難・MRCBCCRB買収交渉サンガー完全権限譲渡拒否、MRC活動停止とCMH「NCMH(全国母体健康委員会)」改称避妊・母体健康情報収集・普及役割特化シフト、マーガレット・サンガーのアビー・アルドリッチ・ロックフェラー宛書簡、マーガレット・サンガー主導ABCL・BCCRB合併「BCFA(アメリカ産児制限連合)」発足、BCFA「PPFA(全米家族計画連盟)」改称と産児制限直接的表現回避サンガー反対医療界・政府支持獲得承認、ジョン・ロックフェラー・ジュニア長男ジョン・ロックフェラー3世とマーガレット・サンガー知己とBSH・ロックフェラー財団経由匿名資金提供初公開繋がり並びにAES共同設立者フレデリック・オズボーン・国連人口部共同設立者フランク・W・ノーテスタイン支援、アビー・アルドリッチ・ロックフェラー死去とマーガレット・サンガー最後の友人1人・ジョン・ロックフェラー・ジュニア哀悼書簡、ロバート・ラットウ・ディキンソンのアマースト娘自宅死去迄──
産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョット主導でロバート・ラットウ・ディキンソン指導下に設立されたCMHのNCMH改称への展開、ジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付を契機としたCRBとCMHの協力関係構築、ジュネーヴでの世界人口会議と「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」設立、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査、ABCL・BCCRB合併によるBCFAとPPFA改称、ジョン・ロックフェラー3世とマーガレット・サンガーの繋がり初公開に至った、ロバート・ラットウ・ディキンソンと全国母体健康委員会の27年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,923年3月、産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョットの主導で、マーガレット・サンガーの協力者で産婦人科医のロバート・ラットウ・ディキンソンの指導の下、ニューヨークにて「CMH(母体健康委員会)」が設立された。CMHは、ニューヨーク産科協会の後援を受け、NYAM(ニューヨーク医学アカデミー)とAGS(アメリカ婦人科協会)の支持を得て、避妊と生殖に関する研究を行い、人間生殖の医学的側面に関する情報センターとして機能させる事を意図し、設立された。初期は、約50名の医師会員から成り、NYAM内に設置された。CMHは、試験研究や病院や個人医師から臨床データの収集を行なったが、研究参加に厳格な医学的要件を設けた事や、医師が避妊具を合法的に輸入出来ない事で、活動が大きく制限された。ディキンソンは、医療資格を持たない一般人のクリニックを承認していなかったが、信頼出来る避妊研究に必要な患者記録やダイアフラムが十分に得られなかった為、CRBを頼らざるを得なかった。
西暦1,924年6月19日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアが、マーガレット・サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認した。サンガーは、此の寄付を受ける条件として、CRBの臨床データをCMHに医学研究の為に提出する事となった。CMHは当初、①CRBが避妊具を配布する法的根拠を自由に解釈している(コムストック法では避妊具の配布や情報提供が制限され、医師は医療目的でのみ避妊を許可されていたが、CRBは此れを広義に解釈し、経済的・社会的理由でも避妊具の配布や情報提供を行なっていた事をCMHは法的リスクが高く医学的正当性を欠くものと見做した)②女性の医療スタッフが在籍している③ABCLとの結び付きが強く、避妊を社会運動として推進し、宣伝活動を行なっている、の3点を理由にCRBとの協力を拒否していた。サンガーは、CRBの外部の医学的承認を得たいと考え、此れ等の批判に対処する為、CMHに助言を求めた。サンガーは、CMHの提案とロバート・ラットウ・ディキンソンの報告に従い、医療諮問委員会を設置し、CRBを、ABCLの本部が入居している建物から移転し、事務所からの避妊宣伝を止めた。ディキンソンは、信頼できるクリニックデータが不足していた為、初代CRB医療責任者で女医のハンナ・ストーンの広範な記録管理を知り、態度を軟化させた。
西暦1,927年8月29日、此の日から6日間、ジュネーヴにて「世界人口会議」が開催された。マーガレット・サンガー等の資金提供により実現した。此の会議には、①ASA(アメリカ統計学会)会長レイモンド・パール(議長)②優生学者エドワード・マレー・イースト(組織委員)③第6代ミシガン大学(アメリカのミシガン州アナーバー)学長クラレンス・クック・リトル(組織委員)④ライス大学(アメリカのテキサス州ヒューストン)生物学助教授でサンガーと共に此の会議を企画したジュリアン・ハクスリー(組織委員)⑤パドヴァ大学(イタリアのヴェネト州)統計学教授コッラド・ジニ⑥ベルリン人種衛生学会会長エルヴィン・バウアーを始めとする約400名の科学者・人口学者・優生学者が参加した。又、①人口生物学②食糧供給③人口密度④カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所の活動、の4つのセクションに分かれ、議論が為された。更に、ドイツの優生学者オイゲン・フィッシャーが、人種混合の問題に焦点を当てた演説を行ない、黒人と白人の混血を基に、遺伝的不調和のリスクを強調した。同年9月、「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」が設立された。所長にはオイゲン・フィッシャーが就いた。此の研究所の建物の一部は、ロックフェラー財団の資金援助により建設された。
西暦1,928年6月11日、此の日から5日間、ミネアポリスにて、AMAの年次総会が開催された。医師約5,000名が出席した。ロバート・ラットウ・ディキンソンは、不妊手術の展示を行った。展示資料は、主にハリー・ラフリンの西暦1,922年の著書「アメリカに於ける優生学的断種」から引用し、①アメリカ各州の不妊手術法の現状と統計(当時26州に法有り、約9,000件実施)②手術の種類(男性:輸精管切除、女性:卵管結紮等)と其の安全性・非去勢性を強調③優生学的根拠(知的障害者・精神疾患遺伝者・犯罪傾向者の繁殖防止が社会改善に繋がる)④手術例の写真・図表・統計チャート、の内容を含んでいた。翌12日、マーガレット・サンガーが、ABCLの会長を辞任した。サンガーは、CRBをABCLから切り離して独立し「BCCRB(避妊臨床研究局)」に改称した。ロバート・ラットウ・ディキンソンは、BCCRBとの提携を模索した。
西暦1,929年4月15日午前、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBのクリニックに警察の捜査が入った。待合室に患者と子供が居た所での急襲であった。①ハンナ・ストーン②博士エリザベス・ピソート③看護師アマリア・ヤコビ④看護師マルチェラ・シデリ⑤看護師グレース・ハーストの5名が、ニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕され、避妊具の使用履歴・妊娠防止効果・副作用・性交頻度等の機密情報の含まれた約15,000件のカルテが没収された。以降、BCCRBとCMHは接近した。ディキンソンは、医療界を動員して捜査を公に非難した。マーガレット・サンガーは、ディキンソンの支援が切っ掛けで、BCCRBの医療監督に関するディキンソンの提案の一部に、一時的に同意した。本年を通じて、MRCによるBCCRB買収の交渉が行われたが、サンガーは、BCCRBの完全な権限譲渡を拒否した。しかしサンガーは、一定の医療監督を求めた。
西暦1,930年1月、MRCが活動を停止した。又同時期、CMHは「NCMH(全国母体健康委員会)」に改称し、避妊・母体健康の情報を収集・普及する役割に特化する方向に活動をシフトした。①研究の停滞(CMHは当初、病院や医師から臨床データを集め、避妊方法の試験研究を計画していたが、コムストック法により、避妊具の入手が困難で患者の参加も限定的であった。MRCによるBCCRB買収が失敗に終わった事で、データ不足が深刻化した。ロバート・ラットウ・ディキンソンは、マーガレット・サンガーのデータに頼らざるを得ない状況であった)②医療界の支持不足(保守的な医師層が、避妊研究を道徳的に問題が有るとして敬遠した)、の2点が背景として有った。同年9月、マーガレット・サンガーが、ジョン・ロックフェラー・ジュニアの妻アビー・アルドリッチ・ロックフェラーに「近い内に、朝か午後に私達を訪ねて来て欲しいと思います。貴方が宣伝等を気にして躊躇うかも知れない事は分かりますが、其の様な事は決して起こらない事を保証します。しかし、此の手紙の目的は、私の悩みを伝える事では無く、貴方の助けと素晴らしい関心に感謝し、此の特別な時期にどれ程其れを評価しているかを伝える事です」という内容の書簡を送った。
西暦1,939年、マーガレット・サンガーの主導により、①ABCL②BCCRBが合併し「BCFA(アメリカ産児制限連合)」が発足した。ABCLとBCCRBの組織間競争を解消する事が背景として有った。西暦1,942年、BCFAが「PPFA(全米家族計画連盟)」に改称した。産児制限という直接的な表現を避ける為の改称であった。マーガレット・サンガーは反対したが、医療界・政府の支持獲得の為承認された。西暦1,947年、①ジョン・ロックフェラー・ジュニアの長男ジョン・ロックフェラー3世②マーガレット・サンガーの2名が知己を得た。ロックフェラー家は、ロックフェラー・ジュニアが、マーガレット・サンガーへの資金提供を、主にBSHやロックフェラー財団等を経由して行っており、直接的な支援も匿名であった為、ロックフェラー家とサンガーの繋がりが公になったのは此れが初めてであった。ロックフェラー3世は、アメリカ国内の産児制限運動を活性化し、ロックフェラー財団を使って国際的に拡大する事を目標としており、其の目標達成の為に①AES(アメリカ優生学協会)共同設立者フレデリック・オズボーン②国連人口部共同設立者フランク・W・ノーテスタインの2名が支援を行なった。
西暦1,948年4月5日、アビー・アルドリッチ・ロックフェラーが死去した。マーガレット・サンガーは、ロックフェラーが死去する前に会った最後の友人の1人であった。其の後サンガーは、ジョン・ロックフェラー・ジュニアに「ニューヨークに出発した朝にロックフェラー夫人と楽しい笑い話をした事は、私に取って大きな喜びでした。あの時、貴方と貴方の子供達が彼女のケアと伴侶としての豊かな良い年月を過ごせた事がどれ程幸運だったかを感じました。私達の大義に対する彼女の静かな支援は、暗闇の夜の年月を通じて私に大きな自信を与えてくれました」という哀悼の意を示す書簡を送った。西暦1,950年11月29日、ロバート・ラットウ・ディキンソンが、アマースト(アメリカのマサチューセッツ州ハンプシャー郡)の自身の娘の自宅にて死去した。本書は、此の27年に亘る、産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョットの主導でロバート・ラットウ・ディキンソン指導下に設立されたCMHのNCMH改称への展開、ジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付を契機としたCRBとCMHの協力関係構築、ジュネーヴでの世界人口会議とロックフェラー財団資金援助による「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」設立、ミネアポリスAMA年次総会でのロバート・ラットウ・ディキンソンによる不妊手術展示、マーガレット・サンガーABCL会長辞任とCRBABCL分離独立「BCCRB」改称、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査によるハンナ・ストーン等5名のニューヨーク州刑法第1142条違反逮捕と約15,000件カルテ没収、ABCL・BCCRB合併によるBCFAとPPFA改称、ジョン・ロックフェラー3世とマーガレット・サンガーの繋がり初公開、アビー・アルドリッチ・ロックフェラー死去とマーガレット・サンガーの哀悼書簡、ロバート・ラットウ・ディキンソンの死去迄、ロバート・ラットウ・ディキンソンと全国母体健康委員会の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- ロバート・ラットウ・ディキンソン 本書の中心人物。産婦人科医でマーガレット・サンガーの協力者。西暦1,923年3月、ガートルード・ミンタン・ピンチョットの主導の下、ニューヨークでCMH(母体健康委員会)が設立された際にCMHを指導。医療資格を持たない一般人のクリニックを承認していなかったが、信頼出来る避妊研究に必要な患者記録やダイアフラムが不足していた為、CRBを頼らざるを得なかった。西暦1,924年6月19日のロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認後にサンガーへ報告し、医療諮問委員会設置やCRBのABCL本部からの移転を導いた。CRB初代医療責任者ハンナ・ストーンの広範な記録管理を知り態度を軟化させた。西暦1,928年6月11日からのミネアポリスでのAMA年次総会で不妊手術の展示を行ない、ハリー・ラフリンの著書「アメリカに於ける優生学的断種」を引用した。西暦1,928年6月12日のサンガーのABCL会長辞任とCRBの「BCCRB」改称後にはBCCRBとの提携を模索。西暦1,929年4月15日のBCCRBクリニック警察捜査では医療界を動員して捜査を公に非難した。西暦1,950年11月29日、アマースト(アメリカのマサチューセッツ州ハンプシャー郡)の自身の娘の自宅にて死去した。
- マーガレット・サンガー アメリカの産児制限活動家。西暦1,924年6月19日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアからABCL活動への10,000ドル寄付承認の条件として、CRBの臨床データをCMHに提出する事となった。ディキンソンの報告に従い、医療諮問委員会を設置し、CRBをABCL本部建物から移転、事務所からの避妊宣伝を止めた。西暦1,927年8月29日のジュネーヴでの「世界人口会議」では資金提供を行なった。西暦1,928年6月12日にABCL会長を辞任し、CRBをABCLから切り離して独立、「BCCRB(避妊臨床研究局)」に改称。西暦1,929年4月15日のBCCRBクリニック警察捜査ではディキンソンの支援を受け、MRCによるBCCRB買収交渉では完全な権限譲渡を拒否しつつ一定の医療監督を求めた。西暦1,930年9月にはアビー・アルドリッチ・ロックフェラーへ書簡を送った。西暦1,939年にはABCLとBCCRBの合併で「BCFA」を発足、西暦1,942年に「PPFA」に改称(サンガー本人は反対)。西暦1,947年にはジョン・ロックフェラー3世と知己を得て、ロックフェラー家との繋がりが初めて公になった。西暦1,948年4月5日のアビー・アルドリッチ・ロックフェラー死去の際には、最後の友人の1人であった。
- ガートルード・ミンタン・ピンチョット 産児制限活動家。西暦1,923年3月、ロバート・ラットウ・ディキンソンの指導の下、ニューヨークで「CMH(母体健康委員会)」を主導して設立した。
- ハンナ・ストーン 初代CRB医療責任者で女医。広範な記録管理を行なっており、此れを知ったロバート・ラットウ・ディキンソンの態度を軟化させた。西暦1,929年4月15日、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査でニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕された5名の1人。
- ジョン・ロックフェラー・ジュニア 西暦1,924年6月19日、マーガレット・サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認した。寄付を受ける条件として、CRBの臨床データはCMHに医学研究の為に提出される事となった。マーガレット・サンガーへの資金提供は、主にBSHやロックフェラー財団等を経由して行ない、直接的な支援も匿名であった。西暦1,948年4月5日の妻アビー・アルドリッチ・ロックフェラーの死去に際してマーガレット・サンガーから哀悼の書簡を受けた。
- アビー・アルドリッチ・ロックフェラー ジョン・ロックフェラー・ジュニアの妻。西暦1,930年9月にマーガレット・サンガーから書簡を受け取った。サンガーの大義に対し静かな支援を行なっていた。西暦1,948年4月5日に死去。マーガレット・サンガーは死去前に会った最後の友人の1人であった。
- ジョン・ロックフェラー3世 ジョン・ロックフェラー・ジュニアの長男。西暦1,947年、マーガレット・サンガーと知己を得た。ロックフェラー家とサンガーの繋がりが公になったのは此れが初めてであった。アメリカ国内の産児制限運動を活性化し、ロックフェラー財団を使って国際的に拡大する事を目標とした。AES共同設立者フレデリック・オズボーンと国連人口部共同設立者フランク・W・ノーテスタインが其の目標達成の支援を行なった。
- レイモンド・パール ASA(アメリカ統計学会)会長。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」の議長を務めた。
- エドワード・マレー・イースト 優生学者。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」の組織委員。
- クラレンス・クック・リトル 第6代ミシガン大学(アメリカのミシガン州アナーバー)学長。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」の組織委員。
- ジュリアン・ハクスリー ライス大学(アメリカのテキサス州ヒューストン)生物学助教授。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」の組織委員で、マーガレット・サンガーと共に此の会議を企画した。
- コッラド・ジニ パドヴァ大学(イタリアのヴェネト州)統計学教授。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」に参加した。
- エルヴィン・バウアー ベルリン人種衛生学会会長。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」に参加した。
- オイゲン・フィッシャー ドイツの優生学者。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」で、人種混合の問題に焦点を当てた演説を行ない、黒人と白人の混血を基に、遺伝的不調和のリスクを強調した。西暦1,927年9月にロックフェラー財団の資金援助で建物の一部が建設された「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」の所長に就任した。
- ハリー・ラフリン 西暦1,922年に著書「アメリカに於ける優生学的断種」を執筆した人物。西暦1,928年6月11日からのミネアポリスでのAMA年次総会でのロバート・ラットウ・ディキンソンの不妊手術展示の主な引用元となった。
- エリザベス・ピソート 博士。西暦1,929年4月15日、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査でニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕された5名の1人。
- アマリア・ヤコビ 看護師。西暦1,929年4月15日、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査でニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕された5名の1人。
- マルチェラ・シデリ 看護師。西暦1,929年4月15日、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査でニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕された5名の1人。
- グレース・ハースト 看護師。西暦1,929年4月15日、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査でニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕された5名の1人。
- フレデリック・オズボーン AES(アメリカ優生学協会)共同設立者。西暦1,947年からのジョン・ロックフェラー3世のアメリカ国内産児制限運動活性化とロックフェラー財団を使った国際的拡大の目標達成の支援を行なった。
- フランク・W・ノーテスタイン 国連人口部共同設立者。西暦1,947年からのジョン・ロックフェラー3世のアメリカ国内産児制限運動活性化とロックフェラー財団を使った国際的拡大の目標達成の支援を行なった。
主要な概念・組織
- CMH(母体健康委員会) 西暦1,923年3月、産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョットの主導で、マーガレット・サンガーの協力者で産婦人科医のロバート・ラットウ・ディキンソンの指導の下、ニューヨークにて設立された組織。ニューヨーク産科協会の後援を受け、NYAM(ニューヨーク医学アカデミー)とAGS(アメリカ婦人科協会)の支持を得て、避妊と生殖に関する研究を行い、人間生殖の医学的側面に関する情報センターとして機能させる事を意図した。初期は約50名の医師会員から成り、NYAM内に設置。試験研究や病院や個人医師から臨床データの収集を行なったが、研究参加に厳格な医学的要件を設けた事や、医師が避妊具を合法的に輸入出来ない事で活動が制限された。西暦1,924年6月19日のロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認以降にCRBから臨床データを受け取る関係を構築。西暦1,930年1月に「NCMH(全国母体健康委員会)」に改称した。
- NCMH(全国母体健康委員会) 西暦1,930年1月、CMHから改称した組織。避妊・母体健康の情報を収集・普及する役割に特化する方向に活動をシフトした。背景には、コムストック法による避妊具入手困難・MRCによるBCCRB買収失敗によるデータ不足の研究停滞と、保守的な医師層が避妊研究を道徳的に問題が有るとして敬遠した医療界の支持不足が有った。ロバート・ラットウ・ディキンソンは、マーガレット・サンガーのデータに頼らざるを得ない状況であった。
- CRB・BCCRB(避妊臨床研究局) マーガレット・サンガーが運営した避妊研究機関。西暦1,924年6月19日のジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認後、CMHの提案とロバート・ラットウ・ディキンソンの報告に従い、医療諮問委員会が設置され、ABCLの本部が入居している建物から移転、事務所からの避妊宣伝が停止された。初代医療責任者は女医のハンナ・ストーン。西暦1,928年6月12日にサンガーがABCLから切り離して独立させ、「BCCRB(避妊臨床研究局)」に改称。西暦1,929年4月15日のニューヨーク市マンハッタン・ウエストでの警察の捜査では待合室に患者と子供が居た所での急襲が行なわれ、5名がニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕、約15,000件のカルテが没収された。同年MRCによる買収交渉が行なわれたがサンガーは完全な権限譲渡を拒否。西暦1,939年にABCLと合併し「BCFA」となった。
- ABCL(アメリカ産児制限連盟) マーガレット・サンガーが会長を務めた組織。西暦1,924年6月19日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアがサンガーのABCLでの活動への10,000ドル寄付を承認。当初CRBはABCLの本部が入居している建物に居たが、CMHの提案で移転された。西暦1,928年6月12日、サンガーが会長を辞任し、CRBはABCLから切り離されて独立した。西暦1,939年にBCCRBと合併し「BCFA」となった。
- BCFA(アメリカ産児制限連合)・PPFA(全米家族計画連盟) 西暦1,939年、マーガレット・サンガーの主導により、ABCLとBCCRBが合併して発足した組織が「BCFA」。ABCLとBCCRBの組織間競争を解消する事が背景に有った。西暦1,942年に「PPFA(全米家族計画連盟)」に改称。産児制限という直接的な表現を避ける為の改称で、マーガレット・サンガーは反対したが、医療界・政府の支持獲得の為承認された。
- 世界人口会議 西暦1,927年8月29日から6日間、ジュネーヴにて開催された会議。マーガレット・サンガー等の資金提供により実現。約400名の科学者・人口学者・優生学者が参加し、ASA会長レイモンド・パールが議長を務め、エドワード・マレー・イースト・クラレンス・クック・リトル・ジュリアン・ハクスリーが組織委員、コッラド・ジニ・エルヴィン・バウアー等が参加。①人口生物学②食糧供給③人口密度④カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所の活動、の4セクションに分かれ議論された。ドイツの優生学者オイゲン・フィッシャーが人種混合の問題に焦点を当てた演説を行ない、黒人と白人の混血を基に遺伝的不調和のリスクを強調した。
- カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所 西暦1,927年9月に設立された研究所。所長にはオイゲン・フィッシャーが就いた。此の研究所の建物の一部はロックフェラー財団の資金援助により建設された。西暦1,927年8月29日からのジュネーヴでの「世界人口会議」のセクション議論の4つの議題の1つにも此の研究所の活動が含まれていた。
- AMA年次総会・「アメリカに於ける優生学的断種」 西暦1,928年6月11日から5日間、ミネアポリスにて開催されたAMA(アメリカ医師会)の年次総会。医師約5,000名が出席。ロバート・ラットウ・ディキンソンは不妊手術の展示を行った。展示資料は主にハリー・ラフリンの西暦1,922年の著書「アメリカに於ける優生学的断種」から引用し、①アメリカ各州の不妊手術法の現状と統計(当時26州に法有り、約9,000件実施)②手術の種類(男性:輸精管切除、女性:卵管結紮等)と其の安全性・非去勢性を強調③優生学的根拠(知的障害者・精神疾患遺伝者・犯罪傾向者の繁殖防止が社会改善に繋がる)④手術例の写真・図表・統計チャート、の内容を含んでいた。
- BCCRBクリニック警察捜査(ニューヨーク州刑法第1142条違反) 西暦1,929年4月15日午前、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBのクリニックに警察の捜査が入った事件。待合室に患者と子供が居た所での急襲であった。ハンナ・ストーン・博士エリザベス・ピソート・看護師アマリア・ヤコビ・マルチェラ・シデリ・グレース・ハーストの5名が、ニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕され、避妊具の使用履歴・妊娠防止効果・副作用・性交頻度等の機密情報の含まれた約15,000件のカルテが没収された。此の事件以降、BCCRBとCMHは接近、ディキンソンは医療界を動員して捜査を公に非難した。マーガレット・サンガーは、ディキンソンの支援が切っ掛けで、BCCRBの医療監督に関するディキンソンの提案の一部に一時的に同意した。本年を通じてMRCによるBCCRB買収交渉が行なわれたが、サンガーは完全な権限譲渡を拒否した。
- コムストック法 避妊具の配布や情報提供を制限する法律。医師は医療目的でのみ避妊を許可されていたが、CRBは此れを広義に解釈し、経済的・社会的理由でも避妊具の配布や情報提供を行なっていた。CMHは此れを法的リスクが高く医学的正当性を欠くものと見做した。又、医師が避妊具を合法的に輸入出来ない事や、避妊具の入手が困難で患者の参加も限定的になる事は、CMHの活動制限とNCMHへの改称の研究停滞の背景となった。
産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョット主導・マーガレット・サンガー協力者産婦人科医ロバート・ラットウ・ディキンソン指導下のニューヨークでのCMH(母体健康委員会)設立とニューヨーク産科協会後援・NYAM・AGS支持・約50名医師会員、ジョン・ロックフェラー・ジュニアのマーガレット・サンガーABCL活動への10,000ドル寄付承認とCRB臨床データCMH提出条件並びにサンガー医療諮問委員会設置・CRBABCL本部建物移転・ディキンソン初代CRB医療責任者女医ハンナ・ストーン記録管理認識態度軟化、ジュネーヴでの6日間「世界人口会議」開催とマーガレット・サンガー資金提供約400名科学者・人口学者・優生学者参加並びにASA会長レイモンド・パール議長・優生学者エドワード・マレー・イースト・第6代ミシガン大学学長クラレンス・クック・リトル・ライス大学生物学助教授ジュリアン・ハクスリー・パドヴァ大学統計学教授コッラド・ジニ・ベルリン人種衛生学会会長エルヴィン・バウアー・人口生物学・食糧供給・人口密度・カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所活動4セクション・ドイツ優生学者オイゲン・フィッシャー人種混合問題演説、ロックフェラー財団資金援助「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」設立とオイゲン・フィッシャー所長就任、ミネアポリスでのAMA年次総会5日間開催と医師約5,000名出席並びにロバート・ラットウ・ディキンソン不妊手術展示・ハリー・ラフリン著書「アメリカに於ける優生学的断種」引用・当時26州法有り約9,000件実施・男性輸精管切除女性卵管結紮等手術種類・知的障害者・精神疾患遺伝者・犯罪傾向者繁殖防止優生学的根拠、マーガレット・サンガーABCL会長辞任とCRBABCL分離独立「BCCRB(避妊臨床研究局)」改称・ディキンソンBCCRB提携模索、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストBCCRBクリニック警察捜査と待合室患者と子供居る所急襲・ニューヨーク州刑法第1142条違反ハンナ・ストーン・博士エリザベス・ピソート・看護師アマリア・ヤコビ・マルチェラ・シデリ・グレース・ハースト5名逮捕・約15,000件カルテ没収・BCCRBとCMH接近・ディキンソン医療界動員捜査公非難・MRCBCCRB買収交渉サンガー完全権限譲渡拒否、MRC活動停止とCMH「NCMH(全国母体健康委員会)」改称避妊・母体健康情報収集・普及役割特化シフト、マーガレット・サンガーのアビー・アルドリッチ・ロックフェラー宛書簡、マーガレット・サンガー主導ABCL・BCCRB合併「BCFA(アメリカ産児制限連合)」発足、BCFA「PPFA(全米家族計画連盟)」改称と産児制限直接的表現回避サンガー反対医療界・政府支持獲得承認、ジョン・ロックフェラー・ジュニア長男ジョン・ロックフェラー3世とマーガレット・サンガー知己とBSH・ロックフェラー財団経由匿名資金提供初公開繋がり並びにAES共同設立者フレデリック・オズボーン・国連人口部共同設立者フランク・W・ノーテスタイン支援、アビー・アルドリッチ・ロックフェラー死去とマーガレット・サンガー最後の友人1人・ジョン・ロックフェラー・ジュニア哀悼書簡、ロバート・ラットウ・ディキンソンのアマースト娘自宅死去迄──
産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョット主導でロバート・ラットウ・ディキンソン指導下に設立されたCMHのNCMH改称への展開、ジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付を契機としたCRBとCMHの協力関係構築、ジュネーヴでの世界人口会議と「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」設立、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBクリニック警察捜査、ABCL・BCCRB合併によるBCFAとPPFA改称、ジョン・ロックフェラー3世とマーガレット・サンガーの繋がり初公開に至った、ロバート・ラットウ・ディキンソンと全国母体健康委員会の27年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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