全国母体健康委員会に
避妊情報を収集させた
ロバート・ラットウ・ディキンソン
一元化
西暦1,923年、ニューヨークに情報センターが生まれた──
ロバート・ラットウ・ディキンソンとCMHの二十七年間を一元化。
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本書について
西暦1,923年3月、ニューヨークに一つの委員会が生まれた。産児制限活動家ガートルード・ミンタン・ピンチョットが主導し、マーガレット・サンガーの協力者であった産婦人科医ロバート・ラットウ・ディキンソンが指導したその組織は、「CMH(母体健康委員会)」と名付けられた。ニューヨーク産科協会の後援を受け、NYAM(ニューヨーク医学アカデミー)とAGS(アメリカ婦人科協会)の支持を得て、NYAMの内部に置かれる。約50名の医師会員から成り、避妊と生殖に関する研究を行ない、人間生殖の医学的側面に関する情報センターとして機能させる事が、その設立の意図であった。本書は、この委員会が「NCMH(全国母体健康委員会)」へと姿を変え、ディキンソンが死去するまでの二十七年間を、年月日単位で一元化した記録である。
情報を集める為の組織でありながら、CMHには集めるべき情報が乏しかった。コムストック法の下で医師は避妊具を合法的に輸入出来ず、試験研究には厳格な医学的要件が課され、患者の参加も限られていた。病院や個人医師から臨床データを収集するという計画は、初めから細く痩せていたのである。ディキンソンは、医療資格を持たない一般人が運営するクリニックを承認してはいなかった。しかし、信頼出来る避妊研究に必要な患者記録もダイアフラムも十分に得られない以上、サンガーのCRBを頼らざるを得なかった。承認しない相手の記録無しには、研究そのものが成り立たなかった。
西暦1,924年6月19日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアが、サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認する。その受領の条件として、CRBの臨床データはCMHへ医学研究の為に提出される事となった。CMHは当初、CRBが避妊具を配布する法的根拠を自由に解釈している事、女性の医療スタッフが在籍している事、ABCLとの結び付きが強く避妊を社会運動として推進し宣伝している事——この3点を理由に協力を拒んでいた。サンガーは外部の医学的承認を求め、CMHの提案とディキンソンの報告に従って医療諮問委員会を設置し、CRBをABCL本部の入る建物から移転させ、事務所からの避妊宣伝を止める。ディキンソンもまた、初代CRB医療責任者で女医のハンナ・ストーンが広範な記録管理を行なっている事を知り、態度を軟化させていった。金と記録が、二つの組織を繋いだのである。
西暦1,927年8月29日から6日間、ジュネーヴで「世界人口会議」が開かれる。サンガー等の資金提供によって実現したこの会議には、約400名の科学者・人口学者・優生学者が集まった。ASA(アメリカ統計学会)会長レイモンド・パールが議長を務め、優生学者エドワード・マレー・イースト、第6代ミシガン大学学長クラレンス・クック・リトル、サンガーと共に会議を企画したライス大学生物学助教授ジュリアン・ハクスリーが組織委員に名を連ねる。議論は人口生物学・食糧供給・人口密度・カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所の活動という4つのセクションに分かれ、ドイツの優生学者オイゲン・フィッシャーは、黒人と白人の混血を基に遺伝的不調和のリスクを強調する演説を行なった。翌9月、そのフィッシャーを所長として同研究所が設立される。建物の一部は、ロックフェラー財団の資金援助により建てられていた。
西暦1,928年6月11日から5日間、ミネアポリスで開かれたAMAの年次総会には、医師約5,000名が出席した。ディキンソンはこの場で、不妊手術の展示を行なう。展示資料の多くはハリー・ラフリンの西暦1,922年の著書「アメリカに於ける優生学的断種」からの引用で、当時26州に不妊手術法が有り約9,000件が実施されている事、男性の輸精管切除と女性の卵管結紮が安全であり去勢ではない事、そして知的障害者・精神疾患遺伝者・犯罪傾向者の繁殖防止が社会の改善に繋がる事が、写真と図表と統計チャートによって示された。母体の健康を掲げた情報収集と、繁殖を止める為の手術とが、同じ医師の手の内に並んでいた。
西暦1,929年4月15日の午前、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストのBCCRBのクリニックに警察の捜査が入る。待合室に患者と子供が居る所での急襲であった。ハンナ・ストーンを含む5名がニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕され、避妊具の使用履歴・妊娠防止効果・副作用・性交頻度といった機密情報を含む約15,000件のカルテが没収される。ディキンソンは医療界を動員して捜査を公に非難し、以降BCCRBとCMHは接近した。しかし、MRCによるBCCRB買収の交渉はサンガーが完全な権限譲渡を拒んだ事で実らず、西暦1,930年1月、MRCの活動停止と時を同じくして、CMHは「NCMH(全国母体健康委員会)」へと改称する。研究する組織から、避妊と母体健康の情報を収集し普及させる組織へ——データ不足という研究の停滞と、保守的な医師層による医療界の支持不足が、その転回の背景に有った。
ABCLとBCCRBは西暦1,939年に合併して「BCFA(アメリカ産児制限連合)」となり、西暦1,942年には産児制限という直接的な表現を避ける為「PPFA(全米家族計画連盟)」へと改称される。西暦1,947年、ジョン・ロックフェラー3世とサンガーが知己を得た事で、BSHやロックフェラー財団を経由し匿名で続けられてきたロックフェラー家とサンガーの繋がりが、初めて公になった。そして西暦1,950年11月29日、ロバート・ラットウ・ディキンソンは、アマースト(アメリカのマサチューセッツ州ハンプシャー郡)の自身の娘の自宅にて死去する。避妊の情報を集める為に築かれた委員会が、誰の金で、何を条件に、どこへ向かったのか——本書はその二十七年の全過程を一冊に束ねている。
登場人物
- ロバート・ラットウ・ディキンソン 本書の中心人物。産婦人科医で、マーガレット・サンガーの協力者。西暦1,923年3月、ニューヨークに設立されたCMH(母体健康委員会)を指導し、避妊と生殖に関する情報センターの構築を担った。医療資格を持たない一般人のクリニックを承認していなかったが、信頼出来る研究に必要な患者記録もダイアフラムも得られず、サンガーのCRBを頼らざるを得なかった。西暦1,928年6月にはAMAの年次総会で不妊手術の展示を行ない、西暦1,950年11月29日、アマースト(アメリカのマサチューセッツ州ハンプシャー郡)の自身の娘の自宅にて死去した。
- マーガレット・サンガー アメリカの産児制限活動家。西暦1,924年6月19日のジョン・ロックフェラー・ジュニアによる10,000ドルの寄付承認を受け、CRBの臨床データをCMHへ提出する事となった。CMHの提案とディキンソンの報告に従い、医療諮問委員会の設置・CRBの移転・事務所からの避妊宣伝の停止に応じる一方、MRCによるBCCRB買収では完全な権限譲渡を拒んだ。西暦1,939年にABCLとBCCRBを合併させてBCFAを発足させたが、西暦1,942年のPPFAへの改称には反対した。
- ガートルード・ミンタン・ピンチョット 産児制限活動家。西暦1,923年3月、ロバート・ラットウ・ディキンソンの指導の下、ニューヨークにCMH(母体健康委員会)を設立する動きを主導した。
- ハンナ・ストーン 初代CRB医療責任者を務めた女医。その広範な記録管理を知った事が、CRBに対するロバート・ラットウ・ディキンソンの態度を軟化させる切っ掛けとなった。西暦1,929年4月15日のBCCRBクリニックへの警察の捜査で、ニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕された5名の1人。
- ジョン・ロックフェラー・ジュニア 西暦1,924年6月19日、マーガレット・サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認した。此の寄付が、CRBの臨床データをCMHへ提出させる条件となり、両者を結び付けた。サンガーへの資金提供は主にBSHやロックフェラー財団を経由して行なわれ、直接的な支援も匿名であった。
- アビー・アルドリッチ・ロックフェラー ジョン・ロックフェラー・ジュニアの妻。西暦1,930年9月、マーガレット・サンガーから、助けと関心への感謝を綴った書簡を受け取った。西暦1,948年4月5日に死去し、サンガーは其の死の前に会った最後の友人の1人であった。
- ジョン・ロックフェラー3世 ジョン・ロックフェラー・ジュニアの長男。西暦1,947年にマーガレット・サンガーと知己を得て、匿名で続けられてきたロックフェラー家とサンガーの繋がりが初めて公になった。アメリカ国内の産児制限運動を活性化し、ロックフェラー財団を使って国際的に拡大する事を目標とし、AES(アメリカ優生学協会)共同設立者フレデリック・オズボーンと国連人口部共同設立者フランク・W・ノーテスタインが其の支援に当たった。
- オイゲン・フィッシャー ドイツの優生学者。西暦1,927年8月のジュネーヴでの世界人口会議で人種混合の問題に焦点を当てた演説を行ない、黒人と白人の混血を基に遺伝的不調和のリスクを強調した。同年9月、ロックフェラー財団の資金援助により建物の一部が建設されたカイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所の所長に就いた。
- ハリー・ラフリン 優生学者。西暦1,922年の著書「アメリカに於ける優生学的断種」は、西暦1,928年6月のAMA年次総会でロバート・ラットウ・ディキンソンが行なった不妊手術展示の、主要な引用元となった。
- ジュリアン・ハクスリー ライス大学(アメリカのテキサス州ヒューストン)生物学助教授。マーガレット・サンガーと共に西暦1,927年8月のジュネーヴでの世界人口会議を企画し、組織委員を務めた。
- レイモンド・パール ASA(アメリカ統計学会)会長。西暦1,927年8月29日から6日間ジュネーヴで開かれた世界人口会議の議長を務めた。
組織と出来事の系譜
- CMH(母体健康委員会) 西暦1,923年3月、ニューヨークに設立された本書の起点となる組織。ニューヨーク産科協会の後援を受け、NYAM(ニューヨーク医学アカデミー)とAGS(アメリカ婦人科協会)の支持を得て、約50名の医師会員でNYAM内に置かれた。避妊と生殖に関する研究を行ない、人間生殖の医学的側面に関する情報センターとして機能させる事が設立の意図であった。
- コムストック法という枷 避妊具の配布や情報提供を制限し、医師には医療目的でのみ避妊を許可した法。避妊具を合法的に輸入出来ない事と、研究参加に課された厳格な医学的要件とが、CMHの活動を大きく制限した。CRBが此れを広義に解釈し、経済的・社会的理由でも避妊具を配布していた事は、CMHがCRBとの協力を拒んだ3つの理由の1つとなった。
- ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル 西暦1,924年6月19日に承認された、マーガレット・サンガーのABCLでの活動への寄付。CRBの臨床データをCMHへ医学研究の為に提出する事が、其の受領の条件となった。サンガーは医療諮問委員会を設置し、CRBをABCL本部の入る建物から移転させ、事務所からの避妊宣伝を止めた。
- 世界人口会議 西暦1,927年8月29日から6日間、ジュネーヴで開催された国際会議。マーガレット・サンガー等の資金提供により実現し、約400名の科学者・人口学者・優生学者が参加した。議論は、人口生物学・食糧供給・人口密度・カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所の活動という4つのセクションに分かれて為された。
- カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所 西暦1,927年9月に設立され、オイゲン・フィッシャーが所長に就いた研究所。建物の一部は、ロックフェラー財団の資金援助により建設された。設立の直前に開かれた世界人口会議では、其の活動が議論の4セクションの1つに数えられていた。
- AMA年次総会の不妊手術展示 西暦1,928年6月11日から5日間ミネアポリスで開かれ、医師約5,000名が出席した年次総会。ロバート・ラットウ・ディキンソンの展示は、当時26州に不妊手術法が有り約9,000件が実施されている事、輸精管切除と卵管結紮の安全性と非去勢性、そして知的障害者・精神疾患遺伝者・犯罪傾向者の繁殖防止という優生学的根拠を、写真・図表・統計チャートによって示した。
- BCCRBクリニックへの警察の捜査 西暦1,929年4月15日午前、ニューヨーク市マンハッタン・ウエストで、待合室に患者と子供が居る所へ行なわれた急襲。ハンナ・ストーン等5名がニューヨーク州刑法第1142条違反により逮捕され、避妊具の使用履歴・妊娠防止効果・副作用・性交頻度等の機密情報を含む約15,000件のカルテが没収された。ロバート・ラットウ・ディキンソンは医療界を動員して捜査を公に非難し、以降BCCRBとCMHは接近した。
- NCMH(全国母体健康委員会)への改称 西暦1,930年1月、MRCの活動停止と時を同じくして行なわれた改称。避妊・母体健康の情報を収集・普及する役割に特化する方向へ活動が移った。コムストック法とMRCによるBCCRB買収の失敗が招いたデータ不足という研究の停滞と、避妊研究を道徳的に問題が有るとして敬遠した保守的な医師層による医療界の支持不足が、其の背景に有った。
- ABCLからBCFA、そしてPPFAへ 西暦1,939年、マーガレット・サンガーの主導によりABCLとBCCRBが合併し「BCFA(アメリカ産児制限連合)」が発足した。両者の組織間競争を解消する事が背景に有った。西暦1,942年には、産児制限という直接的な表現を避ける為「PPFA(全米家族計画連盟)」へ改称。サンガーは反対したが、医療界・政府の支持獲得の為に承認された。
CMHからNCMHへ、そしてPPFAへ──
避妊情報の収集を担った組織と人脈の全過程を一元化。
JPY 200(税込)
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お支払いはカード情報の入力だけで完了します
購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。