CIAによる洗脳計画「MKウルトラ」一元化
西暦1,931年、一人の軍医の死が地名になった──
其の地名が、CIAの洗脳計画の代名詞になる迄の四十年を一元化。
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本書について
西暦1,931年6月3日、アメリカ陸軍少佐で医師のフレデリック・デトリックが心臓発作で死去した。此れを悼み、フレデリック空港は「デトリック・フィールド」と改称される。一人の軍医の姓が地名に変わっただけの、何という事も無い出来事であった。然し十一年後、其の地名は別の意味を帯びる。西暦1,942年、日本軍が中国で細菌戦を展開しているとの報告を受けたアメリカ陸軍は、生物兵器を開発する極秘プログラムの開始を決定した。ウィスコンシン大学の生化学者アイラ・ボールドウィンが責任者として雇われ、新しい生物学研究施設の為の場所を探す様依頼される。ボールドウィンが選んだのは、カトクティン・マウンテン(アメリカのメリーランド州)の下に在る、廃墟と化した州兵の基地——デトリック・フィールドであった。
西暦1,943年3月9日、デトリック・フィールドの航空センター業務が廃止され、アメリカ政府は用地を拡張して「キャンプ・デトリック」と改称、アメリカ陸軍の生物兵器研究所の本部とした。プライバシーを確保する為に、隣接する幾つかの農場も買い上げている。西暦1,945年、アイラ・ボールドウィンが此処で生物兵器プログラムを立ち上げ、運営を始めた。シドニー・ゴッドリーブも、其の場に居た。西暦1,949年、アメリカ陸軍はキャンプ・デトリックに化学者達の極秘チーム「特別作戦部(SO部門)」を設立する。毒性バクテリアの軍事的利用法を見付ける事が、其の任務であった。毒物の強制使用は新しい分野であり、化学者達は、どの様に研究を始めるかを決める所から始めなければならなかった。
西暦1,951年7月13日、アイラ・ボールドウィンの推薦によりCIA作戦本部長アレン・ウェルシュ・ダレスがCIAへ採用したシドニー・ゴッドリーブが、初仕事を行う。同年8月20日、ブルーバード計画は「アーティチョーク計画」と改称され、ゴッドリーブを中心に発展してゆく事となった。アメリカだけでなく、イギリスやカナダも参加する様になる。ゴッドリーブとダレスは、マインドコントロールが世界支配に繋がると考えていた。THC・コカイン・ヘロイン・メスカリン——OSSで実現しなかった自白剤の研究が、此れ等の薬物で進められる。其の中でゴッドリーブは、LSDが未だ適切な実験・調査を経ていない事に気付いた。若干の実験の後、CIA内部でのLSD実験が本格始動する。数ヶ月間、管理された環境下での投与に合意した捜査官と、抜き打ちでの投与に合意した捜査官との比較実験等が行われた。結果に満足しなかったゴッドリーブは、キャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)に助けを求める。申し出は容れられ、CIAは陸軍の知識と設備を手に入れ、CIAに適した生物兵器を開発する事となった。同月23日、ダレスが第4代CIA副長官に就任し、アーティチョーク計画はアメリカ政府のバックアップを受ける。
西暦1,953年3月、ゴッドリーブは、自白剤の研究に用いていた薬物が寧ろ尋問を妨げる事に気付き、アーティチョーク計画に替わる新しい計画に関する書簡をダレスへ送った。同年4月13日、ダレスの命を受け、ゴッドリーブ主導で「MKウルトラ計画」が立ち上がる。ゴッドリーブは研究者・科学者・元OSSからメンバーを人選し、実験と結果報告を行わせた。又、ケンタッキー州レキシントンの公衆衛生局病院に在るNIMH(国立精神衛生研究所)中毒研究センターの研究責任者ハリス・イズベルがCIAから資金提供を受け、LSDと、大麻の主要成分で精神作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)の効果を比較する為、同州の連邦麻薬患者更正病院に居る受刑者へLSDと大麻を与える比較実験を行う。捕虜となった北朝鮮人に抑鬱剤を投与した後、強力な抗鬱剤を投与し、弱った状態のまま強烈な熱と電気ショックを与える実験も行われた。此れ等の実験により、多くの死者・精神異常者が発生している。被害者に投与された薬・錠剤・エアロゾルの大半は、キャンプ・デトリックで作られた物であった。
西暦1,953年6月9日、ゴッドリーブはLSDに関するMKウルトラ計画の「サブプロジェクト8」を承認する。同年11月19日、其の指示で、キャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)の細菌生物兵器の専門家でCIA幹部のフランク・オルソンが静養所へ呼び出され、LSDを投与された。オルソンがCIAを退職する意思を示した際、ゴッドリーブ等は、彼が知り尽くしているキャンプ・デトリックの極秘情報を暴露される事を恐れ、口封じで投与したのである。同月28日、オルソンはニューヨーク市内のホテルから転落し死去した。此の頃ゴッドリーブは、CIA指揮下でアメリカ軍の下請けのロッキード社が開発する高高度を飛ぶ偵察機「U-2」に関するプログラム、アクアトーン計画のパイプ役も担っている。西暦1,954年、ハリス・イズベルはLSDの耐性を調べる為、7名の黒人受刑者を隔離し、体重に対する投与量1.55mg/kgを77日間続ける実験を行った。3日目には効果が失われ、中盤に投与量を4倍にしても殆ど効かない。然し3日間投与を止めてから再び与えると、大きな効果があった。禁断症状・依存性は認められなかった。
西暦1,956年、イズベル等はCIAの要請により、幻覚剤LSD・シロシビン・シロシン・DMT・ブフォテニン・オロリウキ・メスカリンの研究を開始する。同年2月3日、キャンプ・デトリックは「フォート・デトリック」と改称した。MKウルトラ計画終了後も此処はゴッドリーブの生物兵器開発拠点であり続け、天然痘・結核・炭疽菌・蛇毒・麻痺性貝毒、そしてフィデル・カストロとコンゴのパトリス・ルムンバを殺す為の毒薬が作られ、冷凍庫で保管された。西暦1,957年、カナダのケベック州モントリオールのパインアベニューウエストに在るアラン・メモリアル研究所では、設立者ドナルド・ユーウェン・キャメロンが本年から西暦1,960年迄にCIAから60,000ドル以上の研究費を受け取り、本人の同意無しにクラーレ等の毒物の投与・リゼルギン酸ジエチルアミド等の幻覚剤の投与・電気痙攣療法を行っている。
西暦1,960年3月、ゴッドリーブはドワイト・D・アイゼンハワーが承認した「キューバ計画」の下、CIA計画局長リチャード・M・ビッセル・ジュニアの指揮下にて、フィデル・カストロのテレビスタジオにLSDを撒き、靴にタリウムを染み込ませて彼の髭を抜かせる事を提案した。毒入り葉巻・毒入りウェットスーツ・爆発する巻貝・毒入り万年筆——暗殺の献立には際限が無い。数ヶ月後には、パトリス・ルムンバの歯ブラシに毒を塗る計画でコンゴへ毒瓶が持ち込まれた。ゴッドリーブは此れ等の「有毒生物物質」をコンゴのCIA支局長ラリー・デブリンに運んだが、デブリンは其の任務を拒否する。然し直に軍事クーデターが起こり、ルムンバは倒され殺害された。
西暦1,964年、ドナルド・ユーウェン・キャメロンによるMKウルトラ計画の推進が終了し、計画は「MKサーチ」と改称された。自白剤を用いてソ連のスパイ容疑者を尋問する、海軍では超音波を利用して記憶を消去する——其の様な計画が存在していた。西暦1,970年、第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソンが全ての政府機関に対し毒物を廃棄する様指示する。アメリカ陸軍の科学者は其れに従ったが、ゴッドリーブはフォート・デトリックの毒物の廃棄を躊躇した。第8代CIA長官リチャード・ヘルムズと会談した末、従う他無いと諦め応じる。只、麻痺性貝毒の主成分サキシトキシンが11g程度入った容器2つだけが、アメリカ陸軍が持ち出す前に特別作戦部(SO部門)の将校2名の手で、ワシントンのBUMED(医療看護局)へ運び去られた。一人の軍医の死が地名を生んでから、四十年——本書は、其の全軌跡を年月日単位で一冊に束ねている。
登場人物
- シドニー・ゴッドリーブ 本書の中心人物。西暦1,945年、アイラ・ボールドウィンがキャンプ・デトリックで立ち上げた生物兵器プログラムに参加した。西暦1,951年7月13日、ボールドウィンの推薦によりCIA作戦本部長アレン・ウェルシュ・ダレスに採用され、同年8月20日にアーティチョーク計画へ改称されたブルーバード計画の中心となる。THC・コカイン・ヘロイン・メスカリンによる自白剤研究を経てCIA内部のLSD実験を本格始動させ、西暦1,953年4月13日、ダレスの命で「MKウルトラ計画」を立ち上げた。同年11月19日にはフランク・オルソンへ口封じのLSDを投与し、西暦1,960年にはフィデル・カストロとパトリス・ルムンバの暗殺計画を練っている。西暦1,970年、リチャード・ニクソンの毒物廃棄指示に躊躇したが、リチャード・ヘルムズとの会談を経て応じた。
- フレデリック・デトリック アメリカ陸軍少佐で医師。西暦1,931年6月3日に心臓発作で死去し、此れによりフレデリック空港が「デトリック・フィールド」に改称された。後のキャンプ・デトリック、フォート・デトリックへと続く名称の起点である。
- アイラ・ボールドウィン ウィスコンシン大学の生化学者。西暦1,942年、日本軍が中国で細菌戦を展開しているとの報告を受けて始まったアメリカ陸軍の生物兵器極秘プログラムの責任者として雇われ、新しい生物学研究施設の場所としてデトリック・フィールドを選定した。西暦1,945年にキャンプ・デトリックで生物兵器プログラムを立ち上げて運営を始め、西暦1,951年7月13日にはシドニー・ゴッドリーブをアレン・ウェルシュ・ダレスへ推薦している。
- アレン・ウェルシュ・ダレス CIA作戦本部長。西暦1,951年7月13日、アイラ・ボールドウィンの推薦を受けてシドニー・ゴッドリーブをCIAに採用した。ゴッドリーブと共にマインドコントロールが世界支配に繋がると考え、ブルーバード計画のアーティチョーク計画への改称と自白剤研究を推進する。同年8月23日に第4代CIA副長官へ就任し、同計画にアメリカ政府のバックアップを与えた。西暦1,953年4月13日、ゴッドリーブの書簡を承けて「MKウルトラ計画」を発令している。
- ハリス・イズベル ケンタッキー州レキシントンの公衆衛生局病院に在るNIMH(国立精神衛生研究所)中毒研究センターの研究責任者。アヘンとバルビツールによる薬物依存の研究を行っていた。CIAから資金提供を受け、連邦麻薬患者更正病院の受刑者へのLSDと大麻の比較実験、捕虜となった北朝鮮人への抑鬱剤・抗鬱剤・熱・電気ショック実験を行う。西暦1,954年には7名の黒人受刑者を77日間隔離してLSDを投与し、西暦1,956年以降はシロシビン・DMT・メスカリン等の研究、抗精神病薬クロルプロマジンによるLSD効果の阻害、LSDとシロシビンの交差耐性、THCと大麻の他成分の比較を報告した。
- フランク・オルソン キャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)の細菌生物兵器の専門家でCIA幹部。CIAを退職する意思を示した為、極秘情報を暴露される事を恐れたシドニー・ゴッドリーブ等の指示により、西暦1,953年11月19日に静養所へ呼び出され、口封じのLSDを投与された。同月28日、ニューヨーク市内のホテルから転落し死去した。
- ドナルド・ユーウェン・キャメロン カナダのケベック州モントリオールのパインアベニューウエストに在る、元精神病院及び研究機関であるアラン・メモリアル研究所の設立者。西暦1,957年から西暦1,960年迄にCIAから60,000ドル以上の研究費を受け取り、本人の同意無しにクラーレ等の毒物の投与・リゼルギン酸ジエチルアミド等の幻覚剤の投与・電気痙攣療法を行った。西暦1,964年、キャメロンによるMKウルトラ計画の推進は終了し、「MKサーチ」へ改称される。
- ドワイト・D・アイゼンハワー アメリカ大統領。CIAによる「キューバ計画」を承認した。此れにより西暦1,960年3月、シドニー・ゴッドリーブがCIA計画局長リチャード・M・ビッセル・ジュニアの指揮下でフィデル・カストロ暗殺計画群を提案する事となった。
- リチャード・M・ビッセル・ジュニア CIA計画局長。西暦1,960年3月、ドワイト・D・アイゼンハワーが承認した「キューバ計画」の下で、シドニー・ゴッドリーブによるフィデル・カストロ暗殺計画群——テレビスタジオへのLSD散布、タリウムを染み込ませた靴、毒入り葉巻・毒入りウェットスーツ・爆発する巻貝・毒入り万年筆——を指揮した。
- フィデル・カストロ キューバの指導者。西暦1,960年3月、CIAの「キューバ計画」の下でシドニー・ゴッドリーブが練った一連の暗殺計画の標的とされた。フォート・デトリックでは、彼を殺す為の毒薬の開発も行われている。
- パトリス・ルムンバ コンゴの指導者。西暦1,960年3月の数ヶ月後、シドニー・ゴッドリーブが歯ブラシに毒を塗る計画でコンゴへ毒瓶を持ち込んだ。ゴッドリーブは此れ等の「有毒生物物質」をコンゴのCIA支局長ラリー・デブリンに運んだが、デブリンは任務を拒否する。然し直に軍事クーデターが起こり、ルムンバは倒され殺害された。
- ラリー・デブリン コンゴのCIA支局長。シドニー・ゴッドリーブが運んだパトリス・ルムンバ暗殺用の「有毒生物物質」を受け取ったが、其の任務を拒否した。然し直に軍事クーデターが起こり、ルムンバは倒され殺害される事となった。
- リチャード・ニクソン 第37代アメリカ大統領。西暦1,970年、全ての政府機関に対し毒物を廃棄する様指示した。アメリカ陸軍の科学者は其れに従ったが、シドニー・ゴッドリーブはフォート・デトリックの毒物の廃棄を躊躇し、リチャード・ヘルムズとの会談を経て漸く応じた。只、サキシトキシンが11g程度入った容器2つは、特別作戦部(SO部門)の将校2名によりワシントンのBUMEDへ運び出されている。
- リチャード・ヘルムズ 第8代CIA長官。西暦1,970年のリチャード・ニクソンによる毒物廃棄指示の後、フォート・デトリックの毒物の廃棄を躊躇うシドニー・ゴッドリーブと会談し、従う他無いと諦めさせて応じさせた。
主要な概念・組織
- デトリック・フィールド/キャンプ・デトリック/フォート・デトリック 西暦1,931年6月3日、アメリカ陸軍少佐で医師のフレデリック・デトリックの死去により、フレデリック空港が「デトリック・フィールド」へ改称。西暦1,942年、アイラ・ボールドウィンがカトクティン・マウンテン(メリーランド州)の下の廃州兵基地として選定した。西暦1,943年3月9日、航空センター業務の廃止と用地拡張を経て「キャンプ・デトリック」と改称され、アメリカ陸軍の生物兵器研究所の本部となる。西暦1,956年2月3日、「フォート・デトリック」へ改称。MKウルトラ計画終了後もシドニー・ゴッドリーブの生物兵器開発拠点であり続け、天然痘・結核・炭疽菌・蛇毒・麻痺性貝毒、及びフィデル・カストロとパトリス・ルムンバを殺す為の毒薬が開発・保管された。
- 特別作戦部(SO部門) 西暦1,949年、アメリカ陸軍がキャンプ・デトリックに設立した化学者達の極秘チーム。毒性バクテリアの軍事的利用法を見付ける事を任務とした。西暦1,951年、シドニー・ゴッドリーブのCIA内部LSD実験への協力要請に合意し、CIAは陸軍の知識と設備を獲得する。被害者に投与された薬・錠剤・エアロゾルの大半は此処で作られた物であった。西暦1,970年の毒物廃棄指示の際には、将校2名がサキシトキシンの容器2つをワシントンのBUMEDへ運んでいる。
- ブルーバード計画・アーティチョーク計画 西暦1,951年8月20日、ブルーバード計画が「アーティチョーク計画」へ改称され、シドニー・ゴッドリーブを中心にアメリカ・イギリス・カナダで発展した。ゴッドリーブとアレン・ウェルシュ・ダレスはマインドコントロールが世界支配に繋がると考え、OSSで実現しなかった自白剤の研究をTHC・コカイン・ヘロイン・メスカリンで進める。此の過程でゴッドリーブがLSDに着目し、CIA内部でのLSD実験が本格始動した。同月23日のダレスのCIA副長官就任により、アメリカ政府のバックアップを得る。
- MKウルトラ計画・サブプロジェクト8 西暦1,953年3月、自白剤の薬物が寧ろ尋問を妨げると気付いたシドニー・ゴッドリーブの書簡を承け、同年4月13日にアレン・ウェルシュ・ダレスの命でゴッドリーブ主導により立ち上がったCIAの洗脳計画。研究者・科学者・元OSSからメンバーが人選され、実験と結果報告が行われた。同年6月9日、ゴッドリーブがLSDに関する「サブプロジェクト8」を承認。西暦1,957年からはドナルド・ユーウェン・キャメロンのアラン・メモリアル研究所でも推進された。
- MKサーチ 西暦1,964年、ドナルド・ユーウェン・キャメロンによるMKウルトラ計画の推進が終了した際の改称後の名称。自白剤を用いてソ連のスパイ容疑者を尋問する計画や、海軍が超音波を利用して記憶を消去する実験を行う計画が存在していた。
- アラン・メモリアル研究所 カナダのケベック州モントリオールのパインアベニューウエストに在る、元精神病院及び研究機関。西暦1,957年から西暦1,960年迄、設立者ドナルド・ユーウェン・キャメロンがCIAから60,000ドル以上の研究費を受け取り、本人の同意無しに毒物の投与・幻覚剤の投与・電気痙攣療法を行い、MKウルトラ計画の推進が始まった。
- 連邦麻薬患者更正病院・NIMH中毒研究センター いずれもケンタッキー州レキシントンに在る。NIMH(国立精神衛生研究所)中毒研究センターはハリス・イズベルが研究責任者を務め、アヘンとバルビツールによる薬物依存を研究していた。西暦1,953年のMKウルトラ計画立ち上げ後、イズベルはCIAの資金提供を受け、連邦麻薬患者更正病院の受刑者へLSDと大麻を与える比較実験を行っている。
- アクアトーン計画 西暦1,953年頃、CIA指揮下でアメリカ軍の下請けのロッキード社が開発した、高高度を飛ぶ偵察機「U-2」に関するプログラム。シドニー・ゴッドリーブは、MKウルトラ計画と並行して此の計画のパイプ役も担っていた。
- キューバ計画 ドワイト・D・アイゼンハワーが承認したCIAの計画。西暦1,960年3月、CIA計画局長リチャード・M・ビッセル・ジュニアの指揮下で、シドニー・ゴッドリーブがフィデル・カストロのテレビスタジオへのLSD散布、タリウムを染み込ませた靴による髭抜き、毒入り葉巻・毒入りウェットスーツ・爆発する巻貝・毒入り万年筆による暗殺を提案した。
- LSDとハリス・イズベルの実験 シドニー・ゴッドリーブが「未だ適切な実験・調査が為されていない」と気付き、CIA内部での実験を本格始動させた幻覚剤。ハリス・イズベルは、体重に対する投与量1〜2mg/kgで気分変化・知覚の歪み・瞳孔散大が誘発される事を突き止め、西暦1,954年には7名の黒人受刑者への77日間の連続投与で耐性の発生と回復を確認した。西暦1,957年には抗精神病薬クロルプロマジンがLSDの効果を妨げると結論付け、西暦1,960年10月にはシロシビンとの交差耐性を報告している。
- THCとシロシビン THCは大麻の主要成分で精神作用を持つ。西暦1,953年、ハリス・イズベルはLSDとの効果比較実験を行い、西暦1,967年1月には吸引や経口摂取でも大麻と同様の脈拍増加や時間感覚変化が生じる一方、CBD・CBCには其れ等の効果が無い事、LSDへの耐性がTHCへの耐性を生じさせない事を報告した。シロシビンはマジックマッシュルームに含有される幻覚剤の成分で、西暦1,959年4月17日、LSDに似た効果を持つが効能が低く持続時間が短い事が報告されている。
- サキシトキシンとBUMED サキシトキシンは、貝が毒を持ったプランクトンを食べる事により毒化する麻痺性貝毒の主成分。西暦1,970年、リチャード・ニクソンの毒物廃棄指示の際、11g程度入った容器2つが、アメリカ陸軍が持ち出す前に特別作戦部(SO部門)の将校2名により、アメリカ海軍とアメリカ海兵隊の医療活動を管理するアメリカ海軍省の機関であるワシントンのBUMED(医療看護局)へ運ばれた。
デトリック・フィールドからMKサーチまで──
シドニー・ゴッドリーブが率いたCIA洗脳計画の全軌跡を一元化。
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