CIAによる洗脳計画 MKウルトラ 一元化
アメリカ陸軍少佐医師フレデリック・デトリック心臓発作死去によるフレデリック空港「デトリック・フィールド」改称、日本軍中国細菌戦展開報告を受けたアメリカ陸軍生物兵器極秘プログラム開始とウィスコンシン大学生化学者アイラ・ボールドウィン責任者雇用及びカトクティン・マウンテン(メリーランド州)デトリック・フィールド選定、デトリック・フィールド航空センター業務廃止と「キャンプ・デトリック」改称・アメリカ陸軍生物兵器研究所本部化、アイラ・ボールドウィンのキャンプ・デトリック生物兵器プログラム立ち上げとシドニー・ゴッドリーブ参加、アメリカ陸軍によるキャンプ・デトリック化学者極秘チーム「特別作戦部(SO部門)」設立と毒性バクテリア軍事利用法発見任務、アイラ・ボールドウィン推薦によるCIA作戦本部長アレン・ウェルシュ・ダレスのシドニー・ゴッドリーブCIA採用と初仕事、ブルーバード計画「アーティチョーク計画」改称とシドニー・ゴッドリーブ中心発展及びアメリカ・イギリス・カナダ参加並びにマインドコントロール世界支配視・THC・コカイン・ヘロイン・メスカリン自白剤研究及びLSD実験本格始動、アレン・ウェルシュ・ダレス第4代CIA副長官就任とアーティチョーク計画アメリカ政府バックアップ、シドニー・ゴッドリーブの自白剤薬物尋問妨害認識とダレス宛新計画書簡、ダレス命受シドニー・ゴッドリーブ主導「MKウルトラ計画」立ち上げとNIMH中毒研究センター研究責任者ハリス・イズベルのケンタッキー州レキシントン連邦麻薬患者更正病院受刑者LSD・大麻比較実験・北朝鮮人捕虜抑鬱剤・抗鬱剤・熱・電気ショック実験・多数死者精神異常者発生、シドニー・ゴッドリーブのLSDサブプロジェクト8承認、シドニー・ゴッドリーブ指示によるキャンプ・デトリックSO部門細菌生物兵器専門家CIA幹部フランク・オルソン静養所LSD投与口封じ及びゴッドリーブのCIA指揮下ロッキード社開発U-2偵察機アクアトーン計画パイプ役、フランク・オルソンのニューヨーク市内ホテル転落死、ハリス・イズベルのLSD耐性7名黒人受刑者77日間体重1.55mg/kg投与実験、ハリス・イズベル等のCIA要請による幻覚剤LSD・シロシビン・シロシン・DMT・ブフォテニン・オロリウキ・メスカリン研究、キャンプ・デトリック「フォート・デトリック」改称とカストロ及びパトリス・ルムンバ暗殺毒薬開発、ハリス・イズベルの抗精神病薬クロルプロマジンLSD効果妨害結論及びカナダ・モントリオール・アラン・メモリアル研究所ドナルド・ユーウェン・キャメロンへのCIA60,000ドル以上研究費供与・本人同意無しクラーレ毒物投与・LSD等幻覚剤投与・電気痙攣療法実験、ハリス・イズベルのシロシビン低効能短時間報告、シドニー・ゴッドリーブのドワイト・D・アイゼンハワー承認CIA「キューバ計画」下リチャード・M・ビッセル・ジュニア指揮フィデル・カストロテレビスタジオLSD散布・タリウム靴染込み髭抜き提案・毒入り葉巻・ウェットスーツ・爆発巻貝・万年筆暗殺計画・ルムンバ歯ブラシ毒塗布コンゴ毒瓶持込・CIA支局長ラリー・デブリン拒否後軍事クーデターによるルムンバ殺害、ハリス・イズベルのLSD12日間投与によるLSD・シロシビン交差耐性報告、ドナルド・ユーウェン・キャメロンによるMKウルトラ計画推進終了「MKサーチ」改称と自白剤ソ連スパイ尋問・海軍超音波記憶消去実験、ハリス・イズベル等のTHC吸引経口大麻同様脈拍時間感覚変化報告・CBD・CBC効果欠如、第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソンの全政府機関毒物廃棄指示とシドニー・ゴッドリーブ躊躇・第8代CIA長官リチャード・ヘルムズ会談承諾・サキシトキシン11g容器2つの特別作戦部(SO部門)将校2名によるワシントンBUMED運搬迄──
アメリカ陸軍少佐医師フレデリック・デトリックの心臓発作死去とフレデリック空港改称を起点に、アイラ・ボールドウィンによるキャンプ・デトリック生物兵器プログラム立ち上げと特別作戦部設立、アレン・ウェルシュ・ダレスによるシドニー・ゴッドリーブCIA採用とアーティチョーク計画・LSD/THC/コカイン/ヘロイン/メスカリン研究、MKウルトラ計画立ち上げとハリス・イズベル主導の連邦麻薬患者更正病院受刑者及び北朝鮮人捕虜実験、フランク・オルソン口封じLSD投与とホテル転落死、フォート・デトリック改称とカストロ・ルムンバ暗殺毒薬開発、アラン・メモリアル研究所ドナルド・ユーウェン・キャメロンの本人同意無し実験、キューバ計画でのカストロ暗殺計画群、コンゴでのルムンバ歯ブラシ毒塗布計画とラリー・デブリン拒否を経たクーデター殺害、MKサーチへの改称、リチャード・ニクソンの全政府機関毒物廃棄指示とサキシトキシン11g容器2つのBUMED運搬による回避に至った、CIA洗脳計画MKウルトラの40年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,931年6月3日、アメリカ陸軍少佐で医師のフレデリック・デトリックが心臓発作で死去した。此れによりフレデリック空港が「デトリック・フィールド」に改称された。西暦1,942年、日本軍が中国で細菌戦を展開しているとの報告を受け、アメリカ陸軍は生物兵器を開発する極秘プログラムの開始を決定した。ウィスコンシン大学の生化学者アイラ・ボールドウィンを同プログラムの責任者として雇い、新しい生物学研究施設の為の場所を探す様依頼した。ボールドウィンは、デトリック・フィールドと呼ばれるカトクティン・マウンテン(アメリカのメリーランド州)の下にある、廃墟と化した州兵の基地を選定した。
西暦1,943年3月9日、デトリック・フィールドの航空センター業務が廃止され、アメリカ政府は用地を拡張し、「キャンプ・デトリック」と改称、アメリカ陸軍の生物兵器研究所の本部とした。更に、プライバシーを確保する為に隣接する幾つかの農場を購入した。西暦1,945年、アイラ・ボールドウィンがキャンプ・デトリックにて生物兵器プログラムを立ち上げ、運営を始めた。シドニー・ゴッドリーブも参加していた。西暦1,949年、アメリカ陸軍がキャンプ・デトリックに化学者達の極秘チームである「特別作戦部(SO部門)」を設立した。毒性バクテリアの軍事的利用法を見付ける事を任務としていた。毒物の強制使用は新しい分野であり、化学者達はどの様に研究を始めるかを決めなければならなかった。
西暦1,951年7月13日、アイラ・ボールドウィンの推薦によりCIA作戦本部長アレン・ウェルシュ・ダレスがCIAに採用したシドニー・ゴッドリーブが初仕事を行った。同年8月20日、ブルーバード計画を「アーティチョーク計画」に改称し、シドニー・ゴッドリーブを中心に計画を発展させていく事となった。アメリカだけでなく、イギリスやカナダも参加する様になった。ゴッドリーブとアレン・ウェルシュ・ダレスはマインドコントロールが世界支配に繋がると考え、①THC②コカイン③ヘロイン④メスカリンの薬物で、OSSで実現しなかった自白剤の研究を行った。其の中でゴッドリーブはLSDがまだ適切な実験・調査が為されていない事に気付き、若干の実験を行った後、CIA内部でのLSD実験を本格始動する事となった。数ヶ月間、管理された環境下でのLSD投与に合意した捜査官と、抜き打ちでの投与に合意した捜査官の比較実験等を行った。ゴッドリーブは此れ等の実験に満足せず、キャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)に助けを求めた。此の申し出にキャンプ・デトリックが合意し、CIAは陸軍の知識と設備を獲得し、CIAに適した生物兵器を開発する事となった。同月23日、アレン・ウェルシュ・ダレスが第4代CIA副長官に就任し、シドニー・ゴッドリーブのアーティチョーク計画がアメリカ政府のバックアップを受ける事となった。
西暦1,953年3月、シドニー・ゴッドリーブは自白剤の研究に用いていた薬物が寧ろ尋問を妨げる事に気付き、アーティチョーク計画に替わる新しい計画に関する書簡をアレン・ウェルシュ・ダレスに送った。同年4月13日、アレン・ウェルシュ・ダレスの命を受け、シドニー・ゴッドリーブ主導で「MKウルトラ計画」が立ち上がった。ゴッドリーブは①研究者②科学者③元OSSのメンバーを人選し、実験と結果報告を行わせた。又、ケンタッキー州レキシントンの公衆衛生局病院にあるNIMH(国立精神衛生研究所)中毒研究センターの研究責任者で、鎮静及び麻薬であるアヘンと睡眠・鎮静薬バルビツールによる薬物依存の研究を行っていたハリス・イズベルがCIAから資金提供を受け、LSDと、大麻の主要成分で精神作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)の効果を比較する為、ケンタッキー州レキシントンにある連邦麻薬患者更正病院にいる受刑者にLSDと大麻を与えるという比較実験を行った。又、捕虜となった北朝鮮人に抑鬱剤を投与した後、強力な抗鬱剤を投与し、弱った状態のまま強烈な熱と電気ショックを与える実験も行った。此れ等の実験により、多くの死者・精神異常者が発生した。被害者に投与された薬・錠剤・エアロゾルの大半は、キャンプ・デトリックで作られた物である。
西暦1,953年6月9日、シドニー・ゴッドリーブがLSDに関するMKウルトラ計画の「サブプロジェクト8」を承認した。同年11月19日、シドニー・ゴッドリーブの指示で、キャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)の細菌生物兵器の専門家でCIA幹部のフランク・オルソンを静養所に呼び出し、LSDを投与した。オルソンがCIAを退職する意思を示した際、ゴッドリーブ等は、オルソンの知り尽くしているキャンプ・デトリック極秘情報を暴露される事を恐れ、口封じで投与した。又、此の頃ゴッドリーブはCIA指揮下でアメリカ軍の下請けのロッキード社が開発する高高度を飛ぶ偵察機「U-2」に関するプログラムであるアクアトーン計画のパイプ役を担っていた。同月28日、フランク・オルソンがニューヨーク市内のホテルから転落し死去した。西暦1,954年、ハリス・イズベルがLSDの耐性について調べる事を意図し、7名の黒人受刑者を隔離し体重に対する投与量1.55mg/kgを77日間続ける実験を行った。3日目には効果は失われ、中盤に投与量を4倍にしても殆ど効果が無かった。然し3日間投与を止めてから再度投与すると大きな効果があった。又、LSD投与後の禁断症状・依存性は無かった。
西暦1,956年、ハリス・イズベル等がCIAの要請により①幻覚剤LSD(スイスの製薬会社サンド社製)②マジックマッシュルームに含有されている幻覚剤の成分シロシビン(スイスの製薬会社サンド社製)③一部のキノコに含まれるアルカロイドで幻覚作用を持つシロシン④熱帯及び温帯地域の植物や一部のキノコ・一部の種のヒキガエル・哺乳類・ヒトの脳細胞・血球・尿等に存在する幻覚剤DMT⑤ヒキガエル科の毒液等に含まれるアルカロイドの一種である、幻覚剤コオバの主成分ブフォテニン⑥向精神作用を持つ幻覚剤オロリウキ(朝顔の種)⑦メキシコ産のサボテンの一種のウバタマの茎頂頭に含まれる、色彩の幻覚を生じ、且つ一時感覚を失う麻酔性のある幻覚剤メスカリンの研究を開始した。イズベルは以前からLSD投与による可逆的精神病と統合失調症の表面的な類似性や、LSDとドーパミン・ノルアドレナリンを制御し精神を安定させる内因性神経伝達物質セロトニンの相互作用に関する研究を行い知見を持っていた。其れを基に更に研究を推し進め、LSDに関し、体重に対する投与量が1〜2mg/kgで①気分変化②知覚の歪み③瞳孔散大の現象を誘発する事を突き止めた。同年2月3日、キャンプ・デトリックが「フォート・デトリック」に改称した。引き続きシドニー・ゴッドリーブの生物兵器開発拠点であり続けた。MKウルトラ計画終了後も此のフォート・デトリックにてCIAの為の①天然痘②結核③炭疽菌④蛇毒⑤麻痺性貝毒⑥フィデル・カストロ、コンゴのパトリス・ルムンバを殺す為の毒薬の生物兵器開発に従事し、冷凍庫による保管も行っていた。
西暦1,957年、ハリス・イズベルが、抗精神病薬クロルプロマジンがLSDの効果を妨げると結論付けた。同年、カナダのケベック州モントリオールのパインアベニューウエストにある元精神病院及び研究機関であるアラン・メモリアル研究所で、研究所設立者のドナルド・ユーウェン・キャメロンが、本年から西暦1,960年迄にCIAから60,000ドル以上の研究費を受け取り、本人の同意無しに①クラーレ等の毒物の投与②リゼルギン酸ジエチルアミド等の幻覚剤の投与③電気痙攣療法の実験を行い、MKウルトラ計画の推進が始まった。西暦1,959年4月17日、ハリス・イズベルが、マジックマッシュルームに含有されている成分であるシロシビンがLSDに似た身体的・心理的効果を持つが、LSDに比して効能が低く、持続時間が短い事を報告した。
西暦1,960年3月、シドニー・ゴッドリーブが、ドワイト・D・アイゼンハワーによって承認されたCIAによる「キューバ計画」の下で、CIA計画局長リチャード・M・ビッセル・ジュニアの指揮下にて、フィデル・カストロのテレビスタジオにLSDを撒き、カストロの靴にタリウムを染み込ませて彼の髭を抜かせる事を提案した。又、毒入り葉巻・毒入りウェットスーツ・爆発する巻貝・毒入り万年筆等を使ってカストロを暗殺する計画も練った。数ヶ月後、ルムンバの歯ブラシに毒を塗る計画でコンゴに毒瓶を持ち込んだ。彼は此れ等の「有毒生物物質」をコンゴのCIA支局長ラリー・デブリンに運び、デブリンは其の任務を拒否したが、直に軍事クーデターが起こりルムンバは倒され殺害された。同年10月、ハリス・イズベルが、LSDを12日間投与するとLSDとシロシビンの何れにも耐性が生じ、瞳孔散大と心理的影響の低下が見られる事を報告した。此の交差耐性は、2つの物質が少なくとも部分的に作用しているという仮説に沿うものであった。
西暦1,964年、ドナルド・ユーウェン・キャメロンによりMKウルトラ計画の推進が終了し「MKサーチ」に改称された。自白剤を用いてソ連のスパイ容疑者を尋問する、海軍では超音波を利用して記憶を消去する実験を行う等の計画が存在していた。西暦1,967年1月、ハリス・イズベル等がTHCに関し、吸引や経口摂取でも大麻と同様の脈拍増加や時間感覚変化が生じる事を報告した。然し大麻に含有されている他の単離化合物(CBD(カンナビジオール)・CBC(カンナビクロメン))は、此れ等の効果を示さなかった。イズベル等は、筋肉注射のLSD(体重当たりの含有量1.5mg/kg)と煙草の煙に添加したTHC(体重当たりの含有量225〜250mg/kg)を比較した。身体変化は全く異なり、前者は瞳孔散大、後者は脈拍増加が発生した。LSDに対する耐性はTHCに対する耐性を生じさせず、作用機序の違いが示唆された。
西暦1,970年、第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソンが全ての政府機関に対し毒物を廃棄する様指示した。アメリカ陸軍の科学者は其れに従ったが、シドニー・ゴッドリーブはフォート・デトリックの毒物の廃棄を躊躇した。然し、ゴッドリーブは第8代CIA長官リチャード・ヘルムズと会談し、従う他無いと諦め応じた。只唯一貝が毒を持ったプランクトンを食べる事により毒化する麻痺性貝毒の主成分サキシトキシンが11g程度入った容器2つが、アメリカ陸軍が持ち出す前に特別作戦部(SO部門)の将校2名により、アメリカ海軍とアメリカ海兵隊の医療活動を管理するアメリカ海軍省の機関であるワシントンのBUMED(医療看護局)に運ばれた。本書は、此の40年に亘る、アメリカ陸軍少佐医師フレデリック・デトリックの心臓発作死去とフレデリック空港改称を起点とする、日本軍中国細菌戦報告を受けたアイラ・ボールドウィンによるキャンプ・デトリック生物兵器プログラム立ち上げと特別作戦部(SO部門)設立、アレン・ウェルシュ・ダレスによるシドニー・ゴッドリーブCIA採用とブルーバード計画のアーティチョーク計画への改称及びTHC・コカイン・ヘロイン・メスカリン・LSD研究、ゴッドリーブ主導MKウルトラ計画立ち上げとハリス・イズベル主導のケンタッキー州レキシントン連邦麻薬患者更正病院受刑者及び北朝鮮人捕虜実験、フランク・オルソンへの口封じLSD投与とニューヨーク・ホテル転落死、キャンプ・デトリックのフォート・デトリック改称とカストロ・ルムンバ暗殺毒薬開発、アラン・メモリアル研究所ドナルド・ユーウェン・キャメロンへのCIA研究費供与による本人同意無し実験、キューバ計画でのカストロ暗殺計画群、コンゴでのルムンバ歯ブラシ毒塗布計画とラリー・デブリン拒否を経たクーデター殺害、MKサーチへの改称、リチャード・ニクソンの全政府機関毒物廃棄指示とサキシトキシン11g容器2つの特別作戦部将校2名によるワシントンBUMED運搬迄、CIA洗脳計画MKウルトラの40年に亘る全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- シドニー・ゴッドリーブ 本書の中心人物。西暦1,945年にアイラ・ボールドウィンと共にキャンプ・デトリックの生物兵器プログラムに参加。西暦1,951年7月13日、アイラ・ボールドウィン推薦によりアレン・ウェルシュ・ダレスにCIA採用された。同年8月20日のブルーバード計画のアーティチョーク計画改称後、計画の中心となり、THC・コカイン・ヘロイン・メスカリンの自白剤研究及びLSD実験を本格始動。西暦1,953年4月13日、ダレスの命を受けて「MKウルトラ計画」を主導。同年11月19日にフランク・オルソンに静養所で口封じのLSD投与。CIA指揮下でロッキード社開発U-2偵察機のアクアトーン計画のパイプ役も担う。西暦1,956年2月3日にキャンプ・デトリックがフォート・デトリックに改称された後も生物兵器開発拠点として継続使用。西暦1,960年3月、ドワイト・D・アイゼンハワー承認の「キューバ計画」下でカストロ暗殺計画群を提案、コンゴへ毒瓶持込でラリー・デブリンに運搬。西暦1,970年、リチャード・ニクソンの毒物廃棄指示に躊躇したが第8代CIA長官リチャード・ヘルムズと会談し応じた。
- フレデリック・デトリック アメリカ陸軍少佐で医師。西暦1,931年6月3日に心臓発作で死去し、其の名を冠するためにフレデリック空港が「デトリック・フィールド」に改称された。後のキャンプ・デトリック・フォート・デトリックという名称の起源となる。
- アイラ・ボールドウィン ウィスコンシン大学の生化学者。西暦1,942年、日本軍の中国での細菌戦展開報告を受けたアメリカ陸軍の生物兵器極秘プログラムの責任者として雇われ、デトリック・フィールドを生物兵器研究施設の場所として選定。西暦1,945年にキャンプ・デトリックで生物兵器プログラムを立ち上げ運営を始め、シドニー・ゴッドリーブも参加。西暦1,951年7月13日、ゴッドリーブをアレン・ウェルシュ・ダレスにCIA採用させる推薦を行った。
- アレン・ウェルシュ・ダレス CIA作戦本部長として、西暦1,951年7月13日にアイラ・ボールドウィン推薦によりシドニー・ゴッドリーブをCIAに採用。シドニー・ゴッドリーブと共にマインドコントロールが世界支配に繋がると考え、ブルーバード計画のアーティチョーク計画への改称・THC・コカイン・ヘロイン・メスカリンによる自白剤研究を推進した。同年8月23日に第4代CIA副長官に就任し、アーティチョーク計画にアメリカ政府のバックアップを与えた。西暦1,953年4月13日、シドニー・ゴッドリーブの書簡を受けて「MKウルトラ計画」を発令した。
- ハリス・イズベル ケンタッキー州レキシントンの公衆衛生局病院にあるNIMH(国立精神衛生研究所)中毒研究センターの研究責任者。アヘンとバルビツールによる薬物依存の研究を行なっていた。西暦1,953年4月13日のMKウルトラ計画立ち上げ後、CIAから資金提供を受け、ケンタッキー州レキシントンの連邦麻薬患者更正病院の受刑者にLSDと大麻の比較実験、捕虜となった北朝鮮人への抑鬱剤・抗鬱剤・熱・電気ショック実験を行った。西暦1,954年に7名の黒人受刑者を77日間隔離して体重1.55mg/kgのLSD投与実験。西暦1,956年にCIA要請でLSD・シロシビン・シロシン・DMT・ブフォテニン・オロリウキ・メスカリンの研究、西暦1,957年に抗精神病薬クロルプロマジンのLSD効果妨害結論、西暦1,959年4月17日にシロシビンの低効能短時間報告、西暦1,960年10月にLSD・シロシビン交差耐性報告、西暦1,967年1月にTHCと大麻の他成分(CBD・CBC)の比較報告を行った。
- フランク・オルソン キャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)の細菌生物兵器の専門家でCIA幹部。CIAを退職する意思を示した為、極秘情報を暴露される事を恐れたシドニー・ゴッドリーブ等の指示により、西暦1,953年11月19日に静養所に呼び出されて口封じのLSDを投与された。同月28日、ニューヨーク市内のホテルから転落し死去した。
- ドナルド・ユーウェン・キャメロン カナダのケベック州モントリオールのパインアベニューウエストにある元精神病院及び研究機関であるアラン・メモリアル研究所の設立者。西暦1,957年から西暦1,960年迄にCIAから60,000ドル以上の研究費を受け取り、本人の同意無しにクラーレ等の毒物投与・LSD等の幻覚剤投与・電気痙攣療法の実験を行ない、MKウルトラ計画の推進が始まった。西暦1,964年、キャメロンによりMKウルトラ計画の推進が終了し「MKサーチ」に改称された。
- フィデル・カストロ キューバの指導者。西暦1,960年3月、シドニー・ゴッドリーブがドワイト・D・アイゼンハワー承認のCIA「キューバ計画」下でリチャード・M・ビッセル・ジュニアの指揮下、テレビスタジオへのLSD散布・タリウム靴染込みによる髭抜き・毒入り葉巻・毒入りウェットスーツ・爆発する巻貝・毒入り万年筆等を使った暗殺計画群を提案された人物。フォート・デトリックでは暗殺用毒薬の開発も行われていた。
- パトリス・ルムンバ コンゴの指導者。西暦1,960年3月の数ヶ月後、シドニー・ゴッドリーブが歯ブラシに毒を塗る計画でコンゴに毒瓶を持ち込んだ。ゴッドリーブは「有毒生物物質」をコンゴのCIA支局長ラリー・デブリンに運び、デブリンは其の任務を拒否したが、直に軍事クーデターが起こりルムンバは倒され殺害された。フォート・デトリックでは暗殺用毒薬の開発も行われていた。
- ラリー・デブリン コンゴのCIA支局長。西暦1,960年3月の数ヶ月後、シドニー・ゴッドリーブが運んだパトリス・ルムンバ暗殺用の「有毒生物物質」を受け取ったが、其の任務を拒否した。然し直に軍事クーデターが起こりルムンバは倒され殺害された。
- ドワイト・D・アイゼンハワー アメリカ大統領。CIAによる「キューバ計画」を承認した。此れにより西暦1,960年3月、シドニー・ゴッドリーブがCIA計画局長リチャード・M・ビッセル・ジュニアの指揮下でフィデル・カストロ暗殺計画群を提案する事となった。
- リチャード・M・ビッセル・ジュニア CIA計画局長。西暦1,960年3月、ドワイト・D・アイゼンハワー承認のCIA「キューバ計画」下で、シドニー・ゴッドリーブのフィデル・カストロ暗殺計画群(テレビスタジオへのLSD散布・タリウム靴染込みによる髭抜き・毒入り葉巻・毒入りウェットスーツ・爆発する巻貝・毒入り万年筆)を指揮した。
- リチャード・ニクソン 第37代アメリカ大統領。西暦1,970年、全ての政府機関に対し毒物を廃棄する様指示した。アメリカ陸軍の科学者は従ったが、シドニー・ゴッドリーブはフォート・デトリックの毒物の廃棄を躊躇し、第8代CIA長官リチャード・ヘルムズと会談した上で応じた。但しサキシトキシン11g程度入った容器2つは特別作戦部(SO部門)の将校2名によりワシントンのBUMEDに運ばれた。
- リチャード・ヘルムズ 第8代CIA長官。西暦1,970年のリチャード・ニクソンの毒物廃棄指示後、フォート・デトリックの毒物の廃棄を躊躇したシドニー・ゴッドリーブと会談し、ゴッドリーブに従う他無いと諦めさせ応じさせた。
主要な概念・組織
- デトリック・フィールド・キャンプ・デトリック・フォート・デトリック 西暦1,931年6月3日のアメリカ陸軍少佐医師フレデリック・デトリックの心臓発作死去によりフレデリック空港が「デトリック・フィールド」に改称。西暦1,942年、日本軍中国細菌戦報告を受けたアイラ・ボールドウィンによりカトクティン・マウンテン(メリーランド州)下の廃州兵基地として選定された。西暦1,943年3月9日、航空センター業務廃止と用地拡張で「キャンプ・デトリック」と改称、アメリカ陸軍の生物兵器研究所の本部に。隣接農場購入でプライバシー確保。西暦1,945年からアイラ・ボールドウィンが生物兵器プログラムを運営、シドニー・ゴッドリーブも参加。西暦1,956年2月3日、「フォート・デトリック」に改称。MKウルトラ計画終了後もシドニー・ゴッドリーブの生物兵器開発拠点として、天然痘・結核・炭疽菌・蛇毒・麻痺性貝毒・フィデル・カストロ及びパトリス・ルムンバ暗殺毒薬の開発と冷凍庫保管が継続された。
- 特別作戦部(SO部門) 西暦1,949年、アメリカ陸軍がキャンプ・デトリックに設立した化学者達の極秘チーム。毒性バクテリアの軍事的利用法を見付ける事を任務とし、毒物の強制使用は新分野で研究方法の決定から始められた。西暦1,951年8月20日のアーティチョーク計画再編で、シドニー・ゴッドリーブのCIA内部LSD実験の助けを求められて合意し、CIAは陸軍の知識と設備を獲得した。被害者に投与された薬・錠剤・エアロゾルの大半は此処で作られた物。西暦1,953年11月19日のフランク・オルソンへの口封じLSD投与関与。西暦1,970年のリチャード・ニクソンの毒物廃棄指示時、SO部門の将校2名がサキシトキシン11g容器2つをワシントンのBUMEDに運搬した。
- ブルーバード計画・アーティチョーク計画 西暦1,951年8月20日、ブルーバード計画が「アーティチョーク計画」に改称され、シドニー・ゴッドリーブを中心にアメリカ・イギリス・カナダで発展。ゴッドリーブとアレン・ウェルシュ・ダレスはマインドコントロールが世界支配に繋がると考え、OSSで実現しなかった自白剤の研究としてTHC・コカイン・ヘロイン・メスカリンを使用。其の中でゴッドリーブはLSDがまだ適切な実験・調査が為されていない事に気付き、CIA内部でのLSD実験を本格始動。同月23日のダレスの第4代CIA副長官就任でアメリカ政府のバックアップを獲得した。
- MKウルトラ計画・サブプロジェクト8 西暦1,953年3月のシドニー・ゴッドリーブのアーティチョーク計画の自白剤薬物が尋問を妨げる認識とダレス宛新計画書簡を経て、同年4月13日にアレン・ウェルシュ・ダレスの命を受けてゴッドリーブ主導で立ち上がったCIAの洗脳計画。研究者・科学者・元OSSのメンバー人選で実験と結果報告が行われた。同年6月9日にゴッドリーブがLSDサブプロジェクト8を承認。西暦1,957年からドナルド・ユーウェン・キャメロンのアラン・メモリアル研究所でも推進が始まり、西暦1,964年にキャメロンにより推進終了「MKサーチ」に改称された。
- ハリス・イズベルの薬物比較実験 西暦1,953年4月13日のMKウルトラ計画立ち上げ以降、ハリス・イズベルがCIAから資金提供を受けて行なった実験群。ケンタッキー州レキシントンの連邦麻薬患者更正病院の受刑者にLSDと大麻を与える比較実験、捕虜となった北朝鮮人への抑鬱剤・抗鬱剤・熱・電気ショック実験で多数の死者・精神異常者が発生。西暦1,954年の7名黒人受刑者77日間1.55mg/kg投与実験、西暦1,956年のLSD・シロシビン・シロシン・DMT・ブフォテニン・オロリウキ・メスカリン研究、西暦1,957年の抗精神病薬クロルプロマジンのLSD効果妨害結論、西暦1,959年4月17日のシロシビン報告、西暦1,960年10月のLSD・シロシビン交差耐性報告、西暦1,967年1月のTHC吸引経口報告と大麻のCBD・CBC効果欠如・LSDとTHCの作用機序差異報告等を実施した。
- フランク・オルソン死亡事件・アクアトーン計画 西暦1,953年11月19日、キャンプ・デトリックSO部門の細菌生物兵器専門家でCIA幹部のフランク・オルソンが、CIA退職意思表明後に極秘情報暴露を恐れたシドニー・ゴッドリーブの指示で静養所に呼び出されLSDを投与された口封じ事件。同月28日にニューヨーク市内のホテルから転落死亡。此の頃ゴッドリーブはCIA指揮下でアメリカ軍の下請けのロッキード社が開発する高高度を飛ぶ偵察機「U-2」に関するプログラムであるアクアトーン計画のパイプ役も担っていた。
- アラン・メモリアル研究所・キャメロン実験 カナダのケベック州モントリオールのパインアベニューウエストにある元精神病院及び研究機関で、ドナルド・ユーウェン・キャメロンが設立。西暦1,957年から西暦1,960年迄にCIAから60,000ドル以上の研究費を受け取り、本人の同意無しにクラーレ等の毒物投与・リゼルギン酸ジエチルアミド等の幻覚剤投与・電気痙攣療法の実験が行なわれ、MKウルトラ計画の推進が始まった。西暦1,964年、キャメロンによりMKウルトラ計画の推進が終了し「MKサーチ」に改称された。
- キューバ計画・カストロ暗殺計画群 ドワイト・D・アイゼンハワーによって承認されたCIAによる計画。西暦1,960年3月、シドニー・ゴッドリーブが、CIA計画局長リチャード・M・ビッセル・ジュニアの指揮下にて、①フィデル・カストロのテレビスタジオにLSDを撒く②カストロの靴にタリウムを染み込ませて髭を抜かせる③毒入り葉巻④毒入りウェットスーツ⑤爆発する巻貝⑥毒入り万年筆等を使ったカストロ暗殺計画を提案・策定した。フォート・デトリックでは其の為の暗殺用毒薬の開発も行われていた。
- パトリス・ルムンバ暗殺・コンゴ毒瓶持込 西暦1,960年3月の数ヶ月後、シドニー・ゴッドリーブがパトリス・ルムンバの歯ブラシに毒を塗る計画でコンゴに毒瓶を持ち込んだ事件。「有毒生物物質」はコンゴのCIA支局長ラリー・デブリンに運ばれたが、デブリンは其の任務を拒否した。然し直に軍事クーデターが起こり、ルムンバは倒され殺害された。
- MKサーチ・毒物廃棄指示・BUMED運搬 西暦1,964年、ドナルド・ユーウェン・キャメロンによりMKウルトラ計画の推進が終了し「MKサーチ」に改称。自白剤を用いてソ連のスパイ容疑者を尋問する、海軍では超音波を利用して記憶を消去する実験を行なう等の計画が存在していた。西暦1,970年、第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソンが全ての政府機関に対し毒物を廃棄する様指示。アメリカ陸軍の科学者は従ったが、シドニー・ゴッドリーブはフォート・デトリックの毒物の廃棄を躊躇し、第8代CIA長官リチャード・ヘルムズと会談して応じた。然し麻痺性貝毒の主成分サキシトキシンが11g程度入った容器2つが、アメリカ陸軍が持ち出す前にSO部門の将校2名により、アメリカ海軍とアメリカ海兵隊の医療活動を管理するアメリカ海軍省の機関であるワシントンのBUMED(医療看護局)に運ばれ、廃棄を免れた。本書が記録するCIA洗脳計画MKウルトラの到達点である。
アメリカ陸軍少佐医師フレデリック・デトリック心臓発作死去によるフレデリック空港「デトリック・フィールド」改称、日本軍中国細菌戦報告を受けたアイラ・ボールドウィンによる「キャンプ・デトリック」生物兵器プログラム立ち上げと特別作戦部(SO部門)設立、アレン・ウェルシュ・ダレスによるシドニー・ゴッドリーブCIA採用とブルーバード計画「アーティチョーク計画」改称及びTHC・コカイン・ヘロイン・メスカリン・LSD研究、ダレスのCIA副長官就任、MKウルトラ計画立ち上げとNIMH中毒研究センター研究責任者ハリス・イズベルのCIA資金受給によるケンタッキー州レキシントン連邦麻薬患者更正病院受刑者LSD・大麻比較実験及び北朝鮮人捕虜抑鬱剤・抗鬱剤・熱・電気ショック実験・多数死者精神異常者発生、シドニー・ゴッドリーブのLSDサブプロジェクト8承認、フランク・オルソンへの口封じLSD投与とニューヨーク・ホテル転落死及びアクアトーン計画パイプ役、ハリス・イズベルのLSD耐性7名黒人受刑者77日間体重1.55mg/kg投与実験、ハリス・イズベル等のCIA要請による幻覚剤LSD・シロシビン・シロシン・DMT・ブフォテニン・オロリウキ・メスカリン研究、キャンプ・デトリック「フォート・デトリック」改称とカストロ・パトリス・ルムンバ暗殺毒薬開発、ハリス・イズベルのクロルプロマジンLSD効果妨害結論及びアラン・メモリアル研究所ドナルド・ユーウェン・キャメロンへのCIA60,000ドル以上研究費供与・本人同意無しクラーレ毒物投与・幻覚剤投与・電気痙攣療法実験、ハリス・イズベルのシロシビン報告、シドニー・ゴッドリーブのドワイト・D・アイゼンハワー承認CIA「キューバ計画」下リチャード・M・ビッセル・ジュニア指揮フィデル・カストロテレビスタジオLSD散布・タリウム靴染込み髭抜き提案・毒入り葉巻・ウェットスーツ・爆発巻貝・万年筆暗殺計画・ルムンバ歯ブラシ毒塗布計画コンゴ毒瓶持込・CIA支局長ラリー・デブリン拒否後軍事クーデターによるルムンバ殺害、ハリス・イズベルのLSD・シロシビン交差耐性報告、ドナルド・ユーウェン・キャメロンによるMKウルトラ計画推進終了「MKサーチ」改称と自白剤ソ連スパイ尋問・海軍超音波記憶消去実験、ハリス・イズベル等のTHC吸引経口大麻同様脈拍時間感覚変化報告・CBD・CBC効果欠如、第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソンの全政府機関毒物廃棄指示とシドニー・ゴッドリーブ躊躇・第8代CIA長官リチャード・ヘルムズ会談承諾・サキシトキシン11g容器2つの特別作戦部(SO部門)将校2名によるワシントンBUMED運搬迄──
アメリカ陸軍少佐医師フレデリック・デトリックの死去とフレデリック空港改称を起点に、アイラ・ボールドウィンによるキャンプ・デトリック生物兵器プログラム立ち上げと特別作戦部設立、アレン・ウェルシュ・ダレスによるシドニー・ゴッドリーブCIA採用とアーティチョーク計画・LSD/THC/コカイン/ヘロイン/メスカリン研究、MKウルトラ計画立ち上げとハリス・イズベル主導の連邦麻薬患者更正病院受刑者及び北朝鮮人捕虜実験、フランク・オルソン口封じ転落死、フォート・デトリック改称とカストロ・ルムンバ暗殺毒薬開発、アラン・メモリアル研究所ドナルド・ユーウェン・キャメロンの本人同意無し実験、キューバ計画でのカストロ暗殺計画群、コンゴでのルムンバ歯ブラシ毒塗布計画とラリー・デブリン拒否を経たクーデター殺害、MKサーチへの改称、リチャード・ニクソンの全政府機関毒物廃棄指示とフォート・デトリック毒物廃棄・サキシトキシン11g容器2つのBUMED運搬による回避に至った、CIA洗脳計画MKウルトラの40年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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