電子書籍「児玉誉士夫の軍需物資原料調達と日本自由党結党資金提供一元化」の表紙

児玉誉士夫の軍需物資原料調達と日本自由党結党資金提供一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,939年〜1,952年10月28日
最新更新日
西暦2,025年11月15日

児玉誉士夫の外交官河相達夫斡旋による外務省情報部嘱託就任・上海情報活動、三井物産・三菱商事・大倉産業各5,000,000円共同出資資本金15,000,000円「昭和通商」設立(東京市日本橋区小舟町小倉石油ビル内)とタングステン・アヘン取引・陸軍特務機関実態及び国民党軍前線部隊司令官との綿布・綿糸・硫安・ヘロイン物々交換・バイアス湾海賊事件、里見甫の昭和通商・青幇・紅幇連携「里見機関」設立とペルシャ・モンゴル産アヘン売買利益・関東軍戦費・汪兆銘政権資金及び満洲産アヘン石油缶輸送・張家口20円/天津40円/上海80円/シンガポール160円取引並びに青幇杜月笙・盛文頤・笹川良一・吉田裕彦・岩田幸雄・許斐氏利・阪田誠盛・清水行之助地下人脈形成、児玉のヘロイン密売2度実施と中国経由南シナ海タングステンバーター取引、阪田誠盛長「松機関」設立と杉工作偽札流通工作及び里見機関への偽札提供、日本軍銀洲湖封鎖と趙其休の汪兆銘軍寝返り・マカオ海軍密貿易・古兜山タングステン鉱山買取、笹川良一仲介及び海軍航空本部総務部長山縣正郷依頼による「児玉機関」上海大厦組織(最上階川島芳子居住)とタングステン・ラジウム・コバルト・ニッケル・銅・プラチナ・雲母・潤滑油海軍納入独占契約及び京城出張所朝鮮各地砂金真鍮収集・台湾砂糖蜜柑陸軍弾薬輸送、日南鉱業京都府船井郡和知町鐘打鉱山タングステン・モリブデン採掘開始と児玉社長就任・対戦車砲砲弾戦車装甲板使用、山梨県塩山市千野乙女鉱山会社開発児玉機関乙女鉱床鉱業権取得、海軍航空本部依頼児玉機関朝日新聞社機上海島根空港20,000,000,000円相当金延べ棒・プラチナ・ダイヤモンド・ヒスイ輸送と銀座児玉機関東京本部地下室収蔵・第12代宮内大臣石渡荘太郎の連合国軍迷惑理由皇室献上拒絶・慶應義塾大学日吉地下室経由GHQ接収・日銀本店地下金庫保管、児玉朝鮮銀行多額預金と財産175,000,000ドル膨脹及び三菱銀行麹町支店60,000,000円引出・児玉20,000,000円吉田彦太郎40,000,000円分配、海軍中将大西瀧治郎南平台町官舎切腹失敗と児玉駆付け立会・矢次一夫熱海到着・特攻隊英霊軽挙妄動慎遺書5通残死去、児玉機関最高幹部高源重吉華中華南財産回収朝日新聞社機上海行・3,200,000,000円分海軍爆撃機重量離陸失敗と別機載替大阪着陸機体逆転破損・別軍用機東京日銀本店地下金庫保管、第24代海軍大臣米内光政児玉財産引取拒絶「受け取るべき海軍はもう無い君の裁量で国家の為に使え」、立憲政友会鳩山一郎の音羽自宅空襲半焼によるブリジストン創業者石橋正二郎麻布自宅間借り住まいと芦田均・安藤正純・植原悦二郎・松野鶴平新党結成準備合流、辻嘉六立憲政友会再建依頼児玉訪問、石橋正二郎自宅鳩山新党結成準備会児玉誉士夫・辻嘉六参加と児玉機関財産政治資金寄付合意・天皇制護持鳩山涙、児玉・辻鳩山訪問日本自由党70,000,000円資金提供ダイヤモンド貴金属寄贈合意と鳩山貴金属売却・辻自宅庭ラジウム埋蔵、日比谷公会堂日本自由党結党式と鳩山一郎総裁・河野一郎幹事長・第14代厚生大臣芦田均・安藤正純政調会長・三木武吉総務会長、児玉自首A級戦犯容疑者巣鴨拘置所収容、辻嘉六死去鳩山一郎遺族電話受訪・笹川良一・児玉誉士夫・岸信介他19名巣鴨拘置所釈放及びCIAエージェント約束釈放交換・児玉チャールズ・ウィロビー接触・築地本願寺辻嘉六葬儀鳩山参列・児玉ESSラジウム引渡(香港サナトリウム病院略奪含)、GHQメモランダム・スキャッピン日本政府ラジウム調査委嘱と引揚援護庁残務処理部外務省特殊財産局長宛文書送付・ラジウム6割児玉所有・癌研究会付属病院保管癌治療使用・北海道炭礦汽船子会社小倉商事萩原吉太郎手形担保闇金活用、CIA児玉タングステン中国大陸日本密輸入150,000ドル支払と児玉沈没報告金返却拒否、CIA朝鮮戦争ミサイル強化意図ユジーン・ドゥーマン・元OSSジョン・ハウリー2,800,000ドル資金提供と児玉・元OSSケイ・スガワラ手配旧日本軍タングステン購入・アメリカ国防総省10,000,000ドル売却・児玉2,000,000ドル・ドゥーマンハウリー2,000,000ドル超利益・1953年衆院選参院選保守派候補資金、ペンタゴンCIA児玉誉士夫経由「日本テレビ放送網」設立とアメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー・ジョン・スパークマン・軍事委員会委員エヴァレット・ダークセン議会説得工作及び正力松太郎マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由国防総省日本支配政策宣伝協力要請迄──
児玉誉士夫の上海情報活動・昭和通商アヘンタングステンバーター取引を起点に、里見機関アヘン密売・松機関偽札工作・児玉機関タングステンラジウム独占納入・鐘打鉱山乙女鉱床採掘・敗戦時20,000,000,000円相当貴金属輸送と日銀本店地下金庫接収・大西瀧治郎切腹立会・米内光政財産引取拒絶・辻嘉六依頼70,000,000円ダイヤモンド日本自由党結党資金提供・巣鴨拘置所A級戦犯収容と19名同時釈放・CIAエージェント化・ウィロビー接触・ESSラジウム引渡・癌研究会付属病院保管・闇金小倉商事手形・CIA150,000ドルタングステン密輸入詐取・1953年衆院選参院選保守派候補資金・日本テレビ放送網設立資金流入に至った、児玉誉士夫14年間の軍需物資原料調達と戦後保守政治・日本テレビ放送網設立への戦時略奪財産流入の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,939年、児玉誉士夫が外交官河相達夫の斡旋により、外務省情報部嘱託となり、上海を拠点に情報活動に従事した。同年4月20日、①三井物産②三菱商事③大倉産業の3社が各5,000,000円を共同出資し、資本金15,000,000円で、表向きは、陸軍の旧式となった武器を中近東等の第三国に輸出し、タングステン等の軍需物資を現地調達する名目で、商社である「昭和通商」が設立された。本社は東京市日本橋区小舟町の小倉石油ビル内に置かれた。昭和通商の実態は、諜報活動とアヘン取引を行う陸軍の特務機関であった。昭和通商は、中華民国工作員に①綿布②綿糸③硫安を持たせ、国民党軍の前線部隊の司令官と接触し、タングステンと物々交換をする等して、陸路・海路からタングステンを調達した。此れは危険を伴い、海路では、バイアス湾(現在の中国広東省の大亜湾)にて海賊に襲われ、船員が1名を除き全員が射殺され、物資を奪われ船が焼かれるという事件があった。又昭和通商は、製造したヘロインを持ち込み、タングステンとバーター取引していた。同年5月、里見甫が昭和通商・青幇・紅幇等と連携し、上海でのアヘン密売を取り仕切る「里見機関」を設立した。ペルシャ・モンゴル産のアヘンの売買によって得た莫大な利益を関東軍の戦費に充て、一部は日本の傀儡であった中華民国の汪兆銘政権に資金を流した。又里見機関は、関東軍が極秘に生産していた満洲産アヘンや、日本軍が生産していた海南島産アヘンも取り扱った。満洲産アヘンは、陸軍の指示により石油缶に入れられて、税関を通さず秘密裏に昭和通商が購入する事で中国国内に持ち込まれた。アヘンで得た資金は戦略物資の調達・宣撫工作に用いられた。当時のアヘンの価格は①張家口20円/37g②天津40円/37g③上海80円/37g④シンガポール160円/37gであった。此の活動を通じて①青幇杜月笙②青幇盛文頤③笹川良一④児玉誉士夫⑤吉田裕彦⑥岩田幸雄⑦許斐氏利⑧阪田誠盛⑨清水行之助の地下人脈が形成された。三井物産は35円/32gで軍に納入し、此れを里見機関が22〜23円/gで宏済善堂に卸した。四川省産よりも品質の良いペルシャ産のアヘンはサスーン商会系によって上海に流入したが、此れを三井物産上海支店が仕入れていた。此の上海支店には佐藤喜一郎がおり、調達資金を工面していた。

西暦1,940年、児玉誉士夫が、本年から翌年にかけて昭和通商の依頼でヘロインの密売を2度行った。其のヘロインは中国経由で南シナ海に持ち込まれ、タングステンと物々交換された。同年1月28日、阪田誠盛を長とし、諜報活動や特殊工作を行う陸軍の特務機関として「松機関」が設立された。主に①中国現地の情報収集②アヘンの中国国内での密売③「杉工作」と命名された登戸研究所(現在の神奈川県川崎市多摩区東三田)で印刷された偽札の中国国内への流通工作に従事した。里見機関は松機関から偽札の提供を受けていた。同年4月、日本軍が銀洲湖(現在の中国広東省江門市新会区)を封鎖した。其れを受けて趙其休は国民党軍の司令官と連絡を取りつつ、汪兆銘軍へ寝返り、マカオの海軍の物資購入部門と布類・石油の輸入及び桐油・カシア油・豚の毛・食糧の輸出による密貿易を始めた。密貿易に用いた船は日本軍の保護下にあり、海軍から証明書が発行された。又、趙は古兜山(現在の中国広東省江門市新会区)の麓の、国民党の政府機関が採掘していたタングステン鉱山からタングステンを密かに買い取っており、日本軍の侵攻により此のタングステン鉱山が閉鎖されると、付近の地主や有力者が勝手に掘り始め、其れを趙達が輸出した。

西暦1,941年11月、児玉誉士夫が、国粋大衆党総裁笹川良一の仲介及び海軍航空本部総務部長山縣正郷の頼みで、上海の海軍航空本部の嘱託として、軍需物資調達の為の組織である「児玉機関」を組織した。上海大厦に所在し、最上階には清の皇族川島芳子が住んでいた。主に①タングステン②ラジウム③コバルト④ニッケル⑤銅⑥プラチナ⑦雲母⑧潤滑油等を買い上げたり、軍の権威を利用した拳銃を使った強盗等で調達した戦略物資を、海軍航空本部に納入する独占契約を貰っていた。京城にも出張所を置き、朝鮮各地で砂金や真鍮の収集を行った。又、軍票での物資の調達が出来なくなった際、陸軍の弾薬を児玉の船で台湾へ輸送し、砂糖や蜜柑を調達した。砂糖は上海で需要があり、物資の調達に一役買った。西暦1,942年、日南鉱業が京都府船井郡和知町(現在の京都府船井郡京丹波町)の鐘打鉱山のタングステン・モリブデン採掘を開始した。社長には児玉誉士夫が就いた。タングステンは物理的に非常に高い強度を持ち、対戦車砲の砲弾や戦車の装甲板に使用された。西暦1,944年、タングステン・モリブデン採掘を意図し、山梨県塩山市千野(現在の山梨県甲州市塩山千野)の乙女鉱山会社を開発会社として児玉機関が乙女鉱床の鉱業権を取得した。

西暦1,945年8月14日午後、海軍航空本部から軍需物資の調達を頼まれた児玉誉士夫が、児玉機関のチャーターした朝日新聞社機で上海から島根空港へ、中国大陸で集めた①金の延べ棒②プラチナ③ダイヤモンド④ヒスイの貴金属等20,000,000,000円相当を輸送し、島根から東京の銀座に運ばれ、児玉機関が東京本部として使っていたビルの地下室に収蔵された。其の後此れ等を皇室に献上しようとしたが、第12代宮内大臣石渡荘太郎が、皇室が日本に進駐している連合国軍に怒られ迷惑する事を理由に持ち帰る様言われた。其の後慶應義塾大学(現在の神奈川県横浜市港北区日吉)の地下室に運ばれたが、GHQから海軍航空本部に所有物資の提出命令が有り、此れ等は接収された。GHQは、旧軍部が各地に隠匿していた貴金属類を摘発し、日銀本店(現在の東京都中央区日本橋本石町)の地下金庫に保管したが、今回輸送された貴金属も同じ様に此の金庫に保管された。同年8月15日、児玉誉士夫が朝鮮銀行に多額の預金を残した。此の時児玉の財産は175,000,000ドルに膨れ上がっていた。児玉機関副機関長吉田彦太郎が日本に帰国した後、児玉は三菱銀行麹町支店に預金していた60,000,000円以上の資金を全て引き出し、自身が20,000,000円を持ち、吉田に残り40,000,000円を渡した。

西暦1,945年8月16日2時頃、神風特別攻撃隊の創設者の一人である海軍中将大西瀧治郎が南平台町(東京都渋谷区)の官舎にて腹を十字に切り、首と胸を刺して切腹した。然し失敗し、大西は生きていた。軈て官舎の使用人が現場を目撃し、第22代海軍次官多田武雄が軍医を連れて急行し、更に児玉誉士夫も駆け付け、矢次一夫も昼過ぎに熱海から到着した。大西は軍医に「生きる様にはしてくれるな」と言い、児玉に「貴様がくれた刀が斬れぬばかりにまた会えた。全ては其の遺書に書いてある。第三〇二海軍航空隊司令小園安名に軽挙妄動は慎めと大西が言っていたと伝えてくれ」という主旨の発言を行った。児玉は大西に殉じようとしたが、大西は「馬鹿者。貴様が死んで糞の役に立つか。若い者は生きるんだよ。生きて新しい日本を作れ」と諌め、介錯・助命を拒否した儘、①旧部下②淑恵夫人③多田④児玉⑤矢次の5通の遺書を残し死去した。旧部下宛遺書のタイトルは「特攻隊の英霊に曰す」で「自らの死を以て旧部下の英霊とその遺族に謝す」とし、一般青壮年に対しては「軽挙妄動を慎み日本の復興、発展に尽くすよう」とした。又、別紙にて軍令部第一部長富岡定俊に対し「青年将兵指導上の一助ともならばご利用ありたし」とした。淑恵夫人宛は「全て淑恵の所信に一任する事、安逸を貪らず世の為人の為天寿を全うする事、本家とは親睦保持する事、但し必ずしも大西の家系から後継者を入れる必要はない」とし、「此れでよし百万年の仮寝かな」という辞世の句を詠んで結んだ。同年8月20日、児玉機関の最高幹部で計画立案を担っていた高源重吉が、吉田彦太郎が華中・華南地区に置いて来た貴金属等の財産を取りに行く為、朝日新聞社機で上海へと向かった。

西暦1,945年8月22日、旧立憲政友会の①芦田均②安藤正純③植原悦二郎の3名の求めに応じ、軽井沢から上京した鳩山一郎が、自身の音羽(東京都文京区)の自宅が空襲で半焼した為、東京都港区麻布のブリジストンタイヤ(現在のブリジストン)創業者石橋正二郎の自宅に間借り住まいを始め、新党結成の準備を開始した。石橋の長女鳩山安子は鳩山一郎の長男鳩山威一郎の妻であった。又、三田台町(現在の東京都港区三田4丁目)の自宅が戦災に遭って本庄(埼玉県)に疎開していた松野鶴平も新党結成の準備に加わった。同年8月25日、高源重吉が金・ダイヤモンド等3,200,000,000円分を海軍の爆撃機に載せ上海の飛行場を発とうとしたが、重さにより離陸に失敗し、滑走路の端で機体が破損した。高源は別の爆撃機に貴金属等を載せ替え上海を発った。然し大阪の飛行場に着陸する際、機体がひっくり返り破損し使用出来なくなった。其処で別の軍用機に載せ替えて東京に持ち込み、日銀本店の地下金庫に保管した。同年8月、児玉誉士夫が第24代海軍大臣米内光政に対し、上海から日銀の地下金庫に輸送した貴金属を含む財産の全てを海軍に引き渡す事を申し出るが、米内は「受け取るべき海軍はもう無い、此れは全て君の裁量で国家の為に使え」と言った。同年9月、児玉誉士夫が米内光政に財産の引き渡しを断られた数日後、辻嘉六が児玉を訪ね、立憲政友会再建の為に児玉の財産を使わせて欲しいと頼んだ。

西暦1,945年10月23日、石橋正二郎の自宅で開催の鳩山新党結成準備会に児玉誉士夫と辻嘉六が参加した。児玉機関の財産を鳩山新党の政治資金として寄付する事に合意し、児玉が一郎に対し「絶対に天皇制を護持して下さい」と言うと、鳩山は「絶対にそうせねばならない」と涙で溢れながら答えた。同年11月2日夜、児玉誉士夫と辻嘉六が鳩山一郎を訪ね、鳩山が設立準備していた日本自由党に対し70,000,000円の資金提供とダイヤモンド等の貴金属の寄贈を行う事で合意した。鳩山は此の貴金属を売り捌いた。又、児玉は残った財産を後に辻に預け、辻は自宅の庭にラジウム等を埋めた。同年11月9日、①鳩山一郎(総裁)②河野一郎(幹事長)③第14代厚生大臣芦田均④安藤正純(政調会長)⑤三木武吉(総務会長)等が日比谷公会堂で日本自由党の結党式を開催した。西暦1,946年1月、児玉誉士夫が自首し、自ら進んでA級戦犯容疑者として逮捕され、巣鴨拘置所に収容された。

西暦1,948年12月21日、辻嘉六が死去し、鳩山一郎が辻の家族からの電話を受け、辻の自宅を訪れた。同年12月24日、①笹川良一②児玉誉士夫③岸信介④青木一男⑤安倍源基⑥天羽英二⑦安藤紀三郎⑧石原広一郎⑨岩村通世⑩後藤文夫⑪須磨弥吉郎⑫寺島健⑬西尾寿造⑭本多熊太郎⑮葛生能世⑯大川周明⑰多田駿⑱谷正之⑲高橋三吉の19名が不起訴となり巣鴨拘置所から釈放された。CIAは笹川・児玉・岸に、エージェントとして働く事を約束させ、其れと引き換えに釈放した。児玉は本年中にチャールズ・ウィロビーと接触した。同日、辻嘉六の葬儀が築地本願寺で営まれ、鳩山一郎が参列した。同年12月28日、児玉誉士夫が、進駐していたESS(経済科学局)にラジウムを渡した。此のラジウムには、香港サナトリウム病院(現在の香港島湾仔区)から略奪した物も含まれていた。

西暦1,949年1月22日、GHQが、児玉誉士夫がESSにラジウムを渡した件に関し、メモランダムにて日本政府に対し調査を委嘱した。同年2月19日、GHQが、児玉誉士夫がESSにラジウムを渡した件に関し、スキャッピンとメモランダムにて日本政府に対し調査を委嘱した。同年3月30日、児玉誉士夫がESSにラジウムを渡した件に関し、引揚援護庁の残務処理部から外務省の特殊財産局長宛に「児玉誉士夫から引き渡されたラジウムの情報の件」というタイトルの文書及び添付書類が送付された。文書の主旨は「此れ等の文書は児玉と米軍情報機関との関係を解明するのに役立つものであり、又外務省に保管されているべきものだと考えるが、これを調査の上、提出願いたい」というものであった。最終的に、引き渡したラジウムの内6割が児玉の物として与えられる事になったが、贈与や売却という体になる事を嫌い、癌研究会付属病院(東京都豊島区上池袋)にて保管される事となり、癌治療に使われた。同年7月、児玉誉士夫が闇金にラジウムを持ち込み、其れを担保に萩原吉太郎が社長を務める北海道炭礦汽船の子会社の「小倉商事」名義の手形を大量に振り出した。

西暦1,950年、児玉誉士夫がCIAから、タングステンを中国大陸から日本に密輸入する仕事を請け負い、CIAが児玉に対し150,000ドルを支払った。然し児玉は「タングステンを積んだ船が途中で沈没した」と報告、受け取った150,000ドルは返金しなかった。西暦1,952年、CIAは、朝鮮戦争によるアメリカ軍のミサイルを強化を意図し、ユジーン・ドゥーマンや元OSSジョン・ハウリー等に2,800,000ドルの資金提供を行い、児玉誉士夫と元OSSケイ・スガワラの手配で旧日本軍将校の武器貯蔵庫からタングステンを購入させた。ドゥーマンやハウリー等は此の密輸入したタングステンをアメリカ国防総省に10,000,000ドルで売却した。此れにより児玉が2,000,000ドル、ドゥーマンやハウリー等が2,000,000ドル以上の利益を得た。児玉は此の資金を、西暦1,953年の衆院選・参院選で保守派の候補者に使った。同年10月28日、ペンタゴンと児玉誉士夫経由でのCIAの資金提供により「日本テレビ放送網」が設立された。①アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー②アメリカ上院外交委員会ジョン・スパークマン③軍事委員会委員エヴァレット・ダークセンの3名が「アメリカ軍が日本本土で行う軍事作戦に関し、日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けて貰う為には、テレビで娯楽・スポーツ番組を大量に放送し、其方の方に、日本人の気を反らす必要が有る」として、アメリカ議会への説得工作を展開していた。更に正力松太郎は、ニューヨークに在る、政界に強力なコネクションを持つマーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由で、アメリカ国防総省に対し、日本テレビ放送網を日本支配とアメリカの政策宣伝として用いる趣旨を伝え、ペンタゴンに協力を要請していた。本書は、此の14年に亘る、児玉誉士夫の外交官河相達夫斡旋による外務省情報部嘱託就任・上海情報活動を起点とする、昭和通商アヘンタングステンバーター取引・里見機関アヘン密売・松機関偽札工作・児玉機関タングステンラジウム独占納入・鐘打鉱山乙女鉱床採掘、敗戦時の20,000,000,000円相当貴金属輸送と日銀本店地下金庫接収・財産175,000,000ドル蓄財・大西瀧治郎切腹立会・米内光政財産引取拒絶、辻嘉六依頼70,000,000円ダイヤモンド日本自由党結党資金提供と日比谷公会堂結党式、児玉自首A級戦犯巣鴨拘置所収容、19名同時釈放及び笹川・児玉・岸信介CIAエージェント化・ウィロビー接触・ESSラジウム引渡、GHQ調査と癌研究会付属病院保管・闇金小倉商事手形担保活用、CIA150,000ドルタングステン密輸入詐取、ドゥーマン・ハウリー・スガワラとの2,800,000ドル朝鮮戦争タングステン密輸入と1953年衆参院選保守派候補資金、ペンタゴンCIA児玉経由日本テレビ放送網設立とヒッケンルーパー・スパークマン・ダークセン議会説得工作・正力松太郎国防総省協力要請に至るまで、児玉誉士夫14年に亘る軍需物資原料調達と戦後保守政治・日本テレビ放送網設立への戦時略奪財産流入の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • 児玉誉士夫 本書の中心人物。西暦1,939年に外交官河相達夫斡旋による外務省情報部嘱託就任・上海拠点情報活動、昭和通商を通じたタングステン・アヘン取引従事、里見機関地下人脈形成、西暦1,940〜1,941年のヘロイン密売2度実施、西暦1,941年11月の笹川良一仲介・海軍航空本部山縣正郷依頼による「児玉機関」上海大厦組織、西暦1,942年の日南鉱業鐘打鉱山社長就任、西暦1,944年の乙女鉱床鉱業権取得、西暦1,945年8月14日の朝日新聞社機による上海島根20,000,000,000円相当貴金属輸送、財産175,000,000ドル蓄財、8月16日大西瀧治郎切腹立会、米内光政財産引取拒絶、10月23日・11月2日の辻嘉六同伴鳩山一郎訪問と日本自由党70,000,000円資金提供・ダイヤモンド貴金属寄贈合意、西暦1,946年1月のA級戦犯容疑者自首巣鴨拘置所収容、西暦1,948年12月24日の19名同時釈放及びCIAエージェント約束釈放交換・チャールズ・ウィロビー接触、12月28日のESSラジウム引渡、西暦1,949年7月の闇金小倉商事手形担保活用、西暦1,950年のCIA150,000ドル受領沈没報告金返却拒否、西暦1,952年のドゥーマン・ハウリー・スガワラとの2,800,000ドル朝鮮戦争タングステン密輸入2,000,000ドル利益と1953年衆参院選保守派候補資金投入、10月28日のペンタゴンCIA経由日本テレビ放送網設立資金流入。
  • 河相達夫 外交官。西暦1,939年、児玉誉士夫を外務省情報部嘱託として斡旋し、上海拠点の情報活動への道筋を作った。本書のメディア帝国構築・軍需物資調達の起点となる人物。
  • 里見甫 西暦1,939年5月、昭和通商・青幇・紅幇等と連携し、上海でのアヘン密売を取り仕切る「里見機関」を設立。ペルシャ・モンゴル産アヘンの売買利益を関東軍戦費に充て、一部は汪兆銘政権に資金を流した。関東軍極秘生産の満洲産アヘンや海南島産アヘンも取り扱い、青幇杜月笙・盛文頤・笹川良一・児玉誉士夫等との地下人脈を形成した。
  • 笹川良一・山縣正郷 ①笹川良一は国粋大衆党総裁。里見機関の地下人脈形成に参加し、西暦1,941年11月には児玉誉士夫の児玉機関組織を仲介した。西暦1,948年12月24日に巣鴨拘置所から児玉・岸信介と同時釈放され、CIAエージェントとなる事を約束。②山縣正郷は海軍航空本部総務部長。西暦1,941年11月、笹川仲介で児玉に上海海軍航空本部嘱託として軍需物資調達組織「児玉機関」組織を依頼した。
  • 川島芳子 清の皇族。西暦1,941年11月組織の児玉機関本拠地上海大厦の最上階に居住していた。
  • 杜月笙・盛文頤 青幇の2名。西暦1,939年5月設立の里見機関を通じた上海アヘン密売の地下人脈に参加した。三井物産が35円/32gで軍に納入したアヘンを、里見機関が22〜23円/gで宏済善堂に卸す流通網の重要な節点を担った。
  • 阪田誠盛・趙其休 ①阪田誠盛は里見機関地下人脈の1人で、西暦1,940年1月28日に陸軍特務機関「松機関」の長として設立。中国現地情報収集・アヘン国内密売・登戸研究所「杉工作」偽札流通工作に従事し、里見機関に偽札を提供した。②趙其休は西暦1,940年4月の日本軍銀洲湖封鎖後、国民党軍司令官と連絡を取りつつ汪兆銘軍へ寝返り、マカオ海軍密貿易を開始。古兜山タングステン鉱山買取からの輸出も行った。
  • 大西瀧治郎 海軍中将。神風特別攻撃隊の創設者の一人。西暦1,945年8月16日2時頃、南平台町(東京都渋谷区)の官舎にて十字切腹・首胸刺切腹を行ったが失敗。第22代海軍次官多田武雄が軍医同行、児玉誉士夫が駆け付け、矢次一夫も熱海から到着。「貴様がくれた刀が斬れぬばかりにまた会えた」「軽挙妄動は慎め」を児玉に告げ、児玉の殉死意向を「馬鹿者。貴様が死んで糞の役に立つか。若い者は生きるんだよ。生きて新しい日本を作れ」と諌め、介錯・助命を拒否し旧部下・淑恵夫人・多田・児玉・矢次宛の遺書5通を残し死去。「此れでよし百万年の仮寝かな」が辞世の句。
  • 多田武雄・矢次一夫・小園安名・富岡定俊 西暦1,945年8月16日の大西瀧治郎切腹現場に関わる4名。①第22代海軍次官多田武雄は使用人の通報を受け軍医を連れて急行②矢次一夫は昼過ぎに熱海から到着③第三〇二海軍航空隊司令小園安名は大西が児玉を介して「軽挙妄動は慎め」と伝達依頼した相手④軍令部第一部長富岡定俊は遺書別紙で「青年将兵指導上の一助ともならばご利用ありたし」と託された相手。
  • 高源重吉・吉田彦太郎 ①高源重吉は児玉機関の最高幹部で計画立案担当。西暦1,945年8月20日に華中・華南地区の財産回収の為朝日新聞社機で上海行、8月25日に金・ダイヤモンド等3,200,000,000円分を海軍爆撃機に積載し離陸失敗・別機載替後大阪着陸機体逆転破損・更に別軍用機で東京日銀本店地下金庫に保管。②吉田彦太郎は児玉機関副機関長。西暦1,945年8月15日に日本帰国後、児玉が三菱銀行麹町支店から引き出した60,000,000円超のうち40,000,000円を受け取った。華中・華南地区に貴金属等財産を置き残したものを高源が回収に行った。
  • 米内光政・石渡荘太郎 ①第24代海軍大臣米内光政は、西暦1,945年8月に児玉から日銀地下金庫輸送貴金属を含む財産全ての海軍引き渡し申し出を受けるも、「受け取るべき海軍はもう無い、此れは全て君の裁量で国家の為に使え」と引取を拒絶した。②第12代宮内大臣石渡荘太郎は、西暦1,945年8月14日に児玉が皇室献上を試みた20,000,000,000円相当貴金属に対し、皇室が連合国軍に怒られ迷惑する事を理由に持ち帰る様言って献上を拒絶した。
  • 鳩山一郎・石橋正二郎 ①鳩山一郎は旧立憲政友会の人物。西暦1,945年8月22日に芦田均・安藤正純・植原悦二郎の要請で軽井沢から上京、音羽の自宅空襲半焼により石橋正二郎の麻布自宅に間借り住まいし新党結成準備を開始。10月23日石橋自宅の結成準備会で児玉から「絶対に天皇制を護持して下さい」と言われ「絶対にそうせねばならない」と涙で答え、11月2日に児玉・辻嘉六から日本自由党70,000,000円資金提供・ダイヤモンド貴金属寄贈合意を得る。11月9日に日比谷公会堂で日本自由党総裁就任。②石橋正二郎はブリジストンタイヤ(現ブリジストン)創業者で東京都港区麻布自宅を鳩山に提供。長女鳩山安子は鳩山一郎の長男鳩山威一郎の妻。
  • 松野鶴平・芦田均・安藤正純・植原悦二郎 日本自由党結党準備に関わる4名。①松野鶴平は三田台町自宅が戦災に遭い本庄(埼玉県)に疎開、新党結成準備に加わる。②芦田均は第14代厚生大臣、旧立憲政友会から鳩山一郎に上京を求める。③安藤正純は旧立憲政友会から鳩山一郎に上京を求め、日本自由党結党時に政調会長就任。④植原悦二郎は旧立憲政友会から鳩山一郎に上京を求めた。
  • 辻嘉六・河野一郎・三木武吉 ①辻嘉六は西暦1,945年9月に米内光政の児玉財産引取拒絶後、立憲政友会再建の為に児玉の財産を使わせて欲しいと依頼。10月23日石橋自宅結成準備会・11月2日鳩山訪問で日本自由党70,000,000円資金提供合意を取り纏め、児玉から預けられた残余財産のラジウムを自宅庭に埋蔵。西暦1,948年12月21日死去、12月24日築地本願寺葬儀。②河野一郎は西暦1,945年11月9日日比谷公会堂日本自由党結党時に幹事長就任。③三木武吉は同結党時に総務会長就任。
  • 岸信介 西暦1,948年12月24日に笹川良一・児玉誉士夫・青木一男・安倍源基他19名と共に巣鴨拘置所から不起訴で釈放。CIAから笹川・児玉・岸の3名にエージェントとして働く事の約束を取り付けられ、引き換えに釈放された。
  • 萩原吉太郎・チャールズ・ウィロビー ①萩原吉太郎は北海道炭礦汽船社長。子会社「小倉商事」名義の手形が、西暦1,949年7月の児玉ラジウム担保闇金活用に使われた。②チャールズ・ウィロビーはGHQ参謀第2部長。西暦1,948年中に巣鴨拘置所釈放後の児玉誉士夫と接触した。
  • ユジーン・ドゥーマン・ジョン・ハウリー・ケイ・スガワラ CIA朝鮮戦争タングステン密輸入工作の関係者3名。西暦1,952年、CIAは朝鮮戦争によるアメリカ軍ミサイル強化を意図し、①ユジーン・ドゥーマン②元OSSジョン・ハウリーに2,800,000ドルの資金提供。③元OSSケイ・スガワラと児玉誉士夫の手配で旧日本軍将校武器貯蔵庫からタングステン購入。ドゥーマン・ハウリー等は密輸入タングステンをアメリカ国防総省に10,000,000ドルで売却し、児玉が2,000,000ドル、ドゥーマン・ハウリー等が2,000,000ドル超の利益を得た。
  • バーク・ヒッケンルーパー・ジョン・スパークマン・エヴァレット・ダークセン 日本テレビ放送網設立の議会説得工作を展開した3名。①アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー②アメリカ上院外交委員会ジョン・スパークマン③軍事委員会委員エヴァレット・ダークセン。「アメリカ軍が日本本土で行う軍事作戦に関し、日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けて貰う為には、テレビで娯楽・スポーツ番組を大量に放送し、其方の方に、日本人の気を反らす必要が有る」として議会説得を展開した。
  • 正力松太郎 日本テレビ放送網設立の実行者。ニューヨークに在る、政界に強力なコネクションを持つマーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所経由で、アメリカ国防総省に対し、日本テレビ放送網を日本支配とアメリカの政策宣伝として用いる趣旨を伝え、ペンタゴンに協力を要請した。西暦1,952年10月28日、ペンタゴンと児玉誉士夫経由でのCIAの資金提供により日本テレビ放送網が設立された。

主要な概念・組織

  • 昭和通商 西暦1,939年4月20日、①三井物産②三菱商事③大倉産業の3社が各5,000,000円を共同出資、資本金15,000,000円で設立。本社は東京市日本橋区小舟町の小倉石油ビル内。表向きは陸軍の旧式となった武器を中近東等の第三国に輸出しタングステン等の軍需物資を現地調達する商社だが、実態は諜報活動とアヘン取引を行う陸軍の特務機関。中華民国工作員に綿布・綿糸・硫安を持たせ国民党軍前線部隊司令官とタングステン物々交換、製造したヘロインを持ち込みタングステンとバーター取引、バイアス湾で海賊襲撃船員射殺事件あり。本書の軍需物資調達系譜の起点。
  • 里見機関 西暦1,939年5月、里見甫が昭和通商・青幇・紅幇等と連携し上海アヘン密売を取り仕切る為に設立。ペルシャ・モンゴル産アヘンの売買利益を関東軍戦費に充て、一部は汪兆銘政権に資金を流した。関東軍極秘生産の満洲産アヘンや海南島産アヘンも取り扱い、満洲産アヘンは陸軍指示で石油缶輸送税関無通過昭和通商経由中国持込。アヘン価格は張家口20円/天津40円/上海80円/シンガポール160円(各37g)。三井物産が35円/32gで軍に納入、里見機関が22〜23円/gで宏済善堂に卸す流通網を構築し、青幇杜月笙・盛文頤・笹川良一・児玉誉士夫・吉田裕彦・岩田幸雄・許斐氏利・阪田誠盛・清水行之助の地下人脈を形成。
  • 松機関・杉工作 西暦1,940年1月28日、阪田誠盛を長として設立された陸軍特務機関。諜報活動・特殊工作を担い、①中国現地情報収集②アヘン国内密売③「杉工作」と命名された登戸研究所(現神奈川県川崎市多摩区東三田)印刷偽札の中国国内流通工作に従事。里見機関は松機関から偽札の提供を受けていた。
  • 児玉機関 西暦1,941年11月、国粋大衆党総裁笹川良一の仲介及び海軍航空本部総務部長山縣正郷の依頼で、児玉誉士夫が上海海軍航空本部嘱託として組織した軍需物資調達組織。上海大厦に所在し最上階には清の皇族川島芳子が居住。①タングステン②ラジウム③コバルト④ニッケル⑤銅⑥プラチナ⑦雲母⑧潤滑油の海軍航空本部納入独占契約を持ち、軍の権威を利用した拳銃を使った強盗等で戦略物資を調達。京城出張所を置き朝鮮各地で砂金・真鍮収集、陸軍弾薬を児玉の船で台湾輸送し砂糖・蜜柑調達も実施。
  • 鐘打鉱山・乙女鉱床 児玉機関のタングステン国内採掘拠点。①日南鉱業が西暦1,942年に京都府船井郡和知町(現京都府船井郡京丹波町)の鐘打鉱山でタングステン・モリブデン採掘開始、社長に児玉誉士夫就任。タングステンは物理的に非常に高い強度を持ち対戦車砲砲弾・戦車装甲板に使用。②西暦1,944年、山梨県塩山市千野(現山梨県甲州市塩山千野)の乙女鉱山会社を開発会社として児玉機関が乙女鉱床の鉱業権を取得。
  • 20,000,000,000円相当貴金属輸送・日銀本店地下金庫接収 西暦1,945年8月14日午後、海軍航空本部依頼の児玉誉士夫が、児玉機関チャーターの朝日新聞社機で上海から島根空港へ①金の延べ棒②プラチナ③ダイヤモンド④ヒスイの貴金属等20,000,000,000円相当を輸送、銀座児玉機関東京本部ビル地下室収蔵。第12代宮内大臣石渡荘太郎の連合国軍迷惑理由皇室献上拒絶を経て慶應義塾大学日吉地下室、GHQ海軍航空本部所有物資提出命令により接収、旧軍部隠匿貴金属類摘発の日銀本店(現東京都中央区日本橋本石町)地下金庫保管。8月25日に高源重吉が3,200,000,000円分を別便輸送し同金庫に追加。児玉財産は西暦1,945年8月15日時点で175,000,000ドルに膨脹。
  • 日本自由党結党・70,000,000円資金提供 西暦1,945年8月22日、旧立憲政友会の芦田均・安藤正純・植原悦二郎の要請で軽井沢から上京した鳩山一郎が、音羽自宅空襲半焼により石橋正二郎(ブリジストンタイヤ創業者)の麻布自宅に間借り住まいで新党結成準備開始、松野鶴平も合流。10月23日石橋自宅結成準備会に児玉誉士夫・辻嘉六が参加し児玉機関財産を政治資金として寄付する事に合意、児玉「絶対に天皇制を護持して下さい」鳩山「絶対にそうせねばならない」涙で応答。11月2日夜に児玉・辻が鳩山を訪ね、日本自由党に対し70,000,000円資金提供とダイヤモンド等貴金属寄贈に合意、鳩山が貴金属を売り捌き、辻が残余ラジウム等を自宅庭に埋蔵。11月9日、日比谷公会堂で①鳩山一郎(総裁)②河野一郎(幹事長)③第14代厚生大臣芦田均④安藤正純(政調会長)⑤三木武吉(総務会長)等により結党式開催。
  • 巣鴨拘置所A級戦犯収容・19名同時釈放・CIAエージェント化 西暦1,946年1月、児玉誉士夫が自首し自ら進んでA級戦犯容疑者として逮捕、巣鴨拘置所収容。西暦1,948年12月24日に①笹川良一②児玉誉士夫③岸信介④青木一男⑤安倍源基⑥天羽英二⑦安藤紀三郎⑧石原広一郎⑨岩村通世⑩後藤文夫⑪須磨弥吉郎⑫寺島健⑬西尾寿造⑭本多熊太郎⑮葛生能世⑯大川周明⑰多田駿⑱谷正之⑲高橋三吉の19名が不起訴釈放。CIAは笹川・児玉・岸にエージェントとして働く約束を取り付け引き換え釈放、児玉は同年中にチャールズ・ウィロビーと接触。同日辻嘉六葬儀が築地本願寺、鳩山一郎参列。
  • ESSラジウム引渡・GHQ調査・癌研究会付属病院保管 西暦1,948年12月28日、児玉誉士夫が進駐ESS(経済科学局)にラジウムを引渡、香港サナトリウム病院(現香港島湾仔区)略奪分を含む。西暦1,949年1月22日・2月19日・3月30日にGHQメモランダム・スキャッピンで日本政府に調査委嘱、引揚援護庁残務処理部から外務省特殊財産局長宛文書送付「児玉と米軍情報機関との関係を解明するのに役立つ」。最終的にラジウムの内6割が児玉所有となるが贈与・売却体回避の為癌研究会付属病院(東京都豊島区上池袋)保管・癌治療使用。同年7月、児玉が闇金にラジウムを持ち込み北海道炭礦汽船子会社「小倉商事」(萩原吉太郎社長)名義手形を担保に大量振出。
  • CIA150,000ドル詐取・1952年タングステン密輸入 西暦1,950年、児玉誉士夫がCIAからタングステン中国大陸日本密輸入を請負い150,000ドルを受領するも「タングステンを積んだ船が途中で沈没した」と報告し返金拒否。西暦1,952年、CIAは朝鮮戦争アメリカ軍ミサイル強化を意図しユジーン・ドゥーマン・元OSSジョン・ハウリー等に2,800,000ドル資金提供、児玉誉士夫・元OSSケイ・スガワラ手配で旧日本軍将校武器貯蔵庫からタングステン購入。ドゥーマン・ハウリー等は此のタングステンをアメリカ国防総省に10,000,000ドルで売却、児玉2,000,000ドル・ドゥーマン・ハウリー等2,000,000ドル超利益を得て、児玉は此の資金を西暦1,953年衆院選・参院選で保守派の候補者に投入した。
  • 日本テレビ放送網設立 西暦1,952年10月28日、ペンタゴンと児玉誉士夫経由でのCIAの資金提供により設立。①アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長バーク・ヒッケンルーパー②アメリカ上院外交委員会ジョン・スパークマン③軍事委員会委員エヴァレット・ダークセンが「アメリカ軍が日本本土で行う軍事作戦に関し、日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けて貰う為には、テレビで娯楽・スポーツ番組を大量に放送し、其方の方に、日本人の気を反らす必要が有る」として議会説得工作を展開。正力松太郎はマーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所(ニューヨーク)経由でアメリカ国防総省に日本テレビ放送網を日本支配・アメリカ政策宣伝として用いる趣旨を伝えペンタゴン協力要請。本書が記録する児玉誉士夫14年間の軍需物資原料調達と戦後保守政治・メディア支配への戦時略奪財産流入の到達点である。

児玉誉士夫の外交官河相達夫斡旋による外務省情報部嘱託就任・上海情報活動、昭和通商設立とアヘン・タングステンバーター取引・里見機関アヘン密売・松機関偽札工作、笹川良一仲介・海軍航空本部山縣正郷依頼「児玉機関」上海大厦組織(最上階川島芳子居住)とタングステン・ラジウム・コバルト海軍納入独占契約、日南鉱業鐘打鉱山・乙女鉱床採掘、海軍航空本部依頼朝日新聞社機上海島根20,000,000,000円相当貴金属輸送と石渡荘太郎皇室献上拒絶・GHQ接収・日銀本店地下金庫保管・財産175,000,000ドル蓄財、大西瀧治郎切腹立会、米内光政「君の裁量で国家の為に使え」財産引取拒絶、辻嘉六立憲政友会再建依頼と石橋正二郎自宅鳩山新党結成準備会・天皇制護持涙合意・日本自由党70,000,000円資金提供ダイヤモンド貴金属寄贈・辻自宅庭ラジウム埋蔵・日比谷公会堂結党式、児玉自首A級戦犯巣鴨拘置所収容、辻嘉六死去と19名巣鴨拘置所釈放・笹川・児玉・岸信介CIAエージェント約束釈放交換・チャールズ・ウィロビー接触・築地本願寺辻葬儀・ESSラジウム引渡(香港サナトリウム病院略奪含)、GHQメモランダム調査と癌研究会付属病院保管癌治療使用・北海道炭礦汽船子会社小倉商事萩原吉太郎手形担保闇金活用、CIA児玉タングステン中国大陸日本密輸入150,000ドル沈没報告金返却拒否、CIA朝鮮戦争ミサイル強化ドゥーマン・ハウリー2,800,000ドル資金提供と児玉・ケイ・スガワラ手配旧日本軍タングステン購入・国防総省10,000,000ドル売却・児玉2,000,000ドル利益・1953年衆参院選保守派候補資金、ペンタゴンCIA児玉経由日本テレビ放送網設立とヒッケンルーパー・スパークマン・ダークセン議会説得工作・正力松太郎国防総省協力要請迄──
児玉誉士夫の上海情報活動・昭和通商アヘンタングステンバーター取引を起点に、里見機関アヘン密売・松機関偽札工作・児玉機関タングステンラジウム独占納入・鐘打鉱山乙女鉱床採掘・敗戦時20,000,000,000円相当貴金属輸送と日銀本店地下金庫接収・大西瀧治郎切腹立会・米内光政財産引取拒絶・辻嘉六依頼70,000,000円ダイヤモンド日本自由党結党資金提供・巣鴨拘置所A級戦犯収容と19名同時釈放・CIAエージェント化・ウィロビー接触・ESSラジウム引渡・癌研究会付属病院保管・闇金小倉商事手形・CIA150,000ドルタングステン密輸入詐取・1953年衆院選参院選保守派候補資金・日本テレビ放送網設立資金流入に至った、児玉誉士夫14年間の軍需物資原料調達と戦後保守政治・日本テレビ放送網設立への戦時略奪財産流入の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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