電子書籍「マシュー・ペリーの浦賀来航 井戸弘道・戸田氏栄のミラード・フィルモアの親書受け取り一元化」の表紙

マシュー・ペリーの浦賀来航
井戸弘道・戸田氏栄の
ミラード・フィルモアの
親書受け取り一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,853年7月8日〜7月17日
ページ数
4ページ
最新更新日
西暦2,026年7月21日

西暦1,853年、四隻の黒船が浦賀沖に現れた──
開国前夜の十日間を、年月日単位で一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,853年7月8日午前、アメリカ海軍東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーは、旗艦サスケハナ・ミシシッピ・プリマス・サラトガの四隻を率いて浦賀水道を北上した。水兵・科学者・技術者・音楽隊員・通訳ら約1,000名を伴った艦隊は、観音崎と富津岬を結ぶ日本の防衛線を越え、四隻で計73門の大砲から空砲を放ちながら江戸方面へと迫る。17時、晴天の下で四隻は一列に投錨し、浦賀の町に砲門を向けた。日本側の警備船が「即刻退去せよ」とフランス語で大書した旗を掲げて取り囲んだが、ペリーは役人の乗船を一切拒み、ミラード・フィルモアの親書を持参している以上、相応の身分の者としか会わぬとして船室に籠った。本書は、此の緊迫の来航を起点に、開国へと続く十日間の駆け引きを年月日単位で一元化した記録である。

膠着を破ったのは、浦賀奉行所の機転であった。小通詞堀達之助は第一声「I can speak Dutch」とオランダ語を解する事を主張し、与力中島三郎助を、実在しない「副奉行」と偽って乗船させる。交渉は通訳アントン・ポートマンを介してオランダ語で行われた。中島は船上で船体構造・搭載砲(ペクサン砲・ダールグレン砲)・蒸気機関を入念に調べ、アメリカ側に「密偵の様だ」と記録された。翌7月9日には、与力香山栄左衛門が今度は浦賀奉行を詐称してサスケハナを訪れ、艦長フランクリン・ブキャナンらと会談する。ブキャナンは長崎回航の要求を退け、相応の高官を出さねば武力に訴えてでも上陸し、ペリー自ら徳川家慶に親書を呈すると迫った。香山は四日の猶予を求め、ペリーは三日と答えた。

香山の報告は江戸詰の浦賀奉行井戸弘道へと上げられる。そして7月11日、阿部正弘が決断を下した。「国法には反するが、国書を受け取るだけなら条約を結んだ訳でも通商を認めた訳でも無く、主権侵害には当たらない」──こうして阿部は、長崎奉行を通さずに久里浜でフィルモアの親書を受理する事を決め、井戸弘道に対し、浦賀へ赴いてもう一人の浦賀奉行戸田氏栄と協議し、親書を受け取る様命じた。徳川家慶が病床に伏す中での、苦渋の判断であった。一方でアメリカ側は、四隻から武装短艇を派遣して浦賀湊内から江戸湾深くまでを測量し、抗議を無視して既成事実を積み重ねていた。

7月14日、国書伝達の日が訪れる。10時、サスケハナの13発の礼砲の下、ペリーは250名の水兵・海兵隊を率い、15隻のボートで久里浜に盛大に上陸した。海兵隊が捧げ銃をし、軍楽隊が「ヘイル・コロンビア」を奏でる中、フィルモアの親書は戸田氏栄と井戸弘道の二人に手渡された。親書が求めたのは、通商・石炭と食糧の供給・難破民の保護の三点である。江戸幕府は家慶の病を理由に決定を保留し、「国書は受け取ったのだから速やかにお引き取りを」と記した受領書を返したが、伝達式そのものは二十分ほどで終わり、外交交渉は一切行われなかった。式の後もペリーの艦隊は停泊候補地の測量を続け、武蔵国橘樹郡生麦村あたりにまで進入して、次回来航に備えた。

7月15日夕方、艦隊は四隻を再び北上させ、江戸湾深くへと侵入する。ミシシッピに乗ったペリーは、サスケハナと共に江戸の街を見渡せる所まで艦を進め、日が暮れてから大砲を放って威嚇した上で、小柴沖へと引き返した。そして7月17日、艦隊は浦賀を出航する。ペリーは翌春の再来航を予告して琉球王国へと去り、松代藩が幕閣に願い出ていた御殿山への出兵命令も無く、江戸湾は静けさを取り戻した。発行部数を生む興行ではなく、一通の親書が押し開けた開国への扉──その十日間の全軌跡を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • マシュー・ペリー アメリカ海軍東インド艦隊司令長官。軍艦四隻を率いて浦賀沖に来航し、ミラード・フィルモアの親書を持参した。相応の身分の役人としか会わぬとして船室に籠り、久里浜では250名を率いて上陸。出航時に翌春の再来航を予告した。
  • フランクリン・ブキャナン 旗艦サスケハナの艦長。香山栄左衛門の長崎回航要求を退け、相応の高官を派遣しなければ武力に訴えてでも上陸し、ペリー自ら親書を呈すると迫った。
  • ヘンリー・A・アダムズ アメリカ海軍東インド艦隊参謀長。サスケハナ船上での日本側との会談に臨んだ。
  • ジョン・コンティ 東インド艦隊旗艦副官。中島三郎助・香山栄左衛門との最初の接触の窓口となり、交渉に当たった。
  • アントン・ポートマン アメリカ側の通訳。日本側との交渉は、彼を介してオランダ語で行われた。
  • サイラス・ベント ミシシッピ所属の大尉。江戸湾測量中、武装した40隻の警備船に遭遇したが、その間を突き進んで進路を変え、ミシシッピへ伝令を送って接近を要請した。
  • 中島三郎助 浦賀奉行所与力・応接掛。堀達之助により実在しない「副奉行」として紹介され乗船。船体・搭載砲・蒸気機関を入念に調査し、アメリカ側に「密偵の様だ」「大胆で出しゃばり、しつこく詮索好き」と記録された。
  • 堀達之助 浦賀奉行所の小通詞。サスケハナで第一声「I can speak Dutch」とオランダ語を解する事を主張し、中島三郎助を副奉行と偽って乗船を実現させた。
  • 香山栄左衛門 浦賀奉行所与力。浦賀奉行を詐称してブキャナンらと会談し、猶予を引き出した。後に久里浜での親書受領を伝え、サスケハナ船内で地球儀を前にニューヨークとワシントンD.C.の位置を言い当て、アメリカ側を驚かせた。
  • 阿部正弘 老中首座。「国書を受け取るだけなら主権侵害には当たらない」とし、長崎奉行を通さず久里浜で親書を受理する事を決断。井戸弘道に対し、戸田氏栄と協議して親書を受け取る様命じた。
  • 井戸弘道 浦賀奉行(江戸詰)。香山栄左衛門の報告を受け、阿部正弘の命によって浦賀へ赴き、久里浜でフィルモアの親書を受け取った。
  • 戸田氏栄 浦賀奉行。久里浜の国書伝達式で、井戸弘道と共にフィルモアの親書を受領した。
  • 徳川家慶 江戸幕府第12代将軍。来航時は病床にあり、親書への返答を保留せざるを得なかった。
  • 佐久間象山 松代藩の兵学者。来航当日は木挽町の五月塾で砲術と経書を教授していた。松代藩は御殿山への出兵を幕閣に願い出ていた。

艦船と随行団

  • サスケハナ マシュー・ペリーが座乗した旗艦の蒸気フリゲート。日本側との会談はこの艦上で行われ、久里浜上陸の際には13発の礼砲を放った。
  • ミシシッピ 蒸気フリゲート。江戸湾を測量する短艇隊を護衛して警備船を退かせた。7月15日にはペリーが乗艦し、江戸の街を望む所まで艦を進めた。
  • プリマス 艦隊を構成した帆走スループ。他の三隻と共に武装短艇を派遣し、浦賀湊内の測量に加わった。
  • サラトガ 帆走スループ。来航当日、接舷を試みた日本側の警備船がロープや鎖を投げ掛けると、水兵がそれを切断し、槍・短剣・拳銃で追い払った。
  • ウィリアム・ハイネ 艦隊に同行した画家・旅行記録者。遠征の情景を絵に残した。
  • エリファレット・ブラウン・ジュニア 同行した画家。来航の様子を記録した。
  • サミュエル・ウィリアムズ アメリカ側の通訳。浦賀沖で、片言の日本語を交えて日本側に話しかけた。
  • ジェームズ・モロウ 同行した植物学者。遠征に学術調査の役割を担った。

浦賀来航から久里浜の親書受領、そして出航まで──
ペリーが押し開けた開国への扉を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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