電子書籍「マシュー・ペリーの浦賀来航、井戸弘道・戸田氏栄のミラード・フィルモアの親書受け取り一元化」の表紙

マシュー・ペリーの浦賀来航
井戸弘道・戸田氏栄の
ミラード・フィルモアの
親書受け取り一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,853年7月8日〜西暦1,853年7月17日
※旧暦は全て西暦に変換しています
最新更新日
西暦2,026年4月3日

黒煙を上げる蒸気船、砲門を向けた4隻──
鎖国の終焉を告げた10日間の全記録。

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本書について

西暦1853年7月8日、マシュー・ペリーが旗艦サスケハナを先頭に4隻の艦隊を率いて浦賀水道を北上してから、西暦1853年7月17日、艦隊が浦賀を出航し琉球王国へ向かうまで。本書は、アメリカ海軍東インド艦隊の来航と、江戸幕府によるミラード・フィルモアの親書受け取りに至る10日間の全過程を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。

蒸気船サスケハナとミシシッピ、帆走軍艦プリマスとサラトガの4隻で計73門の大砲を擁するペリー艦隊は、観音崎と富津岬を結ぶ日本の防衛線を突破し、浦賀の町に砲門を向けて投錨した。約1,000名の水兵・科学者・技術者・通訳を従えたペリーは、日本側の退去要求を一切無視し、相応の身分の役人としか会わないと宣言して船室に籠った。浦賀奉行所与力中島三郎助と小通詞堀達之助は、中島を副奉行と詐称して乗船を果たし、中島は船体構造・搭載砲・蒸気機関を入念に調査した。

翌日以降、浦賀奉行所与力香山栄左衛門が浦賀奉行を詐称してサスケハナを訪れ、長崎への回航を求めたが、艦長フランクリン・ブキャナンは武力行使も辞さない姿勢を示した。一方、ペリーは武装した短艇を派遣して浦賀湊内を測量させ、更にミシシッピを護衛に付けて江戸湾内に約20km侵入する等、軍事的圧力を強めた。

老中阿部正弘は「国書を受け取るだけなら主権侵害にはならない」と判断し、長崎奉行を通さず久里浜で親書を受理する事を決定した。西暦1853年7月14日、浦賀奉行井戸弘道と戸田氏栄がフィルモアの親書を受け取る国書伝達式が久里浜で執り行われ、250名の水兵・海兵隊が上陸する中、通商・石炭と食糧の供給・難破民の保護を求める親書が手渡された。伝達式は20分程で終了し、外交交渉は一切行われなかった。翌春の再来航を予告したペリー艦隊は、江戸湾深くに侵入して大砲で威嚇した後、浦賀を出航した。本書は、此の10日間に起きた全出来事を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • マシュー・ペリー アメリカ海軍東インド艦隊司令長官。旗艦サスケハナに乗船し、4隻の艦隊を率いて浦賀に来航。相応の身分の役人としか会わないと宣言し、船室に籠って面会を拒否し続けた。
  • 井戸弘道 江戸詰の浦賀奉行。阿部正弘の命により浦賀へ赴き、戸田氏栄と共に西暦1853年7月14日の久里浜における国書伝達式でフィルモアの親書を受け取った。
  • 戸田氏栄 浦賀奉行。井戸弘道と共に久里浜の国書伝達式に臨み、フィルモアの親書を受け取った。
  • 阿部正弘 老中。「国書を受け取るだけなら主権侵害にはならない」と判断し、長崎奉行を通さず久里浜で親書を受理する事を決定した。井戸弘道に浦賀行きを命じた。
  • 中島三郎助 浦賀奉行所与力で応接掛。堀達之助に副奉行として紹介され、サスケハナへの乗船を果たした。乗船中に船体構造・搭載砲・蒸気機関を入念に調査し、ペリー側から「密偵の様だ」と記録された。
  • 堀達之助 小通詞。第一声でオランダ語が話せる事を主張し、中島三郎助と共にサスケハナを訪れた。中島を副奉行として紹介し、乗船を可能にした。
  • 香山栄左衛門 浦賀奉行所与力。浦賀奉行を詐称してサスケハナを訪れ、ブキャナン・アダムズ・コンティと会談した。長崎への回航を要求したが拒否された。地球儀でニューヨークとワシントンD.C.の位置を平然と指し示し、アメリカ側を驚かせた。
  • フランクリン・ブキャナン サスケハナ艦長。香山栄左衛門との会談で、高官を派遣しなければ武力に訴えてでも上陸する旨を伝えた。
  • ヘンリー・A・アダムズ アメリカ海軍東インド艦隊参謀長。香山栄左衛門との会談に臨んだ。
  • ジョン・コンティ アメリカ海軍東インド艦隊旗艦副官。中島・香山との最初の接触窓口となり、交渉を行った。
  • サイラス・ベント ミシシッピ号の大尉。江戸湾内の測量中、40隻の日本側警備船に遭遇し、ミシシッピを接近させる様要請した。
  • シドニー・スミス・リー ミシシッピ艦長。ベントの要請を受けてミシシッピを接近させ、日本側の警備船を退去させた。
  • ウィリアム・ハイネ ペリー艦隊に同行した人物。
  • エリファレット・ブラウン・ジュニア ペリー艦隊に同行した画家。
  • サミュエル・ウィリアムズ ペリー艦隊に同行した人物。片言の日本語で堀達之助に話しかけた。
  • アントン・ポートマン ペリー艦隊の通訳。交渉はポートマンを介してオランダ語で行われた。
  • ジェームズ・モロウ ペリー艦隊に同行した植物学者。
  • 徳川家慶 第12代征夷大将軍。ペリー来航時、病床に伏せていた。
  • ミラード・フィルモア 第13代アメリカ合衆国大統領。ペリーに託した親書で、通商・石炭と食糧の供給・難破民の保護を要求した。

主要な艦船

  • サスケハナ ペリー艦隊の旗艦。マシュー・ペリーが乗船し、中島三郎助・堀達之助・香山栄左衛門との交渉の舞台となった。
  • ミシシッピ 蒸気船。江戸湾内の測量艇隊の護衛を務め、日本側の警備船を退去させた。艦長はシドニー・スミス・リー。
  • プリマス 帆走軍艦。艦隊を構成する4隻の1隻として浦賀に来航した。
  • サラトガ 帆走軍艦。日本側の警備船がロープや鎖を投げて接舷を試みたが、水兵に阻止された。

主要な地名

  • 浦賀 ペリー艦隊が投錨した場所。浦賀奉行所が置かれ、日本側の応接の拠点となった。
  • 久里浜 西暦1853年7月14日、国書伝達式が執り行われた海岸。井戸弘道・戸田氏栄がフィルモアの親書を受け取った。
  • 観音崎 現在の神奈川県横須賀市鴨居。富津岬と共に日本の防衛線を構成していた。
  • 富津岬 現在の千葉県富津市。観音崎と共に日本の防衛線を構成していた。
  • 小柴沖 現在の神奈川県横浜市金沢区柴町。江戸湾深くに侵入した艦隊が引き返した地点。

蒸気船の黒煙、73門の大砲、詐称と密偵──
開国への10日間を辿る。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。