電子書籍「アメリカ独立戦争の黒幕ハイム・サロモン一元化」の表紙

アメリカ独立戦争の黒幕
ハイム・サロモン一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,772年〜西暦1,784年
最新更新日
西暦2,025年11月25日

フィラデルフィア、ニューヨーク、ヨークタウン──
アメリカ独立戦争の資金面を陰で支えた仲買人の生涯を年月日単位で追跡した一冊。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,772年、第1次ポーランド分割の影響でポーランドからアメリカへ渡ったハイム・サロモンは、フィラデルフィアで仲買業を開業した。此の際メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、サロモンに対しアメリカ独立戦争の為の軍資金として3,000,000ドルを預け、此の資金はアメリカの政治家の買収にも使われた。本書は、此のユダヤ人金融仲介者がアメリカに到着してから、西暦1,784年6月13日の北アメリカ銀行増資への出資迄、12年に亘る独立戦争の資金調達と裏面工作の全過程を、一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。

アメリカ到着後ハイム・サロモンは、ジョージ・ワシントンに会い、ワシントンの寄せ集め軍隊であった独立軍が、制服も無く、軍備も底をつき、多くが靴を履いていない為、イギリスに対して降伏する用意が出来ていた事を悟った。一方ヨーロッパでは、ヴィルヘルム9世の側室ローザ・ドロテア・リッターの子供の作文と音楽の教師として雇われていたカール・ビュデルスが、西暦1,776年頃ヴィルヘルム9世からハーナウ宮殿の財務官に任命され、両替商を営んでいたメイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、ビュデルスから気に入られ、ヴィルヘルム9世がイギリス政府から受け取る傭兵代金を割り引く業務を回して貰い、利益を得た。其の利益からハイム・サロモンへの資金提供を行い、第二次大陸会議やアメリカの政治家を買収した。

西暦1,776年9月、ハイム・サロモンはニューヨークにてイギリスの将軍ジェームズ・ロバートソンにスパイ容疑で逮捕され、ニューヨークの軍事刑務所であるプロボスト刑務所に送られ、18ヶ月間イギリスの監獄船で過ごす事となった。従来であればサロモンは死刑であったが、ドイツ語が堪能であった為、ヘッセン軍司令官で将軍のレオポルド・フィリップ・フォン・ハイスターが、イギリスの将校がヘッセン兵とコミュニケーションを取る為の通訳としてサロモンを釈放した。サロモンは通訳の際、500名のヘッセン兵にイギリス軍への支持を止める様説得し、更にイギリスの刑務所にいるアメリカ軍捕虜の脱出の手助けに多くの時間を費やした。西暦1,777年7月6日、ドイツにルーツを持つアメリカ植民地時代の名家フランクス家のユダヤ人仕立屋の娘であるレイチェル・フランクスとニューヨークのシナゴーグ「シアリス・イスラエル」で結婚し、12月からニューヨークの新聞に船舶への食料供給に関する自身の広告を掲載し始めた。

西暦1,778年8月9日、ハイム・サロモンはニューヨーク港でイギリス船に火を付け、市内のイギリス軍倉庫を破壊する計画に加担した疑惑に関しスパイ行為で再度逮捕され、死刑判決を受けた。しかし、レイチェル・フランクスや長男エゼキエル・サロモンと共にイギリス占領下のニューヨークから逃亡し、ニュージャージー・ペンシルベニアを経由し2週間掛けてフィラデルフィアに到着する事で死を免れた。同年8月25日、サロモンはアメリカでの活動やニューヨークでの実業家としての活動を纏めた記録を第二次大陸会議に提出し、5,000〜6,000ポンドの財産を失い、妻と生後1ヶ月の子供をニューヨークに残してきた事を報告した。

西暦1,781年、ハイム・サロモンはジョージ・ワシントンの口座に約650,000ドルを振り込み、資金提供を行なった。同年2月にはフィラデルフィアの新聞に自身のビジネス広告の出稿を開始し、当初はオフィスが無かった為、サロモンは代わりに毎日12時から14時迄フィラデルフィアのコーヒーハウスで顧客に会い、個人にも金利・手数料を安値で資金を融通し始め、後にジェームズ・マディソンも顧客となった。同年2月7日、第二次大陸会議はロバート・モリスを財務総監に任命したが、モリスのバックにはロスチャイルド家がおり、其の役割はアメリカの財政を困窮させる事であった。ハイム・サロモンが仲介役を務める事となった。同年8月、アメリカの資金が枯渇した事を知ったサロモンは、ジョージ・ワシントンの要望により、自らの資産から20,000ドルを連合会議に貸し付けた。同年10月19日、大陸軍・フランス軍連合軍がイギリス軍将軍チャールズ・コーンウォリス率いる7,000名の部隊をヨークタウンで降伏させたが、サロモンはイギリス軍を包囲した大陸軍に対し物資購入の為の資金調達に協力していた。

西暦1,782年、連合会議バージニア州代表ジェームズ・マディソンは、同じく連合会議バージニア州代表エドモンド・ランドルフに対し、自身が何度かハイム・サロモンをブローカーとして起用し、屡々手数料無料で取引を完了させていた事を手紙で知らせた。フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・シュトイベン、アーサー・セントクレア、トマス・ミフリンといった大陸軍の上級将軍もサロモンをブローカーとして起用していた。同年4月1日、北アメリカ銀行がペンシルベニア植民地から銀行会社設立特許状を付与され、資本金400,000ドルで株式会社の正貨銀行として設立され、ハイム・サロモンも2株を出資した。同年7月12日、サロモンはロバート・モリスに財務官の公式ブローカーを名乗る許可を求め、同年7月20日のペンシルベニア・パケット紙に、財務官・フランス総領事・フランス軍財務官へのブローカーとして働いている事を示す広告が掲載された。

西暦1,783年3月、ハイム・サロモンが手形を販売していたフィラデルフィアのフランス病院の院長のサロモンに対する債務不履行及び手形の存在を否定した刑事事件に関し、院長と其の財務代理人に有罪判決が下され、後に債務に弁護士費用を加えた3,500ポンドがサロモンに支払われた。西暦1,784年6月13日、北アメリカ銀行が資本金を430,000ドル増資し830,000ドルとし、ハイム・サロモンが自身と自身の経営するオランダ企業の為に出資し、他の数名の出資者も此れに続いた。本書は、此の12年に亘る独立戦争の資金調達と裏面工作の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • ハイム・サロモン アメリカ独立戦争の黒幕。西暦1,772年に第1次ポーランド分割の影響でポーランドからアメリカへ渡り、フィラデルフィアで仲買業を開業。メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドから3,000,000ドルの軍資金を預かった。西暦1,776年と西暦1,778年の2度に亘りイギリスに逮捕されるも、ドイツ語の堪能さを活かしての通訳業務及びフィラデルフィアへの脱出により死を免れた。西暦1,781年にはジョージ・ワシントンの口座に約650,000ドルを振り込み、自らの資産から20,000ドルを連合会議に貸し付けた。
  • メイヤー・アムシェル・ロスチャイルド ロスチャイルド家の祖。両替商を営んでいたが、カール・ビュデルスから気に入られ、ヴィルヘルム9世がイギリス政府から受け取る傭兵代金を割り引く業務を回して貰い、利益を得た。其の利益からハイム・サロモンに3,000,000ドルの軍資金を預け、第二次大陸会議やアメリカの政治家を買収した。ロバート・モリスのバックにもいた。
  • ジョージ・ワシントン アメリカ独立軍司令官。西暦1,772年にハイム・サロモンと会見した際、独立軍が制服も無く軍備も底をつき、多くが靴を履いていない為イギリスに降伏する用意が出来ていた。西暦1,781年にはサロモンから約650,000ドルが口座に振り込まれ、同年8月にもサロモンの要望により自らの資産から20,000ドルを連合会議に貸し付けて貰った。
  • ジェームズ・ロバートソン イギリスの将軍。西暦1,776年9月、ニューヨークにてハイム・サロモンをスパイ容疑で逮捕し、ニューヨークの軍事刑務所であるプロボスト刑務所に送った。
  • レオポルド・フィリップ・フォン・ハイスター ヘッセン軍司令官で将軍。西暦1,776年9月の逮捕後、ドイツ語が堪能であったハイム・サロモンを、イギリスの将校がヘッセン兵とコミュニケーションを取る為の通訳・装備・食料供給者として釈放した。
  • レイチェル・フランクス ドイツにルーツを持つアメリカ植民地時代の名家フランクス家のユダヤ人仕立屋の娘。西暦1,777年7月6日にニューヨークのシナゴーグ「シアリス・イスラエル」でハイム・サロモンと結婚した。西暦1,778年8月の二度目の逮捕後、長男エゼキエル・サロモンと共にイギリス占領下のニューヨークから逃亡し、フィラデルフィアに到着した。
  • エゼキエル・サロモン ハイム・サロモンとレイチェル・フランクスの長男。西暦1,778年8月の二度目の逮捕後、両親と共にイギリス占領下のニューヨークから逃亡し、フィラデルフィアに到着した。
  • アブラハム・I・アブラハムズ 西暦1,777年7月6日のハイム・サロモンとレイチェル・フランクスの結婚式の司会を務めた人物。
  • ヴィルヘルム9世 ヘッセン・カッセル方伯。側室ローザ・ドロテア・リッターの子供の作文と音楽の教師として雇われていたカール・ビュデルスをハーナウ宮殿の財務官に任命した。イギリス政府から傭兵代金を受け取っていた。
  • カール・ビュデルス ヴィルヘルム9世の側室ローザ・ドロテア・リッターの子供の作文と音楽の教師。西暦1,776年頃ヴィルヘルム9世からハーナウ宮殿の財務官に任命された。両替商であったメイヤー・アムシェル・ロスチャイルドを気に入り、ヴィルヘルム9世の傭兵代金割引業務を回して利益を得させた。
  • ローザ・ドロテア・リッター ヴィルヘルム9世の側室。其の子供の作文と音楽の教師としてカール・ビュデルスが雇われていた。
  • ヘッセン・カッセル方伯フリードリヒ2世 ヴィルヘルム9世の父。メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが食い込み、一族の秘密も把握して商売に利用した相手。
  • ロバート・モリス アメリカ財務総監。西暦1,781年2月7日に第二次大陸会議から任命された。バックにはロスチャイルド家がおり、其の役割はアメリカの財政を困窮させる事であった。ハイム・サロモンが仲介役を務めた。「モリス・ノート」と呼ばれる手形を発行し、5%の輸入関税等の政府租税を掛けて戦時債務を返済しようとしたが後に失敗した。北アメリカ銀行の主要株主の1人。
  • ジェームズ・マディソン 連合会議バージニア州代表。ハイム・サロモンを何度かブローカーとして起用し、屡々手数料無料で取引を完了させた。西暦1,782年にエドモンド・ランドルフに対し其の事を手紙で知らせた。
  • エドモンド・ランドルフ 連合会議バージニア州代表。西暦1,782年にジェームズ・マディソンから手紙を受け取り、自身もハイム・サロモンをブローカーとして起用した。
  • フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・シュトイベン 大陸軍の上級将軍。ハイム・サロモンをブローカーとして起用していた。
  • アーサー・セントクレア 大陸軍の上級将軍。ハイム・サロモンをブローカーとして起用していた。
  • トマス・ミフリン 大陸軍の上級将軍。ハイム・サロモンをブローカーとして起用していた。
  • ウィリアム・ビンガム 西暦1,782年、ロバート・モリスがフランス軍の会計係への借金返済の為の20,000ドルを必要とした際、ハイム・サロモンを仲介者として融資を依頼された人物。当初は断ったが、後に同意した。北アメリカ銀行の主要株主の1人。
  • ジョン・ロス フィラデルフィアの商人。西暦1,782年、ロバート・モリスがフランス軍の会計係への借金返済の為の20,000ドルを必要とした際、ハイム・サロモンを仲介者として融資を依頼されたが、融資を断った。
  • ジェレマイア・ワズワース コネチカットの商人。北アメリカ銀行の主要株主の1人。
  • チャールズ・コーンウォリス イギリス軍将軍。西暦1,781年10月19日、ヨークタウンで率いる7,000名の部隊が大陸軍・フランス軍連合軍に降伏した。ハイム・サロモンはイギリス軍を包囲した大陸軍に対し物資購入の為の資金調達に協力していた。

主要な概念・組織

  • 第1次ポーランド分割 西暦1,772年に行われたポーランドの領土分割。此の影響によりハイム・サロモンはポーランドからアメリカへ渡る事となり、フィラデルフィアで仲買業を開業した。
  • 第二次大陸会議 アメリカ独立戦争中の代表者会議。メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドからハイム・サロモンを通じて買収された。西暦1,778年8月25日にはサロモンが活動記録を提出し、西暦1,781年2月7日にはロバート・モリスを財務総監に任命した。不換紙幣である政府紙幣を大量発行しインフレを招いた。
  • プロボスト刑務所 ニューヨークの軍事刑務所。西暦1,776年9月のスパイ容疑で逮捕されたハイム・サロモンが送られた施設。サロモンは此処を含めイギリスの監獄船で18ヶ月間過ごした。
  • シアリス・イスラエル ニューヨークのシナゴーグ。西暦1,777年7月6日のハイム・サロモンとレイチェル・フランクスの結婚式が行われた場所。司会はアブラハム・I・アブラハムズが務めた。
  • 大陸軍 アメリカ独立戦争中のアメリカ側軍隊。ジョージ・ワシントンが司令官を務めた。寄せ集め軍隊であり、制服も無く軍備も底をつき多くが靴を履いていなかった。西暦1,781年10月19日にフランス軍と連合してチャールズ・コーンウォリス率いる7,000名のイギリス軍をヨークタウンで降伏させた。ハイム・サロモンが資金調達に協力した。
  • モリス・ノート 財務総監ロバート・モリスが発行した、後日正貨で返済を約束した手形。第二次大陸会議の不換紙幣大量発行によるインフレを背景に、各植民地への分担金要請、北アメリカ銀行からの借入、外国借款要請でも埋められない経常支出の穴埋めの為に発行された。
  • ヨークタウンの戦い 西暦1,781年10月19日、大陸軍・フランス軍連合軍がイギリス軍将軍チャールズ・コーンウォリス率いる7,000名の部隊をヨークタウン(現在のアメリカのバージニア州)で降伏させた戦い。ハイム・サロモンはイギリス軍を包囲した大陸軍に対し物資購入の為の資金調達に協力していた。
  • 北アメリカ銀行 西暦1,782年4月1日にペンシルベニア植民地から銀行会社設立特許状を付与され、資本金400,000ドル(400ドル/株、正貨払込)で株式会社の正貨銀行として設立された。設立当初は連合会議への貸付業務を主とした。主な株主はロバート・モリス、ウィリアム・ビンガム、ジェレマイア・ワズワース、ハイム・サロモン(2株)。西暦1,784年6月13日に資本金を430,000ドル増資し830,000ドルとした。
  • 財務官の公式ブローカー ハイム・サロモンが西暦1,782年7月12日にロバート・モリスに対し名乗る許可を求めた称号。同年7月20日のペンシルベニア・パケット紙に、サロモンが財務官・フランス総領事・フランス軍財務官へのブローカーとして働いている事を示す広告が掲載された。
  • フィラデルフィアのコーヒーハウス 西暦1,781年2月のフィラデルフィア新聞広告開始当初、オフィスを持たなかったハイム・サロモンが毎日12時から14時迄顧客に会った場所。同年3月にピュータープラッター通りに面したフロントストリートのスティーブン・スウェルの隣のジェイコブ・マイヤーズの家にオフィスを構えた後も、コーヒーハウスでの面会は引き続き行なわれた。

第1次ポーランド分割によるアメリカ渡航から北アメリカ銀行への出資迄──
アメリカ独立戦争の資金面を陰で支えた仲買人の生涯を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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