電子書籍「ロスチャイルドによるFRB設立一元化」の表紙

ロスチャイルドによるFRB設立一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,906年1月〜1,913年12月23日
ページ数
8ページ
文字数
3,572字
最新更新日
西暦2,026年8月21日

ジェイコブ・シフの警告、1907年恐慌、ジキル島の秘密会議──
ロスチャイルド家がアメリカの通貨発行権を握るまでのFRB設立の8年間を年月日単位で追跡した一冊。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,906年1月、ジェイコブ・シフがニューヨーク商工会議所でのスピーチで「もしアメリカの通貨制度が改められなければ、遅かれ早かれ、此れ迄の恐慌が恰も児戯に見える様なとてつもない恐慌に見舞われるだろう」と述べた。警告の翌年、其の通りの恐慌が起き、恐慌の収拾に当たった人々の手で中央銀行が設計されてゆく——本書は、此の予告から西暦1,913年12月23日のFRB設立迄、8年の全過程を年月日単位で一元化した記録である。

西暦1,907年10月14日、ユナイテッド銅社の株主兼役員のオットー・ハインツが、弟で銅山王と呼ばれたF・アウグスタス・ハインツ(アメリカのモンタナ州シルバーボウ郡ビュート)等に指示を出し、ユナイテッド銅社株の買占めを謀る。アウグスタスは、アウグスタス製氷会社の設立や蒸気船会社の買収等で成功を収めていた銀行家チャールズ・モースと親しい間柄であった。同月16日、買占めは同社の株価暴落により失敗に終わる。アウグスタスが頭取であったマーカンタイル・ナショナル銀行を始め、買占めに資金を提供したとされる銀行で取り付け騒ぎが発生し、オットーの指示で大量のユナイテッド銅社株を購入していた証券会社グロス・クリーバーグ商会が営業停止に追い込まれ、恐慌が始まった。同月22日にはニッカーボッカー信託銀行で取り付け騒ぎが発生して営業停止に追い込まれる。J.P.モルガン商会が「此の銀行は危ない」と噂を流していたのである。

同じ10月22日、破綻寸前のアメリカ信託会社の社長がジョン・モルガンに助けを求めた。夕方、ファースト・ナショナル・バンク頭取ジョージ・ベーカー、ナショナル・シティ・バンク頭取ジェームズ・スティルマン、第44代アメリカ財務長官ジョージ・コーテルユーがモルガンの下に集う。コーテルユーは国庫金を銀行に預託する用意があると述べ、深夜、モルガンはバンカーズ信託会社の業務責任者ベンジャミン・ストロング等に、翌日の昼迄にアメリカ信託会社を監査する様指示した。23日夜、モルガンは他の信託会社社長等を招集し、深夜迄説得して8,250,000ドルを確保し、破綻を回避する。24日朝、コーテルユーが25,000,000ドルをニューヨークの複数の銀行に預け入れると発表した。然し同日、ニューヨークの銀行・信託各社が取り付けを恐れて手元の現金残高を守ろうとした為、日々の株取引を促進する為の短期貸付の金利が高騰し、株価暴落の恐れが生じる。13時30分、ニューヨーク証券取引所会長ランサム・トーマスがモルガンの事務所に駆け込み「証券取引所を早く閉めなければならない」と話したが、モルガンは、いつもより早く閉めたりしたら市場はかえって大混乱に陥ると言い、各銀行の頭取を至急招集した。14時過ぎ、集まった頭取達に、10分以内に25,000,000ドルを用意しないと少なくとも50の証券会社が営業停止に追い込まれると伝える。2時16分迄に14の銀行の頭取が23,600,000ドルを用意し、現金は2時30分に取引所へ運び込まれ、3時に定時で取引所が閉まった時には19,000,000ドルが貸し出されていた。

10月27日夕方、モルガンのパートナーであるジョージ・パーキンスが、ニューヨーク市が11月1日迄に少なくとも20,000,000ドルの資金を準備しなければ破産してしまう事を、ニューヨーク市職員から告げられる。通常債券を発行して資金調達を行ったものの、危機を回避するのに十分な額を集められなかった為であった。28日から翌日に掛けて、モルガンはニューヨーク市長・市幹部等と会談し、30,000,000ドルの市債を購入して市の破産を回避する。11月2日、ムーア・シュレイ証券会社が、TC&I社(テネシー石炭鉄鋼鉄道会社)の株を担保に多額の負債を抱え倒産寸前である事をモルガン等が知った。朝、書斎で緊急会談が開かれ、モルガンが深く関わるUSスチール社がTC&I株を取得する提案が為される。TC&I普通株を担保に5,000,000ドルを貸し付けるか、90ドル/株で株を取得するかの2案が検討されたが、結論は出ず19時に会談は終了した。翌3日午後から夕方にかけて、モルガン、ジョージ・ベーカー、ジェームズ・スティルマン、ジョージ・パーキンス、USスチール社のエルバート・ゲイリーとヘンリー・クレイ・フリックが集まり、買収計画を纏める。深夜、ゲイリーとフリックは特別列車でニューヨークからワシントンD.C.へ向かった。4日、第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルト、第38代アメリカ国務長官エリフ・ルート、ゲイリー、フリックの4名が会談し、ルーズベルトはUSスチール社によるTC&I社買収を黙認する事となった。

西暦1,908年5月30日、共和党上院議員ネルソン・オルドリッチと下院議員エドワード・ブリーランドが起草した「オルドリッチ・ブリーランド法」が発効される。緊急通貨の発行を規定し、中央銀行やその他の通貨・銀行改革の選択肢を研究する超党派の「国家通貨委員会」を設立するものであった。此の委員会でジェイコブ・シフの支持を得た金融改革案が、FRB(連邦準備制度)設立の礎となる。西暦1,911年11月22日、ネルソン・オルドリッチ、J.P.モルガン商会のヘンリー・デイビソンとベンジャミン・ストロング、クーン・ローブ商会のポール・ウォーバーグ、ファースト・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨーク頭取チャールズ・ノートン、ハーバード大学教授及びアメリカ財務省次官補アブラハム・ピアット・アンドリュー、シティバンク頭取フランク・ヴァンダービップの7名が、ニュージャージー州ホーボーケンから南に向け、専用列車でJ.P.モルガン商会所有のジキル島へ出発した。到着後、10日間のFRB設立の為の秘密会議が開かれ、中央銀行という名称は使わない事、独立した15の地域支部をワシントンで管轄する事、金融危機時に最後の貸し手として機能する為に単一通貨を創造して管理する事が決定される。表向きはオルドリッチ主催であったが、実際にはJ.P.モルガン商会が主催した会議であった。

西暦1,912年11月5日、第32回アメリカ大統領選が行われ、ウッドロウ・ウィルソンが第28代アメリカ大統領に選出される。下馬評では共和党のウィリアム・タフトが有利とされていたが、セオドア・ルーズベルトが共和党を離党し、所得税反対を掲げる共和党員を率いて「進歩党」を結党した事で票が割れ、ウィルソンの当選をアシストした。又、3候補は全員クーン・ローブ商会の共同経営者から資金提供を受けている。ウィルソンにはポール・ウォーバーグとジェイコブ・シフ、タフトにはポール・ウォーバーグの従兄弟フェリックス・ウォーバーグ、ルーズベルトにはオットー・カーンが付いていた。そして西暦1,913年12月23日、ロスチャイルド家がクーン・ローブ商会やJ.P.モルガン商会を動かし、ウィルソンが第47代アメリカ財務長官カーター・グラス及び上院議員ロバート・オーウェンによる連邦準備法に署名して、FRBが設立された。多くの議員がクリスマス休暇を取っている間に、上院・下院で法案は通過していた。株主はロスチャイルド系銀行・ロックフェラー系銀行を始めとする英米国際金融資本家であり、ドル札はFRBの許可を得て、アメリカ政府が印刷コストを負担して財務省が印刷する。此れによりロスチャイルド家はアメリカの通貨発行権と管理権を手中に収めた。FRBの株はモルガン家・ロスチャイルド家・ロックフェラー家等が全て所有し、アメリカ政府は一切持っていない。同時に所得税法も成立し、アメリカ国債を担保にFRBを通じてアメリカ政府へ貸し付けられた米ドルは、国民の所得税により返済が担保される事となった。一つの警告から始まった八年が、通貨発行権の移転で閉じてゆく——其の全軌跡を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • ジェイコブ・シフ クーン・ローブ商会代表。西暦1,906年1月、ニューヨーク商工会議所でのスピーチでアメリカの通貨制度が改められなければ、児戯に見える様なとてつもない恐慌に見舞われるだろうと述べ、中央銀行創設に向けた地ならしを開始した。西暦1,908年のオルドリッチ・ブリーランド法による国家通貨委員会で支持を得た金融改革案がFRB設立の礎となった。西暦1,912年11月5日の第32回アメリカ大統領選では、ポール・ウォーバーグと共にウッドロウ・ウィルソンに資金提供を行った。
  • ジョン・モルガン J.P.モルガン商会代表。西暦1,907年恐慌時に救世主役を演じた。同年10月22日、ニッカーボッカー信託銀行への取り付け騒ぎを誘発する噂をJ.P.モルガン商会経由で流し、同時にアメリカ信託会社破綻寸前の救援要請を受けて深夜会合を主宰、ベンジャミン・ストロングに監査指示。10月23日に8,250,000ドル確保で破綻回避、10月24日にニューヨーク証券取引所閉鎖の危機で14銀行頭取から23,600,000ドルを動員、10月28日に30,000,000ドル市債購入でニューヨーク市破産回避、11月のムーア・シュレイ証券会社救済とUSスチール社のTC&I社買収を主導。西暦1,911年11月22日のジキル島秘密会議の実質的な主催者として、ヘンリー・デイビソン・ベンジャミン・ストロング等を派遣した。
  • オットー・ハインツ ユナイテッド銅社の株主兼役員。西暦1,907年10月14日、弟の銅山王と呼ばれたF・アウグスタス・ハインツ等に指示を出し、ユナイテッド銅社株の買占めを謀った。証券会社グロス・クリーバーグ商会に大量のユナイテッド銅社株を購入させていた。
  • F・アウグスタス・ハインツ 銅山王と呼ばれたアメリカのモンタナ州シルバーボウ郡ビュートの人物。マーカンタイル・ナショナル銀行頭取。アウグスタス製氷会社の設立や蒸気船会社の買収等で成功を収めていた銀行家チャールズ・モースと親しい間柄であった。西暦1,907年10月16日、ユナイテッド銅社株の買占めが株価暴落により失敗、マーカンタイル・ナショナル銀行を始め買占めに資金を提供した銀行で取り付け騒ぎが発生し、1907年恐慌の引き金となった。
  • チャールズ・モース 銀行家。アウグスタス製氷会社の設立や蒸気船会社の買収等で成功を収め、F・アウグスタス・ハインツと親しい間柄であった。
  • ジョージ・ベーカー ファースト・ナショナル・バンク頭取。西暦1,907年10月22日、アメリカ信託会社破綻寸前の救援要請を受けたジョン・モルガンの下に集まった。西暦1,907年11月3日のUSスチール社によるTC&I社買収協議にも参加した。
  • ジェームズ・スティルマン ナショナル・シティ・バンク頭取。西暦1,907年10月22日、アメリカ信託会社破綻寸前の救援要請を受けたジョン・モルガンの下に集まった。西暦1,907年11月3日のUSスチール社によるTC&I社買収協議にも参加した。
  • ジョージ・コーテルユー 第44代アメリカ財務長官。西暦1,907年10月22日、ジョン・モルガンの下に集まり、国庫金を銀行に預託する用意があると述べた。同月24日朝、25,000,000ドルをニューヨークの複数の銀行に預け入れると発表した。
  • ベンジャミン・ストロング バンカーズ信託会社の業務責任者。西暦1,907年10月22日深夜、ジョン・モルガンから翌日の昼迄にアメリカ信託会社を監査する様指示された。西暦1,911年11月22日のジキル島秘密会議に、J.P.モルガン商会から派遣された。
  • ランサム・トーマス ニューヨーク証券取引所会長。西暦1,907年10月24日13時30分、ジョン・モルガンの事務所に駆け込み「証券取引所を早く閉めなければならない」と話したが、モルガンに「取引所をいつもより早く閉めたりしたら市場はかえって大混乱に陥る」と諫められた。
  • ジョージ・パーキンス ジョン・モルガンのパートナー。西暦1,907年10月27日夕方、ニューヨーク市が同年11月1日迄に20,000,000ドルの資金を準備しなければ破産する事をニューヨーク市職員から告げられた。西暦1,907年11月3日のUSスチール社によるTC&I社買収協議にも参加した。
  • エルバート・ゲイリー USスチール社の人物。西暦1,907年11月3日のTC&I社買収協議に参加し、深夜、ヘンリー・クレイ・フリックと共に特別列車でニューヨークからワシントンD.C.へと向かい、翌日セオドア・ルーズベルト・エリフ・ルートとUSスチール社によるTC&I社買収を協議し、ルーズベルトに買収を黙認させた。
  • ヘンリー・クレイ・フリック USスチール社の人物。西暦1,907年11月3日のTC&I社買収協議に参加し、深夜、エルバート・ゲイリーと共に特別列車でニューヨークからワシントンD.C.へと向かい、翌日セオドア・ルーズベルト・エリフ・ルートとUSスチール社によるTC&I社買収を協議した。
  • セオドア・ルーズベルト 第26代アメリカ大統領。西暦1,907年11月4日、エリフ・ルート・エルバート・ゲイリー・ヘンリー・クレイ・フリックとの会談で、USスチール社によるTC&I社買収を黙認した。西暦1,912年11月5日の第32回アメリカ大統領選では、共和党を離党し所得税反対を掲げる共和党員を率い「進歩党」を結党する事で票を割り、ウッドロウ・ウィルソンの当選をアシストした。クーン・ローブ商会のオットー・カーンから資金提供を受けていた。
  • エリフ・ルート 第38代アメリカ国務長官。西暦1,907年11月4日のセオドア・ルーズベルト・エルバート・ゲイリー・ヘンリー・クレイ・フリックとの会談に参加し、USスチール社によるTC&I社買収を協議した。
  • ネルソン・オルドリッチ 共和党上院議員。西暦1,908年5月30日、下院議員エドワード・ブリーランドと共に起草した「オルドリッチ・ブリーランド法」が発効され、超党派の国家通貨委員会が設立された。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議の表向きの主催者であり、専用列車でジキル島へ向かった。
  • エドワード・ブリーランド 下院議員。西暦1,908年5月30日、上院議員ネルソン・オルドリッチと共に「オルドリッチ・ブリーランド法」を起草した。
  • ヘンリー・デイビソン J.P.モルガン商会の人物。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議に出席する為、専用列車でジキル島へ向かった。
  • ポール・ウォーバーグ クーン・ローブ商会の人物。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議に出席する為、専用列車でジキル島へ向かった。西暦1,912年11月5日の第32回アメリカ大統領選では、ジェイコブ・シフと共にウッドロウ・ウィルソンに資金提供を行った。従兄弟のフェリックス・ウォーバーグはウィリアム・タフトに資金提供を行った。
  • チャールズ・ノートン ファースト・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨーク頭取。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議に出席する為、専用列車でジキル島へ向かった。
  • アブラハム・ピアット・アンドリュー ハーバード大学教授及びアメリカ財務省次官補。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議に出席する為、専用列車でジキル島へ向かった。
  • フランク・ヴァンダービップ シティバンク頭取。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議に出席する為、専用列車でジキル島へ向かった。
  • ウッドロウ・ウィルソン 第28代アメリカ大統領。西暦1,912年11月5日の第32回アメリカ大統領選で当選。クーン・ローブ商会のポール・ウォーバーグ・ジェイコブ・シフから資金提供を受けていた。西暦1,913年12月23日、ロスチャイルド家がクーン・ローブ商会やJ.P.モルガン商会を動かして、第47代アメリカ財務長官カーター・グラス及び上院議員ロバート・オーウェンによる連邦準備法に署名しFRBを設立した。
  • ウィリアム・タフト 共和党。第32回アメリカ大統領選で下馬評では有利とされていたが、セオドア・ルーズベルトの進歩党結党による票割りで落選した。ポール・ウォーバーグの従兄弟フェリックス・ウォーバーグから資金提供を受けていた。
  • カーター・グラス・ロバート・オーウェン 第47代アメリカ財務長官カーター・グラス及び上院議員ロバート・オーウェン。西暦1,913年12月23日に、ウッドロウ・ウィルソンが署名した連邦準備法の発議者。多くの議員がクリスマス休暇を取っている間に上院、下院で法案が通過した。

主要な概念・組織

  • FRB(連邦準備制度) 西暦1,913年12月23日、ロスチャイルド家がクーン・ローブ商会やJ.P.モルガン商会を動かし、ウッドロウ・ウィルソンが連邦準備法に署名する事で設立された。多くの議員がクリスマス休暇を取っている間に上院、下院で法案が通過した。株主はロスチャイルド系銀行、ロックフェラー系銀行を始めとする英米国際金融資本家であり、ドル札はFRBの許可を得て、アメリカ政府が印刷コストを負担し、財務省が印刷する事となった。FRBの株はモルガン家・ロスチャイルド家・ロックフェラー家等が全て所有し、アメリカ政府は一切持っていない。
  • 連邦準備法 第47代アメリカ財務長官カーター・グラス及び上院議員ロバート・オーウェンが発議した、FRB設立の根拠法。西暦1,913年12月23日にウッドロウ・ウィルソンが署名した。
  • 所得税法 西暦1,913年12月23日のFRB設立と同時に成立した。此れにより、アメリカ国債を担保にFRBを通じてアメリカ政府に貸し付けた米ドルは、国民の所得税により返済が担保される事となった。
  • 西暦1,907年恐慌 西暦1,907年10月16日、F・アウグスタス・ハインツ等によるユナイテッド銅社株の買占めが同社の株価暴落により失敗に終わった事を発端とし、F・アウグスタスが頭取であったマーカンタイル・ナショナル銀行・グロス・クリーバーグ商会・ニッカーボッカー信託銀行・アメリカ信託会社等への取り付け騒ぎへと拡大し、ジョン・モルガンの一連の救済劇に至った金融恐慌。FRB設立を求める世論形成の決定的な契機となった。
  • ユナイテッド銅社 オットー・ハインツが株主兼役員を務め、弟F・アウグスタス・ハインツが買占めを担当した銅会社。西暦1,907年10月14~16日の買占めとその失敗が、1907年恐慌の発端となった。
  • J.P.モルガン商会 ジョン・モルガンの商会。西暦1,907年10月22日、ニッカーボッカー信託銀行に対し「此の銀行は危ない」との噂を流し取り付け騒ぎを引き起こした。其の後、アメリカ信託会社救済、ニューヨーク証券取引所閉鎖回避、ニューヨーク市破産回避、USスチール社によるTC&I社買収を主導。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議の実質的な主催者。
  • クーン・ローブ商会 ジェイコブ・シフ・ポール・ウォーバーグ・フェリックス・ウォーバーグ・オットー・カーンを共同経営者とする商会。西暦1,911年11月22日のジキル島でのFRB設立秘密会議にポール・ウォーバーグを派遣。西暦1,912年11月5日の第32回アメリカ大統領選では、ウィルソン・タフト・ルーズベルトの3候補全員に対し共同経営者から資金提供を行った。西暦1,913年12月23日のFRB設立では、ロスチャイルド家に動かされる側として機能した。
  • ジキル島秘密会議 西暦1,911年11月22日、ニュージャージー州ホーボーケンからJ.P.モルガン商会所有のジキル島へ向けて、ネルソン・オルドリッチ・ヘンリー・デイビソン・ベンジャミン・ストロング・ポール・ウォーバーグ・チャールズ・ノートン・アブラハム・ピアット・アンドリュー・フランク・ヴァンダービップの7名が専用列車で出発し、到着後10日間開かれたFRB設立の為の秘密会議。①中央銀行という名称は使わない、②独立した15の地域支部をワシントンで管轄する、③金融危機時に最後の貸し手として機能する為、単一通貨を創造して管理する、が決定された。表向きはオルドリッチ主催であったが、実際にはJ.P.モルガン商会が主催した。
  • オルドリッチ・ブリーランド法 西暦1,908年5月30日、共和党上院議員ネルソン・オルドリッチと下院議員エドワード・ブリーランドが起草し発効された法律。緊急通貨の発行を規定し、中央銀行やその他の通貨・銀行改革の選択肢を研究する超党派の「国家通貨委員会」を設立した。同委員会でジェイコブ・シフの支持を得た金融改革案がFRB設立の礎となった。
  • USスチール社によるTC&I社買収 西暦1,907年11月2日、ムーア・シュレイ証券会社がTC&I社(テネシー石炭鉄鋼鉄道会社)の株を担保に多額の負債を抱え倒産寸前である事をジョン・モルガンが知った事を契機とし、ジョン・モルガンが深く関わるUSスチール社がTC&I株を取得する形で買収した。同月3日のジョン・モルガン・ジョージ・ベーカー・ジェームズ・スティルマン・ジョージ・パーキンス・エルバート・ゲイリー・ヘンリー・クレイ・フリック会談で買収計画が纏まり、同月4日のセオドア・ルーズベルト・エリフ・ルート・ゲイリー・フリックの会談でルーズベルトが黙認した。
  • 進歩党 セオドア・ルーズベルトが共和党を離党し、所得税反対を掲げる共和党員を率いて結党した党。西暦1,912年11月5日の第32回アメリカ大統領選で票を割る役目を果たし、共和党ウィリアム・タフトの票を分散させ、民主党ウッドロウ・ウィルソンの当選をアシストした。
  • モルガン家・ロスチャイルド家・ロックフェラー家 西暦1,913年12月23日のFRB設立により、其の株を全て所有する事となった3家。アメリカ政府はFRBの株を一切持っていない。ロスチャイルド家はクーン・ローブ商会やJ.P.モルガン商会を動かして連邦準備法署名を実現させ、アメリカの通貨発行権と管理権を手中に収めた。

1907年恐慌からジキル島、そして連邦準備法の署名へ──
ロスチャイルド家がクーン・ローブ商会とJ.P.モルガン商会を通じてFRBを設立するまでの8年間を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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