電子書籍「アレクサンダー・ハミルトンに第一合衆国銀行を設立させ、アメリカの金融支配に乗り出したロスチャイルド家一元化」の表紙

アレクサンダー・ハミルトンに
第一合衆国銀行を設立させ、
アメリカの金融支配に乗り出した
ロスチャイルド家一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,780年〜1,811年1月24日
ページ数
10ページ
文字数
5,169字
最新更新日
西暦2,026年8月21日

セント・クロイ島、フィラデルフィア、カーペンターズ・ホール──
ロスチャイルド家がハミルトンを通じてアメリカの金融支配に乗り出した31年間を年月日単位で追跡した一冊。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,780年、アレクサンダー・ハミルトンが、連邦準備銀行の設立を提唱する。其れは私企業によって所有され、資本金は12,000,000ドル、内10,000,000ドルはイギリスから、残り2,000,000ドルはアメリカの資産家から提供されるというものであった。同年12月14日、ハミルトンは、ユダヤ系のアレクサンダー・レヴィンという旧姓を使い、セント・クロイ島(アメリカ領ヴァージン諸島)にて、ロスチャイルド家のエリザベス・スカイラー・ハミルトンと結婚する。建国間も無い共和国の財政を担う男が、欧州の金融王朝と姻戚で結ばれた——本書は、此の一年から、西暦1,811年1月24日の第一合衆国銀行の認可失効迄、31年の全過程を年月日単位で一元化した記録である。

西暦1,789年9月21日、アメリカ議会がハミルトンに対し、公信用維持の為の政策提案を行う事を要請する。翌西暦1,790年1月9日、ハミルトンは「公信用に関する報告書」をアメリカ議会に提出した。第二次大陸会議・連合会議・アメリカ各州政府がアメリカ独立戦争時に累積させた79,000,000ドルの国内外に対する戦時債務を、アメリカ政府が継承するというものである。外債は元利共に遅滞無く償還し、内債は戦時公債を最初に購入した者と後から買い取った者を差別せず、輸入関税5%と蒸留酒消費税の収入を元利金支払基金として、全額を額面通り新連邦政府債へ借り換え、其の際に利息を6%から4%へ引き下げるとした。更にハミルトンは、租税余剰収入若しくは内外から借り入れた資金で公債を市場から購入する減債基金制度の導入を提案し、公債は貿易・農業・製造業の資本となり、貨幣として流通して利息を下げ、土地財産にも良い効果を与えるという公債公用論を展開している。

西暦1,790年1月15日、アメリカ下院が、同月8日のジョージ・ワシントンの要請を受け、ハミルトンに対し製造業の保護と奨励の為の政策の策定を要請する。同年6月、トーマス・ジェファーソンとハミルトンが、ワシントンのニューヨークの自宅で鉢合わせし、後日食事会を開く事が決定された。ジェファーソンは、ハミルトンのライバルであるジェームズ・マディソンも誘って夕食会を開く。マディソンは首都をポトマック川河畔(アメリカのワシントンD.C.)にしようとしており、対するハミルトンはニューヨーク州の借金をアメリカ政府に肩代わりさせようとしていた。此の夕食会が切っ掛けで、ワシントンD.C.がアメリカの首都となり、アメリカ政府がニューヨーク州の借金を肩代わりする事となる。一つの食卓で、首都の位置と州債の帰趨が同時に決まったのである。同年8月12日、アメリカ議会が「公債借換法」を制定し、1月9日の報告書の内容が実現した。

西暦1,790年11月13日、ハミルトンが、資本金10,000,000ドルで「第一合衆国銀行」を設立する事を提案する「国立銀行に関する報告書」をアメリカ国務省に示す。株式額面400ドルの払い込みは1/4を正貨、3/4を新連邦政府債で行い、アメリカ政府は資本金の20%を所有して監督権を持つが、政府への貸付・民間への手形割引・兌換銀行券の発券・預金といった運営は、頭取を含む25名の取締役が行うとした。ハミルトンは、イングランド銀行に似た中央集権的な機関を設立し、独立戦争に於ける巨額の負債を処理して標準通貨を発行する事を目指していたのである。同年12月13日には、公債の累積が財政支出を増やす為に多額の財政収入を要するとして、外国産および国産蒸留酒への消費税の新設を提案する「蒸留酒に関する報告書」を、翌14日には国立銀行に関する報告書を、それぞれアメリカ議会へ提出した。翌西暦1,791年1月28日には「鋳造所設立に関する報告書」を提出し、複本位制の採用、貨幣単位をドルとして10進法で扱う事、1ドル金貨約1.60g・1ドル銀貨約24.06gの自由鋳造制度を提案している。

反対は憲法論から来た。西暦1,791年2月15日、トーマス・ジェファーソンが「国立銀行の合憲性に関する意見」をアメリカ議会に提出する。国立銀行を法人とする事は、死手法・権原譲渡に関する法・物的財産法定相続の在り方・財産の没収に関する法・人的財産相続分配に関する法・独占を禁じる法に反し、更に其の株主が州法に優越する法を作る権限を持つ事になる、という八点の批判であった。初代アメリカ司法長官エドムンド・ランドルフとアメリカ下院議員ジェームズ・マディソンも此れに同調する。ジェファーソンとマディソンは反対派を率い、金融システムの管理が民間銀行から中央集権的な国立銀行へ移る事で健全な通貨制度が危険に晒される事、中央銀行が南部の農業の利益ではなく毛皮貿易で財を成したジョン・ジェイコブ・アスターの様な北部の商人や実業家の事業利益を優先する事、そして中央銀行や政府造幣局の設立はアメリカ政府に認められた明示的な権限に記載が無く憲法に違反する事を主張した。決めかねたワシントンはハミルトンに助言を求め、同月23日、ハミルトンは約15,000語に及ぶ反論の意見書を一晩で書き上げる。そして2月25日、ワシントンの署名により「合衆国銀行特許法」が成立した。ハミルトン、マクシミリアン・ロベスピエール、メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの3名の思惑通り、アメリカ初の銀行である第一合衆国銀行が、此の日から西暦1,811年1月24日迄の公認期間20年間で承認されたのである。此れによりロスチャイルドは、アメリカ国家の資金管理を手中に収めた。同行は連邦税の支払いを受け付ける唯一の銀行であり、納税は同行が発行する紙幣で行う必要が有った。同年3月3日には「蒸留酒税法」が制定され、12月5日にはハミルトンが「製造業に関する報告書」を提出している。

西暦1,791年12月12日、第一合衆国銀行が、アメリカ政府の財政代理機関として、20年の特許期限の下に、カーペンターズ・ホール(アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィア)にて設立される。資本金は10,000,000ドルで、内2,000,000ドルがアメリカ政府の出資、残り8,000,000ドルは民間出資であった。又、35,000,000ドルの融資を受けたが、内28,000,000ドルはロスチャイルド家が支配するヨーロッパの銀行家からのものである。初代頭取には初代北アメリカ銀行頭取トーマス・ウィリングが就いた。同行は税金の徴収・送金・政府資金の安全確保・政府への融資・個人向け預金受け入れと融資・アメリカ政府の請求書の支払い・ヨーロッパの投資家への利息の支払いを担い、融資の金利上限は6%であった。翌西暦1,792年にはボルチモア・ボストン・ニューヨーク・チャールストンの支店が開業する。当時、支店の設置を許可されたアメリカ国内で唯一の銀行であった。同年4月2日には「第一貨幣法」が成立し、ドルを貨幣単位としたアメリカ固有の貨幣制度が確立される。西暦1,797年7月24日、本店はニューヨーク市へ移転した。そして西暦1,811年1月24日、認可が失効する。アメリカ議会での更新は、憲法違反の恐れやアメリカ国外の影響下に在ると考える議員の懸念から、僅か1票差で否決された。トーマス・ジェファーソンとアンドリュー・ジャクソンは、通貨供給は民間や外国の利益ではなくアメリカ議会を通じてアメリカ国民が決定すべきだと主張していた。此れを受けてネイサン・メイヤー・ロスチャイルドは激怒し、特許状更新が認められなければアメリカは最も悲惨な戦争に巻き込まれる事になる、此の生意気なアメリカ人に教訓を与えよ、彼らを植民地の地位に戻せと、アメリカに対する戦争を命じる。又、スティーブン・ジラードが同行の土地・建物・株式の大部分を買い取り、「ジラード銀行」を設立した。姻戚から始まった支配が、一票の差で途切れ、戦争の命令へ変わってゆく——其の全軌跡を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • アレクサンダー・ハミルトン ロスチャイルド家がアメリカの金融支配に乗り出す為に活用した人物。西暦1,780年に連邦準備銀行の設立を提唱。同年12月14日、ユダヤ系のアレクサンダー・レヴィンという旧姓を使い、セント・クロイ島にてロスチャイルド家のエリザベス・スカイラー・ハミルトンと結婚。西暦1,790年に「公信用に関する報告書」「国立銀行に関する報告書」「蒸留酒に関する報告書」、西暦1,791年に「鋳造所設立に関する報告書」「製造業に関する報告書」をアメリカ議会等に提出。西暦1,791年2月23日に約15,000語に及ぶ「国立銀行の合憲性に関する意見」を一晩で書き上げ、ジェファーソンとランドルフに反論した。
  • エリザベス・スカイラー・ハミルトン ロスチャイルド家の人物。西暦1,780年12月14日、セント・クロイ島(アメリカ領ヴァージン諸島)にて、ユダヤ系のアレクサンダー・レヴィンという旧姓を使ったアレクサンダー・ハミルトンと結婚した。
  • メイヤー・アムシェル・ロスチャイルド ロスチャイルド家の祖。西暦1,791年2月25日の合衆国銀行特許法成立により、アレクサンダー・ハミルトン・マクシミリアン・ロベスピエールと共に思惑通り第一合衆国銀行を設立し、アメリカ国家の資金管理を手中に収めた。
  • ネイサン・メイヤー・ロスチャイルド メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの息子。西暦1,811年1月24日の第一合衆国銀行認可失効・更新否決を受けて激怒し「第一合衆国銀行の特許状更新の申請が認められなければ、アメリカは最も悲惨な戦争に巻き込まれる事になるだろう。此の生意気なアメリカ人に教訓を与えよ。彼らを植民地の地位に戻せ」と、アメリカに対する戦争を命じた。
  • ジョージ・ワシントン 初代アメリカ大統領。西暦1,790年1月8日にアメリカ下院に対し、ハミルトンに製造業の保護と奨励の為の政策の策定を要請する様求めた。同年6月、自身のニューヨークの自宅でジェファーソンとハミルトンが鉢合わせし、後日マディソンを交えての夕食会(ワシントンD.C.首都化とニューヨーク州借金肩代わりの取引)が開かれた。中央銀行設立に関し決めかねていた為、西暦1,791年2月にハミルトンに助言を求め、同年2月25日に合衆国銀行特許法に署名した。
  • トーマス・ジェファーソン アメリカの政治家。西暦1,790年6月のジョージ・ワシントン自宅での鉢合わせを切っ掛けに、マディソンを誘い夕食会を開催。西暦1,791年2月15日に「国立銀行の合憲性に関する意見」をアメリカ議会に提出し、国立銀行を法人とする事を批判。マディソンと共に反対派を率い、金融システムの管理が民間銀行から中央集権的な国立銀行に移行する事で健全な通貨制度を危険に晒すと主張。西暦1,811年の第一合衆国銀行認可失効時にも中央銀行に強く反対し、通貨供給はアメリカ議会を通じてアメリカ国民が決定すべきだと主張した。
  • ジェームズ・マディソン アメリカ下院議員。アレクサンダー・ハミルトンのライバル。西暦1,790年6月の夕食会では首都をポトマック川河畔にしようとした。西暦1,791年2月15日のジェファーソンによる「国立銀行の合憲性に関する意見」に同調し、アメリカの中央銀行設立に反対した。中央銀行が南部の農業の利益で無く、毛皮貿易で財を成したジョン・ジェイコブ・アスターの様な、北部の商人や実業家の事業利益を優先すると主張した。
  • エドムンド・ランドルフ 初代アメリカ司法長官。西暦1,791年2月15日のトーマス・ジェファーソンによる「国立銀行の合憲性に関する意見」に同調し、アメリカの中央銀行設立に反対した。
  • マクシミリアン・ロベスピエール フランスの政治家。西暦1,791年2月25日の合衆国銀行特許法成立により、アレクサンダー・ハミルトン・メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドと共に思惑通り第一合衆国銀行設立を実現させた人物。
  • トーマス・ウィリング 初代北アメリカ銀行頭取。西暦1,791年12月12日の第一合衆国銀行設立時に、初代第一合衆国銀行頭取に就任した。
  • ジョン・ジェイコブ・アスター 毛皮貿易で財を成した北部の商人。西暦1,791年2月15日のジェファーソンとマディソンによる中央銀行設立反対の主張に於いて、中央銀行が南部の農業の利益で無く此の様な北部の商人や実業家の事業利益を優先する事への懸念の例として挙げられた。
  • アンドリュー・ジャクソン アメリカの政治家。西暦1,811年の第一合衆国銀行認可失効時、トーマス・ジェファーソンと共に中央銀行に強く反対し、通貨供給は民間や外国の利益では無くアメリカ議会を通じてアメリカ国民が決定すべきだと主張していた。
  • スティーブン・ジラード 西暦1,811年1月24日の第一合衆国銀行認可失効後、同行の土地・建物・株式の大部分を買い取り「ジラード銀行」を設立した人物。

主要な概念・組織

  • 連邦準備銀行構想 西暦1,780年にアレクサンダー・ハミルトンが提唱した銀行構想。私企業によって所有され、資本金は12,000,000ドルで、内10,000,000ドルはイギリスから、残り2,000,000ドルはアメリカの資産家から提供されるとした。
  • 公信用に関する報告書 西暦1,790年1月9日にアレクサンダー・ハミルトンがアメリカ議会に提出した報告書。第二次大陸会議・連合会議・アメリカ各州政府がアメリカ独立戦争時に累積させた79,000,000ドルの国内外に対する戦時債務をアメリカ政府が継承するというもの。減債基金制度の導入と公債公用論も提案した。同年8月12日の公債借換法によって内容が実現した。
  • 公債借換法 西暦1,790年8月12日にアメリカ議会が制定した法律。同年1月9日にアレクサンダー・ハミルトンが提出した公信用に関する報告書の内容を実現させた。現行関税・とん税収入のうち600,000ドルの通常経費支出を除き、残額は全て公債利息支払いに充て、外債返済の為に12,000,000ドルまでの外国借款を行う等を定めた。
  • 国立銀行に関する報告書 西暦1,790年11月13日にアレクサンダー・ハミルトンが資本金10,000,000ドルで第一合衆国銀行を設立する事を提案する報告書としてアメリカ国務省に示し、同年12月14日にアメリカ議会に提出した報告書。イングランド銀行に似た中央集権的な機関の設立を目指した。
  • 蒸留酒に関する報告書 西暦1,790年12月13日にアレクサンダー・ハミルトンがアメリカ議会に提出した報告書。外国産および国産蒸留酒に対する消費税の新設を提案した。公債の累積はアメリカ政府の財政支出を増加させる為、多額の財政収入を必要とする事が背景としてあった。西暦1,791年3月3日の蒸留酒税法によって受け入れられた。
  • 鋳造所設立に関する報告書 西暦1,791年1月28日にアレクサンダー・ハミルトンがアメリカ議会に提出した報告書。複本位制の採用、貨幣単位をドルとし10進法で扱う事、1ドル金貨約1.60g・1ドル銀貨約24.06gの自由鋳造制度の採用を提案した。西暦1,792年4月2日の第一貨幣法によって受け入れられた。
  • 国立銀行の合憲性に関する意見(ジェファーソン) 西暦1,791年2月15日にトーマス・ジェファーソンがアメリカ議会に提出した、前年のハミルトンによる国立銀行に関する報告書に対する意見書。国立銀行を法人とする事への批判であり、死手法・権原譲渡に関する法・物的財産法定相続・財産の没収に関する法・人的財産相続分配に関する法・独占を禁じる法等への抵触を指摘した。
  • 国立銀行の合憲性に関する意見(ハミルトン) 西暦1,791年2月23日にアレクサンダー・ハミルトンがジョージ・ワシントンの求めに応じて一晩で書き上げた、約15,000語に及ぶ意見書。ジェファーソンとエドムンド・ランドルフの意見に反論した。
  • 合衆国銀行特許法 西暦1,791年2月25日にジョージ・ワシントンの署名によりアメリカ議会で成立した法律。アレクサンダー・ハミルトン・マクシミリアン・ロベスピエール・メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの3名の思惑通り、アメリカ初の銀行である第一合衆国銀行が、此の日から西暦1,811年1月24日迄の公認期間20年間で承認された。
  • 第一合衆国銀行 西暦1,791年12月12日にアメリカ政府の財政代理機関として、20年の特許期限の下に、カーペンターズ・ホール(ペンシルベニア州フィラデルフィア)にて設立されたアメリカ初の銀行。資本金は10,000,000ドル(政府2,000,000ドル・民間8,000,000ドル)。35,000,000ドルの融資を受け、内28,000,000ドルはロスチャイルド家が支配するヨーロッパの銀行家からのものであった。連邦税の支払いを受け付ける唯一の銀行で、納税は同行発行の紙幣で行う必要が有った。融資の金利上限は6%。西暦1,797年7月24日に本店をニューヨーク市に移転。西暦1,811年1月24日に認可失効。
  • カーペンターズ・ホール アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィアにある建物。西暦1,791年12月12日に第一合衆国銀行が設立された場所。
  • 蒸留酒税法 西暦1,791年3月3日にアメリカ議会が制定した法律。アレクサンダー・ハミルトンが前年12月13日に提出した蒸留酒に関する報告書が受け入れられた形となった。
  • 製造業に関する報告書 西暦1,791年12月5日にアレクサンダー・ハミルトンがアメリカ議会に提出した報告書。真の独立国と成る為の、製造業の発展と保護政策の重要性を説いた内容であった。
  • 第一貨幣法 西暦1,792年4月2日にアメリカ議会が成立させた法律。アレクサンダー・ハミルトンが前年1月28日にアメリカ議会に提出した鋳造所設立に関する報告書が受け入れられ、ドルを貨幣単位とした、アメリカ固有の貨幣制度が確立された。
  • 減債基金制度 アレクサンダー・ハミルトンが西暦1,790年1月9日の公信用に関する報告書で提案した制度。租税余剰収入若しくは内外から借り入れた資金によって公債を市場で購入する制度。
  • ジラード銀行 西暦1,811年1月24日の第一合衆国銀行認可失効後、スティーブン・ジラードが同行の土地・建物・株式の大部分を買い取り設立した銀行。

セント・クロイ島での結婚から第一合衆国銀行設立、そして認可失効と対米戦争命令迄──
ロスチャイルド家がハミルトンを通じてアメリカの金融支配に乗り出した31年間を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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