電子書籍「ホテル暮らしで滞納と鳩の糞害を繰り返したニコラ・テスラ一元化」の表紙

ホテル暮らしで
滞納と鳩の糞害を繰り返した
ニコラ・テスラ一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,903年12月頃〜1,943年6月21日
ページ数
24ページ
文字数
7,165字
最新更新日
西暦2,026年9月10日

交流を世に送り出した男が、ホテル代を払えなくなる──
ニコラ・テスラが転がり落ちた四十年を一元化。

243円(税込)

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,903年12月、ニコラ・テスラは、ニューヨーク・ケーブル鉄道を設立したトーマス・フォーチュン・ライアンから資金提供を受ける事で合意した。ジョン・モルガンがテスラへの資金提供を打ち切ると、他の投資家も直ちにモルガンに追随し、テスラは新しい金の出所を探さねばならなくなっていたのである。然し、漸く得た資金は抱えていた負債に消え、世界無線システムは資金難に陥った。本書は、此の一点を起点として、交流を世に送り出した男がホテル代を払えぬ身へと転がり落ちてゆく四十年を、年月日単位で一元化した記録である。

西暦1,905年、モルガンから150,000ドルを引き出してショアハムに建てていた「ウォーデンクリフ・タワー」が完成する。無線送電・無線通信・放送を担う「世界システム」の中核となる筈の塔であった。然し資金は尽き、工事は停止し、構造体だけを残して中身は未完のまま従業員は解散した。同年5月4日には、西暦1,888年に取得した交流モーターの基本特許が期限切れとなり、交流方式に由来する権利が完全に失われる。9月6日、テスラはコロラドスプリングスでの研究に於ける未払いの請求書を巡る裁判に出廷した。資金を得る為に研究所を売却し、翌年には其の機器の一部がオークションに掛けられた。株式市場の暴落で建築資材は2倍に高騰し、投資家も見付からず、プロジェクトは中止される。此の頃テスラは、直近の20年間に過労と睡眠不足による神経衰弱へ何度も見舞われ、体調を崩していた。

西暦1,912年、ウェスチングハウス・チャーチ・カー&カンパニーが、ウォーデンクリフの機械設備に関しテスラへ23,500ドルの支払いを命じる判決を得る。設備は撤去された。テスラは住居を確保する為、ホテル「ウォルドルフ・アストリア」経営者ジョージ・ボルトにウォーデンクリフの抵当権を2つ与え、20,000ドルのホテル代の支払いを保証していた。此の件が公になれば全てのプロジェクトが台無しになると考えたテスラは、抵当権を記録しない様要請している。そして西暦1,915年、遂にホテル代が払えなくなったテスラは、匿名の仲介者を通じてウォーデンクリフの権利証書其の物をウォルドルフ・アストリアへ譲渡した。同年8月、ニコラ・テスラ社はグリエルモ・マルコーニ社を特許侵害で提訴するが、資金が続かず追行を断念する。

西暦1,916年3月18日、ニューヨークのワールド紙は、テスラが金銭の魔術師などではなく借金に埋もれていると報じた。ウォーデンクリフの土地に掛かる税の未納分935ドルを巡ってニューヨーク州最高裁に召喚されたテスラが、判事エドワード・リドリー・フィンチの面前で宣誓の上、自分には実質的な資産が無いと証言した事が背景に在った。翌西暦1,917年5月18日、テスラはAIEE(アメリカ電気学会)の年次総会でエジソン・メダルを受章する。然し其の2ヶ月後の7月、ウォーデンクリフ・タワーは解体され、スクラップとして売却された。階段は破損し木片は腐り、担当した業者は半分以上登る事を恐れたという。

此処から先は、ホテルを転々とする日々である。西暦1,918年にセント・レジスへ移り、西暦1,919年にウォルドルフ・アストリアを退去。西暦1,923年、セント・レジスを退去させられる。理由は、ホテル代の未払いと鳩の糞害への苦情であった。セント・レジスはテスラを3,299ドルの未払いで提訴している。次に移ったホテル・ペンシルヴェニアも西暦1,930年に追い出された。理由は矢張り、2,000ドルの滞納と鳩の糞害の苦情である。此の債務は、友人の技術者ベルンハルト・アルトゥール・ベーレントが肩代わりした。続くガヴァナー・クリントンでも西暦1,934年に滞納したまま退去し、清算はされなかった。同年、ウェスチングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーが顧問料の名目で125ドル/月と宿泊費の負担を始め、テスラはザ・ニューヨーカー・ホテルへ移る。7月10日の誕生日記者会見では、粒子ビーム兵器「テレフォース」構想を発表した。

西暦1,937年9月、ザ・ニューヨーカー・ホテルを出て数ブロック先を横断中、テスラはタクシーに撥ねられ重傷を負う。向かっていたのは、聖パトリック大聖堂とニューヨーク市立図書館の鳩の餌遣りであった。以降テスラは、完全には回復しないまま鳩に餌を遣る日々を送る。西暦1,943年1月7日、ザ・ニューヨーカー・ホテル3327号室にて死去。遺品は外国人財産管理局に接収され、マサチューセッツ工科大学教授ジョン・ジョージ・トランプが調査し、軍事的価値無しと結論付けた。そして同年6月21日、アメリカ最高裁判所は、マルコーニの特許US763772Aをアメリカに於いて無効と判じる。テスラの特許に含まれていないものは何も無い、という理由であった——生涯を掛けた主張が認められたのは、彼が3327号室で息を引き取った、其の五ヶ月後の事である。


登場人物

  • ニコラ・テスラ 本書の中心人物。無線送電・無線通信・放送を担う「世界システム」の中核としてウォーデンクリフ・タワーを建てたが、資金が尽きて未完に終わった。西暦1,905年に交流モーターの基本特許が失効してロイヤリティを失い、以後はホテル代の滞納と鳩の糞害の苦情で幾度も追い出される晩年を送る。西暦1,943年1月7日、ザ・ニューヨーカー・ホテル3327号室にて死去した。
  • ジョン・モルガン ウォーデンクリフ・タワーの建設に150,000ドルを出した金融資本家。ニコラ・テスラへの資金提供を打ち切ると、他の投資家も直ちに追随し、テスラは資金源を絶たれた。
  • トーマス・フォーチュン・ライアン 西暦1,883年にニューヨーク・ケーブル鉄道を設立した実業家。西暦1,903年12月、モルガンに見放されたニコラ・テスラへの資金提供に合意したが、其の金は負債の穴埋めに消えた。
  • グリエルモ・マルコーニ 無線電信の実用化で知られる技術者。西暦1,904年6月28日、アメリカ特許庁がテスラの先行特許を理由とする拒絶を撤回し、其の無線電信装置の特許(US763772A)を認定した。西暦1,915年8月にはニコラ・テスラ社から提訴されている。西暦1,943年6月21日、アメリカ最高裁判所が此の特許をアメリカに於いて無効と判じた。
  • レジナルド・フェッセンデン 無線通信の技術者。西暦1,906年1月、マックリアニッシュとオーシャン・ブラフ・ブラント・ロックに設けた128mの支柱アンテナ間でモールス信号の双方向通信に成功したが、同年12月6日の支柱倒壊により、大西洋横断プロジェクトは商業サービス開始前に終了した。
  • ジョージ・ボルト ホテル「ウォルドルフ・アストリア」経営者。西暦1,912年、住居を確保したいニコラ・テスラからウォーデンクリフの抵当権2つを受け取り、20,000ドルのホテル代の支払いを保証させた。テスラは、此の件が公になる事を恐れて抵当権を記録しない様要請している。
  • エドワード・リドリー・フィンチ ニューヨーク州最高裁の判事。西暦1,916年、ウォーデンクリフの土地に掛かる税の未納分935ドルを巡って召喚されたニコラ・テスラが、其の面前で宣誓の上、自分には実質的な資産が無いと証言した。
  • ハンス・ダールストランド アリス・チャーマーズ社の主任技師。西暦1,919年に技術顧問として入社したニコラ・テスラと組み、無翼タービンの改良に取り組んだが、技術的な壁を越えられず実用化には至らなかった。
  • キャサリン・ジョンソン ニコラ・テスラの親友。西暦1,924年12月31日に死去した。此の頃テスラは、ホテル・ペンシルヴェニアへ移っている。
  • ベルンハルト・アルトゥール・ベーレント ニコラ・テスラの友人で技術者。西暦1,930年、ホテル代2,000ドルの滞納と鳩の糞害の苦情でホテル・ペンシルヴェニアを追い出されたテスラの債務を肩代わりした。
  • ウォルター・L・ジョンソン ブルックリンの人物。西暦1,925年、ウォーデンクリフ・タワーの跡地を買い取った。西暦1,939年3月6日には、妻サディー・E・ロビンソンが代理人として尽力し、跡地はプランタクレス社へ渡っている。
  • マーク・J・セイファー 伝記作家。「魔術師──ニコラ・テスラの生涯と時代」の中で、ウォーデンクリフの基部の地下深くに放射状の通路網が在り、其の内16本に中央のシャフトから91.44m先まで突き出す鉄管が納められていた事を書いた。
  • ジョン・ジョージ・トランプ マサチューセッツ工科大学教授(電気工学)。西暦1,943年、外国人財産管理局に接収されたニコラ・テスラの遺品を調査し、軍事的価値無しと結論付けた。

テスラが渡り歩いた滞在先

  • ウォーデンクリフ・タワー ショアハムに建てられた「世界システム」の中核。西暦1,905年に構造体のみ完成したが資金が尽き、中身は未完のまま従業員が解散した。西暦1,915年に権利証書がウォルドルフ・アストリアへ渡り、西暦1,917年7月に解体されスクラップとして売却された。跡地はウォルター・L・ジョンソン、次いでプランタクレス社へ渡り、建物はピアレス・フォト・プロダクツ社の感光紙工場に改装された。
  • ウォルドルフ・アストリア マンハッタン区ミッドタウンのホテル。西暦1,912年、ニコラ・テスラは経営者ジョージ・ボルトへウォーデンクリフの抵当権2つを与えて20,000ドルのホテル代を保証したが、西暦1,915年に支払えなくなり権利証書を譲渡した。テスラが退去したのは西暦1,919年である。
  • ブラックストーン・ホテル イリノイ州シカゴ南ミシガン街のホテル。西暦1,917年7月、パイル・ナショナル社にスパイラルフロータービンの開発でアサインされたニコラ・テスラが、ニューヨークから滞在先を移した。
  • セント・レジス マンハッタン区東のホテル。西暦1,918年にニコラ・テスラが移り、西暦1,923年に退去させられた。理由はホテル代の未払いと鳩の糞害への苦情であり、セント・レジスはテスラを3,299ドルの未払いで提訴している。
  • ホテル・マーガリー マンハッタン区ミッドタウンのパーク街のホテル。セント・レジスを追い出された西暦1,923年、ニコラ・テスラが移り住んだ。
  • ホテル・ペンシルヴェニア マンハッタン区7番街のホテル。西暦1,924年頃にニコラ・テスラが移ったが、西暦1,930年、ホテル代2,000ドルの滞納と鳩の糞害の苦情で退去させられた。債務はベルンハルト・アルトゥール・ベーレントが肩代わりした。
  • ガヴァナー・クリントン マンハッタン区7番街のホテル。西暦1,930年にニコラ・テスラが20階へ移り、西暦1,934年に退去した。此処でも滞納したが、清算はされなかった。
  • ザ・ニューヨーカー・ホテル マンハッタン区ミッドタウン・ウェストのホテル。西暦1,934年、ウェスチングハウス・エレクトリック&マニュファクチャリング・カンパニーが顧問料の名目で125ドル/月と宿泊費を負担し始め、ニコラ・テスラが移った。テスラは33階の3327・3328号室を借り、西暦1,943年1月7日に3327号室で死去した。

ウォーデンクリフの塔から3327号室まで──
滞納・提訴・鳩、テスラの晩年の全軌跡を一元化。

243円(税込)

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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