電子書籍「NWOの一環である欧州統合に邁進するジスカールデスタン大統領とジョージ・ソロス一元化」の表紙

NWOの一環である欧州統合に邁進するジスカールデスタン大統領とジョージ・ソロス一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,973年1月3日〜1,999年1月1日
最新更新日
西暦2,026年1月29日

西暦1,973年のジョルジュ・ポンピドゥーとヴァレリー・ジスカール・デスタンによるポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法の制定、西暦1,974年のヴァレリー・ジスカール・デスタンの第20代フランス大統領就任、西暦1,979年のジスカール・デスタンとヘルムート・シュミットが主導したERMの導入、西暦1,990年のイギリスのEMS加盟、西暦1,992年のフランソワ・ミッテランとヘルムート・コールが推進したマーストリヒト条約の署名・ドイツの政策金利引き上げ・ジョージ・ソロスによるポンドの空売り・イギリスとイタリアのEMS離脱、西暦1,993年のジョージ・ソロスによるニューモント・マイニング社株式の大量取得とアナトール・カレツキーへの公開書簡・ERMの変動幅の±15%への拡大・EUの発足、西暦1,994年のEMIの設立、西暦1,999年の単一通貨ユーロの導入迄──
ポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法を起点に、ジスカール・デスタンとジョージ・ソロスがNWOの一環としての欧州統合と単一通貨ユーロの導入へと邁進した系譜を年月日単位で追跡した一冊。

JPY 200(税込)

購入する

購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します

お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。


皇室献上品 高級トイレットペーパー
皇室献上品 高級トイレットペーパー

本書について

西暦1,973年1月3日、第19代フランス大統領ジョルジュ・ポンピドゥーと、ロスチャイルド家の代理人で第7代フランス財務大臣のヴァレリー・ジスカール・デスタンの下で、ポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法(法律第73-7号)が制定された。此れは、フランス銀行がフランス政府に直接融資する事を禁止するものであり、フランス政府は、赤字を補う為の資金を市中銀行を始めとする金融市場から有償で借り入れる事が義務付けられた形となった。ポンピドゥーは、フランス大統領就任前にロスチャイルド銀行のディレクターを務めていた。

西暦1,974年5月27日、ヴァレリー・ジスカール・デスタンが第20代フランス大統領に就任した。

西暦1,979年3月13日、EEC(欧州経済共同体)が、EMS(欧州通貨制度)の構成要素の1つである「ERM(欧州為替相場メカニズム)」を導入した。ERMは、為替変動を抑制し、ヨーロッパ全体の諸通貨の安定を目的とした半固定的な為替相場制システムであり、ヴァレリー・ジスカール・デスタンと第5代西ドイツ首相ヘルムート・シュミットが此れを主導した。

西暦1,990年10月8日、イギリスがEMSに加盟した。此れによってイギリスは、ポンドの変動幅を基準相場から±2.25%以内に抑える義務を背負う事となった。此れ迄第71代イギリス首相マーガレット・サッチャーは、ECU(欧州通貨単位)に対して自国通貨を一定のレンジの中に収めなければならない事から、EMSへの加盟を拒否していた。

西暦1,992年2月7日、オランダのリンブルフ州マーストリヒトにて、マーストリヒト条約が署名された。第21代フランス大統領フランソワ・ミッテランと第6代ドイツ首相ヘルムート・コールが推進したものである。条約は、EC(欧州共同体)をEU(欧州連合)に発展させて経済・政治統合を強化する事、欧州共同体・CFSP(共通外交・安全保障政策)・司法内務協力から成る三本柱構造の導入、EMU(経済通貨同盟)の設立と単一通貨ユーロ導入への3段階計画、収斂基準の設定、通貨政策の統一管理機関EMI(欧州通貨機構)の設立、欧州市民権の導入、欧州議会の権限強化、社会的政策の強化等を内容としていた。

西暦1,992年7月16日、ドイツ政府が、政策金利を8.0%から8.75%へ引き上げた。西暦1,990年10月3日のドイツ再統一の際、東ドイツの経済状況は壊滅的で、インフラの近代化・失業対策・年金や社会保障の統合・企業再建等で西ドイツは多額の財政支出を強いられ、国内需要が急増してインフレ圧力が高まった事が背景にあった。結果、マルクが急騰し、ポンドの売り浴びせが始まった。同年9月16日、ジョージ・ソロスがポンドの空売りを行い、市場も其れに追従してポンドが急落した。イングランド銀行は此の日、政策金利を10%から12%、12%から15%へと2段階で引き上げたが、それでも売り浴びせは止まらなかった。其の後クォンタム・ファンドは安値で買い戻し、10億ドル以上の利益を得た。ソロスは事前に数十億ポンドを借り入れてマルクに替えており、ソロスとロスチャイルド家は、欧州単一通貨ユーロ導入の道筋を付ける為に示し合わせ、イングランド銀行を追い込んだ。翌9月17日、イングランド銀行がポンドの買い支えを断念してイギリスがEMSから離脱し、同日イタリア政府も、イタリア銀行の為替介入が限界を超えてEMSから脱退した。

西暦1,993年4月26日、ジョージ・ソロスが、アメリカの金採掘会社ニューモント・マイニング社の株式を大量取得する事を発表し、前月から上昇し始めていた金価格を更に押し上げた。同年6月1日、タイムズ紙ジャーナリストのアナトール・カレツキーが、ERMの問題がフランスの通貨政策の硬直性に有ると指摘し、フランスの金利引き下げやフラン切り下げを強制的に引き起こす事でERMの再編を促すべきだと、公開書簡形式の記事で主張した。此れを受けてソロスはカレツキーに対し、フランではなくドイツマルクを標的にすべきだと主張し、大量のドイツ国債を売ってフランス国債へ資金シフトし、ドイツ連邦銀行の影響力を弱める様通貨市場に促す積もりであるとの公開書簡を送った。同年8月1日、ECの財務大臣と中央銀行総裁がブリュッセルにて緊急会議を開き、翌朝迄続いた会議の結論として、ERMの変動幅を±2.25%から±15%へ拡大する事を決定した(但しドイツマルク・オランダギルダー間は±2.25%を維持)。同年11月1日、EU(欧州連合)が発足した。

西暦1,994年1月1日、欧州通貨統合の実現に向けて「EMI(欧州通貨機構)」が設立された。

西暦1,999年1月1日、単一通貨ユーロが導入された。導入時の価格は、西暦1,998年12月31日の市場閉鎖時点でのECUの対USDレートである1ECU=1.16675USDが基準となった。導入時の参加国は、オーストリア・ベルギー・フィンランド・フランス・ドイツ・アイルランド・イタリア・ルクセンブルク・オランダ・ポルトガル・スペインの11ヶ国であった。

本書は、西暦1,973年のポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法の制定を起点に、ヴァレリー・ジスカール・デスタンの第20代フランス大統領就任、ジスカール・デスタンとヘルムート・シュミットが主導したERMの導入、イギリスのEMS加盟、フランソワ・ミッテランとヘルムート・コールが推進したマーストリヒト条約の署名、ドイツの政策金利引き上げとジョージ・ソロスによるポンドの空売り、イギリスとイタリアのEMS離脱、ソロスによるニューモント・マイニング社株式の大量取得とアナトール・カレツキーへの公開書簡、ERMの変動幅の±15%への拡大、EUの発足、EMIの設立、単一通貨ユーロの導入に至るまで、NWOの一環としての欧州統合の系譜を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • ヴァレリー・ジスカール・デスタン 本書の中心人物。ロスチャイルド家の代理人で、第7代フランス財務大臣。西暦1,973年1月3日、ジョルジュ・ポンピドゥーと共にポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法を制定した。西暦1,974年5月27日に第20代フランス大統領に就任し、西暦1,979年にはヘルムート・シュミットと共にERMの導入を主導した。
  • ジョージ・ソロス 本書のもう一人の中心人物。西暦1,992年9月16日、ポンドの空売りを行ってポンドを急落させ、クォンタム・ファンドは買い戻しで10億ドル以上の利益を得た。ロスチャイルド家と示し合わせ、欧州単一通貨ユーロ導入の道筋を付ける為にイングランド銀行を追い込んだ。西暦1,993年にはニューモント・マイニング社株式を大量取得し、アナトール・カレツキーにドイツマルクを標的とすべきとの公開書簡を送った。
  • ジョルジュ・ポンピドゥー 第19代フランス大統領。フランス大統領就任前はロスチャイルド銀行のディレクターを務めていた。西暦1,973年1月3日、ヴァレリー・ジスカール・デスタンと共に、フランス銀行のフランス政府への直接融資を禁止するポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法を制定した。
  • ヘルムート・シュミット 第5代西ドイツ首相。西暦1,979年3月13日のERM(欧州為替相場メカニズム)の導入を、ヴァレリー・ジスカール・デスタンと共に主導した。
  • マーガレット・サッチャー 第71代イギリス首相。ECU(欧州通貨単位)に対して自国通貨を一定のレンジに収めねばならない事から、EMSへの加盟を拒否していたが、西暦1,990年10月8日にイギリスはEMSに加盟した。
  • フランソワ・ミッテラン 第21代フランス大統領。西暦1,992年2月7日のマーストリヒト条約の署名を、ヘルムート・コールと共に推進した。
  • ヘルムート・コール 第6代ドイツ首相。西暦1,992年2月7日のマーストリヒト条約の署名を、フランソワ・ミッテランと共に推進した。
  • アナトール・カレツキー タイムズ紙のジャーナリスト。西暦1,993年6月1日、ERMの問題がフランスの通貨政策の硬直性に有ると指摘し、フランの切り下げ等によるERMの再編を求める公開書簡形式の記事を発表した。これに対しジョージ・ソロスから、ドイツマルクを標的とすべきとの公開書簡を受け取った。

主要な概念・組織

  • ポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法 西暦1,973年1月3日に制定された法律第73-7号。フランス銀行がフランス政府に直接融資する事を禁止し、フランス政府に対し、赤字補填の資金を市中銀行を始めとする金融市場から有償で借り入れる事を義務付けた。本書の系譜の出発点となる法律である。
  • ERM・EMS EMS(欧州通貨制度)は、ヨーロッパ諸通貨の安定を目的とした制度。其の構成要素の1つであるERM(欧州為替相場メカニズム)は、ドイツマルクをアンカー通貨とし、参加国通貨を相互に固定されたレートで維持する半固定的な為替相場制システムで、西暦1,979年3月13日にEECが導入した。
  • マーストリヒト条約 西暦1,992年2月7日にオランダのマーストリヒトで署名された条約。EC(欧州共同体)をEU(欧州連合)に発展させ、三本柱構造の導入、EMU(経済通貨同盟)の設立と単一通貨ユーロ導入への3段階計画、収斂基準の設定、EMIの設立、欧州市民権の導入等を定めた。
  • ポンド危機(ブラック・ウェンズデー) 西暦1,992年9月16日、ジョージ・ソロスのポンドの空売りに市場が追従してポンドが急落した出来事。イングランド銀行は政策金利を10%から12%、12%から15%へと2段階で引き上げたが売り浴びせは止まらず、翌17日、イングランド銀行はポンドの買い支えを断念し、イギリスはEMSから離脱した。
  • クォンタム・ファンド ジョージ・ソロスのファンド。西暦1,992年9月のポンド危機で、事前に数十億ポンドを借り入れてマルクに替え、ポンド急落後に安値で買い戻して10億ドル以上の利益を得た。
  • EUの発足とEMIの設立 西暦1,993年11月1日、EU(欧州連合)が発足した。続く西暦1,994年1月1日には、欧州通貨統合の実現に向けて、通貨政策の統一管理機関EMI(欧州通貨機構)が設立された。
  • 単一通貨ユーロ 西暦1,999年1月1日に導入された欧州の単一通貨。導入時の価格は、西暦1,998年12月31日の市場閉鎖時点のECUの対USDレートである1ECU=1.16675USDが基準となった。導入時の参加国は、オーストリア・ベルギー・フィンランド・フランス・ドイツ・アイルランド・イタリア・ルクセンブルク・オランダ・ポルトガル・スペインの11ヶ国であった。

西暦1,973年のジョルジュ・ポンピドゥーとヴァレリー・ジスカール・デスタンによるポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法の制定、西暦1,974年のヴァレリー・ジスカール・デスタンの第20代フランス大統領就任、西暦1,979年のジスカール・デスタンとヘルムート・シュミットが主導したERMの導入、西暦1,990年のイギリスのEMS加盟、西暦1,992年のフランソワ・ミッテランとヘルムート・コールが推進したマーストリヒト条約の署名・ドイツの政策金利引き上げ・ジョージ・ソロスによるポンドの空売り・イギリスとイタリアのEMS離脱、西暦1,993年のジョージ・ソロスによるニューモント・マイニング社株式の大量取得とアナトール・カレツキーへの公開書簡・ERMの変動幅の±15%への拡大・EUの発足、西暦1,994年のEMIの設立、西暦1,999年の単一通貨ユーロの導入迄──
ポンピドゥー・ジスカール・ロスチャイルド法を起点に、ジスカール・デスタンとジョージ・ソロスがNWOの一環としての欧州統合と単一通貨ユーロの導入へと邁進した系譜を年月日単位で追跡した一冊。

JPY 200(税込)

購入する

購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します

お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。


皇室献上品 高級トイレットペーパー
皇室献上品 高級トイレットペーパー

AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。