電子書籍「刑務所改革で対立し、避妊臨床研究で協力する、キャサリン・ベメント・デイヴィスとマーガレット・サンガー一元化」の表紙

刑務所改革で対立し、
避妊臨床研究で協力する、
キャサリン・ベメント・デイヴィスと
マーガレット・サンガー一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,914年1月1日〜1,935年12月10日
ページ数
9ページ
文字数
3,243字
最新更新日
西暦2,026年8月21日

西暦1,914年、彼女は「化石化した反動的な女」と呼ばれた──
デイヴィスとサンガーが対立から協力へ転じた21年を一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,914年1月1日、キャサリン・ベメント・デイヴィスが、第96代ニューヨーク市長ジョン・パーロイ・ミッチェルにより、ニューヨーク市矯正局長に任命された。以降デイヴィスは刑務所改革を実施し、ニューヨーク市慈善委員長ジョン・アダムズ・キングズベリー、牧師ジョン・ヘインズ・ホームズ、優生学者ハヴロック・エリスが此れに賛同した。改革者として迎えられた女性が、其の改革の故に、別の女性から激しく糾弾される——本書は、此の一日を起点として、キャサリン・ベメント・デイヴィスとマーガレット・サンガーの21年を、年月日単位で一元化した記録である。

非難は同じ年の内に始まった。同年7月、マーガレット・サンガーが、ザ・ウーマン・リベル誌の本年7月号にて、デイヴィスを「化石化した反動的な女」と呼び、ブラックウェルズ島(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区)刑務所の暴動の際に、受刑者を密告者やおべっか使いに仕立てたと非難した。翌8月号では名指しを避けつつ、「彼女は社会学者だ。有能だ。実業家だ。不屈の美徳の持ち主だ。人間性の『矯正』に於いて疲れを知らず容赦が無い。彼女は、社会的『法と秩序』の犠牲者を食い物にして利益有る名誉高い職業を見付けた、急速に増えつつある体面の良い人々の輝かしい典型である」という主旨の非難を重ねている。而して同月25日、サンガー自身が、郵送不可物の郵便への差し入れ及び配達と、淫らな性質の素材を配布した罪等により、西暦1,873年3月3日に制定された猥褻物や避妊関連物品の郵送を禁止する法律であるコムストック法(連邦刑法第211条)違反で起訴された。サンガーは起訴を逃れる為、「バーサ・ワトソン」という偽名を使い、イギリスへ渡航する。

西暦1,917年2月5日、マーガレット・サンガーが30日間の投獄を言い渡され、クイーンズ郡刑務所に収監された。此の時キャサリン・ベメント・デイヴィスは仮釈放委員会委員長であり、矯正行政の責任者として、サンガーの服役を管轄する立場にあった。批判者が、批判した相手の管轄下に置かれたのである。サンガーは収監中、数回に渡り指紋採取を拒否するというトラブルを起こし、又、他の受刑者に対し衛生と出生制御に就いての講演を行なった。そして男性と女性が受ける待遇の違いを学び、「女性達は男性程良く扱われていません。新聞を読む事を許されず、男性が許されるものを外部から取り寄せる事も出来ません。訪問者は月に2人だけです。行き来する全ての手紙が読まれるのは、酷い事です」と日記に記した。後に刑務所の状況を回顧して、朝の独房掃除の後にフード付きのケープを被って15分間庭を歩いた事、其の寒い散歩の間、女性達が男性達の捨てた烟草の吸い殻を探して凍った土を指で掘り、其々が自分の小さな欠片を掴んで隠した事も書き残している。同年3月7日、釈放された翌日にサンガーは、クイーンズ郡刑務所の収監者の代弁者として其の状況を語り、デイヴィスが推進・監督した不定期刑・仮釈放制度を批判した。此の制度は、受刑者をいつ釈放されるか分からない状態に置き、家族との再会や生活の再建の見通しを奪うものだ、というのがサンガーの主張であった。

転機は判決の中から現れた。西暦1,918年1月8日、ニューヨーク州の最高裁に相当するニューヨーク州控訴裁判所が、マーガレット・サンガーの有罪を維持する判決を下す。判事フレデリック・クレインは、有罪を維持する理由として、サンガーは医師では無い為、避妊具を配布する法的資格が無かった事を挙げた。然しニューヨーク州刑法第1145条「医師の例外規定」では、医師が疾病の治療又は予防の為に避妊具を処方する事を例外的に認めており、クレインは疾病の定義を「痛みや不調を引き起こす身体の状態の変化」と拡大解釈して、妊娠そのものが身体の状態の変化であり、疾病に該当し得るとした。此れによりサンガーは、裁判では負けたものの、医師が一般的な健康上の理由で避妊具を処方する事が初めて合法的に認められ、キャサリン・ベメント・デイヴィスとの協力関係を結ぶ前提条件が整った。

西暦1,922年、キャサリン・ベメント・デイヴィス、心理学者ロバート・ヤーキーズ、アール・F・ジンが、NRC(全米研究評議会)の「性の問題研究委員会」を共同設立する。デイヴィスとジンの提案に基づき、「個人的・社会的に表れる性について体系的・包括的な研究を行い、現在保持されている結論を評価し、科学的に導出されたデータを増やす事」を目的とし、研究分野には性本能の心理学的及び生理学的側面・禁欲・自慰行為・避妊・性病・性的関係が含まれ、医学・生物学的視点だけで無く社会学的視点も取り入れる方針であった。然し実際の運営はデイヴィスの構想とは異なる方向へ進み、医学系の男性研究者が支配する保守的な組織となって、人間のセクシュアリティに関する研究提案を繰り返し無視し、動物の生物学・性行動の研究に資金を投じた。ジョン・ロックフェラー・ジュニアの弁護士でロックフェラー財団理事のレイモンド・B・フォスディック、医師エイブラハム・フレクスナーを始めとするデイヴィスの同僚達は、長年に渡ってデイヴィスのリーダーシップに反感を抱いており、「人間のセクシュアリティを道徳的問題としてではなく、科学的研究の対象として扱うべきだ」という其の考えを「十分な科学的価値が無い」として却下しようとしたが、ロックフェラー・ジュニアがデイヴィスの計画を支持した為、失敗した。

西暦1,924年、BSHが、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導の下で、マーガレット・サンガーのCRBでの避妊臨床研究の提案を承認し、其の後資金提供を始めた。罵倒から10年、二人は資金の流れで結ばれたのである。同年、デイヴィスはアメリカ優生学会の諮問委員会委員にも就任している。西暦1,928年2月2日、デイヴィスは胆嚢疾患によりBSHを退職し、BSHを通じた直接的なサンガーとの協力関係は終了した。同日、ウォルドルフ・アストリアホテル(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区5番街)にて送別晩餐会が開催され、フランクリン・ルーズベルトの妻でアメリカ民主党全国委員会女性部門責任者のエレノア・ルーズベルト、慈善施設ハルハウス共同設立者ジェーン・アダムズ、ジョン・ロックフェラー・ジュニア等が出席した。翌西暦1,929年、デイヴィスの著書「2,200人の女性の性生活の諸要因」がハーパー・アンド・ブラザーズ出版から刊行される。西暦1,921〜1,923年に実施した既婚女性1,000名・未婚女性1,200名を対象とする大規模な性生活行動の科学的な調査を纏めたもので、回答者は白人・高学歴・裕福な層に偏っていたものの、此の回答によってデイヴィスは女性のセクシュアリティを再定義し、性研究の分野を科学的に確立した。そして西暦1,935年12月10日、キャサリン・ベメント・デイヴィスがパシフィック・グローブ(アメリカのカリフォルニア州)にて死去する。刑務所改革を巡る対立が、法廷の一節を挟んで避妊臨床研究の協力へと反転してゆく——其の全軌跡を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • キャサリン・ベメント・デイヴィス 本書の中心人物。西暦1,914年1月1日、第96代ニューヨーク市長ジョン・パーロイ・ミッチェルによりニューヨーク市矯正局長に任命され、刑務所改革を実施した。同年7〜8月、ザ・ウーマン・リベル誌でマーガレット・サンガーから非難を受ける。西暦1,917年のサンガーのクイーンズ郡刑務所収監時には仮釈放委員会委員長として其の服役を管轄した。西暦1,922年にロバート・ヤーキーズ・アール・F・ジンとNRC「性の問題研究委員会」を共同設立し、西暦1,924年にはBSH総書記としてサンガーのCRBでの避妊臨床研究を承認、同年アメリカ優生学会の諮問委員会委員に就任した。西暦1,928年2月2日に胆嚢疾患でBSHを退職し、西暦1,929年に著書「2,200人の女性の性生活の諸要因」を刊行、西暦1,935年12月10日にパシフィック・グローブで死去した。
  • マーガレット・サンガー 本書のもう一人の中心人物。西暦1,914年7月のザ・ウーマン・リベル誌でキャサリン・ベメント・デイヴィスを「化石化した反動的な女」と呼び、ブラックウェルズ島刑務所の暴動での受刑者の密告者・おべっか使い仕立てを非難した。同年8月号でも名指しを避けつつ批判を重ね、同月25日にはコムストック法違反で起訴され、「バーサ・ワトソン」の偽名でイギリスへ渡航する。西暦1,917年2月5日に30日間の投獄を言い渡されクイーンズ郡刑務所に収監され、収監中は指紋採取を拒否し、他の受刑者へ衛生と出生制御の講演を行なった。西暦1,918年の控訴裁判所判決を経てデイヴィスとの協力関係が成立し、西暦1,924年にはBSHからCRBでの避妊臨床研究の資金提供を受けた。
  • ジョン・パーロイ・ミッチェル 第96代ニューヨーク市長。西暦1,914年1月1日、キャサリン・ベメント・デイヴィスをニューヨーク市矯正局長に任命した。
  • ジョン・アダムズ・キングズベリー ニューヨーク市慈善委員長。西暦1,914年1月1日のキャサリン・ベメント・デイヴィスのニューヨーク市矯正局長就任後、其の刑務所改革に賛同した3名の1人。
  • ジョン・ヘインズ・ホームズ 牧師。西暦1,914年1月1日のキャサリン・ベメント・デイヴィスのニューヨーク市矯正局長就任後、其の刑務所改革に賛同した3名の1人。
  • ハヴロック・エリス 優生学者。西暦1,914年1月1日のキャサリン・ベメント・デイヴィスのニューヨーク市矯正局長就任後、其の刑務所改革に賛同した3名の1人。
  • フレデリック・クレイン ニューヨーク州控訴裁判所判事。西暦1,918年1月8日、マーガレット・サンガーは医師では無く避妊具を配布する法的資格が無かったとして有罪を維持する判決を下した。其の一方で、ニューヨーク州刑法第1145条「医師の例外規定」に云う疾病の定義を「痛みや不調を引き起こす身体の状態の変化」と拡大解釈し、妊娠そのものが疾病に該当し得るとして、医師が一般的な健康上の理由で避妊具を処方する事を初めて合法的に認めた。此れがデイヴィスとサンガーの協力関係の前提条件となった。
  • ロバート・ヤーキーズ 心理学者。西暦1,922年、キャサリン・ベメント・デイヴィス・アール・F・ジンと共に、NRC(全米研究評議会)の「性の問題研究委員会」を共同設立した。
  • アール・F・ジン 西暦1,922年、キャサリン・ベメント・デイヴィス・心理学者ロバート・ヤーキーズと共に、NRC(全米研究評議会)の「性の問題研究委員会」を共同設立した。デイヴィスと共に、同委員会の活動計画の目的を提案した人物でもある。
  • レイモンド・B・フォスディック ジョン・ロックフェラー・ジュニアの弁護士で、ロックフェラー財団理事。NRC「性の問題研究委員会」に於いて、長年に渡りキャサリン・ベメント・デイヴィスのリーダーシップに反感を抱き、「人間のセクシュアリティを道徳的問題としてではなく、科学的研究の対象として扱うべきだ」という其の考えを「十分な科学的価値が無い」として却下しようとしたが、ロックフェラー・ジュニアがデイヴィスの計画を支持した為、失敗した。
  • エイブラハム・フレクスナー 医師。NRC「性の問題研究委員会」に於いて、レイモンド・B・フォスディックと共にキャサリン・ベメント・デイヴィスのリーダーシップに反感を抱き、其の計画を却下しようとしたが、ジョン・ロックフェラー・ジュニアの支持により失敗した。
  • ジョン・ロックフェラー・ジュニア レイモンド・B・フォスディック等がNRC「性の問題研究委員会」でキャサリン・ベメント・デイヴィスの計画を却下しようとした際、デイヴィスの計画を支持し、其の企図を失敗させた。西暦1,928年2月2日、デイヴィスのBSH退職に伴う送別晩餐会にも出席している。
  • エレノア・ルーズベルト フランクリン・ルーズベルトの妻で、アメリカ民主党全国委員会女性部門責任者。西暦1,928年2月2日、ウォルドルフ・アストリアホテルで開催されたキャサリン・ベメント・デイヴィスの送別晩餐会に出席した。
  • ジェーン・アダムズ 慈善施設ハルハウス共同設立者。西暦1,928年2月2日、ウォルドルフ・アストリアホテルで開催されたキャサリン・ベメント・デイヴィスの送別晩餐会に出席した。

主要な概念・組織

  • ニューヨーク市矯正局 西暦1,914年1月1日、第96代ニューヨーク市長ジョン・パーロイ・ミッチェルによってキャサリン・ベメント・デイヴィスが局長に任命された組織。デイヴィスは以降、ニューヨーク市慈善委員長ジョン・アダムズ・キングズベリー・牧師ジョン・ヘインズ・ホームズ・優生学者ハヴロック・エリスの賛同を得て、刑務所改革を実施した。
  • ザ・ウーマン・リベル誌 マーガレット・サンガーがキャサリン・ベメント・デイヴィス批判を掲載した雑誌。西暦1,914年7月号ではデイヴィスを「化石化した反動的な女」と呼び、ブラックウェルズ島刑務所の暴動での受刑者の密告者・おべっか使い仕立てを非難した。同年8月号では名指しを避けつつ、「社会学者だ。有能だ。実業家だ。不屈の美徳の持ち主だ。人間性の『矯正』に於いて疲れを知らず容赦が無い」「社会的『法と秩序』の犠牲者を食い物にして利益有る名誉高い職業を見付けた、急速に増えつつある体面の良い人々の輝かしい典型である」という主旨の非難を重ねた。
  • コムストック法(連邦刑法第211条) 西暦1,873年3月3日に制定された、猥褻物や避妊関連物品の郵送を禁止する法律。西暦1,914年8月25日、マーガレット・サンガーが、郵送不可物の郵便への差し入れ及び配達と、淫らな性質の素材を配布した罪等により此の法律に違反したとして起訴され、起訴を逃れる為「バーサ・ワトソン」の偽名を使ってイギリスへ渡航した。
  • 不定期刑・仮釈放制度 キャサリン・ベメント・デイヴィスが推進・監督した刑事制度。デイヴィスは其の運用機関である仮釈放委員会の委員長を務め、西暦1,917年のマーガレット・サンガーの服役を管轄した。同年3月7日、釈放された翌日にサンガーは此の制度を批判し、受刑者をいつ釈放されるか分からない状態に置き、家族との再会や生活の再建の見通しを奪うものだと主張した。
  • ニューヨーク州刑法第1145条「医師の例外規定」 医師が疾病の治療又は予防の為に避妊具を処方する事を例外的に認めた条文。西暦1,918年1月8日、ニューヨーク州控訴裁判所判事フレデリック・クレインが、疾病の定義を「痛みや不調を引き起こす身体の状態の変化」と拡大解釈し、妊娠そのものが身体の状態の変化であり疾病に該当し得るとした。此れにより、医師が一般的な健康上の理由で避妊具を処方する事が初めて合法的に認められ、キャサリン・ベメント・デイヴィスとマーガレット・サンガーの協力関係の前提条件が整った。
  • NRC(全米研究評議会)性の問題研究委員会 西暦1,922年、キャサリン・ベメント・デイヴィス・心理学者ロバート・ヤーキーズ・アール・F・ジンが共同設立した委員会。「個人的・社会的に表れる性について体系的・包括的な研究を行い、現在保持されている結論を評価し、科学的に導出されたデータを増やす事」を目的とし、性本能の心理学的及び生理学的側面・禁欲・自慰行為・避妊・性病・性的関係を研究分野に含めた。然し実際には医学系の男性研究者が支配する保守的な組織となり、人間のセクシュアリティに関する研究提案を繰り返し無視して、動物の生物学・性行動の研究に資金を投じた。
  • BSHとCRBの避妊臨床研究 西暦1,924年、BSHがBSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導の下、マーガレット・サンガーのCRBでの避妊臨床研究の提案を承認し、其の後資金提供を始めた。此れによりデイヴィスとサンガーの直接的な協力関係が成立する。西暦1,928年2月2日、デイヴィスが胆嚢疾患でBSHを退職した事により、BSHを通じた直接的な協力関係は終了した。
  • アメリカ優生学会諮問委員会 西暦1,924年、キャサリン・ベメント・デイヴィスが委員に就任した組織。BSHでサンガーの避妊臨床研究を承認したのと同じ年の就任であった。
  • 「2,200人の女性の性生活の諸要因」 西暦1,929年、キャサリン・ベメント・デイヴィスがハーパー・アンド・ブラザーズ出版から刊行した著書。西暦1,921〜1,923年に実施した既婚女性1,000名・未婚女性1,200名を対象とする大規模な性生活行動の科学的な調査結果を纏めたもので、女性の性欲・行動・経験をデータに基づいて分析した。回答者は白人・高学歴・裕福な層に偏っていたが、デイヴィスは此の回答によって女性のセクシュアリティを再定義し、性研究の分野を科学的に確立した。

ニューヨーク市矯正局長就任から死去まで──
刑務所改革・優生学・避妊臨床研究が交わる21年を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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