カーネギー財団とダベンポートの劣等人種禁絶一元化
ブルックリン財団によるハーバード大学生物学専攻のチャールズ・ダベンポートを所長とする生物学研究所設立、カーネギー財団資金提供によるコールド・スプリング・ハーバーへの実験進化研究所設立とダベンポート所長就任及び禁絶的優生学・人種交配等の遺伝研究、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ・経済学者アーヴィング・フィッシャー・チャールズ・ダベンポートによるミシガン州バトルクリークでの人種改良財団設立、アメリカ育種家協会優生学委員会設置と初代スタンフォード大学総長デイビッド・スター・ジョーダン初代議長就任、ハリー・ラフリンとのアメリカ育種家協会会議出席と優生学推進演説、エドワード・ヘンリー・ハリマンの妻メアリー・ウィリアムソン・ハリマン資金提供によるコールド・スプリング・ハーバー研究所へのERO(優生学記録局)設立とダベンポート局長就任及びハリー・ラフリン副局長招聘並びに劣悪人物家系研究によるアメリカ移民排斥理論的根拠提供とナチス優生思想影響、著書「人種改良学」発表と大学教科書長年使用、米国科学アカデミー会員選出とロックフェラー財団・カーネギー財団・ハリマン財閥資金提供獲得、EROフィールドワーカー会議からの優生学研究協会派生とダベンポート初代会長就任、ダベンポートとハリー・ラフリン編集の優生学ニュース発刊、ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン・マディソン・グラントとのゴルトン協会設立と優生断種プログラム・移民制限法・異人種間結婚禁止法・不適者産児制限支持、実験進化研究所ERO吸収と遺伝学部門化、アメリカ自然史博物館での第3回国際優生学会議メアリー・ウィリアムソン・ハリマン献呈開催とダベンポート主宰並びにIFEO会長エルンスト・ルーディン満場一致選出及びオズボーン出生選択演説・ドミンゴ・F・ラモス・デルガド有害形質移民国外追放演説・ロナルド・フィッシャー優生学的措置文明滅亡演説迄──
ブルックリン財団生物学研究所所長就任から始まり、カーネギー財団・ロックフェラー財団・ハリマン財閥3財団の資金支援を受けて禁絶的優生学を確立し、アメリカの移民排斥とナチスの優生思想に理論的根拠を与えたチャールズ・ダベンポートの42年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,890年、ブルックリン財団が生物学研究所を設立し、ハーバード大学で生物学を専攻していたチャールズ・ダベンポートが所長に就任した。西暦1,904年6月11日、カーネギー財団の資金提供を受け、動植物の育種実験を通して遺伝と進化を研究する為の実験施設「実験進化研究所」が、コールド・スプリング・ハーバー(アメリカのニューヨーク州サフォーク郡ハンティントン町)に設立され、チャールズ・ダベンポートが所長に就任した。カーネギー研究所が、進化の研究センターを設立する為の場所を探し始めた時、ダベンポートが、ロングアイランドのコールド・スプリング・ハーバーが適していると説得していた。ダベンポートが最も重きを置いたのは、後に「禁絶的優生学」と呼ばれる、劣等者に子供を産ませない様にする方法であった。又ダベンポートは、家畜繁殖者が子馬や子牛を産ませる種親を血統証明書無しでは選ばないのと同じ様に、女性が相手の男性の生物学・遺伝学的家系を調べる事無しには結婚しないのが当たり前になる時代が一日も早く到来する事を目指した。ダベンポートは、①ペラグラ、②犯罪性、③気弱さ、④船乗り気質、⑤悪性、⑥知能、⑦躁鬱、⑧人種交配、の生物学的効果等の遺伝について研究を行った。西暦1,906年、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグが、①経済学者アーヴィング・フィッシャー、②チャールズ・ダベンポート、と共に、適切な人種の血統を持つ者だけが子供を持てる様にする事を意図し、アメリカのミシガン州バトルクリークにて「人種改良財団」を設立した。
西暦1,909年、チャールズ・ダベンポートが、アメリカ育種家協会に優生学委員会を設置するに当たり、初代スタンフォード大学総長デイビッド・スター・ジョーダンを初代議長とし、自身は書記となった。同年1月、チャールズ・ダベンポートが、アメリカの優生学者ハリー・ラフリンと共に、アメリカ育種家協会の会議に出席し、優生学推進の演説を行った。西暦1,910年10月、チャールズ・ダベンポートが、エドワード・ヘンリー・ハリマンの妻メアリー・ウィリアムソン・ハリマンの資金提供により、ロングアイランドのコールド・スプリング・ハーバー研究所に「ERO(優生学記録局)」を設立した。アメリカ育種家協会優生学部門の事務局長でもあったダベンポートが局長に就いた。ダベンポートは、ハリー・ラフリンにロングアイランドに移住してほしいと頼み、副局長に招いた。EROは、独自の建物・研究設備・専任職員を有する世界でも類を見ない優生学研究機関であった。ダベンポートはハリー・ラフリンと共に「劣悪人物の家系に関する研究」を行ない、此れはアメリカの移民排斥に理論的根拠を与え、ナチスの優生思想にも影響を与えた。西暦1,911年1月1日、チャールズ・ダベンポートが著書「人種改良学」を発表した。同書は、大学の教科書として長年使用され続けた。
西暦1,912年、チャールズ・ダベンポートが、米国科学アカデミーの会員に選出された。又、①ロックフェラー財団、②カーネギー財団、③ハリマン財閥、からの資金提供を得た。西暦1,913年、EROのフィールドワーカーの会議から「優生学研究協会」が派生し、初代会長にはチャールズ・ダベンポートが就いた。西暦1,916年1月、①チャールズ・ダベンポート、②ハリー・ラフリン、の2名が編集した優生学の一般紙「優生学ニュース」が発刊された。優生学ニュースは、①優生学研究協会(西暦1,920〜1,938年)、②ゴルトン協会(西暦1,925〜1,938年)、の公式機関誌であり、主に①EROの情報、②家族史の調査、③集会の開催通知や過去に開催された集会の報告を含む国内外の優生学運動に関する情報、④優生学的な法律の制定、⑤出生率・死亡率、が記載された。西暦1,918年、チャールズ・ダベンポートが、①ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン、②マディソン・グラント、と共に、優生学団体「ゴルトン協会」を設立した。同協会は、①優生断種プログラム、②移民制限法、③異人種間結婚禁止法、④不適者の産児制限、を支持した。西暦1,921年、実験進化研究所がEROを吸収し、同研究所の遺伝学部門とした。引き続き、チャールズ・ダベンポートが所長として指揮を執った。
西暦1,932年8月22日から2日間、第3回国際優生学会議が、多額の資金援助を行なったメアリー・ウィリアムソン・ハリマンに捧げられ、アメリカの動物学者チャールズ・ダベンポートの主宰でアメリカ自然史博物館にて開催された。過去2回に参加したレオナルド・ダーウィンは今回は不参加であった。又、IFEO(優生学機関国際連合)の会長にスイス・ドイツの遺伝学者エルンスト・ルーディンが満場一致で選出された。①ヘンリー・フェアフィールド・オズボーンが「より良い子孫を残す為には、避妊よりも出生選択をすべきである」と演説、②キューバの優生学者で白人移民支持者のドミンゴ・F・ラモス・デルガドが「移民に有害な形質がないか慎重にチェックし、認められない形質が後に明らかになった場合はその子孫を国外追放にすべきである」と演説、③ダーウィンの教え子でイギリスの優生学者のロナルド・フィッシャーが「優生学的措置を講じなければ文明は滅亡する」と演説を行なった。本書は、此の42年に亘る、ブルックリン財団生物学研究所所長就任を起点とする、カーネギー財団資金提供による実験進化研究所設立とコールド・スプリング・ハーバーでの禁絶的優生学研究、人種改良財団・アメリカ育種家協会優生学委員会・ERO・優生学研究協会・ゴルトン協会設立、「人種改良学」発表、ロックフェラー財団・カーネギー財団・ハリマン財閥3財団からの資金提供、優生学ニュース発刊、実験進化研究所のERO吸収、アメリカ自然史博物館での第3回国際優生学会議開催とIFEO会長エルンスト・ルーディン選出迄、カーネギー・ロックフェラー・ハリマン3財団の資金支援を受けて禁絶的優生学を確立し、アメリカの移民排斥とナチスの優生思想に理論的根拠を与えたチャールズ・ダベンポートの系譜の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- チャールズ・ダベンポート アメリカの動物学者。ハーバード大学で生物学を専攻。西暦1,890年、ブルックリン財団の生物学研究所所長に就任。西暦1,904年6月11日、カーネギー財団の資金提供によりコールド・スプリング・ハーバーに設立された実験進化研究所所長に就任。西暦1,906年、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ・アーヴィング・フィッシャーと共に人種改良財団を設立。西暦1,909年、アメリカ育種家協会優生学委員会の書記に就任。西暦1,910年10月、メアリー・ウィリアムソン・ハリマンの資金提供によりERO(優生学記録局)を設立し局長に就任、ハリー・ラフリンを副局長に招聘。西暦1,911年1月1日著書「人種改良学」発表。西暦1,912年米国科学アカデミー会員選出、ロックフェラー財団・カーネギー財団・ハリマン財閥から資金提供獲得。西暦1,913年優生学研究協会初代会長就任。西暦1,916年1月、ハリー・ラフリンと共に「優生学ニュース」発刊。西暦1,918年ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン・マディソン・グラントと共にゴルトン協会設立。西暦1,932年8月22日、第3回国際優生学会議を主宰。「禁絶的優生学」と呼ばれる劣等者に子供を産ませない様にする方法に最も重きを置き、家畜繁殖と同じ様に女性が相手の男性の生物学・遺伝学的家系を調べる事無しには結婚しない時代の到来を目指した。
- ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ 西暦1,906年、①経済学者アーヴィング・フィッシャー、②チャールズ・ダベンポート、と共に、適切な人種の血統を持つ者だけが子供を持てる様にする事を意図し、アメリカのミシガン州バトルクリークにて「人種改良財団」を設立した。
- アーヴィング・フィッシャー 経済学者。西暦1,906年、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ・チャールズ・ダベンポートと共に、アメリカのミシガン州バトルクリークにて「人種改良財団」を設立した。
- デイビッド・スター・ジョーダン 初代スタンフォード大学総長。西暦1,909年、チャールズ・ダベンポートがアメリカ育種家協会に優生学委員会を設置するに当たり、初代議長に就任した。
- ハリー・ラフリン アメリカの優生学者。西暦1,909年1月、チャールズ・ダベンポートと共に、アメリカ育種家協会の会議に出席し、優生学推進の演説を行なった。西暦1,910年10月のERO設立時にロングアイランドへの移住を頼まれ、副局長に招かれた。ダベンポートと共に「劣悪人物の家系に関する研究」を行ない、此れはアメリカの移民排斥に理論的根拠を与え、ナチスの優生思想にも影響を与えた。西暦1,916年1月、ダベンポートと共に「優生学ニュース」を編集発刊した。
- メアリー・ウィリアムソン・ハリマン エドワード・ヘンリー・ハリマンの妻。西暦1,910年10月、チャールズ・ダベンポートに資金提供を行ない、ロングアイランドのコールド・スプリング・ハーバー研究所にERO(優生学記録局)を設立させた。西暦1,932年8月22日からの第3回国際優生学会議は、多額の資金援助を行なった彼女に捧げられた。
- エドワード・ヘンリー・ハリマン ハリマン財閥の創始者。妻はメアリー・ウィリアムソン・ハリマンで、西暦1,910年10月にチャールズ・ダベンポートへの資金提供によりERO(優生学記録局)を設立させた。
- ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン 西暦1,918年、チャールズ・ダベンポート・マディソン・グラントと共に優生学団体「ゴルトン協会」を設立。西暦1,932年8月22日からの第3回国際優生学会議にて、「より良い子孫を残す為には、避妊よりも出生選択をすべきである」と演説した。
- マディソン・グラント 西暦1,918年、チャールズ・ダベンポート・ヘンリー・フェアフィールド・オズボーンと共に優生学団体「ゴルトン協会」を設立した。
- レオナルド・ダーウィン 過去2回の国際優生学会議に参加したダーウィン家の人物。西暦1,932年8月22日からの第3回国際優生学会議は不参加であった。
- エルンスト・ルーディン スイス・ドイツの遺伝学者。西暦1,932年8月22日からの第3回国際優生学会議にて、IFEO(優生学機関国際連合)の会長に満場一致で選出された。
- ドミンゴ・F・ラモス・デルガド キューバの優生学者で白人移民支持者。西暦1,932年8月22日からの第3回国際優生学会議にて、「移民に有害な形質がないか慎重にチェックし、認められない形質が後に明らかになった場合はその子孫を国外追放にすべきである」と演説した。
- ロナルド・フィッシャー ダーウィンの教え子でイギリスの優生学者。西暦1,932年8月22日からの第3回国際優生学会議にて、「優生学的措置を講じなければ文明は滅亡する」と演説した。
主要な概念・組織
- ブルックリン財団 西暦1,890年に生物学研究所を設立した財団。所長には、ハーバード大学で生物学を専攻していたチャールズ・ダベンポートが就任した。
- 実験進化研究所 西暦1,904年6月11日、カーネギー財団の資金提供を受け、動植物の育種実験を通して遺伝と進化を研究する為の実験施設として、コールド・スプリング・ハーバー(アメリカのニューヨーク州サフォーク郡ハンティントン町)に設立された研究所。チャールズ・ダベンポートが所長に就任。西暦1,921年、EROを吸収し、同研究所の遺伝学部門とした。
- カーネギー財団 アメリカの財団。西暦1,904年6月11日、実験進化研究所の設立に資金提供を行ない、カーネギー研究所が進化の研究センターを設立する為の場所を探し始めた時、ダベンポートがロングアイランドのコールド・スプリング・ハーバーが適していると説得した。西暦1,912年、チャールズ・ダベンポートに対し、ロックフェラー財団・ハリマン財閥と共に資金提供を行なった。
- 禁絶的優生学 チャールズ・ダベンポートが最も重きを置いた、劣等者に子供を産ませない様にする方法。後に此の名称が付けられた。ダベンポートは、家畜繁殖者が子馬や子牛を産ませる種親を血統証明書無しでは選ばないのと同じ様に、女性が相手の男性の生物学・遺伝学的家系を調べる事無しには結婚しないのが当たり前になる時代が一日も早く到来する事を目指した。
- 人種改良財団 西暦1,906年、①ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ、②経済学者アーヴィング・フィッシャー、③チャールズ・ダベンポート、の3名が、適切な人種の血統を持つ者だけが子供を持てる様にする事を意図し、アメリカのミシガン州バトルクリークにて設立した財団。
- アメリカ育種家協会 アメリカの育種研究団体。西暦1,909年、チャールズ・ダベンポートが優生学委員会を設置するに当たり、初代スタンフォード大学総長デイビッド・スター・ジョーダンを初代議長とし、自身は書記となった。同年1月、ダベンポートとハリー・ラフリンが此の協会の会議に出席し、優生学推進の演説を行なった。ダベンポートはアメリカ育種家協会優生学部門の事務局長でもあった。
- ERO(優生学記録局) 西暦1,910年10月、チャールズ・ダベンポートが、エドワード・ヘンリー・ハリマンの妻メアリー・ウィリアムソン・ハリマンの資金提供により、ロングアイランドのコールド・スプリング・ハーバー研究所に設立した優生学研究機関。ダベンポートが局長、ハリー・ラフリンが副局長に就任。独自の建物・研究設備・専任職員を有する世界でも類を見ない優生学研究機関であった。ダベンポートはラフリンと共に「劣悪人物の家系に関する研究」を行ない、此れはアメリカの移民排斥に理論的根拠を与え、ナチスの優生思想にも影響を与えた。西暦1,921年、実験進化研究所に吸収され、同研究所の遺伝学部門となった。
- 「人種改良学」 西暦1,911年1月1日、チャールズ・ダベンポートが発表した著書。大学の教科書として長年使用され続けた。
- ロックフェラー財団 西暦1,912年、チャールズ・ダベンポートに対し、カーネギー財団・ハリマン財閥と共に資金提供を行なった財団。
- ハリマン財閥 エドワード・ヘンリー・ハリマンが創始した財閥。西暦1,910年10月、メアリー・ウィリアムソン・ハリマンを通じてEROの設立に資金提供。西暦1,912年、チャールズ・ダベンポートに対し、ロックフェラー財団・カーネギー財団と共に資金提供を行なった。
- 優生学研究協会 西暦1,913年、EROのフィールドワーカーの会議から派生した協会。初代会長にはチャールズ・ダベンポートが就任。西暦1,920〜1,938年迄、優生学ニュースを公式機関誌とした。
- 優生学ニュース 西暦1,916年1月、①チャールズ・ダベンポート、②ハリー・ラフリン、の2名が編集して発刊した優生学の一般紙。①優生学研究協会(西暦1,920〜1,938年)、②ゴルトン協会(西暦1,925〜1,938年)、の公式機関誌であった。主に①EROの情報、②家族史の調査、③集会の開催通知や過去に開催された集会の報告を含む国内外の優生学運動に関する情報、④優生学的な法律の制定、⑤出生率・死亡率、が記載された。
- ゴルトン協会 西暦1,918年、①チャールズ・ダベンポート、②ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン、③マディソン・グラント、の3名が設立した優生学団体。①優生断種プログラム、②移民制限法、③異人種間結婚禁止法、④不適者の産児制限、を支持した。西暦1,925〜1,938年迄、優生学ニュースを公式機関誌とした。
- 米国科学アカデミー アメリカの科学アカデミー。西暦1,912年、チャールズ・ダベンポートが会員に選出された。
- 第3回国際優生学会議 西暦1,932年8月22日から2日間、多額の資金援助を行なったメアリー・ウィリアムソン・ハリマンに捧げられ、アメリカの動物学者チャールズ・ダベンポートの主宰でアメリカ自然史博物館にて開催された会議。過去2回に参加したレオナルド・ダーウィンは今回は不参加であった。IFEO(優生学機関国際連合)の会長にエルンスト・ルーディンが満場一致で選出された他、ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン・ドミンゴ・F・ラモス・デルガド・ロナルド・フィッシャーが演説を行なった。
- IFEO(優生学機関国際連合) 優生学機関の国際連合。西暦1,932年8月22日からの第3回国際優生学会議にて、エルンスト・ルーディンが会長に満場一致で選出された。
- アメリカ自然史博物館 アメリカの自然史博物館。西暦1,932年8月22日から2日間、第3回国際優生学会議が、メアリー・ウィリアムソン・ハリマンに捧げられ、チャールズ・ダベンポートの主宰で開催された。
ブルックリン財団によるハーバード大学生物学専攻のチャールズ・ダベンポートを所長とする生物学研究所設立、カーネギー財団資金提供によるコールド・スプリング・ハーバーへの実験進化研究所設立と禁絶的優生学・人種交配等の遺伝研究、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ・アーヴィング・フィッシャーとの人種改良財団設立、アメリカ育種家協会優生学委員会設置とデイビッド・スター・ジョーダン議長就任、ハリー・ラフリンとのアメリカ育種家協会会議出席、メアリー・ウィリアムソン・ハリマン資金提供によるERO設立とハリー・ラフリン副局長招聘並びに劣悪人物家系研究によるアメリカ移民排斥及びナチス優生思想影響、著書「人種改良学」発表、米国科学アカデミー会員選出とロックフェラー財団・カーネギー財団・ハリマン財閥3財団資金提供獲得、優生学研究協会派生、ハリー・ラフリンと共に編集の優生学ニュース発刊、ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン・マディソン・グラントとのゴルトン協会設立と優生断種プログラム・移民制限法・異人種間結婚禁止法・不適者産児制限支持、実験進化研究所ERO吸収と遺伝学部門化、アメリカ自然史博物館での第3回国際優生学会議メアリー・ウィリアムソン・ハリマン献呈開催とエルンスト・ルーディンIFEO会長満場一致選出及びオズボーン出生選択演説・ドミンゴ・F・ラモス・デルガド有害形質移民国外追放演説・ロナルド・フィッシャー優生学的措置文明滅亡演説迄──
カーネギー財団・ロックフェラー財団・ハリマン財閥3財団の資金支援を受けて禁絶的優生学を確立し、アメリカの移民排斥とナチスの優生思想に理論的根拠を与えたチャールズ・ダベンポートの42年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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