第二次大陸会議の暗号を
使ってみよう
一元化
フィラデルフィア、ボストン、パリ、デン・ハーグ──
ジェームズ・ラヴェルが考案した多表式換字暗号と、解読に苦戦したジョン・アダムズの7年間を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,776年7月4日、フリーメイソン会員且つイルミナティのトーマス・ジェファーソン・ベンジャミン・フランクリン・ジョン・アダムズの3名によって起草されたアメリカの13植民地の独立宣言が、第二次大陸会議によってフィラデルフィアで採択された。本書は、此の独立宣言採択から、第二次大陸会議特命全権公使に指名されたジョン・アダムズと、第二次大陸会議マサチューセッツ植民地代表で外務委員会委員のジェームズ・ラヴェルとの間で交わされた多表式換字暗号の運用と、ジョン・アダムズの解読苦闘、そして西暦1,782年11月30日のパリでの講和予備条約調印迄、第二次大陸会議の暗号運用の全過程を、一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
西暦1,779年11月15日、第二次大陸会議特命全権公使に指名されたジョン・アダムズが、フランス海軍のフリゲート艦センシブルでパリへ向けて出発した。同年12月にスペインに上陸し陸路でパリへ向かい、西暦1,780年2月にパリに到着した。同年5月4日、ジェームズ・ラヴェルが、ジョン・アダムズがパリに到着した事を知り、自身が考案した「多表式換字暗号」とキーワード「CR」を伝える書簡を、ジョンと、マサチューセッツ植民地にいたジョンの妻アビゲイル・アダムズ宛に送った。但し、キーワードを直接書くと書簡が他の人間に渡った場合に情報漏洩が発生する為、西暦1,776年12月頃にラヴェルが、ボストンのアダムズの自宅からボルチモアに出発する前に一緒に一晩を過ごした家族の苗字(Cranch)の最初の2文字という説明をした。多表式換字暗号は、Bを1、Cを2、Dを3…という様に各アルファベットに数字を対応させ、CRの場合はCとRを交互に対応する数字を書き出して文章にする仕組みであった。
西暦1,780年6月11日、アビゲイル・アダムズはジェームズ・ラヴェルに対し「どんな種類であれ暗号は嫌いである。ジョン・アダムズも暗号に取り組むのは上手く無く、困惑する」という主旨の返書を送った。同年7月と9月にラヴェルがアダムズに送った書簡では暗号は用いられなかった。同年8月、ジョン・アダムズがフランス宮廷の不興を買いオランダへ移住し、以降のフランス宮廷との遣り取りはベンジャミン・フランクリンが担う事となった。同年12月14日、ラヴェルが多表式換字暗号を用いた書簡をアダムズに送ったが、アダムズは解読に苦戦した。
西暦1,781年6月15日、第二次大陸会議が、ジョン・アダムズとベンジャミン・フランクリンを含む5名を、アメリカ独立戦争の和平交渉に於ける全権代表とする訓令を可決した。同年6月17日、アビゲイル・アダムズは夫に対し、27種の全ての換字表を書き出してから意味が通る様に文字を拾う事をアドバイスする書簡を送った。同年6月20日、サミュエル・ハンティントンが訓令を伝える書簡を多表式換字暗号でアダムズに送った(暗号化はラヴェルが担った)。翌21日、ラヴェルはアダムズに対し「前回は私がブレインツリーで夕食をとったと言わなかった為に理解出来なかったのではないかと思います。確かニューイングランドと言ったと思います」とし、フランクリンは確実に解読出来る筈だと伝えた。同年7月、アダムズは第30代フランス外務大臣シャルル・グラヴィエ・ド・ヴェルジェンヌの招きでパリに赴いた。
西暦1,781年8月16日、フランクリンは自身が和平交渉全権代表に選任された事に関し経緯を問い合わせる書簡をアダムズに送り、同年8月25日にアダムズが返書を送った。同年9月13日、フランクリンはサミュエル・ハンティントンに対し、書簡を確かに受領し直ぐヴェルサイユに赴き提出・受領され、訓令の写しも解読後にヴェルジェンヌにも伝え、ヴェルジェンヌは私がいる前でお読みになり満足感を漏らされた事を報告した。同年10月23日、初代アメリカ外務長官ロバート・リビングストンが、オランダにいたジョン・アダムズに対し、自身の着任の挨拶と、同年10月17日にイギリス軍がヨークタウンにて降伏した事を伝える書簡を、ジョージ・ワシントンからの書簡・チャールズ・コーンウォリス率いる軍の降伏条件・降伏前に交わされた書簡と共に送った。
西暦1,781年11月15日、ラヴェルがジョン・アダムズから西暦1,780年11月から西暦1,781年8月迄の手紙の原本や写しの入った荷物を受け取った。同年11月30日、ラヴェルは「此の地への旅路に就く前の晩に、貴兄と私とで奥様と過ごした家族の名前はきっと思い出せる事と思います。其の苗字の最初の1/6(実際は1/3の誤り)と等しい数の普通のアルファベット表を作るのです」と、多表式換字暗号のキーワードを改めて説明する書簡をアダムズに送った。同年12月26日、リビングストンはアダムズに対し「私は其の暗号を第二次大陸会議の外務委員会から得たのですが、貴兄から其の暗号で書かれた手紙を受け取った事は一度も無いと言っています」とし、何らかの暗号を安全な手段で送れる迄、チャールズ・W・F・ドゥーマスの暗号で手紙を書く事を勧めた。
西暦1,782年2月21日、アダムズはリビングストンへの返書で「我々が出発する前に一晩を過ごした家族の名前は良く分かっています。アルファベット表も然るべく作ってみました。ですが、今回も此れ迄と同様、暗号で書かれた文章の意味を理解する事が全く出来ませんでした」と告白した。同年3月26日、デン・ハーグにいたアダムズはパリにいたフランクリンに対し、ヴェルジェンヌの使者を使って講和に向けた訓令の多表式換字暗号の解読文の送付を依頼する書簡を送った。第12代イギリス首相フレデリック・ノースの使者がアダムズに接触した事が背景にあった。同年3月31日、フランクリンは解読文を次の使者に届けさせ、ノースが同年3月22日に退陣した事から少し様子を見ると返書を送った。同年10月、アダムズは此の時点で多表式換字暗号を使い熟す事が出来ず、語句を数字に置き換える原始的なコード暗号を用いていた。同年10月31日にアダムズはパリに入り、同年11月30日、アメリカ独立戦争に於いて休戦の為の講和予備条約がパリで調印された。本書は、此の7年に亘る第二次大陸会議の暗号運用と、其れに翻弄されたジョン・アダムズの全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- ジョン・アダムズ フリーメイソン会員且つイルミナティ。西暦1,776年7月4日のアメリカ独立宣言起草者の1人。西暦1,779年11月15日に第二次大陸会議特命全権公使としてパリへ出発。ジェームズ・ラヴェル考案の多表式換字暗号の解読に終始苦戦した。西暦1,780年8月にフランス宮廷の不興を買いオランダへ移住。西暦1,781年6月15日に和平交渉全権代表に選任。西暦1,782年10月時点で多表式換字暗号を使い熟す事が出来ず、語句を数字に置き換える原始的なコード暗号を用いていた。同年10月31日にパリ入り、11月30日の講和予備条約調印に至った。
- アビゲイル・アダムズ ジョン・アダムズの妻。マサチューセッツ植民地に居住。西暦1,780年6月11日にラヴェルへ「どんな種類であれ暗号は嫌いである。ジョン・アダムズも暗号に取り組むのは上手く無く、困惑する」と返書。西暦1,781年6月17日には夫に対し、27種の全ての換字表を書き出してから意味が通る様に文字を拾う事をアドバイスする書簡を送った。
- ジェームズ・ラヴェル 第二次大陸会議マサチューセッツ植民地代表で外務委員会委員。多表式換字暗号の考案者。西暦1,780年5月4日にキーワード「CR」(Cranchの最初の2文字)を伝える書簡をジョンとアビゲイル宛に送った。西暦1,781年6月20日にはサミュエル・ハンティントンの訓令の暗号化を担当。同年11月15日にアダムズから手紙の原本や写しの入った荷物を受け取り、同年11月30日には改めてキーワードの説明書簡を送った。
- ベンジャミン・フランクリン フリーメイソン会員且つイルミナティ。西暦1,776年7月4日のアメリカ独立宣言起草者の1人。西暦1,780年8月のジョン・アダムズのオランダ移住後、フランス宮廷との遣り取りを担った。西暦1,781年6月15日に和平交渉全権代表に選任。同年9月13日にサミュエル・ハンティントンへ訓令受領を報告。多表式換字暗号は確実に解読出来る人物であった。西暦1,782年3月31日には解読文を次の使者に届けさせると返書した。
- トーマス・ジェファーソン フリーメイソン会員且つイルミナティ。西暦1,776年7月4日のアメリカ独立宣言起草者の1人。
- サミュエル・ハンティントン 西暦1,781年6月20日にジョン・アダムズに対し、5日前に可決された、アメリカ独立戦争の和平交渉に於ける全権代表の訓令を、多表式換字暗号(暗号化はジェームズ・ラヴェルが担当)を用いて伝える書簡を送った。
- ロバート・リビングストン 初代アメリカ外務長官。西暦1,781年10月23日にオランダにいたジョン・アダムズに着任挨拶とヨークタウン降伏を伝える書簡を送った。同年12月26日には「貴兄から其の暗号で書かれた手紙を受け取った事は一度も無い」とし、チャールズ・W・F・ドゥーマスの暗号で手紙を書く事を勧めた。
- シャルル・グラヴィエ・ド・ヴェルジェンヌ 第30代フランス外務大臣。西暦1,781年7月にジョン・アダムズをパリに招き、アダムズはアメリカを独立国として認める事が同年5月に提案された講和会議の前提であるとしたが、イギリスの反発で会議は実現しなかった。同年9月13日にフランクリンから訓令の解読文を伝えられた際は満足感を漏らし、ルイ16世が連合諸邦の名誉を其の福利と独立と共に心に掛けている事を保証した。
- ジョン・ジェイ 西暦1,781年9月13日のフランクリンからハンティントンへの書簡で、連絡の主旨を伝えられた人物の1人。
- ジョージ・ワシントン アメリカ独立軍司令官。西暦1,781年10月23日のロバート・リビングストンからジョン・アダムズへの書簡に、第二次大陸会議への書簡が同封された。
- チャールズ・コーンウォリス イギリス軍将軍。西暦1,781年10月17日にヨークタウンで率いる軍が降伏。其の降伏条件と降伏前に交わされた書簡が、リビングストンからアダムズへの書簡に同封された。
- フレデリック・ノース 第12代イギリス首相。西暦1,782年3月、其の使者がジョン・アダムズに、アダムズがイギリスと休戦を結ぶ権限を与えられているとの情報を確認する為に接触した。同年3月22日に退陣した。
- チャールズ・W・F・ドゥーマス 独自の暗号を考案した人物。西暦1,781年12月26日にロバート・リビングストンが、安全な手段で何らかの暗号を送れる迄ドゥーマスの暗号で手紙を書く事をジョン・アダムズに勧めた。
- ルイ16世 フランス国王。西暦1,781年9月13日のフランクリンからハンティントンへの書簡で、ヴェルジェンヌが「ルイ16世は連合諸邦の名誉をその福利と独立と共に心に掛けており、後悔させる事は決して無い」と保証した。
主要な概念・組織
- アメリカ独立宣言 西暦1,776年7月4日にフリーメイソン会員且つイルミナティのトーマス・ジェファーソン・ベンジャミン・フランクリン・ジョン・アダムズの3名によって起草され、第二次大陸会議によってフィラデルフィアで採択されたアメリカの13植民地の独立宣言。
- 第二次大陸会議 アメリカ独立戦争中の代表者会議。西暦1,776年7月4日にアメリカ独立宣言を採択。西暦1,779年にジョン・アダムズを特命全権公使に指名。西暦1,781年6月15日に5名を和平交渉全権代表とする訓令を可決した。多表式換字暗号は外務委員会で運用されていた。
- 第二次大陸会議特命全権公使 ジョン・アダムズが西暦1,779年に指名された役職。同年11月15日にフランス海軍のフリゲート艦センシブルでパリへ向けて出発した。
- フリゲート艦センシブル フランス海軍のフリゲート艦。西暦1,779年11月15日にジョン・アダムズがパリへ向け出発する際に乗艦した艦船。
- 多表式換字暗号 ジェームズ・ラヴェルが考案した暗号。Bを1、Cを2、Dを3…という様に各アルファベットに数字(A=27)を対応させ、キーワードのアルファベットを交互に用いて対応する数字を書き出し文章にする仕組み。キーワードは「CR」(西暦1,776年12月頃にラヴェルがアダムズの自宅からボルチモアに出発する前に一緒に一晩を過ごした家族の苗字Cranchの最初の2文字)。ジョン・アダムズは終始解読に苦戦し、西暦1,782年10月時点でも使い熟す事が出来なかった。
- キーワード「CR」 多表式換字暗号のキーワード。西暦1,776年12月頃にラヴェルがアダムズの自宅からボルチモアに出発する前に一緒に一晩を過ごした家族の苗字Cranchの最初の2文字。情報漏洩を防ぐ為直接書かず、家族との思い出を以て間接的に説明された。
- 和平交渉全権代表 西暦1,781年6月15日に第二次大陸会議が訓令を可決した、アメリカ独立戦争の和平交渉に於ける5名の全権代表。ジョン・アダムズとベンジャミン・フランクリンを含み、当時アダムズはオランダに、フランクリンはパリに滞在していた。
- アメリカ外務長官 ロバート・リビングストンが初代を務めた役職。西暦1,781年10月23日にオランダにいたジョン・アダムズに着任挨拶の書簡を送った。
- ヨークタウン降伏 西暦1,781年10月17日のイギリス軍降伏。ロバート・リビングストンが同年10月23日のジョン・アダムズ宛書簡で、ジョージ・ワシントンから第二次大陸会議への書簡・チャールズ・コーンウォリス率いる軍の降伏条件・降伏前に交わされた書簡と共に通知した。
- ドゥーマスの暗号 チャールズ・W・F・ドゥーマスが考案した暗号。西暦1,781年12月26日にロバート・リビングストンがジョン・アダムズに対し、何らかの暗号を安全な手段で送れる迄、ドゥーマスの暗号で手紙を書く事を勧めた。
- 原始的なコード暗号 語句を数字に置き換える暗号。西暦1,782年10月時点で多表式換字暗号を使い熟す事が出来なかったジョン・アダムズが用いていた暗号方式。
- 講和予備条約 アメリカ独立戦争に於ける休戦の為の予備条約。西暦1,782年11月30日にパリで調印された。
独立宣言採択から多表式換字暗号の解読苦戦、そしてパリ講和予備条約調印迄──
ジェームズ・ラヴェルが考案した多表式換字暗号と、解読に苦戦したジョン・アダムズの7年間を年月日単位で追跡した一冊。
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